「斬りたいものですか。あります。チャーハンです」
ヴェス・ペーラ(
jb2743)が申し出る。
正確には芳野 絵美の作った究極チャーハン(失敗作)。材料を間違えて作った結果、2回食して、2回とも臨死体験させられた。あれを斬りたい。
「それはよいタイミングです」
オペ子の言葉に彼女が首を傾げていると――
「ちわーす。出前お届けにあがりやしたー」
おかもちを持った絵美が現れた。斡旋所職員が出前を頼んでいたらしい。
並べられた料理の中に問題の究極チャーハンを見つけた瞬間、ヴェスは妖刀を持っていきなり皿に斬りかかった。
「材料間違えるなー! 死にかけたぞ、2回とも!」
ザンッ!
盛り付けられて山の形をしていたチャーハンが2つに割れる。
やった! ついに絵美のチャーハンを倒した! これからはもうチャーハンに怯えなくても良いんだ!
しかも『斬りたいと思っているモノ以外は一切傷つかない』はずの妖刀で真っ二つにできたという事は、このチャーハンは件の材料を間違えたデスチャーハンだったという事になる。
「あー、やっぱりかー。途中でネギの種類間違えたような気がしないでもなかったけど、気のせいかなーって思ってそのまま作ったらやっぱり気のせいじゃなかったねー」
絵美ちゃんてへぺろ。
「でもチャーハンなら実はもう1つ持ってきてるから」
そう言って彼女は、究極チャーハン(出前仕様・試作版)を取り出す。
『冷めても美味しい』をコンセプトに、材料を少し変えてあるらしい。
「せっかくだからヴェスちゃん食べてみてよ」
こっちの材料は絶対間違えてないから、と念を押す絵美。
「まあ、そこまで言うなら」
「何なら酒茶漬け用のお酒も持ってきたけどー」
「いえそれはいいです」
妖刀の代わりにレンゲを持って、チャーハンを口へと運ぶ。
ぱくり。
ぱたり。
ヴェスは皿に顔を埋めて動かなくなった。誰か担架ー。
「一番斬りたいものを斬る、か」
こちらはアニエス・ブランネージュ(
ja8264)。
「抽象的なものまで斬れるというなら、意識的に使えるとかなり有用そうだけど……」
手に取ってみた。取り憑かれた。
「ボクはあくまで真面目に教師を目指してるはずなんだよ! なんで触手に弄られたり溶解液で服がやられたり、変な気分にされる機会がこんなに多いんだ!」
一番斬りたいもの:触手とかスライムとかなんかよく巻き込まれるえっちぃ系依頼の報告書。
そうだ報告書。あの助平な書類の山を過去の記憶ごと斬り捨てようそうしよう。全部なかったことにして、綺麗な体(?)でやり直す。
アニエスは記録保管庫へ押し入って資料棚をバサァ! ヒャッハー!
細切れになった紙吹雪を浴びながら、彼女は万遍の笑みで刀を手放した。
まあここにあるのはただのコピーで、データは各支部と本部に同じ数だけあるんだけど……。
知らぬが仏って言うから黙っておこう。
次の相談者は大学部の九鬼 龍磨(
jb8028)さん25歳男性。
「んー、斬りたいもの……んー……僕は、綺麗で可愛くってきらきらしたのが大好きで、自分のこういう姿も好きだって、学園に来てから気づいたんだ。けど、自分はムキムキで男で大人で、学園の女の子や男の娘とはぜんぜん違う」
そんな自分が嫌いなわけじゃない。アイドル業を応援してくれる人もいて心強い。
「でもやっぱり変かなぁ僕、ともまだ思ってて…」
悩みがぐるぐる。
「というわけで、やりたいことをやるために、ぐるぐるするのを、ばっさりと!」
バァン!と更衣室のドアを開け放って現れた彼が着ていたのは、件の美少女アイドル衣装。隆々とした筋肉のラインがぴっちりと浮かび上がったヘンタi――可憐なその姿は、まさに決意の表れ!
え、どんな格好か気になる? 龍磨タソのマイページを覗きに行くと良いんじゃないかな! ただし閲覧注意な!
龍磨は勢いのままに妖刀を取ると、刃を返して自分に向ける。そのまま歯を食い縛って一思いにざっくり。
確かに刃が身体を貫通したはずだったが、痛みや血は出なかった。
「……ちゃんと斬れたのかな?」
「確認してみるとよいです」
桐箱に妖刀を戻す彼に、オペ子が手鏡を渡す。
恐る恐る鏡の中の自分を見ると――
「やだっ、僕って結構美人!?」
僕もアイドルでいて良いんだ!
龍磨は晴れ晴れとした表情で鏡の中の自姿に魅入っていた。
小次郎をもふりつつオペ子とおやつでも食べてまったりしよう。そう思って斡旋所を訪れたシグリッド=リンドベリ (
jb5318)。
「あ、カステラ切るんでその刀貸してください」
斬りたいモノ、カステラ。
桐箱からひょいと妖刀を取り出してカステラを切り分ける。生地が潰れる事なくスパッと綺麗に分断できた。さすが妖刀。
他にも大量のお菓子や飲み物をテーブルに並べる。
「牛乳は小次郎さん用なのですよー」
オペ子と自分はカフェオレ。
もぐもぐぢゅぢゅーとおやつを堪能していた時、ふとシグリッドが思いつく。
「…ところでこの刀、処分に困ってるなら化学室で強化しまくったら屑鉄にできr…いえなんでもないです」
まかり間違ってストレートでLv10とかになったら目もあてられない。
「それはよい考えです」
しかしそれを聞いたオペ子が、止める間もなく妖刀入りの桐箱を持って科学室へと消える。しばらくして、
「Lv15になりました」
マーベラス!
紫色のオーラがプラスされた妖刀は、まだまだ獲物を欲しています。
ふわふわオドオドと受付前を通りがかったブランシュ・リゴー(
jb9976)に、オペ子が声をかける。何か斬りたいモノはないか。
「今ならお安くしておきますが」
「えと、呪われるのは怖い、です」
それに、自分でもよく分からない。
「少し、考えてみます……」
受付近くの長椅子にちょこんと座って頭を悩ませるブランシュ。と、そこへ鳳 静矢(
ja3856)がやってきた。
「またえらい物が持ち込まれてきたな」
どうやら依頼を聞きつけてきたようだ。
「取り扱い注意です」
「ふむ」
徐に、静矢は顎に手を当てて考える。
持ったものの願望に従い、あらゆるモノを切断する妖刀。つまり所有者の技量に関わらず、持つだけで達人級の剣筋を得る事ができるというわけか。実に興味深い。
「斬ってみたいな」
この妖刀を。
使用者を問答無用で達人の域へ至らせるということは、ある意味この刀そのものが達人だと言っても過言ではないはず。
一剣士として達人を切り伏せたい欲求に駆られ、その妖刀を手にする静矢。
「よい剣だ」
これなら如何な妖刀でも容易く斬れそうな気がする。よし、早速真っ二つにしてくれよう。
頷き、妖刀を斬る為にその妖刀を振り下ろす。
ブン。
「……」
ブン。
ブンブン。
「これでは斬れないではないか!」
ぷんすか。
静矢はぷりぷり怒りながら手近に座っていたブランシュへと妖刀を押し付け、彼女もついそれを受け取ってしまう。瞬間――
「そんな目で、見ないで下さい!」
ブランシュが、手にした妖刀を静矢めがけて一閃。咄嗟に首を逸らした彼の鼻先を切っ先が掠める。
「どうせ貴方も私のことをいじめるんでしょう!」
今まで人の顔色を伺い流されるままに生きてきた。人の視線を気にして怯えてきた。
視線が怖い。視線が斬りたい。
対して静矢は自前の大太刀で防戦しようとするが、Lv15に強化された妖刀の剣技は静矢のそれを上回ってしまっていた。
横一閃。
