●早朝の海
朝一番の船で学園島を出た陽波 透次(
ja0280)は真っ先に海水浴場に向かった。
早朝の浜には数えるほどしか人がいない。左右にまっすぐ広がった砂浜に、ただ波が打ち寄せる。
まずは沖に向かってまっすぐに泳ぐ。水の冷たさが肌に心地よい。さほど高くない波の間を透次はぐんぐん進んでいく。他のお客の迷惑にならない場所で、のんびり泳ぎたい。
しばらく泳ぎを楽しんだ後は、素潜りをしてみる。水は朝の光の中で鈍く輝き揺れていた。魚や貝の姿が少ないのは、連日人間がたくさんやって来るからかもしれない。
ちょっとした海底探索を終え、再び浮上して大きく息をつく。ひと休みしようと海面にぷかりと浮いて青い空を見上げた。
「平和だな……」
ぽろりと言葉が口からこぼれた。
世界に戦いが、殺し合いが満ちているなんて嘘のように感じられる。少なくともこの場、この瞬間はこんなにも静かで穏やかで、光に満ちていて。
「眩しいな……」
呟いて、目を閉じる。
キラキラと輝く平和な時間は、殺し合いに慣れてしまった自分には眩しすぎる。
だから、目は閉じたまま。
透次はしばらく波の間を漂っていた。
●カナヅチたちの奮闘記
浜に人が増えだした頃、水泳教室が始まった。
参加者の多くは小学生だが、その中に黒髪ポニーテールの美丈夫が。和柄の青いサーフパンツが似合っている。
隣には、水色の腰紐を付けた白襦袢姿の小さな女の子。
彼、華宵(
jc2265)と彼女、深森 木葉(
jb1711)は、先日プールで一緒に溺れた。そして思った。
泳げるようになりたいと。
「華宵ちゃん、いっしょにがんばろうねぇ〜」
向けられる笑顔に華宵の心は痛む。山奥で育った彼は、泳いだことなんかなかった。だから、溺れかけたのは自分の所為。
「しっかり泳げるように頑張るわ」
こぶしを握り締め、彼は決意を新たにした。
神谷春樹(
jb7335)が二人につく。彼も朝から浜で訓練混じりのレジャーを楽しんでいたのだが、教室の開催を聞いて折角だからとボランティアに志願した。普段から水泳の訓練はしっかりしているから、指導に問題はない。
「力を抜いて水に浮くことは出来るのですぅ」
木葉は説明する。
「泳ごうと力んじゃうと沈んじゃうのです……華宵ちゃんにつかまって、バタ足の練習からはじめましょうか?」
尋ねる木葉に、春樹は腕を組む。
「多分進みにくいですよ。着衣だと一般的には平泳ぎの方が泳ぎやすいです」
目を丸くする木葉。つまりバタ足がいけなかった?
黄昏ひりょ(
jb3452)もボランティアの一人だ。
(もうあれから一年経つんだな……)
真夜の特訓に付き合ったのが懐かしい。一度乗り掛かった舟、今回も協力しようと彼女の補助につく。
「うひゃあっ?!」
波に足を取られたらしく素っ頓狂な悲鳴が上がった。
「坂森さん、落ち着いて」
ひりょは『紳士的対応』を使用しつつ穏やかに声をかける。
「あの時の特訓を思い出して? 少しずつ、坂森さんはクリアしていったじゃないか」
「は、はい……」
赤くなる真夜の肩を軽くたたき、
「今回も少しずつ頑張ろう? 焦らずにね」
と微笑んだ。
「出来そうな人には、補助具を使って浮かぶ練習をさせてください」
ライフセーバーたちがビート板やヘルパー、空気を入れたペットボトルを配って回る。
「やってみる?」
たずねると真夜は少し不安そうにうなずいた。ひりょは微笑む。
「坂森さん、目を閉じて」
『絆』を発動する。一人なら怖いものも、二人なら変わるかもしれない。
「大丈夫。大波が来たら俺が『庇護の翼』で守る。安心して」
その笑顔に力づけられ、真夜はビート板を手に取った。
ペットボトルを手に持ち平泳ぎ特訓をする木葉。その横で華宵も頑張っていた。
ビート板を使って波の間をバチャバチャ。そこへ大きめの波が来た。揺られた拍子に、ビート板が手からすっぽ抜ける。
「Σ!? 先生……沈、む……!?」
ごぼぉ。海水飲んだ!
