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マスター:丸山 徹
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2016/06/15


みんなの思い出



オープニング

 殺せ。
「分かった」
 青空の下、白と黒の斑の翼がビルの合間に翻ると、県境にある市街地はちょっとした戦場と化した。
 暴力を垂れ流すような破壊の渦。
 雑な戦法だった。
 投げやりな戦術だった。
 ザバーニーヤの『マーリク』に言われた班羽の女は、標的の撃退士たちに対して、その場にあったディアボロのほとんどをぶつけた。
 もともとザバーニーヤたちは内部の守護にあたっていた。時折、ディアボロのテストで外に出ることもあったが、地獄の門番の名を持つ彼らは、門を離れることなどほとんどなかった。
 守護という任務を得てマーリクは嬉しそうだったが、『彼女』には感情も感想もない。
 この辺りにはまだ残っていた人間がいるかもしれない。というより、いる。
 子供や老人、身体の弱い身内をかばって逃げ遅れた者がいる。
 火事場泥棒を狙って孤立した阿呆もいる。
「どうでもいい」
 近頃、不穏な空気を漂わせていた冥魔軍の支配領域へ、人間たちは幾度と無く救助・調査隊を派遣した。ほとんどは上手くいった。空振りなこともあり、小競り合いになることもあったが、概ね順調に救助と調査は進んでいた。
 そんな一見平穏な中で起きた、急に火花が弾けたような戦闘。
 調査に来ていた撃退士の一団が魔軍の防衛拠点に接近しすぎたのが発端だ。だとしても、女天魔の行動は常軌を逸したものだったが。
 調査隊が逃げ込んだ倉庫の並ぶ一角には『グール』と呼ばれるディアボロが群がった。
 炎上した車の群れには『鬼熊』がゆっくりと歩み寄っていく。いくつかの火に巻かれていない車中では逃げ遅れた人々が震えている。
 救援要請を受け、撃退士たちが集まっていった。


 祖国フェルドースタンで行われる凱旋式は一週間延期されたが、内容は一層華やかなものになるだろうと言われて、フーリと呼ばれていた少女は喜んでみせた。それ以外に応えようがない。
 嬉しい気持ちに嘘はない。
 ひとり車の前で、少女はメールを打っていた。
「……お元気ですか、ワヒド」
 指が重い。
「……ミーリヤの具合はどうでしょう……」
 言葉も出てこない。いつもならおしゃべりと同じスピードで打ち込めるのに。
「……」
 あの小さな友だちだけではない、他の誰にも連絡はしていなかった。連絡できないまま、この日を迎えてしまった。
 友だちみんなを呼んで、パーティを開いて、この国最後の夜を名残惜しんで……そのくらいしても良かった。
 あんなことがなかったら。
「そろそろ行くか」
 運転席のナディムジャバードが言った。空港まで送ってくれるのだ。
 空港には『獅子の牙』のみんなが迎えに来てくれる……
「……兄さま、わたし」
 少女は日本語で呟いた。
「何もしてないのに、『獅子の牙』になるの?」
 兄、獅子王(アルサラーン)の名を持つ『青の司』は彼女を振り返ると、力強く笑った。
「あなたは、これから、します」
 同じく日本語で。「強くなるダイジョブです、これからします」
 これから。
 それは。
 いつのこと?
「ミンナ手伝うします、だからダイジョ」
 兄は唐突に言葉を切ると、通信機を開いた。
 やり取りは少女にも聞こえた。
 天魔の出現。大きな戦闘、警戒せよ……
 出撃の要請ではない。昨日付でこの国の任務は終了している。学園の撃退士として戦う必要はない。
 コードネーム:ラズリ・シールもフーリも、もういない。
「空港を変更するか」
「バ・レ(ああ)」
 ナディムジャバードの言葉に、兄は頷くと、少女に向き直った。
「一般の航空機を使うことになるでしょう。窮屈な旅になりますが、ご容赦を」
 気を使ってのことか、母語だった。
「あ、うん」
 曖昧に頷く。
 大したアクシデントではないように見えた。少なくとも彼らはそう感じている……少女はそう思った。
「……」
 何となく通信を開く。
 懐かしい名前が聞こえた。
「……」
 ああ、行くんだ。みんなが出撃するんだ……
 少女の口元から呟きが漏れた。
「ごめんね、みんな」
 そして。
 『獅子の牙』は言った。
「さあ、出発しよう。皆が待っている」
 
 

