●望む未来のために
「アールを話し合いで解決させるにはそれなりの覚悟が必要だよな。‥‥それってつまりバトルだよな」
相馬 カズヤ(
jb0924)がそう訊くとフロル・六華(jz0245)は少し辛そうにコクリと頷く。
「此方がアールに伝えたいこと、聞いておきたいことは予め六華に伝えておいて、六華の口から話せば多少なりとも反感を抑えることはできると思うんだ」
向坂 玲治(
ja6214)は六華の望みである『話し合いでの解決』への提案をする。
「アールちゃんと会ったら戦いに来たわけではないことは明確に伝えましょう。丁寧に説得しましょう」
にっこりと深森 木葉(
jb1711)はそう言う。
「前にも訊いたけれど、もう一度訊くね。今、想像のアールさんは六華ちゃんの前に立ち塞がっている? それとも不機嫌そうでも隣にいる?」
川澄文歌(
jb7507)はいつか問った質問を六華に再び繰り返す。
「‥‥立ち塞がっています」
「なら‥‥一緒に説得しよう。雪哉ちゃんも取り戻して、みんなで仲良くできる方法を探そう」
川澄に励まされる六華に木嶋香里(
jb7748)も微笑む。
「六華ちゃんが望む様にもっていきましょう。きっと道はあります」
Abhainn soileir(
jb9953)は木嶋の言葉に頷く。
「まずは雪哉ちゃんの安全が第一ですねー。雪哉ちゃんの安全が確認されるまでは刺激せずに慎重にいきましょうー」
他の撃退士たちが雪哉奪還に対し策を話し合う中、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は六華の一連の話からとある仮説を組み立てていた。
『フロルが記憶を失っている事をいいことに丸め込む気なんじゃ? 』
記憶が飛ぶほどの強烈な攻撃を加えて置いてよりを戻そうと言う無神経さがずっと不思議だった。でもそう考えるとなんだかしっくりとくるのだ。だから仲間にひとつの案を提示する。
「フロルが記憶を取り戻したことはアールには隠しておくぞ。奴自身から致命的な失言を引き出して、そこに隙を見つける。悪魔は強い奴に従うという習性を利用して説得に持込むぞ。そのために相手の誘いには絶対に乗るな」
ラファルは強い口調で六華にそう言う。
隙を見つける、強い奴に従う‥‥その言葉に六華は少しだけ顔をこわばらせる。
「ガキにはさ、一度がつんと言って聞かせないとわかんないこともあるって。‥‥オレの言えた義理じゃないけど!」
相馬が少しだけおどけたように言うと、六華は「そうかもしれません」と笑った。
何はともあれ、アールがいるであろう愛知県に向かう。
●愛知県西村近くにて
アール・オムは時間、場所の指定はしていなかった。けれど、おそらくは愛知県西村の近くに潜伏しているはずだ。
夜の山の中、いくら月光があるといっても視界は悪い。けれど‥‥
「シー! やっぱり来てくれたんですね」
そこに、アール・オムはいた。
六華の姿と、そしてその周りにいる相馬、深森、ラファル、川澄、Abhainnの姿を認めると眉をひそめる。
「‥‥1人で、と言ったはずですがね?」
「雪哉、無事ですか?」
少し震えた声の六華に、アールは表情を変えない。
「誰です?」
「戦いに来たわけではないのですよ。ヒヒイロカネを預けても構いません。‥‥あのイヤリングはどこで入手したのでしょう?」
深森の言葉にかぶせるように、普段は優しい声色の川澄が棘のある声で訊く。
「どうして貴方が雪哉ちゃんのアクセサリ―を持っているんです?」
「‥‥シー、人間が居てはろくに話もできません。早く帰りましょう」
アールは全く撃退士たちの話を聞く気が無いようだ。
険悪な雰囲気での沈黙。しかし、そこに撃退士たちに宛てたメールが届いた。
それは『中島 雪哉(jz0080)の愛知県西村近辺での発見、及び西村家での保護』の知らせだった。
「雪哉は無事‥‥?」
気が抜けたような六華に対し、川澄はアールに頭を下げる。先ほどまでの厳しい顔ではない。
「貴方の事を疑ってごめんなさい‥‥」
それでも、アールは撃退士たちを無視し続ける。六華はここに来るまでに授けられた言葉をアールにぶつける。
「俺、オムにとってなんですか? 都合のいい道具ですか? ペットですか? 俺の意見は聞いてくれないのですか?」
「シーは道具でもペットでもないですよ。私の大事な仲間です。守れる範囲にいてくれるなら、いくらでも意見は聞きます」
六華の言葉に少し機嫌を直したように、アールは打って変わって淀みなく答える。
『守れる範囲なら』‥‥?
結局のところ、アール自身が依存し続けているだけだ。只々自分が良ければそれで良いってだけのな。それを勝手な理論で正当化しようとしている。
向坂はアールの言葉をそう感じとった。
「人間も悪魔も、2人きりでやってくなんてムリだよ。手をさしのべてもらって、手をさしのべて‥‥たくさんの人とつながりを作るのが大事なのにさ!」
相馬の言葉はアールには届かず、相馬の言葉を真似た六華の言葉にアールは答える。
「仲間は仲間といた方が自然でしょう」
ラファルはそのやり取りを無言で見つめる。
因縁の対決。真に戦うべきはラファルではなくアールと六華。直接手を出せないもどかしさ。歪んだ愛・執着ゆえに起こった悲劇だ。
「アールちゃんがシー・ファムちゃんを大事に想っているように、あたしたちも六華ちゃんを大事に想っているんですよぉ。六華ちゃん自身は学園にいたいと思ってるんです!」
深森は何度でも自身の声で訴える。アールが聞く耳持たなくても、声は聞こえてるはず。何度も何度も、粘り強く訴えかければその言葉もきっと心に届くはず‥‥!
「オム。俺、学園にいたいんです‥‥!」
「無理ですよ。シーの居場所はそこではないのですから」
「貴方が雪哉ちゃんの事を傷つけてないなら、私たちはまだ友達になれるよっ! 六華ちゃんも貴方と友達でいたいって言ってるよ。だからっ」
「オムが助けてくれたから、俺、今生きてます。だからオムも一緒にみんなで友達に‥‥!」
「みんな、は必要ないのですよ。私以外にシーを守れないんですから」
アールの心には六華の言葉も届いていない。
「ただの独占欲でこいつ囲ったら、今度こそ六華は心が再起不能になるんじゃないか?」
相馬の呟き。アールの心には何のダメージも与えない。説得は無理なのかもしれない。
「アールが本当にシーさんのことを大事に思うなら穏便に済ませたいところですがー‥‥シーさんに深い傷を負わせたのはアールですよねー?」
Abhainnがそう言った。それはゆさぶりの言葉だった。
だが、その瞬間アールの顔に殺気がおびた。
●アール・オムと六華
アールはその手を六華に伸ばした。
深森は乾坤網をかけ、川澄は八卦水鏡で防御し、Abhainnはアウルの鎧で発動し、相馬はストレイシオンを召喚し、潜んでいた木嶋は庇護の翼を発動し、そしてラファルはその身を投げ出した。
そのどれもが標的となった六華に向けられたものだったが、そのどれもが不要に終わった。
アールの手は一瞬の躊躇を見せ、その隙に木嶋と同じく潜んでいた向坂のダークハンドによってアールの身は束縛され、そのまま身動きを封じられた。
「‥‥シーさんの親を自認しているのなら、アールさんは今自分がしたことをしっかり認識するべきですねー?」
「‥‥」
Abhainnの言葉に、アールは答えない。ただその顔に既に殺気はなく、ただ後悔のようなものが浮かんでいた。
「力振りかざして相手を引き留めるなんて、ホントガキ! 六華のこと考えてない、いい証拠だよな」
プンスカと怒る相馬は六華に怪我がないことを確かめる。
「あ、いた! 香里先輩〜! カズヤく‥‥何これ!?」
と、そんな状況の中のこのこと現れたのは中島である。拘束されたアールと撃退士たちに驚きを隠せない。
「雪哉、無事だったのですね!」
「う、うん。何があったの?」
状況説明を受けた後、中島はうーんと考え込んだ。ただ、状況についていけてないようだった。
「貴方はあの日、今日と同じ事をしたんだよ‥‥」
「あの日‥‥」
川澄の言葉にアールは何か疑問を覚えたようだったが、その後に川澄に抱きしめられたことでアールの疑問は言葉にならなくなった。
「貴方はすべてを捨ててシーちゃんと一緒にいる事を選んだんだよね? そんなにシーちゃんが大切なら、シーちゃんを認めて。貴方が命を助けたシーちゃんはもう立派な一人前の悪魔なのだから」
人間に抱きしめられたパニックがアールを襲っている。困惑と焦りが体中から感じられる。
「本当にシーちゃんのことが好きなら、六華‥‥シーちゃんの願いを叶えてあげてほしいのですよぉ」
深森がにこにことそう言うと、六華はハッとしたように頷く。
「俺、学園にいたいんです。友達と仲間と‥‥一緒にいたいんです」
「雪哉ちゃんも襲われていないなら、今回のことで怒ったりはしていないでしょうー? アールが六華ちゃんの友達なら、雪哉ちゃんもきっとアールも友達だって言うでしょうー?」
Abhainnはにこにこと中島にそう訊く。中島は大きく頷いた。
「六華ちゃんの友達なら、ボクにも友達だよ!」
「ほらねー? アールも本当は友達が欲しかったのではないですかー? アールも誇り高い悪魔を自認するなら、私たちに負けたのですから、本音を言いましょうー?」
Abhainnはさらににこにことアールに問う。しかし、その問いにアールは答えない。頑ななアールに相馬はため息1つつく。
「‥‥六華はこの学園にいたいって。それを尊重するのが男だろ?」
「守りたいのなら、相手の意志も守ってあげてください。それが本当に守るということです。学園で六華ちゃんと一緒に暮らしてみませんか? 六華ちゃんもそれを望んでいます」
木嶋が諭すようにそう言う。しかし、ラファルはそれに異を唱えた。
「‥‥今のまま学園にアールを受け入れてもフロルに害を為す事は容易に想像できるからな。定期的な面会はいいとしてもフロルは学園に預けて手を引けよ。‥‥たまにはフロルの言う事も聞いてみな。おまえの考えばかり押し付けたってフロルだって一人の悪魔なんだからな。仲間だと言う前にまずはおまえがシーの仲間になれよな。話はそれからさ」
「アールちゃんは六華ちゃんに『依存』してるのですね。六華ちゃんがいることで自身を保てる‥‥。だから六華ちゃんを取られるのが怖いのですね。‥‥離れてみて、お互いの心をもう一度、見つめなおしてはいかがでしょう? 六華ちゃんへの『依存』が消えた時、お二人は本当の『お友達』になれると思うのです」
ラファルの意見と同じく、深森もアールが学園に来ることを今は反対する。
川澄は優しくアールを抱きしめて訊ねる。
「キミが本当に望む未来はどんなもの? 私たちとも友達になろう。今はまだ気持ちの整理がつかなくても、私たちは何度だって説得しに来るよ」
「‥‥わかった」
アールは確かにそう言った。
「六華の学園残留を認めるってことか?」
向坂が訊くとアールは小さく頷く。誰もがアールの説得したと思った。向坂はアールの拘束を解いた。しかし、その途端アールはその場から逃げ出した。
「シーが‥‥いらない知恵を‥‥いや、覚えて‥‥?」
その言葉を残して、アールは闇に消えた。
逃げたアールを見て、六華はそれでもどこか晴れたような顔をしていた。
「俺、オムはわかってくれていると思うんです。攻撃する手を止めた時、オムはとても苦しそうだったから」
そして、にっこりと笑ったのだ。
「だから俺、諦めません。オムとも本当の仲間になれる時が来るって信じます」
「『皆を笑顔にする』。それがアイドルの矜持だよ。ねっ、雪哉ちゃん?」
川澄の言葉に、中島は頷く。
「アイドルの本分ですね! ボクの目標です!」
「‥‥中島、オレはちょっと前まで笑えなかったぞ」
「!? カズヤ君!?」
「自分から危ないとこ行くな! オレたちすっげー心配したんだぞ?」
相馬が凄い勢いで中島に説教をする。同級生に怒られるのは先輩に怒られるのよりも効くものである。
「ご、ごめんなさ‥‥!」
「だから‥‥離れるな! 何かあったら、オレに相談しろ!」
「は、はいぃ!!」
気圧されて思わず返事した中島と、勢いで思わず言っちゃった相馬。
「‥‥べっべつに、お前のこと好きっていうわけじゃないんだからな!」
慌てて否定するも、なんだか形容しがたい雰囲気に思わず2人とも黙り込むのだった。
「そろそろ夜が明けますね。学園に帰りましょう。朝ご飯、一緒に食べましょう」
木嶋がそう言って帰りの連絡を入れるのだった。
当初の六華の望んだ未来とは別の道を走り出したかもしれない。
けれど、別の希望を生む結果をもたらした。
その希望がいつ叶うのか、はたまた潰れてしまうのかはまだわからない‥‥。