迷うは魂か。
それとも、人か。
黒き狩人は死を携え
猛き者を狩る……
●工場前
渋川市の端に位置する大手食品会社の工場よりほど近い地点に撃退士たちは現れた。渋川市攻略、第三陣である。
「光信機の貸出を申請してきました。しっかりと持っていてください……何か嫌な予感がします」
浪風 悠人(
ja3452)は借りてきた光信機を皆に渡して言った。
戦闘時以外は連絡が取れるようにしようとの配慮だ。皆は気を引き締めた。
「私も借りてきました! あ、……配るのお手伝いします!」
姫路 神楽(
jb0862)が率先して手伝いを申し出た。
「わ、私……内部の地図の……借用依頼を。これ、通信の時に送られてきた……携帯からの写真……です!」
久遠寺 渚(
jb0685)はそれを見せた。詳しい地図が無いため、写真での情報だけしかない。一同はそれを確認する。
「先行されて方たち……全員、無事だといいんですけど」
「ふぅ……気を張って居たら、それこそ危ないですからね。リラックスですよ。……それでは皆様、必ず生きて帰りましょう」とシオン・ボマー(
jb7343)。
「金と単位がもらえるんなら何でもいいさ。ようは仲間とガキをたすけりゃいいんだろ? さっさと行こうぜ」
幼い頃より生き残ることを信条としてきたSadik Adnan(
jb4005)にとって、時間の浪費は死へのカウントダウンでしかなかった。合理的に考えれば、心配よりは行動だ。
「そう……ですね」
渚は頷く。今は、このどうしようもない不安を消したかった。ただ、同じ撃退士だからとかではなく、同じ生徒として先発隊を助けたかった。
それは誰も同じ。皆は工場へと向かった。
Sadikとナハト・L・シュテルン(
jb7129)がスレイプニルを召喚し、そのスピードでもって先陣を切った。Sadikは同じ班のアステリア・ヴェルトール(
jb3216)を、ナハトはルナジョーカー(
jb2309)を連れて移動する。
一同は数分とかからず工場東にある門の前で集合し、その場で分かれて行動開始した。
●B班 〜大型冷蔵庫棟前〜
B班メンバーのアサニエル(
jb5431)と間下 慈(
jb2391)は注意深く歩を進めた。
工場敷地に緑地を抜け、駐車場へと向かう。
「……」
間下は溜息を吐いた。
聴覚を研ぎ澄まして聞こえてくるのは、どこかで冷蔵庫のモーターらしき機械が起こす空気の振動音だけだった。そして、時々吹く乾いた風の音。
すぐに大型冷蔵庫棟に飛び込まず、B班が先行して捜査する。
確実に見つけて仲間を連れて帰り、生存者があれば必ず保護するという、間下の言うところの凡人の矜持であった。
(「さてと、迷子はどこにいるのかねっと……」)
アサニエルは間下の邪魔をせぬよう、黙ったまま掌を周囲にかざし、反応を探す。
(「まだ……か」)
アサニエルも息を吐いた。
後ろから、A班のメンバーも音を立てぬように近づいて来ていた。途中で分かれて行動する予定だ。C班の方は、生産ラインのある工場へと向かっている。
「「ん?!」」
駐車場を抜け、大型冷蔵庫棟への入り口付近に来た瞬間に二人は反応を感じた。
「移動……してる」
「ヒットだねえ。……あ!」
アサニエルが言った刹那、冷蔵庫への向かうドアの奥からドンッと言う音が聞こえた。
「いるぞ!」
(「まだ……」)
アサニエルは快哉の声を上げそうになった。そして、続いて聞こえてくる子供の声。
後ろからついて来ていたA班のメンバーが、B班を察して走り込んでくる。戦力を分散する前に生死不明者に出逢えるのは僥倖と言えた。
「戦闘中です。生きてる!」
間下はドアを指さし、小さな声で言った。
まだ交戦中ということが、これほど嬉しいと思うことはない。この音が途切れる前にと何度も心で呟いて、間下はドアに手をかけた。
●A班 〜大型冷蔵庫棟内〜
「行くぞ! はやきこと……ってヤツだっ!」
Sadikは叫ぶように言うと、スレイプニルのヒヒンを召喚して大型冷蔵庫棟へと飛び込んだ。間下がドアを開けた瞬間のことだ。
工場のドアは幸いにして大きい。難なくすり抜け、冷蔵庫棟へと身を躍らせた。
スレイプニルを召喚したバハム―トテイマーにスピードで敵う者などない。
「さぁ‥‥こっからだ。後ろが来るまで時間稼ぎだ!」
『ヒヒーン!』
スレイプニルは嘶いて応えた。
日中だというのに暗い冷蔵庫の奥では攻防戦が続いていた。冷蔵庫のドアを微かに開け、インフィルトレイターらしき少年がライフルを抱きしめたまま倒れているのがわずかに見える。
冷蔵庫棟内は真紅の色に染まっていた。少女が放つ巨大な火球が強烈な炎をまき散らし、狼たちに襲いかかる。
網膜が焼けるような光の中、床に散乱したパレットがオレンジ色に染まっていた。中身をぶちまけられた段ボール箱からは、レトルトパックが溢れ、ちらちらと花火のように輝いて見えている。
そして、少し離れたところで破壊されたリフトがあった。その傍で倒れているのは幼子。
Sadikはわき目もふらず、火球の先へとヒヒンに騎乗したまま飛び込んだ。情報の通りであれば、ヴァニタスらしき者がいるはずだった。
「居たッ!」
Sadikはそれらしき人物を視認した。宙に2m程のところで浮遊している。
しかし、Sadikは恐れなかった。
「狼ッ!」
間に割って入り、自身はそのままヒヒンから飛び降りる。火球の光は消えていた。攻撃を避けた狼型ディアボロが優雅に地に足を付けた。
(「チッ! やられてない!」)
「行け!」
ヒヒンは突っ込んだ勢いで敵に突撃した。
「ギャウン!」
狼の一匹が吹っ飛ばされる。だがしかし、飛ばされただけですぐに立ち上がってくる。
「加護、の、力、を、つけます、ですっ!」
榛原 巴(
jb7257)は入り口付近でまだ突入していないメンバーを霊気に拠る透明なヴェールで包んだ。温かい彼女のような、そんな輝きだった。
走り込んできた鳳月 威織(
ja0339)がイオフィエルを振るう。炎のようなアウルを纏う双剣が狼型ディアボロに襲い掛かる。
「ウォンッ!」
「な、何ィ?!」
鳳月は驚愕した。
大変な状況ということは、強敵がいるという事。それを楽しんでもいたのだが、渾身の一撃が避けられると思ってはいなかった。
そして、それだけではなかった。気が付けば、相手は懐近く入り込み、己の腕にその咢を食い込ませていた。
「う……あ……」
滲み出る血は滝の如く。鳳月は目の前が真っ暗になったような気がした。
「うあぁぁッ!」
「ウォン!」
二匹目が襲う。
「……くぅッ!」
「キャウン!!」
「しっかりして、鳳月さん!」
稲葉 奈津(
jb5860)は叫んだ。
狼の意識が一瞬こっちに向く。好機と見て奈津は痛烈な一撃で狼型ディアボロを吹き飛ばした。
「ぐぅぁッ!」
「キャウン!」
「やった! は、早くッ!」
奈津は鳳月を支え、ベルトコンベアーの方へと引っ張った。無理やりだが、そうするしかなかった。そうでなければ……。
無くなってしまいそうだと奈津は思った。心底恐ろしい。不安と戦慄が駆け抜ける。
鳳月は狼に数度目の攻撃を受けてしまっていた。早く治療をしなければと焦る。
「皆、隠れて!!」
「わかった!」
奈津の呼び声に誰かが応じた。戦闘中というめまぐるしい状況に意識がかき乱され、誰がどこにいるか認識している暇が無かった。
救出を目的とした間下はすぐに物陰に隠れた。そして、見つからないようにしつつ怪我人を探す。
奈津がようやくベルトコンベアーの影に鳳月を引っ張り込んだ後、Sadikはヒヒンを送還し、ストレイシオンのガオを呼び出した。
「行けぇ、ガオ!」
Sadikは重体の子供――狭霧という子だけでもと思った。今なら助けられる。そう信じてガオに確保に行かせた。
血に塗れた狭霧を抱えると、ガオは一直線に戻ってくる。
「やったぞ……」
「オオーンッ!!」
「ガ、オ? う、うあぁッ!」
狭霧を救出したガオを誉めてやろうとした刹那、ガオが叫んだ。伝わってくる痛み。灼熱の弾丸で貫かれたような、そんな痛みだった。
(「被弾?! くそっ……」)
そして、もう一発撃ち込まれた。
「くッ……」
「今です!」
渚は青龍、朱雀、白虎、玄武、四神の加護からなる結界を展開した。
(「確保……できました」)
渚は心の中で快哉を上げた。
「お疲れ……ガ、オ」
Sadikは微笑むとガオを下がらせ、物陰に隠れた。そこでは、アサニエルが先発隊のダアトの少女を回復していた。
「騎兵隊の到着ってやつさね。傷はまだ浅いよ」
「すみ……ませ、ん」
「気にするんじゃないよ。そんなのはお互い様さ」
アサニエルは励まそうと彼女らしい笑顔で言った。巴も治療しようと近づいてくる。
「さあさ、Sadik。あんたもだよ。まだまだ働いてもらうんだ。こんな所で倒れるんじゃないよ 」
「……う、ん」
精一杯ニヤッと笑うと、倒れ込むようにSadikはアサニエルに体を預けた。
「狭霧って言うおちびちゃんも、鳳月もか。まったく……」
アサニエルは苦い笑みを浮かべるしかなかった。
「やぁ、お客さんですか……賑やかですねえ」
茫洋とした声で言ったのは、トレンチコートを着た男だった。中は仕立ての良いシャツにズボンという出で立ちの、歳は35歳前後の男性に思えた。背後に鷲の頭を持つ獣を控えさせ、人当たりの良い笑みを浮かべて鳳月の方を見ている。
目の前にヴァニタス。その傍に鷲頭の獣が3匹。そして、狼も3匹だった。
「どーも、こんにちは。元気な学生さんたち」
「あら……思ったよりも良い男じゃない? 遊んであげたいところだけど、暇じゃあないのよねっ♪」
奈津は男に言い返した。
「おや、そうですか? それはそうと、お嬢さん。俺とお茶でもいかがですか?」
「はァ? ヴァニタスなんかお断りよ! ちょこぉ〜っと昔馴染みにノリは似てるかと思ったけど、あんた程ゲスじゃないねっ! 」
「ゲスなんてヒドイなァ……こうなる前にお会いしたかったですねえ」
さもがっかりしたように男は言った。
「多少なり時間を稼ぎます。その間に撤退を」
アステリアが遮るように叫ぶ。時間が惜しい。
「嫌だ!」
アステリアの言葉を全力で否定したのは、先陣の撃退士に保護されていた少年だった。ベルトコンベアーの影から叫んでいる。
「だそうですよ? 残念ですね、お嬢さん方」
「うるさいわね! そこの君、私たちが絶対に助けるからっ!」
奈津は不意に少年に向かって叫んでいた。むしろ、世界中の全てに対して叫んでいた。
「絶対に……」
「嘘つきッ! 遅かったくせに!」
「遅くない! 助けを求められ、それに応えられなかったら……何の為の撃退士なのよっ!! 私は絶対助ける!」
奈津は泣いていた。泣く気はなかったのに、悔しくて、助けたくて……温めたくて。あげたい笑顔が思い出せない。受け入れてもらえない。これ以上言ったらエゴかもしれない。でも、言わずにはいられない。
「君を守りたいと願うことが間違ってるなら、私はこれ以上正しくなくてもいいッ! 私が欲しいのは、君の未来だけよッ!」
「……」
少年は奈津の言葉に何も言えなかった。