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リプレイ本文

●戦場妖精
「ちくしょう」
 昼なお暗い路地裏の、配管と倒れたポリバケツの間に、2人の少年が座り込んでいる。
「くそ」
 掠れた声。
 2人共、力なく悪態をつくのが精一杯だった。出血と毒のせいだ。
 そこにもう一つ、人影が立っている。2人並ぶのがどうにかという狭い路地だ、そいつの片足が少年の手を踏みつけていた。
 怪しげな人影は暗がりにいるので表情も読めないが、明るいところにいたとしてもその顔色を読み取れるかどうか。
 そいつは人間ではない。悪魔が作った奉仕種族、『グール』と名付けられた異形の怪物。
 グールは傷ついた少年たちに汚い爪をつきつけて、ゲラゲラと不快な声を上げた。ヨダレまみれの黄色い乱杭歯と、左側だけ生えている猪のような曲がった牙が見えた。
「中々に厄介……」
 その光景に、東條 雅也(jb9625)は溜息をつきそうになった。
 人質をとる知恵があったとは。
 2人の久遠ヶ原学園生がグールに追われていると知り、雅也たちは救援に向かった。同じ学園に所属する同士、連絡をとることは可能だったが、グールに先を越されてしまったのだ。
「東條様」
 イヤホンに通信が入る。
 雅也はできるだけ口を動かさないよう返信した。
「上から見えますか?」
「はい、8時方向より新手のグールが、それより遠くにもさらに一体」
「一時撤退ですね、片方お願いします」
「承りました」
 言うが早いが、リアン(jb8788)は翼をたたみ、数メートルの高さから優雅に着地した。ジャケットの裾が翻る。
「オッ」
 グールが何か喚くより早く、リアンの手が閃いた。閃きは物理的な輝きをもってグールの目を眩ませた。執事の手にしたフラッシュライトは、闇を好む目にはやや強すぎたようだ。
「ヒー」
 よろめくグールなど見向きもせずに、リアンと雅也はそれぞれ人質をすくい上げると、翼をひろげて舞い上がった。
 壁面を擦るように螺旋の奇跡を描いて、長身の青年たちは狭い路地裏を脱した。
「リアンさん、国道方面に迎えが来てます」
「心得ました」
 二人は人質を抱えたまま、半ば墜落するような速度で滑空した。
 ちくしょう。
 腕の中で、意識も定かで無いまま呟く少年の声に、雅也は一瞬だけ視線を落とす。
「大丈夫、君たちも撃退士です」
 失敗をしたことのない者などいない。そこからまた、立ち上がればいい。
「……」
 撃退士・雅也は、ひとりの少女を思った。

 
「そんな訳でフーリの門出に花を添える奴らがネギしょってやってきたぜー。めそめそしてないで連中をぶっ倒して気持ちよく国に帰んな」
「めそめそなんてしてない!」
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)からの電話に、フェルドースタン人少女の声が久しぶりに大きくなる。
 そして、彼女たちは再び出会った。
 国道の一角、折り重なるように遺棄された乗用車の群。一部は煙を上げている。
 そこで再会した。
「久しぶり」という言葉も無い。
「まるで戦場ね」
 巫 聖羅(ja3916)は、油断なく車列に歩み寄る。
「冥魔の防衛拠点が近くにあるって事なんでしょうけれど……」
 瞬間、思考を走らせたが、今は救助活動に専念すべきと気を取り直す。
 その間、少女を見向きもしない、言葉を交わすこともなかった。
 聖羅に限ったことではない。先ほど電話してきたラファルも、相棒・川内 日菜子(jb7813)とひとつふたつ言葉を交わすや疾風のように姿を消し、日菜子はそれに続くように声を張り上げた。
「誰か居るか!」
 返事はない、だが何らかの気配があった。先ほど聞こえた子供の泣き声と、そして、何か巨大なものが歩く音。
 日菜子は恐れ気もなく車列へ近づいていく。
『状況開始』
 突然の母国語に、フェルドースタンの少女は振り向いた。
 それよりも早く『獅子の牙』たちは少女を追い越して駆けてゆく。聖羅と短くやり取りを交わすと、ラファルが消えたのとは反対方向へ回り込む。
「……」
 待って、わたしは? わたしだって『獅子の牙』なんでしょ?
 どうして義兄、アリー=アルサラーン・ラズーリは……『青の司』は命令をくれないのか。
 わたしにも何か言ってよ、何かさせてよ!
「……」
 バカバカしい。
 彼らは誰一人命令など待っていない。何をすべきか自ら判断し、仲間と意思を通わせ、動いている。
 何かさせて欲しいのなら、何かしてみせなければ。
 ……そんな。
 それじゃ、わたしなんか……
「貴女は出来る事をしようとしていますか?」
 樒 和紗(jb6970)の冷たい声が、容赦なく少女の思考を現実に引き戻した。
 和紗もまた、少女を見向きもせずに車列へと行ってしまう。
 だが、
「出来ないと決めつけるのは早いです」
 投げ捨てるような声は冷たくとも、言葉には不思議な熱があった。
 その熱とも、冷たさとも違う、奇妙に緩んだ声が続く。
「どうしよーフーリちゃん?」
 そいつは……砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は、そいつだけは、はっきりと少女を見て、少女に向けて声をかけてきた。
「ここで待ってようか?」
「……」
「選択肢としてはアリじゃない? みんな強いんだし、僕らはここで待機って」
 本当に心から行きたくなさそうに、ジェンティアンは熱心な口調で言う。
「……」
 少女は、それを見て、笑った。
 ジェンティアンも笑った。
「立ち竦む事か進む事か、それを決めるのは他の誰でもない」
 笑顔のまま手を差し伸べて、「君だよ」
 少女はその手をとった。思いがけず強い力で握りしめられて一瞬驚いたが、逆に強く握り返してやった。
 そうだ、これはエスコートなんかじゃない。
「わたしはこれから、強くならなきゃいけないの」
「これからがいつなのか、決めるのも同じ」
「ええ」
 少女は精一杯の力で握り返した。「決めたわ」
「OK」
 ジェンティアンは頷くと、大真面目に言った。
「僕みたいに『明日から本気だす』と永遠に先延ばしする手もあるけど」
 少女は声をあげて笑った。
 ボルナ・サドゥッディン・ドフト・アフタル=フーリ・シャフザーデフは、再び『コードネーム:フーリ(妖精)』として、彼らの前に舞い戻った。