異常に気付き春樹は『水上歩行』を使用して華宵に近付き、手を差し伸べる。
「落ち着いて。大丈夫ですから」
声をかけつつ、しっかりと腕をつかんで海底に立たせた。子供でも足がつく深さなのだが、水をたくさん飲んだ華宵は息を切らしている。
「息継ぎが……ぜぇ……出来な……」
「海では目標を見失うと危険ですから。顔を上げて泳いでもいいんですよ」
「ぜぇ……そうなの?!」
少し休んで春樹と木葉の練習を見学に。
(私、才能ないのかしら)
ちょっと自信喪失するが。
「でも負けない」
深呼吸してもう一度ビート板を握りしめ、彼は二人のもとに向かった。
●アイスキャンディは白い
水泳教室が終わる頃には、行楽客も増えてくる。
「よーし、海水浴だー!」
雪室 チルル(
ja0220)は一番乗りに海に飛び込んだ。……いや、一番乗りではないのだが気分的に。さいきょーたるもの一番乗りであることはとても重要だ!
「あ、さいきょーだ」
振り向くと、小学生たちがチルルを指さしていた。春に一緒に海岸清掃をした子供たちだった。
「あら、元気だった?」
「元気だよ。さいきょーも元気そうだな」
「当たり前じゃない、あたいはさいきょーなんだから!」
胸を張るチルル。
「ちょうどいいところで会ったわ。一緒に遊ぶわよ!」
子供たちに思いっきり水をかける。歓声が上がり、水のかけ合いが始まった。。
その横で、海から上がる者もいる。
「海水浴も悪くないものじゃな♪ じゃが、ちと疲れたのぉ」
幼い体に爆乳巨尻。つややかな褐色の肌を紫のスリングショットに包み、長い髪をかきあげるのはハルシオン(
jb2740)。
「ほれアムル。アイスでも食べて小休止じゃ♪」
アイスキャンディを売っている屋台を指さし、アムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)を振り返る。こちらは黒のスリングショット、布地が最小限しかなく大変きわどい。それを彩る桃色の髪と緑の瞳も色気たっぷりだ。
昔ながらの白いアイスキャンディを買い、用意しておいたビーチパラソルのところまで歩く。
「それにしても混雑しておるのぉ」
海水浴客たちを眺めハルシオンは感嘆の声を上げた。
「うふふ、カタくて長いの、思いっきりしゃぶっちゃお……♪」
腰を下ろすとアムルは微笑んでアイスキャンディに舌を這わせた。表面だけをねぶるように舐めていくので、すぐにアイスが溶けてぽたぽたと垂れ始める。
「アムル、行儀が悪いのじゃ」
口の周りも豊満な胸も白い液体(溶けたアイス)で汚したアムルをハルシオンは注意する。汚れた顔のまま、アムルは嬉し気に微笑んだ。
「そだ、ハルちゃぁん♪ アイス取替えっこしよぉか♪ 間接キスぅ♪」
思いついたように言い、自分のアイスキャンディをハルシオンの口に突っ込む。
「あ、ちょ、んむぅっ♪」
不意を突かれたハルシオンは、あっという間に棒(アイス)を咥え込まされてしまった。溶けたアイスが垂れ、黒い肌を白く汚していく。
食べ終わった時にはハルシオンはぐったり。一方アムルは口元のアイスをタオルで拭き、
「あそこの男の子達、ボク達のコトじーって見てる……♪ 折角だし一緒に遊んであげよっか♪」
緑の瞳をきらめかせ立ち上がる。
「じゃあ行こぉ〜♪」
ハルシオンを引きずり、獲物へと一直線。アムルも海を楽しんでいるようだった。
●日本の夏を目指して
目下、日本文化を絶賛勉強中のファーフナー(
jb7826)は思った。日本の夏をより良く知りたい。
「日本の海といえば沖縄が美しいようだが……沖縄まで行く時間は取れんな」
