●一回戦
「私の出番は……まだですか? 」
仁良井 叶伊(
ja0618)は待ちきれないのか、順番を待つ人々の中で呟いた。
カードは枚数38枚。
(……最初なんで、こんなモノですか)
足りないのか、足りるのか仁良井にはわからなかった。
わからないと言えば、久遠ヶ原に流れ着いたことも、その前のこともわからない。
このもやもやとした思いをぶつければ、この場所からも脱することができる気がした。
はて、この場所から……とは。
とにかく、何かを叫んで戦えば、ここから脱することができる気がした。だから、気分がすっきりするまで戦うこととしよう。
自分の過去を取り戻す為、もっと強くなる為に、ここで負けていられない。
そして、一方では。
「バリバリ遊ぶのだ! 好きなモノでデッキが組める! TCGの醍醐味なのだ!」
そう言って非常に楽しそうにしている人物もいた。
レナ(
ja5022)だ。
(ニンジャの素晴しさを前面に押し出して、日本人ニンジャ化計画を推進するのだ!)
レナの心はワクワク感でいっぱいだった。
楽しいお正月はおせちも何もかもが楽しみな季節。そして、日本が最も日本らしく見える季節でもある。
見たことあるような、見たことないような、そんな不思議な場所だが。ただ、ここが日本でお正月ということはわかっていた。
不思議と不安は感じない。
そんな気持ちもあって、レナはカードゲームを楽しむことにした。
「それでは、第二部、第一回戦をはじめまーす!」
元気よくアナウンスをし始めたのは、先ほどの司会の女の子だ。名札には「月遊」と書いてある。
「レナちゃん、がんばりまーす♪」
「私は負けません」
二人はリングの上に立った。
この時点で普通のTCG大会ではないことがわかる。卓がないのだから。
二人はじゃんけんをして、先攻後攻を決めた。先攻は仁良井だ。
「では……私の番ですね。【運命:過去を失いし者】!」
仁良井はカードを選んで差し出した。カードが一瞬に閃光を放つ。
相手を威圧するオーラがレナの足をすくませた。
「お、おかしいです! 動けなくなるなんて」
「ふふ……ここはやはり、いつもと違うようですね。これならば勝てます!」
「うぬぬ……レナちゃんがんばりますぅ〜!」
「私にはッ! いつどこで生まれ、育ったのか…過去そのものが無いのです! 何時かそれを取りも戻す日まで、私の戦いは続きますッッ!」
「レナちゃんはニンジャ大好きなのだ! ビバ! ジャパニーズニンジャデッキなのだ! カードを引いて、レッドさん登場! 【レッドニンジャ!】を召喚!」
そういうと、赤い服の忍者が現れる。
「きゃー♪ 本当にニンジャが登場したのだー♪」
レナはそれだけで大喜びだ。
「ぬ……充実していますね。では、私の番。【嫉妬:リア充大爆発】ゥッ! ええ、身寄りのない……いや、人間なのかすら定かでない私にとって愛される事は嫉妬に値しますゥ」
「普通に人間に見えるですよ?」
司会の少女が言った。
「え……と、とにかく【嫉妬:リア充大爆発】ゥッ!」
十字手裏剣にエネルギーを溜め、振り抜く事によって風の衝撃波を撃ち放つ。
レナはレッドニンジャに守られて怪我をすることはなかった。
こんな感じで互いの攻防が続き、僅差でレナが勝利した。