 だからなに?
 
 はっと顔を上げたのはフーリだけではなかったから、その声は幻聴ではなかったのだろう。
 いや、幻聴だったのかもしれない。
 皆が顔を上げたのは、飛んできた乗用車から身を躱すためだったのかもしれない。
 少なくとも、乗用車を跳ね上げた巨大な熊に似た怪物が、言葉を発するとは思えない。
 コンクリートが砕け、鉄がひしゃげる、騒音。
 それすらかき消す轟音が、怪物『鬼熊』の体奥から吹き上がる。
 それでも、フーリには先程の声が幻聴とは思えなかった。
 では誰なのか、あの冷たい声を発したのは。

 現実という名の怪物か。
 

●倉庫奇兵
 いくぞ。
「……」
 倉庫の並ぶ、いやに静かな一角で、少年は息を詰めて∨兵器を発動した。
 左肩と背中はひどく痛み、スキルはもう使い果たした。勝ち目はない、だからせめて……一矢報いて、死のう。
 そんな覚悟を決めていたくせに、突然入ってきた通信に絶叫しそうなほど驚いた。
「大丈夫!? 聞こえる!?」
 明るい女の声だ。こんな状況でなければその可愛らしい声に聞き惚れていただろう。
 だが今は状況が状況だ。
「し、静かにっ……!」
 押し殺した悲鳴のような声で反論する。「見つかるって!」
「無事だったのね!」
「お元気そうで何より」
 男の声が割り込んできた。人を小馬鹿にしたような物言いは、実は普段から誰に対してもこんなものなのだが、逃亡中の彼にはとにかく嫌味に聞こえた。
「だから! 敵いんだぞ!」
 思わず声が大きくなる。
「捕捉したでござる、グールが5体」
 更に別の、緊張感のない女の声が割り込んできた。「こちらに避難した調査隊は3名とのこと」
 彼を他所に、通信先ではさまざまな交信がなされていた。
「こちら川澄文歌、ひとり見つけました! よかった、無事です!」
「さすがだね、川澄君。さてこちら鷺谷だが、敵は広範囲にばらけている。好都合だ」
「ほいほい、ねずみにござる。連中は再生能力が強く、乱戦になると強敵です。距離をとって制圧射撃と集中攻撃で1匹ずつ撃破しましょう」
「はいっ!」
「承知した」
 そこまで聞いて、彼は我に返った。
「こっから反撃するの?」
「反撃?」
 男、鷺谷 明(ja0776)の声は相変わらず皮肉げだ。「追い詰めてるのは我々だよ、これより奴らを包囲殲滅する」
 緊張感のない声の女、神酒坂ねずみ(jb4993)も続く。
「狭さを利用して攻撃を集中させることです。上は鷺谷さんにお任せして、警戒すべきは左右後方ですねえ。陣の左右端の人は横も警戒すること。後ろは私が」
「分かりました神酒坂さん、チームワークで乗り切りましょう! 『獅子の牙』の皆さん、フォロウミー(私に続いて)!」
 川澄文歌(jb7507)の号令に、獣の群が吠えるような鬨の声が上がった。
 続く銃撃音は、もはや通信機を通すまでもない。
「……」
 しばし呆然としていた彼も、気を奮い立たせて駆け出すのだった。

 散開していたグールたちはまさしく獲物だった。
 高所に陣取った鷺谷が容赦なく銃弾を浴びせ、上に気を取られていると文歌の歌声に捉えられる。動きが鈍ったところを、獣たちの銃弾が再生も許さずズタズタにした。
「倉庫街は拙者のシマでござる」
 そのうちで最も鋭い牙を持つ獣ねずみは、メガネのズレを直しつつ次なる獲物へと牙(ライフル)を向ける。部隊の誰よりも鋭い銃撃を放つねずみに、『獅子の牙』たちも驚いた様子。
 だが、より驚かせたのは彼女だろう。
「ありがとう皆さん! この調子で、もう一曲いきます!」
 歌こそが文歌の力、武器もマイクに似た∨兵器。歌声は強力なアウルを秘めて、容易くグールの動きを奪いとった。
 おお! 『獅子の牙』たちが歓声を上げる。獣の群れが獲物を食い散らすように敵を始末する。
 ねずみは「アイドルの親衛隊みたくなっとりますな」と居心地の悪さを覚えながら、それでも正確にライフルを操った。
 もっとも『獅子の牙』の中には、ねずみの横顔をチラチラ盗み見たり、銃口を並べたがったりする者もいたのだが。
 倉庫の屋根の上から剣呑なオタ芸を見下ろして、鷺谷は満足そうに頷いた。
「よしよし、順調だ」
 おもむろに振り返り、「そろそろ相手をしてあげようか」
 同じく屋根の上、鷺谷の放った地縛霊に捕らわれていたグールが憎しみの声を上げる。鷺谷を狙って屋根に登ったは良いが、早々にスキルを喰らい、そのまま飼い殺しにされていたのだ。
 鷺谷は淡々と銃弾を浴びせながら近づくと、グールの放つ最後の一撃を悠々と躱し、金剛布槍を放った。鋭い先端がグールの後頭部へ突き抜け、余った布が首に巻きつき、音を立てて圧し折った。
「さて、次に行こう」
 屠ったグールを見向きもせず、しかし完全破壊だけは確認し、鷺谷は通信を開いた。


●拳風伝鬼
 息を詰めて飛翔。
 全力疾走のようなものだが一分にも満たない距離、どうということはない。
 巫聖羅は危なげなく避難場所へ着地した。左腕に男性、右腕に子供を抱いた女性という一家を抱えていた。
「もう大丈夫よ……これで全員」
「了解」
 ナディムジャバードは一家を車へ誘導しつつ、聖羅を見る。
「倉庫側、『グール』5体撃破だって。そっちは『鬼熊』って言ってたけど大丈夫?」
「なんとか。雪山ではないから、特に不利はないし」
「いざとなったら兄貴を行かせるよ。乱戦ステゴロ大好きなムキムキマッチョの変態だから」
 おいこら誰がだ。
 という声が聞こえてきそうだが、聖羅は首を振った。
「いえ、避難者の警護を。グールがまだ駆逐できてないから、誰が襲われるかわからない」
「そうか」
 ナディムは頷き、「気をつけて」と言いながら身を翻し駆け出した。警護の人手はまるで足りていない。
「よろしくお願いします」
 聖羅もまた返答を待たず、緋色の輝きを纏って宙を蹴った。
 風を切って飛ぶ。
 暴力の風が渦巻く戦場へ。
 1キロも離れていない地点で、炎と瓦礫が歪な闘技場を形作っていた。
 一辺として同じ長さのない五角形の中に、獣たちが血みどろの戦いを繰り広げている。

 まずは鬼熊の突進を、ジェンティアンの盾が轟音を上げて受け止めるところから始まった。人間など一呑に出来そうな巨体を、長身とはいえ細身の青年が片腕で押し留めるのは一種冗談のような光景だった。
 無傷というわけではない、だが、ジェンティアンは笑みさえ浮かべていた。
「急ぐからさ。この前より少し本気ね?」
 刹那。
 横合いから飛び込んだ日菜子の拳が鬼熊の巨体を浮かせ、空中から滲みだすように現れたラファルが、やはり冗談めいた大きさのライフルを放つ。
 地面に叩きつけられた鬼熊へ、さらに和紗の弓が流星の如き輝きとともに突き刺さった。
 雪山の時とはまるで違う、余裕を持った連携。
「GO!」
 青の司の号令のもと、『獅子の牙』たちが乗用車の一台へ駆け寄る。
「助けに来たわ!」
 フーリはドアに手をかけた。開かない、歪んでいる。
 だからどうした。
 思い切り引っ張ると、ドアが剥がれるように外れた。
「もう大丈夫!」
 要救助者を確認、怯えているが大きな怪我はない。
「セィラ!」
「ええ!」
 半ば引きずり出すように要救助者を確保、聖羅が彼らを抱える。瞬間、少女たちの手が触れたが、フーリは気づかない。
 聖羅は微かに目元を緩ませた。
「来るぞ!」
 青の司の声。
 問題ない、聖羅は救助者を抱えて舞い上がる。
 日菜子の業火を纏う拳とジェンティアンの審判の鎖に阻まれて、鬼熊は近づくことも出来なかった。

 ……そこまでは良かった。
 少なくとも聖羅がもう一往復して、要救助者を全て運ぶまで、彼らは優勢に戦っていた。
「どういうこと」
 声には出さず、接近の速度も落とさず、聖羅は戦況を分析する。
 ラファルが地上にいる。相棒の日菜子がそれを庇うような位置にいる。『獅子の牙』が2名負傷している。ジェンティアンが、仲間の傷を癒しつつ鬼熊の攻撃に耐えている……
「……あれね」
 飛び道具への超反応。向けられた飛び道具に反応し、とんでもない距離を跳躍して一気に襲い掛かる技。空中へも可能だったのか。
 少し考えて、聖羅は手出しを控えた。
 そこにリアンも飛んできた。
「押していますか」
 片眼鏡の奥で、蒼髪の妖執事は冷淡なまでに戦況を分析する。
「ええ、あとちょっと」
 聖羅の言葉も、強がりや甘えは一切ない。
 上空の2人に気づいたブレイカー(撃退士、獅子の牙)たちは一気に攻勢に出た。
「いい加減きけよ!」
 駆動音も鋭く、ラファルの両肩に展開した球状発振機が、マインドフレアを発生させる。
 ジェンティアンの審判の鎖、聖羅の氷の夜想曲と、奇しくも敵の動きを封じるスキルが立て続けに叩きこまれた。
 グオオオオオ……咆哮と地響きの中、巨体が沈んだ。
「……」
 やったの? と言いそうになって、フーリは慌てて口を抑えた。それを言ったら相手は蘇る、ここはそういう国だ。
「やってない」
 フーリを驚かせたその言葉は、日菜子のものだった。
「まだ死んでない、眠っているだけだ」
「この敵は打たれ強く素早い。確実に仕留めなくては」
 和紗が続き、
「こいつの強さはよく知ってるよね」
 ジェンティアンが言った。
 忘れるはずもない、フーリは集中治療が必要なほどの重症を負ったのだ。そして、友だちは、再起不能になった。
「……」
 それぞれが武器を構え、術に集中し、技の気を整える。
 ただ一人、身動き一つしないのは、フーリ。彼女にはこの怪物を仕留めきるだけの力がない。文字通り寝た子を起こすだけだ。
 しかし、参加できないわけではない。彼女には彼女の役目があった。
「さあ」
 ラファルが促す。いつもの、不敵な、ちょっと意地悪な笑顔で。
 フーリは頷き、ゆっくりと右手を上げた。
「射撃班……」
 振り下ろす。「撃て」
 銃弾が、矢が、鮮やかな光が、一発の誤射もなく鬼熊に突き刺さってゆく。
 悲鳴とともに飛び起きた鬼熊は、ズタズタの脚で立ち、それでもフーリを見た。
 フーリは、動かない。
 ドタッドタッと駆けて来る怪物を前にして、フーリが思ったのは。
「……」
 ワヒド。
 ミーリヤ。
「打撃班!」
 小さな拳を突き出す。「やっちゃえ!」
「おおおおおおおお!!」
 それは号令に応じた声か、それともただの雄叫びか。
 日菜子の爆発するような拳が鬼熊に突き刺さり、ついに怪物は炎の中に沈んだのであった。
 

●天空戦域 
 どこからどこまでが戦域なのか。
 この作戦では、翼を持つ者たちこそが不自由を強いられていた。とにかく飛んで、状況を報告し続けなくてはならない。地上へ降りる暇もない。
 敵に機動力はないが、小さな隙間に入り込む害虫にように捉えるのが難しい。
 東條雅也は建物に触れそうなほどの低空を飛びながら、路地裏を覗いて回っていた。
 その目が、留まる。
「発見」
 呟くような最短の報告を済ませると、∨兵器を発動。選んだのは双剣。どちらかと言えば肉体的な戦闘が得意な彼だが、グールは精神的な備えがやや弱い。弱点を攻めて短期決戦を狙っていた。
 急降下し、一気に斬りつける。頭を狙ったが敵は両手で防ぎ、片腕を切り裂くに留まった。腕は再生してしまう。
「一撃じゃ無理か」
 分かっていたことだ、このまま味方の到着まで戦って……
「ヒー」
「?」
 グールは、身を翻して逃げ出した。
 悩んだのは一瞬だ。武器をカードに変えて、飛ぶ。
 そこに駆けつけてきた聖羅の援護射撃もあり、グールはあっさりと死んだ。
「手応えないわね」
 聖羅の言葉に頷きを反し、雅也の脳裏に浮かんだのは……
 人質をとったグールの、楽しそうな汚い笑顔。
 即座に閃いた。
「全員、路地裏を通って救助者のほうへ」
 報告は短い。言うが早いが翼を広げ、飛ぶ。
「そういうこと……」
 聖羅も飛び立つ。
 数分後、避難場所からほど近い路地裏で、立て続けに遭遇戦が繰り広げられた。
 雅也が常に救助者たちと連絡をとっていたため、急行できたのである。
「二体発見!」
 雅也が足留めする間に駆けつけた鷺谷、ねずみが、危なげなくグールを排除する。
「路地裏も拙者のシマにござる」
 ねずみは、伸ばした刃をライフルに収めながら、爪に抉られた太腿を確かめた。大丈夫、毒は問題ない。
 倉庫街の時ほどの余裕はなかった。何しろ人数が違う。広い範囲を策敵するため味方は散開し、路地が狭いため乱戦になりやすい。
 別の箇所では文歌と『獅子の牙』たちに思わぬ被害が出た。最初の一合で止めがさせず、乱戦の中で2匹のグールが暴れ回り、味方の複数が毒を負ったのだ。
「大丈夫? ごめんなさい、私がしっかり動きを止めていれば」
 心配そうな文歌に、『獅子の牙』は必死の形相で問題ない旨を伝えようとした。
 言葉が通じなくとも、そういうことは分かるものだ。文歌が微笑むと、純朴な砂漠の民は真っ赤になって礼を言った。

 やがて一行は合流し、避難用に貸し出された軍用車両に揺られながら、回復やスキルの点検を行った。
「避難者を人質に取られたらさすがにやばかったぜ」
 ラファルが大袈裟に汗を拭う真似をした。「奴らあんな賢かったのか?」
「人質にとる気があったかは疑問だね」
 向かいに座る鷺谷明は相変わらず飄々としていたが、最もグールたちを翻弄した功労者だ。「より弱いものを狙い、殺すというより苦しめる……そういう行動をとるだけかもしれない」
 戦いを有利にしようという知恵など特になく、本能のままに弱者をいたぶりたいだけ。
「いちいち気に入らん連中だ!」
 日菜子が拳を握りしめる。壁を殴りつけてやりたいが、車が壊れてしまう。
「だが、奴らが居るってコトは、彼女を傷付けた親玉も近いってコトだ」
「ヒナちゃんそれさぁ、ちょっと過保護じゃねーか?」
 隣でラファルが肩をすくめる。「フーリたちだって一端の撃退士だ、そういう怒り方しちゃあ、何か悪いだろ」
「仲間を傷つけられて怒らずにいられるものか」
 そんな2人の間に身をねじ込ませて、
「ふたりとも大好き」
 フーリはラファルと日菜子の頬にキスをした。
 そして今度は、移り気な蝶のように、向かい側の鷺谷の隣へ。
 鷺谷はいつも通りの厭世的な笑みで迎えた。
「吹っ切れたご様子」
「おかげさまで!」
 眩しい笑顔にも鷺谷はひるまない。
「存分に懊悩せよ。それはきっと、将来の宝になるだろう」
 ふと、フーリの顔から笑みが消える。
「アキルは意外と生真面目。自分の身を傷つけてまで、わたしを救ってくれたんでしょう?」
「そんなこともあったかね」
「ありがとう」
「まあ、どういたしまして」
 ニヒルな調子を崩さない鷺谷に、フーリは笑顔で言った。
「クールなダークヒーローって感じで、わたしは好きよ! 普通の女の子は怖がるかもしれないけど!」
「……」


●喧噪砂伝
 女は、駅前ロータリーの中央にある、標語の描かれた大きなオブジェの上に座っていた。
 ただそこにいた。斑の翼を閉じて、待つでもなく、休むでもなく。
 そこに声がかかった。
「漸く御目文字仕れました」
 接近には気付いていたけれど、女は振り向きもしなかった。
 声の主、リアンは、執事然としたいつもの口調で、斑色の翼に問うた。
「単刀直入に。ザバーニーヤ、一連の騒動は何故?」
 ザバーニーヤは気付いていた。彼の持つアウルは特殊なもの、特殊だがよく知っているもの。
 自分たちと同じ。
「別に……」
 だから応える気になったのか、どうでも良かっただけなのか、よく分からないし、どうでも良い。
「マーリクが、望んだの」
 それが王や長を意味する言葉だと、リアンは砂漠の民から聞いたことがあった。
「王は、何故」
「せめて居場所がほしいの、彼は」
 その声に僅かながら悲しみと憐憫が感じられたが、圧倒的な虚無がそれを呑み込んでいる。
 リアンは、無駄と知りながら、最後に言った。
「学園は、居場所には」
「そうかもね。でも私はもう要らないの。みんないなくなった。もういい」
「……」
 リアンは一礼し、身を翻した。
 残念だ。
 
