●
「宝探しみたいで面白そうだね! 頑張ってゴールしよ!」
闇に包まれ、靴音だけが響きわたっている静寂を最初にやぶったのはフィル・アシュティン(
ja9799)だった。
これまで大規模な作戦には参加したことはあったが、少数の仲間だけで行動するのはこれが始めてで、しかもこの依頼で初対面の相手ばかりだ。
内心ではとても緊張している。
その緊張を少しでも和らげるという意味でも、つとめて明るく元気に振舞った。
「宝か〜……ン〜どんなのかな? 山奥だし埋蔵金とかそんなのかな!?」
日本の山奥といえば埋蔵金。
徳川とか武田とか、一昔前の埋蔵金ブームの頃に何度もテレビで放映されていたのを思い出し、天道 晶(
jb4606)の期待と想像は膨らむ。
「遠野先生自体も不思議な人だが、その彼が用意した宝……実に興味深いな」
ゴンザレス 斉藤(
jb5017)がこの訓練に参加した動機は、そのまま彼が堕天した理由に通ずる。
斉藤は天界にいた頃から人間の行動理念の研究をしていた。
故に遠野個人にも興味があるし、彼の思考パターンなどにも興味がある。
ちなみに彼が名乗っている『斉藤』という姓も一番好きな戦国武将から拝借したものだ。
「その中には、何が入っているんだ?」
鹿島 行幹(
jb2633)は、ひときわ大きなリュックを背負ってついてきている小野 椎羅(
ja7209)に声をかけた。
「いやぁ、色々入ってるんっすよ。少なめにしようと思ったんすけど、いつの間にかこんなになってたっす」
ぼさぼさの茶髪を掻きながら、気恥ずかしそうに答える小野。
彼の荷物の大半を占めているのは20個のおにぎり。
宝を眺めながら皆で食べようと、わざわざ早起きして作ってきたのだ。
転んだりしないように足元を注意しながら歩いている沙夜(
jb4635)は、これからどんな冒険が待ち構えていて、どんな宝が待っているのかと内心でとてもワクワクしていた。
その慎重な足取りとは裏腹に、つい笑みがこぼれてしまう。
そんな中、礼野 静(
ja0418)の足取りは少しだけ重い。
照明具が照らす周囲十数メートルより外側は漆黒の静寂が支配している。
洞窟の奥底から響いてくる水が滴る音やコウモリの羽音が聞こえるたびに小さく悲鳴を上げて肩をびくつかせていた。
礼野は暗闇が苦手なのだ。
「ほい、怖かったら手、繋いであげるからさ!」
そんな礼野に優しく手を差し伸べたのは天道だ。
根っからの面倒くさがり屋の天道が、普段なら絶対に行かないような山奥の洞窟でこれだけのモチベーションを保てているのは、『美しい宝』の存在が持ち前の好奇心に火をつけているからだ。
「うぅ、ありがとうございます……」
礼野と天道がそんなやりとりをしていると、ふと行軍速度が落ちる。
「見て」
風冥(
jb4764)は指差して淡々とつぶやく。
そこには空洞が広がっていた。
周囲の壁が照明具の光を反射して全体的に淡く輝いて見える。
「鍾乳洞か。冒険、という感じがしてきたな」
斉藤は笑みをこぼす。
光を反射させているものの正体は鍾乳洞だった。
「ねえ、見て!」
フィルが天井を指差す。
照明具の光を受けた鍾乳石は、その光を更に乱反射させ、漆黒の闇の中に無数の星屑を浮かび上がらせていた。
それは見ている者に、まるで宇宙(そら)に抱かれているかのような錯覚を覚えさせた。
「綺麗……」
闇の恐怖も忘れ魅入っている礼野。
「これは素晴らしいな。この鍾乳洞の景色だけでも、来た甲斐があった」
あまりの美しさに鹿島はため息をもらす。
「ここを降りなきゃ進めないよ」
風冥が指指す先には崖がある。
高低差は10mくらいか。薄らぼんやりと下の地面が見えている。
「うへ……」
小さく嘆息を漏らしたのは天道だ。
「ここを降りて進むしかないみたいだね。頑張ろう!」
フィルは天道のモチベーションを保つために努めて元気にふるまう。
一行はロープを使って崖を慎重に降りると、鍾乳洞が作り出した銀河を存分に堪能しながら進んだ。
それからしばらく歩き続けると不意に行き止まる。
「行き止まり?」
斉藤がつぶやく。
目の前に広がるのは地底湖。
「綺麗な湖だね!」
フィルは感嘆の声をあげた。
水底の鍾乳石が照明具の光を受けて、水面が青々と輝いている。
だが、肝心の道が途切れてしまっている。
周囲を見渡しても横穴のようなものは見当たらなかった。
「まさか、水の中?」
そう思いいたった斉藤は、魔装をヒヒイロカネに収納すると、それらをリュックのポケットにしまう。
遠野の無茶振りっぷりは噂で聞いていたので、魔装の下にはあらかじめ水着を着用していた。
十分な準備運動をしてから入水。潜水してみると予想通り洞窟が続いていた。
水面に顔を出して仲間に知らせる。
「この中を通るのか〜」
そう言いながら斉藤と同様に魔装をヒヒイロカネに収納するフィル。
やはり魔装の下にはあらかじめ水着を着用している。
他のメンバーも次々と魔装をヒヒイロカネに収納して水着姿になる。
皆、魔装の下に水着を着用してきているあたり、遠野本人が思っている以上に彼の無茶振りっぷりは生徒たちに広く知れ渡っているのだろう。
「中は暗いだろうから、これで照らしながら進もう」
鹿島が持っている懐中電灯は防水用だ。
「水から上がる時は、手を頭の上に揚げながら上がるといいらしいすよ。石に頭ぶつけたら危ないっすから」
見かけによらず雑学が豊富な小野。
「こんな所を泳ぐのは初めてだ……骨が折れるな」
ぼやく斉藤。
「冷たっ!」
水面につけた足を引っ込めたのは礼野。
春先の地底湖の水温は、予想以上に冷たかった。
「ここは僕に先行させてほしいな」
申し出たのは風冥だ。もちろん、彼女なりの思惑があっての行動だ。
それに関して異論があるものもおらず、風冥は鹿島から防水の懐中電灯を借りて隊列の戦闘を進んだ。
防水加工されていない照明具などは、全てビニール袋などで厳重に保護してリュックに収納したため、頼りになるのは鹿島が用意した懐中電灯のみ。
そこで礼野が機転をきかせて星の輝きを使用し光源とした。
長い年月をかけて雨水が溜まってできた地底湖の水は、不純物が少なくとても澄んでいた。
光をうけて青く澄み渡った景色が水の冷たさを忘れさせてしまうほどだ。
地底湖の洞窟はそれほど長くは続かなかった。
息が続くか続かないかのギリギリくらいで洞窟を抜けられる。
先行していた風冥は、早々に水から出て周囲に光を当ててキョロキョロと見渡した。
ちょうど良さそうな岩を見つけると、岩と壁に苦無を突き立ててロープを結び、そこにタオルをかけて簡易更衣室を作る。
濡れた水着の上に服を着ると、結局服も濡れてしまうので着替えるつもりで、その場所を確保するための先行だったのだ。
そうしている間に後続の仲間が次々と水から上がってきた。
「みんな、こっちこっち」
簡易更衣室から風冥が女性陣に向かって手招きをする。
一目見てその趣旨を理解した彼女たちは、風冥が作った簡易更衣室に入った。
沙夜は中に入る前にヒリュウを召喚し、
「不埒な真似をしたらヒリュウにその目を抉っていただきますね」
男性陣ににっこりと微笑みかける。
女性陣が着替えを始める。
布の擦れる音と、タオルに浮かび上がるシルエットが男性陣の妄想をかきたてるが、誰一人としてタオルの向こう側に広がるであろう禁断の花園を垣間見ようという勇者は最後まで現れなかった。
●
地底湖を抜けてからしばらくは、ごつごつとした岩肌と漆黒の闇が支配するだけ細い通路が続いた。
不意に視界が開けたかと思うと、足場には切り立った崖が続いている。
道幅はとても狭く、崖の下は闇に包まれている。照明具の光が届かないほどに深いようだ。
ひとりずつ壁に張り付いて進むしかないようだ。
「ここはあたしの出番だね!」
名乗り出たのは天道だった。
礼野からロープを受け取り、持ち前の身軽さを駆使してひょいひょいと断崖沿いの細い道を渡っていく。
「うわ、足りない」
断崖の距離が長く、ロープの長さが足りない。
倍の長さは必要そうだ。皆のロープを持ち寄って結び繋げれば届きそうだが、流石にそんな長さのロープは大荷物過ぎて危険だ。
結局、先行した天道から危険箇所のアドバイスをうけながら一行は壁に張りつきながら、一歩一歩すり足で慎重に進むことになった。
「遠野先生は宝仕込むためにこのような道を進んだのか……地味に器用だな……」
斉藤の口調は呆れ半分、感心半分といったところか。
「危なくなったら言えよ? 支えるから」
鹿島は礼野に声をかけた。
「私は大丈夫です」
本音はとても怖いし助けてほしい。
だが、彼女なりの思いもあり、あえてそう言った。
「妹達に何時も護ってもらってばかりですから……」
口の中でそうつぶやいた。
「俺が……ヤバイ……っす」
リュックが重くて、まるで漆黒の暗闇から見えない手が伸びてきて、リュック掴んで引きずり込もうとしているかのような加重が背中にかかっている。
「きっと後少しです。頑張りましょう」
「沙夜さん、マジぱねぇっす……」
優しく励ます沙夜に、小野は涙目でこたえた。
そして、誰一人として脱落者を出すことなく全員が無事に渡りきれた。
断崖の先は、しばらく平坦な道が続いた。
不意に風が吹き抜け、フィルの頬をなでる。
「……風?」
その風は、洞窟のじめじめと湿った空気とは明らかに異質な匂いを運んでいた。
「外が近いようだな」
斉藤の言うように、ほどなくして洞窟を抜けた。
そこで彼らが目にしたものは、断崖にかかる朽ち掛けたつり橋と、その向こう側にぽっかりと口をあけた洞窟だった。
「ぐえ〜、この洞窟まだ先があんの……?」
完全にダレはじめている天道。
「……これ、いつ壊れてもおかしくないですよね」
沙夜は声を震わせる。
谷間風が強く、つり橋は大きく揺れている。
「いかにも揺れますって言わんばかりだな……」
左右には常に大揺れしているが、鹿島が言いたいのは人が渡ったら上下に大揺れするんじゃないかという事だ。
「これは、補助のロープを張ったほうがいいか」
先ほどは長さが足りなかったロープだが、この峡谷の幅なら間に合いそうだ。
「では、俺が渡ってロープを渡そう」
言うと同時に斉藤の背中には大きな白い翼が現れる。
ロープを受け取りって片側を固定し、ロープを持たないほうの手でつり橋の手すり部分にあたるロープを握る。そして、橋の上から少しだけ浮き上がって慎重に渡った。
向こう側へと渡った斉藤は、手ごろな岩にロープを結び付け、全身を使ってOKサインを送る。
あ〜……俺、荷物結構あるし、最後に行くっすね」
これだけの大荷物にしてきたことを、小野は今になって少しだけ後悔していた。
浮遊可能な鹿島と風冥は、斉藤と同じように渡り、彼と協力して補助ロープを支える。
人間の重みを受けたつり橋は、中央へ向かうにつれて大きく上下に揺れた。
「こ、これは……ひとりずつじゃないと危ないですね……っ」
ロープをしっかり握ってバランスをとる沙夜。
先に渡った3人ががロープを支えてくれていなければ、もっと危険度が増していただろう。
沙夜が渡り終わると、天道とフィルが危なげなく渡りきる。
そして、続く礼野はかなり腰が引けていた。
谷の下までは4〜50メートルはあるだろうか。
その下を雪解け水で増水した川が轟々と流れている。
「がんばって!」
「下を見ちゃダメっ!」
天道とフィルが励ましの声をあげた。
礼野は一度目を瞑り、再び目を開けて正面を見据え、覚悟を決めて竦む足を引きずるようにつり橋を渡り始めた。
礼野が渡りきると、フィルと天道が彼女を抱きとめる。
そして、最後は小野。
「ぱ、ぱねぇ! マジぱねぇっす! 超怖ぇ〜!!」
荷物の分だけ揺れが半端ない。
それでも何とか必死に渡る。
考えてみたら、男性でまともにここを渡ったのは小野だけだ。
気を取り直す意味も込めて給水し、再び洞窟の中へと進む。
この洞窟は、ただ単調な直線が続くだけだった。
「何か拍子抜けだね」とフィル。
はじめは緊張していた彼女だったが、幾多の困難を仲間と共にするうちに、いつの間にか周囲と打ち解けていた。
だが、奥に進むにつれ道の傾斜が次第にきつくなっていく。
やがて、斜面がほぼ垂直の崖に変化した。
高さは15mほど。
「ごめん……前言撤回」
「先生はいい年してコース選定がえげつないな……」
げんなりする斉藤。
「飛べる方が上まで行き、ロープを垂らすというのはいかがでしょう?」
礼野の提案は、あっさりと採用された。
鹿島と風冥がロープを持って先行し、それぞれ上からロープを垂らす。
ひとりずつくらいなら、ロープを固定するまでもない。彼ら自らロープを支えて仲間を引き上げた。
そして、
「いかにもって感じだよね」
天道は目の前にそびえる巨大な鉄扉を見上げて言った。
1人の力ではビクともしそうにない。
「……多分全員で力を合わせれば開くのではないかと」
礼野の言葉をうけ、全員が一斉に扉をスライドさせた。
地響きにも似た重厚な音とともにゆっくりと扉が開かれ、そこから光が差し込んでくる。
彼らの目の前に広がったのは、美しい山々の間に富士山が見える絶景だった。
「ああ、これが噂の富士山か。やはり、素晴らしいな……この世界は」
「そうだろう? これが美しい宝の正体だ」
鹿島の言葉に相槌を入れてきたのは、いつの間にか先回りをしていた遠野だった。
「俺たち撃退士はな、この美しい宝を守るために戦っているんだ」
遠野は鹿島の肩に手を置いた。
「有難う御座います、先生。素晴らしい宝、素晴らしい世界――確かに見させて頂きました」
富士山を見つめる鹿島。
「先生と勝負、なのか?」
「俺と乱捕りしたいのなら、いつでも格技場に来い。相手になってやるぞ!」
斉藤はボケたつもりなのだが、遠野はいつでもウェルカムらしい。
「綺麗……だなんて有り体な言葉しか出せないのがもどかしいですね」
沙夜の心には遠野の想いがしっかりと届いているようだ。
「……確かに、この景色は宝物ですわよね」
礼野の心に「守らなきゃ」という想いと決意がこみ上げてきた。
小野はなにやらごそごそとリュックをまさぐっている。
「……よかった、濡れてないっすね」
取り出したのは大きなタッパー。
中にはおにぎりがぎっしりと入っている。
大荷物の正体は、これだったのだ。
「朝、寮で作ってきたっす。よかったらどうぞ」
ニカッと笑ってタッパーを差し出す。
「ねね、折角だから皆で写真撮ろうよ! せんせー撮って!」
使い捨てカメラを遠野に押し付ける天道。
「よし、じゃあ皆そこに並べ」
そして、景色を背景に記念撮影。
「また、みんなで来たいね! 生きて、必ず!」
撮影後、フィルの言葉に皆は強く同意した。