――緊急依頼。
「また市街地でか…」
やれやれ、と肩を竦めるディザイア・シーカー(
jb5989)。一方、彼とは少しベクトルの違った嘆息を零したのは――
「また事件ですか。私の休日はいつやってくるんでしょうね」
天辻 都(
jb8658)。
「まあ仕方がないので私のささやかな要望は今は置いておきます」
言いながら依頼書にサインをして、都はいつもの7人と共に転移装置へ向かった。
●
現場に着いたリディア・バックフィード(
jb7300)の視界に映ったのは、あの白髪悪魔。ヴァイオリンを抱えた少女の肩に手を回し、ケタケタと嗤っていた。
「前回的にまた悪魔は高みの見物してそうでしょうか。とはいえ近くにどういう関係かは知りませんが女の子がいるんですね」
そう言ったのは都。
「…まあ、そっちは任せた」
そして、鷹代 由稀(
jb1456)。
2人はもう片方の敵である黒い人狼へと目を向ける。情報通り、その手には男が鷲掴まれている。
「えーと、現状はどー見てもアレな感じでアウトですが、こないだの事もありますし、実際はどうなんでしょう?」
Rehni Nam(
ja5283)が、ふとした疑問を口にする。
前回のエリスと同じ状況である可能性。誤解という名の悪意。
「まあ、あの悪魔さんが誰かに嵌められた、というのは流石に無いとは思いますが」
一応、聞くだけ聞いてみた方が良いかもしれない。とりあえず、男を救出した後で。
都、由稀、レフニーの3人は、ひとまず意識を人狼へと集中させた。
悪魔の方へは、樒 和紗(
jb6970)とイシュタル(
jb2619)がリディアと共に向かう。
あえて、武器は構えず。
「…また会ったわね」
「あァ?」
声を掛けたイシュタルに、悪魔が振り向く。
「どっかで会ったかァ?」
小首を傾げる悪魔。どうやらからかっているわけではなく、本当に覚えていないようだ。
彼にとって、天使とは個人ではなく陣営であり、人間に至ってはもはや有象無象の害虫でしかない。
そんな相手の顔などいちいち記憶するはずもなく……
「…ああ、ゴスロリチビの仲間か」
しかし彼は、しばらくして思い出したように不快げな舌打ちを返していた。
「とりあえず私は今、貴方と戦う気は全く無いのだから…少しくらいお話を聞かせてもらっても構わないと思うのだけど? 個人的に気になることもあるし、ね」
「そう言えば、お名前を伺っていませんでしたね。俺は樒 和紗と言います。覚えて頂く必要はありませんが、伺うからには己から名乗るべきかと思いまして」
和紗に続き、イシュタルも自身の名を告げる。だが、悪魔は名乗らず。
それならそれで構わない、とイシュタルが別の質問を口にする。
何故こんな事をしているのか。何故その少女に絡んでいるのか。
「テメェらにそれを教えて、俺になんか得があんのかァ?」
「現在の状況、一方的に端から貴方が悪いと決めつけるのは早計かと」
問いで返してきた悪魔に、和紗が言う。
前回、商店街の人々はよく知りもしないままエリスを敵だと決め付けた。そうなるように仕向けたのは、他ならぬ目の前にいる悪魔ではあったが――
「俺は貴方を『嵌め』たくはありません」
風下から密かに接近し、隙あらば人質を救出する。そのつもりでリディア達と別行動をとった青鹿 うみ(
ja1298)。
だったのだが、
「遠くに行き過ぎましたー! 警察さんが避難誘導してる真っ只中じゃないですかここっ!」
人ごみに埋もれながら、涙目混じりに叫ぶ。
「と、通してくださーい、撃退士でーすっ!」
学生証を見せながら、必死に前進。
すると数人の一般人が、警官に付き添われながら彼女の肩を叩いた。
