●それぞれの思惑
事の詳細を聞いた各人が転移装置を使って西村へ急ぐ中、ヴィルヘルミナ(
jb2952)は「私は勝手にやらせてもらうぞ」と転移装置を前に立ち止まった。
携帯を取り出し、学園の呟きサイトへと投稿を始める。
『愛知県西村において悪魔が捕獲されている模様。なお、この件については実際に依頼がでて生徒が調査に向かっている。興味があれば調べてくれ』
この1件、さっさと学園側が腰を上げるべきだと思うがな。正直学生にやらせる事ではなかろう?
後手後手に回る今回の件に関し、ヴィルヘルミナは憤りを感じていた。
然るべき機関がすぐにでも動くべきなのだ。生徒ではなく、大人がやる仕事なのだ。
ヴィルヘルミナが見てきた『ただの事実』ですら学生から見えぬところで処理されているというのに。まぁ、あの情報自体があの家を貶める為の罠という可能性も否定はせんが…。
携帯の呟きは生徒たちの目に触れる。その生徒たちが動くはずだ。
ヴィルヘルミナは携帯をしまうと、転移装置へと移動した。
それは同属を助けるためではなく、依頼の義務と年長者としての責任を果たすためだった。
面倒なことになった…。
転移装置により、西村へとついた猿(
jb5688)は西川家へと向かう。
…中島が余計なことをしなければいいが…。
『差出人』は悪魔にとって敵か味方か…それすらもわからぬ状況で中島 雪哉(jz0080)の無策な行動により動かねばならないのは不利であった。だからこれ以上の不利な状況は避けたかった。
故に、猿は中島へとメールを打った。
同じく、転移装置に入る前に中島へとメールを打った者がもう1人。後藤知也(
jb6379)の元自衛隊としての勘が言う。
難解そうな事案だな…。やばい匂いがプンプンしやがるぜ!
だが、関わったからには全力で行く。…生まれてくる我が子の為にも、立派な父の背を見せられるように。
かくて、2通のメールが中島の元に届いた。
『差出人が悪魔にとって敵か味方かわからん。そこがはっきりするまで迂闊に接触しようとなどするな。こちらで何とかする。あと、窓の鍵を開けておくように』
『悪魔搜索を俺らも手伝うことになった。作戦等話し合いたいので今からそちらに転移装置で向かう。家の前に出て待っていてくれ』
中島はこれらのメールを喜びと共に受け取った。
自分がしたことは間違いではなかったのだとそう思い、割り当てられた2階の個室の窓の鍵を開けると外へと飛び出した。
これで、上手くいくのだと信じて疑わなかった。
●ヘルハウンド討伐
ラズベリー・シャーウッド(
ja2022)は西村に着くと西川家の方角を見た。
雪哉君も無茶をするな…。未だ謎も多く、誰が敵か味方かもわからない。全てが終わるまで、どうか無事でいてくれ。
そう思いながら、先に到着していた討伐組へと合流する。制服ではない若者2人が混じっている。西川家の親族だろう。
「現在、ヘルハウンドの目撃は3体。前回の時より行動範囲が狭いことがわかっており、村で目撃はされていません」
行動範囲が狭い…そう言えば前の時は西川家の近くの大木を中心に回っていたとRehni Nam(
ja5283)が言っていた。
ラズベリーは討伐組が広げた地図を覗き込む。そこには目撃された地点が書き込まれている。
明らかに、西川家の周りをヘルハウンド達は走り回っているようだ。
「まずはこの範囲で奴らを見つけることが先決だろうね」
ラズベリーがそう言って地図をぐるりと指でなぞる。西川家を中心とした円。
ラズベリーは討伐組のリーダーにあらかじめ今回の件を打ち明け、確証を得るまで他言無用であること、有事の際の協力が欲しいことを打診しておいた。返事は『YES』。協力は惜しまないとのことだった。
「遅くなった」
ヴィルヘルミナが遅れて合流した。ちらりと制服でない若者2人を見つけると、目を細める。
ヴィルヘルミナは討伐組のリーダーへと小声で話しかける。西川家ついての協力を要請するつもりだった。
しかし、それは既にラズベリーにより確約されていた。
「そうか、手回しがいいな。報酬が必要なら私の報酬から回すつもりだったが…」
「報酬は気にしなくていい。ただ、それが真実なら俺たちも見過ごせないというだけだ」
リーダーの言葉に、ヴィルヘルミナはまた声を潜める。
「立て続けに同じ場所にヘルハウンドが…というのも不信だろう? もし万が一があればそちらも気まずい筈だ。この通りだ、臥して頼む」
ヴィルヘルミナが深々と頭を下げたのを、リーダーとラズベリーは慌てた。
「とにかく、ヘルハウンドを討伐しよう。使役する者ももしかしたら近くにいるかもしれない」
ラズベリーはそう言うと、西川家の親族へと近づく。
「西川家の方ですね」
「よろしく頼むよ」
西川家の親族2人は礼儀よく、悪意などは感じられない。
「最近は天魔の撃退士が久遠ヶ原にも増えてきています。ヴィルヘルミナさんもその1人です。あなた方はそれに対して抵抗はあるのですか?」
意外な質問に、2人の撃退士は少し考えたあとあっけらかんと言う。
「天魔ったって、寝返ったんなら別に…なぁ?」
「俺は気にしないけどな」
その言葉に、ラズベリーは彼らが天魔に対して悪意があるわけではないと思った。なら、彼らがメールの主なのか?
その答えを出すにはまだ早すぎる。まだ調べるべきことがある。
まず、前回のヘルハウンドの活動範囲の中心であった大木を調べたい。そこにいったい何があるというのか。
ラズベリーとヴィルヘルミナは動き出す。
●西川家にて
中津 謳華(
ja4212)と後藤は、西川家の門の前に立った。
「謳華先輩! そちらは、知也先輩ですね?」
中島が嬉しそうな顔で2人を迎える。しかし、中津の表情は硬いままだ。
「当主は?」
「あ、はい。家の中に…」
中島がそう言うと、中津はインターホンを押す。中島は状況を把握していないようだ。
そんな中島に後藤は「落ち着いて。今から決着をつけるから」と中島をなだめる。
やがて、門が開き当主の西川シノの姿が現れた。
「お初にお目にかかるな…中津荒神流古武術247代目伝承者、名を中津謳華という。ヘルハウンド共が狙う悪魔に会いに来た」
真正面にシノを見据え、中津は堂々と言い放つ。
シノは少々驚いたように視線を中島、後藤と移して中津の視線を受け止めた。
「どういうことです? ヘルハウンドが狙うというのは…?」
シノの言葉に後藤が答える。
「ヘルハウンドの出現は知っておられるだろ? そのヘルハウンドがこの家にいる悪魔をターゲットにしている。ここに悪魔がいるということは、ここにいる中島が確認済みだ。もう隠す必要はない。悪魔と会わせてほしい」
びっくりする中島を後ろ手に隠して、後藤はそう告げた。シノは険しい顔をして後藤の後ろを見つめる。その表情からは何を考えているのか、よくわからない。
シラを切るつもりなのか?
中津は、切り札を口に出す。
「『愛知県の奥三河。西村、西川家に意識不明の悪魔が監禁されている。時間がない。助けてほしい』。前回の訪問も今回の訪問も、お前の身内からの垂れ込みがあったからこそ俺たちが動いている。潔白と言い切るならその真実をこの目で確かめさせてもらおう」
シノの顔が一瞬にして驚いたような顔になった。
一方、中津と後藤による表でのシノの注意をひきつけが功を奏し、裏手から月臣 朔羅(
ja0820)がRehniを抱えて壁走りで西川家の敷地内へと難なく侵入した。また、猿も壁走りと遁甲の術を駆使し敷地の中へと侵入した。
「ナカシマさん、先走りすぎですよ…」
Rehniの呟きに月臣は複雑そうな顔をする。
「返信された内容は、真実か否か…。火中の栗では無い事を祈るばかりね」
携帯をサイレントモードにし、猿は土蔵へ。Rehniと月臣は母屋へと散る。人の気配は…ない。
月臣が先行しRehniをハンドサインで誘導しつつ母屋へと近づく。Rehniはペンライトを片手に母屋の下に潜り込み、月臣はRehniの探索の邪魔にならないように距離を保ちつつ連絡を待つ。
Rehniは慎重に移動しつつ、音を立てぬように細心の注意を払う。服が昨夜の雨で泥だらけになっても構わずに進む。侵入者探知の罠等を警戒したが、それらしいものはなかった。
「…この辺りですか?」
見上げるその場所は、当主の部屋の真下あたり。Rehniはそこで生命探知に神経を研ぎ澄ます。
「…誰の気配もないです」
その旨を月臣にメールし、Rehniが次に目指すは中島が立入禁止とされた部屋だ。
月臣もRehniのメールを受け取った後、身を隠しながらそちらの方向へと移動し、再び身を隠す。
「………」
Rehniの生命探知に1つの生き物が引っ掛かった。引き続き、Rehniは異界認識に移行する。
「…違います」
それは悪魔ではない者。それをRehniは月臣にメールした。そんなRehniの前を小さなクモが歩いていく。
「あとは…猿さんね」
月臣はそう言って土蔵を振り返った。
動きは軽快に、そして常に警戒を。遁甲の術を駆使しながら、猿は土蔵の扉の前に立つ。常に携帯に着信がないかに気をやる。
鍵は、かかっていない。重たい扉を慎重に開けた。
中には古い小道具や家具、よくわからないものが多種多様においてある。だが、一番奥に広いスペースが見えた。
微かな明かり。白い布。小さな呼吸音。
気配を消し、細心の注意を払って近づく。
そこには…。
●悪魔は…
シノの異変に、中津も後藤も、そして中島も確信した。ここに悪魔がいるのだと。
「事情を話すというのならば聞く。だが、その前に悪魔の状態を確認させてもらう」
中津がそう言った時、後ろからただならぬ気配を感じた。
「!?」
振り向けば、ヘルハウンド2体が西川家に向かって突進してきている。その後ろからは討伐に向かったラズベリーやヴィルヘルミナの姿も見える。
「門が…!」
中島の言葉に後藤と中津がハッとする。阻霊符の効果があったとしても、透過を阻止する物質がなければそのまま敷地内に入られてしまう。
中津と後藤は門を塞ぐように立ちはだかる。中島は門を閉めようと急いだ。だが、焦ってうまく閉まらない。
ヘルハウンドを挟むように、その距離はどんどん縮まっていく。
ヘルハウンドと中津の距離が0になった瞬間、中津は殴り抜くように右肩を押し出す。左側にそれがヒットし、ヘルハウンドは大きく吹っ飛んだ。そこへラズベリーのエナジーアローが炸裂し、1体は絶命した。だが、もう1体が残っている。
ヴィルヘルミナの鎌鼬が直撃しても、ヘルハウンドはそのまま敷地内を目指す。後藤が武器を構え攻撃しようとしたその時、後ろから勢いよく大剣が振り下ろされた。それがヘルハウンドの致命傷となった。
それは、当主・西川シノの武器であった。
「猿先輩からメールです!」
それは一斉送信されたメール。そのメールに土蔵へと動き出す。
