●意思確認
『フロル・六華(jz0245)さんの記憶を取り戻す試みをしますか?』
この問いに、集まった撃退士たちは口を開く。
「どんな記憶だろうと、六華ちゃんが学園で過ごした時間は確かなものですぅ。どんなことがあっても、あたしは六華ちゃんの友達ですぅ〜。六華ちゃんの記憶、取り戻すのは賛成ですぅ」
にこにこと深森 木葉(
jb1711)は笑顔で言う。
「たとえ辛いことがあるのかも知れないけど、先に進む為の一歩には違いないよなぁ‥‥だから、オレは『思い出す』に賛成」
相馬 カズヤ(
jb0924)はそう言って力強く頷く。
「本当は記憶なんか思いださない方がいいんだけれどな。でもそれは過去が追いかけてこない時だけでさ‥‥過去のしがらみが現在のフロルを捕えて離さないなら、決着をつけるためにも思いだすしかないんだ。それが絆を持つ物すべての責任なんだよ。フロルが記憶を取り戻すこと俺は賛成だ」
決意したような強い口調のラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
川澄文歌(
jb7507)は優しい口調で答える。
「私は取り戻してあげたいって思います。このままではシー・ファムさんって存在がかわいそうで‥‥六華ちゃんのままで過去の記憶を取り戻してあげたいなって思います」
微笑みながら頷くのはAbhainn soileir(
jb9953)。
「六華ちゃんの記憶を取り戻すのに賛成ですよー」
異口同音。全員の意思は固まっている。
「人格を形作るのは記憶だ。無くしていたものが戻ってどうなるか、さて‥‥?」
向坂 玲治(
ja6214)は六華の失われた記憶の次に来るものがなんなのかを考える。
何が浮かび上がるのか? どんな事態の背後関係が浮かび上がるのか?
撃退士たちの意思を確認すると、スクールカウンセラーは六華の記憶を探るべく用意を始めた。
●記憶は‥‥
暗がりの部屋の中、ソファに座った六華は目を瞑り静かな深呼吸を繰り返す。
「記憶は過去に戻っていきます。アール・オムに出会ったこと‥‥仲間たちと笑いあったこと‥‥久遠ヶ原学園に来た事‥‥怪我をして目覚めたこと‥‥そして、怪我をする前のこと‥‥さぁ、あなたは誰ですか?」
目を瞑ったままの六華にカウンセラーがそう訊くと、六華は小さく答えた。
「シー・ファム‥‥です」
カウンセラーは撃退士たちに席を譲る。シー・ファムに問いかけるためだ。
「まずはアール・オムとの関係について聞きましょうー。どういう関係だったんですかー?」
Abhainnがそう訊くと、六華は「関係‥‥?」と問い返す。ラファルがもう少し砕いて質問を繰り返す。
「フロルにとってアールは親みたいなものだとアールが言った。養父か? 教師か? 上司か?」
「上司‥‥親‥‥教師‥‥どれも当てはまるかもしれません。私はとある悪魔に拾われ、捨てられました。その悪魔からもう一度私を拾ってくれたのがオムでした」
六華が『私』という一人称を使い、アール・オムを『オム』と呼ぶ。そこにいるのは六華ではなく、確かにシー・ファムだった。
「過去に何をやっていたか‥‥思い出せるかな?」
川澄がそう訊くと、六華はよどみなく答える。
「最初は悪魔たちがたくさんいるところにいました。そこでオムと私は私を捨てた悪魔に使役されていました。それはとても辛かった‥‥。ある時オムは私を連れて大きな戦いに乗じてその地を離れました。その後は色々なところを転々としていました。色々なところに行きました。誰もいない場所を探し、人影が見えると場所を移動していました」
大きな戦い? 京都か‥‥あるいは長野での戦いのことだろうか?
それに乗じてその地を離れたというのは、つまり『逃げ出した』ということか。
そうであれば、アール・オムが言っていた『追跡者』というのはその『シー・ファムを捨てた悪魔』によるものなのか?
向坂は過去の調査結果とシー・ファムの証言を照らし合わせる。だが‥‥。
『アール・オムとシー・ファムに追撃命令は出ていなかった』
過去の証言と食い違う。
「‥‥悪魔が部下の脱走とかを許すはずもないから何かおかしい。だから任務として人間界に近いところに来てたんじゃねぇか? つまりスパイだな。子供と接したのも情報収集のためだったともいえるんじゃ‥‥」
ラファルが推論を述べた。‥‥もう少し、六華の話を聞いてみる必要がありそうだ。
「記憶を失うような出来事があったのですかぁ? 何か、辛いことがあったのかなぁ? それとも強い衝撃を受けちゃったのかなぁ? お友達とけんかしちゃったとかぁ? きっかけがあれば、教えてほしいのですぅ」
深森が心配そうにそう訊くと、六華は呟き始める。
六華が西村に落ちてきた、あの夜の出来事を‥‥。
「私は、寂しかった。捨てられた私を拾ってくれたオムがいるように、みんなが仲良くできるのではないかとずっと思っていました。でも、オムはそれを嫌いました。私たちを使役するだけの悪魔も、悪魔を敵対視する天使も人間もすべてを嫌いました。私は‥‥悲しかった。私はある日、人間の村を見つけました。私は、翼を隠して人間に接触しました。小さな子供でした。とても不思議な気持ちになりました。オムに隠れて何度も会いに行きました。‥‥それはすぐに、オムに知られました。オムは怒り、村を攻撃すると言いました。私はそれを止めようとしました。オムはそんな私を許さず‥‥。許されないのならば、死んでしまいたい。だからオムの攻撃をそのまま受け、地面に叩きつけられることを選びました」
六華はそう言った後で、瞑っていた目を開けた。
「俺‥‥死ななかったのですね」
あの日、六華を襲ったのはアール・オムだった。記憶喪失は予定されていたのものでなかったのだ。
撃退士たちの推測してきたことはある程度当たっていた。
「六華ちゃん? シー・ファムちゃん?」
「はい、木葉。六華です。でも、シー・ファムです」
「記憶は戻ったのですかー?」
「はい、Abhainn。学園でのことも、オムのことも覚えています」
調査してきた結果と照らし合わせれば、六華のこの証言は事実にも思えた。けれど、ラファルは首を捻る。
「『兵士だったアール』と『シーを迎えに来ているアール』は別人なんじゃないか? シーに対して支配的な態度で接していたアールと穏健な今のアールが俺にはどうしても同一人物に思えねぇんだ」
「それは‥‥俺、同一人物だと思います。けど、殺そうとまでしたのにもう一度連れて行こうとするのか‥‥俺にもわかりません」
新たな謎が出てきた。アール・オムはなぜ六華を再び手に入れようとするのか?
六華の様子を見ていた相馬は、六華の記憶がそのままであることに安堵した。と、同時にもう1人の友人について気にかかった。
「‥‥そう言えば、こういうとき一番に首突っ込んでくるはずの中島はどうしたんだろう?」
六華のことを気にする友人・中島 雪哉(jz0080)の気配が全くしない。
いつもだったら真っ先に飛んでくるのに‥‥。そういえばここの所見ていないような‥‥?
相馬の心に何かが引っ掛かったが、依頼などで学園を留守にしていることもよくあること。モヤモヤしたが、とりあえずそれは口に出さなかった。
●プレゼント
六華の記憶を取り戻し10日ほど後、アール・オムからプレゼントは届いた。
その中身を確認した六華は「アール・オムに会いに行きます」と出て行こうとするのを引き留められ、撃退士たちは呼ばれた。
『シーが好きな人間の女の子のアクセサリ―を贈ります。シーが私に1人で会いに来てくれると信じています』
アール・オムからの手紙にはそう書いてあった。
「贈り物ってやつ、見せてもらっていいか?」
向坂がそう訊ねると、六華はそれを素直に手渡した。翡翠色のトンボ玉イヤリング。いたって普通の品だ。
「これ、見たことある奴は? もしくは誰か身につけてたとか」
「まさか中島のじゃないよな‥‥」
向坂の言葉に、相馬が不安そうな顔になる。それは当たった。
「これ‥‥雪哉ちゃんの!? 雪哉ちゃんのかも!」
中島の部活の先輩でもある川澄が顔色を変える。
「そういえばこんな大事な時に、雪哉ちゃんはどこに行ったのでしょうかぁ? ひとりで先走ってなければいいのですがぁ‥‥」
「『シーの好きな人間の女の子』って、つまり六華の友達‥‥? オレ、出欠記録とか依頼記録とか‥‥調べてくる!」
深森の言葉に相馬が慌てて走り出す。
「イヤリングが西村にいた六華ちゃんと遊んでいた6歳くらいの子供の物とは思えませんが、もしかしたらということもあるので西川家に連絡して確認しますー」
Abhainnは学園を通じ西村の西川家へと連絡を取る。西川家から西村の村民へと確認が入る。その間も、六華は落ち着かず下を向いたまま黙っている。折り返しの連絡はすぐにあった。西村の子供が行方不明になっているという事実はない。
「もしかして六華ちゃんがアールさんに会いに行こうとしているのは、人質として捕まっているかもしれない雪哉ちゃんを助け出すため?」
川澄は優しく訊いてみたが、六華は答えない。
「身内が関係しているのなら黙って見ているわけにもいかないし、そもそも六華も既に身内であるからこのまま1人で行かせるわけにはいかない」
向坂がそう説得しても、六華はひたすらに黙っている。そうしているうちに、ダッシュで戻ってきた相馬が青い顔で言った。
「中島、2週間以上出席してないって‥‥依頼もどこにも行ってないって‥‥」
イヤリングが中島のものである可能性は高まった。いや、ほぼ中島のものだと言っていいのではないだろうか。
「‥‥イヤリングが中島のものなら、六華1人で行かせるわけにいかないよ。中島、捕まってる可能性もあるんだし助けないとな」
相馬はそう呟く。
「たしかに雪哉ちゃんが人質に取られているのなら、相手に言われた通り1人で行こうとするのもわかるよ。でもそれだと六華ちゃんは過去の六華ちゃんに戻っちゃう‥‥。私は六華ちゃんにも雪哉ちゃんにも辛い思いをして欲しくないの。だから、私たちを信じて。私も六華ちゃんを信じるから‥‥」
相馬や川澄の言葉に、六華は厳しい顔で俯く。
「俺はフロルを信じるぜ。仲間だからな、一人で行くと言うのも遮ったりはしねーよ。だが同じ釜の飯を食った仲間として一つだけ聞きたい。俺達に出来る事は何かないか?」
ラファルがそう言った。突き放すわけでも、懐柔するわけでもない言葉。その言葉に六華は顔をあげた。
「仲間‥‥ですか?」
「オレも、中島も、ラファルさんも、向坂さんも、深森さんも、川澄さんも、Abhainnさんも‥‥全部六華の友達なんだ。だから、どーんと頼ってくれていいんだ」
相馬が強く頷く。
「友達‥‥ですか?」
「あたしはまだ子供で、みんなみたいに六華ちゃんの力になれないけれど、六華ちゃんと一緒に困ったり悩んだりは出来ますよぉ〜。それに、あたしは六華ちゃんの名付け親。言わば、お母さんなのですぅ」
ふふっと深森は微笑む。
「どんな結果になろうとも俺達はフロルを助けると約束した。だから今こそ、それを果たしたいと思う」
まっすぐで真剣な眼差しに、六華は少し間を置いた後で1人1人をまっすぐに見つめる。
「俺に、力を貸してください。一緒にオムの元へ行ってください」
向坂に。相馬に。ラファルに。川澄に。深森に。Abhainnに。
「味方は多いに越したことはないし、ここで1人で行かせるのは男が廃るからな。任せとけって」
向坂はそう言って、ふっと笑う。
「だいたいさ、アールはホントにお前の仲間なの? あいつ、この前も不審な行動してたんだよな。あんな奴に六華を任せるなんて無理だし。聞いてる限り、色々拗らせてる感じがするんだよなぁ‥‥1人で会うのは危険だって。中島を助けたいなら尚更‥‥ううん、そんなの関係ないや。『六華』を助けたいから、オレはついてきたいんだ。まぁ、1人で行くって言っても、ついて行くつもりだったけどな」
アール・オムに文句を言いつつ、相馬がにかっと少しだけ余裕のある顔をした。
「母親は、子供の為なら、そのすべてをかけるのです。‥‥一緒に行きましょうねぇ」
真剣で悲しげな表情を一瞬見せた後、深森はいつもの笑顔に戻る。
「一緒にアールさんの所へ行こう! あの子の目を覚ませて、雪哉ちゃんを救い出し、過去の事にも決着をつけようっ」
にこやかに、けれど一本強い心を持って川澄は頷く。
「私たちを信じてくださいー。撃退士のお仕事の中には人質救出もあるんですよー。私たちはプロなのですー。必ず助け出しますよー。雪哉ちゃんが西村に向かったなら何らかの痕跡があると思いますし、見つかりそうですねー」
Abhainnは不安げな六華にそっとマインドケアを施す。けれど、六華の顔から不安が消えたのはスキルのせいではない。仲間の言葉が何より嬉しかったからだ。
仲間が、友達がいたことを六華はとても嬉しいと思った。
事態は深刻にして緊急。けれど、希望はある。それを掴み取るだけの力もまた‥‥。