「あの、久遠ヶ原の人ですか?」
「はいっ、青鹿は人質さんを助けに急いでいる途中なのですよっ!」
急いでいると言いつつ、何か云いたそうにしていた彼らを見てついつい足を止めるうみ。
――悪魔が、人質の男に『謝れ』と言っていた。
「理由は分かりませんが」と付け足された彼らの話に、うみは首を傾げながらも礼を述べ、やがて現場に到着。通報の悪魔があの白髪悪魔だと知って驚く。
てっきり、エリス以外には興味が無いのだと思っていた。
『仲の良いお友達』というふうには見えない悪魔と少女の様子を気にしながら、うみは隠密スキルを纏って、イシュタル達に気を取られている悪魔の後方へと近づいた――
一方、対人狼班。
あの白髪悪魔がけしかけた人狼と戦うのは、これで何匹目だろうか。
「人狼だいぶ吊るしたし、そろそろこっち(人間側)の勝ちにならないかな」
人狼vs村人な構図を思い浮かべつつ、双銃を手にする由稀。その横で、都もPDWを構える。
「狙うのならば人質を掴んでいる腕でしょうか」
不幸中の幸いとでも言うべきか、人狼が掴んでいるのは男の胴。
仮に頭を掴まれていた場合、攻撃を加えた弾みでめきょっといかれても困る。しかしどのみち、人狼が人質を丁重に扱う保障もない。
「束縛や麻痺が成功すれば大分楽になると思います」
都の言葉に頷いたのはレフニー。一息で人狼との距離を詰め、アウルの鎖を打ち付ける。
男を掴む敵の左腕は、その黒い体躯ごと聖銀の輝きで縛りつけられた。
瞬間、由稀がピタリと狙いを定める。
「基本的に人型の手ってのは、親指1本潰されるだけで――」
重なる銃声。限りなく同時に近い時間差の銃弾が、敵の指元を続けざまに弾いた。
「――ロクに物掴めなくなるのよ」
男の身体が地面に放り出される。
対して人狼は右腕で再度男の身体を拾おうとするが、マズルフラッシュを瞬かせた都のPDWがそれを阻止。
だが黒い人狼の身体は従来種よりも幾分か頑丈にできているらしく、親指も右腕も、穴が開くまでには至らず。
全身を拘束していた聖鎖が千切れ、人狼の眼光が足元の男にぎょろりと向けられる。
もはや人質にする気もない。
人狼は右腕で由稀と都の銃弾を受けながら、男を叩き潰そうと大きく左の拳を振り下ろし――
ガゥン、と。
分厚い金属音が響いて、人狼の拳が止まる。
「すまんが選手交代だ、相手してくれや」
そこに立っていたのは、荒々しく口の端を歪めながら盾を構えるディザイア。
周囲の喧噪に紛れて姿を隠していた彼は、蜃気楼による光学迷彩を解きながら敵の拳を押し返す。直後、レフニーが地面に横たわっていた男を抱えて後退。
それを背後から追撃しようとする人狼へ、都の銃撃とディザイアの拳撃が飛ぶ。
1歩たりとも通すまいと、ディザイアはスキルの詠唱工程を組み換えながら吼えた。
「さて、どちらが倒れるのが早いか…勝負と行こうか!」
「いてえ…いてえよぉ……」
後退したレフニーと由稀に介抱されながら、鼻水と涎に崩れた顔で泣き喚く男。片方の指や腕は、明らかにおかしな方向へ曲がっている。
痛いのは分かるが、せめて泣き言の1つや2つくらいは我慢できないものか。
由稀は若干呆れた様子で吸い終えた煙草を携帯灰皿に放り込み、スッと表情を静めて男に話しかけた。
「まず民間人か撃退士かの確認も必要だから身分証か、無ければ正確に名前教えて?」
「あぁ!? 何でンな事いま言わなきゃいけねえんだよっ。俺被害者だぞ!」
「ん? いやほら、一般人ならそれでご家族とかに連絡取れるし、撃退士ならなんで無防備に人質になるようなことになったのか聞かないと」
形式的に聞きはしたが、まあ間違いなく一般人だろう。それも服装や態度からして、ただのガキンチョか。
「とりあえず何でああなったのかと…あの女の子とあなたの関係。こっから聞かせてもらおうかな――ああ、それとあなたと彼女の名前とかは正確にね。虚偽があると後々問題発生して拘束時間延びちゃうんで」
「し、知らねえし。俺らはただ、仲間と街歩いてただけで、いきなり襲ってきやがって……。ンだよ、こっちはまじ被害者だっつーの……」
「ふーん?」
後ろめたい事でもあるのか、きょろきょろと目を泳がせる男。
由稀は、熱くも冷たくも無い瞳で彼を見下ろしながら新しい煙草を咥え、
「嘘ついてもいいことないから、ちゃんと全部正直にねー」
カキン、とオイルライターの蓋を弾いた――
由稀による聴取が続く中、レフニーが横から男の怪我を診る。まあ精査するまでもなく腕はどう見ても折れている。
この状態で治癒魔法を掛けると骨が歪んだまま繋がってしまいそうなので、物理的な応急処置だけに留めておくことに。
それ以外では怪我らしい怪我もなく、早々に処置を終えた彼女はあとの事を由稀に任せ、自身は悪魔の方へ。
和紗達に混じって、名乗りつつ質問を投げてみる。
「悪魔さん、悪魔さん。あの男性を人質に取りつつ甚振って、そこの女性を怯えさせているように見えますが…何を目的に、何をしたら、こうなったのです?」
「怯えさせるだァ? そりゃそこでギャアギャア臭ェ息撒き散らしてるゴミ野郎の方だろ、なァ?」
嗤いながら、少女の顔を覗き込む悪魔。
当の少女は、ビクリと震えて返答に詰まっている。
(むー。いまいち要領を得ないのです……)
どうしたものかと考えあぐねるレフニー。
一方、そのやり取りを見ていた和紗は、レフニーの陰でこっそりとスキル行使を試みていた。
アウルで練り上げた小さな木枠が手の中で転がり、音を立てる。それは幻聴にも似た声となって、悪魔に捕まっている少女の脳裏へと届く。
『この声は貴女にしか聞こえないので、俺の質問に頷くか首を振るかで答えて下さい』
驚いて僅かに顔を上げた少女に、和紗は言葉を続けた。
『悪魔は貴女を襲っているのか』
否定。
『人質にされていた男とは知り合いか』
否定。
『男に怯えさせられたというのは、何か恐い思いをさせられたということか』
躊躇混じりの、肯定。
『ならば、悪魔は貴女を――』
「さっきからなに頭振ってんだァ?」
その時、少女の仕草に気づいた悪魔が怪訝そうに眉根を寄せた。
「えっ、あ、その……」
「……チッ。小細工しやがって」
スキルによる何らかの干渉だと察した悪魔が、和紗に目を向ける。
気づかれたのなら仕方ない。和紗は改めて、ハッキリと声に出して少女に問いかけた。
「悪魔は貴女を助けたのですか?」
……肯定。
撃退士達が由稀の方を見やる。男に真相を白状させていた彼女は、仲間の視線にこくりと頷きを返していた。
「――分かりました」
悪魔が、少女を助けたという事実。
行き過ぎた行為であった事は否めないが、自分には彼が『悪』だと断じることはできない。
「彼女を解放して頂けますか?」
請うでもなく、ましてや命ずるでもなく、ただ尋ねる和紗。
それまで嗤い、あるいは煩いを見せていた悪魔は、ふと色の無い表情を浮かべる。
しばしの沈黙の後……
どうでも良いといった様子で、悪魔は少女を解放した。
恐る恐る悪魔から離れて、和紗達の元へ歩いてくる少女。
未だ震えている彼女にマインドケアを掛けながら、和紗は言う。
「彼に言わなければならない言葉がありませんか?」
手段はともかく、貴女は彼に助けられた。なら、貴女の口から直接それを伝えて欲しい。
和紗の意図を、そして自身の中にあった確かな気持ちを察した少女は、小さく口を開く。
「…あ、ありが――」
「うるせえよ」
だがその瞬間、悪魔が静かに言葉を被せていた。
「1回見逃されたってだけで、ほいほい味方面してんじゃねえ。殺すぞクソが」
それは、どこか礼を言われることを拒絶しているかのようにも見える怒り。
(あの悪魔、遠回しな言動が多いですね……)
それを敏感に感じ取ったのはリディア。
語る言葉には様々な想いが含まれた重みがある。
自分達はこれまで種族を問わず争う事無く友になれると主張してきた。
それはこれからも変わらない。
ならば、それを証明してみせる。
「前回の問いに答えます」
「…またテメェか、金髪女」
リディアを見て、悪魔の気配が確かに変わった。
――気高いだけで命が守れんのかよ。
悪寒を通り越して火傷のような痛みすら覚える殺気を浴びながら、しかしリディアは決して退くことなく言葉を紡ぐ。
「気高さだけで命は護れません。何故なら生命は支え合い生きているからです。ですが、支え合うには信用が必要です」
思う――いや、断言する。その信用の証明の一つとして気高さ、矜持があるのだと。
「誇りを持たぬ者に理解が出来ない道理かもしれませんけどね」
自らの願いを信じて突き進むのは、他者からすればただの愚直かもしれない。それでも、人間は過去から未来へ挑み続ける。
それが、それこそが――
「私の誇りに挑むなら受けて立ちましょう」
悪魔の瞳を正面から強く見据える。
「……本気で言ってんのかよ」
頷くリディア。そこへ、
「人の誤解が、冥魔さんが、誰かを傷つけることは避けられません」
唐突に、それまで息を潜めて事態に備えていたうみが、いつになく静かな様子で悪魔の背に声をかけていた。
許す許されるではなく、そうなってしまった事実だけが、きっとある。
そんな悲しい事実に対抗して、人は言葉を交わし、撃退士を生みだした。
過去は変えられない。だが悲しい未来を変える為に、自分は行動できる。
「過ちを認め、向き合い、未来という先を何とかする為に生まれたのが、私たちですから」
彼女達の言葉を、想いを聞き、白髪の悪魔が返した答えは――
「……うぜぇ」
憤怒。憎悪。
だが膨れ上がった感情に反して、リディアはそれまで自身に向けられていた熾烈な殺気がピタリと止んだ事に気づいた。興醒め、とも少し違う。
彼女がその理由を考えるよりも先に、悪魔は翼を広げて飛び去ろうとするが、
『個人的に聞きたいことが有る。構わないなら返事を返してほしい』
寸前、彼の頭に直接誰かの思念が響いた。
『この前、貴方は何を言おうとしたのかしら? 私の予想では…エリスに対して言っていた事や、やってきた事に関する理由かそれに通ずるものだと思ったのだけど』
『……ゴミを片付けてんだよ、埋もれちまう前に』
――これ以上邪魔をするなら殺す。
声の主の撃退士を振り返って思念を吐き捨てた悪魔は、そのまま静かに空へ消えた。
一方、主が去った後も退く意思を見せない人狼。
「…さて、仕切り直しと行こうか」
それまで人狼を抑え続けていたディザイアは、味方の射線を塞がぬよう、敵の腕を脇に抱え込んだままグルリと横へ足を運ぶ。
自然と敵の向きも変わり、その背がレフニーの方へと晒された瞬間、彼女のヴァルキリージャベリンがそれを貫いた。
痛みに暴れるように人狼は拳を振り回すが、その悉くをディザイアがシールドで捌く。だがスキルの切れ目を突いて敵が一際大きな攻撃を繰り出そうとして――
それを許さなかったのはリディア。
側面から人狼の頭めがけて魔銃を連射。直後、合わせるように、反対側からも強烈な弾痕が刻まれる。
都のブーストショット。
ぐらりと頽れたディアボロは、それきり二度と起き上がる事はなかった。