青鹿 うみ(
ja1298)が中庭を通りがかると、一部の学生達が踊るぬいぐるみとゴスロリ少女がどうのと騒いでいた。興味を引かれたうみは自分も探してみる事に。しかしそこで、はたと思いついて携帯を取り出す。
掛けた先はイシュタル(
jb2619)――
イシュタルは着信に震えた携帯を手に取り、耳を当てながら返事をする。
――ぬいぐるみ。ゴスロリ。
捲し立てるうみの話を聞き、イシュタルはすぐにそれがエリスの事なのでは思い至る。それを伝えようとした彼女だったが、うみは喋るだけ喋ると忙しなく電話を切ってしまった。
やれやれと携帯をしまい、しばし黙考するイシュタル。
やがて彼女は、迷子の悪魔を探して歩き出した。
そろそろ帰ろうかな。そう思って廊下を歩いていた天辻 都(
jb8658)は、ふと顔を向けた窓外の階下に見覚えのある背を見つける。エリスだ。
(きょろきょろしてますが迷子でしょうか?)
その様子を窓から見下ろし、なんとなく共感を覚える都。確かにココは、土地も人数も広大すぎる。
やがてエリスはおどおどしたまま移動し、見えなくなる。困っているようだったので探しに行こうかとも思ったが、直後、都は思い立ったように足を止めた。
(私も迷子になる可能性がそれなりにありますね)
ミイラ取りがミイラに、とはよく聞く話だ。
(共通の知り合いが都合よく通りかかったりしないでしょうか。そしたらついていくんですが)
などと考えつつ、きょろきょろと廊下を見渡す都。すると、
るんるんと鼻歌混じりに通りがかったRehni Nam(
ja5283)と目が合った――
「…こんな所で何やってんの」
鷹代 由稀(
jb1456)は、喫煙所のベンチに腰掛けてベソをかいているエリスを発見――というか遭遇して、首を傾げる。
「べ、べつに何でも無いわよ! さ、散歩――そう、散歩しててちょっと疲れたから、休んでただけよ!」
「あー、はいはい。散歩ね散歩。で、次はどこ行くのよ」
「迷子になったな」とは口に出さず、ニヤニヤしながら尋ねる由稀。一頻りからかった後、「はいはい」と言いながら彼女の頭を優しく叩く。
「そーいや、携帯持ってる?」
ふるふると首を横に振るエリス。由稀はメモ帳を取り出して何かを書き記すと、千切ったそれを彼女へと差し出す。
そこには、由稀の携帯番号が書かれていた。
「また迷子になったり困ったりしたらかけなさい」
「あ、ありがと……」
ごにょごにょと口篭りながら目を伏せる。とそこへ――
「おや、こんにちはっ」
ヒョコッと通りがかったうみが、元気よく挨拶した。
「奇遇ですねっ。お散歩ですかっ?」
「そ。『散歩』」
答えたのは由稀。ぐぬぬと口元を引き結ぶエリスを他所に彼女が「そっちも?」と聞き返すと、うみは「探し物をしている」と答えた。
「このあたりで何か、踊るぬいぐるみと――」
言いかけて、エリスの格好に目がいく。うみは頭にΣマークを浮かべ、
「事件は解決しちゃいましたっ」
「…こんなところにいたのね」
ほぼ同時に、うみが現れたのと同じ方角からイシュタルが姿を見せる。だが更に、
「エリス。何処にいますか?」
不意に凛とした声が通路に響いて、エリス達は顔を向ける。現れたのは樒 和紗(
jb6970)。うみ同様、騒ぎを耳にしたらしい。
エリス達に気づいた彼女は歩み寄りながら心配しつつも、彼女のプライドを傷つけまいと気を回す。
「この学園は広過ぎますからね。俺もよく迷ったものです。でも、新入生は甘えて尋ねて良いのですよ?」
誰かに甘えるなど、考えた事も無かった。エリスが戸惑っていると、やはり騒ぎを聞きつけたリディア・バックフィード(
jb7300)が顔を見せる。偶然は続き――
