●梅雨の畑作り
桐村 灯子(
ja8321)は曇天の空を見上げた。
「今日は雨が降るわね」
明日は畑を作る依頼があるというのに‥‥梅雨空はそんなことお構いなしだ。
その頃、大谷 知夏(
ja0041)は明日の為に学園の園芸関係の部を回ってアドバイスを貰ったり、図書館で園芸関係の本を借りて読んでいた。
「枝豆、塩茹ででも美味しいっすね‥‥はっ!知夏は、畑作りに興味があったので、調べてるっすよ!決して、収穫物目当てでは無いっすよ!無いっすよ!」
ぶんぶんと頭を振って煩悩を弾き飛ばそうと努力する大谷をこっそりと海柘榴(
ja8493)が見つめている。すばやく何かメモを取って、次の場所へと向かった。
海柘榴が向かった先では八辻 鴉坤(
ja7362)と高瀬 里桜(
ja0394)と中島 雪哉(jz0080)と先生がなにやら話をしていた。
「子供が安全に遊びながら色々学べるように、カカシ制作は小等部の子に遊びながらやってもらえたらと」
「小等部の授業でやるものだったって聞いたし、自分で作ったものが役に立つと子供たちも嬉しいですよね♪」
「なるほど。それはいいアイデアだ。中島、頼めるか?」
「任せてください!」
中島は元気に返事をした。
「幼い頃から自然に触れるって、学ぶことが多いよね」
「畑をつくるっていいよね〜!私も小学校のときやったよ♪懐かしい〜!」
海柘榴はそんな4人を見つつ、また何かメモを取った。
空が、ついに泣き出した。
「明日は晴れるかなぁ」
次の日、作業が始まった。昨日とは打って変わった晴天である。
しかし、昨日の雨のおかげで土は軟らかくなっているようだ。
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は動きやすく、汚れてもいいようなものに着替えてきた。
「絶好の畑日和ってとこかな」
「ホントね♪‥‥ちゃんと日焼け止め塗っておかないと」
そういうと高瀬は荷物から取り出した日焼け止めを露出する部分に塗っていく。乙女の柔肌に紫外線は大敵である。
「荒野に花を植えるが如く、何もない場所に命を芽生えさせるというのも、なかなか心踊るものではないか」
ジャージに軍手、日よけ帽子もばっちりに、ラズベリー・シャーウッド(
ja2022)は実に楽しそうにそう呟いた。
中島はそんなラズベリーに感心したようだ。
「先輩は詩人みたいですね」
「‥‥大袈裟かい?ふふ、野菜達が育って行く様を想像すると何だか嬉しくてね」
ラズベリーはふふっと笑った。
水無月 葵(
ja0968)はいつもの和服ではなく、畑を耕し、苗植えをするときは、農家のお婆ちゃんのようなモンペ姿で現れた。
可憐かつ美麗な容姿を汚してでも、農作業を頑張るという気迫が目に見えるようだった。
「私、哉子(かなこ)さんに作物が成長する様子を知ってもらいたいから、頑張りますわ」
「!?何でボクの本名を‥‥!?」
水無月が言った『哉子』は中島の本名である。
慌てふためく中島に水無月は「素敵な名前ですよ」とにっこり笑った。
「日焼け止め塗る人は言ってね♪貸すよ〜。あと軍手、皆持ってるかな?」
「虫除けスプレーをするといいわ。刺されてからでは遅いから」
高瀬と桐村が皆に準備を促す。
「疲れを感じたり気分が悪くなったら、すぐに休憩を」
八辻が指差す先には渡り廊下の陰。それぞれが持ってきたお茶やスポーツドリンクなどが置かれている。
「水分補給はこまめにするといいと思います。タオルなどもありますのでお使いください」
海柘榴は屈んで自分の荷物からタオルを取り出して並べておいた。
「畑仕事なんて久しぶりだわ」
桐村は目の前に広がる荒れた畑に溜息をついた。しかしその溜息は後ろ向きなものではなく、自分達が頑張ることによって次につながることへの期待だった。
●トマト&きゅうり
「これから自分たちで野菜や果物を栽培するという事は、この先きっといい経験になるはずだからね。それに最初が肝心だし、しっかりやろう」
グラルスはそう言うと、畑に足を踏み入れた。
「そうですね。私達が頑張ったらきっと小等部の子達も喜んでくれますよね♪」
高瀬はスコップを手ににっこりと笑った。
グラルスがくわで土を撫でるように、しかし雑草の根をしっかりと剥ぎ取るように振る。
その後を高瀬がフォローするように雑草を掘り起こして、脇へとまとめていく。
なかなかよいコンビネーションである。
と、突然「あ!」と高瀬が小さな声をあげた。
「? どうした?」
見れば高瀬のスコップに小さなミミズが踊りくねっている。
「ミミズか‥‥苦手?」
「ううん、平気。ミミズさん、潰されないようにちょっとあっちいこうか」
スコップにミミズを乗せたまま、高瀬は畑の隅っこのほうにミミズを解放した。
グラルスは少し微笑むと再びくわを持って土を掘り返し始めた。
「なかなか大変だな。結構腰にくるや」
「あ、疲れたなら代わりましょうか?」
ニコニコとそう言った高瀬にグラルスは少し考えたが「もう少し頑張ってみるよ」と答えた。
「わかりました、無理しないでくださいね?私、こう見えても力ありますから」
撃退士なのだから当然といえば当然だが、それでも男として女の子に代わってもらっていいものか?
グラルスの葛藤は土を掘り返しながら、延々と続いた。
●ピーマン
雨のおかげで土が軟らかいな。
八辻はくわを使って草の根を絶つように土を掘り返す。八辻が掘り返した後を水無月は丁寧に草を除いていく。
片ひざをつき、服が汚れるのもかまわずに水無月はそのほかにも少し大きめの邪魔になりそうな石を隅へとよけていく。
水無月は懸命に土を掘り返す八辻のサポートに徹した。
「ふぅ。これで全部掘り返したな‥‥あ、水無月さん、雑草を除いてくれたのか」
全体掘り返し振り返った八辻は綺麗に雑草の片付けられた畑に敬服した。
「はい。私に出来るのはこれぐらいですから」
「いやいや、充分だ。これですぐに肥料が撒ける」
そう言うと八辻は積んであった肥料の1つを運んできて畑にまき始めた。
「これを混ぜればよろしいのですか?」
「あぁ、混ぜながらウネも作っていこうかと思ってる」
なるほど、と水無月は頷き肥料が撒き終わるのを見守った。肥料を撒き終えると、八辻は再びくわを持って土を盛りウネを作り始めた。
少し土を盛っては移動し、また盛っては少し移動。
「‥‥やり方は分かってるけど、やってみると難しい‥‥ね。‥‥ウネ、曲がってない?大丈夫?」
八辻が訊くと水無月はにっこりと笑った。
「大丈夫です。とてもまっすぐに出来ています」
「そうか。なら曲がりそうになったら教えてくれるか?」
「わかりました」
水無月はそう言うと、ハッと周りをキョロキョロと見渡した。
「そう言えば中島さんの姿が見当たりませんが‥‥」
「小等部の子達とカカシを作ってくれるように頼んだから、どこか別の場所で作ってるいるんじゃないか?」
●枝豆&ナス
「畑、バッチこいっす!」
動きやすさ重視、ジャージの袖をまくりながら首周りに手ぬぐいを巻き、麦わら帽に長靴のフル装備で大谷は気合を入れた。
「あなたのやる気が目に見えるようだわ」
桐村はわずかに微笑んで、早速作業へと取り掛かった。
「掘って掘って掘り起こして雑草を根ごと取り除くっす!」
「根の土はきちんと落としてね。畑にとって土は大事よ」
「わかったっす!」
前日が雨だったとはいえ、しっかりと張った根はスコップではなかなか掘り起こせない。
「やっぱり硬いわね‥‥」
家の畑はこんなに荒れたことはなかった。桐村は昔の人の開墾の苦労が少しだけ分かったような気がした。
雑草のついでに小石やゴミを取り除き、土に肥料を混ぜる。
「畑らしくなってきたっすね!灯子ちゃん先輩!」
「ここからウネを作って苗を植える場所を作っていくわ」
「りょーかいっす!」
それぞれにくわを手にするとウネを作っていく。荒れた畑は、ようやく本来の姿に戻りつつあった。
●スイカ
「まずは土を軟らかくして堆肥等と混ぜて、苗の育ちやすい土壌にする必要があるが‥‥」
ラズベリーはそう言うと、まずシャベルでえいっと掘ってみた。
「昨日の雨が幸いしたようですね」
思ったよりも簡単に突き刺さったシャベルを見て、海柘榴はスコップを取り出した。
土を掘り返しながら雑草を抜き、雑草についた土をなるべく叩き落とす。タンポポなどのまっすぐに伸びた根もしっかりと取り除いた。
「‥‥ふふふ、こうして畑仕事をしていると御屋敷の家庭菜園を思い出しますね‥‥ 」
海柘榴が微笑んでそう言うと、ラズベリーは「へぇ」となにやら気になった様子だった。
「あなたはお屋敷にいたのですか?」
「はい。メイドをしていました。お屋敷の家庭菜園を守るのもメイドの仕事のうちでした」
「どうりで慣れているんですね」
ラズベリーは慣れた手つきの海柘榴に納得した。海柘榴は「いえ、私などまだまだです」と謙遜した。
そんな話をしている間も土は掘り返され、雑草は取り除かれてこんもりとした雑草の山が築かれた。
「この雑草は後で纏めて片付けましょう」
「そうですね」
全ての雑草を取り終わると海柘榴は肥料と用意してきた粘土質の土を畑に撒き始めた。ラズベリーは巻き終えたところから土をかき混ぜながらウネを作っていく。
振り返れば、いつの間にやら綺麗な畑が出来上がっていた。
「‥‥一度休憩を入れましょうか」
海柘榴は他の畑で作業する人たちにも、そう呼びかけた。
●小休止
海柘榴は渡り廊下でタオルや飲料水、おにぎりなどの入った大きなお重を並べた。
「おぉ!お弁当っす!」
大谷の目がランランと輝く。
「皆さんの分を作ってこられたの?」
水無月が聞くと海柘榴は丁寧に頷いた。
「すべての作業が終わってからと思ったけど‥‥私もお菓子を持ってきたの。よかったら食べて」
ごそごそと荷物の中から桐村もお菓子や飲み物を取り出す。
「僕もあるよ。ビタミンの摂取は熱中症対策にも良いそうだから、舐めるといいよ」
ラズベリーは黄色いレモンキャンディーを取り出した。
「あ、なら私も出しちゃお♪甘いお菓子で疲労回復だよ!」
高瀬の取り出したお菓子も合わせるとずいぶんな量の食べ物が広げられた。
「あ、先輩!カカシ出来ました!!」
タイミングよく、中島とカカシ作りに集まった小学生たちがカカシを持って現れた。
「お疲れ様。‥‥また凄いのが出来たね」
グラルスが微笑んでカカシの感想を述べた。スタンダードなへのへのもへじから黒いTシャツを髪の毛に見立てて作られた請った物まで全4体である。
「あ!おにぎり!お菓子もある!」
「どうぞ。お茶もご用意いたしております」
海柘榴はそういうと小学生分のお茶を注ぎ始めた。
「きみは食べないの?」
おにぎりを1つ掴んだ八辻が海柘榴に訊ねた。
「私はメイドです。皆様が食事を終えるまでがお仕事、私に気にせずお食事を楽しんで下さいま‥‥」と、言葉の途中で海柘榴のお腹がきゅるる〜と鳴った。
「‥‥楽しんで下さいませ」
海柘榴はそれでもメイドの使命を果たした。
●作業再開
苗を植える作業は、小学生たちも加わった。等間隔に苗を植えるように指示した。
「芋虫や天道虫は害虫ですから、強制引越しさせてください。ミミズやクモは益虫といってよい虫なのでそのままにしてあげてください」
海柘榴がそう説明しながら雑草の繁殖を防ぐ藁を土の上にかぶせていく。
「苗は優しく扱うんだよ」
支柱栽培の準備をしながらラズベリーも小等部の後輩に指導した。
スイカの区画はさらに鳥除け様ネットと落下防止用ネットを設置していく。
「部活の先輩から教わったこと、これで全部かな?」
ラズベリーはメモを見ながら丁寧に確認して回った。
「美味しく育ってねって気持ちをこめると、きっと美味しくなるよ♪」
高瀬はそういいながら優しくトマト苗を植えていく。
「どこに何を植えたかの目印をつけようか」
グラルスはトマトの支柱を設置しながらそう言うと、小学生は少し考えて「分かれ目にカカシを立てるのは?」と言った。
「それじゃトマトの苗を植え終わったらカカシを立てよう」
グラルスが提案を採用してくれたので、小学生は喜んだ。
「じゃじゃーん!ビデオテープっす!」
「それ何に使うの?」
大谷の突然の行動に、小学生が首を傾げた。
「ふっふっふ。鳥は磁気が苦手らしいので、防鳥ネットと組み合わせることで被害を防ぐっすよ!」
「おぉ〜!」
大谷の演説に小学生は感嘆の声を上げた。
「千夏さん、まず苗を植えないと」
ナスの支柱を用意していた桐村にそういわれて大谷はハッとした。
「そうだったっす!皆で植えるっすよ!」
「間隔は‥‥コレくらいかな。支柱は‥‥っと‥‥」
手際よく八辻と水無月がピーマンの苗を植える。
「よし。余ったスペースにヒマワリを植えよう」
八辻が周りを見るとどうやらほぼ他の畑も作業を終えたようだ。
「ヒマワリが野菜の陰にならないように植えようね。向日葵は害虫から野菜を守る優秀なエージェントだ!」
高瀬の声におー!と返事をする小学生。
そんな中、水無月は中島を呼び止めた。
「中島さん、観察の記録をつけてみません?個性豊かな作物たち‥‥。愛情を持って育てることで逞しく成長し実を結びますわ。その記録をぜひつけて欲しいの」
「記録‥‥はい!わかりました」
中島の返事に水無月は微笑んだ。
全ての苗を植え終わると、八辻は仕上げに水を撒いた。
「ん、お疲れ様」
桐村はその作業が終わると皆にお菓子を配った。これで全ての作業は終わった。
「あとはこれから次第だね。こっちで水やったりしないとならないし、成長度合いも気候に左右されるしね」
グラルスの言うとおり、畑は苗を植えただけで終わりではない。むしろここからの管理が大変なのだ。
「畑の管理はお任せください」
水無月がそう言うと、中島たち小学生も挙手した。
「ボク達もがんばるよ!」
●すくすくと
1週間後。周りをヒマワリに囲まれTシャツを着たカカシ4体が守るそれぞれの畑に水無月が水を撒いて、キラキラと虹がかかっている。
「やぁ、きみも来たのかい?」
ノートを広げてスイカを観察していたラズベリーは、同じくノートを手にした中島に声をかけた。
「シャーウッド先輩も記録つけてるんですか?」
「あぁ。今後の参考になるかもしれないし、初めてのスイカ作りの記念に、ね‥‥♪」
どことなく嬉しそうにスイカの苗を見つめるラズベリーは指差した。
「きみも見てみるといいよ」
そこには‥‥スイカの黄色い花が一輪咲いていた。
「うわぁ!葵先輩!咲いてる!花が咲いてます!!」
水無月はそんな中島の様子に目を細めて微笑んだ。知って欲しかったことが、少しだけ中島に伝わった気がした。
中島さんも、良く食べ・良く学び・良く遊んで。ステキに成長して大きな実を‥‥結果を結んで欲しいの。