●作戦会議
緑の畑が見える渡り廊下に、依頼を受けた生徒たちが集まった。
初めてこの畑を見たジェニオ・リーマス(
ja0872)は感心した。
「収穫したての新鮮な野菜って本当に美味しいよね。自分達で作った奴だともっといいね」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は微笑し「今から楽しみなんですよ」と言い、真剣な顔をした。
「だけど何だか厄介な事になって‥‥。とにかくまずは、そのサルたちを捕まえないとね」
グラルスの言葉に、大谷 知夏(
ja0041)は闘志を燃やす。
「折角、すくすくと育って来て居る所を、むざむざと猿の餌にはさせないっす!猿をどうにかして、収穫の日まで護りきるっすよ!」
「猿の親子かぁ‥‥可愛いけど、畑には天敵!被害が出る前になんとかしないと!」
高瀬 里桜(
ja0394)も大谷と気合を入れた。
「可愛いけど猿が観光で有名なトコで地元の人は大変だってTVでやってたの見た覚えがあるよ。猿で大騒ぎになったニュースとかあったよね。畑に入ると大変そうだなー。せっかくここまで良く育ったのに」
ジェニオが言うと水無月 葵(
ja0968)は静かに言った。
「猿から作物を守ります。猿はどうしましょうか‥‥?」
水無月の問いに海柘榴(
ja8493)は目を伏せた。
「少し可愛そうな気がしなくもないのですが、畑の為です。その尊い犠牲忘れませんよ‥‥!」
それに慌てたのは中島 雪哉(jz0080)である。
「殺しちゃうんですか!?」
それまで黙っていたラズベリー・シャーウッド(
ja2022)は、冷静に言った。
「傷つけ命のやり取りなどはしたくはない。徹底して予防策を取らなければね」
八辻 鴉坤(
ja7362)は畑を見つめながら、呟いた。
「猿の被害が増えるのは、人間が住みかを侵蝕しているからなんだよな‥‥」
猿にも元々の住処があったはず。そう思うとこの事態を招いたのは因果応報なのかもしれない。
「ふむ‥‥猿も生きるに必死だろうけれど、中途半端な情けはいずれの幸せにもならないと思います。学園を餌場にしてしまえば、被害は畑のみに留まらなくなるだろうし」
ラズベリーの言葉に、八辻は頷いた。
「それでこれからどうするかだけど‥‥」
グラルスが話を元に戻した。
「野生の猿は下手すると子供に危害を加えかねない。コレ以上は近付けないように工夫しないと。それも含めて色々調べてくるよ」
ジェリオがそう言うと水無月は小さく手を上げた。
「私は買い物へ。売っているといいんですが」
何か秘策でもあるのだろうか?
「知夏は先生に交渉して捕獲檻と餌の果物を調達してくるっす!それで猿の捕獲を目指すっすよ!」
「猿の捕獲、ってことは目撃情報の場所へいくのね。私も捕獲檻と果物用意してパトロールに行くよ」
高瀬がそう言うと、グラルスも名乗りを上げた。
「僕もパトロールに行こう。出来れば捕獲できるといいのだけどね」
「それじゃ僕は畑に行こう。防御策も必要だからね」
ラズベリーがそう言うと海柘榴も頷いた。
「立て札などで猿への喚起を促すことも出来るかもしれません。私も畑に参ります」
八辻は少し考えた後で言った。
「俺は小等部の子たちに餌付しては駄目と伝えにいこう。自然の厳しさとか、人間が手を出した結果どうなるかとか、そういうのをきちんと理解してもらわないと根本的な解決にはならないと思う」
「じゃあボクは小等部の子達を集めますね。あと集まれる場所も借りないと」
●畑にて
数日後、ジェニオは畑へと出向いた。
畑では水無月やラズベリー、海柘榴が忙しげに動き回っている。
しかし、ジェニオに気がつくと皆挨拶をして、ジェニオの連れているものに注目した。
「柴犬のハリーだよ。猿用訓練はしてないけど、普通の躾は確りやってるし元々賢いからね。猿を見つけたら吠えるんだよ、って良く言い聞かせておいたよ」
猿は獣の匂いを嫌う。それを利用してジェニオは自らの飼育する犬を畑の番犬として連れてきたのだ。
「宜しく頼むよ」
ラズベリーが微笑しつつハリーの背を撫でる。
「ところで、これ。この間はなかったよね?」
ジェニオは畑の隅に植えられた植物たちや『猿:餌付け禁止』と書かれた看板を指差した。
「あぁ、それは」
作物に水をあげていた水無月が手を止めた。
「猿の嫌う香りのするハーブを植えてみたんです。そちらの看板は‥‥」
「私が立てさせていただきました。ここに来る子供たちへの注意喚起です」
海柘榴が作業をしながら、ジェニオにそう説明した。
「これも、その一環?」
さらに指差した先にはとても可愛い狼のぬいぐるみが置いてある。
「はい、私が作りました。これには猿が嫌う狼の尿が仕込んでありまして‥‥」
と、手にとって匂いをかいだ水無月の足元がふらついた。
「水無月さん!?」
「す、すいません。不用意に嗅いでしまいました」
どうやら水無月の秘策はこれだったようだ。
「少し日陰で休憩をとられては‥‥」
海柘榴がおしぼりを差し出すと、水無月はおしぼりを受け取り休むことにした。
「そうだ。少し手伝ってくれませんか。手が届かないところがあるので」
ラズベリーはそう言うとハリーと戯れるのをやめ、ジェニオの手を借りてカラカラと鳴る物を畑を覆った目の細かいネットに仕掛ける。
「なんだい、これ?」
「鳴子。猿が来て触れたら音が鳴るようにしておこうと思って」
目の細かいネットは作物を目視されにくいようにとの配慮である。
「やはり屋敷での家庭菜園と違い色々と面倒ですね。屋敷では害虫の処分だけで大丈夫だったのですが、猿などは想定しておりませんでした。メイドとして良い勉強になります」
海柘榴は畑の周辺に身を隠せそうな場所があったら撤去しようと思っていたが、特にそういった場所はなく安堵した。
ラズベリーはネットの継ぎ目などの侵入経路になりそうな場所に罠を設置する予定だった。が、高いから貸せないと先生に言われたと、大谷が飼育部から借りてきた移動用ケージにトリモチという簡易的な罠をおいた。
「これで効果があるといいんだが‥‥」
この数日畑に来た生徒たちには猿の危険性を説明し、可愛くても餌を与えないこと、また猿を恐れて逃げるなど弱みを見せない事をお願いしてきた。子を持つ親ザルが子供を護る為に攻撃的になる恐れもあるし、無暗に接触しない事も説明した。
「見かけたら、無理せず僕達の誰かに教えてくれると助かるな」
頷いた子供たちに、ラズベリーは期待した。
「重装備になったね」
と、聞き慣れた声がした。
「八辻様」
一息入れていた水無月が通りかかった八辻に姿勢を正した。
「猿って頭が良いから、これで防げるのは最初だけかもしれないね‥‥無いよりは良いと思うけどね。でも、学園内に侵入してこないのが一番良いんだ。本当はね」
「そうですね。‥‥あなたはどこへ?」
水無月の介抱をしていた海柘榴がそう聞くと八辻は初等部の校舎を指差した。
「中島さんが子供たちを集めてくれたそうだから、今から子供たちにお願いしに行くところだよ」
ジェニオが立ち上がり、八辻に言った。
「じゃあ僕も資料持って一緒に行くよ。ちょっと待ってて」
●啓発講義
「依頼に行っている子や帰っちゃった子もいて、そんなに集まらなくて‥‥」
中島はそう言ったが、結構な数の生徒たちが視聴覚室に集まった。
「ありがとう」
八辻はそう言うと壇上に上がった。ジェニオが図書室で集めてきた資料をモニターに映し出す。
「皆は猿好き?」
そう切り出した八辻に子供達は「好き」と返した。
「確かに可愛いよね。でも、猿は猿、野生動物なんだ。あまり不用心に近づくと、噛みつかれてしまうよ?」
彼らは、真剣な瞳で八辻を見つめる。八辻は核心を話し始めた。
「最近、学校の近くで猿が目撃されているんだ。中には餌をあげたことのある子もいるかもしれない。彼らは鋭い牙をもっているし、子連れだから、警戒心も強いだろう。‥‥人間に危害を加えた野生動物が捕獲されれば、処分されてしまう。‥‥それがどういう事か‥‥分かるよね?」
ジェニオが集めてきた捕獲された猿の写真を映し出す。恨めしそうな猿の写真はそれだけでも衝撃的だ。
中島は、急いで教室を出た。この瞬間にも猿が畑に来て捕まってしまっていたら?
「どうしたんですか?中島さん」
「猿、まだ捕まってないですよね!?」
必死な形相の中島に、水無月は何かを察したようだった。
「どうしたんだ?なにかあったのかい?」
畑作業をしていたラズベリーや海柘榴も何事かと手を止めた。
水無月はしゃがんで中島と目線に合わせた。
「人間も猿も動物で、食べなければ生きることは出来ません。お互いに必死なのです。生きるということは、戦うということ。人はそんな悲しくて厳しい今を生きている。みんな、必死になって命を繋ぎとめている現実を、心にとどめて欲しいです」
海柘榴は、1つおしぼりを取り出して中島に渡した。
「もし捕まえたならあなたにすぐにお知らせします。動物園で引き取っていただけるように確認しておきましょう。無理な場合は、人里から離れた食べ物が豊富な場所に行ける様に提案してみましょう」
海柘榴からおしぼりを受け取った中島に、ラズベリーは言った。
「最初にも言ったが、傷つけたり命のやり取りなどはしたくはない。最悪を避けられるように努力しよう」
貰ったおしぼりで顔を覆いながら、中島は「ありがとうございます」と泣いた。
●パトロール
「餌をあげたらダメっすよ!」
餌を持ってうろつく子供に注意をして、高瀬と大谷、グラルスは神社に着いた。
下校時刻、餌を持ってたむろする子供たちの姿が多い。
「可愛いからって餌をあげると、人に危害を加えるようになって殺されちゃうんだよ?」
「野生の動物に僕らが餌をあげたりすると、それを覚えて自分たちで餌を取る事を忘れ、また僕らにねだるようになる。そのせいで畑の作物やお店の商品が被害に遭う事もあるんだよ」
数日パトロールしていてわかった。注意した子供達は素直に帰っていく。が、次の日には別の子供たちが餌を持ってやってくる。いたちごっこだ。
その間猿は一度も現れていない。
餌を持ってうろつく子供から猿をよく見る場所を聞き出しておいたので、そこに行ってみる。
今日は大谷が飼育部から借りてきた簡易的な罠を持ってやってきた。畑においてきた物と同じだがこちらには餌が仕込んである。
「これだけで引っかかるとは到底思えないので、遭遇した時用に害獣除けの網を借りてきたっす」
大谷がそう言って高瀬とグラルスにひとつずつ渡した。
「私が持ってきた果物も置いとくね」
高瀬は罠の近くに自分が持ってきた果物を置いた。
罠を仕掛け終え、次は公園へと向かう。
公園に近づくと声が聞こえてきた。
「かわいー!あ、食べた」
「!?」
慌てて走って行くと猿の親子に餌を与える子供たちの姿が見える。
「危ないよ!」
高瀬がそう叫ぶと子供たちはびくっとして猿から身を引いた。
グラルスが「逃げるんだ」と避難させ、猿の親子と対峙する。
目撃情報どおり2匹の母ザルと4匹の小猿だ。
「小猿を先に捕まえると母ザルが襲ってくるかもしれないから、先に母ザル狙いでいこう」
高瀬はそう言うと「大丈夫だよ、おいで」と近づく。だが、1組の親子が逃げ出した。
「こっちは任せて」
グラルスが逃げ出した猿の後を追う。
先ほど大谷に分けてもらった網を狙いをつけ、親子に投げた。
子供が捕まり、母ザルは興奮した。今にも襲い掛からんばかりだ。
「母ザルだけ逃したか。それなら奥の手を使うか。‥‥血玉の腕よ、彼の者を縛れ。ブラッドストーン・ハンド!」
無数の半透明の腕が母ザルを押さえ込む。
母ザルはその手に絡め取られ身動きが取れなくなった。
一方、大谷と高瀬は両側から挟みこんでいた。
「星の輝き、使える?」
「オッケーっす!」
高瀬の問いに大谷は「せーの!」と合図を出した。すると2人の体から眩い光が放たれた。
猿の親子はその光により眩しくて身動きが取れなくなった。だがそれも50秒が限界だ。
そこで害獣よけの網を被せて拘束した。
「鴉坤先輩に応援に来てもらえるか聞いてみよう」
高瀬は電話をかけた。
八辻がトラックに乗ってやってきたのはわずか5分後だった。猿たちは動けないようにグラルスのブラッドストーン・ハンドをかけられた後、神社に設置したケージに入れて学校まで運んだ。
「人から餌を貰う事を覚えちゃってるし、野生に戻すのは難しいかも」
高瀬がそう言うと海柘榴が答えた。
「先ほど動物園に連絡しておきました。引き取っていただけるそうです」
ジェニオは「そうかぁ」と言った後、「鑑札付で山へ返せたらと思ってたんだけど」と付け加えた。
「人が餌をあげたからあなた達は山から出てきちゃって、それを危ないからって私達は捕まえて。人の都合でこっちに来たのに、人の都合で捕獲なんて、酷いことしてる。ごめんね」
高瀬は繰り返し猿に謝った。
「こんな酷いことをしていうのも、何だけど‥‥人を嫌いにならないで欲しいな」
猿達は動物園の車が来て引き取られた。
●警護は終わらない
「ハリー!」
ぎゅっと抱きしめたもふもふな感触に、高瀬は癒された。
「あ、気のいい奴なんで撫でられると喜んで尻尾振るよ。餌とかあげるともっと喜ぶよ」
高瀬と談笑するジェニオの腰には爆竹が付けられている。
「君、何つけているんだ?」
八辻が聞くと、ジェニオは「猿用のお守りだよ」と答えた。
今回は無事だったが、別の猿が山から下りてこないとも限らない。それを懸念してのことだ。
「学園は怖いところだって、覚えてくれればいいんだけどね」
八辻はもし猿が現れたら多少傷つけても全力で追い払おうと思っていた。それで猿がここに来なくなるのなら‥‥。
「順調に育ってるね。これも皆が協力してくれているおかげか」
グラルスは自らが植えたトマトの青い実を見た。
「大丈夫ですか?夏場の作業での真の敵は熱中症です。油断無き様に‥‥」
塩飴をグラルスに差し出し、海柘榴は微笑んだ。
「ありがとう。海柘榴さんも気をつけて」
グラルスは塩飴を受け取った。
「何で実を切り落としちゃうんですか!?」
中島の慌てた声にラズベリーは冷静に答える。
「摘果だよ。大きくて味のよい果実を作るためにするんだ。こうするときみの知っている大きなスイカができるんだ」
中島は「知らなかった」と言って、大急ぎで観察日記を取り出した。ラズベリーも摘果を終えたら観察日記を記録しておこうと思った。
そんな中島とラズベリーの様子を見て水無月は微笑んだ。
「今日のパトロール終了っす!今日も平和っす!」
お腹を鳴らして、大谷が戻ってきた。猿のパトロールは続けられている。
「おにぎりを用意しています。よろしければ皆様もお食べください」
海柘榴が手早く弁当を広げていく。
温かく見守られながら畑は、今日も元気に成長している。