「発見ー♪」
急に後ろから抱きつかれてエリスは慌てて首を向けた。そこにはレフニーの姿が。隣には都も居る。
(久遠ヶ原に着たばっかりで、迷子で一人ぼっち…不安だったでしょうに。でも、手を繋げば分かりますよね…貴女は一人じゃないって)
間近でじっとエリスを見つめていたレフニーはやがて身体を離すと、代わりに彼女の手を握ってやる。
――その手は、とても温かかった。
「そういえば正式に挨拶した事はなかったですね」
皆で歩きながら、リディアはエリスへと丁寧にお辞儀する。
随分と大げさな気がしたが、人間の社会ではこういうのも大事なのかもしれない。エリスもつられるように小さく頭を垂れた。
やがて正門が見えた時、彼女はハッと思い出す。買い物を頼まれていたのだ。
(別に歓迎会はいらないけど……)
おずおずと鍋の話を切り出すエリス。
それを聞いたうみは、難しい顔で考え込むこと約2秒。携帯でバイト先に連絡して休みを貰うと、にぱっと振り向く。
「行きますっ。ちゃんとエリスさんとお友達になるチャンスですしっ」
「ふむ…明日は特に何もないから飲み明かせるか」
由稀もメモ帳を開いて自らの予定を確認。異論は無いようだ。
「んじゃ買出し行こうか。量あるから人数欲しいところだけど…」
「よぅ、こんなところで何やってんだ?」
覚えのある声がして、一同が振り返る。立っていたのは、依頼から返ってきたばかりのディザイア・シーカー(
jb5989)。
由稀は、彼を含めた周囲の面子を見渡し――
「これだけ居れば充分ね」
頷くと同時に、なにやら学園内の風景にデジカメを向けていた和紗に気づいてその背を呼ぶ。彼女は短く答えてから一同に合流した。
●
「俺としてはカレー鍋を推す」
好きな具材を選んで良いと聞き、ディザイアが挙手。だがそこへ、ずいっと身を乗り出したのは都。
「でもとりあえず肉ですね、肉。肉さえ充分にあれば争いはおこらないはずです。大丈夫です、歓迎会なのは分かってます。主役にちゃんと肉を譲って私は他のもので我慢します。でもちょっと分けてくれたら嬉しいです」
「お、おう」と頷く一同を待たずして、都はスーパーの中へ。各自適当に散らばって必要そうな材料を見繕う事に。
「ところでエリスさんはお肉、鶏肉と豚肉どっちが良いですか?」
また迷子にならないようにと付き添っていたレフニーが尋ねる。
「私は水炊き鍋にして、エリスさん希望のお肉を使おうと思っているのですが」
「うーん……豚、かしら」
ふむふむー、と豚肉をカゴに入れるレフニー。次いで白菜、人参、椎茸と手に取り、昆布、柚子、ポン酢も棚からカゴへ。おっと水菜を忘れる所だった。
「どうかしら、この学園は」
ぽつりと呟いたのは、同じく付き添っていたイシュタル。学園生という肩書きに馴染めないと答えるエリスに、彼女は小さく頷く。
「私も最初は此処に馴染めなかったわ」
今は随分とマシになったが、昔は誰に対しても冷たい態度しか取れずに怖がられもした。できる事なら、エリスにはそうなって欲しくない。
「まぁ…この学園はお人良しが多いからきっと頼めば助けてくれると思うわ」
「……そうみたいね」
隣を歩く天使の横顔を、エリスはちらりと遠慮がちに見やる。そこへやってきたのは、都とディザイア。
都につれられて大量の肉を抱えていた彼は、すれ違いざま、ふとエリスに尋ねる。
「そういや、好きなぬいぐるみの種類とかあんのかね?」
「? そうね……たてがみがドーナツみたいになったライオンとか。前に商店街で見かけて、ちょっと可愛いって思ったりしたけど……急に何?」
「いや、まあ何となくな」
彼はそのまま都に引っ張られて再びどこかへと消えていった――……
●
バーに着くと、店の外にママが立っていた。帰りが遅いから心配していたようだ。
「ママさん、今回はこういう機会を設けて頂き感謝致します」
「あら、エリスちゃんのお友達?(野太い声)」
前に出て深々とお辞儀したリディアに、ママも礼を返す。
来てくれて嬉しいわ、と案内される一同。店内には――
「あらやだ、イケメン!(すごく野太い声)」
筋骨隆々の大男――もといオカマさん達が黄色い?声で歓迎してくれた。
ディザイアがあっという間に取り囲まれる。
「私キャサリンっていうの。キャシーって呼んで(ビッグボイス)」
「お、おう……」
撃退士顔負けの腕力で腕に抱きつかれ、赤子のように軽々と長ソファーへ連行されるディザイア。
「こ、個性的なバーなのですね……」
リディア達も他のオカマ達に手を引かれてテーブル席へ。
一方、許可を得て炊事場に立った和紗とレフニーが、鍋の下拵えを始める。
「良ければエリスも手伝ってくれますか?」
頷き、和紗に教えられながら包丁を動かすエリス。その横で、待ち遠しそうに昆布の出汁をとるレフニー。
「そーいえばジョブって何にしたのです?」
「インフィルトレイターよ」
「インフィですか…命厨の道は修羅の道。どうか、遭難されないように…」
「えっ?」
「うぇ、自分で作るんですか…?」
料理と聞き、苦手意識を露わにするうみ。
「じ、じゃあ私はドリンク担当で。もう1回スーパー行って買っ――」
「おお、ドリンク担当か。いいな。創作ドリンクってのも面白そうだ。酒は飲まねぇし、俺もそっちに精を出すかね」
言葉を被せたのはディザイア。逃げるなら今しかないと立ち上がり、カウンター内のキッチンへ。
「んもぅ、ディっちゃんのいけずぅ(ホラ貝ボイス)」
「創作……って、えっ? 自作ドリンク?」
あたふたと狼狽えるうみを他所に、彼はあれやこれやとジュースの種類を思案し始めた。リーゼも「果物ならある」と、冷蔵室から材料を持ってくる。
「うう、私の安全地帯が失われた〜?!」
どうしてこうなった。
ややあって、出来たジュースを自ら試飲するうみ。見た目は悪くないが、
「…味が考えてたのと違う〜」
眉間を押さえて涙ぐむ。それとは対照的に、ディザイアは見事な創作ジュースを次々と仕上げていく。
「ミックスジュースに近いが、美味いぞ。ママさんや(オカマの)お嬢さん方にもオススメだ」
「なんで。同じ物使ってるのに〜」
しかしめげる事無く試作品を飲み干すと、うみは新たなブレンドを模索して果物を絞り続けた。
準備完了。
水炊き、キムチ、カレー、海鮮トマト、果てはチーズフォンデュまで。鍋を囲む一同。
「えーと、乾杯の音頭は…ママさん?」
「せっかくなんだもの。レフニーちゃん達の方が良いんじゃないかしら」
言いだしっぺの法則。
「ではではー。エリスさん…いえ、エリスちゃんの学園所属と、私達の出会いに…かんぱーい!!」
グラスがキンと音を立てる。エリスは頬を赤くしながら、遠慮がちにその音に混じった。
グラスの中身はうみの謎ジュース。お味はと言うと……
「「うん、まあその……うん」」
テーブルの端にそっとグラスをよける。Σマークを浮かべたうみを、一同は慌ててフォローする。
対してエリスは、まだ手に持っていたそのグラスの中身を微妙に顰めたままの顔でじっと見ていた。
正直不味かったが、それでもうみが一生懸命に作ってくれたジュースである。エリスはごくりと息を呑んだ後、意を決してグラスの中身を飲み干す。
(マズ……)
ひくりと眉を揺らしたものの、何とか声には出さずに空になったグラスを置くエリス。そんな彼女の行動を見て、うみはうるうると目を潤ませながら彼女に抱きついた。
気遣ってくれて嬉しい、と。
エリスや皆が今そうしてくれたように、誰かを気遣ったり気遣われたりする事に負い目を感じる必要などないのだ。
一方、周りに小皿や調味料が足りているか配慮しながらせっせと手を動かしていたリディア。エリスはそんな彼女に声をかける。
「あまり食べてないみたいだけど、口に合わなかったとか?」
そんな事ないですよ、リディアは微笑む。
「どの鍋も美味しくて甲乙つけ難いですね……」
言いながら満遍なく皿に取る彼女の様子を見て、エリスの中でうみの言葉が符号する。
つまりリディアは今、良い意味で周りに気を遣っているのか。
リディアも含め、皆が楽しそうに鍋を囲んでいる空気を実感するエリス。そしてその時、1人この場に足りない事に気が付いた。ディザイアはどこに――
「よお、届いたぜ」
入口からの声に、全員が振り返る。ディザイアが子供1人分ほどもある大きな箱を抱えていた。
彼はエリスに手招きする。促されるまま近づいて箱を開けると、中には某ドーナツ型ライオンの巨大ぬいぐるみが入っていた。
「さっき買い出ししてる間に、皆でこっそりカンパし合ってな」
この時間に届けて貰うよう頼んでいたと言うディザイア。気に入ってもらえたかと尋ねると、エリスは箱からだしたそれをぎゅーっと抱きしめながら、
「わ、悪くない…かも……あ、ありがと……」
耳まで真っ赤になったのを隠すように、ぬいぐるみに顔を埋めていた。
終始賑やかな宴の席。しかし豊富に並んでいた具材に終わりが見え始めた頃。
イシュタルがエリスの隣に座る。
――スーパーで話した事を覚えているか。
「…私は今でも人付き合いは苦手だし友人が少ないのよ…。よければ、私の友人になってくれないかしら?」
不慣れな仕草で手を差し出すイシュタル。対して、エリスもぎこちない――しかし嬉しさを隠し切れない――動作で、その手を握り返す。
「…もしもの時は私が貴女を助けてあげる。…頼りないと思うかもしれないけど、ね」
「わ、私もあんた達が困った時は、その…助けに……」
あまりの気恥ずかしさに、ごにょごにょと語尾が掻き消えるエリス。
「いいと思います」
いつの間に隣に居たのか、都が同意する。
――せっかく学園に来たのだから交友を広めてみるのも良い。
「それに知り合いが居た方が二人組作ってと言われても困らなくてすみますし」
実体験ではないです。
ないですよ。
奇数だったから余っただけです
肉を頬張りながら別の鍋をつつきに立ち上がる都。そこへ、
「鍋はまだ終わらないのですよー」
言いながら、レフニーが〆の主食を取り出した。しかも『鍋汁うどん』から『おじや』という隙を生じぬ二段構えだ。
やんやと盛り上がりながら、鍋汁の中へ白物を放り込んでいく。
一方、キムチ鍋の残りから多めに取って、ひっそりとカウンター席へ移動していた由稀。酒と肴と煙草をゆっくり交互に味わいながら、〆時でも変わらずに賑やかな仲間達を眺める。
「たまにはこういうのも悪くないか」
くいっと傾けたグラスの中で、透明に光る氷がカランと小気味の良い音を立てた。
徐に、和紗がエリスの肩を叩く。
「俺のおさがりで申し訳ないですけど」
差し出されたのはデジタルカメラ。画面には学園の風景が写っていた。
「目印になりそうな場所を撮っておきましたから、迷ったら参考にしてください。それと……」
手を伸ばし、和紗がカメラを操作する。切り替わった画面には、皆で騒がしく笑い合いながら鍋を囲む今日の光景。
「楽しい思い出も増やしていって下さいね」
エリスは小さく口を開けて目を見開かせながら、頬を赤くしてじーっとその写真に魅入っていた。