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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/14


みんなの思い出



オープニング

●残暑の大宮駅
 悪魔ジュルヌは暑さに辟易していた。
 私室代わりにした駅務室はエアコンで涼しくできるが、外は相変わらず暑い。
 かといって涼しい部屋に引きこもっているわけにも行かない。『ジルガイア家の荘園』となったこの場所を、家令たる彼は守らなくてはならないのだ。

 大宮駅が悪魔に占拠されてから三ヶ月。およそ二千五百人の人質を内包したその場所にはゲートが開かれ魂の搾取が始まって……いなかった。制圧地域の周辺をディアボロがうろつき人間の交通を妨げているだけという、中途半端な状態が続いている。

 理由は簡単で、ゲート主となるべきアルファール・ジルガイア(jz0383)がエンハンブレに行ったまま帰ってこないのだった。
 友人の妹を送って、ついでに負傷も癒してもらってくる……そう言って出かけたきり三ヶ月。ジュルヌが戻ってくるよう急かしても、なしのつぶてである。
 今日もジュルヌは、使い魔が持って来た主の手紙を見て顔をしかめていた。

『……この前エンハンブレの甲板に大穴を開けたのがべリアル様にバレちゃって、すごく怒られました。幸せすぎて気が遠くなるかと思ったよ。僕に直せと言っても無駄だろうからって、代わりに毎日甲板にモップをかけろって命令されたので、しばらく戻れません。あと宰相殿の持っているはずの会員番号1の会員証を何とか僕のものにしようと思っているので忙しいです。隙が無くてなかなか近寄れないんだけど、頑張るから応援してね!』

 ……読むとイラッとした。相変わらず、やる気がないことこの上ない。自分が苦労してこの場所を維持しているのに、アルファールと来たらほぼ遊んでいるとしか思えない。
 子供の時からそうだった、勝手気ままなアルファールの尻拭いをするのはいつも自分の役。本人がいれば文句の一つも言えるが、いないとただただストレスが降り積もるばかりである。

 地上三百メートルの空挺はさぞかし涼しかろう。そう思ってから、あわてて気を引き締め直す。
 主がダメなのは分かっていること。その分、自分がふんばってこの場所を維持しなければ。水戸で魔力を無駄遣いさえしなければ自分がゲートを開いたのだが、後悔は先に立たない。今できることを全力でやるしかない。

 人質たちの様子を見るため、午後の巡回に出かけようか。そう思った矢先の出来事だった。
 彼の家畜たちがやって来て、乱暴に部屋のドアを叩いたのは。


●緊急事態
 大宮駅構内に残された一人、井上浩二は人質仲間たちとテレビを見ていた。

 人質たちの生活はおおむね平穏なものと言っても良い。逃げようとさえしなければジュルヌは寛大だったし、如何なる理由か未だに魂が搾取される様子もない。
 だからと言って心まで平穏であるはずはなかったが。生殺与奪は悪魔の手に握られているし、見知らぬ人々との共同生活は気づまりなことも多い。
 
 ジュルヌが人界に不案内であるため困ることも多かった。悪魔が支配しているのは駅舎と駅ビル、駅前のいくつかの商業施設だ。着る物や当座の食べ物は何とかなったが、寝具は人数分そろわない。
 布団の取り合いで、かなり深刻な争いが起きそうになったこともあった。

 そんなことから、人質たちの中にまとめ役のような存在が生まれた。この状態で何とか生きていくための算段を付け、人質たちの意見を取りまとめ、悪魔と交渉してそれを了承させる。おおよそそれが仕事だ。 

 『班長』と呼ばれるその存在の中で、井上は中心的役割を果たしている。
 人々の不満は多く、今は穏やかに話に応じる悪魔もいつ残忍な本性を現すとも知れない。損なばかりの仕事だが、誰かがやらなくてはならない。そう思って働いてきた。
 日々、ニュース番組を眺めては『いつか助けが来るかもしれない』という僅かな望みにすがる。そんな日々が続く中。

