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マスター:丸山 徹
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/07


みんなの思い出



オープニング

 暑い。
 夜を焦がすような火。
 ドラム缶から立ち昇る炎、地面に広がった焚き火、否が応にも暑くなる。
 熱い。
 闇を燃やすような、人いきれ。
 どこから集まってきたのか、この人数。それぞれが手を振り上げ声を張り上げ、否が応にも熱くする。
 朽ち果てた工場の跡地、ギリギリ生きてる水回りと、闇に佇むたった一つの自動販売機。ホームレスが根城にしそうな、地図から消え損なった場所。
 その夜、そこに、聖域があった。
「それでは本日のメーンイベント! この熱い夜を燃やし尽くすのは、この男しかいなーい!」
 妙に可愛らしい女の声が、割れたスピーカーから飛び出した。
 次の瞬間。
 わあああああきゃああああひゅううううおおおおおおおぴいいいいいいぱちぱちぱちぱちどどどどどどどどど……
 辺りに響く轟音。意味はわからないが、歓声と拍手と足踏みだ。
 今時ロケ地にも使われないような荒れ果てた空間に、聖域が生まれる瞬間。
 歓声と怒号を浴びながら、一人のファイターが、拳を突き上げ進み出る。
 砂利の敷かれた地面、そこがリングだ。ロープも何もない。観客がその気になれば、いくらでも入っていける。
 けれど、200名からなる観客たちは入らない。
 そこは聖域。ファイターたちが力と技と知恵と気力と、魂をかけて闘う神聖な場所。
「俺より強い奴に、会いに来たぜっ!」
 仰々しくポーズをとったファイターの背から、燃え上がるように吹き出すアウルの輝き。
「ナハハハ、気合入ってんねぇ、エース! せんとーりょく53万って感じだ! さあ、対する挑戦者は……!」
 歓声がひときわ強まった。
 
「ファイトクラブ『スーツレス』を何とかして欲しいんだって」
 放課後、久遠ヶ原学園にある教室の片隅で、女の子たちがお喋りしているような風景。
 けれどその女生徒が持ってきたのは、だいぶ熱苦しいスクープだった。
「月に一回くらい夜中にやってるんだけど、知ってるコレ?」
 メモを片手に、女生徒は君たちを見回した。
 無論、君たちの中にも知っている人はいるかもしれない。けれど関わったことはない。
「アウル能力者がいるんだってさ、それだけで『危なーい!』ってわけじゃないんだけど」
 それを言ったら久遠ヶ原学園の部活動などよほど危険な集まりだ。
 問題は、もっとシンプル。
「観客もファイターも、ほっとんど未成年なんだよ、それが問題なんだって」
 早い話、ゾクとかヤンキーの集会みたいなもの。
 中高生あたりはそういう『危なーい』感じの話が大好きだ。とりあえず行ってみようぜ……と。
 それで保護者や他の学校から、我らの学園に相談が来た。
「クスリが出回ってるとかは無いよ、逆にヤクザとか近づけないんじゃない?」
 ナハハーと笑う。
 でもね、と表情を戻して。
「怪我人が出てるんだ。って言ってもやりたくてやってんだから自業自得なんだけどさ。ただ、一般人の怪我はねぇ……え? あ、うん、そうそう。学園生もいるみたいだけど、ほとんど外の子だよ」
 一般人が圧倒的多数。
 アウル能力者は、少々の怪我ならすぐに治ってしまう。
 しかし、一般人はそうはいかない。足を挫いただけだって、完治に一週間以上かかる。
 そう、ここではアウル能力の有無など関係ない。
 やりたい奴がやる、そういうルールらしい。
「基本的にそういうのは一回やったら諦めるみたいなんだけど、中には気合入ってんのもいて、鍛え直して何度も挑戦するんだって」
 いずれ大事故になるかもしれない。責任者もなく怪我人が出ては、たしかに大ごとだ。
 公序良俗の問題と、危険性を鑑みての取り締まりということだ。
 実際のところ、この程度はだいたいどこでもあるものだし、騒いでいる連中だって飽きたら消えてゆく。
 だから、こういうのは放っておくのが一番良いのだ。下手に取り締まると逆に反発して、第二、第三のお祭り騒ぎ。警察に捕まったヤツはヒーローになる、そういう連中だ。
 女生徒が、ふっと遠い目をする。
「どうしたもんだろうねぇ」
 撃退士とケンカしたい、生の撃退士を見てみたい、という連中は説得の余地がある。
 他にも、「皆が行くから何となく」「行ってみたら楽しかった」という輩も、祭がなくなれば自然と他へ流れるだろう。
 その辺が大多数。
 それ以外には、どんな理由があるのか。
「アタシさぁ、別に止めなくて良いと思うんだぁ。一度行ってみたけど、皆けっこうイイヤツだよ? バカでうっさいけど」
 彼女の言葉に、君たちは驚くだろうか……頷くだろうか。
「あー、バカは可哀想か。じゃあ心にナイフを持ってる奴らっていうか……でも話せばわかるよ。あ、でもバカだから、理論的なのは通じないかもねぇ、ナハハハ」
 それをどう説得するのか。
 言葉でダメなら、拳か、心か。
「ま、皆のせんとーりょくなら大丈夫っしょ。上手いことやってみて。ケツモチはアタシがやっからさ」
 多少強引な手段も必要ということか。
 といっても、全員を学園の格闘系クラブに強制入部というわけにもいくまい。ほとんどが一般人だ。
 彼女のくれたメモは、なかなかしっかりした調査が書き込まれていた。

『スーツレス・ルール』
 基本的にタイマンのステゴロ(*装備を外したデータを参照する)
 物理的な基本能力の高いディヴァインナイトやルインズブレイドがやや有利か
 イニシアティヴの高いクラスも悪くはないが、初撃を凌がれたときどうするかが課題……

 依頼は、FC『スーツレス』を何とかして欲しいというもの。
 何とかするとは……
 力で叩き潰す?
 誠意が伝わるまで説得する?
 かわりの何かをつくる?
 ……必要なのは解決策ではなく、解決。
 手段も目的も一つじゃない。

 オトナたちにできなくとも、君たちならできる。
 心にナイフを持っている奴らの気持ちが、わかるはずだから。


リプレイ本文

●ROUND1
 撃退士たちが現場に到着したのは夕方頃だったが、そこではメガネの青年がゴミ拾いをしていた。
 楽しそうに、空き缶と燃えるものを選り分けている。
 彼がエースだった。
 一行は何となくゴミ拾いに参加しつつ、声をかける。
 隠し立てすることもあるまい、撃退士たちは普通に自己紹介をした。
「なぜFC(ファイトクラブ)などするのですか? 訓練にもならないでしょう?」
 佐藤 七佳(ja0030)の、自身の戦闘スタイルにも似た一直線の切り込みを、エースは笑顔で受け止める。
「喜んでもらいたいんです。この力は、両親や皆を喜ばせるために、神様がくれたんですから」
 彼の家は貧しかったが、疲れにくい身体のおかげで仕事と勉強を両立できて、大学に行けた。
 それこそが彼にとっての闘いだった。
「……」
 七佳は、小さく頷いた。
 諸伏翡翠(ja5463)は、ゴミ拾いの時からずっと、微笑んでいた。

 それが、一時間ほど前のことだ。
 その時と同じ笑みのまま、翡翠は薄手の外套を羽織って立っている。こっそり着替えた。
 中天には月が昇りかけ、地上には篝火が、辺りには騒音が満ちている。
 祭が始まっていた。
 聖域にはすでに二人の戦士が向かい合っている。
 片方が翡翠、もう片方はエースだった。
 FC『スーツレス』の顔役とも呼べる若者は、メガネを外し、赤い鉢巻と学ラン姿。『クサナギ・リュウ』の衣装だ。
 彼こそがハートのキング。
 翡翠は静かに一歩を踏み出し、外套を脱ぎ放った。
「「おおっ!」」
 どよめきと大歓声。
 外套に隠されていた翡翠の姿は、パンクロッカーのような奇妙な服装……
 クサナギ・リュウのライバル『ヤガミ・ケン』の姿だった。
 呆然としているエースに向け、翡翠は不敵に言い放つ。
「月を見るたび思い出せ、今宵の敗北を」
 ヤガミ・ケンの名セリフだ。
 エースは笑った。
「俺は負けない! クサナギの炎で、お前をぶっ飛ばしてやるぜ!」

「さあ始まりました、今夜のスーツレス第一戦は、まさかのリアル・ストリートバトラーズ! 本日は解説の龍実さんにお越しいただいております!」
「あ、どうも」
 急にジョーカーから話題を振られ、志堂 龍実(ja9408)は面食らった。
 最初から手伝うつもりだったが、あまりに大喜びで迎えられて、どうも調子が狂う。
(あっさり受け入れ過ぎ……)
 そもそもジョーカーは、彼らの来場に驚いていない。
 今夜来ることを知っていたのか?
「出たぁ必殺ファイヤーウェーブ! おぉっと、挑戦者も色違いの炎で反撃!?」
「あれは光纏の光で……」
「それ言っちゃダメ」
 うっかり素になる龍実に、小声で突っ込むジョーカー。
 炎ではないので、実は全く痛くない。
 それでもド派手な技の応酬に、観客は大歓声だ。
 
「違うな、あれは」
 リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)は、視線だけは試合を追っていた。
 隣に佇む日下部 司(jb5638)も同じ事を思ったらしく、フッと笑った。
「了解です」
 彼の視線の先には、マイクを握りしめ絶叫するジョーカーの後ろ姿があった。
 最初、撃退士たちはジョーカーが天魔であることを警戒していた。場合によっては戦闘すら覚悟していた。 
 だが違った。
 裏がなさすぎる。大仰なマスケラで顔の殆どを隠しているのに、喜怒哀楽がまるで隠し切れていない。
 ファイトクラブへの思いだって、裏も表も無いだろう。
 司は安堵して、試合へ視線を移した。


●ROUND2
「諸伏さんッ! 横動いて下段(ロー)!」
 藤村 将(jb5690)は観客の最前列に混じって声援を送っていた。
 盛り上がりは最高潮に達している。
「あの学生服のかた、何か修めてますわね」
 隣で長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)が呟く。
「空手だな。掛け受けから中段の連携とか、かなりの使い手だ」
 経験者の将が、試合を追いながら解説した。
「あれほどの腕前で……」
 みずほは呟き、食い入るように試合を見つめる。
 バトルは終局を迎えていた。

 エースが腕を振り上げ、炎が輝く。超必殺技のポーズだ。
「受けてみろ! クサナギの炎!」
 翡翠は、敢えて飛び込んだ。
 飛び込み、光に包まれ……倒れた。
 いや。
 エースが支えた。
「……痛かった?」
「いいえ、ただの光ですもの」
 でも、と翡翠は微笑む。
「最後まで顔を打たないでくれてありがとう、主人公(エース)さん」

「勝者、エース! 燃えるハートのキングだぁー!」
 ジョーカーの絶叫はマイク越しだというのに、歓声にかき消されていた。
 あまりに素晴らしい闘いだったから、少し長めの休憩を、と龍実が言う。
「あの試合のすぐ後じゃ、盛り上げるの大変だよ」
「オッケー!」
 ジョーカーは喜んで承諾した。
 休憩ということになり、観客が散らばってゆく。
 それに合わせて、撃退士たちはジョーカーの元へ集まった。
「来てくれてありがとね!」
 まず最初に礼を言われ、一同は気勢を削がれた。
「あれなら危険はないと思いますわ」
 みずほが皆を代表するように言った。
 あのエースという若者なら、一般人に怪我をさせることはないだろう。
「でしょ?」
 ジョーカーはマスケラ越しでも分かる笑みを浮かべた。
「でも、怪我人が出たのでしょう?」
 七佳がジョーカーを見つめる。
 すると途端に、ジョーカーの顔が曇った。
「実はさ……」