旅行のパンフレットを見て首を振ったところに、たまたま海の家の割引券を渡された。
「海水浴場か……海の家というのは見たことがないな」
斡旋所では人手が足りないとか言っていた。ではそこで働いてみよう。
行ってみると、同じ考えの人間が他にもたくさんいた。
「本当にいいんですか? 大したお礼は出せねえですが」
町内会長は驚いて撃退士たちを見回した。
「受験も大変そうですし、お手伝いしますよ」
雫(
ja1894)はもう持参したエプロンをつけている。
「今日だけでも羽を伸ばしてください」
そう言われて霞は目をウルウルさせる。
「可愛いお嬢さんたぢが来てくれだんだし、手伝ってもらったら」
洋子が口添えする。銀の髪と緑の瞳の取り合わせが美しい浪風 威鈴(
ja8371)、牛柄のビキニに包まれた乳が圧倒的な存在感を放つ月乃宮 恋音(
jb1221)、まだ幼いが長い銀髪と赤い瞳が印象的な雫。皆、看板娘にふさわしい。
「じゃあ、お願いするか」
妻の言葉に会長は決断し、
「それじゃ恋音、皆さん、今日も夏の暑さに負けないよう張り切っていきましょう!」
袋井 雅人(
jb1469)が明るく言った。
接客は基本的に女子が担当し、厨房には男性が入ることに。メインで料理を作り始めた浪風 悠人(
ja3452)の腕前をしばらく眺めた洋子は、
「これは私、やるごどなかっぺさ」
と洗濯物を取り込みに帰宅してしまった。
厨房の主となった悠人は鉄板系をメインで担当し、次々に来る注文を鮮やかにさばいていく。
ファーフナーは麺系の担当に。町内会長のスタイルを真似し、頭にくるっと白いタオルを巻く。結果、『こだわりラーメン店の頑固おやじ』が現れた!
威圧感があるので、厨房に目をやった客は彼と目が合う前に下を向く。しかし内心ではこだわりラーメンに対する期待が高まるのだった。
そんなこととは知らず、社畜体質のファーフナーは黙々と働く。暑いのになぜラーメンの注文が多いのだろうと思いながら。
厨房は忙しいが、海が好きな悠人は役に立てるのが嬉しかった。
「夏だねぇ」
三人目の厨房担当、逢見仙也(
jc1616)が隣りで呟く。塩だれ焼きそばを自前で用意してきた彼は、焼きそば担当だ。
「思ったのですが」
置いてある果物を手に持って仙也は言う。
「これを『氷の夜想曲』で凍らせて、簡易氷菓子にできませんかね」
「お客も凍ると思いますけど」
「ああ、もちろん人や機械のないところで使用します」
しかし『氷の夜想曲』の範囲は(3)。それをやるなら仙也は建物の外に出なくてはならないだろう。
「無理ですか」
ちょっとがっかりした様子。だがすぐに次のアイディアを思いついた。
「出力を抑えてクーラー代わりにしたらどうでしょう」
それ客がみんな眠っちゃうんじゃ。冗談なのか本気なのか、とてもマイペースな仙也だった。
●撃退士注意報
水泳教室が終わり、木葉と華宵は海の家にいた。
「海の家と言えば、焼きそばなのですぅ!」
元気に注文する木葉と、疲れ切った様子で机にぐたーとする華宵。そこへ春樹が店内に入ってきた。
「混んでいるようなので相席いいですか?」
もちろん。ということで改めて、三人でお疲れ様。
春樹が焼きそばとラムネ、木葉も焼きそば。持ってきてくれた恋音と挨拶を交わし、いただきます。
「疲れた時は甘いものよね」
華宵は練乳たっぷりの宇治金時をつついた。
後ろの席で大声がした。
「いいから、お姉ちゃん。一緒に飲もうって言ってるだろ!」
酔っ払いの言葉に、注文を取っていた威鈴は首をかしげる。
「でも……注文……伝えないと、いけないの……」