「未来なんて……考えたこと、ない」
「誰にでもあるんですよ」と鳳月。痛みのため、肩で息をしていた。
「ここで終わっていいなんて……ないわ」
「もう、どこも行くところない……おかあさんも連れて行かれたし」
「えっ……」
奈津は少年の絶望と闇を見た気がした。
群魔。
そう、ここは群魔なのだ。この二文字はこんなにも重いもの。そして、幼子の陰りは、なお昏い。
「もう待てません。そう、時は過ぎ行くのです!」
(「今しかない!」)
「お前はこれでも食らいなさい!」
アステリアはそう言い放つと走り出し、狼型ディアボロに魔焔創造『火神の焔』を食らわせた。連鎖的に爆発を繰り返す黒焔は、宛ら総てを貪る魔龍の顎門の如く見えた。
「ギャウン!」
炎に襲われ、二匹の狼は切なげな声を上げた。攻撃は受けたが、まだ体力はありそうだ。
「おおっ、派手ですねぇ♪」
男は楽しげに手を叩く。
(「厄介な……」)
アステリアは舌打ちしたものの、高揚する気分は隠しきれなかった。逼迫した状況なればこそ、一刻も早い救出を。そう思うのに、思えば思うほど――アステリアは群がる敵を、この男とディアボロを捻じ伏せたくて仕方がなくなってくる。天魔としての本性を自分自身には隠しきれるものではなかった。
アステリアはもう一度魔焔創造『火神の焔』を繰り出せば、再び狼型ディアボロは切なげに吠えた。しかし、まだ倒れない。彼女は天魔としての姿の擬似顕現、血と虐の魔龍――その本質的な力の一部を発現した。
黒焔を纏い、両瞳が黄金の獣瞳へと変化する。
「ギャウン!」
二匹のディアボロは咆哮し飛びかかったが、アステリアの方は辛うじてそれを避けた。
「万死に砕けよ、雑兵如きに用はありません。貴方達は此処で滅びなさい!」
アステリアは自己周囲に三十二の魔法陣を展開し、黒焔を収斂して形成した「魔剱」をディアボロへと射出した。魔剱練成『魔弾の射手』(デア・フライシュッツェ)である。
「「ギャウォッ!」」
二匹は魔法の刃を受けて悲鳴のような声を上げた。
「撃退士舐めんじゃないわよっ!!」
間髪入れず、奈津は冥闇鉄扇で狼たちを薙ぎ払った。
それに乗じて隠れていた長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が、飛び出しざま、大きくしゃがみこんでからカエルのように跳びあがる。そして、強烈な左フックを放った。
「これがお似合いですわ!」
「ギャウン!」
狼は避けることができずに吹っ飛んだ。だが、すぐに立ち上がる。だが、みずほは恐れずに対峙した。奈津も強烈な一撃を繰り出した。
攻撃を受けながらも、狼たちはアステリアを厄介な敵と認識し、連携して攻撃を仕掛けてきた。
「くッ! ……雑兵の分際でッ!」
腕を噛まれ、足を噛まれ、それでもアステリアは攻撃を止めない。
(「今なら……」)
渚は皆が戦いに集中している間を狙い、奇門遁甲を使う。目の端でみずほがもう一度攻撃を仕掛けたのを見えた。
そして、渚は三匹目の狼の感覚を狂わせ、邪念を振り払い、心を落ち着かせて移動を開始する。目的は火明へ近づくことだ。そっと、彼女は行動を開始した。
今は動ける者だけで対処するしかなかった。
●B班
「災難でしたね。残り三人はどちらへー?」
間下はアサニエルにヒールを受けている少女に言った。向こうではA班が攻防を繰り返している。
「他の? あぁ、連絡があったのですね。よかった……」
「今は仲間が向かっているはずですが、できれば詳しくー」
「えぇ、倉庫に誰かいないかって……」
「つまり、倉庫側とー……ふむ」
それだけ聞くと、間下はC班に光信機で連絡した。ついでに学園側にも連絡しておく。
救助できたのはここにいるダアトの少女と、火明と言う少年を保護していたルインズブレイド。そして、インフィルトレイターの生徒だった。もちろん、火明も狭霧も確保できた。
「さて、彼を治療しないと。援護していただかないとね……すぐ楽にしてあげますよー」
そう言って、間下は銃口を向けた。
不意に銃口を向けられ、撃退士の少年は叫んだ。
「や、やめろッ! お前も奴の仲間か!」
「はあ〜? 凡療ですよー」
「ぎゃああああ! ……あ、れ?」
「だからー、凡療だとー」
しかたないなと間下は苦笑した。自身のアウルを弾丸状にし、銃で傷口に撃ち込む治療方法にて撃ち込まれる側に痛みはないが、使う前の彼の台詞は心臓に悪いとしか言いようが無かった。
軽い止血と沈痛作用があるようで、青い顔をしていた少年もマシにはなったようだった。だが、別な意味で顔色が悪い。
そして、間下は火明に向き合った。
「後で幾らでも謝ります。だから『今』貴方たちと彼女を助けさせてください 」
「嫌だ!」
火明は頑固にも言った。
「嫌だ、嫌だ!」
「なんで……そんなに」
「……」
「文句は、後で聞きます…!」
不意に声が湧いた。
間下が振り返る。
「え? 渚さん、いつの間にっ」
「嫌だ、やめ……」
奇門遁甲を使い近くまでやって来た渚は、同行を渋る火明を確保する最終手段として魂縛符を使った。魂吸収を一時的に抑える古代退魔技術だが、これを受けた一般人は睡眠してしまう。もう、助ける手段はこれしかなかった。
「……さぎ、り」
「……お兄ちゃん、なんですね」
眠りの淵でまでも妹のことを案ずる火明に、渚は申し訳なさと必ず助けるとの気持ちから視界が滲んだ。
「では、僕が連れて行きます」
「お願いします。でも、二人同時じゃ……」
「それはあたしが連れて行く」
そう言って、Sadikが顔を出した。
「わかりました……」
間下は立ち上がりホイッスル二回を合図に撤退を開始。火明を抱えて走り出す。Sadikもガオからヒヒンに召喚し直した。
「行くぞ!」
叫ぶSadikは疾風の如く飛び出した。全力疾走なら攻撃を受ける気がしなかった。行動が早かったため、幸いにして攻撃を受ける前に逃げ切ることができた。
そして、その後を間下が火明を抱え、懸命に走っていく。だが、運命とは常に非情なものだった。
「うあぁッ!」
背後からの攻撃を避けることは無理であった。何かが肩を突き抜けていくような、そんな感覚があった。必死で堪えて火明を落すような失態はしなかったが、地に膝をついてしまうことだけは避けれなかった。
「間下!」
遠くでSadikの声が聞こえた。
「今行く!」
冷蔵庫棟の外に狭霧を避難させたSadikが、自分の負傷も顧みずヒヒンと共に飛び込んでくる。
「おやぁ? 罪人を処罰する前に連れていかれては困りますねえ」
そう言いつつ、動けぬ間下を男は撃った。一発、二発。乾いた音が響いた。間下を貫いた禍々しき弾丸は、実弾ではないだけに間下にとっては最悪の凶器となりそうだった。
「う……ぁっ」
「お嬢さんも一発いかがですかねえ?」
「狙って、行きます、よ!」
巴がイチイバルを引き絞り、男へと矢を放つ。
「残念〜」
「避けられ、ました……悔しい」
「させるか!」
ヴァニタスの攻撃をギリギリのラインで避けると、間下を抱えてSadikは移動を開始した。一刻も早く、C班と合流すべきだと思った。
●C班
その頃、C班はというと、生産ラインのど真ん中で戦闘中であった。
「……はぁッ!」
中津 謳華(
ja4212)の咆哮が皆の鼓膜を打った。
いい加減に当たれという、狼型ディアボロに対する怒りの声でもあった。狼と言う姿のせいなのだろうか、とにかく素早い動きで中津の攻撃を躱すのだ。先程までの鷲頭の獣型ディアボロは小さかったためか、苦労はしたものの倒せた。だが、問題は目の前の狼だ。
中津は仲間との連携に切り替え、攻撃を開始した。
悠人が狼を吹き飛ばしつつ打撃を与え、その瞬間を狙って中津が相手の懐へと潜り込む。さながら牙の様にも見える膝蹴りで、速度を殺すことなく狼を穿った。アウルの燃焼により、瞬間的な加速をもっての攻撃だ。
相手の速度が緩みそこを狙って、今度はナハトがスレイプニルを召喚して突撃させた。
「そこだよ♪」
「……あぁ」
さすがに恋人同士ともなると、ナハトと中津の連携も素晴らしいものだった。
中津が狼の速度を落とす。その瞬間を狙ってナハトが召喚獣に突撃させる。完璧な立ち回りだった。
そして、その間を悠人が間髪入れずに攻撃。またはパイオンを盾代わりにして狼たちの攻撃を受けつつ、相手の隙を作るように心掛けたお蔭で、狼は満身創痍になっていった。
「これで終わりだ!」
「ギャウン!!」
狼は血反吐を吐きながら転がった。
「はぁ……く、くそォ」
中津は息を整え、苦々しくそれを見る。もう何度拳を叩き込んだろうか。
「謳華……」
「なんでもない」
それだけ言うと、中津はまだ戦闘中のシオンの方へと向かった。
「さぁ、燃やし尽くそうか。悪い敵は……今、ここで」
シオンは狼と対峙した。
手にはダブルアクションの自動式拳銃、シュティーアB49。シオンは何度も撃ち込んだ。その度に素早く避けられる。
「当たりなさい……いい加減に!」
「ギャウン!」
シオンの静かな怒りが天に届いたか、狼は避け損ねてシオンの弾丸を食らう。
そして、撃つ、避けるを繰り返しつつ、少しずつ狼の体力を削って言った。
「ギャウッ!!」
「うあッ!」
シオンが狼に噛みつかれる。
「もう少し……もう少し堪えてくれ!」
ルナジョーカーは確保した怪我人を連れ、生産ラインの作業場から抜けるところだった。ルナジョーカーに治療の術はない。しかし、盾になることはできると行動中だった。
「早く行ってください!」
神楽も後を追うつもりだった。ここでの治癒膏は無理と感じれた。危険が多いのだ。
「わかった!」
ルナジョーカーが怪我人を抱え小走りに過ぎると、神楽も怪我人を支えて工場を出た。そこには、すでに逃がしていた怪我人がいた。
そこで神楽は三人を座らせて治癒膏を使い始める。失われた細胞の再生を促せば、血の気のなかった怪我人の頬に赤みが差していった。
「……よかった」
「ありがとう……」
「本当に良かった。……さて、帰ったら『恋人』と『その家族』に……『大好き』と『ただいま』って伝えなくちゃな」
神楽は微笑んで言った。
その後、戦闘中のシオンの戦場に中津たちが参戦し、シオンは事なきを得た。何度となく攻防を繰り返したシオンはもうボロボロだった。
小さな兄妹たちを保護したSadikと、重傷を負った間下にC班は合流した。
先陣の撃退士たちは動けないものの、止血も終わってから休ませた。重症だった狭霧の容態もアサニエルの処置で保っている。火明の方はまだ眠ったままだ。
「嘘つきでもいいから、今は生きることを考えて……」
事情を聴いた悠人は、火明の寝顔にそう言った。
「待っててね……絶対助けるから」
ナハトもこの子に誓った。
ヴァニタスらしき人物には遭遇するのも今回が初めてである。どれだけの力を持っているのか分からず、それでも、ナハトは目の前の命を見捨てるわけにはいかないと思っていた。彼女の信条は「救われぬものに救いの手を」 なのだから。
(「護らなきゃ、この子たちも誰も救われない……来るのが遅くなってしまったけれど、僕達は嘘つきじゃないって証明するんだ」)
「……行くぞ」
「?」
降って湧いた中津の声に、ナハトは顔を上げた。
繋がれる手。
(「……温かい」)
自分の鋼鉄の腕は温かさを伝えない。でも、ナハトはそう感じた。
心配してそっと手を差し出したのだろう。なにより、恋人の温もりが愛しかった。
C班は3人の撃退士と兄妹たち、そして間下とシオンをその場に待機させると、A班とアサニエルの待つ大型冷蔵庫棟へと向かった。
●闇のバウンティ・ハンター
「……いけ好かん『匂い』だ」
中津は入ってすぐにそう言った。
ここは大型冷蔵庫棟内――大型冷凍庫と加工前の野菜類を保存する大型低温庫が設置された場所だった。
15m程先にはヴァニタスらしき人物。まだ戦闘中の狼が1体。そして、無傷の鷲頭の獣型ディアボロ3体。非常に分が悪い。
倒された狼型ディアボロが2体、地に伏していた。
「皆さま、遅いですわよ。……さあ、かかってらっしゃいませ!」
みずほは愛らしい容姿とはうらはらに、強烈なロケットパンチを狼型ディアボロにお見舞いしながら言った。
「Go to heven!」
「ギャウン!!」
すっ飛ばされ、悲鳴のような声を上げる、狼。
そこをすかさず巴がイチイバルを撃つ。最大射程内で、敵との射程を常に考慮して撃っていた。そのおかげもあって、3体目の狼も風前の灯だった。
しかし、皆は疲弊していた。
自分たちもよく健闘してはいたが相手もさるもので、何度も攻撃を避け、何度も立ち上がってくる。
(「しぶとい……です」)
それが巴の素直な感想だった。
「ええい!」
奈津がアウルの力を足に込め、目にもとまらぬ速さで攻撃を繰り出した。狼が避けきれずに、また吹っ飛ぶ。
「やあやあ、新しいお客さんいらっしゃい♪ さーて、素敵なゲストが来たようですから、俺はちょっと頑張っちゃいましょうかね」
男は中津の方を向いた。
「……」
中津は無言であった。
(「ディアボロはどれも近接物理傾向にある。俺の土俵に持ち込めば、十分相手にはなれるだろう……」)
中津はそう踏んでいた。
問題はヴァニタスの方であり、主な武器は拳銃だと考えられた。恐らく、それ以外の近接用武器も所持しているはず。武器が一つとは限らないのは、戦場の常。
(「……予想としては、鞭での捕縛やナイフ……とはいえ、決め付けての行動は好ましくないか」)
中津はゆるりと男に近づくと、低く言った。
「 貴様の相手は俺だ……しばらく、付き合ってもらおうか」
「いいですよ♪ 俺も楽しいことに付き合うのはやぶさかじゃないんで。でも、楽しませてくれなかったら――殺しますからね?」
男はニヤリと笑った。楽しくて仕方がないといった笑みだった。
「参る」
「遅い!!」
先に行動を開始したのは、ヴァニタスの方だった。
「なッ」
「あなたをね、攻撃すると思ったら……間違いなんですよ!」
男は秘めた力を弾丸に宿し、44口径リボルバーマグナムをスレイプニルに向けた。馬竜の速度を押さえる為だった。
「俺の女に……手を出すな」
中津が飛び出し、ナハトと馬竜の間に割って入る。
「ぐぁッ」
中津は背に攻撃を受けた。
「あー……俺は動いて欲しくなかっただけなんですけど。へえーほ〜……リア充ですか。へ〜……」
何か言いたそうに男は言った。
「……貴様の相手は俺と言っただろう?」
「えー、浮気はだめですかー。うーん、そんなに熱烈なラブコールだったら……本気出さないといけませんよね?」
「……かかってこい」
「では……リア充は撲滅しないと、ですね」
男はもうダッシュしてきた。
中津は相対する。
「中津荒神流古武術……中津 謳華、参る!」
(「―怨 南牟 多律 菩律 覇羅菩律 瑳僅瞑 瑳僅瞑 汰羅裟陀 櫻閻毘 蘇婆訶!!」)
かつて鞍馬の地にて魔王尊と名乗る者より修めた呪法。曰く「荒野の鬼神をその身に宿す呪い」。
中津が詠えば墨焔は失せ、瞳は緋に染まった。
「熱いですね! 男の戦いは――そうでなくては!!」
走り込んできた男の手から拳銃が消え、ブレスレットから銀の装飾が付いたナックルが現れる。速度を落とすことなく、男が突っ込んできた。
「クッ!」
中津は辛うじて避けた。
転じて自分の攻撃と為す。
「遅いですよ!」
「うッ」
相手の攻撃をギリギリで避け、体勢を整える。一撃に込められるのは一切の感情が介入しない純粋な殺意。
しかし、男の方はまだまだ余裕だった。
「ほーら!」
「ぐッ……引かん」
「良い心がけですッ!」
真正面から攻撃を受け、見据える中津に、男は不意に屈んで懐に入る。瞬時の体勢移動から繋がる動きは滑らかだった。常人ではありえない加速に耐え切る筋肉、バランス感覚、そして、格闘技慣れした男の技は中津をしっかりと捕らえている。
不意のことに一瞬の虚を突かれた中津は、次の瞬間、顎を殴られ吹っ飛ばされていた。
(「見えな、いっ……?」)
「ぶばァ!」
「おおー、いいのが入りましたねー」
「だ……まれッ」
殺意に任せて繰り出した拳が男の頬をかすめた。衝撃で男の頬に赤い線が入り、滲んだ。
「ほう、やりますね」
「俺が……中津荒神流だ」
万感の想いを込め言い放つ。「俺そのものが、中津荒神流。この決意も、自覚も揺るぎない」、そう中津の瞳が言っていた。
巴も、渚も、弓を手にしているのに撃てなかった。
距離が近すぎて撃てない。
否。二人の攻防が凄まじく、隙などどこにも無いように思えた。中津の姿が闘士として、とても尊く見える。ヴァニタスとの飽くなき闘争はどこまでも続くかに見えた。
しかし、男の繰り出すボディブローが中津にヒットした刹那、中津は膝をついて転がった。
「謳華ー!」
ナハトが叫ぶ。皆も叫んだ。巴が涙を零す。
「皆、で、生きて、帰らなくては、意味が、ない、の、です!」
その声援に、ふとヴァニタスが笑みを零す。
「ふむ……やりますねえ。ここまでついてきたのは、あなたが初めてですよ。実に満足です」
男は中津に向かってこう言った。
「中津 謳華……名前は覚えておきましょうかね。楽しませてくれたあなたは、殺さないでいてあげますよ」
「ついでに彼女さん達もね」と呟いて、ヴァニタスは一躍飛翔した。追う様に、鷲頭のディアボロも地を蹴り、積み上げられた荷物を蹴散らして飛躍する。
中津たちを飛び越え、ドアから外へ躍り出ると、ヴァニタスもディアボロも稀有な移動力でその場から離れた。
「待てッ!」
その言葉に、男は背を向けたまま無言で手を振った。
各班が追いかけはじめた頃には、もう姿は見えなくなっていた。
此度の戦闘にて、被害は重軽傷6名、うち重体は2名。
救出者は先陣の撃退士6名、子供2名。全員、第三陣の治療と対処を得て、無事、都内の病院へと運ばれた。
それも、大型冷蔵庫棟内からの間下の連絡が早かったためだ。何よりも、全員が一丸となって戦ったことが大きかったといえよう。
子供たちは検査のための一時入院だが、今は元気でいる。
斡旋所の記録には、「成功」という輝かしいの二文字が書きこまれ、データファイルに終われた。
●群魔 某所
「来ますね」
男は微笑んだ。
消えた街の灯。しばらくは見ていない渋川市の夜景を思い浮かべて煙草を吹かす。
迷うは魂か。
それとも、人か。
「面白くなりそうです……」
秋の夜風に吹かれ、男は独りごちた。
黒き狩人は死を携え
猛き者を狩る……次の戦いを心待ちにしながら。
そして、紫煙は溜息の長さだけ吐き出され、闇に霧散した。