●1:ポーカーフェイス
色と音の消えかけた街の中、奇妙にざわついたその場所は、国道との交差点。そして、ゲートらしき奇妙な光と……悪魔。
華桜りりか(
jb6883)の白い指先が伸びた。
「あの建物が良いの……」
それなりに高い建物の中で、敵から最も近い位置。
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は何も言わず、りりかを抱え、飛ぶ。
ひとことくらいはあるだろう。あったっていいだろう。いつもの彼なら。
「……」
抱えられるのを、恥ずかしがるような状況ではないし、遠慮する仲でもない。それでもりりかは身を固くした。
目的地まで運んでくれたゼロが、もう一度飛び立とうとするとき、りりかは言った。
「くれぐれもお気を付け下さい、です」
「ああ」
それだけ。
ゼロが飛び立ち、りりかは魔装を発動する。
そのころには、地上でもメンバーの準備が完了していた。
魔装展開、スキルの集中、単なる世間話まで。
「……」
北條 茉祐子(
jb9584)が角河トホル(jz0314)の傍に歩み寄った。
何も言わずに、水のアウルを呼び醒ます。
「ありがとう」
「気休めですが」
そんなことはない……と伝える間もなく立ち去った。といっても少し離れただけだ、声が届かぬ程でもない。
それでもトホルは、何も言えなかった。
二呼吸と待たぬ間に戦闘が始まったから、というのもあるが。
「青春ですね」
訳知り顔の神雷(
jb6374)を無視して、トホルは駆け出した。
「突出は控えてくださいね!」
神雷はその背に風の烙印を刻みつけてやった。
数に勝る『呪いの切り札(カーズ・カーズ)』へ、9名の撃退士が襲いかかる。
「堕ちろ」
黒い風が凍てつく刃の群れを運び、文字通り戦陣を切り裂いた。ゼロの圧倒的な機動力なら、全てに先駆けて先制が可能だ。
敵の先陣が乱れたところへ、りりかの人形を通した光術が突き刺さった。『カーズ』が塵のように消し飛ぶ。
そこに飛び道具を掻い潜ったメンバーが到達し、敵先陣の崩壊は加速する。
「『ぜろ・りん(ゼロ&りりか)』は敵後衛を、前衛は『パパ』に集結、『ママ』は子どもたちを守ってね」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の指示は的確で、メンバーの動きに迷いはなかった。
「了解しました」
返信をくれたのはママ……イリン・フーダット(
jb2959)だけだったが。
そのイリンも、防衛のみならず砲火の雨でもって敵を蹂躙する。彼のカオスレートはそれだけで武器だ。
ライフルと盾を構え、翼を広げた姿はまさしく守護天使。この程度の相手、数がいたところで……
敵が並んだ。
ダイヤのスートが5体。
次の瞬間、閃光が弾けた。
自爆したのだ。
「!」
爆炎がイリンを包み込み、唐突な静寂。
「……」
粉煙は、しかし数秒と保たなかった。
翼をはためかせ、盾を一振りし、イリンは通信。
「敵はポーカーです、絵柄と数を揃わせぬよう」
言いながら、敵の繰り出す槍を掴むと、別の敵へ向けて投げ飛ばした。
●2:ブラフ
こんな戦力でこのメンバーに勝てるはずがない。
それがわからぬはずもない。ではマリス(jz0344)の狙いは何か。
そんなことには一切お構いなく、柘榴姫(
jb7286)は無表情で楽しそうに術を振るう。
「かぁどがいっぱいだわ」
広い範囲に影響し、体の自由を奪う術。柘榴姫自身もかかりそうになったが、彼女は一人ではない。面倒見の良い師匠が居てくれる。
百戦無傷の名将が使ったものと同銘の槍を振るい、神雷は確実にダメージを与えていった。
その穂先に触れんばかりの距離で、トホルが暴れまわる。
「こっちは気にするな」
蜻蛉すら切り落とす刃を、ときに飛び越え、ときに間を合わせ、拳が、蹴りが、肘や頭突きが敵陣を壊滅してゆく。
「お見事!」
神雷は頭上で槍を一振りし……かなり距離があったにもかかわらず、トホルは大仰に頭を抱えた。
「おい、帽子が飛んだらどうする!」
……という漫才もあったが、トホルは仲間の盾となり刃となり、戦場の中心となった。強化スキルを二人の美少女から貰っておいて、活躍しないわけにはいかぬ。
「もてる男はつらいな」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)に言われ、トホルは複雑な表情で二体の足を片方ずつ蹴り砕いた。
人間側の勢いは止まることなく、というわけにはいかなかった。
突然の爆炎、それに紛れて続く風の斬撃。敵も一緒に蹴散らされる。
大雑把な攻撃を、撃退士たちは防いだ。危険な風の刃にはトホルが飛び込み、魔装の一部を削りながらどうにか捌き切った。
「ちっちゃい、ぷりんちゃん!」
最初に気づいたのは柘榴姫だった。視線の先、激戦の向こうにはエプロンドレスの少女……マリスによく似た少女がいた。
身長は、柘榴姫と同じくらい。マリスの妹だと言われたら誰もが納得するだろう。
人形のような美少女だ。
いや、美少女の、人形か。
「完成したんだ……」
茉祐子は少女の元へ駆け出していた。
追っかけようとした柘榴姫は、トホルと神雷に襟首掴まれて戻された。実際、敵の多い現状では、範囲攻撃遣いが一人でも多く必要だ。
「ずるい」
柘榴姫は大人たちを見上げた。
「青春を邪魔してはいけませんよ」
神雷は穏やかに言いながら敵の槍を払い、突き返した。
●3:コール
闇と光の翼が、それぞれ別方向からゲートへ迫る。
「んな行ってくるわ」
速度に勝るゼロが身を翻してゲートに飛び込む寸前、そこから無数の刃が突き出された。
「!?」
刃を握るのは『カーズ』、ダイヤの9,10,J,Q,K……
ストレートフラッシュ。
弾丸のような連撃、そして爆発。
直線的な突撃は躱せたが、しかし爆炎からの離脱がわずかに遅れた。
イリンの口が動いた。遠くでりりかの悲鳴がした。しかし轟音と激痛のさなかで、ゼロにはよく聞こえなかった。
失速、墜落……その前に。
ゲートから再び現れる、今度は三つ葉の連番。
とどめを狙う捨て身の速射砲は、しかしイリンが防ぎ止めていた。
「大丈夫ですか」
「すまん、まだおるようやな」
「ええ」
ゼロの言葉にうなずき、イリンは再生のスキルに集中した。ゼロも集中を切り替え、油断なくゲートを見据える。
また現れた……いや。
ゼロの右腕に同化した大鴉の光と、イリンのライフルが、二体を消し飛ばした。連携はさせない。
チッ。
するりと戻りかけるスペードのK。
だが輝くアウルがそいつを捉え、ゲート外へ叩き落とす。
りりかの、有効射程ギリギリからの、精密で強力な魔法攻撃だった。
表情など存在しない『カーズ』が、唖然としたように見えた。
先ほどの突撃、ゲートから一瞬だけ顔を覗かせた奴がいた。次の突撃にも、そいつが。それがこのK。
「Jokerのようなものでしょうか」
「フン、Jokeの間違いやろ」
イリンとゼロのやりとりを聞きつけたか、Kの面に当たる部分がぐにゃりと歪んだ。
……シニ、ガミ……シュヴァイ、ツァー……カ、コノ……クソヤロウ、ガ……
カーズ・カーズには表情も声も作る機能はない。取り憑いた何者かが言っているのだ。
そういう能力を持つ悪魔も知っているが、正体に興味はない。
「小物は引っ込んどけ」
ゼロの右腕で無慈悲な大鴉が叫んだ。黒い光に貫かれ、Kは絶命。その魂を喰らい、ゼロは流した血の何割かを取り戻す。
その刹那。
小さな輝きが、二人の眼前を通り抜けていった。
「真打ち登場かい」
「ディーさん、ですね」
二対の翼はそれを追って羽ばたく。
「マリス!」
茉祐子の弓が少女人形マリス=ミゼルに向けられる、が、射れない。
「マリス=ミゼル、弾幕戦闘ヲ開始シマス」
『ミゼル』は淡々と光弾を連射。
茉祐子の弓が二度弦を鳴らし、弾幕を叩き落とす。
落としきれない分はジェラルドが飛び込んで防ぎきった。
「……すみません」
言いながら、茉祐子は納得できぬ思いを隠せない。
ジェラルドはいつも通り、微笑を浮かべていた。
「わからないのは、マリスの狙い? それとも思い?」
「……」
「変だよね、ただでさえ撃退士が警戒しているところに、予告なんてするから避難は完了。魂は集められない。人間界を侵略するにしたって場所が中途半端。だいたい何だいあのトランプは? かの『死人形』が操るにしては、大雑把すぎやしないかい?」
そんなことは分かっている。
茉祐子だけではない、みんな、分かっている。
だからつまり、分からないのは。
「マリスは、何を考えているんですか?」
「聞いてきて」
ジェラルドは突き放す。
答えを知っている人に聞くのが一番早い。トホルがよく言っていた。「早いのが良いってわけじゃないけど」とも。
でも、きっと。
こっちよ。
声がした。
いつの間にか『ミゼル』の攻撃は止んでいる、というより、追いついてきた柘榴姫に弾幕を向けている。
「まりす、みぜ……す、みぜ、ちゃん? すみれちゃんね」
何だか楽しそうだ。
「こっちは任せて」
ジェラルドが加勢する。
『カーズ』は、トホル、神雷、ヤナギの猛攻に、りりかの援護射撃が加わって、壊滅まで時間の問題だった。
わたしはここよ。
「……」
茉祐子の身体に巡るアウルが揺れた。
そして、その背に集い、二対の翅となった。
●4:ショウ・ダウン
傾いた信号機に、光はない。
その下、白いガードレールに、少女が腰掛けていた。
翅を広げた茉祐子はそのまま……寄りきれず、中途半端な位置で、降りる。
「……」
少女、マリス=プレザンスは何も言わない。遠くを見ている。視線の先にはゲートのようなあの光、いや、その向こう……
フッと笑う。
「なんで私がプリンちゃんなのにそっちは言えるの、お姉ちゃん」
人形を通して聞こえているのか。
言うべきことはある。
聞きたいこともある。
そのきっかけが……唐突にもたらされた。
お話しをしましょう、です。
忍法、霞声。声の主は、りりか。
茉祐子も続いた。
「どうして戦場に連れてきたの? あの人形は……お母さんのための人形なのに」
「……」
遠かった。
茉祐子がもう少し近づけていれば、マリスの瞳を覗ければ、そこに宿る暗い炎に気づけたかもしれない。
「ママを助けるのは、わたし」
マリスは遠くを見ている。「あんな人形じゃない、わたしが、ママを助ける」
『ショー・ダウン』
ジェラルドの声がした。全員に対する通信だ。
『この戦いにマックは許されないよ? 手札を晒してもらおうかな』
「捨ててないわ、黒帽子の主」
マリスは人形を通じて、ジェラルドの声を聞いている。
「そしてショウ・ダウンは、一対一」
それを聞いて、茉祐子は一歩踏み出す。
マリスは一対一の相手に私を指名した……受けて立つ。
『焦らない☆ ボクらを信じなさい♪』
見ているかのような、ジェラルドの声。
『一人で解決できない事も皆さんで協力すれば良いの……』
りりかの声も。
見えているわけはないのだ、二人とも。
それなのに。
……ああそういえば、あの人は言っていた。
ひとりで何でもかんでも……
知っていたのなら教えて。
ずるい。
そんなふうに思ってから、頭を振る。大して年の変わらない華桜さんが辿りつけたのに、私は。
でも、やっと分かった。
私がやっと分かったってことは……
「マリス」
「……」
やっと、マリスが茉祐子を見た。
やっと分かったという瞳で。
そこに通信が入る。
『茉祐子さん』
「はい」
『代わりに叱っといてくれよ、君も言いたいことがあるだろう』
「マリス、パパが怒ってる」
『お、おい!』
焦る声は、茉祐子にしか聞こえてない。
「パパ……?」
マリスは一瞬考えて、すぐに真っ赤になった。
「なんで? ねえ……」
「イリンさんが……それで」
「……もう」
笑う。
そして、マリスは虚空へと手を差し伸べた。
「コール……ディー」
イタイケな妖精は、怖い天魔に囲まれていた。
「一番厄介なんはお前やろ? ディー。今回はどんな隠し球用意してるんや?」
「完全に補足しました、動かないでください。傷つけたくない」
「……」
ディーは複眼めいた瞳をチカチカと光らせた。普通の子供なら涙を流しているところだろう。
冥魔認識は化けている敵を見分ける。ディーの姿隠しも変化の一種なので見破ることが出来た。
ゼロとイリンの二人に挟まれては、並以上のディアボロですら絶望的だ。ましてディーは戦闘力を持たない。感情がないので絶望もしないが。
そこに、天の助けが。
『……イリン、さん?』
ディーの口から漏れた少女の声は、聞き間違えようもなかった。
少なくともイリンは。
「はい、お久しぶりです」
律儀に頭を下げるイリン。
それが、少女の迷いを完全に消し去った。
ディーの瞳が一際強く輝き……
『ママを、お願いします』
魔力が迸った。
僅かな光を発して現れる、ガラスのような透明な棺。
そこに眠るプラチナブロンドの女性。
「何や……」
言いかけて、ゼロは気づいた。
イリンは何も言わず気づいていた。
似ているのだろうか? そう考えただけだ。
かなりの美女、だったのだろう……肌の残る部分から察するに。
頭の半分がヘルメットのようなものに覆われているが、被っているのではなく同化しているようだ。美しいプラチナブロンドは半分だけ。
首筋から左胸にかけて金属の光沢が見え隠れしているのも、身体から直接生えている。
長いスカートに隠された足は、恐らく、ない。
彼らは知っていた。
彼女の正体と境遇を、知っていた。
『……お母上を、確保しました』
イリンの通達が静かに流れた。
手札は晒された。
ゲートのようなディアボロ置き場を作成し、適当な人形で大暴れする。
混乱に乗じて、小規模な転移陣を、ディーを通じて作成する。
そんな紛らわしい作戦をとった理由は二つ。
ひとつは悪魔側の監視を欺くため。
もうひとつは……
「みんな、やっぱり、来てくれた」
マリスも不安だったのだ。
それが分かって、茉祐子は静かに頷いた。
「他にできることは?」
「あとは大丈夫、自分で」
マリスの瞳に強さが戻っている。
「帰ってきたらお茶にしよう」
ジェラルドが言った。
「ええ」
マリスも笑う。
そのために、何でもない日をお祝いするために、『いるはずのない竜』を片付ける。
……いや、それも彼らの力を借りるべきだ。
予想を上回る強さになっていた、友達。
まず、ゴリアットとダーフィツは確保する。エネルギー供給が切れても遺したい。研究と魂は、最悪すべて破壊するための準備はできている。それで『竜』の手に渡ることはなくなる。
そうして、はれて『不思議の国』に戻る。『こちら側』に。彼らがいるのだ、怖くはない。
「ぷりんちゃん」
柘榴姫が駆けてきた。戦闘を停止したマリス=ミゼルも一緒に。
マリスは微笑んで、柘榴姫と抱き合った。
「すみれちゃんね、わらってたのよ」
「まさか」
ああ、戻ったらママにも紹介しないと。こんなにたくさん友達を。
ここで待ってて、ママ……
友達に、挨拶する。
ビルの上で、りりかが小さくお辞儀をしていた。向こうでは神雷が手を振っている。ヤナギが親指を上に向ける。トホルは頭を掻いていた。
マリスは『ミゼル』を連れ、友達に背を向けた。
しばしの別れだ。
「ミゼル、行くわよ」
「了解、マスター」
思えばこれも不憫な人形だ。
いわば最高傑作。眼の色、髪の色、表情はおろか、生体反応や魔力に至るまで寸分違わぬコピー。
妹のようなものと言えるのかもしれない。あるいはむすめか。マリスの言うことを何でも聞いてくれた。
けれども、もう、ようはない。
放っておけばいいか……
もうすぐよ。
「ほんとよ? ほんとに、わらったの」
柘榴姫だけが知っていた。
人形の少女が、明るく、冷たく、幸せそうに、残酷な笑みを浮かべたのを……