「井上さん、大変だ」
 比較的高齢の男性のグループをまとめている班長が、顔色を変えて彼のもとにやって来た。
「うちの班で人が倒れた。今、中原先生に診てもらっているが状態が良くない」

 井上も顔を引き締めた。暑さが続く中での人質生活……いつかはそんなことが起こるのではないかと懸念していた。
 すぐに病人のところに急行する。ぐったりした男性の横で、貴重な医師免許保持者である中原が忙しそうに働いていた。

「井上さん。この人、病院に運んだ方がいい」
 中原は井上の顔を見て口早に言った。
「ここでは診断がつけられないが、命にかかわる疾病の可能性もある。早い方がいい」
「病院か」
 井上の口調は苦い。駅を出て、そう遠くないところに大きな病院はある。ホームに下りて端まで歩けば、建物が見える距離だ。

 それなのに……今はその距離があまりに遠い。

 病人を囲み、井上と中原、班長の三人は沈黙する。 
「……悪魔は俺たちを見殺しにするべえか」
 班長がこぶしを握り締めて呟く。
「分からん」
 浩一は言った。
「だが、とにかく話してみなければ。病院はあるんだ、すぐ傍に」


●電話
 話を聞いたジュルヌは仰天した。彼にとってここにいる人間たちは大切な『ジルガイア家の財産』である。一人たりとも損なうつもりはない。

「その、ビョウインというところに連れて行けば治るのか?」
「分かりません。ですが、このままでは回復は望めません」
 という中原の言葉に、
「分かった、私が連れて行こう」
 と飛び出しそうになるジュルヌを井上は止めなくてはならなかった。

 冥魔に占拠されたこの場所は警戒されているはずだ。そこから悪魔が翼を広げて街中に出たりすればそれだけで騒ぎになる。戦闘になるかもしれない。
 そうしている間に、病人は手遅れになってしまうかもしれないのだ。

「それにあなた、病院の場所をご存じないでしょう」
 そう言うとジュルヌはしゅんとする。
「じゃあどうすればいいんだ」
 という悪魔に、井上は救急車での搬送を提案した。ジュルヌが協力を確約し、相手が納得してくれればそれが実現する。

 救急車のシステムについて説明されると、ジュルヌは即断した。
「分かった、それを呼べ。私が迎えに出る。ディアボロに襲撃はさせない」
「では電話をお借りします」
 人質たちの携帯電話は没収されたが、占拠地域のあちこちにある固定電話はほとんどがそのまま利用できる。

 井上は急いで受話器を取る。後は救急側を納得させるだけだ。どうか来てくれと、祈る気持ちで番号を押した。


●久遠ヶ原斡旋所
「はい、久遠ヶ原学園です……はい?」
 電話を取ったアルバイト、坂森 真夜(jz0365)は眉をひそめた。
「えっと待って下さい、ちょっと相談します」
 通話を保留にし、正職員の越野理沙を呼ぶ。

 『大宮駅の人質』を名乗る人物からの依頼は、異様なものだった。
 駅舎内の急病人を病院へ搬送したい。悪魔の同意は得ているが、救急側が占領域内への立ち入りを恐れている。
「撃退士が護衛してくれるなら救急要請を受ける……ということのようです」

 越野も眉間にしわを寄せる。病人の状態は悪いらしい。迅速な対応が必要だろう。
「分かった、依頼を受けましょう」
 彼女は決断した。
「近くにいる撃退士を集めてちょうだい。ついでに大宮駅の現状偵察が出来るかもね」


 



リプレイ本文

●占拠地域へ
「大宮が無事(?)って事は……アルちゃんまだ船から戻ってないんだ」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は苦笑した。ケッツァーの本拠でアルファールの姿を見かけたのも、もう一月以上前になる。
「こっちとしては根回し出来て助かるけど。このまま連れてかれる訳にはいかないしね……特に女子」(真顔)