料理は出来ないので接客に回った彼女。海の家のお手伝いなんてした事ないので不安を感じつつも頑張っていたのだが。
「注文なんか後でいいからさあ、ほらほら!」
お客の注文を取って厨房に伝えるのが自分の仕事、のはず。
どうして仕事をしなくていいと言われるのか、さっぱり分からない。
「威鈴!」
厨房から悠人の声がした。
「お好み焼き・フランクフルト・ホルモン焼き、出来てるから取りに来て!」
「あ……はーい」
返事をしてからもう一度客を見て、
「ぇと……呼ばれた……の」
ぴょこりとお辞儀をして、ぱたぱたと夫の元へ。
「ごめん、ね……お料理、持ってく、ね……」
「ん、いいから」
助けられたのだと気付かない妻に悠人は微笑む。THE嫁愛。
しかし置いて行かれた客の方は面白くない。
「お客様、お静かに」
騒ぐ客を雫がなだめるが、
「小学生は黙ってろ!」
怒鳴りつけられて営業スマイルにぴきっとヒビが入った。
言っても分からないお客様には『飯綱落とし』!!
……というシナリオが頭をかすめたが、一般人にそれ危険。客商売、死人出しちゃダメ。
というわけで。
「悠人さん、ちょっと手伝っていただけますか」
「ごめんなさい、注文が立て込んで」
鉄板系の注文が一気に来て、厨房の主は格闘中だった。
「俺は空いてますよ」
たまたま焼きそばの注文がなかった仙也が手を挙げた。雫は彼を見上げ、
「申し訳ありませんが、店の平和のためです」
不意打ち『飯綱落とし』炸裂! 仙也は砂に埋まった。なおスタンの付与はなし。
「アルコールが抜けるまでこうしていて貰ってもいいですが、どうしますか」
雫の言葉に迷惑な客たちは逃げ出した。
張り紙が必要かもしれない、『猛撃退士注意』みたいな。
華宵は髪の間から突き出した自分の耳をそっと触った。
自分のせいで木葉が居心地悪い思いをしたらと心配だったが、思ったより注目されることはなかった。
ここが久遠ヶ原に近いからだろうか。それともあの村のように自分を受け入れてくれる場所が他にもあるのだろうか。
華宵は残った氷をかき集め、口に入れた。こめかみがツンとした。
●ビーチバレー!
水泳教室の後、ひりょは真夜をねぎらって別れた。
後で矢松も来るらしい。頑張りが実を結んだ所を見てもらえるといいなと思う。
そして矢松が来ることに別の感慨を持つ男が。砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)である。
「今、和紗達が矢松ちゃん呼びに行ってるからさ、皆で一緒に遊ぼうよ♪」
真夜に声をかけ確保。いじって遊ぶ準備は万端だ。
「海水浴日和だねー!」
そういうわけで木嶋 藍(
jb8679)は樒 和紗(
jb6970)と矢松を探していた。藍はオフショルダーの水色のビキニに白いラッシュガード、和紗は青のホルターネックビキニに白パーカー。華やかな女子大生二人連れだ。
人ごみの中、浜辺でもネクタイをきっちり締めたフリー撃退士を発見。
「お久しぶりです。(色々な意味で)お変わりないようで」
丁寧に頭を下げる和紗を、矢松はすぐに思い出し渋面になる。
「ああ……またアイツがいるのか」
「はい。不 本 意(太字)ながら、貴方を連行しないと坂森の安全を保障出来ません」
「はじめまして、真夜ちゃんからお話聞いてます。ご一緒しませんか?」
藍もやわらかく微笑んで反対側から声をかける。
「や、久しぶり矢松ちゃん。元気……そうだね☆」
連行された矢松は、仲睦まじそうに真夜と寄り添うジェンティアンを冷たく眺めた。
「今日はどういう魂胆だ」
前回、缶をぶつけられたことを根に持っているかも。あといろいろ。