 小山のように身動き一つしなかった、巨大なヒキガエルに似た怪物が、動き出した。
「ジュヌーン……」
 『ラズリ(青の司)』が呟く。伝承に出てくるジンの一種、ヒキガエルの姿で現れるという悪霊だ。
 隣でそれを聞きながら、巫聖羅の目はもう一つの敵を見ていた。
「また貴女なの? ザバーニーヤ……だったかしら?」
 そこに、リアンがふわりと着地する。
「彼女に戦闘の意思はありません、いえ……意思そのものが」
 声にが痛みが混じる。
 ゲオオオオオオと『ジュヌン』が喚いた。
「終わらせよう」
 ラズリが言った。
 
 激戦。
 爆発するような毒煙は肌を焼き、全身に激痛を走らせた。グールの比ではなかった。
 禍々しい棘は盾や鎧すら削り、圧倒的な質量はそれだけで脅威だった。鬼熊を超えていた。
 それでも彼らに恐れはない。
 獅子は自由に活き活きと吠え、妖精は勇敢に舞い踊る。
 そして、何よりも。
「大圧殺とか怖いです」
 まるで緊迫感ない口調で、ねずみは慎重にライフルの狙いを定める。適当に撃ったところで装甲は貫けない、否、今はその装甲をアシッドショットで狙うのだ。
 命中、装甲の一部が煙を上げる。
「Good job!」
 ラズリが声を上げる。
「あ、そーいや……」
 ちょうどいいのでねずみは英語で聞いてみた。「さっき、部下の人から何か言われたんですが、アレ分かります?」
「ああ、彼は『雌獅子のように勇敢な人よ、武運あれ』と」
「……雌獅子のようなねずみって」
 とは口には出さなかったが、まあ自分も器用な方ではないので、不器用な賛辞はそれなりにありがたく受けとっておくことにした。
 ジュヌンの長い舌が縦横無尽に暴れ回り、アスファルトを抉ってゆく。
 それをジェンティアンの放つ濁った風が押さえつける。
「舐められるなら女の子がいいもん」
「……ねー、ジェンティー」
 じとっと睨むフーリに、和紗が助け舟を出した。
「ぶれないのが竜胆兄の強さです」
「ほんとに?」
「……流石に今のは少々引きました」
「あれー? ちょっとー?」
 砂原・ジェンティアン・竜胆、けっこう大活躍してるのに。
 巨体の動きを止められたのは一呼吸ほど、だがその間に銃弾や弓矢、炎が次々と突き刺さる。
 接敵の難しい相手だが……

 〜 マホウノコトバを唱えよう きっと大丈夫 
   一言言えたらまた言えるよ 貴方に伝えたい想いを胸に 〜

 思いを届かせるなら彼女の出番だ。
 川澄文歌の歌声がアウルのちからと融合し、仲間たちの脚に翼を与える。日菜子が、リアンが飛び込み、炎の蹴りと雷の掌がヒキガエルの肌を焼いた。元より翼を持つ雅也、聖羅は空中からさらなる速度で矢弾を送った。
「ヒナちゃん舌に捕まるなよ!? 絶対に捕まるなよ!?」
「真面目にやれ!」
 相棒の声援にヤな感じの笑顔で返すラファルの片目が砲口に変わる。
「逃さねえぞ……」
 ハイメガカノン。戦闘機械としてのスキルのひとつ。超高温の熱線がジュヌンを焼き、さらにその奥、ザバーニーヤへ届く。
 当たった。
 ラファルの兵装火力は低くない、無傷とはいかない。
 瞬間、風が吹いた。
「啼け」
 女の呟きは、下僕にしか届かず。
 ジュヌンが口を開いた。
 啼き声はない。
 そして鞭で叩くような乾いた音がした。
 音波と風を利用した広範囲に及ぶ攻撃は、気圧の急激な変化による身体への多大な負荷とともに、見えない斬撃となって撃退士たちを切り裂いた。
 やや遅れて暴風が荒れ狂う。砂塵が舞い上がり、街路樹が数本、音を立てて倒れた。
 悲鳴も聞こえない。
 誰が誰を庇うとか、助けるとか、そういう状況ではない。特に危険だったのが後衛たちだった。回復のわざに優れた鷺谷、ジェンティアンはどちらかと言えば前衛側だ。
「……あ……」
 血飛沫をあげて倒れこんだ文歌が、まるで人形のように風に煽られ、転がり……
 その細い身体を、さらに細い腕が抱え込んだ。
 立ち上がり、走った。彼女はこの戦いに耐えうる力がない、だから後衛にいたのだ。
 だが彼女とてアウル能力者、細身の女性を抱えて走ることくらいなんでもない。
「回復を!」
「承知」「OK!」
 鷺谷、ジェンティアンの元に一同が集い、アウルの風と光で一気に傷を癒やす。
 風が、音が、戻った。
 ……決着は、それからすぐのことだった。
 ザバーニーヤの一撃は、ジュヌンすら巻き込んでいたのだ……

