「――と言う訳ですので、リーゼ。俺とレイが新郎に扮しますので、貴方は新婦になって下さい」
バーのカウンターでグラスを拭いていたリーゼに、樒 和紗(
jb6970)がずずいと告げる。
「新郎と新婦が逆に聞こえたが」
「いえ、リーゼが新郎ではこれまでの事件と同様で、悪魔の怒りを鎮めるのは難しいと思いますし、何より似合うと思うのです」
似合うと思うのです←←←
「雨の日の花嫁は幸せになれるんだって。そう考えると梅雨の時期に結婚式って素敵じゃない?」
そこへマリス・レイ(
jb8465)が畳み掛けるように言う。
一方――
「と言う訳で、協力してもらいたいんだが…良いか?」
「結婚式の、偽装スタッフ、募集」
同じように、エリスやキャシー達に事情を話すディザイア・シーカー(
jb5989)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)。
「あらやだ、素敵じゃなぁい?(極太声)」
協力を快諾するオカマ勢と、それにつられるように頷くエリス。
「ありがたい…じゃあコレが衣装になる」
持ってきていた衣装ケースを開けると、中には煌びやかなドレスの数々。
「各自に合うよう選んだつもりだが、一応確認しといてくれ」
「私も、頑張った」
えっへん、と胸をはるユーヤ。
「体格に合わせて、修繕するから、言ってね?」
義娘の為に『おかーさん』をやっている成果が今ここに!
成長したなユーヤちゃん。
「ある程度はガキ共の服仕立てんので慣れてるからな」
え? 裁縫って…ディザイアさんも? ざわ…ざわ…
などと実況席に動揺と戦慄が走る中、ふとエリスは自分の分が見当たらずに首を傾げる。
するとディザイアが別の衣装箱を取り出し、
「エリスのは特注だぜ」
専用の衣装を広げて見せた。
「家の女性陣の手伝いと意見も聞いたからな。可愛いだろ?」
「と、特注って、何でわざわざ」
「依頼で必要だからな…それに、俺が見たい」
ふっ、と妙に優しい笑みを浮かべるディザイア。それに対しエリスは――
「そ。なら有り難く借りるわね」
しれっとした様子で受け取る。ふむ? てっきり恥ずかしがってキョドるかと思ったが……
彼女は平静な顔で箱を抱え、そそくさと店の奥へ向かうが、
ガッ びたんっ ガシャン パリーン!
色んな所に躓いて机やらグラスやらを盛大にひっくり返すエリス。やっぱりキョドってた。
――薄暗い部屋の中。
1人連日徹夜で準備を進めるシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)。
「犯人の女悪魔さんを腐…コホン。怒りを静めるには、これしかありませんわ!」
キーボードを猛打して、結婚企画のBとLを執筆。新郎×新郎、モデルは例の金黒天魔コンビ。
本人の許可? そんなものはリスに食わせました。
●当日
「きっちりと準備を整えて行きましょうね」
式場の厨房で、お茶会の準備に取り掛かる木嶋香里(
jb7748)。
「あ、あの香里さん、こ、これはどうすれば良いんでしょう…?」
「それは焼く前にレーズンを――」
友人のはぐれ悪魔ヒメと共にスコーンやケーキを焼き、紅茶やカクテル類を揃えていく――
――控え室。
「オペ子さん!! これ着てください!!」
叫び声と共にウェディングドレスを差し出したのは桜井疾風(
jb1213)。
「局長の後を追いたくないので遠慮します」
婚期が云々。
間髪容れずに沈められた疾風は、ドレスを持ったまましおしおと何処かへ消えた。
「リーゼ君ご協力ありがとーね! …じゃあ着替えよっか?」
「……お手柔らかに頼む」
カツラとメイクセットを手に、にこーと笑うマリス。
「ドレスは淡いブルーのものを用意しました」
和紗とキャシー達にも囲まれて、みるみる改造されていくリーゼ。
その後ろでは、他の男性陣もおめかしを始めていた。
タキシードを着込むディザイア。香里の招待でやってきた御堂 栄治や豚侍達も居る。
と、なにやら豚侍達がスタイリスト達と揉めていた。
「式にその刀はちょっと……」
「刀は武士の魂にござる!」
「例え裸になろうとも手放すわけにはいかんでござる!」
わいわいがやがや。
――リーゼのメイクを終えた後の女子控え室。
「きゃー! 和紗ちゃんカッコいい…! 後でリーゼ君と写真とろ写真!」
髪を束ねて紺のフロックコートに身を包んだ和紗を見て、大燥ぎのマリス。
「と、遊んでる場合じゃなかった準備!」
自身は白いタキシードで、髪を後ろに一纏め。
豊満なEカップを隠しきれていない和紗とは対照的に、マリスの胸はゲフンゲフン。
一方シェリアやユーヤは、花嫁より目立たないようにと黒いドレスで正装。
「そういえば、オペコも来てた」
部屋の一角で小次郎にタキシードを着せていたオペ子(大学部儀礼服のまま)を見て、ユーヤは思いついたように青いリボンを縫いだす。
「これで、いい?」
出来上がったリボンをエリスやキャシーに見せ、彼女らが頷いたのを受けて小次郎の元へ。その尻尾にリボンを結わえる。
ユーヤは満足したように頷くと、正装した小次郎を抱えて他の参加者達の様子を見に部屋を出て行った。
「うへへ、たまらんね。6月はこういうのが多いからやめらんないね」
着飾る女子達を眺めながらじゅるりと唾音を立てるアティーヤ・ミランダ(
ja8923)。
アティーヤちゃんはウェディングドレス着ないの?
「……なんか、ヤバい気がするからさぁ、最近。婚期的な意味で。あ、でも周りの性別逆転してる奴らは大好きでござんすよ?」
――個室。
変化の術を発動する疾風。
模した姿は、なんとウェディングドレスを着たオペ子。おいまじか少年。
「…………………………痛いとでも何でも言ってください!! 俺はどうしてもオペ子さんの花嫁姿が見たかったんですうううううううう!!!!」
が、流石に下着は男物のまま。
(だって……色々見えちゃうじゃないですか)
流石にそれは刺激が強すぎる。というか流石にそれはアレだ、ダメだ、なんか。
思春期真っ盛り。
いえ良いと思いますよ年頃ですし。でも変化の術は所詮ガワなんだし、別に中身まで詳細に想像する必要は――いや、まあこれ以上は言うまい。
オペ子的にも疾風的にも、そして何より蔵倫的にマズイ気がする。
疾風は鏡の前に立ち、
「……か、可愛い」
自分(偽オペ子)の姿を見て感激する。
「……可愛い。可愛過ぎる。まさに女神か天使か……」
「じー」
「!?」
いつの間にか、背後に小次郎を抱っこしたユーヤが立っていた。
彼女は徐にリボンで作った青バラを取り出して、オペ子姿の疾風の頭に添える。
「サクライにも、ドレス着てるから、可愛いのを」
言いながら、オペ子(疾風)の頭に小次郎を乗せてやった。
「今の姿に、よく合う」
「……似合う。似合いすぎるぐらい似合う。まさにお似合いのカップル……」
疾風は何か虚しいものが込み上げてきてガクリと両手を付いて項垂れた。
●
「準備は良いですか? 俺達の花嫁」
「出来れば帰りたい」
「悪魔ちゃん楽しんでくれるといいなー!」
花嫁化したリーゼを挟む、2人の花婿。
式を告げる鐘が鳴り――
「結婚なんてクソ食らえよー!!」
バァン!と扉を開け放って、セトと花嫁姿の人狼が現れた。
直後、婿の人数とか性別とか、何か色々おかしいその光景に目をぱちくりさせるセト。
「ようこそ。俺達に御用かと思いますが…え? 何かおかしいですか?」
「……何で男が花嫁?」
「見たかったからです!」
カッ!と言い放つ和紗。任務ェ……。
次の瞬間、仲間達が入口を封鎖。わいわいきゃーきゃーと取り囲みながら、セトを式場横のお茶会テーブルへと押し込む。
「さぁこっち、こっちだよ」
一方、呆然とする花嫁姿の人狼の手を引くユーヤとアティーヤ。
「なんかお前も大変だね。てか、コイツ何者なんだろ?」
「ちょっと、ゴワゴワ?」
もふもふしながら、皆と同じテーブルに連行。退屈しないようにと、ユーヤがケンダマの妙技を披露。
「子供達にも、人気」
得意げな彼女は、ふと何かを思い出したように人狼を見やり、
「ん、コレあげる」
よじよじと人狼の背中を上り、他の参加者にもあげた手作りリボンを頭と尻尾に結んでやる。
「これで、お揃い」
クスクス笑いながら、人狼の頭に頬をすり寄せた。
終わるまでは、ずっとすりすりしておこう(すやぁ
「今日一日 楽しんでいってくださいね♪」
翡翠色のカクテルドレスを着た香里と、薄桃色のカクテルドレスのヒメが一同をもてなし、アティーヤが話しかけると、セトは困惑しながらもきちんと名乗った。
「必要なら何でも話聞いてあげるよ?」
「何か辛い事があったんですか?」
香里も尋ねる。
かくかくしかじか。
「あー、振られたのかー」
「セトちゃんみたいな可愛い子捕まえておいて、ペット理由にお別れとか…そんな見る目無いのと結婚しなくて良かったよー!」
頷くアティーヤと、励ますマリス。
「むしろラッキーでしょ! もっとカッコイイ子見つけよ!」
「そんなこと言っても、好みの男なんてそうそう居ないし……ていうか、あんた達はどうなのよ?」
ふて腐れながら聞き返すセト。話の流れで、この結婚式が偽である事は既に知っていたが……
「んー、あたしゃねぇ、そこにすらたどり着けんのだよー」
がつがつむしゃむしゃと口一杯に料理を頬張りながら言う、残念美人筆頭のアティーヤちゃん。
「俺なんて……振られに振られてこんな恰好までする始末ですよ」
と、そこへフラリと現れるオペ子(疾風)。
「でも恋愛なんてそんなものです。どうかあなたも気を強くもって次の恋を探してください。……………俺はまだしばらくこの恋を追いかけます」
彼は失意のまま、床に体育座りを始めた。
ちなみに事情を鑑みてセトに猫を見せるのはマズイという事で、小次郎は本物のオペ子と一緒に離れた席でウェディングケーキ分解してるよ!
「ウェディングドレスで着飾るというのは、女性なら誰しもが憧れるものですわよね」
シェリアがセトを諭す。
くだらない理由で女を振った男は万死に値するが、それで無関係な者の幸せを邪魔するのは間違っている。
その時、香里が1つの提案を口にした。
「良かったら模擬ウエディングをしてみては?」
マリスやアティーヤもそれに同意。
「正式なのは無理だけど、雰囲気大事だよね!」
「本当に着るなら思う存分着せてあげるよ?」
というわけで準備開始。
プランナー達を交え、女子とオカマがプランをこねこね。
「こんなこともあろうかと!」
叫んだのはシェリア。
プランナーの1人に目配せし、予め用意しておいた衣装を持ってきてもらう。
シェリアに脅さ(黒ペンぐりぐり)頼まれたプランナー各社が、赤字覚悟で用意したフランス最高級のウェディングドレス。
残る問題は肝心の花婿役の選出だが……
参加者達をぐるりと見渡す。
女装、男装、オカマに豚。まともなのがいねえ。いや、待てよ。そういえば唯一、常識的な格好で参加していた男が1人――
一同の視線が一点に集まる。そこに立っていたのは、ディザイア。
「ん? 俺か?」
準備完了。
セトの強い希望により、神父の前で誓いの儀式をする事に。
「ウエディングドレスも似合って素敵ですよ♪」
壇上に立ったセトに香里達から祝福の歓声が上がり、ペット(?)の人狼もがうがうと祝辞を吠える。
が、そんな華やかなムードの中、ふと輪から外れて真っ赤にヒートアップする人影が1つ。
「閃きましたわ!」
持ち込んでいたノートPCを広げて超打。
「水音MSはワンちゃんと結婚すると聞きました。ならばこの式場でついでに水音MSの祝言も挙げてしまいましょう!」
テーマは人狼×水音!
「少々マニアックですが、祝砲代わりに1冊151円でこの本を刷r」
「やらせねぇよぉ!?」
実況席から飛び出したMSとノートPCをぐいぐい取り合うシェリアを他所に、式は滞り無く進行。
誓いの言葉。
神父の問いにディザイアがこくりと頷く。次いで、セトの番へ。
「――新婦セトは、新郎を愛するコトを誓いマスカ?」
が、不意にセトが言葉を詰まらせる。
「誓い…誓いま……う、うぅ……」
――誓います。
その言葉の代わりに彼女が吐き出したのは、
「びえええぇぇぇ!」
号泣。
大口を開け、子供のようにわんわんと泣き出すセト。
――私もウェディングしたかった。
好きだった男悪魔の事を思い出して大泣きする彼女を、女子達がよしよしと宥める。
しばらくして落ち着いた頃、ぐすんと鼻をすするセトの前で、ディザイアは静かに片膝をついた。その手には、浜菊の蕾。
アウルを灯すと、小さな蕾が花を咲かせる。
花言葉は『逆境に立ち向かう』。
「よりを戻すにしても新しい愛を見つけるにしても、必要だろう」
「……ありがと」
セトはこくりと頷いて、それを受け取った。
「皆で記念撮影しよー!」
カメラマンの横にいたマリスが、ぶんぶんと手を振る。
肩を寄せ合い、寝息を立てるユーヤをおんぶした人狼も一緒にパシャリ。
写真を撮り終え、ふとシェリアが餞別に1冊の薄い本をセトに差し出す。
徹夜で準備した金黒天魔本――
「ふざけんなぁ!」
「聞き捨てならん!」
瞬間、扉を蹴破って乱入してくるまさかのハル&アーリィ。薄い本に猛抗議。が、
「ハウス!」
シェリアが空へ向かって投擲した囮のコピー本を追って、2人は棒を追いかける犬のようにビャッと去っていった。
一方、きゃいきゃいと記念撮影を続ける参加者達。
せっかくの衣装だからと、和紗は花嫁姿のままのリーゼの頬に自らの唇を軽く当てた。
「む?」
「結婚式、ですから」
「あ、和紗ちゃんずるい!」
悪戯っぽく笑う和紗に、マリスが身を乗り出す。
「レイは以前に別の写真でやっていたでしょう。今日は俺の番です」
対して溜め息をついたのは、オペ子姿のままの疾風。
「いいなあ……。俺も頼んだら、オペ子さんにほっぺにキスとかしてもらえないかな……無理だよなやっぱり……」
言いながらチラリと振り返った先には、本物のオペ子――ではなく、ロペ子の姿。
本物は、シェリアに頼まれた『人狼×水音』本を印刷しに行きましtってうおぉおい!?
入れ替わりに、ディザイアがエリスに声をかける。
「記念に1枚、な」
恥ずかしがるエリスを担ぎ上げ、パシャリ。
欲望と祝福に満ちたウェディングは、無事に幕を閉じた。
●後日談
「何とか終わったなー」
騒動の余韻にぐいーっと背伸びをするアティーヤ。
「満足させられてりゃ一件落着なんだけど……あれっ??」
ふと見たテレビのニュースに、痴話ゲンカ…というより別れ話的な文言を叫びながら暴れる悪魔の男女が映っていた。ヨリを戻そうと懇願する男悪魔が、女悪魔に「今更どのツラ下げて言ってんだ」とボコボコにされている。
一瞬アップで映ったその顔は、紛れもなくセト。
「ひょっとして、アイツって結構強くて暴れたらマジヤバだったとか?? 結構綱渡りだった疑惑??」
アティーヤは「んん?」と眉を顰めながら、まるでアクション映画のようなニュースの映像を眺めていた。