「先生、ビーチバレーやりましょうっ」
カラフルなボールを掲げた真夜が言う。既に洗脳済みのようだ。
「ここは先生のいいとこ見せるべきでしょ。ね、坂森ちゃん?」
退路を断つジェンティアン。
「はいっ」
うなずく真夜。……本人の意思とか誰も聞く気ない。
その人ごみの中で。
「Dazzling ……」(=まぶしい)
長田・E・勇太(
jb9116)はそう呟き、サングラスをかけた。炎天下は苦手だ。
「私の水着姿に何人か倒れてますね!!! 多分!!」
ダリア・ヴァルバート(
jc1811)はハイテンションだ。前を開け放したパーカーの下の水色のビキニが青い瞳によく似合う。
「この海岸、前に清掃活動で歩いたんだよ。もはや庭と言っても過言じゃないね!」
不知火あけび(
jc1857)は明るく笑った。が、同行の二人に感心されて、あわてて前言撤回。
「……ごめん嘘ですよく知らないです」
羽織った大きめのパーカーのせいで水着は見えない。慣れていないので恥ずかしいのだ。
今日は部活の友人の集まりだ。ラファル A ユーティライネン(
jb4620)も来るはずだったのだが姿が見えない。
「遊んでいるうちに来るかもしれないゼ」
ということで、まずは海の家にGO。
ビーチバレー組は、ラインを引いておいた場所に向かった。混雑する時間帯にかかっていたが、何しろ浜はだだっ広い。そして人は便利のいい場所に集まる。ちょっと歩けばボールで遊ぶ場所はあった。
チーム分けは男女対抗。
「二対三なのはハンデです」
と和紗は言うが、撃退士しかいない時点で男女差とか関係ない気がする。ちなみに負けた方が海の家で奢りである。
「坂森、気楽に。零したら俺が拾います」
緊張する真夜に和紗は声をかける。
「私も球技はあんま得意じゃないけど、楽しければいいよね」
藍もにっこり微笑む。
女子ボールでゲームスタート。サーブは和紗。
ずばあっ! という音と共に高く砂煙が上がった。
インフィならではの鋭いコースを狙った豪速サーブ! 撃退士ビーチバレーヤバい。
「……これを受けろと?」
矢松は青ざめた。
「うん、まかせた」
「ふざけるな、お前が受けろ」
相手チームがもめている間に豪速サーブ乱打で、あっという間に第一セット終了。
「決まりましたね」
涼しい顔の和紗に、女子たちはハイタッチ。
サーブ権が移り、ジェンティアンがボールを打つ。
「そーれっと! ……あ、アウト」(てへ☆)
「真面目にやれ!」
お金を賭けた時の社会人は本気であるが、ジェンティアンは熱くなる気はない。奢ることになってもサービス券があるし、追加するのは藍くらいだろうし。
そんな事情もあり、
「あーっ、ごめんなさいっ」
「あははっ、次がんばろー!」
「矢松ちゃん、それ任せた」
「お前の守備範囲だろうが!」
ゲームは割と一方的に進んだ。
●納豆ラプソディ
海の家の前では、雅人が大きな鉄板を持ち出し一人で黙々と作業していた。
流れ落ちる汗を拭きつつ準備完了。十分に熱した鉄板上に醤油をかけた『材料』を投下。
「何だこの臭いは?!」
たちまち店の内外で悲鳴が。
「異臭……テロか?!」
席に着いたばかりの勇太が素早くガスマスクを装着した。準備していて良かった。
雅人が作っているのは『焼き納豆』。熱々ご飯にかけて食べるとおいしいヘルシーな一品だ!
「……失礼致しますぅ……」
恋音が用意してきた消臭剤を客席に配るが、完全に消臭剤が納豆パワーに負けている。無理もない。加熱された納豆のパワーは平常時の百倍(適当)。納豆好きでさえ『においがきつい』と表現するレベルなのだ!