 文歌は、フーリの腕の中で目を覚ました。
 フーリは泣きそうな顔をしていた。
「……フーリちゃん」
 文歌は手を伸ばして、フーリの頬に触れた。「貴方なら名前に負けない立派なレディになれるよ」
「フミカ」
 フーリの血と砂で汚れた顔が、笑みに崩れた。「ずっと言いたかった、あなたの歌、すっごく好き!」
 
 
●絹路彼方
 別れ際。
 少女は泣かなかった。
「また遊びにおいで。今度はデートしよう」
 ジェンティアンに言われた時、少女は「えー」と照れ笑いを浮かべた。
「ジェンティはー、すっごくカッコイイんだけどぉ……でもちょっと軽そうだしー」
 でも、きっと、するかもしれないけど……とか、そんな別れの挨拶。
 そういえば、ねずみとはこんなやり取りだった。
「強くなれ」
 言ってから、ねずみは頭を掻いて「……とか言って、私もまだまだなんで、ええ」
 相変わらず表情が変わらない、不思議な人。
 でも一応、これだけ聞いてみた。
「ニンジャってカレシ作っちゃいけないの?」
「……」
 なぜか彼女の目から光沢が消えた。
 
「にいさまは?」
「ん?」
「セィラと、何話してたの?」
「聞こえただろう?」
 はぐらかす。
 確かに聖羅の、別れの挨拶は、少女にも聞こえていた。
「獅子の牙に祝福を。私達もこの地で使命を果たすわ……またいつか逢いましょう」
 けれど。
「そうじゃなくて、もっと前。2人きりで話してたじゃない」
「おまえが期待するような話じゃないさ」
 笑いながら、空を見上げ、青年はふと口を閉ざす。

 ……あの戦いの後。
 出会いがあった。
 満身創痍の彼らの前に舞い降りた斑羽の女にむけて、青年は問うた、砂漠の国の言葉で。
「どこへ行くのだ、貴様は」
 女は応えた。
「よくないところへ」
「きっといつかよくなる」
 青年の言葉は、そのまま直訳すれば、こうなる。
『朝は来る』
 だから女は、こう応えた。
「朝なんて来なければいい」
 空っぽの本心。
 青年は嘆息した。
「イスラ」
 それは『夜を行く者』を意味する。
「その虚無が我らを脅かす限り、戦いは避けられない」
「……」
 女は、飛び立った。
 青年がそれを見送り、力なく首を振った時。それまで黙って佇んでいた聖羅が言ったのだ。
「旅館での約束、まだ覚えてくれている?」

 聖羅……
「……」
 青年は歩き出す。白の法衣、同色のターバンにはサファイアが輝く。それは青の司の正装。
 隣を行く少女もまた、王族の紋の入った長衣に、口元を薄布で覆った出で立ち。
 2人は大理石の階段を登り、城門をくぐる。帰国して最初の仕事、国王への謁見と報告のために。
 最後に一度だけ、2人は東の空を振り返った。
 青い空の下、白い石造りの建物たちと、遠くに岩と砂の山が見える。
 しかし、そのさらに向こうには……

 君の言葉と、君たちを、忘れない。絹路の彼方、共に戦う仲間のことを。

 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 新たなる平和な世界で・巫 聖羅(ja3916)
 ついに本気出した・砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)
 外交官ママドル・水無瀬 文歌(jb7507)
重体: 外交官ママドル・水無瀬 文歌(jb7507)
   <回復しきれぬまま最終戦、レートが+だった>という理由により『重体』となる
面白かった!:10人

紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
猫殺(●)(●)・
神酒坂ねずみ(jb4993)

大学部3年58組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
明けの六芒星・
リアン(jb8788)

大学部7年36組 男 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
東條 雅也(jb9625)

大学部3年143組 男 ルインズブレイド