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マスター:丸山 徹
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/12


みんなの思い出



オープニング

「さあ、ママ、もう横になって」
「ありがとうマリーセ……明日は、別のご本を読んであげ、る……」
 薬が効いてきた。過去に『魔の人形師』と呼ばれ近隣で畏怖された創成術者のプレザンスは、少女のような寝顔になる。
 微笑を浮かべそれを見守っていた『マリス』は、不意に表情の一切を消すと、人形めいた無機質な動きで寝室を後にした。
 向かう先はアトリエ。
 そこには『死人形』の名を受け継いだ少女がいた。魔の人形師を妻とした戦術的人形遣いの、息女。少女は『マリス』を見向きもせず、設計図と魔法器具を交互に見やり、頭脳と力を注いでいる。
 淡々と『マリス』は報告を開始。
「報告します、魔力およびバイタル値は1.6パーセント上昇、再生睡眠への移行は平常通り」
「そう」
「会話を再生しますか?」
「消去して」
 口調は変わらなかったが、その一瞬だけ魔法器具が揺れた。
「順調か、問題ありか、他に聞きたいことなど無い。下がりなさい『マリス=ミゼル』」
「はい、マスター・マリス=プレザンス」
 人形は膝を折って主人に礼をすると、退室した。専用の部屋で自動的にエネルギーをカットして眠りにつくのだ。ディアボロを動かすのはタダではない。
「……」
 ひとりきりになってようやく集中できる、はずなのに、マリスの集中力は元に戻らなかった。
 そこに、さらなる邪魔者が現れる。
「順調みたいだな」
「招いた覚えはない」
 声を聞くなりそう応えて、マリスはそいつを振り返った。
 暴力を身に纏ったという風体の男。魔名を『竜嗤』という、マリスの父の部下だった。
 名目上は、彼の娘に力を貸すとしている。事実、最初のうちは世間知らずなマリスにとって後援者と呼べなくもない存在だった。
 今は単なる邪魔者だ。
「こそこそと、なに企んでる。俺がいつまでも黙ってると思うのか?」
 最近は露骨に挑発し、敵対を隠そうともしない。
 いつもは無視するマリスだが、この日は少しだけ、我慢が足りなかった。
 マリスはあざ笑った。
「もうすぐあなたは孤立するわ。あと少しで、上納した魂は私のほうが上回る。この魔界で、無能と弱者に発言権はない」
「……」
 『竜嗤』の目に殺気が宿る。彼は、自分を笑った相手を生かしておけるほど心が広くなかった。
「よくもまあそれだけ殺したもんだ」
 あざ笑い返す『竜嗤』に、マリスの怒りが爆発した。
「私は人形(ディアボロ)の貸与や作戦実行の報酬として魂を得ている! 小手先の詐術で日銭を稼ぐ貴様と一緒にするな!」
「人間を殺すことに変わりない! お友達は何と言うだろうな!」
「それで秘密を握ってるつもり?」
 挑戦的に輝くマリスの瞳は、活き活きとしていた。
「私は彼らに手加減などしたことはない。彼らを利用して作戦を実行し、成果もあげている」
 事実だ。まして彼女は他にも様々な方面で実績をあげている。
「下がりなさい、いま忙しいの」
 吐き捨てるように言って、マリスは作業に戻った。
 傍らにはダーフィツが控えている。天魔との戦闘用に造られた人形は、彫像のようでいながら、剣呑な護衛だった。
 捨て台詞もなく、『竜嗤』は立ち去った。邪眼もかくやという視線だけを残して。
 ……もしもここに捻くれ者のアーティストがいたら、彼は頭を抱えただろう。
 なんでそこで馬鹿正直に言うんだ? もっと焦って見せて、油断を誘うのが常識だろう。お前、実際に企んでるんだから……
 怒りに任せて、わざわざ対等に争ってしまったのは若さゆえか。
 順調だったところに水をさされたのもある。
 だがそれ以上に、辛かったのだ。
 早く終わらせたいのだ、この吐き気をもよおすほど憎たらしい茶番を。
「……ごめんね」
 マリスは、鏡の国の彼女に謝りたかった。
 あの時どうして彼女が怒っていたのか、今ならよく分かる。
 自分ではない、自身によく似た……モノ。
 何と見難く、醜く、みにくいものか。
 気に入らないとか苛立つとか、そういう次元ではない。見るのも聞くのも、存在を認めるのも、嫌だ。
「もうすぐ」
 母、プレザンスの回復は目覚ましい。『マリス=ミゼル』を本物の娘と思い込み、言うとおりに霊薬を飲み、新たな魔法器具の取付を行う。
 完全な回復は不可能だ、母の身体は今や殆ど魔力の部品で出来ている。
 それでも、あと少しでゲート通過が可能になるのだ。
「ディー」
 マリスに呼ばれ、妖精のような『人形』が現れる。
「あなたに注いだ魔力では2kmが限界、それ以上は離れないで」
「……」
 小さな秘密兵器は、複眼めいた瞳をチカチカと点滅させた。
 やっとここまできた。
「もうすぐよ、ママ」
 ママではなく。
 自分に言っているのだろう、それを。
 彼らがいたら、それを分かってあげられたのに。
 憎悪の只中で自分を見失いつつあることを、彼女自身に気づかせてやることが出来たのに。
 

 人間界。
 とあるBARのカウンターで、撃退士の能力を持った連中がとりとめもない話をしていた。
「君が、ママ?」
 それを聞いた時、角河トホルは遠慮なく笑った。
 笑われた銀髪の青年は、むしろ光栄なことのようにしみじみと頷いた。
「そして、お父上についてお訊ねしたところ」
「ああ」
「わがままで、気まぐれで、ナルシストだったそうです」
「とんでもない奴が居たもんだ」
「きっと素敵なかただったのだと思います」
 ツッコミ不在の会話の横、赤髪のベーシストは不味くなった酒を置いた。
「最悪のカップリングだ」
 そしてカウンターの奥では、マスターが相変わらずの笑顔で言った。
「どっちかって言うと逆だよね、前と後ろ」
「?? えと……?」
「りんりん、聞かんでええ」
 そこへ、奇妙なメール。
 メールというよりハッキングだ。記録を電波に乗せて、文字に変換し、電子機器へ干渉する……天才的な人形師が作成した超ディアボロならではの離れ業。
「『ディー』通信か」
 トホルは、無茶な干渉で帯電した通信機器を無造作に開く。
 三代目『死人形』からの挑戦状。
 いわく、ゲートを開き、人形を配備する。日時と場所も明記。
 ご丁寧に戦力や、妨害してきそうな奴の話までそれとなく伝えてくれる。
「最終段階といったところでしょうか」
「ぷりんちゃん、くるの?」
 わざとらしくメガネを光らせるおかっぱ少女に、白い和装の幼女が意味もなくすがりつく。
「……」
 トホルは、しかし、妙な胸騒ぎを感じていた。
 あからさまな宣戦布告は、このゲートを使って何かやるという意思表示。何か、そんなものはひとつしかない。
 ここまで計画を進められたのは大したものだ。
 しかし……
「どうしたんですか、マリスパパ」
「……」
 言葉のギロチンに脳天を割られ、トホルはしばし灰になり、それから復帰した。
 振り向けば、素知らぬ顔でアイスティーを飲んでいるお下げ髪の少女がいる。
(仮面舞踏会の時といい、周りのオトナから悪い影響受けているな)と思ったが、それを口に出すと「その筆頭が」と全員から睨まれそうなので黙っておいた。
 それはともかく。
「ひとりで何でもかんでも……困ったむすめだ」
 

「もうすぐよ」
 闇の中。
 少女マリスは優しい大きな腕に抱かれて、微笑んでいた。
 幸せそうに。
 幸せそうに。
  

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リプレイ本文

●1:ポーカーフェイス

 色と音の消えかけた街の中、奇妙にざわついたその場所は、国道との交差点。そして、ゲートらしき奇妙な光と……悪魔。
 華桜りりか(jb6883)の白い指先が伸びた。
「あの建物が良いの……」
 それなりに高い建物の中で、敵から最も近い位置。
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は何も言わず、りりかを抱え、飛ぶ。
 ひとことくらいはあるだろう。あったっていいだろう。いつもの彼なら。
「……」
 抱えられるのを、恥ずかしがるような状況ではないし、遠慮する仲でもない。それでもりりかは身を固くした。
 目的地まで運んでくれたゼロが、もう一度飛び立とうとするとき、りりかは言った。
「くれぐれもお気を付け下さい、です」
「ああ」
 それだけ。
 ゼロが飛び立ち、りりかは魔装を発動する。
 そのころには、地上でもメンバーの準備が完了していた。
 魔装展開、スキルの集中、単なる世間話まで。
「……」
 北條 茉祐子(jb9584)が角河トホル(jz0314)の傍に歩み寄った。
 何も言わずに、水のアウルを呼び醒ます。
「ありがとう」
「気休めですが」
 そんなことはない……と伝える間もなく立ち去った。といっても少し離れただけだ、声が届かぬ程でもない。
 それでもトホルは、何も言えなかった。
 二呼吸と待たぬ間に戦闘が始まったから、というのもあるが。
「青春ですね」
 訳知り顔の神雷(jb6374)を無視して、トホルは駆け出した。
「突出は控えてくださいね!」
 神雷はその背に風の烙印を刻みつけてやった。

 数に勝る『呪いの切り札(カーズ・カーズ)』へ、9名の撃退士が襲いかかる。
「堕ちろ」
 黒い風が凍てつく刃の群れを運び、文字通り戦陣を切り裂いた。ゼロの圧倒的な機動力なら、全てに先駆けて先制が可能だ。
 敵の先陣が乱れたところへ、りりかの人形を通した光術が突き刺さった。『カーズ』が塵のように消し飛ぶ。
 そこに飛び道具を掻い潜ったメンバーが到達し、敵先陣の崩壊は加速する。
「『ぜろ・りん(ゼロ&りりか)』は敵後衛を、前衛は『パパ』に集結、『ママ』は子どもたちを守ってね」
 ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)の指示は的確で、メンバーの動きに迷いはなかった。
「了解しました」
 返信をくれたのはママ……イリン・フーダット(jb2959)だけだったが。
 そのイリンも、防衛のみならず砲火の雨でもって敵を蹂躙する。彼のカオスレートはそれだけで武器だ。
 ライフルと盾を構え、翼を広げた姿はまさしく守護天使。この程度の相手、数がいたところで……
 敵が並んだ。
 ダイヤのスートが5体。
 次の瞬間、閃光が弾けた。
 自爆したのだ。
「!」
 爆炎がイリンを包み込み、唐突な静寂。
「……」
 粉煙は、しかし数秒と保たなかった。
 翼をはためかせ、盾を一振りし、イリンは通信。
「敵はポーカーです、絵柄と数を揃わせぬよう」
 言いながら、敵の繰り出す槍を掴むと、別の敵へ向けて投げ飛ばした。



●2:ブラフ

 こんな戦力でこのメンバーに勝てるはずがない。
 それがわからぬはずもない。ではマリス(jz0344)の狙いは何か。
 そんなことには一切お構いなく、柘榴姫(jb7286)は無表情で楽しそうに術を振るう。
「かぁどがいっぱいだわ」
 広い範囲に影響し、体の自由を奪う術。柘榴姫自身もかかりそうになったが、彼女は一人ではない。面倒見の良い師匠が居てくれる。
 百戦無傷の名将が使ったものと同銘の槍を振るい、神雷は確実にダメージを与えていった。
 その穂先に触れんばかりの距離で、トホルが暴れまわる。
「こっちは気にするな」
 蜻蛉すら切り落とす刃を、ときに飛び越え、ときに間を合わせ、拳が、蹴りが、肘や頭突きが敵陣を壊滅してゆく。
「お見事!」
 神雷は頭上で槍を一振りし……かなり距離があったにもかかわらず、トホルは大仰に頭を抱えた。
「おい、帽子が飛んだらどうする!」
 ……という漫才もあったが、トホルは仲間の盾となり刃となり、戦場の中心となった。強化スキルを二人の美少女から貰っておいて、活躍しないわけにはいかぬ。
「もてる男はつらいな」
 ヤナギ・エリューナク(ja0006)に言われ、トホルは複雑な表情で二体の足を片方ずつ蹴り砕いた。
 人間側の勢いは止まることなく、というわけにはいかなかった。
 突然の爆炎、それに紛れて続く風の斬撃。敵も一緒に蹴散らされる。
 大雑把な攻撃を、撃退士たちは防いだ。危険な風の刃にはトホルが飛び込み、魔装の一部を削りながらどうにか捌き切った。
「ちっちゃい、ぷりんちゃん!」
 最初に気づいたのは柘榴姫だった。視線の先、激戦の向こうにはエプロンドレスの少女……マリスによく似た少女がいた。
 身長は、柘榴姫と同じくらい。マリスの妹だと言われたら誰もが納得するだろう。
 人形のような美少女だ。
 いや、美少女の、人形か。
「完成したんだ……」
 茉祐子は少女の元へ駆け出していた。
 追っかけようとした柘榴姫は、トホルと神雷に襟首掴まれて戻された。実際、敵の多い現状では、範囲攻撃遣いが一人でも多く必要だ。
「ずるい」
 柘榴姫は大人たちを見上げた。
「青春を邪魔してはいけませんよ」
 神雷は穏やかに言いながら敵の槍を払い、突き返した。



●3:コール

 闇と光の翼が、それぞれ別方向からゲートへ迫る。
「んな行ってくるわ」
 速度に勝るゼロが身を翻してゲートに飛び込む寸前、そこから無数の刃が突き出された。
「!?」
 刃を握るのは『カーズ』、ダイヤの9,10,J,Q,K……
 ストレートフラッシュ。
 弾丸のような連撃、そして爆発。
 直線的な突撃は躱せたが、しかし爆炎からの離脱がわずかに遅れた。
 イリンの口が動いた。遠くでりりかの悲鳴がした。しかし轟音と激痛のさなかで、ゼロにはよく聞こえなかった。
 失速、墜落……その前に。
 ゲートから再び現れる、今度は三つ葉の連番。
 とどめを狙う捨て身の速射砲は、しかしイリンが防ぎ止めていた。
「大丈夫ですか」
「すまん、まだおるようやな」
「ええ」
 ゼロの言葉にうなずき、イリンは再生のスキルに集中した。ゼロも集中を切り替え、油断なくゲートを見据える。
 また現れた……いや。
 ゼロの右腕に同化した大鴉の光と、イリンのライフルが、二体を消し飛ばした。連携はさせない。
 チッ。
 するりと戻りかけるスペードのK。
 だが輝くアウルがそいつを捉え、ゲート外へ叩き落とす。
 りりかの、有効射程ギリギリからの、精密で強力な魔法攻撃だった。
 表情など存在しない『カーズ』が、唖然としたように見えた。
 先ほどの突撃、ゲートから一瞬だけ顔を覗かせた奴がいた。次の突撃にも、そいつが。それがこのK。
「Jokerのようなものでしょうか」
「フン、Jokeの間違いやろ」
 イリンとゼロのやりとりを聞きつけたか、Kの面に当たる部分がぐにゃりと歪んだ。
 ……シニ、ガミ……シュヴァイ、ツァー……カ、コノ……クソヤロウ、ガ……
 カーズ・カーズには表情も声も作る機能はない。取り憑いた何者かが言っているのだ。
 そういう能力を持つ悪魔も知っているが、正体に興味はない。
「小物は引っ込んどけ」
 ゼロの右腕で無慈悲な大鴉が叫んだ。黒い光に貫かれ、Kは絶命。その魂を喰らい、ゼロは流した血の何割かを取り戻す。
 その刹那。
 小さな輝きが、二人の眼前を通り抜けていった。
「真打ち登場かい」
「ディーさん、ですね」
 二対の翼はそれを追って羽ばたく。
 

「マリス!」
 茉祐子の弓が少女人形マリス=ミゼルに向けられる、が、射れない。
「マリス=ミゼル、弾幕戦闘ヲ開始シマス」
 『ミゼル』は淡々と光弾を連射。
 茉祐子の弓が二度弦を鳴らし、弾幕を叩き落とす。
 落としきれない分はジェラルドが飛び込んで防ぎきった。
「……すみません」
 言いながら、茉祐子は納得できぬ思いを隠せない。
 ジェラルドはいつも通り、微笑を浮かべていた。
「わからないのは、マリスの狙い? それとも思い?」
「……」
「変だよね、ただでさえ撃退士が警戒しているところに、予告なんてするから避難は完了。魂は集められない。人間界を侵略するにしたって場所が中途半端。だいたい何だいあのトランプは? かの『死人形』が操るにしては、大雑把すぎやしないかい?」
 そんなことは分かっている。
 茉祐子だけではない、みんな、分かっている。
 だからつまり、分からないのは。
「マリスは、何を考えているんですか?」
「聞いてきて」
 ジェラルドは突き放す。
 答えを知っている人に聞くのが一番早い。トホルがよく言っていた。「早いのが良いってわけじゃないけど」とも。
 でも、きっと。

 こっちよ。

 声がした。
 いつの間にか『ミゼル』の攻撃は止んでいる、というより、追いついてきた柘榴姫に弾幕を向けている。
「まりす、みぜ……す、みぜ、ちゃん? すみれちゃんね」
 何だか楽しそうだ。
「こっちは任せて」
 ジェラルドが加勢する。
 『カーズ』は、トホル、神雷、ヤナギの猛攻に、りりかの援護射撃が加わって、壊滅まで時間の問題だった。

 わたしはここよ。

「……」
 茉祐子の身体に巡るアウルが揺れた。
 そして、その背に集い、二対の翅となった。



●4:ショウ・ダウン

 傾いた信号機に、光はない。
 その下、白いガードレールに、少女が腰掛けていた。
 翅を広げた茉祐子はそのまま……寄りきれず、中途半端な位置で、降りる。
「……」
 少女、マリス=プレザンスは何も言わない。遠くを見ている。視線の先にはゲートのようなあの光、いや、その向こう……
 フッと笑う。
「なんで私がプリンちゃんなのにそっちは言えるの、お姉ちゃん」
 人形を通して聞こえているのか。
 言うべきことはある。
 聞きたいこともある。
 そのきっかけが……唐突にもたらされた。

 お話しをしましょう、です。
 
 忍法、霞声。声の主は、りりか。
 茉祐子も続いた。
「どうして戦場に連れてきたの? あの人形は……お母さんのための人形なのに」
「……」
 遠かった。
 茉祐子がもう少し近づけていれば、マリスの瞳を覗ければ、そこに宿る暗い炎に気づけたかもしれない。
「ママを助けるのは、わたし」
 マリスは遠くを見ている。「あんな人形じゃない、わたしが、ママを助ける」
『ショー・ダウン』
 ジェラルドの声がした。全員に対する通信だ。
『この戦いにマックは許されないよ? 手札を晒してもらおうかな』
「捨ててないわ、黒帽子の主」
 マリスは人形を通じて、ジェラルドの声を聞いている。
「そしてショウ・ダウンは、一対一」
 それを聞いて、茉祐子は一歩踏み出す。
 マリスは一対一の相手に私を指名した……受けて立つ。
『焦らない☆ ボクらを信じなさい♪』
 見ているかのような、ジェラルドの声。
『一人で解決できない事も皆さんで協力すれば良いの……』
 りりかの声も。
 見えているわけはないのだ、二人とも。
 それなのに。
 ……ああそういえば、あの人は言っていた。

 ひとりで何でもかんでも……

 知っていたのなら教えて。
 ずるい。
 そんなふうに思ってから、頭を振る。大して年の変わらない華桜さんが辿りつけたのに、私は。
 でも、やっと分かった。
 私がやっと分かったってことは……
「マリス」
「……」
 やっと、マリスが茉祐子を見た。
 やっと分かったという瞳で。
 そこに通信が入る。
『茉祐子さん』
「はい」
『代わりに叱っといてくれよ、君も言いたいことがあるだろう』
「マリス、パパが怒ってる」
『お、おい!』
 焦る声は、茉祐子にしか聞こえてない。
「パパ……?」
 マリスは一瞬考えて、すぐに真っ赤になった。
「なんで? ねえ……」
「イリンさんが……それで」
「……もう」
 笑う。
 そして、マリスは虚空へと手を差し伸べた。
「コール……ディー」


 イタイケな妖精は、怖い天魔に囲まれていた。
「一番厄介なんはお前やろ? ディー。今回はどんな隠し球用意してるんや?」
「完全に補足しました、動かないでください。傷つけたくない」
「……」
 ディーは複眼めいた瞳をチカチカと光らせた。普通の子供なら涙を流しているところだろう。
 冥魔認識は化けている敵を見分ける。ディーの姿隠しも変化の一種なので見破ることが出来た。
 ゼロとイリンの二人に挟まれては、並以上のディアボロですら絶望的だ。ましてディーは戦闘力を持たない。感情がないので絶望もしないが。
 そこに、天の助けが。
『……イリン、さん?』
 ディーの口から漏れた少女の声は、聞き間違えようもなかった。
 少なくともイリンは。
「はい、お久しぶりです」
 律儀に頭を下げるイリン。
 それが、少女の迷いを完全に消し去った。
 ディーの瞳が一際強く輝き……
『ママを、お願いします』
 魔力が迸った。
 僅かな光を発して現れる、ガラスのような透明な棺。
 そこに眠るプラチナブロンドの女性。
「何や……」
 言いかけて、ゼロは気づいた。
 イリンは何も言わず気づいていた。
 似ているのだろうか? そう考えただけだ。
 かなりの美女、だったのだろう……肌の残る部分から察するに。
 頭の半分がヘルメットのようなものに覆われているが、被っているのではなく同化しているようだ。美しいプラチナブロンドは半分だけ。
 首筋から左胸にかけて金属の光沢が見え隠れしているのも、身体から直接生えている。
 長いスカートに隠された足は、恐らく、ない。
 彼らは知っていた。
 彼女の正体と境遇を、知っていた。


『……お母上を、確保しました』
 イリンの通達が静かに流れた。
 手札は晒された。
 ゲートのようなディアボロ置き場を作成し、適当な人形で大暴れする。
 混乱に乗じて、小規模な転移陣を、ディーを通じて作成する。
 そんな紛らわしい作戦をとった理由は二つ。
 ひとつは悪魔側の監視を欺くため。
 もうひとつは……
「みんな、やっぱり、来てくれた」
 マリスも不安だったのだ。
 それが分かって、茉祐子は静かに頷いた。
「他にできることは?」
「あとは大丈夫、自分で」
 マリスの瞳に強さが戻っている。
「帰ってきたらお茶にしよう」
 ジェラルドが言った。
「ええ」
 マリスも笑う。
 そのために、何でもない日をお祝いするために、『いるはずのない竜』を片付ける。
 ……いや、それも彼らの力を借りるべきだ。
 予想を上回る強さになっていた、友達。
 まず、ゴリアットとダーフィツは確保する。エネルギー供給が切れても遺したい。研究と魂は、最悪すべて破壊するための準備はできている。それで『竜』の手に渡ることはなくなる。
 そうして、はれて『不思議の国』に戻る。『こちら側』に。彼らがいるのだ、怖くはない。
「ぷりんちゃん」
 柘榴姫が駆けてきた。戦闘を停止したマリス=ミゼルも一緒に。
 マリスは微笑んで、柘榴姫と抱き合った。
「すみれちゃんね、わらってたのよ」
「まさか」
 ああ、戻ったらママにも紹介しないと。こんなにたくさん友達を。
 ここで待ってて、ママ……
 友達に、挨拶する。
 ビルの上で、りりかが小さくお辞儀をしていた。向こうでは神雷が手を振っている。ヤナギが親指を上に向ける。トホルは頭を掻いていた。
 マリスは『ミゼル』を連れ、友達に背を向けた。
 しばしの別れだ。
「ミゼル、行くわよ」
「了解、マスター」
 思えばこれも不憫な人形だ。
 いわば最高傑作。眼の色、髪の色、表情はおろか、生体反応や魔力に至るまで寸分違わぬコピー。
 妹のようなものと言えるのかもしれない。あるいはむすめか。マリスの言うことを何でも聞いてくれた。
 けれども、もう、ようはない。
 放っておけばいいか……


 もうすぐよ。


「ほんとよ? ほんとに、わらったの」
 柘榴姫だけが知っていた。
 人形の少女が、明るく、冷たく、幸せそうに、残酷な笑みを浮かべたのを……


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ドS白狐・ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)
 Cherry Blossom・華桜りりか(jb6883)
 縛られない風へ・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)
重体: −
面白かった!:7人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
守護天使・
イリン・フーダット(jb2959)

卒業 男 ディバインナイト
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
ふわふわおねぇちゃん・
柘榴姫(jb7286)

大学部2年278組 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB