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マスター:丸山 徹
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2014/06/25


みんなの思い出



オープニング

 この国で、行方不明は普通の事件だ。
 一日何人というレベルではなく、一時間に何人というレベルで行方不明者が出ている。誘拐だったり、自殺だったり、悲惨な事件に繋がっていくこともある。
 今回の事件もまさにそのうちの一つ。
 都内のクラブのうち数カ所で人が消えた……都市伝説程度のうわさ話だが、撃退士の間ではれっきとした事件として扱われている。
「クラブとか……何年ぶりだよ」
 そろそろ三十路が見えてきた男の心の声は、溜息となって口から漏れた。羞恥よりも疲労に似た脱力感が、現場へ赴く足を鈍らせた。
 角河トホルが向かったのは、M区の『D』という都内でも有数の広さと知名度を誇る大箱。
 しかしいざ到着し、チェックを済ませて中に入ると、爆音に煽られるように足取りは軽くなる。バーカウンターでスタウトを一杯引っ掛けると口元に笑みさえ浮かんだ。
 音、音、音……人によっては騒音にしか感じられない聴覚への刺激。
 十歩も離れたら顔の見分けがつかない闇を、カクテルライトが閃くように照らす。
 季節を問わず温度の保たれた室内では、服装などまったくの自由だ。露出の多い女の横を抜けると香水の匂いがする。何度か嗅いだことのある銘柄は『幽霊』という意味だったはず。今日はトホルも香水をつけていた。銘の意味は『獣人』。
 大半がどれも似たような連中。トホルも例外ではない。
 リズムだ。
 ここを支配するのはリズム。それは音楽に限らない。視覚、嗅覚、肌で感じる空気や心で思うイメージまで、全てがリズムに支配され、リズムを形作り……リズムとなる。
 心と身体がリズムに乗ってくれば、そこはとても居心地がいい。
 いろんなことがどうでも良くなってくる。
 そも、音楽と踊りはそういうものだ。太古の昔、それは音を出して体を動かし、思考を使わず『表現』する儀式だった。この儀式において、思考は不要なものだった。
 ここにも、思考は必要ない。必要なのは闇と音だけの、低俗で軽薄で子どもじみた儀式モドキ。
 トホルは飲みかけのグラスを手に隣のテーブルに歩み寄った。
 女性が居た。年齢は、十代か、ハタチ前後。少女と呼べる外見。
 化粧っ気のない肌に程良い長さの黒髪、薄い色合いの短いジャケットは、近づいて分かったがすみれ色のようだ。トホルの好きな色だった。それと低く履いたデニム。
「お一人様?」
 トホルは笑顔で声をかけた。