 将はポケットに両手を突っ込んでブラブラ歩いていた。
 隣を歩くみずほの、あまりに剣呑な表情に、将は苦笑する。
「気持ちはわかるけどよ、ちょっと怖いぜ長谷川さん。美人が勿体ねぇよ」
「……はい」
 みずほは息をついて気を落ちつけた。
 二人の向こう、焚き火から離れた暗がりで、少年たちが集まっている。
 否が応にも目立つのは、その中央にいる巨体。
 クラブのキングこと、ザ・キング。
 二人はそこに踏み込んだ。
「失礼しますわ、あなたがキング様?」
 みずほは詰問口調になるのを抑えられない。
 どう勘違いしたのか、キングは機嫌よく迎えた。
「よぉ彼女、ヒマそーじゃん。どっか行かね? 俺らバイクで来てっから」
「遠慮しますわ」
 即答だ。
 だが、キングの笑みは消えない。
「あんたも能力者なんだろ? こんなザコいトコ居たってつまんねーべ」
「では何故あなたはここに?」
「こいつらアタマがいねぇとダメなんだよ、王様がいねぇとよ」
 みずほの険しい視線に気付かぬまま、巨漢は饒舌に語る。
「ちょっと良いか」
 将がそれを遮った。
 途端にキングの目つきが変わる。
「あ? どっか行けカス」
 慣れた物言い。巨漢の能力者に凄まれれば、ほとんどの者は何も言えなくなるだろう。
 無論、将はそういう普通の反応はしない。
「聞いたんだけど。前回のファイト、相手を押さえて降参できないようにしながら殴ったんだってな」
「うぜえな」
 呟き、巨漢はのそりと将へ向き直る。言葉で黙らなければ殴る、非常にわかりやすいキレ方だ。
 そういう意味では、みずほのキレ方は分かりづらかった。
「お待ちを」
 こんな時までこういう口調だ、わかりづらいにも程がある。
 みずほは静かに言って、巨漢の手首を掴む。
「あぁ? ……!」
 掴んだのが男性なら振り向きもせずぶん殴るところだが、それが若い女性と知っていたので、巨漢は振り向いた。
 そして、その短い足を止まらせたのは、みずほの、腕が震えるほどの力だ。
「痛ぇだろうが!」
 正直に叫んで、キングは空いている手でみずほを殴った。
 ド素人の動きだ。
 みずほは言われるがままに手を離すと同時に踏み込み、巨漢の腕を潜りざま、脇下に強烈な一撃を見舞った。
 巨漢の身体が、捩れた『くの字』になる。
 みずほはもう一撃、平手打ちのように、ぱしんと拳を振った。
 顎先をはたかれた巨漢は、たったそれだけで、白目を剥いて転がった。
 一瞬だった。
 取り巻きの一人がライターを落とし、その音で我に返る。
 慌てて屈みライターを探す、その目の前で、将の足がそのライターをじゃりっと踏みつけた。
 取り巻きどもが後ずさる。
「こいつに言っとけ、次見かけたらこの倍殴る、そん次はその倍。死ぬまで続くってな」
 わかりましたと何度も頷く連中を、将は凍りつくような目で睨めつける。
「おめぇらもだ……とっとと消えろ!」
 その一言が取り巻きどもの呪縛を解いた。我先にと逃げ出す連中のうち、王様を助けようとする者は一人もいなかった。
 将はそいつらを見送ってから、口元を引き結んだ曖昧な表情をみずほに向けた。
「お疲れ、長谷川さん」
「……失望ですわ、心から」
 怒りに震えるみずほに、将も頷いた。
(不良がイイヤツなのはマンガの中だけ、ってね)
 ちょっと嫌なことを思い出しそうで、将は夜空へ溜息を放った。


●ROUND3
 別の場所で、他のメンバーは人だかりの中にいた。
 正体は明かした。そのため中高生たちが好奇心のままに寄ってきた。
 彼らの多くが、ありきたりな願望を口にした。
「俺だって能力者になればさー」
 少年の愚痴を、リンドは正面から受け止める。
「そこにも競争はあり、信用されない者は見捨てられる。怠け者は負けるが道理」
「そっかぁ……ところでそのメイク凄いっすね。デビル・カツヤのコスプレっすか?」
「?」
 リンドの外見も、あのバトルの後ではさほど違和感がないらしい。
 逆の意見もあった。
「僕は適性があるって言われた、能力なんていらないのに」
 周囲から「勿体無い」と声が上がる、しかし彼は大声で言い返した。
「友達に敬語使われたんだ! 連絡しても返ってこない!」
 ……皆、それを甘えだと一蹴するほど、腐ったオトナではなかった。
 普通に生きていたい、それだって願いだ。
 だからこそ少年はここに、能力者と一般人が境目なく触れ合うこの場所に来たのだ。
 沈黙を破ったのは、龍実だった。
「信じてあげて。本当の友達ならきっと戻ってくる」
 龍実に肩を抱かれて泣いている少年が、能力者……なんと皮肉なことだろうか。
 小癪な子供らは、いつの間にか真剣な顔になっていた。
 ……だが、そこはイマドキの中高生、そんな重い話ばかりでもない。
「ねぇねぇ七佳ちゃんって、どこ中(ちゅう)?」
「高1です」
「失礼しました」
 良くも悪くも、能力の違いを簡単に飛び越える連中と触れ合い、撃退士たちも少しずつ認識を改めていった。

 司は聖域の傍らで、対戦相手のことを考えていた。
 情報によると、久遠ヶ原の高等部二年、男勝り、意地っ張りの努力屋。
 ダイヤのクィーン。
 その時、少女の声が司の思考を妨害した。
「なんか静かだけど、どうした?」
「休憩だよん」
 ジョーカーが答えた相手は、黒ずくめの、魔女のような格好をした少女。
 司が自己紹介すると、やはり彼女がホシミコだった。
「よろしく。ホシミコでいいぜ? リングネームみたいなもんだし、ここじゃ先輩も後輩もないだろ」
 気さくで威勢の良い、小柄な少女。
 司は単刀直入に訊ねた。
「どうしてFCに?」
「んー?」
 長い癖毛を三角帽子にまとめるべく苦心しながら、ホシミコは司の目を見た。
「流星が見えてる間に願い事を三回唱えるっておまじない、あるよな」
「…」
 司は疑問を挟まず、ホシミコの言葉を待つ。
 少女は身嗜みを整えながら、なんでもないことのように、熱く語る。 
「あれ簡単さ、いつも願い事のこと考えて努力してれば、三回くらいあっという間だぜ」
 だから叶った。
 撃退士になれた。
「だからここにいる。夢は叶うと、あいつらに教えてやるために」
 星を見つづけてきた娘の瞳は、星よりも輝いている。
 輝きを受けて、司は頷いた。
「全力で行くので宜しくお願いします」
「ああ、素敵な夜にしようぜ」
 
 二戦目も、一回戦に劣らぬド派手なバトルとなった。
「さすがは久遠ヶ原! ハンパないです!」
「皆さん、ご安心ください、手加減してますから一応」
 ジョーカーと龍実の解説も熱を帯びる(?)。
 夜空に流星が乱舞していた。
「弾幕芸夢(ゲーム)は止まっちゃダメだぜ? 『ダイヤモンド・パニック』!」
 無数の輝きが生まれ、光の尾を描いて司へ迫る。
 司はそれを、あるいは躱し、あるいは叩き落とす……が、これでは接近できない。
「近づきたいか? ならこっちから、『シューティングスター』!」
 ホシミコは自らの背面に魔術を放ち、その勢いで突進。
 司は神速の反応で迎え撃つ……が、ホシミコは確かに接近したが、攻撃する様子もなく上空へ迂回した。
「攻撃するとは言ってないぜ?」
「いい性格だよ」
 苦笑しつつ、司は護符の水弾にアウルの色を載せて天空へばら撒く。こんな使い方はしたことがない、ぶっつけ本番だ。
「名付けて、『マーキュリーレイン』!」
「お、やるな!」
 意表をついたらしく、ホシミコは慌てて弾幕を張り返す。
 青と金の光が乱舞する。
「きれい……」
 こんな闘いもあるのか……七佳も含め、観客は声もなく夜空の幻想を見守った。
 勝敗を決めたのは、互いの切り札。
 ホシミコの七色スパークを、司の剣指で放った封砲が切り払った。
「あれを正面から止められちゃな」
 ホシミコは晴れ晴れした顔で負けを認めたが、司は勝者の名乗りを辞退した。
「あなたがリードしてくれたおかげだ」
「なに、良い芸夢だったさ。お客さんに挨拶しようぜ」
 頭を下げ、手を振る二人に、観客は惜しみない声援を送った。


●ROUND4

「さぁ、ミスター空手Xに挑戦する奴はいないのかッ!?」
 謎の空手家……に扮した将は、聖域の真ん中で仁王立ちしていた。
 石を割ったりスチール缶を握り潰したり、怪力パフォーマンスで盛り上げる。
 さらにジョーカーが煽り、観客は大歓声を送った。
「俺を倒すか、ここから押し出せたら勝ちだぞ! さぁ来い!」
 我先にと名乗りが上がる。
「はっはっはその程度かお前ら! ……いやいやいや待て待て待て一人ずつだ一人ずつ! や、やめっ、おわー!?」
 それでも倒れないのは男の意地か。
 
 もう大丈夫だ……
 撃退士たちは、ようやく肩の力を抜いた。
 ジョーカーは彼らの提案を、ほぼ全て受け入れた。
「ありがと、潰さないでくれて」
 真剣な声で、少女は言った。
 責任者はエースが名乗り出た。
 FCを続ける代わり、夜中までやらず、会場も決めて健全なイベントにする。
 久遠ヶ原も手伝いをよこすから、回復できる人員を用意する。
 危険な試合は能力者(責任者)が止める……等。
「でも、能力者と一般を分けるのは勘弁して、ここではさ。絶対にもう怪我人は出さないから」
 ジョーカーの真剣な頼みに、さしもの七佳も、最終的には頷いた。
 そういう場所があっても良いだろう、今ならそう思う。どちらも人間なのだから。
「あとリンドさんは、本当にごめんね」
「無用」
 しょげかえるジョーカーに、リンドは短く言った。
 リンドが対戦を希望していたスペードのキング、ツルギは現れなかった。
 以前から、来たり来なかったりという人物だ。
「是非もなし」
 リンドは腕を組み、頷いた。
 次の試合が始まっている。能力者同士の対決、観客は双方の闘士に声援を送る。
 その時、リンドは見た。
 闇の中へと立ち去る、異様な風体を。
 無理やり膨らませたような筋肉、痛覚も鈍っていそうなザラリとした皮膚、骨格すら歪んだ、数十年かけて肉体を虐め抜いたような男の後ろ姿。
 リンドは静かにその場を離れ、男を追った。

 歓声も、焚き火の明かりも薄れた闇の中、リンドは男に声をかけた。
「御人、スペードのキング、ツルギ殿とお見受け致す」
 返答はない。
 構わずリンドは続ける。
「我が名はリンド=エル・ベルンフォーヘン、本日、対戦を願って参った者だ」
 男の返事はない。
 だが、反応はあった。足を止めたのだ。
 リンドは歩み寄る。
「試合えぬのは残念だが、そちらにも故あってのことだろう、しかし、宜しかれば理由をお聞かせ願えまいか」
「寄るな」
 初めて、男が声を放った。
 リンドは足を止めた。
 取り立てて特徴のある声ではない、美声でもないし、高くも低くもない。
 リンドが足を止めたのは、声とともに放たれた殺気のせいだ。
「気に触ることを申したなら謝るが、ただ理由を」
「勝てないからだ」
 切って捨てるような返答は、背中から放たれる。
 リンドはわずかに眉をひそめた。
「力量を知るは力の一つ、なれどこれは試合、拘らずとも」
「殺せないからだ」
 試合なぞする気はないと、男は続ける。
「俺には貴様が殺せない、それが悔しくて耐えられん、だからだ」
 なんだこの男は。
 歴戦をくぐり抜けたリンドですら、このような明確な殺意を向けられたことは滅多にない。
 戦場の修羅とは違う、戦いではなく殺戮を望む声。強いて言うなら恨みつらみの類だが、リンドに恨まれる覚えは……
「……御人、御身は悪魔に」
「黙れ」
 メキメキと音がした。
 男が手にした木刀が潰れる音だった。樫の木を折るではなく握り潰すとは、見た目以上の握力だ。
 柄頭から上腕ほどの長さにある部分が握り潰され、二つに断たれた木刀が砂利に落ちる。
「悪魔と口を利いたのは初めてだが、耐えられそうもない」
 男は二つになった木刀を拾い上げると、歩き出した。
 届かぬと知りながら、リンドは声をかける。
「恥を忍び、最後に一つ! 御身は何故、ここに!」
「……恥、か」
 はからずも、男は足を止めた。
「悪魔にも、そんなもんがあるのか」
「少なくとも、己には」
 男は、恐らく、悪人ではない。
 相手が恥を忍ぶなら、自分も恥を忍ぶだけの心はあった。
「貴様らを殺せる力が身につくよう、願掛けだ」
 殺伐とした、稚拙な、女々しい理由。
 リンドは悟った。
 その理由を聞いた人間は、そう多くはない。
(恥ずべきことか)
 男が足を止めたのはその一瞬、ふた呼吸にも満たぬ間。
 そして男は闇へと消えた。
 もう言葉は届かないだろう。だが、それを誰が責められようか。
 あの時、人間に裏切られたとき、自分はどうした。全ての人間を恨まなかっただろうか。
 リンドは無意識に、己の顔に触れていた。
 歪な輪郭は、どこかあの男と似ている気がした。
(自身にしか分からぬ苦しみよ)
 リンドは首を振り、もう一度、是非もなしと呟いた。

 炎の照らす、大歓声の中。
 その中ではやや落ち着いた空間に、撃退士たちはいた。
 ふと龍実がジョーカーを見やる。
「ジョーカー、あんたは何者なんだ?」
「え?」
 一瞬、唖然としたジョーカーは、すぐにけたたましく笑い出した。
「ナハハハ、分かんなかったんだ? あーでも仕方ないかー」
 橙色に揺らめく明かりが、マスケラを奇妙に彩った。
「ヒント、アタシは学園生です。その2、あのメモさ……なんでマスケラしてんのに、美人って分かったんだろーね?」
 このヒントで分かるかどうか……
 けれどもマスケラの裏、してやったりの笑顔があることだけは、誰にも明らかだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 弱きものの楯・諸伏翡翠(ja5463)
 遥かな高みを目指す者・志堂 龍実(ja9408)
 火中の爆竹・藤村 将(jb5690)
重体: −
面白かった!:8人

Defender of the Society・
佐藤 七佳(ja0030)

大学部3年61組 女 ディバインナイト
弱きものの楯・
諸伏翡翠(ja5463)

大学部4年151組 女 ルインズブレイド
遥かな高みを目指す者・
志堂 龍実(ja9408)

卒業 男 ディバインナイト
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
誇りの龍魔・
リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)

大学部5年292組 男 ルインズブレイド
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド
火中の爆竹・
藤村 将(jb5690)

大学部3年213組 男 阿修羅