●二回戦
「やはり、明るい気持ちが勝利を得るのですね? では、次は愛臀党の幹部さんとオフェリアさんの番です」
にっこりと笑って、司会の少女は言った。
二回戦は愛臀党幹部の少年と、オフェリア=モルゲンシュテルン(
jb3111)だ。
オフェリアは艶やかで光沢のある露出過多な下着同然の服を着ている。むっちりバストだけでなく、もちもちなヒップが魅力的な女性だ。
「んふふっ……すごく面白そうねェ。私も参加したわよォ! んふっ♪」
「はわわ……す、すごく……大きいです(バストとヒップが)」
愛臀党幹部の少年は、大好きなヒップが素敵な女性の前でドキドキが止まらないようだった。
カードが胸に収納されているのも官能的だ。便利だからという理由らしいが、そんなことは若い男の子にはわからない。
ただひたすらに魅力的に見えるだけだった。
そのせいか、じゃんけんにも身が入らず愛臀党幹部の少年は負けてしまった。
「では、手加減無しよォ! 私が好きなのは、この自分の身体と美しい女声よォ!! イきなさぁい! 『アルティメットボム』よォ!」
アルティメットボム。究極。そう、この少年にとって究極の一撃だった。
不可視化している翼が背中に顕現し、オフェリアは飛び上がる。
その勢いでヒップアタック攻撃を繰り出した。
「はゥッ! すごく……ヒップです……はひィ〜」
なぜか避けることもせず、見事受け切ったのはさすが臀部を愛する愛臀党。
勝ち負けよりも、愛の臀部であった。
「やったわー、をーほほほッ♪」
昇天した少年の様子に満足したのか、オフェリアは控えの椅子代わりに愛臀党幹部の少年に座って休憩をはじめた。
●三回戦
「【元気なバハムートテイマー】、蒼井御子。【ゲームがアウルの導き】、相馬 カズヤ。これは楽しみです!」
次の試合、三回戦は蒼井 御子(
jb0655)と相馬 カズヤ(
jb0924)の戦いだ。
「それじゃ、いっくよー! ひっさぁつ!【みんな帰ってこい】こんちくしょーーっ!!」
手持ちのカードから選び、御子は学園に来た動機を叫んだ。
「家族なんだから連絡ぐらいしようよ。久遠ヶ原で見たって人いた筈なのにどこにもいないし!」
叫ぶと、ストレイシオンの幼体が現れる。
「あ、ストレイシオン!」
「え?」
「ドラゴンって憧れだよね。ボクもバハムートテイマーだから」
「そうだよね! みんな大切なんだ」
「よーっし、戦おう!」
カズヤは嬉しそうにカードを引き出す。
「ボクのカードは、これだ! 【TCG】!」
きらきらと輝く一枚のカード。それをかざしてカズヤは叫んだ。
「ゲームって馬鹿にするけどさぁ、これが現実になったらすごいやってみんな思わない? 今、この瞬間にそれが現実になってる! これ自体がすっげーことなんだよな!」
カズヤの大好きなものはゲームとドラゴン。この2つがあるから、今のカズヤある。
(すごく楽しい!!)
カズヤは輝いていた。
そのカードは召喚に時間をかけず展開できるカード。必殺カードを奥の手として伏せていたカードをオープンする。
「【将来の夢】! ボクの夢だ!」
(大きくなったら……いや、大人になる前でもいいけど、みんなをアッと言わせるゲーム作りたい!)
展開したカードは輝きを放ちはじめ、ヒリュウの形に次第に形作られていった。
「自分の持ってる知識、テクニック。フル稼働して、みんなをびっくりさせたい。こんなにすごいゲームが有るんだって、そう言わせたいんだあ! いっけぇ!!」
ヒリュウが御子に飛びかかる。御子のストレイシオンが庇って攻撃を受けた。
御子の不意撃ち作戦も忘れかけている。
「【友達大集合!】そして、友達をもう一体召喚するよ! 【スレイプニル】!」
「そう来たかぁ。じゃあ、【ストレイシオン】! そして、【ガード】だ!」
カズヤの召喚したストレイシオンが、カズヤをガードする。
召喚獣同士の戦いは白熱し、会場は真剣な戦いにヒートアップしていった。
互いの力はほぼ僅差。残るのは御子のスレイプニルと、カズヤのヒリュウのみ。
「残りのカードはこれかぁ。【召喚獣を使うのは寂しがり屋だから】? うるさーい!」
御子のさみしい気持ちを現した、涙色のカードが光る。
「そんな気持ちも、そんなカードも! 大切なものだよ。だから、僕がいつかゲームを作って受け止める! ヒリュウ、君が行って! みんなの楽しいと寂しいを受け止める――ボクの【将来の夢】!」
カズヤのカードと召喚獣が同時に輝き、御子のカードとスレイプニールを攻撃。
転じてヒリュウの攻撃。見事にヒットした攻撃がスレイプニールの体力を奪い、スレイプニールは光の粒になって弾けて消えた。
「あ……」
こんな風にここでは消えるんだなと、御子は少し寂しい気持ちで見つめた。負けは確定だった。
(みんな忙しかったりするのだろうなぁ、ってことは。うん……)
「ねえ!」
「え?」
「ボクのゲーム、いつかやってね!」
そこには満面の笑顔で見つめるカズヤがいた。
「うん……もっと」
「え?」
「もっと遊ぼうか!」
さっきの気持ちを振り切って、御子は微笑んだ。カズヤも笑顔でそれに応えた。
●四回戦
「次は金選手とポラリス選手です!」
司会が叫ぶと、金 轍(
jb2996)とポラリス(
ja8467)が登場した。
「やるからには負けるわけにはいかないな」
轍は楽しそうに周りを見つめた。。
手には、空腹に備えて焼きそばパンを持ってきている。
一方、ポラリスの方は手にあるカードをしばらく見つめている。
(えーと、カードゲームって男の子がよくやってるやつよね?)
「カードはカードでも、私はお買い物が好きなだけできちゃう不思議なカードがほしいわー」
(……はっ、そうだ! 買い物の代わりに、今までたまってた物欲をぶつければすごいパワーになるのでは?)
「ふふふ……」
己の欲望に気が付いたポラリスは、にやりと笑い視線を轍に向けた。
「では、いきなり行くわよ!」
「え?!」
「ほーら、じゃんけん。じゃーんけーん」
「「ぽん☆」」
「買ったーじゃなかった、勝ったー!」
「うお、ひでえ!」
「さあ、先手必勝!」
ポラリスは一応ルールは守ってじゃんけんをした。心理戦に勝ったのなら、迷わずに物欲を叫ぶだけ。
「【私の物欲は百八まである】わよー!! 容赦なく銃撃!」
「おわー! 当たるだろうが!」
「何で当たらないのよ? 当たりましょうよ!」
「当たるか馬鹿野郎!」
「この物欲は昇華させる必要があるの。私、まじよ?」
「死ぬだろうが?!」
「きっと平気。そんな気がするわ」
「ヲォイ! ちっくしょー……【貧乏生活三食焼きそばパァン!】」
轍も容赦なく忍刀を投げる。
「何するのよォ! 私の欲望、ハッピーバースデー! 【車もほしい! もちろんイケメン運転手付きで! 旦那様はもっとイケメンで!】」
「【勉強上等!】」
回避するためにポラリスはさらに銃撃。しかし、轍は叫びながら逃げ出した 。
「【カオスこそ至高ですね】!」
「なにィ!」
カオス上等だとやって来た如月 千織(
jb1803)は、徹の上に金タライを落していく。
「痛ぇ! くそお……【俺だって彼女欲しいんだよ】ぉー!」
「ぐあっ! 十字固め……か」
千織は身を捩った。
「【お母ぁさーん、お父ぉさーん、弟ぉー、妹ぉー!】」
「やめっ! ジャーマンスープレックスはやめっ」
「ってゆーか、【家、別荘、安住の地!】その名も素敵なお金持ちの旦那様よォ!」
「撃つなァ! だから撃つなァ!!」
「【ダアトだって硬くなりたいんです!】」
千織は衝撃を緩和させるシールドを展開。そのせいか、三つ巴の状態から抜け出せなくなった。
「【まだまだ買うわよ】!」
「【ネタ思考も忘れませんよ」」
轍から逃れた千織は銃撃を避けつつ、ポラリスをメタルブックで殴る。
叫びあい、闘い合い、金タライが落ちまくり、気が付けば撃沈した三人が倒れていた。
●ラストバトル
「どうやら叫んで昇天したようです。寝ていますね。見ている皆様はご安心ください。それでは、最後は字見さんと最上さんのお二人です!」
司会は字見 与一(
ja6541)と最上 憐(
jb1522)の二人の名を呼んだ。
「……本が好きです」
にべもなく与一が言った。
「ふへ?」
「ハードカバー、ペーパーバック、和書洋書、活字本、写本、巻子本、手製本。垂れたインクで出来た染み。劣化した媒体の質感。積み重ねられ保管された本の醸す芳醇な香り。どれもこれも愛しくて仕方がありません」
「ちょ、ちょっと?」
「では、カレーは飲み物である事を、知らしめる為に参上」
「最上さんまで?!」
「そう……この思いの丈を今ここに! 我は読書の僕、活字の徒。我は厚い司書の【時間ですよ】の壁をも突き破り、活字中毒の業火で邪魔者を焼き尽くす侵略者なり。かくあれかし!」
与一はカードを取り出すと叫んで相手に向けた。
漲る力が与一をパワーアップさせる。
それに目もくれず、憐はどこからともなく超大盛りのカレーを持ち出して、ゴクゴクっと飲み干した。
「……ん。カレーは。主食にして。オカズにして。デザートにして。更に。飲み物。万能な。食べ物」
そう言いながら、大量のどろりとしたペースト状のカレーを与一に見せる。
一瞬の攻撃のために力を蓄え、互いに見つめ合った。
「【擬態】!」
叫んだ憐は気配を消して、死角から相手に接近していく。
与一も【説明書】カードをかざして雷を放った。
「説明書は美しい!」
「……カレーよりも、甘い、ぞ」
「何ィ?! うがあ!」
避けた憐にカレーをねじ込まれ、与一は喘いだ。
「……ん。動くと。鼻から。カレーが。逆流するよ?」
「げぼァ! 負けない……この想いだけは!」
「……では、互いに。究極奥義で。カタをつける、としよう」
「望むところです! 内容の正邪を問わず、ボクは全ての本を愛します。これだけは、この一点だけは譲れない。受けてみなさい。【永劫なる超偉大図書館(いつかじぶんせんようのとしょかんをつくりたい)】ッ!!!」
「銀河系最凶最辛佳麗の洗礼を、受けよ! 新世紀昇天【アクエリアス】!!」
互いに接近し、究極奥義を放った。
与一の背後には無数の本の形をしたオーラが展開され、なぜか宇宙を背負っていた。
しかし、カレーをねじ込もうと如来ポーズを決めた憐も宇宙的オーラを背負っている。手には、ドロリ濃厚カレーペースト。
一触触発だ。
そして、憐が動いた。
「あ、カレーの染みが!」
「なんですと!」
「甘い、のだよ。昇天せしめよ」
「ボクの……」
(本。いつか、ボクのお城を……)
巨大な欲望は吸い上げられ、カレー臭を漂わせてすべてのものを巻き込んでいく。
「止まら、ない?!」
憐にも止められなかった。
焼きそばパン。金タライ。リッチな生活。大切な家族の群像。素敵なヒップ。ニンジャ。ゲーム。帰ってきてほしい人たち。図書館。カレー。
渦巻く欲望は、今年のパワー。
運あれば叶うであろう。
毎日がハッピーバースデー!
目覚めよ力、目覚めよ欲望。
あけましておめでとう。
良い年でありますように。
●食堂にて
「お正月料理には飽きたわよね」
食堂のおばちゃんは言った。
寝坊助学生たちのお昼はカレーのようだった。
「こういう日は、カレーがいいわ」
「そうね。みんな若いし」
「早く来るといいわね」
おばちゃんたちの笑顔はお正月でも変わらない。
テレビの向こうで、新しいカードゲームの宣伝が流れる。
「あけましてを言わないとね。早く来ないかしら……あら、一番は憐ちゃんね。やっぱり」
そう言って、おばちゃんは笑った。