――ゲートへと入っていくリーゼ。
「私も行きますっ」
それを追って駆け出す青鹿 うみ(
ja1298)だったが、
「他人の心配してる余裕があんのかよ」
うみの背筋に冷たい感覚が走った。
ルディが肉薄。その手がゆらりと彼女の喉元に伸びる。
咄嗟に弓を引く樒 和紗(
jb6970)。
射った矢がルディの手を弾き、更に割って入ったイシュタル(
jb2619)がドーマンセーマンを展開。
結界に押し出され、ルディは舌打ちしながら弾かれた手首を振った。
「あの2人なら心配いりません」
うみの肩に手を置きながら和紗が言う。
「…とりあえずルディ、と呼ばせてもらうわね。激情に身を任せて行動するのはやめて落ち着いたらどうかしら」
一方、イシュタルはルディへと語りかけ、同じくRehni Nam(
ja5283)も口を開く。
「ルディさん、もうやめましょう」
いや……復讐ならば既に終わっているはずだ。
ユートを殺した男はもう居ない。
「なら、これからを考えたって良い頃じゃないですか!」
「この戦いに意味はきっと……」
「もう自分から逃げないで、自分の気持ちに正面から向き合って」
言葉を続けたのはリディア・バックフィード(
jb7300)と川澄文歌(
jb7507)
だが、完全に“死”に取り憑かれた今のルディには届かない。
「…アンタさ…八つ当たりでゲート開いたり暴れたりするなら帰ってやってくれないかな。こっちの世界でやられると大迷惑なのよ」
唇を噛む文歌とは対照的に、鷹代 由稀(
jb1456)は気だるげに紫煙を吐く。
「ただね、そんなアンタに対してでも言葉を投げかけることを諦めない若い連中が居る…だったら――」
手にしたのは黒塗りの双銃。
「そいつ等のために、どんな手段を使ってでも埒を明けてやるのが年長者の役目よ」
ルディの殺気が濃さを増す。
呼応するようにイシュタル達も魔具を構え、
「…いいわ、来なさい! 私達では力不足かもしれないけれど…貴方の気持ち受け止めてあげる」
白髪の悪魔が、地を蹴った。
「私にできるのは歌うことだけ。だから……」
文歌のアウルが、歌となって周囲を包む。四神結界発動。
直後、先ほどのお返しだとばかりに和紗に攻撃を仕掛けるルディ。彼女はそれを緊急活性した扇で捌き、飛び退いて弓の一撃。
手加減できる相手ではない。放ったのは全力の光矢。
そして、ルディが魔力で覆った手で矢を直接払い除けたのを見て、和紗はある事に気づく。
魔力障壁を展開していない…いや、したくてもできないのか。
ゲート作成による消耗が著しい。侮るつもりはないが、これなら攻撃が通る。
大鎌を振るい、リディアが距離を詰めた。
彼女の矜持は、殺し合いという解決を認めない。一つの過ちで残りの総てをも否定するなど、あってはならない。
誰もが間違えながら、誰かと助け合い生きている。戦いの中、例え相手が敵であっても信用と信頼は築けるはずだ。
「立場や状況が、互いの理解を困難にしてもっ!」
だから今は、全力で刃を振るう。手を払う為ではなく、手を取る為に。
対して、ルディが魔力を帯びた手で彼女の鎌を受け止めた直後、間髪容れずにイシュタルの槍が閃く。
それぞれの刃を受け止めて両手を塞がれるルディ。
「今は少しでも時間が惜しいもの。悪いけど、休む時間は与えさせないわよ?」
貴方の…いえ、貴方達の為にも。
鍔迫り合う音にイシュタルの声が混じる。ふと、ルディの片脚が浮いた。
瞬間、リディアの左脇腹にみしりと蹴りが食い込み、振り回した脚はそのままイシュタルをも巻き込んで、建物の壁まで2人を弾き飛ばす。
しかし彼女らは、崩れた壁を押し退けて尚も地を踏みしめた。
「…まだ、まだいける。貴方の想い、打ち明けてもらうわよ…!」
再度、飛び込む。
一方、仲間達の動きに合わせてルディの死角へと回り込むうみ。
だが8人を“排除すべき敵”として断定した今のルディの目には、潜行により薄まった彼女の気配も確りと映っていた。
だんっ、とルディが地面を踏みつける。
彼を中心に周囲の地面から衝撃波のような魔力が噴き上がり、吹き飛ばされたうみやイシュタル達が小さく悲鳴を上げる。
ルディは足を止めたうみへと掴みかかるが、手に触れたのは水飛沫へと変わる彼女の幻影。
背後へと回り込んだうみが、扇を一閃。焔風がルディの背を打ち、彼は顔を歪めた。
だが魔力の直撃を受けていたうみも、呼吸を乱しながらその場で膝をつく。
「……私の鬼道は、大きな流れに逆らわず身を任せて編むものです」
不意に、うみが口を開いた。
「人の生き方や考え方と、そこから生み出されるもの。例えば、争い、音楽も流れです」
彼が流されているもの、本当の気持ちなど、自分にも全ては窺えない。もし本人もわからないなら変えようがない。
「けど、その流れに逆らうのも自由なんです」
例え小さな力でも、何かが動いた後には必ず流れが生まれる。
姿や心は仮初でも、誰かが変われと本当に願うのなら、自分は未来が少しでも良くなるように背中を押そう。
「だって私には、その力が、想いがあるのだから」
痛みにでも耐えるかのように舌打ちするルディ。その時、別の方向から向けられる覇気。
「ゴミに塗れてんのがてめぇだけだと思ってんじゃねぇぞ!」
ディザイア・シーカー(
jb5989)。
拳と共に叩きつけたのは、“クソガキ”という言葉。
誰かを失い、誰かに憤っているのは、お前だけではないと。
「悲劇の“ヒロイン”気取るのもいい加減にしとけや!」
「悲劇で溢れてるっつーのが、人間がクソな事の何よりの証だろォが!」
人間を貶める事は、同じく人間であるユートをも貶める事になるのではないか。そんなものは詭弁だ。
天魔の側にもクソがいる。知ったことか。
「それがガキだっつってんだよ!」
「うるせェァァア!」
ディザイアの拳がルディの頬を抉るも、対するルディの拳もディザイアの頬を穿った。
2人がよろけて距離を離すと、間を埋めるようにして由稀の銃弾や和紗の矢が飛ぶ。殴り払って受け流すルディだったが、矢の一つに腐敗効果が込められていた。
弾幕と入れ替わるように、レフニーが飛び込む。
盾で捌き、殴り、息が掛かるほどの距離でぶつかり合う。
「…私も復讐者です」
ふと、囁くように彼女は言った。
周りには聞こえないほどの小声。
私と貴方の違いは死した人の言葉を聞けたか否か、ただそれだけ。
貴方はもう一人の私。
救いたいと思い、願い、奔走し……そして最後の最後で手から零れ落とした、ある少女の話。
だが復讐は死者の為ではない。それは生者が、己の為に行うもの。
故に復讐は死者を理由とせず、復讐を止める事こそ、死者が理由となる。
「貴方の復讐はもう終わっているのです!」
瞬間、レフニーはありったけの力を込めてルディに頭突きを見舞った。
「ぐ、ぁ…!?」
「それ以上は、ただの八つ当たりだなんて、本当は自分が一番分かっているのでしょう?!」
もしまだ終わっていないとすれば、その相手は、一番憎いのは、ユートを護れなかった自分自身だという事も。
ぎり、と食い縛る音が聞こえる。直後、ルディが吼えた。
雷のような無数の魔力の束が無秩序に暴れまわり、空間ごと撃退士達を穿つ。
攻撃を予期したリディアが詠唱を止めようと銃撃するも、前回同様に渦に飲まれて阻止には至らず。