次々に席を立つお客たち。しかし雅人の中の伝道の炎は休むことを知らない。
「え〜、焼き納豆、焼き納豆はいかがっすか〜? ヤキソバにカレーにラーメンもありますよ〜」
呼び込みをしつつ道行く人に焼き納豆をお勧めする。逃げられても避けられてもめげない負けない気にしない。
仙也は迷った。このままでは店どころか浜から人がいなくなる。相手は先輩だが、裏に呼んでОHANASHIをするべきか?!
しかしその時、
「何よ、すごいにおいじゃねえの」
洗濯物を片付けた洋子が家から帰って来た。
「あら、納豆焼いてるのけ? うちでもよぐやるけど」
茨城と言えば納豆。『地元愛』を標榜するこの家族も納豆好きだった。
この料理を浜辺の新しい風物詩にしたいと熱く語る雅人。洋子は苦笑しながらうなずく。
「だげどお客さんが困ってるよ。このにおいは好きな人でもきづかっぺ」
「いい匂いだと思いますけどねえ」
本当に好きなんだねえと呆れられた。
「そうねえ……臭いが出ねえように油揚げに包んで焼けばええがもね。けど、売り物になっぺかなあ」
「もちろんです!」
雅人はきっぱり言い切る。
「私たちは納豆の良さを積極的に広め、世界に発信していかなくてはいけないのですよ」
「なら出しでみようがねえ」
こうして『包み焼き納豆』が『地元愛』のメニューに加わることになった。
「お、良かった、客足戻ったね」
納豆騒ぎが収まり、客席のあけびはホッとした。
厨房の仙也に皆で手を振り存在をアピール。料理は『仙也君にお任せ』で注文。塩だれ焼きそばが来た。
「仙也君は料理上手だから期待大!」
割りばしパキッと割っていただきます。
「おいしいですね!!!」
「ガスマスク付けてご飯食べる人初めて見た……」
「またテロが再開されないとも限らないからナ」
にぎやかに食べながら、仙也君こっちに来ないかなーとチラッチラッ。
「そんなことして無いで外でナンパでもしてくればいいのでは?」
仕方なく飲み物とアイスを運んできた仙也。
「あけびさんとか、まともに遊べる夏の内に恋人探せと言いたいですよ」
「えー大丈夫だよ!! 私だって……」
本気出せば多分、と段々声が小さくなる。
「はいはい。だったら行ってきなさい」
食べ終わったら店の出口までお見送りされた。
●午後の海
代わってビーチバレーを終えた五人が店にIN。納豆臭がするのはきっと気のせいだね!
友人知人が店にいることに驚きつつ、注文をする。
「えっ、本当に奢ってくれるの? わーい!」
藍の瞳がきらりん☆
「約束だからね。ま、遠慮しないで食べなよ。三十路の大人に任せて」
「待て、奢り分はお前と折半だろう?!」
男たちがもめている間に、
「まずはラーメンとカレーかなぁ。ホットドックもかな☆ あと(ry」
藍が自由に注文していた。
「あー動いたらお腹減っちゃった! 和紗はたこ焼きだけでいいの?」
「俺は小食なので」
いっぱい食べられる人がうらやましかったり。食べきれなかったら藍に食べてもらおう。
ダリアは海を満喫していた。みんなでわいわい遊んだり、ナンパ待ち()をしてみたり、砂のお城を作ったり。
そして、はしゃぎすぎてばたりと倒れた。
「ダリアちゃん?!」
「……大丈夫です、ナスカの地上絵が見えるだけです……」
謎の図形を砂にかきかき。だが感嘆符が足りない、やはり大丈夫ではないようだ。
「スポーツドリンク買いに行ってくるね!」
あけびが売店に走った。
「日陰に行こうカ」
勇太はダリアに肩を貸して立たせた。日陰……は、はるか彼方までなさそうだが……。
「うう、不覚でした!」
「はしゃぎすぎダ」
「エーリカ」
勇太はフェンリルを召喚して荷物番をするように言いつける。
「歩けるカ? さっきの店なら近いが」
「うーん……納豆はちょっと……」
