●其々の行動
「人の性根がそう簡単に変わらないものだっていうのは、分かってるつもりだったんだけど…」
昼時の空き教室で桐原 雅(
ja1822)は、前回の悪事の資料、顔写真を机に置いた。
「超能力? あるわけねーだろ。あったとしたら、新しい撃退士の職種になるだろ。サイコキッカーとかさ」
遊佐 篤(
ja0628)は鼻で笑い、桐原が置いた資料を読む。超能力など全く信じていない。
資料は遊佐からリラローズ(
jb3861)へ。資料には、超能力を語る因幡とは別の『稲葉』なる人物が記載されている。
「正々堂々の勝負で勝ち得たものなら問題ありませんが、イカサマを働いて人から物を巻き上げるならば見過ごせませんね…」
それを覗き込んだネピカ(
jb0614)は無言で顎に手を当て思案している。
首をあっちにカク、こっちにカク。
(うむ、こりゃ間違いなく詐欺じゃな。並の方法じゃ立証は厳しいのう。はてさて?)
リラローズからファタ・オルガナ(
jb5699)へと資料は渡される。
「食べ物を狙った詐欺行為とはまたセコイことをしてる奴がいたもんじゃの。これはちょっと懲らしめてみるのも愉しいかも知れんのう。んふ、立証さえしてしまえば弁済させるなり何をやっても問題ないさな?」
ファタは可愛く怖いことを言う。
桐原は「前も痛い目に遭った筈なんだけど…」と苦笑した。
点喰 因(
jb4659)は桐原を慰める。
「桐原さんのせいじゃないよぉ。切り詰めざるを得ないからって言っても、なんかせっこいなー」
ふんどし一丁のユーサネイジア(
jb5545)は窓際で太陽の光を燦々と浴び、話を聞いていた。
「ああ…暑い…死にたい」
なら窓際に立つなよと思うのだが、そこは個人の自由。
(だが、この…ふんどし一丁、…でも、平気な…季節は、…悪くない)
ユーサネイジアは我に返り、依頼について考えた。
「ん? …そうか、詐欺を…働く、者が、…いるのか。元気が、あって、…何よりだ。だが…同輩から巻き上げるのは、…よくない」
「とにかく、証拠を挙げない限り詐欺を立証するのは難しいだろうな。勝負仕掛けるか」
遊佐の言葉に点喰が賛同した。
「最初にあたしが行こうかー?」
点喰の立候補を皮切りに遊佐・ネピカ・ファタの4名が勝負を仕掛け、桐原・リラローズ・ユーサネイジア、そしてキャロライン・ベルナール(
jb3415)の4名が証拠集めをすることになった。
キャロラインはスマホの練習を始める。カメラで迅速に撮影するためである。
「そういえば、賭けの対象はパンを所望することが多いのか…」
(ならば『そのパンは…!』と思ってしまう程の品を用意した方が良さそうだな)
キャロラインは教室を出た。
一方、ネピカはまだあっちにカク、こっちにカクとしていた。そして、結論に至る!
『4人は現状証拠集めに動くようじゃがソレだけでは『詐欺を実行』した証拠には…のう。罠に嵌めて自供に追い込む、じゃな。現状証拠も追い込むのには効果テキメンじゃろうし』
スケッチブックに書き、ネピカは顔をあげた。
しかし…
「あ」
既にネピカ以外誰もいなかった。
購買部は混雑。そんな中で点喰はカレーパンとトランプを買った。トランプへの細工を危惧し新品で勝負を挑むのだ。
一方、遊佐は籠に美味そうと判断したレトルトや缶詰を放りこむ。
「牛スジカレー…うん、こいつは美味そうだな」
購買の片隅では目玉商品の限定パン争奪戦が行われている。本日の目玉は生ハムサンド。
悲鳴の上がる購買戦争から、キャロラインは離脱した。
「えらい勢いでもみくちゃにされてしまった…」
敗者は去るのみ。痛い1敗だった。
●点喰、参る!
