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マスター:丸山 徹
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/08/04


みんなの思い出



オープニング

●人形遣いのプレザンス
 羨ましい?
 よく分からない。
 だが、彼女は思った。
「欲しい」
 両親はディアボロや兵器創造の名人だった。
 だから生まれたときから人形……ディアボロに囲まれて育った。意思あるものと会話する機会は少なかった。
 でも生き残ることには困らなかった。
 幼い頃、父が戦死し、重症を負った母は廃人となった。
 もっと話せていたら。
 でもその頃には魔の力、人の言うアウル能力を不自由なく使いこなせていたから困らなかった。
 ひとりになった。
 でも最初からひとりみたいなものだったから、困らなかった。
 そう、困らなかった。
 何も望まなかったから。
 でも今ある人形だけだと、飽きてしまった。両親が遺した材料で人形を作っていても限界がある。
 十三歳になり、独り立ちのけじめとして人間界に行った。
 それから一年後。
 不思議なものたちに、出会った。
「……欲しい」

●アーティストのトホル
 波返し、諸手受け、掛け外し……
 弓突きと同時に気合の声が、深夜の森林公園に響いた。
 外灯は遠く、辺りは暗い。近くを川が流れていて、木樹が生い茂っているから声も響かない。
 トホルがやっているのはナイハンチとかナイファンチと呼ばれる空手の型だ。ほとんど移動せず、常に騎馬立ちで行う型で、全空連指定型『鉄騎』の元となった型でもある。
 型、トゥル、ジョーゴ等をしている時だけは、思考が揺らがない。心が、じっとしていられる。
 トホルはいわゆる撃退士の訓練を受けたことがない。アウル能力に目覚めてからも、やっているのはこれまで同様の空手やテコンドーといった格闘技の稽古ばかりだ。
 それは彼にとって、無言の抵抗だった。
「アーティストになれなかったが、撃退士になったつもりもない」
 だから武器も持たない。使い方も知らない。学生の頃に授業で居合をやったことはあるが、週に一回を半年間だけの生兵法。
 戦いでは気を込めた攻撃、いわゆる『スキル』に頼る。だから気力が尽きたらもう戦えない。逃げるしか無い。逃げきれなかったら死ぬだけだ。
「……」
 ふと、両手を下げて視線を上げる。
 汗だくだが息は上がっていない。疲れたわけではない。 
 鳥くらいの大きさの生き物が、トホルの目の高さに浮いていた。
「久しぶりだな、ディー」
 複眼めいた瞳と透き通った羽の、天魔の創造物。トホルはディーと呼んでいる。ディアボロのDであり、クラブDのDだ。
「久しぶりだ」
 ディーの口から聞こえた音声は、聞き覚えのあるものだった。
 トホルは笑顔になった。
「隠れてないで出てこいよ、P」
「姿を見せたら戦闘になると思い、通信機を送った」
「大丈夫だよ、殴らないから出てこいって」
「声に殺気がある」
「あたりめーだ」
 トホルの笑顔が固まり、声にも刺が滲む。「安全な場所から戦いを見下ろし、周りを危険に巻き込むようなやつが、文句ぬかすな」
 憎悪にも似た怒りだ。トホルの心に熱はなく、刃のような鋭さがある。正義のためではなく、気に入らぬ相手に暴力を振るう身勝手な怒り。
「謝罪する、申し訳ない」
「代理ではなく貴様が来い!」
「謝罪の手紙を送ったのと同じだ、電子メールでも良いが、同じことだ」
「……」
 トホルは強く息を吐いた。そう、悪魔にとってディアボロは自分の道具だ。ディーは生きた通信機ということか。
 常識の通じぬ相手と会話するだけ無駄だ。
 トホルは立ち去ろうとした。
「待て」
「まだ何かあるのか」
「彼らに会いたい。君を含め、君たちにということだが」
 だから、か。
 久遠ヶ原学園の生徒より、外部のトホルのほうが接触しやすいのだろう。
 トホルは振り返り、ディーを、それを透かしてPを見た。
 コンマ1秒で却下だ……が、これを利用すればこいつを引きずり出すことができるのではないか?
 トホルは言った。
「力づくでやれば? 悪魔のやり方だろ」
 ディーの瞳がチカチカと光った。
「そう思って、こんなものを用意した」
 何者かが木陰から姿を表した。
 気配には気付いていた。だからこそ出てこいといったわけだが……その顔を見て、トホルは息を呑んだ。
 彼と同じ顔だった。
 
●ドッペルゲンガー
 深夜の森にそぐわぬ派手なジャケットにとんがりブーツ姿の、トホルと瓜二つの男。それは先日のクラブDでトホルが着用していたものと同じだった。
 道着のズボンにTシャツ姿のトホルは、どうにか笑みを作った。
「ブッサイクだな」
「外見は、表情も作れない欠陥品だ。だが」
 ディーの瞳が輝くと同時に、『Thor』の左足が動いた。
「!」
 スイッチ(踏み変え)で距離を盗み、左ハイ(上段回し蹴り)。
 左斜めに躱す。
 懐に入って中段鈎付き、首に手が伸びてくる、払う、いや狙いは目、肘で指を潰す、フェイク……
 弾けるように距離を取った。
 日々やっている鏡前でのシャドーが役に立った。今の連続技は自分がよく使うものだ。
 フンとThorが笑った。
「……」
 トホルの顔から一切の表情が消え、色が抜けた。
 怒ると顔が白くなる人間が居る。血液が全身の筋肉を巡り、顔の表面に行かなくなるのだ。最も効率よく身体を動かし、怒りの対象を排除するために。
 内膝を狙った前蹴り、下がって躱す、バラ手の目打ち、内受けで逸らす、パンデ・ヨプチャチルギ、ソンカル・パロ・マッキ、アウ・ヘベルサウォン、ネガティーバ、頭突き、ダッキング、足踏みから金的(股間)膝蹴り、膝受け、三枚(肋骨の急所)への貫手、下段払い……
 手当たり次第に、距離と角度とタイミングが合う技を次から次へと繰り出してゆく……繰り出してくる。
 どちらがどちらの攻撃なのか、受けているのか攻めているのか、わからなくなる。
 だが、やることが決まっているから、迷わない。
 殺す。
 しばし打ち合い、敵は距離をとった。
「君たちを観察し造り上げた、自信作だ」
 Pの声。
 トホルは肩で息をしながら、敵だけを睨む。
 嫌な予感。
「皆の、分まで……」
「もちろん」
 勝ち誇った声。
 アホだコイツ……トホルは心中で吐き捨てた。
 Pは言葉を続ける。
「彼らと戦い、この人形たちが勝てば、こちらこそが本物ということになる」
 ならねーよと、声には出さない。おかげで呼吸は整った。
 だが、「畜生」とトホルは小さく呟く。
 全員分ということは、さらに八体もいる。気力が尽きたら戦えなくなるトホルにとって人海戦術は嫌になるほど効果的だ。どんな弱いディアボロにも、素手の打撃は通用しない。
 皆、すまん……トホルは歯を食いしばり、言った。
「わかった、会わせてやる。だが条件がある」
「何だ?」
「お前も命をかけろ。この悪趣味な人形を全てぶち壊したら、貴様が出てこい」
「わかった」
 話はそれで終わりだった。
 Thorが闇の中へ立ち去ると、トホルは何の気なしにディーを、Pを呼び止める。
「とてもステキな人形だ」
「そうかね」
 満更でもなさそうなPの声。
 トホルは歯を食いしばるような笑顔で続ける。
「オリジナルを鼻で笑いやがったぜ、あのハリボテ」
「……」
 ディーは、しばらく動かなかった。
 そして、Pの声が応える。
「あの人形に表情を動かす機能はない」
「……」
「見えたとすればそれは、君自身の心が……」
 説明を遮る破壊音。
 大人が一抱えにできないほどの太い樹木が、重い音をたてて倒れた。
 トホルは腕を振りぬいた姿勢のまま、叩き折った樹木を見向きもせず、言った。
「ぶっ壊してやる」


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リプレイ本文

●おにんぎょあそび

 木々を揺らす風の音、川を流れる水の音。
 それだけだ。月明かりに音があればそれすら聞こえてきそうなほど、夜の公園は静かだった。
 公園といってもそれがどの範囲を指すのか、撃退士たちには分からないし、あまり重要なことではない。
 重要なのは、それが今宵の戦場であるという事実。
 散開する直前に、若松 拓哉(jb9757)がマーキングを使用した。これで仲間内での位置確認は完璧だ。
 休日の昼間となればボール遊びや鬼ごっこの聖地となるこの公園だが、これから始まるのはもっと危険な遊び。
 そして、彼らは公園に散った。
「Contact(接敵)!」
 誰かが接敵し、通信が切れる。
 先駆けが誰かは明白。
 声で分かる、喋り方で分かる、そして何より『彼』の気質が、性質が示す。
 先陣を切るのはヤツしかいない。
「どうせならフルの自分とやりたかったんやけどなぁ、しゃあない、始めよか!」
 そいつの名は、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)。

 華桜りりか(jb6883)が呟く。
「ゼロさんが2人なの……」
 彼女の目の前、三歩先に、頼れる黒い背中がある。
 ゼロだ。
 そして彼に向けて襲いかかる禍々しい黒影もまた、『ZERO(ゼロ)』だった。
「タイマンせなあかん理由もないしな」
 己の姿をした敵を前に、ゼロに一切の戸惑いはない。
「行くで、りんりん」
 ゼロは口調に似合わずクレバーだ。会話すれば分かる。彼は誰よりも己自身をよく知り、その上で他者を知ろうとする。
 りりかと組んでいるのも偶然ではないのだろう。ゼロは先手に自信がある、だからこその人選。
「はい、です」
 りりかが続く。続くことができる。クレバーなゼロよりも、可憐なりりかの瞬発力こそ驚くべきかもしれない。
 ゼロの大鎌がZEROの大鎌を受け止め、絡み、斜め後ろへ放り投げるように振り払う。
 いなしきれずにZEROは放られた。全身に菊花のごとく電流が走り、身の自由を奪われて樹木に叩きつけられる。
 戦力差は圧倒的だった。
 このディアボロが前回のゼロを模しているというなら、怪我をおしてミッションに参加した彼を模しているということだ。
 今のゼロは全快の、全開。
 磔になったZEROが身を起こすよりも早く、ゼロの黒い翼がはためき……
 そこに色鮮やかな妨害が入った。
 華のようなアウルの輝きがゼロの背中を襲う、それをりりかのアウルが同じく華の輝きで相殺する。
 ゼロにダメージは無かったが、止めの一撃を繰り出す機会は失われた。ZEROはやや動きを鈍らせながらも復帰。
「……」
 妨害してきた敵を前に、りりかは、小首を傾げた。
 分かっていたことだ。あの捻くれた撃退士から、同じ容姿のディアボロが相手だと教わっていた。
 けれどもそれは、『Riri(りりか)』は、違っていた。
 顔も、髪も……身長、体重、体型、何から何まで同じなのに。
「……あれは、あたし、です?」
 全くの無表情の中心にある、ガラスのような瞳。
 すべてを素通しするRiriの瞳は、不安に揺れるりりかの瞳を、冷たく捉えていた。
 
 森の途切れる所で、神雷(jb6374)は柘榴姫(jb7286)に戦術指南をした。
「ししょー、わかったわ」
 無表情にサムズアップで応える姿に微笑んで、神雷は仮面を着けて自らの戦場へ向かった。
 数歩も行かぬうちに襲撃を受けた。
 柳の葉のような無数の刃が神雷を襲う。だが、距離のある強引な攻撃だ。両手に閃かせた刃で打ち払い、あるいは身を躱し、数本が袖に突き立ったが、神雷は構わず歩を進めた。
 そのゆったりとした動きが、速い。
 敵は、追いつけなかった。
「人形遊びですかぁ……」
 緑の広場を往きながら、神雷はひとり呟く。
 仮面の下、笑みの混じった声。
 離れ小島のように立つ低い桜の木の下へ進む。とうに花の季節ではない、葉が揺れているだけだ。
 神雷はその揺れる葉を眺めた。
 ややあって、敵が、ドッペル『Jnri(神雷)』が現れた。先ほどの投剣はこいつの仕業だ。強引に下生えを払ってきたのだろうか、スカートに草の葉がついていた。
 幼子の粗相を咎めるように、神雷が笑う。
「雰囲気は大事ですよ。ワシの真似をするなら、その辺りも理解しなさい」
 もっとも、Jnriの服装はクラブで着用していたときのものだから、今の神雷を真似ようもなさそうだが。
 少し派手過ぎましたかねぇ……客観的に自分の姿を見て、神雷は少し照れた。
 だが、そろそろ良いだろう。あまり眺めていて気持ちの良いものではない。
 あの金色の瞳は。
「大変良い御趣味です」
 いつの間にか、二人の手にはそれぞれ二つずつの刃があった。

 立ち去る師匠の背中に刃が飛んでゆくのを見ても、柘榴姫は気にせず森の中に入った。
 彼女たちは撃退士、やるべきことをやるだけだ。
「おにんぎょあそびはすきよ」
 それがやるべきことかと、突っ込む相手は居ない。
 必要もない、事実その通りだから。
 つかまってはいけないのは同じこと。
 とらわれてはいけないのは同じこと。
 行く手に『少女』が現れる。
 大きな剣を担いだその姿、話には聞いている、そして知っている。学園でも屈指の実力者……の、ドッペル。
 似ていないと思う。その少女を知る誰もが思うだろう、彼女ほど表情豊かで明るい少女はそういない、比べてこの敵は、もはや木石だ。
 いわゆる、お人形。
「おにんぎょさん、あそびましょ」
 招く柘榴姫へ、風を巻く勢いでドッペルが迫る。真っ直ぐで、疾く、重く、強い。
 柘榴姫はさっさと逃げにかかった。戦闘力なら何をとっても負けている、単なる追いかけっこでも敵わない。最初の距離を保つこともできないだろう。
 だから策がある。
 木々に張り巡らされた蜘蛛の糸……柘榴姫が張っておいたワイヤーの前に、ドッペルは一瞬足を止めた。
 その間も柘榴姫は逃げる。
 ドッペルは足を止め、柘榴姫を見た。逃げるだけなら放っておくかと思案するように。
「おにさんこちら、てのなるほうへ」
 そこに、柘榴姫が魔術を放つ。大地の詩が石の刃となってドッペルへ迫る。
 遠すぎるし、狙いも甘い。ドッペルが大剣を一振りするだけで術は消し飛び、ダメージにはならない。
 それでも意識を向けさせるには充分だった。大剣を振りかざし、ドッペルは柘榴姫を追う。
 決死の鬼ごっこが始まった。


●濁った月

 作戦開始の少し前、北條 茉祐子(jb9584)は、角河トホルに言った。
「あの……悪かったとか思わないで下さい」
 トホルは頷いた。
「よろしく頼む、奴に、ホンモノを見せてやれ」
「はい」
 そして茉祐子は一人、森の中を歩いている。
 もう少し行けば他のメンバーの戦闘域に入る辺り、ここが丁度いい。
「……えっと、P?」
 どちらに向けても一緒ならと、茉祐子はまっすぐに声をかけた。
「本物の『北條茉祐子』が欲しいなら、人形を森に出向かせなさい。5分以内に来なければ、臆したとみなします」
 静かに待つこと一分弱。
 敵が、『Mayu(茉祐子)』が現れた。
 まだ暗がりで顔も見えぬ距離だが、茉祐子は仕掛けた。
 同時にMayuも仕掛けてきた。
 風切り音も鮮やかなアウルの刃が茉祐子の身体を削り、ぱっと血が飛沫をあげる。
 同時に、周囲の植物が鞭のように延びて、Mayuの手足に絡みつく。
 茉祐子は己を知っていた。
 自分がこのスキルを凌げるのは三回に一回程度、ならばこのドッペルも。
「……」
 敵が自由を取り戻すより早く、茉祐子は苦無を手に踏み込んだ。
 束縛したが、敵は刃を躱そうと動くため、一撃で急所を抉ることができなかった。
 だから、見てしまった。
 その顔を。
 本当は見ないで壊したかった……笑顔。
 この場に誰がいても、良い笑顔と形容するであろう極上の笑顔。
 物静かで引っ込み思案な茉祐子に、こんな笑顔ができるのかというような素敵な笑顔。
「ふふっ、やっぱり私、凄く怒っていますね」
「どうして笑っちゃうんでしょう?」
「さあ? でも……」
 けれどもそれは、茉祐子の見た夢。
 ドッペルに表情を作る機能はないし、会話などできるはずがない。
 だから茉祐子は終わらせた。
 どっちが喋っているのか分からない会話、まるで人形としているような不毛な会話を、自分の言葉ではっきりと断ち切る。
「容姿や所作を似せただけで本物を称するなんて……不愉快です」
 ここに集った撃退士すべての思いを言葉にして、茉祐子は苦無を振るい、突き、切り裂いた。
 
 ……不愉快?
 少女は、ディアボロを介して聞いた茉祐子の言葉に興味をひかれた。
 どうしてだろう?
 かなり似せていた、自信はあるのに。まだ、足りない?
 ああ、違う、考えるのはこんなことじゃない。
 このままじゃ彼らは手に入らない、それをどうするか考えよう。
 考えよう。
 ひとりで。

 イリン・フーダット(jb2959)は人影を見留め、足を止めた。
 銀髪の二人組。冥魔認識するまでもない、あれはディアボロだ。
 今回、赤い瞳の『彼』はここに来ていないはずだし、その隣にいる青い瞳の青年は……
「若松さん、私は回避能力が低く、移動も遅い。しかし防御は固いので気をつけて下さい」
 イリンは傍らの若松拓哉に、妙なアドヴァイスをした。
「了解……」
 拓哉は静かに銃剣を取り出すと、銃とナイフを分離させて左右の手に構えた。
 刃を掲げ、嘆息する。
「今夜、月……濁ってる」
 ドッペルの二体、『赤瞳』と青い瞳の『Irin(イリン)』はほぼ同時に動いた。移動速度の差で、赤瞳が先にイリンへと到達する。手にしているのは無骨な直刀。
 モデルとなった彼が、阿修羅というカテゴリーの技術を修めていたことを、イリンは思い出す。だとすればこの戦いは互いに噛み合っている……噛み合いすぎている、戦法も、カオスレートも、相性の全てが。
 長くはかかるまい。
「援護……開始……」
 拓哉の銃弾が赤瞳をかすめ、動きを鈍らせるが、鋭い一撃は止まらない。
 イリンに躱せるものではない、どうにか盾で受け止め、衝撃に耐えた。
「なるほど、本物に匹敵する威力」
 表情も変えず、イリンは槍を繰り出すが、難なく躱される。
 格上なのは委細承知だ。
 拓哉の弾幕を利用してイリンは距離を取る。
 速度で圧倒的に勝る赤瞳だが、追うのではなく遠距離での攻撃にシフトした。拳銃めいた装備に切り替える。
 イリンも、盾と火炎放射器という変則的な装備に切り替え、反撃する。
 敵、Irinからも銃弾が飛んでくるが、イリンは軽々と防いだ。
「模倣としては、神業、魔技の域ですね」
 だからこそ防げる。技量がほぼ同じとなれば、アウル能力を自在に使えるイリンのほうが有利だった。
 そして、たとえ格上であっても、連携があれば当たる。対してドッペルたちはただ並んで攻撃しているだけだ。
 漫然とした攻撃は全てイリンが受け止めた。無傷ではない、だが彼の自己再生を上回るほどでもない。
「ただ、模倣が本物を超えるには、創意工夫と閃きが必要です」
 模倣だけでは、進歩はない。
 そこからどう進む?
 盾をかざし、イリンは半歩、踏み出した。火炎放射器をヒヒイロカネに戻す。
 意図を汲んだ拓哉が銃身に意識を込める。
 赤瞳は拓也を見た。武器を収めたイリンではなく、先程までとは違う攻撃を仕掛ける予兆に反応した。
 Irinは変わらず漫然と射撃、盾で防がれる。
 そして、イリンは、閃くような一歩を踏み出した。
 闇を切り裂くような輝き。
 『神輝掌』と呼ばれるスキルだ。わりと有名な技で、使い手たちは思い思いの名をつけるが、こだわらないイリンはそのままそう呼んでいた。
 拓也を見ていた赤瞳は、銃弾を躱したものの、より危険な直撃をもらう。
 均衡は一気に崩れた。
「月明かり……汚い血……もったい、無い……」
 拓也が呟く。
 赤瞳が最後の力を振り絞るように、イリンに拳銃を叩きつける。それよりも早く、拓也のストライクショットが赤瞳に突き刺さった。
「影で、壊れろ」
 その一撃が止めとなって、赤瞳が文字通り崩れ去る。転倒する間もなかった。
 残るはIrinのみ。
 イリンの瞳に迷いはない。
 守りを身上とする彼にとって、自分の攻撃は見慣れたものだ。
「鏡の前に己を頼みとし、己に負う心は持てど、己を省みる方は稀です」
 イリンに足止めされるIrinを、拓也が少しずつ削ってゆく。
「でも……痛いね、傷口を、見るのは……」
「それでも見るしかありません」
 拓哉とイリン、表情に乏しい二人だが、それは見た目だけのこと。
 言動には、不確かながらも純粋な思いが溢れている。
「回数を重ねれば、迷いは減るでしょう」
 あの時クラブで、トホルは遠慮なくイリンに言ったものだ。
『イリン君ほど真面目だと、逆にずるいっつーか。普通にしててもすげー面白いんだよなぁ』
 
 天使とは、残酷で傲慢な殺戮者だと聞かされていた。
 事実その通りだ。冥魔の少女にとってそれ以上の認識など必要なかった。
 だがこの夜、少女がディアボロを介して見た銀髪の天使は、勇敢で誇り高い騎士のようだった。
 彼は言っていた。
 外面だけを見るのではなく、内面を識る(しる)だけではなく、そこから……省みる。
「……」
 月を見上げる。
「わたし、間違ってるの?」
 声に出てしまった。
 はっとして、少女は辺りを見回す。
 遊具施設。
 大きなディアボロ。
 大事なディアボロ。
 それから、心配そうに目をチカチカさせている通信型の一つ。
「ディー」
 思わず名を呼んでしまい、首を振る。
 このディアボロにそんな名前はなかった、識別コードはあったが、少女はそれすら呼んだことはない。
 あいつが、あの人間が勝手に名前をつけて、それで……
「!」
 今、決着がもう一つ。
 少女はもう一度月を見上げ……嘆息した。
 

●花の香

「どうして幸せそうにしているの? 何もかも忘れたままで」
 りりかはずっと、その小さな軋みを聞いていた。
 鏡を見るたびに思うのだ。
 うつっているのはだぁれ?
 わたしはだぁれ?
 ねえ、こたえて……あなたはだぁれ?
「っ……」
 そんな声を聴きながら、りりかは、戦っている。
 ゼロはZEROを切り刻んでいた。一切の手を抜かず、完膚なきまでに破壊した。
 追い詰められた自分がいかに危険か、誰よりも分かっていると、彼は言っていた。自分自身のことだからと。
「あたしは……」
 あたしのことが、わかってない。
 あたしは……
『本っ当に癒やされるなあ』
 思考に紛れる、ちょっとだけむかしの記憶。
 生まれて初めて行ったクラブで、遠慮ない大声で話すお兄さん。自分ではおじさんと言っていたけれど。
 だいぶ酔っ払っていた。
『ずっとそのままでいて欲しいね、華桜さんは……あ、僕もりんりんて呼んでいい?』
「……」
 数日後、「まことに申し訳ありませんでした」という書き出しの長い謝罪文が送られてきたけれど、個性溢れる学園生に囲まれたりりかには、酔っぱらいごとき迷惑のうちにも入らなかったから、どうして謝るのか不思議だった。
「りんりん!」
 ゼロの声。
 Ririが攻撃モーションに入っていた。
 辛くも距離を取り、躱しきれない分はゼロが受けた。
「大丈夫か?」
「んぅ……ごめんなさい、です……」
「やりづらいやろ、下がっとけ」
「……」
 彼に任せてしまえば、一刀のもとに勝負がつくだろう。
 だから、ダメだ。
 そんな簡単に終わらせてはいけない。
「だいじょぶ、です」
 りりかは言った。
「……わかった」
 ゼロはりりかの前に立つ、が、それは盾になるためであり、刃になるつもりはない。
 戦うのは彼女だ。
 Ririの掌でアウルの光が踊る。
 同時に、りりかが胸の前に交差した掌からも、花弁に似たアウルの輝きが溢れだした。
 ……わかっているの。
 わすれると言う行為が自分を護る為かもしれないという事を……にげているかもしれないという事を……
 でも、もっと強くなったら全てを受け止めるから。
「いつか、きっと」
 りりかはまだそんなに強くないから、決着には時間がかかった。
 けれども、最後には自分の力で勝利を得た。
「……」
 ゼロは何も言わなかった。いつも饒舌なこの男は、必要ない時には口を閉ざす……こうやって、笑みの形に。
 大きな手で頭を撫でられて、りりかは蕾が綻ぶように、笑った。

 葉桜の下、舞の如く優雅に、踊りの如く賑やかに、黒鉄同士が火花を散らす。
 敵の刃は神雷にほとんど届かない。
 予測できるのだ。
 完全に守勢に回れば手は出せない。だから神雷は守りつつも、アウルを利用して、更に一手、自らの動きの先を読んだ。
 少女の胸元を掠めた刃が、勢い余って桜の枝を払った。
 それと同時に放たれた一撃が、相手の手首を刎ね飛ばす。
 桜の下の戦いが、決着した。
 舞手の刃はそれぞれ二刀。一刀は両の目を切り裂き、続く一刀が首を刎ねた。
 手と、目と、首を失い、音もなく崩れ落ちたのは……ドッペルだった。
「……」
 神雷は、切り飛ばされた桜の枝を拾いあげ、仮面を外した。
 ふっと吐息を吹きかければ、枝から葉が落ちてゆき、色鮮やかな花が咲く。
 戯れだ。自らの傷を癒やした際の、アウルの余波が他の生命にまで及んだだけ。
 けれども。
「雰囲気は、大事ですよ」
 もう一度だけそう言って、神雷は仮面を着け直し、森へと足を向けた。
 花の香が夜風に揺れた。

 ひらり、ふわり。
 綿毛のように、蝶のように、霞のように舞いながら、柘榴姫はドッペルの突撃から逃れ続ける。
「あのひとは、おにごっこも、ちゃんばらごっこも、だんまくごっこだってうまいのよ」
 おにんぎょはダメね、などと言いながら、実のところ柘榴姫は追い詰められていた。距離がジリジリと狭まっている。
 あと一息で刃に追いつかれる、その時。
「お疲れ様です」
 神雷が到着し、これで二対一。
 とはいえ、神雷とて『彼女』を模した戦闘力に対抗できるほどではない。
 ……が。
 辺りの茂みから、無数の蔦が鞭のように伸びて、ドッペルに襲いかかる。
 ドッペルは大剣を一振りし、その蔦を切り払った。
「さすが、ですね」
 樹上から接近していた茉祐子が小さく呟く。自身を模したドッペルには効いた技だが、やはり『彼女』は強い。
 けれども、これで三対一だ。
「では、ししょーのおしえII」
 三方に敵を迎え大剣を構え直すドッペルへ、柘榴姫は初めて自ら突進した。盾を構えているとはいえ無茶をする。小さな身体は盾に隠れてしまいそうだ。
 がきんと凄まじい音がして、大剣が盾を弾き飛ばす。
 だが、その裏に柘榴姫はいなかった。
「うしろのしょうめん、だぁれ」
 跳躍し、ドッペルの背後へ回った柘榴姫は、禍々しい呪術を解き放つ。
 同時に神雷が切り込む、と見せかけて、彼女の役割は防衛だ。両手の刃はそのままに、先ほどの行動予測を攻撃ではなく防御に切り替える。
 それでも、長くは保たないだろう。
 だからこそ茉祐子が居る。
「っ!」
 雲間を照らす雷のように、樹上に淡紅藤色の輝きが閃いた……瞬間、輝きは落雷となって地表へ襲いかかる。樹を蹴って落下の速度を上乗せし、茉祐子はドッペルへ斬りかかった。
 少女たちの、それぞれの能力を振り絞った連携。
 漫然と大剣を振り回すだけのドッペルには、対応することができなかった。その振り回すだけの大剣が凄まじい脅威だったのは確かだが。
 柘榴姫が三つの呪術を唱え、茉祐子の身に纏う輝きが消えようとする寸前に、勝負はついた。
「……」
 茉祐子は、自分がどんな顔をしているのかよく分からないまま、崩れ去るドッペルを見つめた。
「気分の良いものではありませんね、お友達と似た姿を壊すのは」
 仮面を外し、神雷が言う。口調はいつもどおり。
「じゃ、そうゆうことで」
 柘榴姫はさっさと奥へ歩き出していた。
 

●本物

 作戦開始の、少し前。
「やるわ」
「……」
 ゼロから手渡されたベルトのバックルを、トホルは見つめた。
 ただのバックルではない、ヒヒイロカネだ。
 トホルは悟った。ゼロは気付いたか調べたか、とにかく、知っているのだ。トホルが武装を持たないことを。
 一部で有名だった。
 ソロ活動、組織ぎらい、こだわりが強くムラのある活動実績、対照的に「悪魔も泣き出す」とまで言われる苛烈な戦闘実績。
 トホルはバツが悪そうに頭を掻いた。
「使い方、わかんねーし」
 ジョークにもならない言い訳に、ゼロは返す。
「わからんでもええ、少なくともそいつは、お前の邪魔せんで」
 トホルはゼロを見た。
 何だか悔しかった。 
「……じゃあ、どうも」
 なんだよ、あなたは分かってるっていうのか? よし、邪魔にならないものなら、気の向くまま使おうじゃないか。
 そして、トホルは己のドッペルを滅茶苦茶に破壊した。
 それから、少しだけ森の中を歩いた。
「……?」
 闇の向こうで戦闘の音が聞こえ、足を速める。
 トホルが辿り着いたとき、勝負もついた。
 荒い息をつくヤナギ・エリューナク(ja0006)がいた。手傷はあったが、さほど大きなものではない。
 ドッペル『Yana(ヤナギ)』の体は、草むらの中で崩れていった。
「よう」
「……おう」
 トホルが挨拶すると、ヤナギは視線だけを返し、タバコを取り出した。
 木にもたれて紫煙を吐くヤナギに、トホルは並んで、木にもたれた。
「ヤナギ、傷は?」
「二、三発『撫でられた』だけだ。そっちも楽勝みてえだな」
「雑魚だったからな、前の僕なんざ」
 負ける気しないから手出し無用と、トホルは全員に通達していた。
「一ヶ月ちょいで、すげえパワーアップじゃねえか」
 煙とともに吐き出すヤナギの言葉に、トホルは笑う。
「別に。あん時は5cmヒール履いてたから、すげー動きにくいし、靴ズレできたし」
 あの時トホルは、重心の不安定なブーツを履いていた。
 普段なら大したことではないのかもしれない、だが実力伯仲の勝負において、その程度の差が明暗を分けた。そこにゼロから貰った装備が加わり、雲泥の差となった。
「なんでそんなの履いたよ」
「周りに合わせたんだよ! どいつもこいつもマンガみてーな背ぇ高イケメンばっか、何だお前ら?」
「知らねえよ」
 5cmヒールを履いてようやく180cm、さらにトホルはあの日、カラーコンタクトを入れていた。
 余人からすればくだらないこと……いや、自身にもくだらないこだわりと分かっていた。
 だからドッペルは笑ったのだろう。
「小せえな」と、聞こえたのだ。
 だから言い返してやった。
 こだわりを捨てて、貰った武装をしっかり使って、完膚なきまでにぶっ潰してやった……どんなもんよ?
「前座は終わったか?」
 ゼロの声に、二人は顔を向ける。
 りりかも一緒だった。
「ああ、超弱かった」
 トホルは言って、拳を振って見せた。
 ゼロは笑った。
「終わらせに行くか」
 だが、彼らが辿り着く頃、全ては終わっていたのである。
 
 どうしてこんなことに?
 少女は、ブランコに座ったまま、考えていた。
 いや、ほとんど思考は停止していた。
「じっとして」
 舐められている。
 ここまで舐められたのは生まれて初めてだ。
 ただこの、「舐める」と言うのが、侮辱の比喩ではなく、直接の動作だというのが、何かおかしい。
 ……少し前、遊具施設に佇む少女のもとに、別の少女がやってきた。
 白い髪、白い服、痩せて小さな体……柘榴姫だった。
 少女を守るために配置された二体のディアボロは、全く動かなかった。柘榴姫から一切の攻撃性を感じなかったからだ。
 無論、マスターである少女が指令を出せば、ディアボロたちは動き出す。だが彼女はそうしなかった。
 柘榴姫は何も言わず、ブランコを始めた。
 少女は何となく近づいて……隣のブランコに座った。
 すると柘榴姫は、ゆっくりとブランコを止めて、少女へと歩み寄り、よく冷えたパック入り牛乳を差し出した。
 少女は、パック入りの飲料を見たことがなかった。
「……?」
 悩んでいると、
「こうするの」
 柘榴姫がストローを外し……
 ……それが、びしゃっと吹き出す様は、もはや予測回避が不可能なほどだった。
 で、今に至る。
 舐められている。
「仲のよろしいこと」
「!」
 声がして、少女は慌てて振り向いた。
 神雷が、色々なものが混じった笑みを浮かべていた。少し離れたところには茉祐子が、油断なくディアボロたちを監視している。
「お初にお目にかかります、神雷と申します」
「あ、ああ、知ってる……私は、三代目死人形。マリス=プレザンス・ピュッペントート・ドライセン」
 本来は『マリセ』と発音する名前を、少女は父が呼んでいたほうで名乗った。むしろ公式にはプレザンスしか名乗らないのだが。
 動揺していたのもある。だがそれ以上に、ひどく気弱になっていた。
 皆に叱られているような気がしていた。
「それで、この……」
 舐めてるのはと少女が訊ねようとしたところで、ようやく舐め終えた柘榴姫が自己紹介する。
「ざくろ、よ。柘榴姫。よろしく、プリンちゃん」
「……よろしく」
 ここで返事をしちゃいけないことは分かっていたが、するしか無いことも分かっていた。

 ディアボロを監視する茉祐子の元へ、残るメンバーが集結する。
「……お疲れ、様」
 マーキングによって仲間の位置関係を知っていた拓哉は、早々にリラックスしていた。突出した柘榴姫が無事でいるなら、敵に戦闘意欲はないということ。戦闘意欲のない相手を襲う趣味はない。
「怪我してる人、治すの」
 りりかは傷を負っている仲間たちをアウルで癒やす。巨人ディアボロ『ゴリアット』の眼前だが、敵に動く気配はない。
 もう片方、『ダーフィツ』は、ブランコの傍らで主人を見守っているようだった。
「マジ面倒くせえ奴らだった」
 戦闘終了を感じたヤナギは、新たにタバコを取り出す。
 その煙から逃げるように飛び回るのは、通信型ディアボロの『ディー』だ。
「よ、ディー」
 そんなディーに挨拶してから、トホルは茉祐子に声をかけた。
「どうだった?」
「……」
 答えに困る質問だ。
 トホルは笑って、茉祐子の顔を覗き込む。
「あの爆弾娘に勝ったんだって? 凄いじゃん」
「……本物じゃなかったか……ら」
 そこまで言ったところで、茉祐子は天地が歪むのを感じた。
 今の今まで、勝ったという実感がなかったのだ。勝ったと思った途端、膝の力が抜けた。
 トホルが静かにその身を支えた。
「ありがとう、茉祐子さん」
「……はい」
 しっかりと頷く茉祐子に、同じ思いで戦ってくれたのを感じ、トホルは嬉しくなった。
 その笑顔を、ゼロに向ける。
「今度あいつのBAR行ったとき言ってやろうぜ? 『お前のドッペル超弱かった』って」
「おう、言ったろうや」
 意地悪く笑うゼロ。
「失礼ながら」
 しかし、イリンが表情も変えず水をさした。
「やはりあの方のコピーだけあって強敵でした、スキルを使われたら勝てなかったと思います」
「……あ、うん」
「せやな……」
 マジメか! ……と心中で突っ込む二人であった。
 
 ブランコの周りに、人集りができた。
 中央にいるのはマリス=プレザンスと、なぜか柘榴姫。
 周囲には撃退士たち、そしてディアボロたち。
 敵味方が混在しているはずなのに、マリスはなぜか、自分が孤立しているように感じていた。
 皆に責められているような気がする。
 それは厳密には違うだろうが、ある意味で正しい感覚だった。
「そのやり方は間違っている」と、はっきり糾弾されたのだ。
 もしも父が生きていて、母がしっかり喋れる状態なら、同じように言われたのだろうか……思うほどに、マリスの心は凍えた。
「人間観察したいなら、学園に来たほうが勉強になりますよ」
 あっさりと、神雷は言った。
 身をもって体現している意見だ、文句のつけようがない。
「けど、ディアボロづくりはやめてもらおか」
 ゼロの目は冷たい。
 実際、この雰囲気から戦闘になる可能性もある。撃退士たちに油断はない。
 ……約一名を除いて。
「おにんぎょづくり、だめなの?」
「材料が問題なのですよ」
 緊迫感の欠片もない柘榴姫に、ししょーは丁寧に説明した。
 マリスは、俯いた。
「ごめんなさい」
「……」
 トホルは嘆息した。
「クラブで助けた人たちから聞いたよ、なんか、特殊な人形作りに命かけてんだって? 凄い熱意だったって」
「……」
「ぶっちゃけ引いてた」
「う、うるさいわね!」
 思わず顔を上げてしまってから、マリスは咳払いした。
「……君たちには関係のないことだ」
「関係ないが、人に迷惑をかけるようならお仕置きだぜ」
「……」
 撃退士の役目は、天魔を殺すこと。ここで逃して被害が出たら、自分で自分が許せない。
 だが。
 トホルは、撃退士ではないと自称している。
 それにもう一人。
「めいわくをかけないで、おにんぎょづくり、できる?」
 柘榴姫は、マリスの顔を覗きこんだ。
「プリンちゃん、おねがい」
「……」
 マリスは、俯き、小さな声で、わかったわと呟いた。
 戦いは、終わった。
 
 
●おにんぎょづくり

 ある日の夜。
 少女はぼんやりと窓の外を見ていた。
 通信機器が反応して、少女はそれを起動した。
 絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
『Wo ist? Wo ist Malice! Wo ist!?』
 少女は表情も変えず、呟くように応える。
「...hier, Mutti」
『Ah...』
 通話の主は、途端に心を鎮めた。
 優しい優しい、くどいほどの猫なで声になる。
『マリーセちゃん、明日はどこに遊びに行きたい?』
「そうね、裏のお山に行きましょう、ママ」
 マリセと呼ばれた少女は、人形のような顔で応える。
 天気の話、季節の話、お弁当は何にしましょうか、わたしが作るわ……茶番のような会話が続く。
 不意に、通信が消えた。
 ママが眠りについたのだ。
「……」
 マリセは無表情のまま白い壁を見た。先ほどの悲鳴は、この向こうから聞こえた。
「大丈夫よ、ママ」
 マリセは壁の向こうで眠る愛する人へ、言った。
「必ず、迎えに行くから」
 貴女の知っている子供の頃のわたしが、ちゃんと迎えに行くから……

 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 永遠の十四歳・神雷(jb6374)
 ふわふわおねぇちゃん・柘榴姫(jb7286)
 縛られない風へ・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)
重体: −
面白かった!:7人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
守護天使・
イリン・フーダット(jb2959)

卒業 男 ディバインナイト
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
ふわふわおねぇちゃん・
柘榴姫(jb7286)

大学部2年278組 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB
げきたいし・
若松拓哉(jb9757)

大学部5年6組 男 インフィルトレイター