(そろそろ有効圏内かしら?)
現場へと急行する途中、ディアドラ(
jb7283)は立ち止まって掌を地面に押し当ててみる。
もしも店内で阻霊符が発動していた場合、地面には潜れない筈だが――
彼女の手は、易々と地面をすり抜けた。
阻霊符が使用されていない事を、仲間達に無線で連絡。
(大変そうだけど良い結果に終らせたいわね)
無線機とヘッドセットを装着した木嶋香里(
jb7748)はディアドラからの報告を聞き、心中で呟く。
建物側面から近づいて、仲間達の合図を待つ。
(人質をとって立てこもるだなんて愚かな。馬鹿者達にはオシオキが必要ですわ)
斉凛(
ja6571)はネカフェの前を通り過ぎて、少し離れた場所にあるデパートへと入った。ネカフェの騒ぎなど与り知らぬといった風を装ってエスカレーターに乗り、売り場の中を登っていく。
もし犯人に別働隊が居た場合、どこから監視されているか分からない。ならばこちらは、常に一般人のフリをして動けば良い。
(完璧な作戦ですわ)
「ママー。まっ白なメイドのお姉ちゃんがいるー」
「こら指差しちゃダメよ」
既に充分目立っているとは露知らず、凛はうふふと終始優雅な足取りで屋上へと到着。現場が見事に一望できた。
(いつもニコニコ貴女の隣に這い寄る混沌、で御座る)
外壁をヤモリのように這い登っていた源平四郎藤橘(
jb5241)は、屋根上へと辿り着いて一息ついた。
イヤホンにディアドラの報告が届き、彼は透過を発動。天井を通り抜けて素早く本棚の陰へと着地する。そして店内の中央に、『いかにも』といった集団を発見した。
捕縛した特殊部隊員達を囲むように立つ男達と、栄治。そして酷く狼狽えた様子の女が1人――
ネカフェの外から地面の中を透過して来たディアドラは、おおよその目測で地上へ頭を出す。上手い具合に店内の隅っこに出れた。
突然の銃撃戦で騒然としている店内を、彼女はあたかも「最初から居ましたわ」という顔で客に紛れて進んだ。ふと放棄された個室に食べかけのポテチを見つけ、袋ごと失敬してばりばりと中身を頬張る。
食べながら更に進み、やがて問題の集団を見つけて咄嗟に身を隠した。
がさがさとポテチの袋に手を突っ込みながら様子を窺う。
「厠へ行ってくるでござる」
男の1人がトイレへと消えた。通路を迂回して後を追った彼女はすうっと壁の中に透過。
そうとも知らず男は自らの腰ベルトを外そうとして――
不意に、横壁から糸のような物が出ているのに気づいて手を止めた。
壁の中から生えているかのように垂れているその紫銀の細束に首を傾げていると、
ずるり、と。
長く垂れた紫銀の髪で顔の隠れた女が、壁から這い出てきた。
「さ、貞k――」
『見つけましたわ』
『同じくに御座る』
イヤホンからディアドラと四郎の声が響いた。ついでに1人仕留めた、とも。
建物裏で待機していた鈴代 征治(
ja1305)は短く返事をして、眼前の窓にガムテープを貼り付ける。他の仲間達の頷く声が続き、7人は作戦を開始。
征治はガムテープの上から窓ガラスを叩いた。微かな音がしてガラスが割れ、そこから発煙筒を放り込む。同じタイミングで、側面の窓からは香里の投げた発煙筒、そして本棚付近では四郎の大量の発煙手榴弾がもくもくと白煙を吐き出していく。
「火事でござるか!?」
犯人達が響めく。客や店員達もワーキャーと走り出し、彼らは大慌てで正面入口へと殺到した。
――覗き込んだスコープ越しの視界。
煙に追われて入口から這い出してくる人々。その中に犯人の姿を捉えた瞬間、凛は容赦無くスナイパーライフルの引き金を引いた。しかし――
「ぬぅ!? そこでござる!」
信じがたい反応速度で振り向き、腰に差していた刀を抜き放つ侍。神速で抜刀された刃が、音速を越える速度で飛来した銃弾を両断し、
「うおっ」
「まぶしっ」
真っ二つに分かれた弾の破片が、後ろに居た別の侍2人の眉間に直撃していた。
穴こそ開いていないものの、衝撃に脳を揺らされた2人はバタリと昏倒。
「おのれ伏兵か!」
「ヒメ、ここは危険に御座る!」
脱出してくる一般人の流れに逆らって再び店内へと入っていく犯人達。
(何ですの、今のデタラメな反応速度は)
1射で2人仕留める結果にはなったが最初の狙いが外された事にぷくっと頬を膨らませながら、凛は標的を追って屋上を後にした。
窓から突入した征治は、周囲を警戒しつつ従業員室へと駆けた。
武器を構えながら半開きになっていた扉を開け放つ。配電盤や監視モニターが置かれたその部屋には、しかし誰も居なかった。
特殊部隊の奇襲に対して逆に奇襲を仕掛けてきたという話を聞いて、てっきり犯人の一味が監視カメラを掌握しているのかとも思ったが違ったようだ。
となると、奇襲に気づいたのはただの勘か?
考えを巡らせながら、征治は仲間達の援護に向かうべく無人の部屋に背を向けた。
「こっちだ、さあ早く!」
香里とは反対側の窓から突入した桜井明(
jb5937)は、隅で蹲っていた客の手を取って出口へと誘導してやる。そこへ、侍の1人が刀を持って現れた。
明は咄嗟にバックラーを展開して敵の刃を受け止める。盾と刀がぎりぎりと金切り音を立て、明は突き飛ばすように敵の身体を押し返した。
ざあっと滑って足を止めた敵の元へ、新たにもう1人の侍が加わる。2人を相手に、明がじりじりと間合いを計り合っていると――
「待たれい!」
窓をドガシャーン!と突き破って、白馬に乗った天城 空我(
jb1499)が暴れん坊な将軍BGMを背負って登場!
「ヒメとやらを仕えるべき主君と謳い、忠誠を示すべき家臣が主君に仇為すとは何たる事か! 主君を思っているが故尚質が悪いわ! どうやら汝等も拙者達と同じ撃退士、故に遠慮せぬ。その身その心に余しなく、雨月蒼燕の太刀を受けるが良い」
「何奴! 名を名乗れ!」
「拙者の顔を見忘れたとは言わせぬぞ! 拙者は天城! 雨月蒼燕流、天城 空我!」
「お、おお……まさか上様……!?」
侍の1人が、わたわたと取り乱しながら刀を置いてその場にひれ伏す。
「な、何をしておるか同士! こやつは上様の名を騙る偽者でござる! ええい、出あえ出あえ!」
仲間の叫び声を聞きつけ、わらわらと増える侍達。
平伏していた1人も開き直って再び立ち上がると、カキリと刃を鳴らして刀を構えた。
「たわけめ! その精神、叩き治してくれるわ!」
ご丁寧に1人ずつ飛び掛ってくる侍達を、空我はバッサバッサと切り捨てていった。
「おのれ、こうも早く第2陣が仕掛けてくるとは!」
正面入口から戻ってきた侍達は再び中央に陣取りながら、ヒメを護るように囲んで立つ。
「貴方達、力の使い方を間違ってるわよ」
煙と喧噪が立ち込める中、少女の声が聞こえて振り返る。布槍を手にした香里が白煙を割って姿を見せた。
彼女はちらりと、縛られたままの特殊部隊員達を見やる。どうやら命に別状は無さそうだ。だがその時、彼女の不意を狙うかのように侍の1人が斬りかかってきた。
香里は振り下ろされた刃を横にずれて躱すと、刀を握る敵の手に布槍を絡めてぐいっと引き倒す。
転んで手から離れた敵の武器を遠くに蹴り飛ばし、続けて飛び掛ってきた2人目に対しては、足下に落ちていたスプーンをまるで茶道具の茶杓のように持ち、敵の掌と刀柄の隙間に差し込んでクイッと捻る。
面白いほど簡単に手からすっぽ抜けた刀は板張りの床にドカリと突き刺さり、直後、霧のように掻き消えてヒヒイロカネへと戻った。
(今が対話の時に御座るな)
護衛侍の注意が香里へと向いているのを確認し、四郎は姫と思しき女に意識を向けた。
「――! な、何ですか……!?」
ピキーン!と脳裏に効果音が走った(ような気がした)ヒメは、ハッと顔を上げる。先程まで喧噪渦巻く店内に居たはずの身体が、一面虹色の宇宙の中をふわふわと漂っている(ような気がした)。
『やぁ同郷の御嬢さん。先輩に御座るぜ』
エコーの掛かった声が響いて、足場の無い虹色空間の中で振り返る。そこには、青い肌の悪魔が全裸で浮いていた。
『貴女がしたい事を教えて欲しいで御座る、自分はそれを手伝うで御座るよ』
『わ、私……私はただ……毎日静かに過ごしたかっただけで……』
流れてくる思念に、ヒメも自らの思念を送り返す。
『欲望! 解き放てアンリミテッド!』
叫んだ青い悪魔(全裸)は、ふっと優しく微笑んで両腕を広げる。
『ならば、共にゆくでござる』
ヒメ(全裸)は吸い込まれるように彼の身体へ触れr――あ、残念スキル切れ。
ブツッと対話空間が暗転。使い慣れない思念スキルが底をついたヒメは現実世界へと引き戻されていた。
悔し涙を撒き散らして床を叩いていた四郎だったが、仕方ないで御座ると気を取り直して立ち上がると、伝説の宝刀ニンジャブレードを抜いてヒメ(現実)の元へ。護衛の侍達がそれに気づき――
「アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
四郎の手にしているニンジャブレードを見て発狂。だが、辛うじて正気を保った別の侍2人がすかさず彼に斬りかかって来る。
――実はダアトなので近接能力はヘボい。
四郎は慌てて忍刀を振り翳すも、その技量は侍に遠く及ばず。攻撃を容易くすり抜けて侍達が刀を振り下ろす。
それを助けたのは、明とそれに合流した凛だった。
大鎌の峰で強烈な打撃を加えて片方の侍を突き飛ばす明と、彼の後方から銃撃によって敵の刀を弾き返した凛。しかし刀を弾かれた侍は、射撃の際に一瞬だけ視界に映った凛の姿に――
「ろ、ろろロリっ子メイドさんおほおおお!」
素手のまま半狂乱で凛に飛び掛った。
凛は「あらあらうふふ」と頬に手を当て、スカートの中からにゅっと釘バットを取り出してフルスイング。めきりと頬に釘バットがめり込んだ侍はしかし、
「も、もっと叩いて欲しいでござる」
ダラダラと流血しながら足にしがみつき、ハァハァと息を荒げて頬をすり寄せる。
ぞわりと悪寒が這い上がった凛は、思わず両手で握りしめた釘バットをグアッと振り下ろし――おおっとちょっとこれは放送できない。
やがて完全に動かなくなった元侍の塊を他所に、凛と明達は顔を見合わせてこくりと頷くと、敵総大将(ヒメ)に肉薄するべく地面を蹴る。だが、唐突にそこへ立ちはだかったのは、
御堂 栄治。
彼はヒメを背後に庇い、右手を前に突き出して3人を制止する。
時を同じくして従業員室とトイレから征治やディアドラが顔を見せ、全ての護衛を黙らせた香里と共に栄治達を包囲する。
「なぜ急に失踪紛いの事を? 綾子さんが心配していましたよ」
尋ねたのは征治。その問いに栄治が口を開k――
「成敗!」
斬ッ!と居合いを放ちながら乱入してきたのは空我。空気を読まずに一閃された一撃は一応峰打ちだったようで、しかしまさかの抜刀に栄治はもろに直撃を受けて派手に机へと突っ込む。
「くふ……さ、流石だ、久遠ヶ原の撃退士」
かはぁと吐血しながら、どこか清々しい微笑を浮かべる栄治。曰く――
「俺は、ヒトを助けたいと思っている」
神でも悪魔でも人間でも無い、ヒトがヒトを守る力。そしてヒメに会った時、彼女はヒトであると思った。
だがこのまま自分が逮捕してしまえば、彼女はヒトとしては扱われないだろう。撃退士稼業を『任務』としか見ていない政府や多くの企業にとっては、彼女はヒトでは無く悪魔でしかないからだ。
だが久遠ヶ原なら、世間から逸脱した個性派揃いである久遠ヶ原の撃退士ならば、彼女を救えると思った。その為にはあえて特殊部隊出撃を促し、阻害し、学園に役が回るよう仕向ける必要があった。結果は――
「……貴女はこれからどう過ごしていきたいの?」
香里が問う。
ヒメは一同の視線に狼狽えながらも、意を決して口を開く。
「だ、誰にも迷惑をかけずに過ごしたい、です」
なら、と手を差し出す香里。
「俺の見立ては正しかった」
その様子を見て栄治は言う。
「う、裏切るでござるか栄治殿ぉ!」
床に倒れながら叫んだ侍を凛がむぎゅっと踏みつける。直後――
「動くな、警察だ!」
ドカドカと雪崩れ込んで来る役人達。
「通報のあった暴徒というのはお前達か!」
ずらりと取り囲まれ、凛達は万歳してブンブンと首を横に振る。一同の視線は、床に転がっている侍達へ。
同時に、般若のような顔をした綾子が役人に混ざって怒鳴りながら入ってくる。どうやら無線機越しに会話を聞いていたオペ子が手を回したようだ。
「ああ、こういうの知ってるで御座る。『リョーツの大馬鹿者はDOKODA』で御座るよな」
四郎が笑う中、侍達が吼える。
「おのれ幕府の犬め!」
「例え打首になろうとも、拙者らの魂までは斬れぬでござるぞ!」
「ええい何を時代錯誤な! おい、この御座る共を全員しょっ引け!」
手錠をされ、連行されていく侍達と――四郎。
「え、ちょ、待つで御座る! 誤解で御座る! 拙者は彼らの仲間ではないで御座るよ!」
「話は署で聞く! 良いからさっさと歩けこの御座る野郎!」
ぐいぐいと護送車に押し込まれ、遠ざかって行く御座る達。残された凛達は両手を下ろしてやれやれと溜息をついた。
●後日談
菓子折りを持って斡旋所を訪れた明は、オペ子の姿を発見して声をかける。息子が気にしている子。親として気にならない訳がない。
(この子がオペ子ちゃんか……。なんか妻に似てるねえ。こういう所は親子って事かな)
子煩悩全開な質問を投げながら、息子の援護射撃。対して、どこまで本気か分からない豪胆な受け答えをするオペ子。
(……がんばれ。道は遠いぞ、わが子よ)
そんな中、ふと明は事件の事を思い出して彼女に尋ねた。
「あのヒメちゃんて子はどうしてる?」
――綾子のマンション。
「他人に迷惑をかけて崇拝するなんて愚か者め! わたくしの愛の鞭を受けて更正なさいませ」
凛の振るった鞭が、仮釈放中の侍達をバシッと叩く。侍達は豚のように鳴きながら、ヒメの引越し荷物をせっせと運び入れていた。
学園に帰属しつつ、BrO運営会社でバイトとして雇って貰ったヒメ。綾子本人の誘いで、彼女と一緒に住む事に。
「あ、あの、あんまり痛くしないであげてください……」
オロオロしながらヒメが言う。
「これも罰のうちよ」
荷物を運びながら香里が答える。それに相槌を打つディアドラ。1人だけ荷物ではなくチョコ菓子の袋を持っていた彼女は、「食べる?」とヒメに袋を差し出した。
「で、できれば拙者達にも一口――」
バシンと鞭が鳴る。
「ブヒイイ!」
新たな女王に平伏する豚侍達を見ながら、栄治や空我と共に力仕事を担当していた征治は苦笑いを浮かべた。
「そういえば、誰か忘れてる気がするのよね」
綾子の言葉に、一同は首を傾げ――
――留置場。
「出して欲しいで御座るー……誰かー……」
泣きながらうわ言のように呟いていた四郎が釈放されたのは、それから3日経っての事だった。