「巧く立ち回りゃ……大宮駅開放の下拵えが出来るかもしンねー」
 大宮駅の見取り図と、構内が映っている動画を確認しながらヤナギ・エリューナク(ja0006)はニヤリと笑った。
「あのジュルヌの性格、だしな。ヤツは搬送に付きっ切りだろーし……チャンス、か?」

 巫 聖羅(ja3916)は借り出した救急隊員服や担架を確認をした。撃退士が来たと分かれば人質たちに動揺が走る可能性がある。騒ぎを起こさないために四人が制服を着て救急隊に扮した。ヤナギと佐藤 としお(ja2489)のみが偵察を担当するため平服である。

 着替えた後は互いの携帯番号やアドレスを交換、定時連絡の時間を決める。
 ファーフナー(jb7826)は人質たちのリーダーである井上と連絡を取った。自分たちが到着するまでの間に各班長を招集し、病人搬送のルートから他の人質を遠ざけてもらうよう頼んでおく。

 一方、龍崎海(ja0565)は学園を通じて撃退庁に連絡を取っていた。病人が入院になった場合、代わりの人質を用意してもらえないかと打診していたのだ。撃退士か、そうでなくても非常事態に慣れた人物を潜入させられたらいざという時も役立つはずだ。
 だが残念ながら返事はノーだった。人選をするにも潜入計画を立てるにも時間がなさ過ぎた。


●準備
 人間の生活域と悪魔の占領地域を隔てるゴーストタウンはここにも存在する。放棄された街路を抜けると駅ロータリーの少し外側に、いつもの執事姿でジュルヌが待っていた。後ろに立つ中年男が井上か。

「えっと。ジュルヌさん、だったかしら? 私は巫 聖羅。とりあえずは宜しくね」
 聖羅が挨拶すると、
「また会ったな」
 としおも前に出た。彼はいつもの彼ではない。この悪魔の前では『死んだ兄(自分)の復讐に燃える弟』(設定)なのである。
「お前は忠勇の士の弟! 来てくれたのか」
 ジュルヌの方でも覚えていたようだ。
「勘違いするな。お前たちに関わるのは兄貴の仇を討つためだ」
 ……会うたびに設定が増えている気もする。

 少し離れた場所に人影らしきものが見える。武装しているのでディアボロだろう。
「あれって梅園の時と同じディアボロ?」
 ジェンティアンがストレートにたずねた。
「アルファール様は、あれでないとお気に召さなくてな……」
 ジュルヌはため息をついてから、
「お前、あの時のことを知っているのか」
 とたずねたがジェンティアンは華麗にスルー。

 その隙に聖羅は素早くデジカメのシャッターを押し、領域内の様子を撮影する。
「何か音がしたか?」
 ジュルヌは首をかしげたが、幸い以前にデジカメを触った時の作動音は覚えていない模様。相変わらずチョロい。

 ファーフナーは井上に声をかけた。
「少ないが役に立つだろうか」
 ここに来るまでのわずかな時間に手に入れて来た食料と医薬品を見せる。分量にすれば数人分だが、その心遣いが嬉しかった。井上は感謝して受け取った。

 数分で駅構内に着いた。一行は患者のいる駅ビルへ向かう。
「田中さん。撃退士さんが来てくれたよ」
 横たわった男が弱々しくうなずいた。付き添う中原医師と周囲にいる各班長が撃退士たちに挨拶をする。

 医学生の海が中原に手伝いを申し出た。
「ありがとう、助かります」
 医師は感謝して頭を下げた。一方、ジェンティアンはジュルヌの前に立つ。
「ジュルヌちゃん、一緒に行きたいんだって?」
「当然だ。私には責任があるからな」
 うなずく悪魔。

