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マスター:丸山 徹
シナリオ形態:シリーズ
難易度:やや易
参加人数:9人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/10/03


みんなの思い出



オープニング

 技術や能力で、たとえば10点満点を目指すこと、あるいは10のものを11に引き上げること、それを努力という。
 紛れもなく尊いものだが、それはあくまでも元からあるものを磨く行為に過ぎないと、トホルは思う。
 それよりもワクワクするのは、0を1にする行為。
 それもまた努力と呼ばれるだろう。
 零からの努力。
 同時にそれは挑戦、そして冒険とも呼ばれるものだ。
 ……僕は冒険好きだからな。現実逃避気味に思う。
 思いながら、体操服姿のP……マリス=プレザンス・ピュッペントート=ドライセンの操る刃をいなす。
 青空の下、緑の風吹く公園。
 都内某所にある、先日戦場となったあの場所。トホルにとって数少ない癒しの空間。そこでの個人指導。
 直接の指導はこれで三度目になる。
 マリスが魔界を出てくるのは簡単なことでは無いから、いつもは調査通信用ディアボロのディーを派遣する。ディーは戦闘力こそ持たないが、潜行状態になるスキルに加え、軽量を活かした機動性、小柄を活かした隠密性でどこにでも忍び込める。あと可愛い。
 ディーはトホルの説明や動きを余さず記録し持ち帰る。マリスはそれを元に、『木偶』と名付けられたサンドバッグ用ディアボロに動きをインプットして、練習する。
 そして直接指導で確かめるのだ。
 斬撃を囮にした必殺の前蹴りを綺麗に捌き、トホルは頷いた。
「いいんじゃない? 間合いが分かってきたし、体重も乗るようになった」
「良かった」
 マリスはにこりともせず、日本刀に似た刃をどこへともなく消し去った。
「やはり貴方に頼んで正解だ、近接戦闘というものが体感できた」
「どーも」
 褒められるのに慣れていないトホルは、照れるでもなく、違和感のまま礼を述べる。貶され、疎まれ、無視され続けてきた男は、自分の能力に誇りなど持てない。
 マリスは柔軟体操を始めながら、トホルに言った。
「聞きたかったことがある」
「なに?」
「なぜ貴方は、強くなれた? 撃退士の訓練は、受けたことがないと」
 彼女の正体は悪魔だ、見た目通りの力ではない。先ほどの攻防も、実のところトホルには目で追えない速度だし、防御しても正面から受けたら骨折していただろう。
「ないよ、だから僕は強くない」
 トホルは空を見上げた。マリスが何か言いかけるのを手で制して、言葉を続ける。
「生き残り、勝ってきたけど、たぶんもう一度やったら勝てない、どの戦いも」
 戦いとなれば、とにかく有利になる状況を作った。無理なら全力で逃げた。依頼が失敗しようが人が死のうが逃げた。
 まずは相手の主力攻撃を使いづらくする。そして絶対に正面から当たらず、いなし、逃げ回る。油断を誘い、時間を稼ぎ、地の利や人さえ利用し、チャンスとなったら一気に決めて、駄目だったらやはり全力で逃げる。
 そうやって、戦い方と生き残り方を体で覚えた。結果として様々な天魔を殺してきた。
 初めて悪魔と戦ったときだって、他の撃退士が死んでも、彼は生き残った。
 集中攻撃を受けて動けなくなった悪魔に向けて、トホルは言った。 
「お前の死体は燃えるゴミでいいのか?」
 悪魔は怒りに吠えた。トホルはその首を蹴り砕いた。
 それでついたアダ名が『悪魔も泣き出す』、悪魔も泣き出す卑怯者、とか、悪魔も泣き出すクズ野郎とか、そんな意味だろう。
「……そろそろ良いか」
 嫌な思考を振り払って、トホルはマリスを見た。
「もう教えることはない」
「え?」
 マリスは芝生に寝転んだ姿勢で、トホルを見上げた。
 トホルは見下ろす。
「ここからは反復練習と実践で身につけるしか無い。練習用のディアボロもあるんだろ?」
「……ある、けど」
「すぐ上手くなるよ、若いんだし。僕なんてカラテを始めたのは高校出てからだ」
 マリスは柔軟体操を止めて立ち上がった。何か言おうとして、言葉が見つからない。
 それを汲んでトホルは言う。
「あんたは冥魔側の人間で、僕はガハラ(久遠ヶ原学園)にケツ持ち任せてる、そのうち面倒なことになる」
「……」
「裏切れないんだろ? 仕方ない」
 故郷を捨て、別の世界で生きるのは、簡単なことではない。
 例えばシュトラッサーやヴァニタスと呼ばれる人たちは天魔に寝返った存在だが、当然、少数派だ。トホルは、自分でやりたくないことを他者に促す趣味はない。
「……わかった、今まで、ありがとう」
 マリスはそう言って、頭を下げた。トホルが最初に教えたもの、『礼』だった。
 トホルも礼を返す。
 マリスは柔軟を再開した。
「……」
 かける言葉が見つからないのはトホルも同じだ。
 ポケットに手を入れて歩き出すのを、ディーが遮った。
 トホルは気にせず歩き出した。ディーはホバリングしてトホルと視線を合わせ、付いてくる。
 ディーの複眼めいた目に、文字が浮かんだ。
『hoffnung』
「ん?」
 トホルは面食らった。希望、ではない。何か頼みがあるのだろう。
 ディーのもう片方の目が輝く。
『ruhe』
「いや、休みたいなら……」
 すかさず新たな文字が浮かぶ。
『MEISTER.P』
「……あー」
 トホルは自らの勘の良さを呪った。
 忠実なるディアボロは、主人を心配しているのだ。命令をこなすだけの機械めいた存在に見えて、犬猫くらいの知能や感情を持っている。
「たぶんそれruheじゃないだろ」
『?』
「spielen……Urlaubじゃないか? ようはVacanceだろ?」
『!!』
 ディーは嬉しそうに何度も頷いた。
 トホルは露骨に顔をしかめ、ディーに詰め寄る。
「あのなあ、僕は敵なんだぜ……」
 言っているうちに自信がなくなって、「たぶん」と続けた。
『?』
 ディーは首を傾げている。分かっていないらしい。
 そして両の掌を汲んで、祈るような仕草になる。
『Letzte』
「……」
 そう、これが最後になるだろう。
 次にマリスがこちらの世界に現れるとしたら、それは魔界を見限ったときか、もしくは……
 トホルは盛大に溜息をついた。
 こういうセンチメンタリズムは嫌いだし、苦手だ。
「……わかったよ」
 頷くと、ディーは嬉しそうに無限大の軌道で飛び回ってから、トホルの顔に抱きついた。
 それから少し距離をとって、またチカチカと目を光らせた。
「ん?」
 それは日本語。
 片方の目が『好』で、もう片方は『人』……好い人と言いたかったのだろう。
 ただトオルのほうから見ると、前後が逆になっていた。
「やかましいわ」
『??』
 トホルは、柔軟をしているマリスを振り返った。
「なあ」
 マリスが動きを止め、振り返る。
 トホルは視線を泳がせながら、どうにか切り出した。
「向こう戻る前に、その、なんだ、どっか行かないか? 嫌ならいいんだけど……」
「!」
 はっとマリスは目を見開いた。
 そして、
「……行く」
 と普段とは違うトーンで言った。
 こうしてみると可愛げあるなと思いながら、トホルは素早く知恵を巡らせていた。
 さて、どうしたものか。ボーリング? ダーツバー? ああ、それならちょうどいい奴らがいる。
「皆も呼ぼうか」
「うん」
 笑顔になりかけて、マリスは慌てて顔を伏せた。柔軟に集中する。
 トホルは気づかぬふりをして、ポケットから携帯端末を取り出すのだった。


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リプレイ本文

●なんでもない日

 一件のダーツバー。
 打ちっ放しのコンクリートは、簡素だが落ち着いた雰囲気だ。
 オーナーのジェラルド&ブラックパレード(ja9284)は、静かな店内を掃除していた。
 夕方というにはやや早い時間。
 静かに流れるアメリカン・ポップスと、カウンターの奥で義娘の黒田紫音(jb0864)が食器を並べる音だけが聞こえている。
 不意に扉が開いた。
 風が流れ、音が逃げてゆく。
 だが空気が壊れても音は乱れない。
 そういう男が現れた。
「よぉ」
 ヤナギ・エリューナク(ja0006)が、この日の最初の客だった。
「いらっしゃい」「いらっしゃいませー!」
 父娘の笑顔に迎えられ、ヤナギは無造作にスツールを占拠する。傍らにベースケースを置いた。
 ロングカクテルのひとつを注文してから、ジェラルドを振り返る。
「連絡いったか?」
「連絡?」
 電話が鳴った、ジェラルドの個人用携帯機だ。
「もしもし……もちろん、やってるよ〜」
 電話の内容に、ジェラルドは声を弾ませた。
「うん……ワケあり悪魔ちゃんのおもてなしだね、うん、大丈夫……僕も愛してるよ」
 電話が切れた。
「そいつだ」
 ヤナギは背中越しに言って、紫音からグラスを受け取った。
「パパ、誰から?」
「悪魔も泣き出すお友達から」
 紫音に笑顔で応え、ジェラルドは入り口へと歩く。
 シンプルかつ重厚なデザインの黒い扉を内側から押し開け、「本日貸し切り」の札をかける。
 揺れる札に隠される、『Black Hat』の文字。
 扉を閉めて、ジェラルドは紫音を振り返った。
「さあ、今日はパーティだよっ」
「はーい!」
 少女はパパと同じ笑顔になった。
 何でもない日を祝うため、パーティのためのパーティを!
 店に流れる音色が、明るさを増したようだった。
 
「では、護衛を続けます」
「マジメか」
「おじさん、ふわふわうってるわ、ふわふわ」
「自由か」
 イリン・フーダット(jb2959)と柘榴姫(jb7286)に挟まれて、トホルは頭を抱えたくなったが、すでに柘榴姫に抱え込まれていた。
 少女はトホルの肩の上、そこからあれこれ指図するのだ。ちなみにふわふわとはケーキのこと。
 彼らは商店街を歩いている。
 歩きながら、トホルは苦労して後ろに視線をやった。
 そこには見事に姦しい女子会の絵図があった。
「あ、この小柄(こづか)カワイイっ」
 可愛らしく両の握りこぶしを胸元で振る神雷(jb6374)に、トホルは「無理すんなよ」と思ったが、殺気を感じて目を逸らす。そもそもどうして小柄が売っているのか。
「とりあえず適当に買ってきたわァ、好きなのを食べてねェ」
 人数分のアイスを配りながら、黒百合(ja0422)はあまり心休まらない笑みを浮かべた。
「味は保障しないけどさァ」
 少女たちはそれぞれ受け取り、通りに面したアイス屋のテーブルについた。
 呼ばれた柘榴姫は、強制的に馬首をめぐらせ(ボキッと鳴った)飛び降りて、女子会の輪の中へ駆けてゆく。
 そして、今度はマリス=プレザンス・ピュッペントート=ドライセンの膝の上に座る。
「ただいま」
「あ、うん」
 マリスは曖昧な表情で柘榴姫を見下ろした。
「マリスさん」
「えっ?」
 揺れる水面に溶けゆくような声に、マリスは驚いてそちらを向いた。
「どれがお好き、でしょう?」
 特別な会話ではない、けれどその少女、華桜りりか(jb6883)の声と間合いは、不思議と皆の心を和ます。
 そのような和みに、マリスは慣れていない。
「あの、よかったら食べっことかしませんか……です」
 りりかが自分のチョコパフェを差し出す。
「あ、その、ええ」
 互いにぎこちなく、スプーンを扱う。
 一口を交換しあって、りりかは笑顔になった。
「あたしはチョコが好きなの……食べると幸せな気分になるの、です」
「……」
 ぎこちなく頷きを返すマリスに、りりかはもっと笑顔になった。
「好きなものがあるというのは良いことだと思うの」
 マリスは不意に、強い不安に襲われる。
 好きなもの。
 何が好きかと訊ねられたとき、彼女には明白なこたえがない。
 手にしているクレープのアイスクリームだって、いま初めて知ったのだ。
 美味しいと解かった。
 じゃあ、好き?
「溢れますよ?」
 北條茉祐子(jb9584)の声に、マリスは我に返る。
「……あっ」
 だいぶ危険な角度に崩れていたアイスを、柘榴姫の舌が受けていた。
「ちょっと失礼します、袖がつきそうで」
 言って、茉祐子はマリスの袖を捲ってやった。膝上に重荷のあるマリスは自由に動けない。
「あ、ありがとう」
「いえ」
 先ほど、洋服を選んだとき以来、二人はほとんど話していない。本来は彼女のような、静かな人のほうが接しやすいはずなのだが。
 茉祐子がモンブランと紅茶を頼んでいるところも、マリスとしては好印象だった。それなのに。
「マリスさんも一口召し上がりませんか?」
 手元を見ているのをどう思ったか、茉祐子が言った。
「え?」
「おいしいですよ。私、栗、好きなんです」
 茉祐子の穏やかな笑顔を不安に思うのは……自分に問題があると、マリスは気づいていた。
「では、いただく……」
 また少しずつの交換。
 等価交換のため、少女たちが自然にスプーンを使う中、マリスだけがぎこちない。
 ……いや、もう一人。
 ぎこちないというより使っていない者がいた。
「それはなにかしら?」
 胸元の声を見下ろしたマリスは、見上げる柘榴姫と目が合った。
 先ほどから周囲の女子たちに一口ずつ要求していた柘榴姫が、灯台下暗しと言わんばかりにマリスの手元を覗きこんでいる。
「……要る?」
「いる」
 口を開けて待っている柘榴姫に、恐る恐るスプーンを使うマリス。
(まるで、初めて見る赤ん坊に食事をあげる子供のよう)
 神雷は笑みを堪えもせずに、柘榴姫の口元をハンカチで拭ってやった。
 
「はぐれ悪魔と堕天使以外の天魔は人工島に入ってはいけない」
 いわゆる常識なのだが、トホルとマリスは知らなかった。
「是非もなし」
 トホルは皮肉に笑い、マリスは俯いた。
 だが、生徒たちは曲がらぬを曲げた。
 行く場所を厳選し、りりかや黒百合が中心となってマリスに似合いそうな服を買い、人目につかぬよう取り計らった。
 結果、むしろマリスが埋もれているとトホルは感じたが、それは服装のせいではなく周りが濃すぎるだけだ。
「見事なカムフラージュです」
 感心するイリンに、トホルは笑った。
「着せ替え人形って感じだったけどね」
 そのとき手錠をかけられてる悪魔が小さく手を上げた。
「あのー、洋服代、俺もちなんやけど……」
「危険な悪魔が徘徊してたけど、イリン君がいて良かった」
「私にできるのは、護ることだけですから」
「ちょ待てぇ!」
 女子会に乱入した危険な悪魔、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は目をむいた。
「サイズ聞いたってええやないか! 俺が買うんやし!」
「オヤジか!」


●夢のような

 マリスはその日のことを、後に「夢の様な一日」と形容する。
 素晴らしいという意味もあるが、あまりに荒唐無稽で目まぐるしい、理解の追いつかない日という意味もある。
「いらっしゃいませ!」
「ようこそ、BlackHatへ」
 紫音、ジェラルドに迎えられ、マリスはおずおずとダーツバーに踏み入る。
 各々グラスが行き渡り、ほぼ強制的に後押しするような皆の拍手の中、マリスは真っ赤になって立ち上がると、
「あ、nun……Gesundheit(乾杯)」
「乾杯!」
 銘々唱和し、パーティが始まった。
 誰も彼も、グラス片手に動きまわる。
 主役は当然マリスだ、彼女の周りには人が絶えない。
 柘榴姫が独占している感じだが、マリスは戸惑いながらも嫌がってはいなかったし、周りも気にしなかった。
「プリンちゃん、おねえちゃんがえらんだ、ふわふわ。おいしいのよ」
「お、おねえちゃん?」
 少女にしては長身なマリスの膝にすっぽり収まっている柘榴姫だが、実は年上なのか。戸惑うマリスに、柘榴姫は甲斐甲斐しく、ケーキを口元に運んでやった。
「はァいこれェ、さっきの写真ン」
 黒百合が手渡したのは、女子で撮った集合写真。ゲームセンターにあったインスタント撮影のものだ。「ありがとう」
「どういたしましてェ、あとねェ」
 差し出されたのは『よろいわんこ』のぬいぐるみ。
「好みが分からなかったからァ、とりあえずこんなのォ。人形、好きなのよねェ?」
「……ええ」
 マリスは一度、抱きしめるように受け取って、礼を言った。
「かわいいの」
 りりかが手を伸ばし、ぬいぐるみを撫でた。
 顔を見合わせて、少女たちはぎこちなく微笑んだ。

 初めてこんな大勢で集まって、お菓子を食べて、ダーツというものをして……
「疲れてない?」
 ジェラルドがお茶をベースにしたカクテルを作ってくれた。
「名前は『マリス』っていうんだ」
「……素敵」
 ハーブティーとはまた違う味わいに、マリスは新鮮な感動を覚えた。自分の名をつけてくれたのが嬉しくもあり、どのような気持ちで作ったのか、少し気になった。
 そこに現れた、鮮やかな影。
「この席、いいですか?」
「……どうぞ」
 茉祐子だった。
 すぐそこに皆がいる。二人きりというわけではないが、何となく周囲が意識に入らなくなる瞬間。
 騒々しくも静かな空気が流れ……弱まり、淀みかけたとき。
 茉祐子が口を開いた。
「トホルさんが、言ってました……そっくり、って」
 理解できなかった時間は、一瞬。
 マリスもそれを強く感じていたから。
 体格、年齢、声、それらデータが無意味になるほどの、雰囲気、全て。
「……北條、茉祐子」
 お茶を置いて、マリスは茉祐子を見る。
「きみは、とても怒ってた、あの時」
「……」
 茉祐子は目を伏せた。
 夜の公園で己の偶像と戦った、あのとき。
 茉祐子は怒っていた。
 神雷やトホルも怒っていたが、彼らの怒りとは違う。
 茉祐子だけが、造り手、マリスに対して、怒っていた。
「北條茉祐子、わたしは」
「あの、茉祐子って」
 ほとんど同時に口を開いたが、茉祐子は言葉を止めなかった。
「名前で呼んでくれませんか? マリス、さん」
「……」
 マリスは頷き、それから、微笑んだ。
「わたしのこともマリスって呼んで、マユコ」
 ただの少女のように。

 不思議な夢は続いた。
 両親以外の前で、歌うことになった。
「好きな歌を好きに歌え」
 適当なコードを爪弾きながら、ヤナギが言った。
「むしろ難しい」
「適当でいいんだよ、詩でも何でもいい、思ったことを音にのせるだけだ」
「詩なんて」
 マリスが呟くと、
「!」
 優秀なディーは、目に浮かぶ文字を壁に反射させ、主が保存した黒歴史(ポエム)を映しだした。
「きゃーっ!?」
 飛び出して遮ろうとするが、マリスの身体に投影されるだけだ。
 結局、「それでいこう」ということになり、マリスは二回も音読させられ、そのうちに歌が出来上がってしまった。
「炎となれ、凍える夜の吹雪の中……雨となれ、無限に続く乾いた大地で……」
 いいじゃねえか、ヤナギは笑った。

 白銀の天使と、紫音の作ってくれた大きなパフェを二人で食べたのも、夢心地だった。
 銀のスプーンが触れそうになるたび、マリスは体ごと避けた。
 おかげで彼の話す「諸君、私はパフェが好きだ」で始まる『パフェ道』は頭に入らなかったけれど、そこはしっかりディーが記録しているようだった。
「よろしい、ならば二杯目だ」
「……え?」
 

●澄んだ目をして 

 夜の公園のあちこちで、小さな輝きが爆ぜている。
 夏に余った花火を持ち寄ったら、けっこうな数になった。
 色とりどりに咲く炎の花と、小さな歓声。酸っぱい煙は花火のもので、苦い煙はヤナギのタバコ。
 そんな中、マリスは、甘い煙に誘われるようにそこへ行く。
 少し離れた木陰でティンシガーを吸っていたのはトホルだった。マリスを見るとニヤニヤ笑う。
「告白した?」
「……何の話」
「おーい、イリンく」
「っ!?」
 口を塞がれ、トホルの下顎骨が軋んだ。
 どうにか解放されたトホルは、情けない顔でマリスを見て、笑った。
 マリスも笑った。
 不意にトホルは、重たい声を出した。
「聞いたかい、いろいろ」
 重たくはあったが、暗くはない。
 静かな問いかけであり、確認だった。
「……聞いたわ」
「それで、どう?」
「……」
 マリスはトホルと並んで、木に寄りかかった。
 闇の中、光で遊ぶ彼らが見えた。
「いろいろありすぎて、でも」

『他に選択肢なかったからなぁ』
『私は捨てられる側だった、それだけです』
 あんなに強いと思っていた黒い死神が、白銀の天使が、生き方すら自由にならず力を捨て。

『鬼は人の心の美しさに気付いたのでした。めでたしめでたし』
 気ままに見えた黒髪の少女は、乾いた笑みで昔話を終わらせて。

『私は、手放しで愛せるような生まれでは、ありませんから』
 鏡の国の少女は、未だ迷いの中にいる。

 だが、それでも。
「彼らは、絶望しない」
「なぜだと思う?」
「……自分で、選んだから」
 それを聞くや、トホルはシガーの先端を拳で潰してケースにしまい、マリスの目の前に立った。
 そしてまっすぐに目を見て、「死人形(ピュッペントート)」と呼びかけた。
「それを知ったうえで、決めてくれないか」
 ようやく、ここが、0。
 ここからが始まり。
「……」
 マリスは目を閉じ、背中を預けた木から離れる。
 目を開き、そして……
 拳を握った両腕を水月の前で交差させ、静かに開いて、両腰の脇に置いた。
 礼。
「あなたが教えてくれたわ、押忍(おす)の精神」
 可憐な容姿にまるで似合わない単語。
 なんて馬鹿なこと教えたんだろ、トホルは、ぼんやりと思う。
「死の恐怖を、殺しの責を、押して忍ぶ」
 いつでも死ねる、だから殺せる。僕が使う技は、どれも僕に使って良い技だ。トホルは言った。確かに言った。
 ……なぜそんなことを言ったんだ。
「だからわたしも言わないと」
 マリスは、澄んだ目をしている。

 別れの時が来た。
 マリスは、笑顔だった。
 神雷は着物を差し出した。持って来ていたのだが、これに着替えては余計に目立つと思い、お土産にしたのだ。
「後悔はしてませんよ。だから貴女もね」
 背伸びしてマリスの頭を撫でた。アリスは頷いた。
「ちょい御免」
 そこに、ゼロの大きな手が続いた。
「ま、困ったらいつでも呼べ。同じ貴族のよしみで話は聞いたるわ」
「うちは成り上がりですけどね」
 照れたように言いながら、マリスはおとなしく撫でられていた。
 そして、両手にあふれんばかりのお土産を抱えて……
 そこにバナナオレが追加された。
「またね、プリンちゃん」
「……またね、おねえちゃん」
 マリスは身を屈め、柘榴姫の頬にくちづけした。
 顔を上げ、皆を見て……イリンさんを、マユコを見て。
「ありがとう、みんな」
 少女は去っていった。
 後をディーがついて行く。ふわりと翻って、何度も頭を下げながら。
 見送りが一段落した頃になって、トホルが姿を表した。
「皆、ちょっと聞いてくれるか。大したことじゃないんだ」

 ……ある夫婦が戦死して。
 母親は、体を半分近く失っても、娘の類稀なる技術で生き存えてしまって。
 半欠けの脳で、娘を子供のままと思い込み、それ以外の存在が近づくだけで狂乱して攻撃する。
 だから娘は自分の子供時代を再現するために、完璧な人形を作るため研究を……

 でも大したことじゃないんだよ。
 あいつ、一番大事なことは、ちゃんと自分で、皆に伝えたから。
 それなのに。
 どうして。
 今夜は楽しかったのに。
 これから、もっと、楽しいことあるはずなのに。
 ああ、最初にそれを教えていれば……

 僕らはきみと、戦わなくてすんだのだろうか。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 Cherry Blossom・華桜りりか(jb6883)
 縛られない風へ・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)
重体: −
面白かった!:8人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
守護天使・
イリン・フーダット(jb2959)

卒業 男 ディバインナイト
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
ふわふわおねぇちゃん・
柘榴姫(jb7286)

大学部2年278組 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB