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マスター:水音 流
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/03/12


みんなの思い出



オープニング

 代えの包帯が無い。

 エリスは包帯の下で疼く右目を気にしながら、人も疎な商店街をトボトボと歩いていた。
 気晴らしにキャンディでも舐めようとして、棒付きキャンディのストックも切らしていた事を思い出す。そういえば前の商店街での一件以来、一度も補充していない。

 ふと視線を向けた商店の一角に、駄菓子コーナーがあった。近くに店員の姿は無い。
 丁度良い。少しばかり拝借するとしよう。
 そう考えて、彼女は棚に並んだ商品に手を伸ばすが、

 ――あなたは、私のともだちだから。

「……」

 彼女は掴みかけていた商品から手を離すと、そのまま何も盗らずに商店街を後にする。

 人間の社会では、何か物を手に入れる為には貨幣が必要である事は知っていた。
 以前は、悪魔である自分がわざわざ人間のルールに従ってやる理由など無いと思っていた。だが今は……

 何となく――だ。

 別に空腹を満たす為にキャンディを口にしていたわけでも無し。
 代えの包帯についても、またどこかの廃病院で放置されているのを探せば良い。備品が残っているとは限らないが、最悪、事後調査で出入りしている警察がいなくなってから先日の廃病院に戻る手もある。

 そういえば、最初の商店街騒ぎの時に現れた撃退士の中に、微かに包帯の匂いのする竜使いの少女がいたな。
 最初に自分のことを友達と言ったのも、彼女だったか。

 砂糖菓子と包帯の甘い匂いがする、桃色の少女。

「ちっちゃくて可愛かったな……」

 呟いたエリスは、自らの口元に笑みが零れた事にも気付かぬまま、あての無い道を一人歩いた。


●作業員急募! 給与応相談。日払い可
 風通しの良い鉄骨姿で聳え立つ、デパートの建設工事現場。その入り口に張り出されていたチラシを見て、エリスは足を止めた。
 日払い……現金、か。それがあれば、新しい包帯もキャンディも気兼ね無く手に入る。

 彼女は入り口から、恐る恐る中の様子を覗き込む。
 金髪逆毛でピアスだらけの青年。チリチリのパンチパーマに茶色い丸サングラスの男。頬や額に切り傷のある赤毛の丁年。見事にヤンキーだらけだった。
 それに、居るのは大人ばかりだ。仕事場なのだから当然と言えば当然だが、やはり大人の人間はどうにも苦手だ。
 諦めて踵を返そうとした時、彼女は自分でも無意識の内にとある撃退士達の言葉を思い浮かべていた。

 ――話せばきっと、分かり合えると思うんだ。

 ――では一緒に行こう。

 ――いっしょに来る?

 カワイイもの好きの青年と、右目に眼帯をした天使。そして、咥え煙草に雑じって硝煙の匂いを漂わせた女性。
 その『大人』達は、どんな害敵とも知れぬ自分に対しても、優しく笑いかけながら手を差し出していた。

「……まあ、ちょっとくらいなら」
 お金も要るし。

 俯いていたエリスは、やがて意を決して建設現場へと入っていった。
 作業員達に指示を飛ばしている入り口近くの中年男性に、声をかける。

「人手を募集してるって表のチラシに書いてあったけど、誰に言えば良いのかしら」

 振り向いたその中年は、小柄でゴスロリ姿のエリスを見るなり怪訝そうに片眉を上げる。

「冗談だろ嬢ちゃん。ガキの遊び場じゃねえんだ。危ねえからさっさと帰りな」

 腕組みしながら一蹴する彼の態度にむっとしつつ、エリスはきょろきょろと周りを見渡す。
 ガラの悪い男達は広場の端に積み上げられた無数の鉄材を少しずつ担ぎ、仮組みされた足場を上って建物の中へと資材を運び入れている。

「これを運べば良いのね?」

 そう言って、積まれていた鉄材の束をひょいと持ち上げるエリス。それは、他の作業員達が2人がかりでもようやく運べるかどうかというほどの量。
 力が弱いと言っても、それはあくまでも天魔としての話だ。アウル能力者でもない普通の人間に担げる物が、彼女に担げないはずもなかった。

「おいおい、ほんとに冗談みてえな嬢ちゃんだな」

 現場監督であるその中年男性は、軽々と資材を運んでいくエリスを眺めながら嘆息する。

「おらお前ら何ボサっとしてやがる! あんなか細い嬢ちゃんが手伝ってくれてんだ。大の男がチンタラしてたら笑われちまうぜ!」

 監督の怒声が飛び、男達は雄たけびのような返事をすると、一層の気合と共に資材の山へと掴みかかった。


●昼前
「そろそろ休憩にするか。それにしてもあの嬢ちゃん、小せえくせしてよく働くぜ」

 心底感心しながら、仮設小屋の外壁に掛けられていた時計に目を向けた時――

「懲りねえガキだな、まったく」

 不意に男の声がして、監督は驚いて隣を振り返る。
 音符記号のネックレスをつけた白髪赤眼の青年が、鉄骨姿の建物を見上げながら立っていた。

「何だ兄ちゃん。作業員志望か?」
「おいおっさん。あのゴスロリチビが悪魔だって知ってて雇ってんのか?」

 青年は質問を無視して、逆に監督へと問いかけた。その言葉を聞き、監督は僅かに動揺の色を浮かべる。

「そうだよなァ。知ってりゃ呑気に仕事なんざしてねえよなァ」

 けらけらと笑う青年に、しかし監督はすぐに平静を取り戻す。

「種族なんざ知るか。働く気がねえんなら、さっさと出ていきな」

 そう言って、青年の肩に手を置いた瞬間――
 青年が発した目に見えない力場のようなものによって、10m以上もの距離を突き飛ばされていた。

「人間風情が、俺に触るんじゃねえ」

 資材の山にぶつかって蹲った監督に、近くに居た作業員達が慌てて駆け寄る。
 彼らがメンチを切って青年の方を振り向いた時、既にそこに彼の姿は無く、監督はよろよろと起き上がりながら指示を出した。

「嬢ちゃんが危ねえ。俺が行くから、お前らは学園に連絡したらすぐに避難しろ。絶対について来るんじゃねえぞ」

 異を唱えようとする部下達を振り払って、監督は未だ建物の中に居るエリスのもとへと急いだ――



 ――突然襲い掛かってきた白髪の青年に、エリスは反撃すら出来ずにねじ伏せられていた。

「だ、誰よあんた……」

 彼女は息を詰まらせながら問うが、彼は答えない。代わりに、

「悪魔のお前が人間の中で生きていけるなんて、本気で思ってんのかよ?」
「そ、それは……っ」

 片手でエリスの首を締め上げる青年。その言葉は、エリスの心を酷く揺らしていた。

「うおぉらあ!」

 不意に、青年の背後から鉄パイプを手にした監督が飛び掛かった。力任せに振り下ろした鉄棒はしかし、青年の身体をすり抜けて地面を叩く。
 突然の乱入に驚くエリスを尻目に青年は至極面倒臭そうにその鉄棒を踏みつけ、監督の上に彼女を投げつけた。
 ぶつかりあって地面に転がり、小さく呻く2人。

 青年は魔力を帯びた鋭い指先を振り、吹き抜け作りの上階からぶら下がっていた資材のワイヤーを切断。直後、支えを失った大量の鉄材が遥か上空から降り注ぐ。

 エリスは咄嗟に立ち上がり、監督の上へと身を被せていた。

「ほらどうした、透過すりゃあ簡単にいなせるだろ? まあそんときゃ、そこの人間がペシャンコになっちまうけどなァ!」

 彼を庇ったまま、大量の資材の下敷きとなるエリス。

「……馬鹿が」

 最後まで人間を守るのを止めなかった彼女に、青年はつまらなげに舌打ちをして2人の埋もれる瓦礫の丘を見つめる。
 待機させていた人狼3体を呼びつけ、

「透過すんなよ。せいぜい甚振って遊んでやれ」

 残った作業員達を掃除しておくよう命じた後、彼は現れた時と同じようにふっと姿をくらませた――……


リプレイ本文

 小次郎の抱っこに挑戦しようとしていた所で斡旋所内に緊急放送が流れ、ディザイア・シーカー(jb5989)は天井のスピーカーを見上げる。

「何だ、緊急の仕事か? いけると思ったんだが間が悪かったな」

 仕方ない、急ぐとしよう。
 他にもロビーに居合わせた7人の学園生が放送を聴きつけ、一同は飛び出すように現場へと急行した。


●工事現場
 翼を広げたイシュタル(jb2619)とディザイアが、上空を飛びながら辺りを見渡す。
 眼下では、3体の人狼がバラバラの位置で作業員達を襲っていた。

 壁も天井も無い吹き抜け状態の上層階に1体。中層階に1体。地上の入口広場に1体。そしてその人狼達に対して、作業員達は無謀にもただの鉄パイプで殴りかかっている。

 明らかに脅威足りえない作業員達を弄んででもいるのか、人狼は透過するでもなく相手の攻撃を棒立ちして受けながら、時折その爪を振るって作業員を威嚇している。
 相手を舐めきっている敵の態度が幸いして、作業員達にはまだ負傷者は出ていないようだが……時間の問題である事は明白だ。

 グループ通信を繋いだ懐の携帯越しに、イシュタルが俯瞰した位置情報を仲間に伝える。
 通報にあった監督とお嬢と言うのがいったいどれなのかまでは判別できなかったが、どうも作業員達は上層へ向かおうとしているようだ。
 そしてその上層では、既に辿り着いていた数人の作業員と、それを襲う人狼。そして階の中心に、崩れた資材の山。

 まさか生き埋めに?

「避難や救助は任せた、俺は先に敵を押さえに行く」

 隣を飛んでいたディザイアは、地上班から最も遠い上層ポイントめがけて急降下した――……


 正門から入って地上を駆ける6人。
 イヤホンから流れるイシュタルの声を聞きながら、樒 和紗(jb6970)は人狼の1体を視界に捉え、間髪容れずに弓を引いた。

 作業員達の隙間を縫って飛来したアウルの矢が、振り上げられていた人狼の右手を貫く。光輝の魔力を帯びたその一矢は凄まじい衝撃で以て、貫いた右手ごと敵の巨体を大きく後ろに押し飛ばす。

 次弾を番える彼女の視界で、しかし人狼は現れた撃退士になど目もくれずに再び作業員達に近づこうと身を起こす。

 ――単一の命令に縛られている。廃病院の時の個体と同じ習性か。

「わ、私だって、1匹くらいならっ!」

 瞬間、人狼と作業員達との間に躍り出たのは青鹿 うみ(ja1298)。明らかに苦手意識を含んだ声色で、懸命に魔具を翳す。
 装飾のストラップからアウルの糸が展開し、人狼の足を地面へと縛り付ける事に成功。

「撃退士か!? 監督とお嬢がヤベエんだよ!」

 鉄棒を構えたままの作業員達が、うみに掴みかかりそうな勢いで捲くし立てる。自分達が助けに行くから敵の足止めを頼む、とまで言い出した。

「お二人が心配なのは分かります。ですが護るべき人が多いと、その監督とお嬢が危険に晒されるのです。ここは俺達に任せて頂けませんか?」

 和紗は、言いながら再度矢を放つ。それは敵の眉間を狙った一撃だったが、うみの糸で足を止められている人狼は咄嗟に顔の前で両腕を重ねて防御。

 他の2体も、まだ活動を停止していない。脆弱な一般人を庇いながらの戦闘はリスクが大きすぎるのだ。
 6人の言葉に作業員達は苦々しげに顔を歪ませると、やがて――

「『助けられませんでした』なんて事になったら、タダじゃおかねえからなコルァ!」

 巻き舌でメンチを切りながら、指示に従った。
 護衛も兼ねて、リディア・バックフィード(jb7300)が彼らを正門付近へと誘導する。その際、彼女は作業員から監督とお嬢は上層に居るはずだと聞かされ、その情報は携帯を通じて他の7人の耳にも届く。
 だがその直後、手足に絡みつく糸を引き千切るようにして振り払った人狼が大きく吼えた。

 眼前の撃退士を無視して作業員のもとへ駆け出した人狼に、うみは咄嗟に術を射掛ける。焔風を纏った扇子が脇を抜けようとした人狼の横っ面を張り飛ばすと同時に、靄のように濃い視覚障害を引き起こさせる。

 一切の視界を奪われ、人狼は思わず足を止めた。長く伸びた鼻先をスンスンと動かし、臭いによって作業員達の位置を探ろうとするが、そこへ撃ち込まれる一筋の雷撃。
 脳髄へと響いたリディアの攻撃で、人狼は大きく痙攣してその場に蹲る。

 そしてその眉間に、和紗の矢が今度こそ深々と突き刺さった。


 ――中層階。
 同僚達を上層へと辿り着かせるべく囮役を買って出ていたその作業員は、鉄棒を武器に単身で人狼へと挑んでいた。
 頭や首筋を狙って全力で鉄棒を叩きつける。だが土木作業で鍛えたその腕力も、人の域を外れた天魔相手では無力に等しい。まるでコンクリートを殴っているかのような硬い――しかし明らかに効果の無い――手応えに、作業員は何度も悪態をつく。

 それまで無抵抗だった人狼は目の前の人間に飽きたのか、唐突に爪を振って作業員の手から鉄棒を弾き飛ばと、その大きな足をずいっと前へ踏み出して全身で作業員を威圧する。
 思わず後ずさる作業員だったが、すぐに外周付近まで追い詰められて身動きが取れなくなった。

 まだネットすら張られていない風晒しの鉄骨建造物。その外縁ギリギリに立たされ、踵は既に半分空中にはみ出している。
 相手の窮地を理解するだけの知能があるかも怪しい人狼は、火の灯った蝋燭を吹き飛ばすかのように大口を開けて吼えた。

 足を踏み外し、遥か階下へと真っ逆さまに落下していく作業員。

 しかし次の瞬間、彼の身体はほんの僅かな衝撃の後、下方向では無く横方向へフワリと移動していた。

「無茶しすぎよ」

 空中で作業員をキャッチしたイシュタルは、彼を抱えたまま外周付近の鉄骨の陰へと身を隠す。口を開きかけた作業員を制し、抗天魔陣を展開。
 息を潜めて上階の様子を窺うと、先程の人狼が外縁から首を伸ばして階下を覗き込んでいた。

 落下したはずの人間の死体が見当たらない。
 人狼はスンスンと鼻をひくつかせるも、対象の気配を感じられずに小首を傾げる。

 まあいいか、と。獣程度の知能しか持たないその怪物は、もはや自分がいま何を探していたのかすら朧げになりながら後ろを振り返り――

 刹那、眼前に1人の撃退士が迫っていた事にようやく気がついた。

 気配を殺して人狼へと接近していた鷹代 由稀(jb1456)は、反射的に振り回された爪を掻い潜ってするりと身を絡め、アウルの鋼糸を人狼の首に引っ掛ける。
 直後、そのまま外縁から飛び降り、自重と落下の速度を利用して一気に敵の首を引き刎ねていた。

 『支え』を失って落下する中、由稀はワイヤーを適当な鉄骨に絡めて振り子のように最寄の階層に着地。
 煙草を咥えて火を点けると、乱れた前髪に手櫛を通しながらふーっと紫煙を吐き出した。


 ――上層階。
 2体の人狼をやり過ごして何とか辿り着いていた数人の作業員。しかしそこにも待ち構えていた1体を相手に為す術も無く、監督とエリスが下敷きになっている資材の山を前に、ただただ気持ちばかりが焦っていた。

 一向に有効打を放てないこちらの攻撃に飽きてきたのか、人狼の鼻筋に刻まれたシワが徐々に深くなっていく。
 殴りかかってきた作業員の鉄棒を軽々と弾き飛ばしたその人狼は、獣そのものといった唸り声を発しながら五指の切っ先を揃えて大きく爪を突き出し――

 ドカリ、と。

 人狼の尖爪は、急降下してきたディザイアによって勢いよく地面に叩きつけられていた。
 着地の寸前でくるりと1回転して振り下ろした踵で人狼の爪を叩き落とし、続けざまに逆の足で突き蹴りを放って人狼を向こう側へと押しやる。

「すまんが、先ずは俺の相手をして貰うぜ?」

 口の端を吊り上げて笑うディザイア。しかし人狼は、撃退士には興味無しといった様子で尚も作業員達を凝視していた。
 そこへ、仮組みされた足場を上ってきたRehni Nam(ja5283)と天辻 都(jb8658)の2人が駆けつける。

 それでも頑として標的を変えない人狼。

 人狼は、背後に現れたレフニーと都の事も作業員達との間に立つディザイアの事も一切気にかけず、一直線に作業員達へと襲い掛かった。
 大きく振りかぶられた敵の拳を、割って入ったディザイアが脇に抱え込んで押さえつける。

「つれねぇなぁ…もっと殴り合おうぜ?」

 敵がこちらを狙ってこない以上、間合いを離すと面倒だ。
 ディザイアは左脇で敵の右腕を押さえ込んだまま、空いた右拳を敵の胴体に叩き込む。アウルを纏った彼の剛拳に人狼はくぐもった悲鳴を上げ、流石に無視できなくなったのか――しかしその瞳は作業員達を捉えたまま――、お返しとばかりにディザイアの右脇腹にブローを捻じ込んできた。

 巨躯に比例した重い一撃にディザイアは一瞬息を詰まらせるが、すぐに口端に獰猛な笑みを浮かべると、お互いに掴み合ったまま荒々しい拳の応酬を繰り広げた。

 その間に、レフニーと都は瓦礫付近で集まっている作業員達へと駆け寄る。
 すぐに避難させたいところだが、揃ってぞろぞろと下層まで移動させている暇は無い。より早く安全に彼らを敵から遠ざける為には――

「ディザイアさん!」
「おうよ!」

 レフニーが叫ぶ。
 意図を察したディザイアは強く頷き、体当たりするように人狼へと肩を押し当てる。そのまま敵を外縁から突き落とし、自身も一緒に落下しながら空中で敵と拳の応酬。地面に衝突する瞬間、下側に敷いた敵の鳩尾に一際強く拳を突き立てる。

 轟音が爆ぜ、立ち込める砂塵の中でむくりと身を起こす1つの人影。

 大きく抉れた地面の真ん中で人狼を見下ろしながら、ディザイアは自らの肩に乗っていた土をパタパタと手で払い落とした。


 敵は遠ざけたが、まだ終わっていない。一刻も早く瓦礫を除去して監督とお嬢を助けなければ。
 レフニーはまず、探知スキルを使用して2人の生命反応を確認する。もし手遅れだったら、と僅かばかり恐怖しながらアウルを練り――

 瓦礫に隔たれたその空間に2つの反応を感知して、ほっと胸を撫で下ろした。
 だが問題はここからだ。

「慎重に、でも素早くですね」

 隣にいた都が言う。
 適当に動かして更に潰してしまうなんて事になっては洒落にならない。更に彼女は、そもそもこの資材の山はどうやって落ちてきたのかが気になっていた。

 ――人狼が暴れたことによる事故? もしも故意に落とされたものだとしたら、嫌な話だが……

 いや、今はとにかく2人を救出するのが先か。

(手遅れになってからでは何の意味もありませんから)

 都は頭上を仰ぎ、他に落ちてきそうな物が無いかを確認。対してレフニーは、作業員達に指示を仰いでいた。
 戦闘であれば一般人である彼らは戦力外に他ならなかったが、土木作業ともなれば立場は完全に逆転する。
 力を加えた際の応力がどうとか、そんなのは自分には分からない。腕力に物を言わせて適当に掴みかかるより、専門家である彼らの指示に従った方が確実だろう。

 とりあえず言われるままに、付近に散乱していたジャッキやら手動ウインチやらを掻き集めるレフニーと都。と、その時――

『むう……誰かいるのか……?』

 瓦礫の中から、男の呻き声が聞こえてきた。

「「監督! 無事ッスか監督!」」

 作業員達が一斉に瓦礫へと詰め寄る。

『おう、嬢ちゃんのおかげでな。右足の骨はいっちまってるみてえだが……我ながら情けねえ』
「お嬢は! お嬢は大丈夫なんスか!」
『気ぃ失っちまってるみてえだが、命に別状無さそうだ。見えてる分には、ヘボっちまった俺と違って怪我もしてねえ。ほんとに大した嬢ちゃんだぜ』

(ん、お嬢のその頑丈さは天魔かアウル覚醒者でしょうか?)
「骨折してるとなると、下手に治癒魔法はかけない方が良さそうですね」

 内心で首を傾げた都の横で、レフニーが告げる。
 骨折状態で細胞を活性化させると、骨が曲がったまま繋がってしまう可能性がある。1秒を争うほどの重傷であればそんな事も言っていられないが、この様子ならばすぐに掘り出してやれば手当ても充分間に合うはずだ。

「痛いでしょうけど、もう少し辛抱してください」

 男の子でしょ、と。少し緊張の解けた調子でレフニーが言うと、瓦礫の中から苦笑混じりの吐息が洩れてくる。
 やがて階下の敵を排除した和紗達や他の作業員も合流し、一同は慎重に瓦礫の撤去を進めていった――……



 エリスはゆっくりと意識を取り戻した。見覚えの無い人物達が、自分を見下ろしている。

 ――いや、2人ほど覚えがある。

「お嬢は…貴女でしたか」
「廃病院以来ね。元気そうで何よりだわ」

 和紗がエリスの顔を覗きこみ、由稀はふーっと煙草の煙を明後日の方向へ吐きながら軽口をきく。

「笑えないわよ、その冗談……」

 身体の軋みに眉を顰めたエリスは、ハッと思い出して上体を起こす。

「監督は!?」

 問いかけに応じ、和紗達の後ろから部下に肩を借りた監督が顔を見せる。その右足には副木代わりのレンチが巻かれているが、他に目立った外傷は無い。

 良かった。
 そう言おうとして、しかしエリスは咄嗟に口を噤んだ。

 ――人間の中で生きていけるなんて、本気で思ってんのかよ?

 白髪の青年に言われた言葉が心の奥に突き刺さる。
 その通りだ。悪魔は人間の敵。彼らが負傷したのだって、元はと言えば自分がここに居たせいである。

 独り俯くエリスだったが、

「ありがとよ」

 不意に、監督が言った。お前のおかげで助かった、と。
 エリスは目を見開いて顔を上げる。
 監督はその視線を促すように、傍らに立つリディア達を見た。

「事情は聞きました。監督さんの男気は素晴らしいです」

 確かに、偏見を持たずに誰かと接するのは困難だ。

「そして怪我してでも監督さんを護る貴女が人類の敵のはずがありませんよ」

 だが、必ず理解し合えると信じている。

「貴方は身を挺して監督さんを守ったんですね。偉いですね、そう簡単にできることじゃありませんよ」

「あなたのお陰で、この程度で済んだのですっ。ありがとうございます、ですよっ」

「皆、良い方々ですね。貴女を含め。俺には多くを語る必要はないように思えます」

 口々に、そう告げる。
 呆けるエリスの前で、由稀が膝をつく。

「一緒に来なさい」

 今回は、『来る?』ではなく。

「怪我が治った後で、出てくか残るかは好きにすればいいわ」

 そう言って手を差し出す由稀。


 ――話せばきっと、分かり合えると思うんだ。

 ――そう。友達だよ。


 エリスの目に、涙が溜まっていく。

 ――ああ、そうだ

 ぼろぼろと零れ落ちる雫を取り繕う事もなく、

 ――そうしよう

 やがてその涙は大きな声となって、



 ――この世界で、生きていこう



 エリスは由稀の手を越えて彼女そのものにガバッと抱きつき、わんわんと子供のように泣きじゃくった。
 胸の中で、ズビーっと鼻をかむ音が響く。

「ちょっ」

 由稀は慌てて胸元に顔を埋めるエリスを見るも、やがて諦めたように頬を掻いて紫煙を吐き出した。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 星に刻む過去と今・青鹿 うみ(ja1298)
 Rapid Annihilation・鷹代 由稀(jb1456)
 金の誇り、鉄の矜持・リディア・バックフィード(jb7300)
重体: −
面白かった!:8人

星に刻む過去と今・
青鹿 うみ(ja1298)

大学部2年7組 女 鬼道忍軍
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Rapid Annihilation・
鷹代 由稀(jb1456)

大学部8年105組 女 インフィルトレイター
誓いの槍・
イシュタル(jb2619)

大学部4年275組 女 陰陽師
護黒連翼・
ディザイア・シーカー(jb5989)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプA
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
金の誇り、鉄の矜持・
リディア・バックフィード(jb7300)

大学部3年233組 女 ダアト
撃退士・
天辻 都(jb8658)

大学部2年185組 女 インフィルトレイター