 10分後。
 非常階段の踊り場で、トホルの蹴りが少女の腹に突き刺さっていた。
 下半身はほぼ後ろを向き、軸足の踵が相手側に向いている。カラテの横蹴りに近いが、さらに体を捻って、腹側筋ではなくより大きな背筋と軸足のバネを使って踵で蹴りこむ技……ヨプチャチルギ。
 ちゃんとできればヘビーバッグ(90kg以上のサンドバッグ)が『くの字』に曲がるよ……サボンニム(師匠)が言っていたそれを、延々と練習した。試合でも使えるようになった。20kg以上体重差のある相手をやっつけたこともある。
 アウル能力に覚醒してからは、乗用車を破壊できる程度の威力になった。
 その一撃を受けて、少女はまだ反撃してきた。
 だがダメージは決定的だった。
 トホルは少女の腕を捻り上げて押し倒した。
「お前のボスはどこだ」
 耳元で囁くが、少女は応えない。
 いや応えようがなかった。少女の体はボロボロと崩れていったのだ。
 トホルは慌てて立ち上がった。
「……まさか、ディアボロやサーバントにこんな知性ないだろ」
 トホルは先程までのやりとりを思い返していた。少女は、トホルの冗談に笑ったり、照れていた。そして人気のないところに誘い出して……
「ディアボロだよ」
「!」
 身構えたトホルの眼の前に現れたのは、エキセントリックな服装が集うこの場所ですら目立ちそうな、古いタイプの少女服に身を包んだ女だった。
「それは知性による会話ではなく、インプットされたリアクションに過ぎない」
 説明を始めたそいつがヴァニタスか悪魔なのは確実だ。そいつの肩の辺りに妖精めいた小さな生き物が飛んでいる。感じでわかる、アレは『生きて』いる。
 スキルに集中するトホルを無視するように、女は説明を続ける。
「君が安心させる表情と声で近づいたから、笑顔のリアクションをしただけ。そして君から攻撃性を感じたために戦闘形態に変化したんだ。見た目がさほど変わらないタイプだったが」
「……」
 腕が倍くらいの太さになって手首から刃が飛び出たのはさほど変わらない部類らしい。
 まあいい、とにかくコイツが主犯だろう。トホルは会話の合間に不意をついて攻撃を仕掛けるべく、間合いを計った。
「ところで一つ聞きたい」
 女が言った。
「何?」
 さり気なく立ち位置を変えながら、トホルは構えを解いてみせる。擬態(フェイク)だ。開手のまま親指で顔を狙い、股間に前蹴りを叩き込む作戦。
「なぜそれが人間ではないと、分かったのかね?」
「息から酒の匂いがしなかった」
「それだけ?」
「僕のナンパに、彼女は不安も迷いもなく、何の仕草も見せず乗っかった。酔っているようにも見えないのに」
「君がハンサムだからでは」
「うぜーな」
 会話の隙をつくはずが、トホルは思わず拳を握ってしまった。
「はっきり言って不自然だよ、ナンパに乗っかるにしても一切の不安が無いなんてことはありえない。不安でなくてもスリルや好奇心はあるだろう」
 ……なんでこんな説明してんだ? 思いながら、トホルは続ける。
「断るんなら逆に不安は無かっただろうよ。相手が好みで無いなら嫌われようが怒らせようが気にならないわけだから」
「うむ」
 女は無表情のまま頷いた。
 妖精めいた生き物の目がチカチカと光っていた。
「……何それ?」
「これは記録と通信に特化したディアボロだよ。戦闘力は無きに等しいが、それこそさっきの擬態種より知力は高い」
 妖精が誇らしげに胸を張ったように見えた。
 だが、トホルが目を見開いたのは別の単語に耳を奪われたからだ。
「擬態?」 
「先ほどのディアボロのテーマは『社会適応』、能力は『擬態』だ。それも外見だけではない、言語をインプットし、様々な会話パターンを覚えさせた。当たり障りない会話程度なら充分に可能だ」
「なぜ、そんなものを」
「ゆくゆくは完璧なコミュニケイションを可能にさせてみせる。これを少しずつ人間社会に紛れ込ませて、社会そのものに手を加えてゆく……そうだな、最終的には生殖能力なども再現できれば完璧だ」
 そこまで聞いて、トホルは閃きを感じた。
「拐った人たちはどうした」
「表情の造形や生理的反応の貴重な資料だ、大事に管理しているよ。材料はまた別だ」
 トホルの思ったとおりだった。
「キ○ガイ野郎、いや、キチ○イズベ公だな」
「口が悪いね。私は都会派だよ、悪魔の多くは人間など適当に殺せば良いと考えているのだから」
「やかましい」
 一見友好そうだが、人間を完全な『モノ』扱いだ。
 トホルと話しているのも、良い素材を前に興味をもっただけ、大きく実った果実や新鮮な魚と同じ。
 反吐が出そうだ。
「(ただで食えると思うなよ)」
 トホルは全身に気力を漲らせた。
 不意打ちは無理か、だがせめて一太刀浴びせてやる。
 だが、女は不思議なことを言った。
「勝負しないか?」


リプレイ本文

●Party Play
 その夜のクラブ『D』は特に盛り上がっていた。
 イベントだ。カリスマDJが来る、アイドルユニットが来る、懐かしい曲が多く流れる……そんな、闇の律動がひときわ深まる夜。
 カウンタースペースの一角で、ゲームに興じる男たちが居た。
「元気してたか?」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)は、アイルランド・スタウトで満たされたゴブレットをトホルに向けた。
「元気だぜ、こっちはな」
 トホルは苦笑しつつ同じ動作。
 拳が触れ合う。
 トホルの肩に乗った小さな生き物が、複眼めいた瞳をチカチカと光らせた。調査、通信に特化した、ディアボロとアイテムの間のような存在……トホル は勝手に『ディー』と呼んでいる。
 悠長に見えるかもしれない、ゲームはすでに始まっている。
 だがゼロにも役割がある。歳の近い二人で雑談しているように見せて(半分くらい本当に酒と女の話で盛り上がっているが)、通信機器で仲間と連絡を取り合い、作戦を円滑に進めているのだ。
「所詮ディアボロ、目見たら大体分かるわ。厄介なんはむしろ……」
 言いかけたところに通信を受け、ゼロはその内容に苦笑した。
 すぐさまジェラルド&ブラックパレード(ja9284)へ連絡をまわす。
「ジェラやん、りんりん助けたって」
『はいはーい』
 位置を伝え、通信終了。
 ゼロは肩をすくめた。
「一般客のがなんぼか厄介や、ナンパ対策はガッコで教えてくれん」

「はぅ……ごめんなさいです」
 トレードマークのかつぎを、顔を隠すほど深く被って、華桜りりか(jb6883)は小さな身体をいっそう縮めた。小さな声は、音楽にかき消されてしまいそうだ。
「いいのいいの」
 ジェラルドは笑顔で慰める。
 一般客はこんなところに中高生が居るとは思わないから、りりかを「信じられないほど童顔の美少女」と考えてしまう。しかも場に慣れていないから、余計に男心をくすぐるのだ。
 上手な断り方などわからない。撃退士として中々の実力を持ったりりかだが、いわゆるそっちの経験は一般人以下だった。
 だからこそ。
 彼女は気付いて、ジェラルドの袖を小さく引いた。
 今、脇を通り過ぎた男性、あれは。
「あの……」
「うん」
 ジェラルドは頷き、通信を開く。「ゼロぽん、発見したよ……へーき、こっちは二人だからね」
 そして、りりかを見た。
「おーけー?」
「はい」
 声は小さいけれど、勇気は本物。
 ジェラルドは微笑んで、小さな背中をそっと押した。
「……」
 りりかは『お人形』を抱きしめ、静かに、一歩、二歩と、一人の男性に近づく。
「あの……あたしと一緒にお酒を飲まない、です?」
 精一杯の、笑顔。
 りりかの不器用すぎる誘いに、赤い髪を逆立てた痩せぎすの優男は「いーよ」と頷いた。

「あれこそ魔性の微笑みや、あのお誘いを、警戒せえっつーほうが無理やろ」
 言いながら、ゼロはオールド・グラスを小さく揺らした。
「どんな男でも無理じゃね? マジの天然が一番おっかねーよ」
 先ほどふらりと立ち寄ったヤナギ・エリューナク(ja0006)が、皮肉な笑みを浮かべ、ポニー・グラスを呷った。
 男三人、あまり上品ではない笑いを交わす。
「甘くて強い桜んぼ……キルシュヴァッサーを使ったカクテルみたいな子だな」
 チムニーを片手にトホルが言った。
 ディーの瞳が点滅した。
 
 VIPルームへの階段は、奇妙なほど静かだった。
「……」
 少女は人形を抱きしめた。
 会場に不釣合いな、桜の花弁が散ったように見えた。
「!!」
 次の瞬間、少女の後ろを歩く優男の身体が、裂けるように広がり、上半身の服をつき破って巨大な牙が伸びた。
 その数、四本。鋸のように肉を引き裂く形状の禍々しい凶器が、少女の背中へ、打撃の速度で迫る。
 少女……りりかは、ゆっくりと振り向いた。
 彼女の目前で、牙は止まっていた。
 陰から伸びた糸の刃がディアボロ『偶像』を捉え、致命的なダメージを与えた上、その動きを封じていた。
 りりかは静かに『お人形さん』を掲げ、心の引き金をひく……
 それがとどめとなって、『偶像』は灰のように崩れ去った。
 崩れ去ったディアボロの向こうで、糸の刃パイオンを踊らせるように消し去りながら、ジェラルドはいつもと同じように笑っていた。
 仲間を信じた戦士の笑顔。
「お疲れ様」
 かつぎを直してやりながら、その手で頭を撫でる。
「……はい、です」
 りりかの桜色の頬に、柔らかな笑みが戻った。

●GIRLs
 攻撃的な音楽を歯牙にもかけない、挑戦的な瞳の少女たち。
 挑戦の意味合いは、各々でだいぶ違っているが。
「どう見ても人ばっかりよね、どこにいるんだろう?」
 雪室 チルル(ja0220)がその一人だ、トレードマークのロシア帽がキョロキョロと左右に揺れる。
「でも中々楽しそうなゲームです。良い趣味をしていらっしゃいますね」
 もう一人、神雷(jb6374)は優雅な仕草で上着を脱いでビスチェだけになった。白い肩が露わとなり、ヘソの横に塗ったラメが闇夜の雷のようにキラリと光る。
「……」
 その隣が最後の一人、北條 茉祐子(jb9584)だ。隣の服装を見て、自分を見下ろす。ノースリーブのチュニックフレアの上に、編み目の荒いサマーセーター、膝丈のスパッツ。
 上着を脱ごうかと一瞬考えたが、やめた。
「通信状態は良好ですね」
 そんな少女たちの間で、イリン・フーダット(jb2959)はトレーを片手に油断なくあたりを見回した。トレーにはショットグラスがいくつか、入っているのは度の強いアルコール。
「また後で」
 茉祐子は小さく頭を下げると、ダンスフロアでも特に人の集まっている方向へ消えていった。
「さて、先ほど気になる殿方がいらしたので、わし……私はそちらに」
 思わず地が出てしまったのは、夜のリズムに酔い始めているせいか。悪戯めいた神雷の笑みはいつもよりほんの少し艶を帯びていた。
 そんな二人をちょっとだけ悔しそうに見送って、チルルは再び右左と見回す。
 そして、派手な身なりの一人を呼び止めた。
「ねえ、のまない?」
 イリンも笑みを浮かべ、
「サービスです」
 トレーに乗ったショットグラスとVIP証を見せる。
 一人目は、強烈なアルコールと聞いて辞退した。
 二人目は「うわっ!」と笑いながらワンショットを飲み干し、礼を言って楽しそうに雑踏へ消えた。 
 そして三人目。
 チルルと変わらないくらいの背丈の少女は、笑顔で礼を言って、水でも飲むように飲み干した。
 イリンは一歩下がると、さり気なく通信をONにする。
「発見しました、場所は2−A、はい……了解」
 彼が通信している間に、チルルは『なんぱ』を完了していた。
「あっちでさ、あたいとお話しよ?」

 ヤナギが、「さっさと終わらそーぜ、遊びてーし」と立ち去った後、「やっほー」とジェラルドが現れた。
 ボーイズトーク(?)は続く。
「熱い暴走娘に見えて、キンキンに冷えたウォッカやな」
「あはは、一口目はあっさりしてて、二口目で火傷して、三口目には虜になる暴れん坊ムスメってね」
 ジェラルドの説明も分かりやすい。
 彼女の虜になった男は、きっと苦労するだろう。
 そして、誰よりも刺激的な毎日を送るだろう。
  
 勝負は一撃、いや、一瞬だった。
 非常口へ続く無人の廊下に出るや、両手を銃口のように変形させた『偶像』の弾幕を、イリンはグラスを倒すことなく防ぎきる。
 彼の横合いから低く滑り込んだチルルの大剣が、逆袈裟の軌道で閃く。
 弾幕が止んだ。
 両断された『偶像』は、断面を凍りつかせ、倒れるより早く崩れ去った。
 細かい雪の結晶は、床に落ちるより早く消えてゆく。
「さ、戻ろ!」
「ええ」
 二人がダンスフロアへ踵を返した時、廊下には何も残っていなかった。

 神雷はグラスを片手に、エントランスフロアを歩いていた。
 レースをあしらった黒いビスチェは、小柄で幼い顔立ちをアンバランスに引き立てている。甘くて昏い色香。
 彼女が立ち止まったのは、精悍な警備の黒服の、四歩手前。
「ごきげんよう」
 神雷の気取った挨拶に、黒服は「どうも」と低い声で応える。
「先ほど私達を見て、あっさり通してくださいましたね。中高生も居たのに」
 一歩、近づく。
 黒服は応えない。
「私、ずっとVIP証を外しているのですけどねぇ」
 黒服は応えない。
「今夜のVIPの顔を全て記憶していらっしゃる?」
 もう一歩、二歩と近付き。グラスを掲げる。
 鼻先に近づいたグラスを前に、黒服は、応えない。
「昔から、お酒は身を清めるものと言いましてねぇ……」
 神雷は空いた手の指先で己の口元をなぞった。
 笑みの形に。
「あなた、擬態、とけてますよ?」
「!!」
 颶風となって黒服の右手が翻った。手首から先が巨大な斧頭に変わっている。
 そこから広がるように体中が変異し……
 その首に、黒鉄の糸が巻き付いた。
 一歩踏み込み、背負う。柔道のような動きだが、握っているのは襟や腕ではなく、糸。
 床にグラスが転がるのと、擬態の解けていない『偶像』が叩きつけられるのが、ほぼ同時。
 倒れた『偶像』の首はほとんど両断され、皮一枚でぶら下がるのみだった。
 短めの裾を気にしながら、神雷は睨め上げてくる生首を、笑顔で踏みにじった。

 ボーイズ(?)トークは入れ代わり立ち代わり続く。
 トホルの声がやや大きくなっていた。酒に弱くはないが、飲み続ければ酔う。
「あの子さ、トスカーナ・ワインみたいな、『よくわかってる』感じ?」
「ふふっ、ありがとうござます」
「ああいう子を落として、夢中にさせてみたいもんだ」
「まぁっ、素敵ですねぇ。どのように口説いてくださるんでしょう?」
「……」
 一発で酔いが覚めたトホル。
 いつの間にか「ジェラやん」と「ゼロぽん」はいなくなっていた。
 隣にいるのは……

 少し離れたところで、ディーがグラスを覗き込み、瞳を光らせていた。

●Show Time
 闇が深まってゆく。そんな錯覚に陥りそうになる。
 懐かしい曲が流れる時間だ、曲が切り替わるたびに歓声が上がり、あちこちでダンサーを中心とした輪ができる。
 中央にダンサー、それを手拍子や口笛で盛り上げるギャラリー。
 そんな輪の一つに、ヤナギは無造作に入っていった。
 両手をポケットに突っ込んで、身体でリズムを取りながら、踊りを見る。
 まあまあだ。
 続いて、輪を見る。
 二歩、下がる。輪の外側、人のごった返す空間の、ほんの僅かな隙間。
「よぉ」
 派手な服装の女性に、切れるような笑みを向ける。
 女性も、ヤナギに笑みを返す。
 ヤナギは一歩近づき……抱きしめる。
 耳元で囁いた。
「知ってっか? 手だけで打ってると必ずズレんだよ、身体でリズムにノらねえと」
 全身でリズムに乗っていても、素人ではなかなか上手くいかない。
 だが、彼女の手拍子は曲の間中、一切ずれなかった。目を見開き、曲を再現するように延々とリズムを刻んでいた。
「メトロノームみてぇに手打ちのリズム垂れ流すだけってのは」
 彼女は、『偶像』は応えない。
 左手で女性を抱きしめているヤナギの、右手が握っていたのは、刃。
 短く握った鎖鎌の刃が、彼女の腹に刺さっていた。
「ノリが悪ぃっていうんだぜ?」
 振り向くと同時に、女の中心を深々と切り裂く。
 曲が切り替わり、一瞬の闇、そして大歓声。
 擬態した『偶像』が消え去ったことなど、誰も気づかない。
「ま、ハートが無ぇんじゃ当然か」
 ヤナギはタバコを咥えると、ポケットに両手を突っ込んで、灰皿のあるスペースに足を向けた。

 曲が変わった。
 誰もが知っている有名な曲、ダンスミュージックをイメージしたポップス・ソング。
 ダンサーの数が一気に増える。
 輪が広がる。
「!」
 茉祐子は一瞬、目を見開いたが、イントロに入ると自然に身体が動き出していた。
 茉祐子のいる輪に入ってきたのは、トホルだった。
 少し前、カウンターで挨拶をしたきりだ。
「(連絡は聞いた。そいつが?)」
「(はい、でも踊り続けているから誘い出せなくて)」
 彼女の後ろに、一人のダンサーが居た。
 その踊りがとんでもないのだ。やたらと正確で、左右対称に動く。それだけなら達人なのかもしれないが、汗をかかず息も切らさないのは異常だ。
 そして、敵も茉祐子に気付いている。
「(わかった、人が増えるサビんとこで勝負だ)」
「(この曲、知ってるんですか?)」
「(むしろ僕らの世代だぜ? 文化祭でやったよ)」
 ダンサーが増えてゆく。
 サビに入ると同時にコールが始まり、照明が切り替わった。
 無駄なサービスだ、これでは誰も見えなくなる。
 その瞬間、茉祐子は頭を下げるフリに合わせて斜めに動いた。
 背を鉤爪がなぞる。
 一般人の視線が消えたと同時に、敵が仕掛けてきたのだ。戦闘形態が擬態時とあまり変わらないタイプか。
 茉祐子はリズムを崩し、アドリブめいた動きでターンのタイミングを変える。
 少女の指先から真鍮色の糸が伸びたことなど、一般客は誰も気づかない。
 次、逆回転。
 するりと糸が踊った。
 照明が通常に戻る。
 一人消えていることなど、一緒に踊りだした一般客たちは気づかない。
「ふぅ」
「まだですよ?」
 足を止めそうになるトホルの肩に手をおいて、茉祐子は勝手にショルダーリフトで跳んだ。
 慌てて体勢を戻すトホルの目の前に着地、ポーズ。
 割れんばかりの拍手、歓声、口笛。
 茉祐子はギャラリーに手を振ると頭を下げて……くるりとトホルを振り向いた。
 身長差があるから、自然と上目遣いになる。
「……」
 誤魔化すように咳払いするおっさんを見て、茉祐子は小さく笑った。


●Through the Night
「見た目も悪くないが、それだけじゃない、あいつらは」
 一人きりのVIPルーム。
 いや、もう一匹、妖精めいた生き物がテーブルに腰掛けている。
 トホルは、ディーの目を覗きこんで言葉を続ける。
「あいつらと一緒にいて楽しめないのは、バケモノか……可哀想なヤツの、どちらかだ」
 扉の外で、何かが次々と倒れる音がした。
 静寂。
 遠くから、リズムだけが聞こえてくる。
 そして、扉が開いた。
 音楽と共に入ってくるのは……

「終ったで!」
 野性味溢れる貴公子の、驚くほど人懐こい笑顔。

「まだまだ、夜はこれからだよ?」
 怜悧な美貌と調和する、無邪気で爽やかなジョーク。

「やっと遊べんだな、まず呑ませろ」
 気だるく皮肉な言動に、隠し切れないハートの熱さ。

「皆さんご無事で、何よりです」
 水晶のように透き通った言葉と、純白の意志。

「楽しい夜になりそうですねぇ」
 悪戯めいた微笑は、少女と大人を自由に行き来する。

「あたいも今夜は、ぱーっとやるからね!」
 どこまでも届かせる真っ直ぐな気持ち。

「慌てると、あぶないの、です……」
 その全てが癒やしとなる。

「……お疲れ様でした」
 視線の先を覗いてみたくなる、深い瞳。

「羨ましいかい?」
 トホルはディーに笑顔を向けた。
 それは子供が大発見を自慢するときの笑み……勝利の笑みだった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 永遠の十四歳・神雷(jb6374)
 縛られない風へ・ゼロ=シュバイツァー(jb7501)
 守り刀・北條 茉祐子(jb9584)
重体: −
面白かった!:8人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
守護天使・
イリン・フーダット(jb2959)

卒業 男 ディバインナイト
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB