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マスター:丸山 徹
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/02/02


みんなの思い出



オープニング

 千葉笑い(ちばわらい)という行事がある。
 大晦日(おおみそか)の晩に行われた古い行事で、誰とも分からぬように顔を覆うなどして集まった人々が、代官や役人たちの悪行、不正を非難して笑ったという一種のお祭り騒ぎだ。
 角河トホルは一通り説明し、机の上の少女を見下ろした。
「や ら な い か?」
 机上に立つ少女はトホルを見上げた。
『無理よ、そちらの世界に行くだけでエネルギーが必要なの』
「魂一人分くらい?」
『……』
 あっさり言われて、少女は言葉を詰まらせたが、表情は一切変わらなかった。複眼めいた目をチカチカと光らせただけだ。
 トホルの目の前、机の上に、小さな妖精めいた生き物が立っている。トホルは先ほどからその生き物に声をかけているのだが、実際に会話している相手は別だ。妖精めいたディアボロ『ディー』のマイスター、マリス=プレザンス・ピュッペントート=ドライセンと、ディーを通じて会話しているのだ。
「この前の戦争、出たのか?」
 トホルは世間話の口調で続ける。
『……ええ』
 ディーの口からマリスの声が零れた。
 戦った。
 天使とも、人間とも戦った。
 己の手足となる『人形』を使役し、三代目の名に恥じぬ活躍を見せた。
 知り合い『竜嗤』の目があったのもある。しかし何より、自分自身の矜持と、そして報酬となる魂をもらうためだった。
 強力なディアボロを造り操る『人形遣い』の一族、『三代目・死人形』の彼女だが、同時に十四歳の少女でもある。最近になって、人間や他の天魔の知り合いが増えて、見聞が広まってきたばかり。
 今まで何も考えずに材料に使ってきた人間というものが、実はこういうものだったと、知ったばかり。
「僕も、適当に暴れて帰った」
 彼女の胸中を知ってか知らずか、トホルは聞かれもしないことを語りだす。
『そう』
「適当すぎて報酬が引かれた。帰りに観光したり飲み歩いたりしたから、ほとんど残ってない。まあ先月はいつもより出費が少なくて済んだが」
『どうして?』
「女がいないから、クリスマスのプレゼントは家族だけで良かった」
『……後ろ向きね』
 いつの間にか、話はそっちに流れている。
 トホルはいやらしく笑った。
「カレシできた?」
『他人のビジネスだわ』
「そういう言いづらいことを話すパーティがしたいんだ」
『……』
 この男は、適当なときですら本気だ。本気で、真剣に、適当な事を話す。
「せっかくだから、マスケラ・カルネヴァーレ(仮装祭)のようにしよう」
『どうするの?』
「ヴェネツィアン・マスケラ(仮面)をつけたり、仮装したり。我が国の年末は、仮装した人間が一堂に会する特殊な祭りもあるくらいだ」
 アレは祭りではなく戦だ。
 それはともかく、トホルは上機嫌で戸棚を漁り、ダンボール箱を取り出した。
「土産物だが、ちゃんと使える」
 父と次男と三人で、毎年イタリアへ行く。その度に仮面が増えていった。
 トホルが何気なく取り出した白と黒に塗り分けられた仮面を見て、マリスが呟く。
『Arlecchino』
「そう、フランス語ではアルルカン……コンメディア・デッラルテに登場する狂言回し。策士、ペテン師だ」
 楽しそうに、仮面を机の上に並べてゆく。
『それは、Pulcinella』
「騙されやすい正直者。ああ、彼にピッタリじゃないか?」
『あの人は、真面目なだけ』
「そうか、マジメか」
 トホルは笑って、赤いラインの入った女性的な仮面を取り出す。
「あんたはこれかい?」
『……』
 返事はないが、ちょっと怒っているか、照れているのは間違いない。
 それはInnamorata……恋する乙女を意味する仮面だ。
 次から次へと現れる仮面の数々。
 トホルはそれら仮面に向けて語る。

 これさえあれば階級の差も貧富の差も、老若男女の区別さえもなくなってしまう。
 漁夫であっても大貴族の屋敷へお邪魔できるし、良家の娘が娼婦に交じって客を引くことさえ愉しめる。
 普段は厳粛な態度を崩さない議員が孫ほども年の違う女を口説いて、西欧中に名の聴えた大学教授がゴンドラのカーテンを引いた船室の中で連れ込んだ婦人とどのような時を過ごそうと、誰からも非難されない。
 ただ自分が何者であるかを隠すだけで、人はよほど容易に、よほど多様になる……