「もう一度言う。事情を話すというのならば聞こう」
中津の言葉に、シノは武器を収めた。
「先だっての夜の話です。当家の裏に何かが落ちてきました。それは悪魔でした。悪魔はその時すでに傷つき、意識がない状態でした。何者かに襲撃されたのでしょう」
シノは中空をまっすぐに見据えたまま、そう言った。
「ヘルハウンドの出現は、その後ですか?」
ラズベリーが質問すると、小さく頷いてシノは言葉を続けた。
「村の方々に迷惑をかけたのはこちらの手落ち。ですが、意識不明の悪魔を動かすリスクよりも隠すリスクの方が低いと私は判断しました」
「すぐに然るべき機関へ連絡することが一番だったと思うのだが?」
ヴィルヘルミナの言葉にシノは淡々と言う。
「敵か味方かわからぬ意識不明の状態で引き渡すことはしたくなかったのです。天魔にはいまだに人間には知られぬ力がある。それらの解明のために…などということがあってはならないのです」
シノの言葉ははっきりしていて、嘘は言っていないように思えた。
土蔵の中の猿は、悪魔に寄り添って色々と確認をしていた。
意識、脈、呼吸…どの状態もよくない。
「マシラさん! 悪魔がいたのですか!?」
「どういう状態かしら? 手は足りる?」
母屋にいたRehniと月臣が一番に到着し、その後に後藤と中島が駆け込んでくる。
「メールに書いてあったことは真実だった…ということだ」
「そんな!?」
「下がってください。ライトヒールで手当てを…」
後藤が悪魔の脇で回復を試みる。ヴィルヘルミナに頼まれていた討伐組の面々も土蔵に集まり、動き始める。
学園への連絡。西川家の捜索。親族たちへの聞き取り。
泥にまみれたRehniは西川家の浴室を貸してもらい、身綺麗な体になった。
そんな中、中島に1通のメールが届いた。
『ありがとう』
胸騒ぎがして、慌ててメールを打ち返してみたが、もう届かなかった。
●中島は叱られた
悪魔は学園によって緊急搬送され、生徒たちは専門の大人たちに後を引き継ぎ学園へと帰還した。
「ヴィルヘルミナ、お前…生徒たちに何か吹き込んだだろ? あの後生徒が押し寄せて対応が大変だったんだぞ?」
先生がため息をつく中、ヴィルヘルミナは「私は一石投じただけだ」と涼しい顔だ。
「それから、中島」
先生が中島を呼ぶと、中島は嬉しそうな顔をした。
「ボク、助けられてよかっ…」
そう言いかけた中島に、先生は怒声を浴びせる。
「学園はチームだ。おまえはどれだけの人間を危険に晒したかわかってるのか!? それがわからないなら、撃退士なんかやめろ!」
「!?」
中島の顔が凍りついた。
「2週間、斡旋所に行くことを禁止する。反省しろ。以上」
先生はきつく言うと、中島から視線を外す。中島は青くなって俯いた。
「メールの主はわかったのか?」
中津の問いに、先生は少し考えて言う。
「西川家全員に事情を聴いたらしいが…親族については悪魔の存在については聞かされていたそうだが、どういう状況だったのかは知らないらしい。交代で阻霊符を行使していたようだ。となると考えられる人物は1人だが証拠はない。…すべての証拠を隠滅した後だった、と考えるべきだろうな」
なぜそんなことを…? それもまた謎のままなのか。
「ヘルハウンドが固執していた大木について、少し気になることが…」
ちらりと中島を横目で見つつ、ラズベリーが口を開く。
「大木は横からの強い力によってへし折られていた。おそらく村人が見た光が落ちた場所ということなんだと思う…のだが、光=悪魔と考えると少し気になることがある。落ちた悪魔はなぜ木を透過しなかったのか? また、ヘルハウンドは誰の命で動いていたのか?」
「西川家の阻霊符の効果じゃ?」
月臣の言葉に後藤が首を振った。
「それは悪魔が落ちてきた後に施されたものでしょう」
黙り込む。ここで議論しても何も解決はしない。永遠に解けない謎なのか?
だが、最大の目的は達せられた。