 その言葉にジェンティアンはにたりと微笑んだ。
「じゃ……はい脱ぐ!」
 ジュルヌに襲い掛かり上着をはぎ取る。
「悪魔が一緒とか隊員さん怖がるじゃん。変装するんだよ。着替え用意してきてあげたから」
 真面目な顔で説明。
「やめろ。人間の服など着られるか」
 抵抗しようとするジュルヌに、
「それもあなたの務めでは? 領域内で混乱は無くとも、外に出れば天使勢に撃退士……何処に居るか分かりませんから」
 という声が。ヤナギである。

「お手伝いしましょう」
 後ろからジュルヌを羽交い絞めにした彼は、口調も服装も普段とはガラリと変えている。
 彼もこの悪魔たちに関わると毎回変装しているような気がする。今回はエリートスーツに白衣でインテリ風の装いだ。

 仕事のためと言われると強く出られないジュルヌ。だまされるな二人は明らかに遊んでいる!
 ジュルヌが剥かれている間に、としおは井上や各班長から話を聞き出した。人質たちは駅ビルなど周辺の大型店舗に分散して暮らしているそうだ。ファーフナーは簡単な地図を書いてくれと頼んだ。


●搬送
「はい記念撮影」
 着替え終わったジュルヌの姿を、ジェンティアンはデジカメに収める。
「このような姿……アルファール様にお見せできない」
 スニーカーにジーンズ、派手なベルト。『なるほど、面白い』と描かれたTシャツに眼鏡。鏡を見たジュルヌはアキバ系に変身した自分に驚愕。ヤナギは後ろで声を殺して笑っていた。

 聖羅は持って来た担架を広げた。男性陣が田中をその上に運ぶ。
「では私は先方に患者の病状を伝えて来ましょう。向こうも準備がありますから」
 笑い終えたヤナギはそう言って、その場から姿を消す。
「俺は残って他に病人がいないか確認する」
 としおも言った。どちらも偵察の口実だ。

「病人を増やさないよう必要な物資の調査を行うためだ」
「病気予防には状況調査と対応が必要なんだよ」
 ファーフナーとジェンティアンも言葉を添える。ジュルヌが納得すると、ジェンティアンは中原に病人への付き添い、井上達にとしおの案内を依頼した。

 担架はゆっくりと動き始める。後に残る人質たちの視線を背中に感じながら、聖羅はぎゅっと唇を噛みしめる。
(ごめんなさい。今の私達に皆は救えない。――『その時』が来れば、いつかきっと……!)
 『その時』はそう遠い未来では無い筈。それは今を耐え忍ぶ人質たちへの言い訳にはならないかもしれないけれど、『今』でなければ救えない命もある。
 人質全員を今すぐ救い出したい衝動を必死に堪え、彼女は今の自分の務めに集中した。

 根回しのおかげで搬送ルートに人の姿はない。海は途中で足を止め、近くの建物へ向け『生命探知』を使用した。ジュルヌには『患者の容体を知るため』と言ったが、実際は敵の配置や建造物内の情報収集のためだ。
(実際に生命を探知するわけだし、容態についても役立てる可能性が全くないこともないんじゃないかな)
 そんなふうに思っていたのだが、
「どうして病人と離れた方向にまで魔力を飛ばすのだ?」
 とジュルヌに聞かれた時はぎくりとした。

 撃退士たちの間に緊張が走る。と、
「冷たっ?!」
 ジュルヌが首を押さえて奇声を上げた。ジェンティアンが首の後ろに冷却シートをぺたりと貼ったのだ。
「汗かいてるし暑そうかなって」
 悪魔の怒りをジェンティアンは笑顔で流す。

「それよりジュルヌちゃん。言い忘れていたけど、救急隊や病院の人の前では口きかないでね」
「何故だ!?」
 ジュルヌは怒鳴る。ファーフナーが淡々と説明した。
「病院関係者に駅を占拠した悪魔が来ていると知られれば騒ぎになる。治療が受けられず病人が助からなくなる可能性があるが?」

 ジュルヌは悔し気な表情をしたが、渋々うなずく。
「分かった。おとなしくしていればいいんだろう」
 『生命探知』のことも忘れたようだ。全員内心で息をつき、再び歩き始める。聖羅はジュルヌの挙動に気を付けておくことにした。

 やがて再びディアボロが警備する境界線にさしかかる。
 万一襲撃されても対応出来るよう心構えをしながら、彼女は辺りの様子を目に焼き付ける。……ディアボロは今のところ、境界線付近でしか見かけていない。

 廃墟の先で救急車が待っているのが見えた。万一ディアボロが暴走した時は制止するよう、ジェンティアンはジュルヌに念を押す。
「正体はバレないようにね」
「分かった分かった」
 少し不安な言い方だったが、幸いディアボロが彼らに向かってくることはなかった。


●偵察
 ヤナギは『無音歩行』と『遁甲の術』を使い分け慎重に移動していた。
 彼はジュルヌと何度か接している。まっすぐな人柄という印象だった。だからディアボロの配置にも動きにも何らかの法則性があると踏んでいた。

(今後の一歩の為に情報収集しとかないと、な)
 敵の居場所を探り見取り図に落としていく。ディアボロの多くは制圧地域の外周に配置されているようだ。
 人質たちにも会わなかった。班長達の指示でおとなしく閉じこもっているようだ。無用な混乱を招かずにすみそうだった。

 その後で無人の駅務室に侵入する。ジュルヌの私室となっているそこは、小ざっぱりした印象だった。奥の一番大きな机の上からはパソコンや電話機と言った機器が取り払われている。来客用のソファーには人が寝起きしている痕跡があった。

 監視カメラの管制装置を探す。装置は生きていた。
 記録媒体を持ち帰れないかと思ったが、ハードディスクに記録するタイプだった。代わりにとヤナギは装置の前に座り込み、何やら作業を始めた……。


 としおは人質たちの様子を見ておくつもりだった。大人数なので見かけない者が居ても不思議な事はないだろう。服装も目立たぬものにしてある。
 だがそれを聞いた井上は眉をひそめた。
「普段は散歩する人もいるのですが、今日はそれぞれの宿所から離れないよう言ってしまったので」
 宿所ごとだとさすがに、皆ある程度顔見知りになっているそうだ。
 
 井上に同行してもらい、まとめ役の仕事と見せかけて偵察することになった。服の中に仕込んだピンホールカメラで隠し撮りしつつ、人質たちの住む建物を回る。
 
 施設の周囲に見張りのディアボロがいないのは意外だった。
「カメラは……」
 街路にいくつもある監視カメラを見上げる。井上が苦笑した。
「使われていません。あの悪魔は何に使う物か分かってないと思いますよ」
 ……結構バカにされているようだ。

(意外と生活の自由度は高いみたいだ)
 時には笑顔も見せる人質たちの様子を見て、としおは思った。
「足りないものがあったらリストにしてください」
 井上と班長たちに頼む。事前の電話でも食糧が足りないという話を聞いていた。他にも不足なものはあるはずだ。

 その後、彼は一人でディアボロの偵察に向かった。駅舎周りを巡回するディアボロがいるという。移動時間もコースもきっちり決まっているというそれらを見つけるのは簡単だった。離れた場所から『テレスコープアイ』で観察する。
 二体一組で歩いており、片方は剣、片方は弓を装備していた。
 
 巡回ディアボロは何組もいた。装備は槍だったり矛だったり個体差があるようだった。
 

●交渉
 救急車には病人と中原が乗った。撃退士たちと悪魔は徒歩で病院へ向かう。
 院内で中原と合流した。田中は精密検査中で、入院になる可能性が高いそうだ。

 ジュルヌにそれを納得させるのは予想通り骨が折れた。
「強引に連れ戻して死亡させたりしたらどうするの?」
 聖羅はきっぱりと言った。
「人質達の反発が強くなって、あなたの支配も困難になるのじゃない? 自棄になった人たちは脱走しようとするかもしれないわ」

「人間はストレスや疲労、環境の変化によって病気になる」
 ファーフナーも言う。
「感染症、伝染病というものもある。特に田中氏のような高齢者は体調を崩しやすく、無理に連れ戻すことは避けた方が良い」

 彼の言葉には重みがあり、ジュルヌは反論できなくなってしまった。
「ね、うつる病気だったら困るでしょ」
 ジェンティアンが励ます口調でとどめを刺す。
「壱の為に千を失うとか論外じゃない?」
 言い返せない悪魔はただ肩を落とすばかり。敵ではあるけれど、誠実な人柄ではあるのだろうなと聖羅は思った。


 支配地に戻る段になり、ジェンティアンは中原に頭を下げた。彼には一緒に戻ってもらわなくてはならない。
 医師は初めからそのつもりだったと答えた。だが声の寂しさは誤魔化しようがなかった。
 その耳元で、ジェンティアンは提案する。
「お願いなんだけど。固定電話なんかで内部情報をこっちに流す情報網を作ってもらえないかな?」
 中原の疲れた目に光が浮かんだ。


 ジュルヌが戻ってくる、と仲間から連絡を受けたヤナギは立ち上がった。監視カメラの映像を占領区外からも見られるよう小細工してみたが、うまくいっているかどうか。
「邪魔者はそろそろお暇しますか……っと」
 侵入の痕跡を消し、ひと足先に彼は退散した。


 境界線上でとしおと落ち合う。
「今後も似たような状況が起こり得るかもしれないから、定期的な物資補充とかの許可を得られないかな」
 海は穏やかにたずねた。
「病人の発生を防ぐため、今後は纏め役の井上氏と定期的に連絡を取り合いたいと思うが」
 ファーフナーの青い瞳がじろりと悪魔をにらむ。

「人質の健康を害しては元も子もないんだろう。元気な人質ほどあんたにとって今後の価値があるんじゃないのか?」
 としおが言う。
「そのためにも物資の補給はやらせてほしい。特に新鮮な食材とかな」

 聖羅は体力のない者の解放を提案した。交換条件によっては譲歩するつもりだ。
 ジュルヌは、老人や子供は占領初期に既に解放していると言ってそれを拒否した。

 だが物資補給については受諾した。細かい点は井上たちと打ち合わせることになる。それが終わる頃、執事姿に戻ったジュルヌはきちんとたたんだオタク服一式を返却した。ジェンティアンは微笑む。
「その服涼しかったでしょ。首のヤツも」
 それは人間の知恵だと彼は言った。
「自己管理のことは井上ちゃんたちに相談するといいよ。きっといろいろ教えてくれるから」
 人質たちに『魂の供給源』以外の意味を感じてくれたら。……そんな願いは口にしない。言葉にするには早すぎるから。

「……この件に関しては感謝する」
 としおはぶっきらぼうに言った。突き出した掌に白菜の種の袋が乗っていた。
「今日の礼だ」
 それからことさらに厳しい表情を作る。
「だが、仇討ちを諦めたわけじゃない」
 相手への偏見を改めつつもまだ許しきれない……という設定がまた増えた。

 食物の種と聞き、ジュルヌは袋を手に取った。
「農園は良いな。だが、ここには良い土がないのだ。残念だが」
 嘆息してから、『もらっておこう』と上着のポケットに収めた。
 
 
 今日はまだ、この地を悪魔の手に委ねたまま。いつか来る『その日』を待って撃退士たちは去る。
 撒かれた種は実を結ぶのか、まだ誰も知らない。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ついに本気出した・砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)
 されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
重体: −
面白かった!:6人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA