(……つまり、炒飯を頼めば事件は解決という事ですね?)
桜井疾風(
jb1213)は内心で呟く。
警官達がいる表通りを遁甲の術で素通りし、無音歩行を駆使して店の裏口へと接近。扉を開けて厨房から侵入し、そっとフロアの様子を窺う。
カウンター席では金髪男――アーリィ――が我関せずといった様子で1人静かに佇み、入口では黒髪男――ハル――の後ろ襟を掴んだままの絵美が警官の片割れと罵倒し合っている。
厨房に近いアーリィがコップの水を飲むのにぐびっと上を向いた瞬間、疾風は意を決して飛び出した。
一息で距離を詰め、絵美へと飛びつく。
「ぶ!?」
「あぎゃ!?」
絵美に掴まれていたハルは弾かれて顔面から壁に刺さり、押し倒された絵美は後頭部を強打して奇声を上げる。
「助けてください!! ここに美味しくて懐に優しい炒飯があると聞いて!!」
「……店員、大丈夫か」
腰掛けたままのアーリィが心配そうに首を伸ばす。一方、疾風は勢いのまま押し切ろうと早口に捲し立てた。
「彼女がどうしても美味しい炒飯が食べたいと……。しかし俺にはお金がなく……お手頃価格の美味しい炒飯がこの世に無いなんて……。俺はもうお終いだあああああ!!」
助けてくださーい、と中華飯店の中心で愛を叫ぶNINJA。
怪訝そうに疾風を見るアーリィの目の前で、絵美とハルがむくりと身を起こす。
2人のこめかみには、青筋が浮かんでいて――……
●
「いだだだ! ごめんなさいごめんなさい!」
絵美にコブラツイストを掛けられた疾風が、涙目で悲鳴を上げた。それを見て、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は拡声器をONにする。
『無駄な抵抗はやめて出てきなさーい。えーと…人質を取ってるアルバイトさんと、パトカー壊した人質の天魔さん! …あれ、どっちが加害者なの?』
人質増えてるし。
振り返ったシェリアに、後ろにいた霧島零時(
jb9234)達は顔を見合わせ――
無言のまま、ふるふると首を横に振った。
警官はそんな7人を押し退けるように前に出て、拳銃を構えて声を張り上げる。
「未成年を人質にするかこの外道がァ! そこを動くな、いま引導を渡してくれるゥ!」
同僚から奪い取った拳銃の撃鉄を起こす。同僚は慌てて止めようとするが、
「正義の銃弾は犯罪者にしか当たらんのじゃァ!」
発砲。
絵美は咄嗟にハルと疾風の後ろに隠れ、前に立つ2人の肌を銃弾が襲う。その内の一発が額に当たり、疾風はきゅうと目を回して気絶した。
「殺す気かハゲー!」
絵美が拳をブンブンと振り回し、警官も鼻息を荒げて言い返す。
「なんともまぁ、カオスな現場だな…おい」
ディザイア・シーカー(
jb5989)はやれやれと頭を振った。
「とりあえずあの警官から排除しよう。あのハg…もとい警官がいるだけで店の破壊が進む気がする」
小声で話すディザイアの提案に、仲間達が頷く。
最初に警官に声をかけたのは藤森 桃奈子(
jb9391)。
「相手の挑発に乗ってどうするんですか? 大人げないですよ?」
年端もいかぬ少女に言われ、警官の肩が微かに萎む。それに続いたのは零時。
いきなり「謝れ」と言うと却って逆効果かもしれない。そう懸念した零時は、オドオドとした気弱な調子のまま諭す。
「一歩間違っていれば、怪我人が出ていました。あなたが持っている銃は何の為の物なのかを思い出してください」
「む、むぅ」
警官の気勢が一気に下がる。これを好機と見た今本 頼博(
jb8352)はやんわりと畳み掛けに入った。
「素手の喧嘩に発砲したのは問題だが、そのおかげで犯人逮捕後に情状酌量の余地が大いに出た。発砲の非を認めて形だけでも謝罪してこの点を挙げて投降を呼びかけてはどうか」
「謝るゥ!? 犯罪者風情に謝る舌など持ち合わせとりゃせんわ!」
「聞こえてんぞこのハゲ!」
ハルが怒鳴り、零時と頼博があちゃーと顔を押さえる。三度、口喧嘩が始まるかと思われたが、
「あんなに謝れって言ってるんだし、ここはひとまず謝っちゃったらどうかな?」
直に言ったのは犬乃 さんぽ(
ja1272)。
「ボクもおじさんは悪くないって信じてるけど、でも、時には自分を抑えて事件に当たるのが、ハードボイルドな警官だもん」
うるうるとした上目遣いで訴えかけるように話すさんぽ(♂)。どう見ても女の子です本当にr(ry。
しかしその言葉は思いの外ツボに嵌まったらしく、警官はぷくっと鼻の穴を広げていた。
「ハードボイルド……ま、まあそこまで言うなら、謝ってやらんでも無い」
すっかりのぼせた警官は、締まりの無い顔で咳払い。
一方、さんぽは言うだけ言ってクルリと踵を返すと、警官の反応など確かめぬまま元気な声で犯人へと叫ぶ。
「あー、犯人に告ぐ、これからボクがそちらに向かう、無駄な抵抗をやめて、速やかにその炒飯を用意しろ!」
ズンズンと店へと近づいていくが、その時、にやけ顔の警官が口を開き――
「おいそこの犯人ー。さっきはほんのちょっとだけ俺が悪かったかもしれん。どうしてもと言うなら、謝ってやらん事もないぞー?」
「それが謝る奴の態度か!」
「調子に乗るなツルッパゲー!」
ハルが牙を剥き、絵美が目の前まで来ていたさんぽをガシッと抱え込んで新たな人質にする。何しに来たんださんぽちゃん!
『きき貴様ァ! 言うに事欠いてツルッパゲだとォ!?』
ああ、もう駄目だなこれ。
零時はオドオドしながら「あ、危ないですから」と野次馬を遠ざけ、頼博がもう1人の警官へと目配せする。
こくりと頷いた同僚警官が犯人の視線を遮るように暴走警官の前に立ち、その直後、頼博は後ろから暴走警官の口を手で覆いながら首をコキリ。
「あふん」と気を失った彼を、ズルズルと物陰に引きずっていった。
改めて拡声器で語りかけるシェリア。
『落ち着ついてくださいな。ハゲてr…発砲した警察官にはこちらで厳重注意をして後ほどあなたに謝罪させますわ。あなた方もここでわたくし達撃退士と事を構えたくはないでしょう?』
互いに顔を見合わせる絵美とハル。少しは落ち着いたようだが、まだ警戒は解かぬまま。
その時、桃奈子がシェリアの肩を叩いた。
「こんな展開をこの間ドラマで見たんです。ここはこのネゴシエーター桃奈子にお任せください!」
ふんすと意気込んで拳を握る桃奈子。すると隣にいたヴェス・ペーラ(
jb2743)も「お供します」と頷き、2人は両手を挙げながら店へと近づいていった。
(初依頼…ここが私の撃退士としての第一歩…)
ドキドキする胸を抑え込み、桃奈子はヴェスと共に犯人の前で足を止める。
「炒飯を食べに参りました。お勧めをお願いします」
先に口を開いたのはヴェス。彼女は言いながら、敵意がない事をアピール。『炒飯』の部分に、絵美がぴくりと反応する。
「怒っても何にもなりませんよ? よかったら私も中でお話させてくれませんか? 美味しい新作炒飯を食べながら♪」
桃奈子のターン。絵美の眉が更に上がる。
「そうだよ! 立て篭もってまで食べて欲しい炒飯、きっと凄く美味しいに違いないもん♪ それに日本のニンジャの諺で、罪を煮込んで飯が激不味って言うもん!」
絵美に捕まっているさんぽの追撃。でもそれ発音は似てるけど間違ってるぞさんぽちゃん!
3人の言葉に絵美はすっかり気を良くしたようだったが、その隣のハルは――
「俺はまだ納得してねえぞ。何で被害者のはずの俺が犯人になってんだよ」
腕を組んで立ちはだかるハル。ヴェスは何とか怒りを鎮めてもらおうと根気良く事情を聞き、話をしながら薄っすらと赤くなった被弾部位に応急手当を掛けてやるが、それでも彼は引き下がらない。
困った3人はうーんと顔を見合わせ――……
●
主犯の説得は仲間達に任せ、ディザイアは密かに裏口から侵入。通報にあった金髪の男を探して店内を覗き込むが、
「天使か」
アーリィが顔を向ける。
「気づかれてたか」
「先程、同じ所から入ってきた少年が居たのでな」
入口近くで気絶している疾風を見やるアーリィ。なるほど、とディザイアは口端を上げて苦笑する。
「巻き込まれたようで災難だな」
暴れる様子の無いアーリィを見て、ディザイアは話を振りながら隣の席に腰を下ろした。
入口で繰り広げられている交渉戦を背中で聞きながら、アーリィは心底迷惑そうに頷く。
「早いとこ帰りたいなら手伝うのも吝かじゃねえし、特にこのお仕事を穏便に終わらせるのを手伝ってくれるなら大歓迎だぜ?」
「ほう。敵に対して随分と温和だな」
「別に天界や冥魔に隔意はねぇしな、敵対した個人は別として…そっちはどうか知らんが」
それを聞いたアーリィはコップの水をぐいっと飲み干し、
「では隅で大人しくしているとしよう」
「何よりだ」
話の分かる相手で助かる。
頷きながら入口の方を振り返った時、入口では桃奈子達に続いてシェリアが交渉に加わった所だった。
「――駄々をこねるのでしたら、あなた方をモデルにした『シュトラッサーとヴァニタスの残酷甘美録』という題名のビーエル本を世界規模で散布しますわよ? ちなみに作者はわたくし。カプは金×黒。拒否権無し。異論は認める!」
(とんでもねえ交渉してんなあ……)
ディザイアが顎に手を当てて唸った次の瞬間――
「おい待て! そんなヤンキー風情と掛算されるなど聞き捨てならん!」
ガラスコップを握り砕いてアーリィがガタリと立ち上がっていた。
どうやら『大人しくしている』というのはこちらの聞き間違えだったようだ。
「こっちの台詞だコラ! 大体何で俺が後ろなんだよ! テメエが受けろロンゲ!」
そのキレ方おかしくね?
ごつんと額を衝き合わせてギリギリと歯を鳴らすアーリィとハル。そんな2人を宥めるように、さんぽを解放した絵美が割って入り、
「まあまあ、皆お腹空いてるからイライラするのよ。ここは私の究極炒飯食べて仲直りしよ」
桃奈子達に「食べたい」と言われてすっかり機嫌を良くしていた彼女はスキップしながら厨房へと向かい、火を起こして鍋を振るい始めた。
待機していた零時と頼博も呼び、ついでに野次馬に紛れていた店長や他のアルバイト、そしてまともな方の警官も誘い、一同は1つの長机を取り囲むように椅子に座る。
面倒臭かったので、暴走警官は物陰で失神させたままだ。
「う〜ん……ハッ!」
床に転がっていた疾風も覚醒。
「起きたか」
「おでこが痛い……」
額を擦りながら促されるまま輪に加わる。しばらくして――
「とりあえず一皿目ね」
厨房から最も近い位置に座っていたヴェスの前に炒飯が置かれた。一同の視線が彼女に集中し、誰かのごくりと息を呑む音が響く。
ヴェスは意思疎通で仲間達に後を託すと、意を決して炒飯を口に含み――
べしゃり、と。
皿上の炒飯に顔を埋めて動かなくなった。
「「何食わせた」」
そんなバカなと絵美は手元にあった材料を確かめる。何も間違った物は入れてな――
「あ」
彼女はバタバタになっていたせいでうっかり取り間違えたナニカを背中に隠す。
「ごめんごめん。次はちゃんと作るから」
ざわ……ざわ……と戦慄が広がる。だが今更逃げる訳にもいかず、程無くして全員の前に並べられた新作炒飯に一同は死を覚悟してレンゲを差し込む。ぶるぶると恐怖に震える手で口内に運び……
普通に美味しかった。
「この炒飯美味しいですね! お肉のとろっとした感じがいいです。葱の食感もたまりませんね!」
べた褒めする桃奈子。
「でしょー! 何で誰も注文してくれなかったのかな」
シェリアは言って良いものかどうかしばし迷った末、手鏡を取り出して絵美へと向けてやる。
「顔、やつれていましてよ?」
どんよりした目つきの自分の顔を見て、絵美は納得したように頷く。が、特に気にしたふうでもなく再び皆を見て、
「で?」
「「え?」」
「酒茶漬けにしないの?」
期待に満ちた眼差しを向けてくる絵美。
炒飯は確かに美味かった。が、米から作った汁を米に掛けて食べる気になるかと言うとそれはまた別の話で……
成人組が揃って目を泳がせる。
誰一人として酒を要求しようとしない事に、絵美の笑顔が再びビキビキと引きつり始めたその時だった。
「俺が食べるよ」
名乗り出たのは頼博。瞬間、絵美が喜々として彼の炒飯に『天魔ころし』をぶちまける。その匂いに、酒が苦手な桃奈子は思わず眉を顰めた。
「えっと…絵美さん酒茶漬け炒飯はやめた方がい――もがが」
口走りかけた彼女の口を、仲間達が咄嗟に塞ぐ。
そして全員の視線を一手に受けた頼博は、
(鮭茶漬けと酒茶漬けをかけるとは『巧い』な)
などと思いながらずずずっとドンブリの中身を掻き込んだ。ごくりと飲みこむ音が聞こえ、
「うん。こんな『巧い』茶漬けは初めてだよ絵美ちゃん」
「でしょー!」
おおー、と周りから感嘆の声が上が――りかけて、ふと彼らは違和感に気づいた。
「絵美ちゃんみたいな『巧い』茶漬けを作れる女の子がお嫁さんに欲しいよ」
「いやー照れるにゃあ」
美味いではなく、巧い。
もしかして:味は褒めてない
しかし賞賛されて舞い上がっている絵美は、その微妙なトーンの違いに気づかない。それどころか、
「もっと食べる? 食べたいよね? 食べなさいよ」
「え、いや流石にもう満腹――」
どどどんっ、と。断ろうとした頼博を遮って眼前に次々と酒茶漬け炒飯が積まれていく。
頼博は助けを求めて顔を上げるが――
誰も居ない。
いつの間にか店内で絵美と2人きりになっていた頼博は、どんよりやつれた目つきでキラキラと星を飛ばす絵美に掴まれて声にならない悲鳴をあげた――……
●後日談
「美味しい炒飯を食べに行きませんか? もちろん俺が奢ります」
疾風は受付にいたオペ子に声をかけた。彼女は眠たげな薄表情でじーっと彼を見つめ、
「オペ子が食べ物で釣れると思いましたか桜井さん」
「あ、そ、そうですよね……すみませ――」
「喜んでお供します。さあ早く行きましょう」
「――え、あ、は、はい!」
店に入ると、そこには零時が居た。彼は絵美の炒飯(酒無し)を一口食べると、オドオドしながらも頑張って「美味い」と声に出す。その様子を見ていた他の客達は、釣られる様に炒飯を注文。
なんというさくら。零時なりに、絵美を気遣っているのかもしれない。
それを尻目に席に着いた疾風とオペ子の元へ、絵美が注文を聞きに来る。
(この子が例の彼女ちゃん?)
絵美が耳元で尋ねる。
否定しなければならないのに否定したくなくて。疾風は顔を真っ赤にしてただただ慌てるばかりだった。
――その頃。
テイクアウト用に包んでもらった炒飯を持って斡旋所を訪れたディザイアだったが、どうやらオペ子も小次郎も出かけているようだ。
仕方ない、自分で食うか。そう思って踵を返そうとした彼の前に、ふと局長が通りかかる。
何となく目が合って……
「……食うか?」
何の気なしに差し出された炒飯を、局長は「ふむ」と受け取るのだった。