雷撃の直撃を受けて次々と仲間達が倒れる中、由稀は痛みを思考の外に追い出して銃を構える。が、身体が言う事をきかない。
定まらない照準に舌打ちを零したその時、視界一杯にルディの掌が映った。反射的に「躱せない」と判断し、代わりに手にしていた銃口をルディの腰に押し当てる。
一際大きな銃声と破砕音。
由稀がトリガーを引いたのと、ルディが鷲掴んだ彼女の頭を木の幹に叩きつけたのとは全くの同時だった。
大木が楊枝のようにへし折れ、銃を握ったままの由稀の手が力なく芝生を叩く。
対するルディは、酷く息を荒げながらも、辛うじて倒れず。
赤い双眸が、リディアへと向いた。
満足に動けない彼女の首を掴んで持ち上げる。
「どんな矜持があろうが、死んじまったらそれまでなんだよ」
息を詰まらせ、苦悶の表情を浮かべるリディア。
彼女は遠のく意識を噛み砕き、振り絞ったアウルで再度銃を実体化させてルディの右肩を撃った。首を掴んでいた手が離れ、地に足を着く。
膝に力が入らずに頽れかけた彼女は、しかし決して退かず。
彼女は前のめりに傾いて、ルディの胸倉を掴んで踏み止まった。
「私は、諦めません……だから――」
ずり落ちていく彼女の指先が、彼の胸元のアクセサリーに触れる。
刹那、2つの八分音符が強く震えた。
リディアのアウルが、ルディの魔力が、2つのヒヒイロカネを通じて互いの中に流れ込んでくる。
「あ、ぐ……!」
奔流のような輝きが頭を埋め尽くし、ルディは彼女の手を振り払いながらよろよろと後退った。
同時にその光は、まるで音のように広がって他の者達にも伝わり、
「……貴方、心の底ではもう気づいているのではないかしら」
イシュタルが痛みに耐えながら僅かに身を起こす。
「その意味や、託された想いに」
「うるせぇ……」
ルディが頭を押さえ、顔を歪める。
不意に、歌が聞こえた。
顔を覆った指の隙間から視線を向けると、ぼろぼろになりながらも立ち上がる文歌の姿。
鳥のような澄んだ声で、呟きかけるように歌を奏でる。
出会いがあなたを変えたの?
それとも私が変わったの?
キミとは そんなに長く
一緒にいたわけじゃないのに
たいせつに想える
出会ってくれてありがとう
その言葉 自然に出てくる
出会ってくれてありがとう
キミの手の ぬくもり好きだよ
「うるせぇ……うるせぇうるせぇうるせぇ……!」
再度、雷撃。
何かに怯えるように、その音を払い除けるルディ。
攻撃が止み、音が消え、今度こそリディアも、イシュタルも、文歌も地に伏した。
「ハッ、ハハ……」
乾いた嗤い。
「見やがれ! 結局テメェらは負け――」
ガラリ
瓦礫の動く音。
びくりと震えて恐る恐る背後を振り向くと、ディザイアが立っていた。
「来いよ、こんなもんじゃないんだろ?」
もはや動けるはずのない足で土を踏みしめ、
「まだ俺は倒れちゃいねぇぞ」
一歩、また一歩と近づいてくる。
「何度でも…俺の想いを、全力を――」
その拳に、確かな輝きを帯びたアウルを纏わせ、
「――この一撃に!」
大きく抉り上げるように振り抜いた拳が、ルディの顎を正面から穿つ。
――私ね、ヒヒイロカネって心を繋ぐ金属なんだと思うの。
人間は脆弱だ。容易く傷つくが故に、自己を守る為にすぐに他者を傷つけようとする。
しかし弱いからこそ、他者と手を取り合う事の大切さに気づく事もできるのだと、そう思う。
だからさ、ルディ――
白髪の悪魔は背中から地面に落ち、薄れていく意識の中、懐かしい誰かの声を聞いた――
●
すぅ、とルディが目を覚ます。
周りにはディザイア達だけでなくエリスとリーゼも居て、複雑な表情で自分を見下ろしている。
……いや、複雑なのは自分の方か。
「貴方に尋ねたい事があります」
ぼんやりと寝転がったままのルディに、和紗が声を掛けた。
「貴方の傍にはヴァニタスが見当たらない。何故ユートをヴァニタスにしなかったのですか?」
「……」
「ヴァニタスは死人。自由意思も与えられると聞いています。それをしなかったのは、貴方がユートが最期まで人である事を願ったからではありませんか?」
「……かもな」
理由など考えもしなかった。が、言われてみれば、そうだったのかもしれない。
きっと、彼女を穢してしまう気がしたのだろう。
「つっても、結局似たようなもんになっちまったけどな」
人間を否定することはユートも否定すること。
和紗の言葉を思い出しながら、ルディは疲れたように自嘲する。
「人と魔の繋がりを貴方は持っています。その目には、俺はゴミ以外も映ると思うのですが」
彼はゆっくりと、和紗に目を向ける。
「矜持や誇り等と難しい事は言いません。俺は俺らしくあるだけ。ルディ、貴方も貴方の新しい道を進めませんか?」
言葉を紡ぐ彼女の表情に敵意は無く、
「見つけて下さい。ゴミでない人間を」
――だからさ、ルディ
するとそこへリディアが歩み出て、
「人間を見限らないで下さい……」
――人間を、嫌いにならないであげてね
ユートの姿が重なる。
「く、くは、ははは……」
引き伸ばした口で弱々しく笑い、自らの顔を押さえるルディ。
つーっと、手の平の下で涙が伝い落ちる。
重く絡み付いていた狂気は消え、1人の悪魔が泣いていた。
「これからどうするのですか?」
戦意の無くなったルディを治療してやりながら、和紗が尋ねる。同様に、仲間達を回復していたレフニーが彼に歩み寄り、
「一人で背負い込まないで、私達にも分けて下さい。これからどうすれば心を繋げられるか、一緒に考えましょう!」
すっと手を差し出した。
ルディは恐る恐る手を伸ばし……
「……それでも、俺達は戦争をしてんだよ」
僅かな躊躇の後、掴みかけていた手を引っ込めて、自力で立ち上がっていた。
復讐でもなく、愉悦でもなく、それでも互いの陣営が戦っているという事実はそこに在って。
「また殺すのか?」
ディザイアが問う。
「“必要”ならな」
ルディは翼を広げ、
「それとこれはただの借りだ。そのうち返すから礼は言わねえ」
和紗に治療された部位を示しながら、ふてくされたように告げる。
「返して欲しい事が出来たら呼べ」
そう言って、彼は空の中へと消えていった。
「本当、理想は遠いよなぁ…」
見えなくなった背を目で追いながら、ディザイアがごちる。
どんなに願っても、止めたくても、無くなってはくれない。
「だからといって、歩むことをやめるわけにはいかないんだが」
「ていうか、どうやって呼ぶのよ」
エリスが呟く。
そこへイシュタルが近づいてくる。心なしかムスッとしているように見えなくもない。
彼女はエリスの頬をそっと撫で、
直後、むにっと引っ張った。
「ふぇ!?」
「あまり心配を掛けさせないで、エリス」
しかしすぐに手を離すと、もう一度頬を撫でる。
すると今度は、和紗がエリスとその隣に立つリーゼを小さく抱きしめた。
「頑張りましたね、二人とも。お疲れ様です」
「か、和紗達もね」
意表を突かれて動揺するエリスと、頬を掻くリーゼ。
「お疲れさんだ、良くやったな」
ディザイアも、エリスの頭を軽く撫で叩きながら労いの言葉をかける。
改めて言われた事で、自分が彼らの力になれたのだと実感したエリスは、
「じゃあ帰りましょ、皆で!」
嬉しくて堪らないといった様子で、満面の笑みを浮かべた。
「おでこが痛いので帰りに湿布を買っていくのですー」
ぼろぼろの撃退士達は互いに肩を貸し合いながら、自分達の帰るべき場所へと歩みを向けた――