点喰は資料を基に高等部を回っていた。しかし、高等部はめちゃくちゃ広い。
教室を覗きながら廊下を歩く点喰の目に、同じように教室を見ながら歩く1人の少年の姿が映った。
写真で見た因幡だ。因幡は近くの教室へと入っていった。
「…送信っとー」
仲間に因幡発見をメールした後、点喰も教室に入った。因幡は教室にいた者に賭けを持ちかけていた。
点喰は急いで、因幡に話しかけた。
「はろー。おにーさんが噂の超能力使う子かなー?」
にこやかな点喰に対し、因幡は怪訝な顔。だが、点喰は臆さない。
「ゼミ仲間も気になってるらしくてねェ、ちょっと話のタネに勝負していただけないかとー」
カレーパンを見せると、因幡はニヤリとし点喰に席へ座るように促した。
席に座り周りを伺う。キャロライン、リラローズと、ニット帽に伊達メガネと三つ編みをしている桐原の姿を確認できた。
「あたしが用意したトランプで勝負しても構わないかなー?」
「もちろん」
因幡は快諾した。
因幡と点喰の周りに観衆が集まり桐原は因幡の後ろ、リラローズは点喰の後ろ、キャロラインは両者の中間へと移動した。
点喰が新品のトランプからKを4枚取り出すとゆっくりとそれを周囲に見せ、シャッフル。
その中から左横をむいたダイヤのKを選び、点喰は因幡に見えないように引き抜いた。この間、トランプに因幡は触れていない。
リラローズ達が周囲を見渡した時、ハッとした。
点喰の真後ろに稲葉がいた。
「では、参る」
点喰の持つカードを凝視している…ようで、因幡の視線が動くのをリラローズは見逃さなかった。
桐原はスマホで動画撮影を試みる。すると、稲葉は左横を向いた。依頼者が言っていたのはこれか。リラローズもスマホで撮影する。
「ダイヤのK…では?」
因幡が答えると同時に、稲葉は正面を向く。
「んー、負けちゃったー。すごいのねぇ」
点喰の宣言と共に桐原は撮影を止めた。できれば各マークで3回ずつほど証拠が欲しい。
しかし、カレーパンを受け取った因幡は席を立つ。
「某、これにてごめんでござる」
そう言うと因幡は教室を出た。点喰は因幡の歩く方向をメールで送信し、後を追う。
キャロラインは教室で聞き込みをした。
念のためハイドアンドシークを使ってリラローズは稲葉を尾行したが、稲葉は気づく様子もなく歩いて行く。
結局、その後因幡と稲葉の接触はなく、勝負も行われなかった。
相談の結果、次に遭遇次第決着をつけることにした。
●追撃の遊佐
翌日、遊佐は昼時に高等部の廊下を購買の袋を持って歩いていた。
ふと見覚えのある顔とすれ違う。因幡だ。遊佐は因幡に声をかけた。
「よう、超能力者なんだって? なあ、一勝負してくれよ?」
「なぜそれを!? おぬし…もしや超能力者か!?」
自称超能力者に『超能力者か』と間違われるとは…。
「有名人だろ」
「そ、そうでござった」
因幡は、手近な教室へと遊佐と入った。勝負が始まると他の教室からも人が来た。それに紛れリラローズ、桐原も教室に入った。
遊佐は椅子に座り購買の袋を置いた。
「嬉しいなぁ、超能力者と勝負できるなんて」
因幡は得意げな顔でトランプを出す。遊佐はそれを手にし、さっと調べる。異常はない。
遊佐は髭がないハートのKを選択。その時ユーサネイジアが教室に入ってきた。
「よし、決めた」
遊佐の顔を見つめる因幡は時々後方に視線を動かす。桐原は因幡の後ろからスマホを通して見ていた。
遊佐の後ろには、いつの間にか稲葉がいた。リラローズも撮影する。ユーサネイジアはふんどしからスマホを取り出して周囲にどん引かれていたが、お構いなしに動画を取り始めた。
稲葉は鼻の下を人差し指でこする。
「ハートのK」
遊佐はため息をついた。
「ああ、悔しいな…もう1回! もう1回勝負しようぜ?」
「いや…」
購買の袋から牛スジカレーを覗かせる。因幡の目の色が変わる。
「よ、よし。お、おぬしの心意気を買ったでござるよ」
そんなに牛スジカレーが欲しいか…。
遊佐は今度は少し左側を向いたクラブのKを選ぶ。点喰は遊佐、因幡、そして稲葉に目を移す。
稲葉は少し左に顔を向け顎に手を当てた。
「クラブ…?」
遊佐は感嘆する。
「すごい超能力だな、もう1回見せてくれないか?」
今度はカニ缶をちらつかせる。しかし…
「超能力は力を消耗する故、今日の勝負はここまでで」
退席しようとする因幡。カニ缶ではダメだったか!?
「たのもー! なのじゃ!」
その声に教室の誰もが振り返った。
そこには、ファタとネピカが立っていた。
●逆転…?
『パンを持ってきたのじゃ』
スタスタとネピカが近寄ってきた。遊佐はネピカに席を譲った。
『いざ勝負!』
「しかし…」
「んふ、おなごの挑戦を受けられぬとは男の風上にも置けぬのぅ」
嘲笑するファタの言葉に、ユーサネイジアも呟く。
「…男の風上…に置けぬ…死にたい…」
そこまで言われては男の恥! てか、詐欺やってる時点で人間の恥!
「この勝負受けて立つのでござる!」
トランプの1枚をネピカが引く。少し右を向いたスペードのK。
見守る観衆の中、7名の撃退士の目が鋭く光る。
「スペードのK!」
稲葉は右を少し見て顎に手を当てていた。
ネピカは『もう1回!』と書いたが、因幡は拒否した。
『4分の1が何故当り続けるのじゃ!?』
予定外だ。慌ててネピカがスケッチブックに疑問を綴る。
「疑うでござるか!?」
因幡が怒号をあげた。ネピカはニヤリとした。術中に嵌めた…そう確信した。
『ラスト大勝負じゃ。全部のパンと10万久遠でどうじゃ? 確率的に次は絶対に外すハズじゃ! 超能力とやらに自信が有るなら受けて見せるのじゃ!』
しかし、ネピカの魂胆は脆くも崩れた。
「それはダメでござる。お金の賭け事は犯罪でござる」
まさかの正論…ていうか、詐欺師に諭された!
(大勝負に持ち込み後ろの相方に予め準備した偽カードでマークを誤認させてイカサマ連中へ予想外の敗北を与えあとは、タバラシして『イカサマを認めるなら今の勝負は無効にしてやる』と自供に追い込む…はずだったのじゃ!)
残念系天才・ネピカ散る!
「んふ。ならばわしと勝負せぬか?」
幼女・ファタが勝負を挑む。でも大学生。
「…手加減はせぬよ」
カード4枚がファタの前に置かれると、ファタは1つ提案をした。
「出来れば3回勝負にして貰えんかのう? 1度でも外れたらそちらの負け。その代わりこちらの賭けるパンの量を増やそう」
「よかろう」
因幡は頷き、勝負開始。
1枚目、ダイヤのK。稲葉は左をしっかりと向く。
2枚目、ハートのK…を引いた時、稲葉の異変に点喰は気が付いた。
「幻聴…?」
稲葉の呟きにリラローズは首を傾げた。
この時、ユーサネイジアは心の中で歌っていた。稲葉に向かい悪魔の意志疎通を使い、しかも音痴。稲葉の心に歌が流れこむ。
『1番、ユーサネイジア…久遠が原学園校歌…♪…てーんてててーんてててーんてててーん…こーかんをーいーただくーさーんりょおーのちー…』
まさに悪魔の所業! 稲葉は悪魔の歌に悶える。
「な…え?」
稲葉の異変に、挙動不審の因幡。
「くっ…超能力が暴…走…!? 鎮まれ、我が力! ダメだ…この勝負…おぬしの勝ちでござる」
苦し紛れの中二病、発症!
因幡は教室から逃走を図る。遊佐が追おうとした時、因幡の前に少女が立ちふさがった。
「購買部限定、極厚玉子サンドだ。勝負をしてもらおうか」
限定品を持ったキャロラインが因幡を気押す。購買部にリベンジに行き見事勝ち取ってきたのだ。
再び座った因幡を見て、ファタは1枚カードを引く。
「んふ。当てておくれ」
パニックに陥りながらも稲葉が鼻の下をこすった。
「ハートのKは鼻の下をこする…んだね?」
因幡の後ろから桐原は言った。因幡は後ろを振り向く。
「ダイヤのKは左向き、ですわね」
「…スペードのK…は、右向きで…顎に手をあてる…」
リラローズ、ユーサネイジアが動画と共に声を上げると…稲葉が逃走した!
因幡も慌てて立ち上がり逃走をする。
「逃がすか!」
キャロラインの声と強烈な光が教室を包んだ。
●そして…
キャロラインの星の輝きに、もがく因幡達に遊佐が動く。
「そこを動くな、影縛り!」
「!」
じたばたする因幡達に、桐原が闘気解放を行うと2人は腰を抜かした。
『ひぃっ!?』
桐原は帽子と眼鏡を取り、因幡達に近づく。
「『もうしない』って言ったよね?」
「…!」
因幡達は言葉を失った。
2人は詐欺を素直に認めた。集めた証拠の通り、Kの顔の向きに応じて稲葉が因幡にサインを送っていた。
「まったく、こすい真似してみったぐないねぇ」
呆れた顔の点喰。リラローズは静かに諭す。
「懲りず詐欺行為を続けるようなら…本当に居場所がなくなってしまいますよ? もっと御自身に誇りを持って下さいませ…後輩にとって、誇れる先輩であって欲しいと思いますの…」
真っ直ぐな言葉は胸が痛い。
「お前らさあ、折角撃退士なんだから普通に働けよ。そのほうが絶対割もいいって。それにダチといけば、依頼だって結構楽しいのもあるぞ?」
遊佐の言葉に続き、ユーサネイジアはただ一言。
「同輩を陥れるような…真似を、するな」
「…往生際が悪いぞ。詐欺ではなく、他の事に労力を使えと言っているのだ」
キャロラインがパンを口にねじ込んだ。しかしパンは早々に完食された。
「今までかすめ取ったパン分を、購買なりでアルバイトしていただいてお返ししてもらうかなー」
点喰の言葉に、桐原は因幡達の前に屈んだ。
「戦闘依頼を無理には勧めないけど、初めから無理だと諦めないで…とにかく受けて経験を肥やしにしようよ。良ければ、ボクも一緒に頑張るから、さ」
桐原の言葉に、因幡達は小さく「すまぬ」と詫びた。
後日、購買部で因幡と稲葉の姿があった。
「諸兄殿!」
点喰の助言に従い、因幡達はアルバイトを始めた。弁済費用等を稼ぐ為に。
「頑張ってるねー」
「お三方には先日もお世話になり…」
ユーサネイジア、ファタ、桐原に因幡達は礼をした。遊佐など事情を知らぬ者が桐原達を見た。
「この間5人で戦闘訓練に行ったんだよ。やればできるんだから、自信を持ってほしいな」
『なるほど』
桐原の言葉にネピカが頷いた。
「ユーサネイジア殿が戦闘にふんどしで来られたのは驚嘆したのである」
「…死にたい…」
そんな会話が弾む中、唐突にファタは言う。
「最後にもう1度、勝負をせぬか? 全員分の購買のパンと飲み物を賭けて勝負じゃ。…最後くらい運に任せてみてもいいんじゃないかね?」
4枚のKを見せ、ファタは因幡に引くように促す。
因幡は勢いよく1枚引くと自身も確認せずカードを手で隠した。
「いざ、勝負!」
「では…ダイヤのKじゃ」
ファタの言葉に因幡はカードを確認する。キャロラインも、リラローズも見守る。
「ダイヤのK」
「んふ。わしの勝ちさね」
微笑みファタは、因幡のカードを受け取る。
「真剣勝負で負けるのも癪じゃろう? さ、約束は果たしておくれ」
肩を落としパンと飲み物を買う因幡達を見ながら、ファタは4枚のカードを袖の中にしまう。
袖の中のカードは、全て『ダイヤのK』にすり替わっていた…。