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マスター:水音 流
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/07


みんなの思い出



オープニング

●早朝、久遠ヶ原島地下用水路
 壁面に設置されている氾濫警報機の作動信号を受けてやってきた整備作業員の二人。
「ほら、やっぱり誤作動っすよコレ」
 後輩作業員はあくびを噛み殺し、平常水位そのものの用水路を歩きながら言う。大雨が降ったわけでもないのに、警報が鳴るほどの水嵩になどなるはずがないのだ。
「そうぼやくな。誤報に振り回されるのも宿直公務員の仕事の内だ」
 警報を発していた区画に到着し、当該のセンサーを見つけて停止ボタンを押す先輩作業員。
「私も昔はそこそこ名の知れた国家撃退士だったが、膝に矢を受けてしまってね。天下り同然で役場の河川課職員に流れ着いた身ではあるが、形はどうあれ市民の安全を預かる立派な職務だと、今は誇りを持っているよ」
「先輩、撃退士だったんすか」
 意外だと感心する後輩を他所に、先輩はふとセンサー周りに水飛沫が跳ねた跡があるのに気がついて内心で首を傾げる。
 水位は膝下。センサーの位置は腰上。ネズミくらいしか通らないはずの用水路で、こんな高さまで水が飛ぶ事など――
 ばしゃっ
 不意に背後で響いた大きな水音に驚き、二人は振り返りながら手にしていたライトを向けた。
 波打つ水面をなぞるようにライトの光を徐々に奥へと延ばしていき、二つの明かりが波紋の中心点を照らし出す。
 中心からプクプクと小さく沸き立っていた泡はゆっくりとこちらに近づきながら、次第にその規模をボコボコと膨れ上がらせ――

『ひああああああああああ――!!』

●朝方、久遠ヶ原島
 マンションのエントランスを抜けて外に出ると、眠たげな目をした銀髪の少女は目的地までの道順を頭に思い描きながら歩道を歩き出した。
 雑踏に混じり、すれ違った学生達の何気ない会話が耳に入ってくる。
「私の友達が妹の彼氏から聞いたっていう都市伝説があるんだけどー」
「それ知ってる。久遠ヶ原島の地下道に棲む怪物の話でしょ」
「地下道の怪物って言ったらワニで決まりだろ」
「ねーよ昭和じゃあるまいし。大体、撃退士だったらワニくらい余裕だろ」
「いや撃退士でも勝てないほど強いのかも――」
 少女は半分ほど歩いたあたりで一旦立ち止まり、ポケットから超小型の携帯電話を取り出して時刻を確認する。まだ少し早いくらいだ。
 再び歩き出しながらケータイをしまおうとしたその時、ついうっかりと手を滑らせてしまった。
 しかもタイミングの悪いことに、既に前へと踏み出していたつま先が落ちてきたケータイを見事に弾き――

 どむっ

 ついでに、急に横から飛び出してきた黒い仔猫を思いっきり蹴飛ばしてしまっていた。
 に゛っと詰まるような悲鳴をあげた仔猫は空中で身を捻るも、着地した先は開けっ放しになっていたマンホール。
 滑るように地面を転がったケータイ共々、仔猫は用水路の深い穴の中へと落ちていった――

●斡旋所新支部
 完成したばかりの建物内では、職員達が引っ越し作業に精を出していた。
「一人足りないようだが?」
 支部局長であるその女性は、新任の情報担当官が未だ姿を見せていないことを疑問に思い、近くを通りがかった男性職員に声をかける。
 彼も「さあ」と首をかしげ、二人はダンボールの山から職員情報をまとめたファイルを引っ張り出した。履歴書を開き、そこに書かれている情報を見て局長は眉を顰める。

 オペ子。
 姓名欄には、確かにそう書かれていた。

 人事部め、いい加減な仕事を。
 内心で舌打ちしつつ懐からケータイを取り出し、連絡先に記載されている番号を押す。
『お掛けになった電話は電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため――』
 繋がらない。
 今度は職員寮でもあるマンションの管理人室にかけてみると、「余裕をもってマンションを出た」という答えが返ってきた。
 時刻は既に、到着予定を1時間も上回っている。
「何かあったんでしょうかね」
「まさか。こんな人通りの多い時間に、それも天下の久遠ヶ原の街中だぞ」
 とは言え、確かに最近不穏な都市伝説をよく耳にする。ただの流行話だとは思うが、噂というものには往々にして元となるナニカがあるものだ。
「仕方ない。こんな事で募集をかけるのは不本意だが、生徒達に依頼するか……」

 しばらくして集まった生徒達に、局長は事情を説明する。
「目標はあくまでも新任職員の捜索と保護だ。ただの与太話だとは思うが、仮に何らかの敵性体と遭遇しても相手にする必要はない。状況も戦力もわからない敵と戦うのはリスクが大きすぎる上に、依頼外の被害には経費も下りないからな」


 依頼を受けて斡旋所からマンションまでのルートを辿る道中、道端でぼーっとした半目のまま地面を見下ろしている少女を発見する。
 一応本人であるかを尋ねると少女はゆっくりと顔を上げ、淡泊な口調で答えた。
「はい。本日付で斡旋所オペレーターとして着任しました。どうぞお気軽にオペ子とお呼びください」
 局長達が心配している事を説明すると、少女は了解したのか否か再び地面に視線を落とす。
「仔猫を蹴飛ばしてしまったのです」
 指差したのは、蓋の開いたマンホール。
「ケータイも落ちてしまいました」
 電話が通じなかったのはそのせいらしい。
 視線を上げ、迎えに来た生徒達をじっと見つめる少女。
 これはつまり、下に降りて取って来いと言われているのだろうか。下水ではなく用水路のようだが、いやしかし……
 生徒達は無言で顔を見合わせた後、渋々、用水路への梯子を降りる事となった。

 用水路へと降り立ってすぐ。
 トンネル状の空間の中で、壁際にちょうど猫一匹が歩けそうな程度の段差が作られており、その上を濡れた肉球の跡が転々と続いているのを見つける。
 ざっと辺りを探してみたが、ケータイは見つからない。水の流れも緩い為、流されたとは考え難い。玩具とでも間違えているのか、どうやら猫が咥えていったようだ。
 ……流石に、『蹴られた腹いせ』などというつもりでは無いだろう。
 とにかく、このまま肉球跡を追っていけばどちらも回収できそうだ。
(そういえば最近、地下道の怪物がどうのこうのって流行ってたなあ……)
 まさかね、と。
 一同は膝下まで浸かった用水路をザブザブとかき分けながら歩き出した――……

●斡旋所
「白いワニ?」
 憔悴しきった状態で駆け込んできた若い作業員の話を聞き、男性職員はあからさまに訝しんだ。
 巨大なワニが突然水の中から襲い掛かってきて、元撃退士である先輩作業員が驚いて反射的に攻撃するも全く歯が立たないまま即座に失神。後輩である自分が彼を担いで、死に物狂いで逃げてきたらしい。
「どうします? 別の被害が出る前に調査依頼として張り出しますか?」
「……既に手遅れかもしれん」
 局長は、捜索へ向かった撃退士とも繋がらなくなったケータイを閉じながら苦々しげに答えた。
「救出班が必要なんじゃ……」
「彼らも撃退士だ。無理はするなと釘も刺してある。少し様子を見よう」


リプレイ本文


 なにぶん急な探索で、出入り口の位置も数も判らない。
 礼野 智美(ja3600)は念の為、持っていたメモ用紙に『探索中。閉めないで下さい』と記し、セロテープでマンホールに貼り付けてから用水路へと降り立った。
 着信音で場所の特定ができないものかとオペ子に番号を聞いて掛けてみるが、浸水して壊れたのかそもそも電波が通っていないのか、繋がらない。
 先に降りて濡れる事も構わず水の中を手探りしていたエイルズレトラ マステリオ(ja2224)も、首を横に振る。
 もしかしたら、仔猫が玩具と間違えて咥えていったのかもしれない。
 こうなっては奥へ進むしかないが、
「待て待て。俺らは仕事だからともかく、濡れてそのままにさせるなんざ俺の主義に反する」
 そう言ってディザイア・シーカー(jb5989)は、常備していた自分のレインコートと長靴をオペ子に貸してやった。
「すみません」
 短く礼を述べると、彼女は耐水装備に身を包む。
 流石にサイズが大きすぎたようたが、これはこれで被覆面積が増えてむしろ良かったかもしれない。
(オペ子さん……この人連れてかなきゃいけないんですか? 置いてった方が早いんじゃないですかねえ)
 それを見て、内心で首を傾げるエイルズ。
「中は危ないです。俺が背負いますので、どうぞ」
 そこへ、気後れがちに申し出たのは桜井疾風(jb1213)。
 俺じゃ他に役に立てそうも無いので、と自虐気味に言う彼を、オペ子は眠たげな薄表情のままじーっと見つめ、
「セクハラですか」
 どこまで本気なのか量りかねる淡々とした台詞を吐き出しつつ、しかし特に躊躇する様子も無く疾風の背中へと被さっていた。
(あ、でも乗るんだ)
 案外、図太い。
 袋井 雅人(jb1469)は最後に梯子を降りてきた月乃宮 恋音(jb1221)に手を貸しながら、胸中でごちた。
「……うぅ……。……猫さん、早く助けませんと……」
 状況が状況だけに、仔猫の体調が心配だ。もちろん、携帯も。
「足跡見つけたよー」
 ジェンティアン・砂原(jb7192)と共に辺りを見回していた保科 梢(jb7636)が弾んだ声で一同を呼ぶ。
 マンホールの隙間から射す僅かな明かりに照らされて、水に濡れた小さな肉球の跡が壁際を転々と奥へ伸びている。
「はいはい。それじゃ仔猫ちゃんと電話を見つけて、きちんとオペ子ちゃんを斡旋所に送り届けなきゃだね」
 そのオペ子ちゃんに関してはちょっと、いやかなりぼんやりしてて正直心配だけど。

 各々はライトを点けると、膝下の水を掻き分けながらザブザブと進み始めた。


 先頭はエイルズ、ジェンティアン、恋音の三人及び彼女の補佐として雅人。
 最後尾にはディザイアが付き、智美と梢は疾風に背負われたオペ子を囲む形で隊列を組み、各々が周囲を警戒しながら歩く。
「仔猫は、黒猫か」
 歩きつつオペ子から話を聞いていた智美はそれと同時に、自分達の通った道を可能な限り詳細にメモ用紙に書き記していた。
 前進152歩、106秒、T字路右折。
 前進240歩、168秒、十字路直進。
 膝下まで水に浸かっている為に歩幅が正確とは言い難いが、大方の目安にはなるだろう。
 それより問題は、無計画な拡張工事が祟ったのか、思いのほか出入り口が少ない事だ。
 手掛かりだった足跡も、すっかり乾いてしまっている。
「壁際を移動する反応が一つ。一応、方角は合ってるみたいだよ」
 鼠でなければ、だが。
 ジェンティアンは光纏により均一青紫色となった瞳で左側の通路に一つの気配を捉えた事を告げ、同時に心中でぽつりと付け加える。
「猫さーん、出ておいでー。怖くないよー」
 一方、中衛に位置取りながら未だ見ぬ仔猫に呼びかける梢。
 水を吸わないよう衣服の裾を大きく捲ったその足取りは、どこか楽しげでもあった。
「そういえば、日本の下水道には白い鰐がいるらしいですねえ」
 不謹慎かもしれないが、実に興味をそそられる。
 尤も、どんな都市伝説でも実在を確認してしまえばもはや単なる駆除対象でしかないが。
「ま、噂だけどな」
 そんなエイルズに相槌を打ったのは、ディザイア。
 彼もまた『天魔の可能性』も考慮し、透過による奇襲を防ぐために阻霊符を壁に押し当てながら歩いていた。
 天井や物陰を注意深くライトで照らすエイルズに続いて進み、やがて直進か左折の分かれ道が見えてきた頃、
『あ』
 一同は声を揃えて顔を上げた。
 左に伸びる曲がり角の手前に、携帯を咥えた黒い仔猫が居た。
 向こうもこちらに気づいたようで、ぴくっと耳を立てて振り返る。
 互いに立ち止まり、じっと見つめ合う。

 ――梢はボレーキックの前科持ちであるオペ子を隠すように、さっと間に立ち

 ――恋音は敵意が無い事を示す為、さり気無く視線を逸らし

 ――ジェンティアンはお昼に食べるはずだったサンドイッチにそっと手を伸ばす

 その時だった。

 ばしゃんっ

 響いたのは、どう考えても鼠等の小動物が立てたような小さな水音ではない。
 警戒して一同が身構える中、ソレは現れた。

 水面がボコボコと泡立つや否や、全長6mはあろうかという巨大な白い怪物が大口を擡げて噴水のように勢いよく飛び出してきた。

「ワニ、かな? すごーい、口大きいねぇ」
 危機感に欠けた、梢の声。
 一方で、先頭に居たエイルズの小柄な体躯を頭から丸呑みにせんとする真っ白な大顎。その突進軌道を視覚的に読み取った彼は、咄嗟にアウルを解放する。
 壁寄りに立っていたはずの彼の身体はしかし、次の瞬間にはトランプの束と入れ替わっていた。
「おお、本当にいましたねえ」
 確かに白い。驚きの白さだ。
 感想も束の間。寸前までエイルズを模っていたトランプの束は重牙に噛み砕かれて塵と化し、鰐は突進した勢いのまま壁に衝突する。
 水路全体が揺れるほどの重々しい衝撃と共に鰐の足が止まり、鰐が方向を変えるよりも早く最後尾に居たディザイアが躍り出る。
 高々と跳躍した彼は口を開けようとしていた鰐の上顎を踏みつけ、その反動でもう一度跳躍。空中で身を捻りながら、眼下の鰐へとアウルの拳圧を撃ち放ち、着地と同時に再び阻霊符を壁に押し当てた。
 更に別の方向からも、アウルの拳弾が直撃。雅人だ。
 疾風が担いでいるオペ子――ひいてはその前に居る恋音――を庇う様に立つ彼の手には、友から託された魔具が絶対の意思でそこに在った。
 爬虫類特有のギロッとした眼が雅人に向けられた瞬間、彼のすぐ隣にいた恋音は竦む気持ちを抑えながら無数の魔手を鰐へと嗾ける。
 よほど魔法耐性が低いのか、鰐は抗う様子も無くあっさり捕縛された。
 これを好機と、エイルズは大胆にもその鱗肌に触れられるほど近くをすり抜ける。
 ――いや、実際触れていた。

 爆発。

 すれ違いざまに鱗に縫い付けたトランプが爆ぜ、白い巨躯が爆炎に呑まれる。
「反応無し、と。今の爬虫類ちゃん、天魔じゃなかったみたいだよ」
 アウルの残滓が煙のように立ち込める中、異界認識を試みていたジェンティアンが告げた。
 彼はいつの間にか胸元に仔猫を抱え上げており、サンドイッチに釣られて放した携帯をオペ子に手渡しながら鰐へと視線を戻す。
 見世物小屋か、はたまた無責任なコレクターが投棄したものか。
 どちらにせよ非天魔であったのならば、少々やりすぎたか――

 そう思ったのは間違いだった。

 突如、怪獣のような咆哮が轟いたかと思うと靄の様に揺らめいていたアウルの粒子が一気に吹き飛び、そこには一切の傷も無く撃退士達を睨め付ける鰐の姿があった。
 一体なんの冗談か。
 およそただの爬虫類とは思えない頑丈さで鎮座するソレに我が目を疑っていると、その怪物はある一点に狙いを定めた。
 これも野生動物としての本能なのか。
 鰐はこの場で最も弱い獲物――オペ子――へと目掛けて突進する。梢は咄嗟に身を呈して彼女を庇おうとしたが、
 ずしり、と。
 数歩進んだところで不意に鰐の足が止まる。
 必要無くなった阻霊符を解除したディザイアが、自身の胴ほどもある鰐の尻尾を両腕でがっしりと抱え込んでいた。
「させねえよ――って、おわ!?」
 刹那、彼の身体は宙を舞った。
 人の域を超えた膂力を持つ撃退士――その中でもかなりのガタイを有しているディザイア――を、尻尾の先で軽々と投げ飛ばす白鰐。
 彼が地瀝青の壁に叩きつけられ土煙と水飛沫に埋もれたのを受けて、智美は帯刀していた忍刀を抜き放ちながら言う。
「走ってください」
 常識外れの鰐に呆けかけていた疾風は我に返ると、意を決してオペ子に告げる。
「失礼しますっ!」
 言うが早いか疾風はおぶっていたオペ子をお姫様抱っこの形で抱え直し、凄まじい勢いで水の上を走り出した。
 ピカピカとストロボのように明滅しながら。
「桜井ちゃん、足早っ」
 感嘆するジェンティアンの脇を抜け、梢が後を追う。
「……えと、ディザイア先輩は……」
「シーカーさんだって撃退士ですからねえ。あのくらいで倒されたりはしないでしょう」
「それにシーカーちゃんは透過能力持ちだし、むしろ単独の方が安全だよね」
 二人が口早に答え、智美も無言で頷く。
 恋音は雅人と顔を見合わせると、やがて彼と共に疾風達を追って走り出した。
「そういうわけだからシーカーちゃん、悪いけど無理しない程度に足止めよろしくね」
 空気を感じ取ったのか鰐は追走の構えを見せるが、それは智美の放った一閃により阻まれていた。

 一瞬、揺らめいた金色の炎がしなやかな体躯を包んだかと思うと、中段に構えた白金の刃が風を切って駆けた。

 薙ぎ払いの一撃を受けて鰐が怯んだその隙に、三人はその場を後にした。
 追走しようと一度大きく尻尾を振った鰐は、その尻尾が再びガシッと何かに掴まれてギョロリと眼を向ける。
「よろしくされちゃ仕方ねえ」
 魔術の詠唱工程を組み替えながらゆらりと立ち上がり、ディザイアはククッと口の端を歪めた。


 追い縋るような殺気を完全に引き離したところで、疾風達はようやく足を止めた。
「ふふ、僕が輝いてるからって、暴れるのはやめなよ仔猫ちゃん」
 アウルによる光源は明度が強すぎるのか、仔猫が少しばかり嫌そうに身をよじる。
 ジェンティアンは相変わらず冗談めかした口調で言いながら仔猫の頭を撫で、光源を手持ちのフラッシュライトへと切り替えた。
 道中は夢中で――特に、水上を走っていた疾風は――気がつかなかったが、膝下止まりだった水位は腰が浸かるほどまでに上がっていた。
 どうやら、逃げているうちに下層部へと降りてきてしまったらしい。とは言え、どのみちあそこからは延々一本道だったのだが。
「あそこ、梯子がありますね」
 暗視スキルを展開していた雅人が指差した先。
 そこには、随分と高くなった天井へと伸びる一本の縦橋があった。


「うおおぉぉらあぁ!」
 尻尾を掴んで振り回し、力任せに叩きつける。
 少しあがり気味になった呼吸を整えながら、ディザイアはオペ子達が走り去った方を見やった。
 もう良い頃合だろう。正直、敵がタフすぎてキリが無い。透過なり目眩ましなり、そろそろ自分の退路も確保するべきか。
 幾度目かの叩き落としにも弱った素振りすら見せず、鰐が再び大口を開けて飛び掛ってきたのを慌てて受け止める。
「――っと、まじでしつこいなっ。本当に動物かコイツ……!」
 眼前に迫った顎が閉じないようギリギリと両手で必死に押さえ止めながら、呆れ混じりに口端を吊り上げていると――

 ばしゃんっ

 嫌な音が、背後から鼓膜を叩いた。

「おい、冗談だろ……」
 ザザザザとノイズのような音を立てて水飛沫が迫ってきて――……


「レディーファースト。後ろは危ないから、女の子達からお先にどうぞ☆」
 ようやく見つけた梯子を前に、ジェンティアンは人当たりの良い笑顔を浮かべた。
「では遠慮なく」
 最初に答えたのは智美。彼女は疾風から降りたオペ子に先を譲ると、梢と恋音を待ってから自身も梯子を登っていく。
(さてと。それじゃ、眼福なアングルで僕も登るとしようかな)
 それまで待っていたジェンティアンが絶好のポジションで梯子に手を伸ばそうとするが――
「後衛ありがとうございます砂原さん。お先すいません」
 身軽になった疾風が申し訳なさそうに謝りながら一足早く梯子を掴み、女子達に気を遣ってか、顔は正面に固定したままソソクサと登り始めていた。
(……桜井ちゃん、空気読もうよ……しかもせっかくの上は見てないし)
 はあ、と小さく溜息を吐きながら仔猫を抱え直し、ジェンティアンは少々つまらなさそうに梯子に手を掛ける。
 そうして、殿の雅人とエイルズも周囲を警戒しながら梯子を登り始めたその時だった。
 ズン……
 一同が手足を乗せている梯子から全身に轟くような重音と振動がビリビリと伝わり、先頭を登るオペ子のすぐ横の壁がボコッと大きくドーム状に盛り上がる。
 亀裂が天井にまで走り、次の瞬間、壁面は内側から爆散するように弾け飛んでいた。

 アスファルトの厚壁を突き破って出てきたのは、足止めに残ったはずのディザイアと、彼を噛み砕かんと大口を開けた白鰐『2匹』。

 彼は眼前に迫る鰐の顎を必死にこじ開けながら瓦礫と共に水路へと落下し、派手に水柱を立てる。
 同時に、壁に打ち込まれていた梯子はその地盤の崩落と共に瓦解。
 疾風達は揃って悲鳴を上げながら、ディザイアと鰐が立てた水柱の上へと身を被せた。

 撃退士の、本気の、クロール泳法。

 この期に及んで眠たげな表情一つ崩さないオペ子と仔猫を抱え、一同は文字通り決死の形相で用水路の川を泳いだ。
「何で一匹増えてるんですかあ!」
「鰐に聞け鰐に!」
 ザバババと水を掻き殴りながら猛進する人間と、ドザザザと水を押しのけながら猛追する鰐。
 この際、脱出できるならもうマンホールでも排水溝でも何でも良い。

 疾風達はただそれだけを捜して、ひたすら全力で泳ぎ続けた。

●斡旋所
 男性職員は抱えていたゴミ袋を建物裏手にある集積所に放り込む。
『心配だからと立ち尽くしていても何も変わらん』
 そう言って引越し作業の続行を指示した局長の仕事人っぷりに、彼は感心するやら心配するやらでどうにも落ち着かないでいた。
「まあその通りなんだけど」
 ぽつりと独り言を呟いたその時、

『――ぷはあ!』
 足元のマンホールが内側から弾け飛び、オペ子捜索に向かったはずの学生達がぞろぞろと這い出てきた。

「…………………こ、怖かった」
 目を白黒させる職員の前で、疾風達は真っ白になってバタバタと地面に倒れ伏す。
 が、そんな死に体の一同の中において完全に無傷のまま、すっくと立ち上がる一人と一匹。
「あ、ひょっとして君が――」
「はい。本日付でオペレーターとして着任しました。どうぞオペ子とお呼び下さい」
「その猫は?」
 尋ねられ、オペ子と仔猫が顔を見合わせる。

 しばし見つめ合った後――


「小次郎です」


 そう言って、オペ子はずぶ濡れになった黒い仔猫をそっと抱き上げた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 凛刃の戦巫女・礼野 智美(ja3600)
 オペ子FC名誉会員・桜井疾風(jb1213)
 護黒連翼・ディザイア・シーカー(jb5989)
重体: −
面白かった!:5人

奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
オペ子FC名誉会員・
桜井疾風(jb1213)

大学部3年5組 男 鬼道忍軍
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
護黒連翼・
ディザイア・シーカー(jb5989)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプA
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
非リア充殺し・
保科 梢(jb7636)

大学部2年34組 女 陰陽師