密着している肌の感触にダリアは少し顔を赤くする。
「このまま勇太さんと歩いていたいかなとかなんとか、いえ何言ってるんでしょうね私!!! 何でもありません忘れてください!!!」
「暴れるとまた具合が悪くなるゾ」
じたばたするダリアを押さえる勇太。ちょっと考え、
「じゃあ、あそこの木陰まで歩けるか? 自販機も近くにあるし、休めるだろう」
指さす先は、ビーチの端。ゆっくり歩いていけば、十分くらいはかかりそうだ。
あけびをひとりにするのは申し訳ないけれど。ほんのちょっとの間、二人だけで。
スポーツドリンクを買ったあけびが戻ってくると、荷物の周りが『珍しいもふもふ撮影会』になっていた。フェンリルは集まった人たちを威嚇しているが効果なし。
人ごみの中に二人を探しているうちに召喚獣は消えてしまった。(効果値:5)
やっぱり二人は見つからない。
「どこかで休んでるのかなあ……」
きょろきょろしていると名前を呼ばれた。振り返ると海の中でチルルが手を振っている。
「どっちが沖まで行けるか競争しましょ! 勝つのはさいきょーのあたいだけど!」
勝負と聞いては撃退士の血が騒ぐ。
「水上歩行がある私に勝負を挑んじゃったかー」
悪い顔。『泳いで』とは一言も言ってないもんね。
せっかく来たのだから、やっぱり思いっきり遊ばないと!! あけびはパーカーを脱ぎ、水に飛び込んだ。
食事を終えたビーチバレー組も浜へ。
「あ、真夜ちゃん泳げるようになった? 見せて見せて! かっこいいとこ見たいし!」
藍に笑顔で頼まれ、真夜は少し緊張。さっきはひりょに見守られてちょっとだけ泳げたのだけれど。
「では、行きます……」
すい〜〜(二メートル)
「お〜、頑張ったね!」
拍手で喜ばれ、真夜も得意そうだ。
和紗も微笑む。
「俺も学園に来るまで泳げなかったんです。友人に教えて貰いました」
その話に真夜は目をきらめかせる。
「そうなんですか……! わ、私も頑張ります! 次は十メートルを目指します!」
……トビウオになる日はまだ遠そうである。
「水着いいよね」
『頑張り過ぎて疲れちゃった』と、矢松と一緒に浜に残ったジェンティアン。波と戯れる女の子たちを見てしみじみと言う。それから真顔で、
「で、矢松ちゃん。どんな子がタイプよ」
矢松はとても嫌そうな顔をした。
「くだらん。そんなことより、さっき私が立て替えた飲食代を半分払え。話はそれからだ」
「あー話そらしたー」
……とても楽しそう()だ。
●夕凪の海
二時を過ぎるとようやく海の家の客もまばらになった。
「遅刻遅刻〜、あけびちゃんたちまだいるかなー」
その頃ようやく飛び込んでくるラファル。残念、完璧すれ違いだ。
まさか、出かける直前にコピー100枚取るように言いつけられるとは……そしてそこからあんな事件が始まるとは……(しかし字数)
ひとりぼっちの彼女はふてくされて店の隅でごろごろ。
客(?)が彼女一人になったので、
「まかない作ってもいいですか?」
悠人はたずねた。みんなの希望を聞き、手際よく料理をする。
「いーや、本当にいい腕だわー。うぢに就職しねえ?」
スカウトされた。
ずっと鍋の前にいたファーフナーは暑さでぐったりしていた。かき氷のみを希望。
「いーや、アンタも良く働いてくれだわ。真面目でいいわあ」
社畜体質が評価された。
「……提案なのですがぁ……」
恋音がおずおずと手を挙げた。
「……客足が減っているということですがぁ……『学園の対岸』という立地を生かして、『久遠ヶ原名物が食べられる』というのを売りにしてみてはと思いますぅ……」
久遠ヶ原名物『流星カレー』のレシピを取り出す。
「……興味がありましたら、一度お作りいたしますぅ……」
中年夫婦は顔を見合わせ、それからうなずいた。
「そうだな。学園の皆さんと手を取り合ってやっていぎでえな」
「んだねえ。お願いできるけえ?」
やがて海の家から新たなカレーの香りが漂い出す頃には、ビーチの人影もほとんどなくなる。それを待ってラファルは海に出た。
「擬装解除・水陸両用モード『ラッガイ』起動」
呟きと共に、細い手足がむき出しの機械に変わる。擬装は消えて、機械化された体は水上・水中での活動にも適した形に変形する。
海に入るだけでも専用の擬装を必要とする。それが今の自分の体。それでも水につかっていられるのは二十分が限界。
けれど悲しんでも時間が戻るわけではないから。
「部活の仲間には後で謝っとくしかねーなー……」
うそぶきながらバシャバシャと海に入る。
「水泳と素潜りと……とにかく超つめこみスケジュールだな」
短い時間を、自分も楽しもう。
満潮が近付き、波の音も心なしふくよかになったように感じられる。
ケイ・リヒャルト(
ja0004)は夕暮れの心地よい風の中、ひとり浜を歩いていた。
黒いセパレートの水着の胸元には紫の蝶。長いパレオに包まれた白い脚は紫のグラデーションに薄く透けてなまめかしい。
黒アゲハのような彼女は波と戯れるように歩きながら、優しく歌を歌っている。
(広い世界で出会った、あのコとあのヒト……。あたしは……それだけで充分幸せ)
大切な大切な人たちを胸に抱いて。歌声は全てのものへの感謝に満ち溢れて。
(この広い海も広い空も……彼女に、彼に……届いているのかしら)
はじめ囁きだった歌はいつか、彼女から溢れだし空と海へ広がっていく。
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)は防波堤から海を見ていた。学園へ向かう船が港に着くまで時間がある。
彼はここに来るまで暗いモノクロームの海しか知らなかった。
けれど、こちらの海はカラフルで綺麗で、時間によって更に表情を変える。
人のいない防波堤を歩いてみる。こういうのも悪くない。
海の色、空の色、遠い山の稜線に近付いていく太陽。潮風のにおい、海の音、海鳥の声。肌に当たる風の温度。
そんな『一瞬』だけの今を、何もかも頭に焼き付けておきたいと思う。
「……と、真夜じゃねーか」
「エリューナクさん。こんにちは」
真夜はぴょこりと頭を下げる。
町内会長にサービス券のお礼を言う、という使命を果たしているうちに船に乗り遅れたと聞いてヤナギは笑った。
「この前も思ったケドさ、依頼以外で会う真夜って新鮮なのな。色んな顔を見せる、この海みてーだ」
真夜が返事をしようとすると、ヤナギはしっと言った。耳を澄ますと、やわらかな歌声が聞こえてくる。
「この歌声……アイツか」
黒髪の歌姫を思い浮かべ、肩に背負っていたケースからベースを取り出した。
「なぁ、真夜。ちょっと付合ってか無ェ?」
防波堤に腰掛け、弦に指を這わせる。今、この瞬間に相応しい音を探していく。
その音を聴きながら、真夜はエリューナクさんこそ海みたいだと思った。カッコ良かったりふざけていたり真面目だったり、いろんな顔を見せる。
でも今この瞬間は、奏でる音と同じように彼の顔もとても優しい。
「……ふふっ、類友は上機嫌、みたいね」
低く風に乗る耳に馴染んだベースの音に、ケイも微笑んだ。
やがて彼女もまた歌い始める。先ほどとは違う歌、喜びと幸せに満ちた歌。波の音、友人の奏でる音と絡み合いながら、透明なその歌はどこまでも広がっていく。
一時、風がやんだ。
静かな浜辺に二人のセッションが響き渡る。
ラファルも。真夜も。海の家に残る面々も。夜釣りに出て来た黒百合(
ja0422)も。
皆、それに耳を傾けた。
もうすぐ風が変わり、太陽は山の向こうに消える。
代わって月や星が暗い海を照らすだろう。
それまでの短い時間を、心行くまで歌い、奏でよう。