「おぅふ!?」
視線を斬られ、両目の形が眼鏡を外した眼鏡キャラのような『3』になる静矢。直後、正気に戻るブランシュ。
妖刀を放り出した彼女は、「メガネメガネ」と床をぺたぺた手探る静矢にひたすら低頭していた。
「何の騒ぎー?」
ひょこっと顔を見せたのは藤沢薊(
ja8947)。かくかくしかじか。
「それってコレ?」
薊は足下に転がっていた妖刀を何の気なしに取ってしまい――
「酒なんて…酒なんて…酒なんて……あんな物があるせいで、ハグされてあばら折れかけたり…女装させられたり……酔っぱらって……酔っぱらって子供を玩具にするんだろうがぁ?!」
豹変。
酒が斬りたい。酒はどこだ。
小さな身体で刀を、いや刀に振り回されながら首を巡らせる薊。ふと、絵美が手にしていた酒茶漬け用の酒瓶を見つけて飛び掛る。
一刀両断。
びしゃりと散ったアルコールの匂いが、薊の鼻をツンとついた。
「ひっくっ……なんらか…めがまわふー」
一発で臭気に当てられた薊はフラリと後ろに倒れ、後頭部を強打。真上に放り出した妖刀がフォンフォンと回転し、下にいた彼の額に突き刺さる。
さくっ
「あびひ!?」
だが安心してくれ。この妖刀は斬りたいモノ以外は傷つかない、小さなお子様にも安全設計。アザミンの命に別状は無いぞ。
でも迂闊に触れないので抜いてあげられない。
薊は、あたかも『選定の剣(が刺さっている台座の方)』のような姿で床に放置された。
「ナイフナイフ」
メガネメガネ的な感じで現れたのは、ホールケーキを持ったUnknown(
jb7615)。ケーキを切り分けるものが欲しい。
お、ちょうどいい所に刃物があるじゃないか。
彼は薊に刺さっていた妖刀をスコッと抜き、ホールケーキを寸断。
「ケーキもべたつく事無く切れるなんてあら凄い」
もぐもぐぺろりとホールを平らげた彼だったが――
「勇者滅せよ」
突如豹変。ケーキを食べ終えてしまった事で、脳内の『斬りたいモノランキング』が入れ替わってしまったらしい。
RPGの攻略本で人界言語を習得した彼の頭の中には、その手の知識がたくさん。いつしか『勇者=か弱いザコモンスターを蹂躙する悪者』という図式が成り立っていた。
不特定多数のザコキャラに捧ぐ愛とか特にないけど。
「一度でも経験値稼ぎにザコキャラ倒した奴、前出ろ、前だ」
素直に前に出るオペ子、神主、絵美、MS……ていうかロビーに居た人ほぼ全員。
アンノウンは満足げに頷き、装備(服含む)を妖刀で全解除ズバアアア! 肌色いっぱい!
だが、謎の光線担当の蔵倫スタッフが過労死しそうな光景の中、1人だけ映像修正が必要無い者が居た。オペ子だ。
一番経験値稼ぎに勤しんでいそうなのに、何故か彼女の服だけ無傷――いや違う。斬ったそばから再生している。
ラキスケ完全耐性持ち。
「ちぇー」
全国のお茶の間にオペレーターの肌色成分をお届けできないと分かったアンノウンは、妖刀をポイ。
蔵倫スタッフが新しい服を配り歩いているロビーに背を向けて、何処かへと去っていった。
「久遠ヶ原学園とはいえ、刀を持ち込むのは銃刀法違反ですよ」
妖刀入りの桐箱を抱えていた神主とオペ子の肩を叩いたのは、不二越 悟志(
jb9925)。
元警官である彼は2人から事情を聞くと、
「それでも…といいたいところですが、どうにかしてほしいという依頼であれば仕方ありませんね」
お手伝いしましょう、と妖刀を手に取る。
「ちなみに僕、剣道有段者ですが真剣を手にしたことがないんです。初めてで――で、でででDEEEEATH!」
豹変する悟志。悪が、悪が斬りたい。
そうだ。オペ子と神主は諸悪の根源。斬らないと!
「オペ子が悪とは心外です」
「問答無用ォ!」
僕が正義です。
悟志はオペ子に斬りかかるが、神主が身を呈して彼女を庇う。
ズバァ!
「あひぃ!?」
オペ子は息も絶え絶えで床に転がる神主を指先でつつき、
「死ぬ前に『おじゃる』って言ってください」
「お、おじゃ…r」
ぱたり。
神主脱落。
「さぁ、お前の罪を数えろ」
再び刀を振りかぶる悟志。だがその時、彼の鼻が別の『悪臭』を察知。給湯室の方からだ。
彼はオペ子には目もくれず、臭いの元へと駆けた――
――給湯室。
食べ物の匂いがする、とタンスを調べるアンノウン。中にはなんと薬草が!(注:お茶っ葉です)
あ、隣の引き出しには紅茶葉。こっちはインスタント珈琲。メンドクサイからタンスごと食べちゃえバリバキムシャア!
と、そこへ妖刀を持って現れる悟志。
「見つけたぞ悪党め!」
「我輩『悪』じゃないよ」
ふるふると首を振るアンノウン。
むしろ他人の家のタンス漁ったり急に飛び出した魔物殺して奪う主人公の方が『悪』。え、このタンス? これはちょっとお腹がすいたので。
「げ、現実でしちゃ駄目なんだからねっ///」
「成敗ィ!」
もじもじと恥らうアンノウン真っ二つ。蔵倫スタッフ(モザイク担当)が休日出勤。
直後、悟志は武装風紀委員に取り押さえられて強制連行されていった。
再びロビー。
「う〜ん、そんな切りたいものって言ってもねぇ……」
悩む佐藤 としお(
ja2489)。
「いざ考えるとないなぁ……あっ、あれ、マーフィーの法則ってヤツ。あれ斬りたい! 急いでるときに限って信号が赤とか、なって欲しくないときに限って悪い方向に行く。ホントに迷惑なんだよっー!」
というわけで妖刀をひょいっとな。
覚醒。
としおは揚々と道路へ飛び出して、信号機をバッサバッサ。あひゃひゃ! これで赤信号には捕まらないぜえ!
そこへ風紀委員が駆けつける。
「ほら出たよマーフィーだよ! マーフィーをぶった斬る為の第1歩として赤信号ぶった斬ってたら案の定邪魔される! まじマーフィーの法則だよ!」
だが今の自分には妖刀がある。今こそヤツに引導を渡す時。
「ヒィーハー! 真っ二つだぜえ!」
眼前のマーフィー(風紀委員)ズバァ! 妖刀の効力により誰にも阻まれることなく見事マーフィーの両断に成功するとしお。
瞬間、目的を果たした彼は正気に戻った。
「あれ? 僕は何を……?」
周りを見渡すと、足下にはバッサリやられた風紀委員、周囲には新たに駆けつけた無数の武装風紀委員。
「このモヒカン野郎、よくもマーフィー(本名)を!」
「接近戦は危険だ、距離を取って確実に仕留めろ!」
彼らの手には、バズーカ砲。
「え? 皆さん何を――」
「てー!!」
一斉砲火。
昼間の街角に綺麗な花火が上がった――
「やばい……今日の宿題全然わかんない…」
ごめんちょっと見栄張った。今日『も』全然わかんない。
場所は図書館。唐突に出された数学の宿題に大苦戦中の雪室 チルル(
ja0220)。頭から湯気どころか、ショートして火花すら出ている有様だ。
そんな時、不意に窓の外で花火が上がる。直後、窓を突き破って妖刀が飛んできた。
ガシャッとプリントの上に転がった妖刀をどけようとして柄を掴み、憑かれる。
斬りたいモノ:方程式。
「どりゃあああああ!」
宿題の山を乱れ斬り。するとどういうわけか、ペンを付けてもいない解答欄に次々と正解が書き込まれていく。この剣、ペンより強い!
全ての問題を斬り伏せてご満悦な顔で妖刀をポイするチルル。早速職員室へ宿題を持っていくが、
「お前に解けるはずがないだろう、バカなんだから」
誰にやってもらった? 罰として宿題追加な。
代わりに辞書みたいな厚さの問題集を貰いました。よかったねチルルちゃん! これで賢くなれるよ!
「落し物を届けに来ました」
その声にオペ子達が振り返ると、木嶋香里(
jb7748)が立っていた。右手に、どこかへ飛んでいったはずの妖刀を持っている。
警戒して後退る一同。首を傾げる香里。
オペ子が事情を説明すると――
「それは大変ですね」
言いつつ、香里はあっさりと桐箱の中に妖刀を戻した。率先して斬りたくなるほどの斬滅衝動は無かったようだ。
ほっと一安心。するとそこへ、1人の幼女天使が牛乳を飲みながらやってくる。
文月 輝夜(
jb8554)。
身長が低い事を気にしている彼女は、毎日欠かさず牛乳を飲んでいた。だが世の中には、身長と牛乳は関係がないと主張する者も居る。それでも輝夜は藁にも縋る思いで牛乳を飲む。
「いっその事信じる気持ち無くなっちゃえば楽なんじゃないかな?」
というわけで輝夜の斬りたいモノは、牛乳を信じる心。早速妖刀を手に取るが、ふと香里が笑顔で彼女に語りかけた。
「牛乳を飲めば身長が伸びる、というのもあながち間違いではないと思いますよ?」
牛乳には人間に必要な栄養素が豊富に含まれており、それを摂取する事で身体の成長を促進する効果があr
「えい♪」
ザクッ
唐突に妖刀で香里を一刺しする輝夜。瞬間――
「牛乳なんて飲んでも意味ないと思います♪」
香里の心が一刀両断。
「妖刀すごい!」
輝夜はワクワクした顔で自らもザクリ。スッキリした笑顔で牛乳と妖刀を放り捨てた。
「(シュコー フー)」
ケミカルマスクで頭をすっぽりと覆って現れたのは、純白メイド斉凛(
ja6571)。
ドライヤーを左手に持ち、背中に小型発電機を背負ってドライヤーと直結させている。
何でも斬れる妖刀があると聞いて。
「(シュコー フー)珈琲なんて…珈琲なんて…消えてしまえ! ですわ(シュコー フー)」
メイドの生態:珈琲を一口飲むと、酒を飲んだ時のように酔って記憶が無くなり寝る。
凛はロビーに設置されていた自販機に近づくと、珈琲のボタンをぽちり。ふとオペ子とシグリッドがカフェオレを持っているのに気づいて、シュコフーと顔を向ける。
ミルク割りとは言え、珈琲は珈琲だ。タバコと珈琲は二十歳になってから!
2人からカフェオレを取り上げ、自販機の珈琲と一緒に並べる凛。
そして右手で妖刀を掴み上げた。
一振り目で珈琲と水の結合を分子レベルで切り離し、返す刃で分離した珈琲成分を滅多斬り。飛び散った珈琲汁が身体にかかりそうになるのを左手のドライヤー(強風)で吹き返しながら、凛は狂ったように妖刀を振り回し続けた。
ちなみに紙パックや紙コップは無傷のまま。
「(シュコー)珈琲を憎んで、水を憎まず(フー)」
ところでこの珈琲、妖刀で斬ったならもしかして自分でもちゃんと飲めるようになっているんじゃないだろうか。
マスクとドライヤーを外して、ちょびっと舐めてみる。お、イケるイケる。
さすが妖刀。
ぐびぐび、ぷはー。
「ろーれす。全部飲みきれましたれすわ……ひっく」
…ん?
もしかして:お腹の中で結合再生。
凛は誰も居ない空間に向かってぶつぶつと話しかけながら妖刀を放り出し、1人ふらふらとロビーを徘徊し始めた――
鷺谷 明(
ja0776)は我慢していた。
一応仲間だからノリで戦闘しかけるのはやめておこう、とか。皆のSAN値減るからこの造型はやめておこう、とか。
こう見えても鷺谷さんは色々と自粛しているのです。だから――
たまにはふっ切っちゃっていいよね?
「レッツ、パアアァァリイィィィ!!」
突然の奇声に一同が振り返ると、妖刀を手にした明が居た。
ロビーに居る職員や一般客達を、喜々とした表情でマジ斬りし始める。これはアカン。
香里が咄嗟に止めに入り、シールドスキルで刃を受け止めようとするが――
斬りたいモノを必ず斬る妖刀(Lv15)。
ズバァ!
盾ごと斬られてドサリと倒れる香里。死屍累々。コメディどこいった。
だがその時、誰かが明の後頭部をドカリと強打した。
凛だ。
「人を襲うのは反則れすの」
説教しながら襲い掛かるメイド。
背負っていた小型の冷蔵庫くらいある発電機でドカドカと明を殴打する。
やがてピクリとも動かなくなった相手を見て。
「ひっく……わたくしを置いて1人で逝ってしまうのれ……ひどいれすわ――zzZ……」
ドスンと下ろした発電機に持たれかかって、寝息を立て始めた。
「…………」
床に転がっていた妖刀を徐に拾い上げたのは、月詠 神削(
ja5265)。
「俺の、斬りたいもの……か」
うんうん、何でも言ってみなさい。
「斬りたいもの……水音 流MS、かな」
オーケイ落ち着こうか。まずはその刀を置いて話を聞(ズバァ! あばー!?
…………
……
…
ふぅ、危ない危ない。あと少しズレてたら水音 流がバラバラになるところだったぜ。とりあえず切れた部位を拾って、っと……よしくっついた。
ではここから先も引き続き水 音流の実況でお送りします。
ぶつぶつと何かを呟きながらふらりとロビーに入ってきた玉置 雪子(
jb8344)。
素材集めで最後の1個がなかなかドロップしなくて憎い。
成功率80%のはずなのに2回に1回くらいは失敗するのが憎い。
やるせない気持ちにさせてくれる切断厨が憎い。
「ああ憎い…憎い憎い憎い憎い」
業者が憎い。雪子の垢のアイテムと金を根こそぎ持って行ってbotとして使役させてるから超憎い(実話です)。
その件で運営に通報したら盗まれた垢をBANしただけで済まされたからハイパー憎い(ノンフィクションです)。
フヒヒと乾いた笑みを浮かべた彼女が手にしたのは妖刀――ではなく、ポケットから取り出したカッターナイフ。
「憎い憎い憎い肉炒め憎い憎い憎い」
狂ったようにブンブンとカッターを振り回し始めた彼女は、あっという間に周囲の人々に取り押さえられた。
「ハッ。雪子は一体何を……」
違うんですこれはきっと妖刀(カッターナイフ)のせいなんです雪子は悪くねぇ。
情状酌量を訴える彼女を、風紀委員はズルズルと連行していった。
『どうぞお気軽にオペ子とお呼びください』
彼女のマイページを覗いた時から、ずっと思っていた事がある。
『どうぞお気軽にオペ子』という名前は長いと思う。苗字は樫崎らしいが、下の名前がこんなにも長いのは不便だ。そこで考えた。
なんでも斬り分けられる妖刀で、『どうぞ・お気軽・にオペ子』と3分割にしたい。
『にオペ子』ちゃんの方が片仮名平仮名漢字が混ざって格好も良い。イイトコ取り!
「この漲る思いと愛欲と淫(このプレイングは蔵倫により削除されました)を愛しのあの人に伝えたい…!」
歌音 テンペスト(
jb5186)は落ちていた妖刀を拾い上げ、
「斬る・YOU!」
有無を言わさず背後からオペ子に斬りかかった。
ザンッ、という確かな手応え。だがしかし――
「樫崎。片付けも忘れずにしておけよ」
「オペ子です」
しっちゃかめっちゃかなロビーを指差した局長に、オペ子がいつもの文言で反応する。
(あれ? 確かに斬ったはずなのに名前が『にオペ子』ちゃんになってない?)
歌音が首を傾げながら携帯端末でオペ子のマイページを開いてみると――(続きはwebで!
いつものように依頼を漁りに斡旋所を訪れた紅 貴子(
jb9730)は、ロビーの惨状を見て何事かと首を傾げる。
きょろきょろと見回していると、歌音テンペストなんだかテンペスト歌音なんだか分からない名前の少女を見つけて、とりあえず声を掛けた。
何でも斬れる妖刀がどーたらこーたら。なるほど。
「私が斬りたいものねぇ……ふふふ」
貴子は徐に歌音の手から妖刀を掠め取ると、
「理性をなくせば無駄な抵抗はしないわよね? あんな命令やこんな命令まで聞いてくれるなんて最高だわ」
恍惚とした表情で言いながら、歌音(の理性)をバッサリ。直後、
「あたしもこの漲る思いと愛欲と淫(このプレイングは蔵倫により再度削除されました)を、愛しの紅さんと共有したいです…!」
あれ? さっきと一緒じゃね?
ぬっちょりねっちょり歌音ちゃん通常運行。キワモノ娘の彼女に理性なんて初めから無かった。
だがそんな事はお構いなしに、貴子は「はぁはぁうふふ」と妖刀を捨てて歌音と共にどこかへと消えて行く。カメラさん何してんの早く追っt――え、だめ? これ以上はマズイ? あ、そうですか…じゃあ仕方ないね。一旦テープ交換しよか。
混沌を極める斡旋所で、風紀委員や救護班に混じって片付けに奔走する八種 萌(
ja8157)。数分前に訪れた時、既に一帯はえらい事になっており、事情は分からないがとりあえず手伝いに参加。
ふと、つま先で誰かの刀を蹴飛ばしてしまう。
紫色のオーラを帯びたその刀を拾い――
「胸囲の格差社会許すまじ」
ニッコリ微笑で憑依コンボを決めてくれた。でっかいおっぱい憎い。
真っ先に狙われたのは、早々に自分の目的を果たして隅でひっそりと休んでいたアニエス。でっぱい。
「って、えぇ? ボク!? む、胸は勘弁だ、なんだかんだで無くなるとショックな気がすr」
スンッ
カマイタチのような鋭さで胸部を寸断されるアニエス。瞬間、あれほどたわわに3次元的な存在感を放っていた彼女の胸は、2次元を通り越えて0次元の彼方へ旅立った。
だが萌はまだ妖刀を手放そうとはしなかった。でっぱいの生き残りを求めてロビー内を彷徨っていると、
「なんて恐ろしい武器ですの?! …武器などに頼るからこのようなことになるのですわ!」
颯爽と現れた拳至上主義者、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)。
「刀などに心を支配されてしまった方はわたくしが活を入れて差し上げますわ」
みずほの右フックに顎ごと意識を持っていかれ、萌はようやく妖刀を手放した。
「武器などに頼るからこのような事になるのです。体と心を鍛えて拳のみで戦えばいいのですわ」
とは言え、実戦では強力な武器を持った相手に破壊力で勝つ事はまずできない。それが本当に悔しい。
「武器なんて無くなればいいのに…」
武器……そうか妖刀も武器である事には違いない。ならば武器を斬りたいと願う自分が振れば、妖刀自身を消滅させられるはず。
みずほはさっそく妖刀を逆手で握り、向けた刃先で自らを貫く。しかし――
スカッ。
痛みも感触も無く、刃は彼女の体をすり抜けてしまった。
消滅させるには、妖刀で妖刀を斬らないといけない。つまり物理的に無理。
「ふ、ふふ……わたくしはまた、武器に負けてしまったのですね……」
カラン、と力なく妖刀を落とし、みずほは真っ白に燃え尽きた。
「何ですかこの馬鹿騒ぎは!」
激おこぷんぷん丸な沙 月子(
ja1773)は主犯(オペ子)を見つけて事情を聞き、ムカ着火ファイアーに。
「仕事と言い張るのなら第三者に迷惑のかからない方策を練りなさい!」
正座させ、お説教すること小一時間。
「まったく、こんな訳の分からない刀の為に……」
ひょいっと妖刀を拾い上げ――
「今ならアナタを斬れるような気がします」
にっこり。小次郎の乗ったオペ子の頭上めがけて妖刀を振り下ろした。
だがその時、横から誰かの手がそれを止め――る事もなく真っ二つ。ズバァ!
ここにきてオペ子と小次郎まさかの脱落。
標的以外は傷つかないはずの妖刀で何故かオペ子だけでなく小次郎も両断されたが、小次郎はオペ子から生えていると言っても過言ではないので仕方ない。
2人ともコメディ補正で一命を取り留めて、きっと次の依頼の時には何事もなかったかのようにまた出てきてくれるだろう。
月子は満足した様子で妖刀を置いて去っていった。
妖刀の処分が目的……だったが、床上に放置されている妖刀を見てちょっとした出来心に襲われるシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)。
好奇心に打ち勝てずに柄を握ってしまった彼女は、例に漏れず取り憑かれて狂化――
「人類ホモ化計画の執行」
――と思ったけど、いつも通りだった。
斬りたいモノ:異性に対する恋愛観。
「恋愛に性別は関係ありません。わたくしにも異性の恋人はいますがそれとこれとは話は別です。さあ、心の壁を壊して正直になりなさいドゥフフ」
奇神の如き威圧感を漂わせて風紀委員(イケメン)や救護班(イケメン)に襲い掛かるシェリア。制止も聞かず、片っ端からBでLな世界に斬り堕としていく。
「交友から恋愛に発展するのはよくある話ですわ。ほら、貴方も段々隣にいるご友人が愛おしくてたまらなくなーる♪」
ピュルリクピュルリク、ピュルリリリー♪(ホモォ)
ズバァ!
もう駄目だこの貴族。
――やたらと熱い眼差しで見つめ合う半裸のイケメンで溢れかえった所内。
その中で1人、ヤカンのように蒸気を噴いてノートPCのキーボードを超打する腐った貴族――略して腐族――の傍に1本の刀が落ちているのを見つけ、
「あ、何これ良い刀」
神喰 茜(
ja0200)の欲求がドクンッと解き放たれた。
人が斬りたい。
「ヒャッハー!」
「きゃー!(誰かの悲鳴)」
「うわー!(誰かの悲鳴)」
「ホモォ!(シェリアの悲鳴)」
辻斬りなう――
「俺はドヤ顔している奴をどぶに沈めるのが大大大好きなんだー」
鼻歌のように口ずさみながら、「なんかどぶ臭い依頼出てねーかな」と斡旋所を訪れたラファル A ユーティライネン(
jb4620)さん。
そこへ刀片手にトチ狂った緋色髪の少女(茜)が飛び掛かってきた。
「なんだお前やんのかこらー!」
義肢を戦闘形態へ切り替えて牙を剥くラファル。が、事象を越えて刃を通す妖刀の前にバッサリ斬り伏せられてしまった。
直後、彼女が最後の生き残りだったらしく、茜がはたと我に返る。
「あー…なんていうか歴史のある妖刀はすごいねぇ…」
屍の山を前に、遠い目でごちる。私のせいじゃないよね。
その時――
「…言ってみろ」
「え?」
「俺の名前を言ってみろー!」
再起動だと!? 有り得るのか、こんな撃退士が…!
まるで人形浄瑠璃のガブのように自身のフェイスマスクを変形させ、ビカー!と眼光を噴き上がらせて復活するラファル。
相手の正気の有無など知った事かと、彼女はミサイルからガトリングまであらゆる火器を一斉掃射する。大 爆 発 !
全てをぶっちらばした後、彼女はふと地面に転がる妖刀に気づいた。
「なんだこの刀?」
拾う。憑かれる。待ったなし。
「俺は地上最強の女、ラファル」
地球が斬りたい。
「水 音流先生の次回作にご期待くださいぃぃぃィ!」
もはや止める者は1人もおらず……
――その日、1つの星が宇宙から消えた。
エリュシオンはこれで最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ。
あ、ちなみに地球とでっぱいと死傷者は、宇宙の意思ク・ラゲが神の力で(ほぼ)無かった事にしてくれました。