「上司も部下もない。素敵じゃないか、偉い人とか運営とかを堂々とバカにできるなんて」
 普段からやっているだろうが。
 という指摘は、事情を知らないマリスの口からは出てこない。
 やがて、マリスは応えた。
『敵と味方の区別さえ、なくなるというなら、話したいことはある』
「なくなる、いや、なくすんだ」
 トホルは訳知り顔で頷いた。「そうだな、野暮なこと言う奴は仮面を着けた正義の味方にボコられることにしよう」
『……加減するよう言っておいて。天魔でも大怪我する打撃の持ち主でしょうから』
 トホルは笑った。
「来るかい?」
『ええ』
 応じて、一瞬の間の後、マリスは言った。
『人間の魂三人分以上、使って』
「結構」
 トホルは頷いた。笑顔は一切崩れなかった。
「使えよ、ひとの魂なんて、いくらでも。自分の幸せのためなら躊躇うことはない。誰だってそうしてるかどうかは知らないが、少なくとも僕はそうしてる」
『……あなたの幸せって?』
「われと、我が愛する者たちの平和。それ以外は知ったことか、国すら滅んで構わん!」
 いつの間にか、そいつは仮面を着けていた。
 鮮やかなピンク色に金色の縁取り、綺羅びやかなヴェネツィアングラスの飾り……世紀の色事師、Casanovaを表す仮面。
 『色事師』は言う。
「私はマリス=プレザンスの平和をねがう、その愛のため力を尽くすことを称える、母を救うべく他者を食い荒らす行いを肯定する」
 不意に仮面が消える。
「……そんなことを、言っても良いんだ、そのパーティだけは」
 奇術めいた鮮やかさで素顔を取り戻した角河トホルは、寂しそうに笑った。



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リプレイ本文

●仮面

 パーティ会場はすぐそこだというのに、二人はなかなか入れずにいた。
「他に気配はありません」
「お疲れさん。ま、何があるかわからんとは思っとったけどな……」
 イリン・フーダット(jb2959)が生真面目に報告すると、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は頷いて、携帯機器で連絡を入れた。
「やっと入れるなあ」
「はい」
 肩を並べて歩き出す。
 パーティはこれからだ。
 
 開幕直前の会場で、『色事師』の仮面をつけた角河トホルが、携帯機器を見て笑っていた。
 スミレ色のショールを纏った和服姿のマリス……『スミレ』が訊ねる。
「どうしたの?」
「意外に、いいコンビだと思ってね」
「え?」
 ここは学園の領域、敵性天魔は絶対に侵入不可能だ……誰かの手引でもない限り。
 もしもそんな手引があれば、つけ込む輩は後を絶たないだろう。
 招かれざる客は当然、楽しいパーティの邪魔になる。
 でも大丈夫。
「仮面のヒーローは一人じゃない」
 やがて仮面は揃い、パーティが始まった。
 
「Ognuno di signore e signori. Stasera la luna e molto bello. Si prega di godere la notte di questa illusione(紳士淑女の皆様、今宵の月はとても素晴らしい。この幻想の夜をお楽しみください)」
 流暢なイタリア語で開会を告げる会場の主、ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)。
 普段から掴み所のない男だが、今宵は黒と鈍色を主とした『博士』の仮面で、一層表情が読みづらい。
「どうぞ、このひと時をお楽しみ下さいませ……」
 『真緋(アケ)』と名乗るメイドの少女が膝を折る。開会前から優雅に給仕をしてくれた彼女は、黒田 紫音(jb0864)の仮の姿。愛するパパのお手伝いに、アウルの光とメイド服が仮想と幻想を結ぶ。
 食事と飲み物、ゲームに音楽。
 仮想の空間にあって、楽しい夜は本物だ。幻想的と呼び替えるべきか。
 『スミレ』の周りに次々と人が集まる。幻想の住人たちが。
「こんばんは」
「こんばんは……」
 魔女の仮面に素顔を隠した妙齢の美女。真っ赤な口紅とドレス、高いヒール、誰もが振り返る艶やかな美を振りまく女。
「わからない?」
 『スミレ』は息を呑む。この声は知っている、けれども……
 華桜りりか(jb6883)がこれほどまでに変わるとは、誰も思うまい。
「『チェリー』よ。その、よろしく、です」
 四季に応じて装いを変える其の花を、彼女は名乗る。
「よろしく」
 スミレも同じく花の名前。
 ふたりが微笑めば、春になる。
「お久しぶりです」
 ゴスロリ姿の少女が声をかけた。『Lehrer(教師)』と名乗る仮面の少女……女は化けるというが、神雷(jb6374)もまた、大化けする女の一人だ。
「ああ!」
 『スミレ』は礼を言いたかったその人に抱きついた。
「着付けは『スミレ』ちゃんがご自分で?」
「ええ、おかしくないですか?」
「よくお似合いですよ」
 ……そんな彼女たちを見つめるのは、
「……」
 やたらと巨大な、季節外れの『ココメロ(西瓜)』。


●芸夢

 鈍い音に続く乾いた音。
「ホントのトコ、皆のコト……どう思ってンのよ?」
 言葉と同時に放った『小悪党』の白い手球が、7番を弾いてクッションし、8と9に被った位置で止まる。見事なアンドセーフティ。
「いい位置だ」
 『色事師』が苦笑する。
 『小悪党』の仮面の下で、ヤナギ・エリューナク(ja0006)は悪い笑みを見せている。
「薄玉が得意ってのは分かったからな」
「よく見ている」
 『色事師』は大袈裟にキューをしごくと、静かな足取りで台を回り、芝居がかった口調で言った。
「そんなきみが、今更わたしに質問とは」
「向こうの『スミレ』にも聞くさ」
 『小悪党』の示す先には、『博士』から受け取ったダーツを観察する『スミレ』と、手裏剣のように矢を放つ狐面の少女『カゲロウ』……北條 茉祐子(jb9584)の姿がある。
 更に向こうでは関西弁のカラスみたいな『トリックスター』が何故かたこ焼きを焼いていて、魔女の『チェリー』が手伝っていた。
 カオスな光景に、『色事師』は吹き出しそうになりながら、ポジションをとる。
「だが、わたしが左右どちらでもキューを扱えることは気づかなかったかね?」
「マジか」
「おまえくらいの歳に死ぬほどやったんでね」
 素の口調に戻りながら、『色事師』は左に持ち替えたキューでキレ球をショット。
 隙間を抜けた手球は7番を弾いた勢いで跳ね返り、ナインボールをポケットした。キャノンショットと呼ばれる技法だ。
「馬鹿力め」
 『小悪党』は苦笑と紫煙を同時に吐き出した。
 『色事師』は顔を上げ、まっすぐに『小悪党』を見る。
「好きだよ」
「……」
 別に『そういう意味』ではないと、理解するのに一瞬の間があった。
「彼女もそう応えるはず」
 『色事師』は続ける。
「だが、誰だって好きなことばかりしてられない」
「……そして、好きなもんほど手に入らない」
 『小悪党』は灰皿にタバコを潰し、言葉を継いだ。
 『色事師』は笑って、手球を渡した。
「オルタネイトブレイク(先手交代制)でいこう」

 腐った黄色い歓声が上がりそうな撞球台とはうって変わって、ダーツ台には健全な明るさが満ちていた。
「次のラウンドでより多く点数を取った方の質問に答える、ってのはどうかな」
 『博士』の提案でゲームは更に盛り上がり、少女たちは一投ごとに歓声を上げ、互いに拍手を送った。
「『カゲロウ』凄い!」
「いえ……」
 『スミレ』に言われて、『カゲロウ』は照れたように仮面をうつむかせた。
 水干の袂を抑えて放つダーツは見事な軌道で高得点を叩き出す。このダーツは特別製で、撃退士でも楽しめるように通常よりバランスが悪いのだが、少女たちはものともしなかった。
「では、ご質問を」
 『博士』に促され、『カゲロウ』は仮面があっても分かるほど困った顔であたりを見回し、
「あの、好きな野菜は……?」
 笑いに包まれる場に、普通に応える声があった。
「もちろん、西瓜です」
 巨大なココメロ(西瓜)を抱えたゴスロリ姿の『教師』は、笑顔でそれを『スミレ』に押し付けた。
「え、え?」
 『スミレ』が戸惑う声を上げたのは手触りのせいだ。ぬいぐるみなのは分かっていたが、何だか、動く。いや、中に何かいる……
「はろー」
 中身と目が合った。
「……」
「おげんき、ぷりんちゃ……あー、すみ、す、ぷー、ぷ、ぷみれちゃん?」
「……」
 元気よ、おねえちゃん。
 『ここめろ』に化けていた柘榴姫(jb7286)を、『スミレ』はしっかりと抱きしめて頬を合わせた。


●自由

 勝ったり負けたり、ゲームは白熱した。
「『すけこまし』オジサマはロリコンなのですか?」
「『いかずごけ』さんはおいくつ?」
 仮面の下、いかなる表情でか睨み合う『教師』と『色事師』。仮面が彼らを自由にし、感情を解放した……いや、いつものことだ。
「使えるもんは使ったらええねん。誰だっていろんなもん使っとるんや自分らだけ特別ってことなんてない。俺も盛大に使ってたんや。割り切りとはちゃうけど気にするほどのことでもない。世の中なんてな、そんなもんやねんで。ってことでこれ食え」
 と、『トリックスター』が差し出すのは罰ゲーム用のたこ焼き。前半は良い話だったのに台無しだ。
「……」
 恐る恐る手を伸ばす『スミレ』を、白い『正直者』の仮面が遮った。
「少し、よろしいですか?」
「はい……」
 片膝をついたお誘いに思わず頷いてしまう少女の邪魔をするものは、さすがにいなかった。
 そもそも、実験台は誰でも良い。
「コレ、既にたこ焼じゃ無ェ…よ……」
 倒れる『小悪党』。
「テキーラを、ロックで。ああヤナギ、水は意味ない、酒にしろ……ありがとう『真緋』……」
「何でもお申し付けください……大丈夫ほんとに?」
 『色事師』は経験を活かして、強いアルコールで口を冷やしている。『真緋』は思わず素に戻った。
「またまたーなにをそんな大袈裟なホンマ辛―!」
「天罰だね」
 自爆する『トリックスター』を生暖かく見守る『博士』。
「だらしない、わねぇ、え? あたしは何も知らないわ……えっと、その、ここめろちゃん……」
「さーびすしたわ」
 『チェリー』の密告で犯人が割れた。
 死にそうな師匠がお説教。
「こ、『ここめろ』ちゃん? イタズラ、したら、何て、言うの?」
「ごめんなさいししょー。はい、おみず」
「ありがとう……ヴッ!?」
 悪魔も泣き出す死のソースは無色透明であった。『ここめろ』に悪気はない、たぶん。
「道化を演じるのも楽しいものよォ? 他人を笑わせてるんだ、って自分も楽しくなれるしィ」
 黒いうさぎに扮した黒百合(ja0422)が、跳ねるような足取りで楽しそうに飲み物を配った。
 再起不能に近いのも居たが、それぞれがいつも通りに楽しむ、いつも以上に素敵な空間だった。

 そして、いつも通りだからこそ、茉祐子は少し離れたところで宴を見ていた。
 狐の面は外していないし水干も脱いでいないから、まだ『カゲロウ』のはずだ。しかし……いや、きっと最初から、彼女は茉祐子なのだ。
「やあ」
 凍りつくほど冷たいテキーラを片手に、『色事師』の仮面を外したトホルが、茉祐子の隣に立った。
「大変でしたね」
「ああ、まあ」
 この男の唐突な言動は、時に図りかねるが、今回は何となく分かる。
 だからこそ、しばしの沈黙の後、茉祐子は言った。
「思ってること、考えていること、たくさんあります。でも、上手に言えなくて……」
「うん」
 トホルはテキーラの残りを流し込んだ。さすがに酔っている。だが視線は穏やかだ。
 茉祐子は続ける。
「私は、生きたいと手を伸ばす人を見ないふりは出来ない。助けたいと思ってしまう。撃退士の力がなかったとしても」
 間違いないと、トホルは思う。いや、茉祐子を知る人なら誰でも思うだろう。
「マリスが……痛みと哀しみを抱き続けることになるって、わかってるのに」
 俯いていた狐面が、上がる。
「詮ない事を言いました、忘れて下さい」
「ん」
 男は、いつの間にか『色事師』の面を着けていた。
「わたしはある少女を知っている」
 唐突に語りだす。
「うまい言い方が思いつかないが、可愛い。特に笑顔が、息を呑むほど可愛い人で、そしていろんな事を、分かっている。それなのに彼女はあまり笑わない。いや、わたしに笑ってくれない。意地悪をされているのだろうか?」
 さすがに、『カゲロウ』は言葉を失った。
 それでも彼を見て、言い返した。
「あなたが、意地悪をしているのでは?」
「してないしてない」
「そうでしょうか? 面と向かってそんなふうに言われたら、誰だって困ると思います」
「面と向かっては言ってないよ」
 子供みたいな言い訳をするなと、言い返すことができない。
 だってこれはそういう宴、そういう場所だから。先にそう言った、そう言われた。皆それに納得して、それを楽しんでる。
 ……ズルい。
 言葉が溢れそうになった。
 

●舞踏会

 『スミレ』を助けた白いスーツの男は『ホルダード』と名乗った。
 少女をピアノの前へと誘う。
「V兵器ですが演奏も可能です。わたしの演奏で恐縮ですが」
 静かに流れる旋律は、マリスの母がつかう言葉に似た、子守唄。
「……」
 マリスは仮面を外し、黙って彼の隣りに座った。
 横目で見上げて、くすっと笑った。
 歌いながら、『ホルダード』はマリスの視線に応える。
 なにか?
「気を悪くしたらごめんなさい、でも、やっぱり」
 銀色の髪。
 青い瞳。
 ちょっと常識はずれだけど、マジメで、とっても優しいひと。
「ママにそっくり、本当に」
 歌いながら、『ホルダード』は頷いた。
 光栄です。

「あー、復活復活。演奏すっかね」
 『小悪党』は立ち上がると、愛用のベースを取り出した。
「折角、仮面付けてンだ。最後は仮面舞踏会と洒落込もうゼ」
「承知しました」
 不敵なウィンクを受けて、楽師『ホルダード』の指が踊る。
 幻想の空気が動き出す。
 仮面たちが騒ぎ出す。
 不思議の国の道案内は、うさぎの役目と決まっている。
「さァ、楽しみましょ」
 踊りながら現れた黒いうさぎが、スミレの少女の手をとった。
「……うん」
 『スミレ』は立ち上がり、楽師を振り返る。
 楽師は集中していて、視線すら寄越さなかった。
 けれども、はっきりと言った。
「自分がそれでいいと思ったのなら、それが最善です」
 白い正直者が、花を纏う少女に向けて言ったのは、それだけ。
 それまで言葉もなくどんな会話をしていたのかは、分からない。
「……はい」
 ただ、少女の微笑みは美しかった。

 それとよく似た少女が、部屋の反対側に居た。
 壁の花、などという言葉もあるが、その花からは悪い虫が離れようとしなかった。
「いかがでしょう、こんなわたしでも踊りのツレに……」
「……っ」
 みなまで言わせず、『カゲロウ』は、悪い虫の手を引いた。
 思いがけない反撃に『色事師』はガラにもなく照れて、周囲の目がないことに安堵するのだった。
 
 仮面舞踏会はパートナーが入れ替わるからこそ意味があり……
 ……意味が、無い。
 さっきのは誰?
 この手をとるのは誰?
 あの人はどこ?
 そして、自分は……どう見える?
 そのとき、『スミレ』の前に居たのは『博士』。
 『博士』は学問を好む。
「キミの大事なヒトと10人の他人、救うならどっち?」
「大事な人。他人と言い切れるならそれは他人だから」
 間髪入れぬ『スミレ』の答えに、『博士』は満足そうに笑う。
「ま、ボクは天才だから、どっちも救うけど」
 次のパートナーは『チェリー』、魔女の仮面に美貌を隠した、少女。
「あなたの願いは?」
「ママの幸せ……あなたは? あなたは何を望むの?」
 願いと、望み。
 それは似て非なるものか、それとも。
「……温もり……家族……?」
 
 あっ、と少女は声を上げた。

 夢から醒めたように、マリスは、そこにいた。
 ここは彼女の部屋、研究室、作業室……
 わずか数時間前の出来事なのに。
 間違いなく彼女の手に触れて、目に焼き付いたことなのに。

「意地悪な事をしてくる奴はいませんか? 」
 なんて答えたっけ?

「なんでも、きいて、いって、して、いいわ」
 ありがとうって言えたっけ?

「花言葉、忘れんなよ?」
 忘れない、忘れないよ……

「うまく着こなせば着物にも合います」
 ありがとう……

「……」
 ねえ、茉祐子。
 あなたはなんて言ってくれたっけ……?

 一瞬にして過ぎ去った美しい夢。
 あまりにも甘美な、溺れそうなほど楽しい時間。
 知ってしまった。
「……」
 けれど。
 自分がそれでいいと思ったのなら。
「……」
 マリスは顔を上げた。
 気配が強まり、男が姿を表した。
 暴力の臭いを纏った男。
「どこへ行っていた」
 開口一番、『竜嗤』は濁った声で言った。
 マリスは……
 笑った。
 初めてこの男の前で笑ってみせた。

「仮面のヒーローに邪魔されて、分からなかったのかしら」

 心の底から、痛快だった。

 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Eternal Flame・ヤナギ・エリューナク(ja0006)
 ドS白狐・ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)
 縛られない風へ・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)
重体: −
面白かった!:8人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
守護天使・
イリン・フーダット(jb2959)

卒業 男 ディバインナイト
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
ふわふわおねぇちゃん・
柘榴姫(jb7286)

大学部2年278組 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB