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――どうしてこうなっちゃったんだろう。
キーヨは心のなかで嘆息をつきながら、ぼんやりと考えていた。
彼が相手をしているのは、同じ冥魔の眷属たるグールドッグ。
共闘しているのは、敵であるはずの撃退士の少女。
ほんのささいな偶然がうんだ結果だった。
しかも少女の話では、彼女の仲間が応援に駆けつけるらしい。
さいわい、少女はキーヨのことを撃退士の仲間だと信じた。
であるならば正体を隠しとおしたままでこの場をきりぬけ、隙を見計らって離脱するのが最善の策だろう。
「これ以上の被害は防がねばなりません。時間が惜しい。急ぎましょう」
転移装置を抜けるなり、夏野 雪(
ja6883)はそういって皆をせきたてた。
現場に近づくにつれ、一般人の遺体が増えていった。
悲鳴や怒号が戦場の特定を容易にしてくれる。
途中、死体を貪るなどしていたグールドッグを数匹処理したが、被害状況を見る限りかなりの数が街の中へ紛れ込んでいそうだ。
「高峰さんに早く合流しないと……。集中的に攻撃されているとなると……かなり苦戦しているでしょう……」
冬樹 巽(
ja8798)の言うとおり、個体の強さはそれほどでもない。新米の撃退士でもなんとか互角にやりあえる程度だろう。だが、その敏捷性と打撃力は侮れないものがあった。
「2人1組になって散開しよう」
凪澤 小紅(
ja0266)がそう提案すると、彼らは即座に散開する。
誰一人まごつくことなく、スムーズな動きで即席ペアをつくりあげるあたり、日ごろの訓練のたまものだろう。
光の翼を使ったエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が上空へと舞い上がる。
索敵にしろ捜索にしろ、そちらの方が都合がいいからだ。
「1時半の方向から2体のグールドッグが接近、距離約150mほど。警戒してください!」
それを聞いて凪澤が即座に対応する。彼女がエリーゼのパートナーだ。
――1時半の方向というと……あの小路あたりから出てくる計算か。
エリーゼが向いている方向を軸に角度を計算し、武器をかまえて闘気を開放する。
「通りに出てくる瞬間に合図をくれ」
「わかりました。……3……2……1……きます!」
それと同時に2匹のグールドッグが飛び出してきた。
タイミングはばっちりだ。
待ち構えていた凪澤は、2匹のグールドッグが一直線に並んだ瞬間、距離をつめてアウルを一気に放出させた。
凪澤の剣から放たれたアウルの衝撃波は、2匹のグールドッグを貫きはじける。
1匹は倒し、もう1匹はまだ起き上がろうとしていたが、上空から飛来した無数の稲妻に撃たれて絶命した。
グールドッグに止めをさしたエリーゼは、視界の端に高峰らしき姿をみつける。
「10時の方向に高峰さんを見つけました! ディアボロもそちらに集まりつつあるようです。数は……ざっと2〜30体以上はいます」
「随分な数ね。……あの子、大丈夫かしら」
エリーゼの報告を聞いて、田村 ケイ(
ja0582)がつぶやいた。
「それはまずいですわ、早く合流しましょう。それにしても数が多いですわね……頭を使って戦わないと……」
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)がうなる。
まだ包囲されきってはいないようだが、それも時間の問題というところだろう。
いくらアストラルヴァンガードが硬いとはいっても、流石にそれだけの数から集中砲火を浴びたらひとたまりも無いだろう。
「数に頼ってくるなら数に頼ってこれなくするだけさ」
ベルメイル(
jb2483)は冷静な口調でいった。
「犬と狼。どちらが上かはっきりさせてやろうじゃないか」
狼娘の蒼唯 雛菊(
jb2584)は、指をポキポキ鳴らしながらやる気満々だ。
●
散発的に襲ってくるグールドッグを蹴散らしながら、彼らは高峰のもとへと向かった。
彼女の周囲にグールドッグの大部分が集まりつつあるのだ。
本当は2人4組で四方から包囲殲滅する予定だったのだが、その余裕はなさそうだ。
「敵の数を……減らします……」
冬樹がコメットを放つ。
召喚されたアウルの彗星は、3体のグールドッグを巻き込んだ。
さらにそこへ、夏野が審判で追い討ちをかける。
グールドッグたちの中心に光の球が浮き上がり、直後爆発する。
爆ぜた光の球は、その場で収束し光の十字架へと変化した。
「来るがいい。後悔させてやるぞ、灰になる間際に!」
叫ぶ夏野。
敵の包囲網の一角を突き破って高峰のもとへ近づくと、必死に抵抗している高峰のほかに、報告には無かった人物の姿が目に入った。
パーカーのフードを目深までかぶった、小柄な少年だ。
新たな敵の登場に、グールドッグの注意は高峰たち以外へと分散された。
「大丈夫ですか……?」
高峰のもとに冬樹がかけつける。
「助かったー、もうダメかと思ってましたよ」
「高峰さん……そちらの方はどなたですか……?」
「偶然居合わせたフリーの撃退士です。名前はタク君――だったよね?」
無言で頷くキーヨ。
「フリーの撃退士……ですか……。よろしくお願いします……」
キーヨは無言で小さくお辞儀をかえす。
「そこのあなた! 我々と共に動きましょう! 孤立は危険ですわ!」
そういうのは長谷川。
敵の数が多いので、包囲されたら大変だ。
それに戦力はひとりでも多いほうが良い。
「君たちふたりは、そのままペアを組んでディアボロの殲滅にあたるんだ」
応戦しながらベルメイルが高峰とキーヨに指示をとばす。
「りょ、了解ですっ! ……タク君、がんばろう!」
「うん……」
キーヨは疑われていないことに心の中で胸を撫で下ろした。
一方、グールドッグ2体と対峙している蒼唯。
「犬ごときが、黒狼に敵うとでも思っているのかな?」
不敵にニヤリと笑みを浮かべる。
唸り声を上げながら睨み返してくる4つの眼。
その目がまるで「犬だ。犬のくせに」と語っているように思えて、だんだん腹がたってきた。
もちろん、グールドッグに知能など皆無だから、蒼唯の被害妄想なのだが。
「私はワンコじゃない!!!」
叫び、大地を蹴って距離をつめる。
蒼唯の大剣が空を斬る。
蒼唯の斬撃を回避したグールドッグたちは、彼女の足を狙って噛みつきを試みる。
1体目は飛んで避けられたが、2体目からの攻撃は避けきれず牙が蒼唯のふくらはぎに突きたてられた。
「肉を切らせて骨を断つ! くらえ!!」
グールドッグの脳天目掛けて大剣を振り下ろす。
振り下ろされた大剣はグールドッグの頭蓋を貫通し、脳漿をぶちまけながらアスファルトに突き刺さった。
「痛ぁ……っ!」
蒼唯のふくらはぎから血が流れる。
1体目のグールドッグはまだ健在だ。蒼唯に追撃すべく、姿勢を低く構えた。
「ヤバっ!」
体勢を崩していて回避できそうもない。
その瞬間、横から飛来した黒い衝撃弾に弾き飛ばされる。
攻撃したのはキーヨだ。
「ありがとう!」
礼をいう蒼唯。
負傷した蒼唯のもとに冬樹が駆けつけ、ライトヒールで傷口の治療をはじめる。
「大丈夫ですか……?」
蒼唯に声をかけるが、冬樹は心の中で違うことを考えていた。
――それにしても……一緒にいるタクという人は……何者なのでしょうか……? 気になりますね……。
とはいえ、特に怪しいところは見当たらない。
話を聞くにしても、まずはディアボロの殲滅が優先だ。
冬樹は気持ちを切り替えることにした。
田村と長谷川のペアは息がぴったりだった。
長谷川はグールドッグを路地へと誘い込む。
狭い場所へ誘い込むことで、一度に複数から攻撃されるのを避けるのが狙いだ。
田村はその援護に徹する。
「援護は任せて、存分に」
「期待してますわ!」
スターショットで接近するグールドッグの狙撃をおこない、常に長谷川が2体以上のグールドッグを相手にしなくても良い状況をつくり、長谷川の死角から攻撃しようとするグールドッグがいれば、回避射撃で回避のサポートをおこなう。
中には長谷川をスルーして田村に襲い掛かろうとするグールドッグもいるが、
「残念。敵が多い時点で予測済みよ」
それは精密殺撃の餌食になるだけだった。
夏野はタクという名の少年に対し、なにか引っかかるものを感じていた。
――あれ、どこかで? ……でも、どこで?
見覚えがあるような気がしてならないのだが、どこで見たのか全く思い出せない。
「……あなた、どこかで会いました?」
「いや、初対面だと思う」
もちろん、キーヨの言葉に嘘偽りはない。
キーヨが夏野に会ったのは、ヴァニタスになる前。彼がディアボロにされて暴れているときだ。
当然、その時の記憶など残っていないのだから。
「……そうですか。いえ、何でもないです。すいません」
釈然としないものはあったが、頭を振って気持ちを切り替える。
視界の端に逃げ遅れた一般人を見つけた夏野は、急いで救助にむかう。
「私達は撃退士です! 後もう少しです、走って!」
離脱の障害になりそうなグールドッグに魔道書で攻撃をくわえて注意をひく。
1体が攻撃をうけると、周囲のグールドッグが一緒に釣られるように夏野へ牙をむいてきた。
それをサポートするのはベルメイルだ。
「孤立には気をつけるんだよ」
回避射撃をまじえつつ、夏野がグールドッグの中に孤立しないように援護する。
そんな中、複雑な思いを抱いているのは凪澤だった。
――天使と一緒に依頼に出るとはな……。
依頼出発のとき、彼女はそんな事を考えていた。
いつのぶっきらぼうな凪澤だが、もとからこういう人間だったわけではない。
もとは笑顔の耐えない無邪気な女の子だった。
だが、ある日、彼女の目の前で両親が殺された。
殺したのは天使だった。
それ以来、彼女は笑顔を見せることは無くなった。
彼女から笑顔を奪ったのは天使なのだ。
故に天使には憎悪の念を抱いている。
そんな彼女のパートナーは堕天使のエリーゼだ。
エリーゼを信用していないわけではない。むしろ彼女の行動は的確だし、信頼するに値する。
もちろん、学園に下った天使に刃を向けるつもりは無い。
凪澤は戦闘に集中しながらも、心の中にそんな葛藤を抱いていた。
「凪澤さん、3時の方向、小路の陰から1体きます!」
エリーゼの声が降ってくる。
「……3……2……1……きます!」
エリーゼのカウントダウンに合わせ、凪澤は不意打ちの斬撃を放った。
ヴァナルガンドは街の様子を眺めながらほくそ笑んでいた。
「あいつ、なかなかやるじゃねぇか」
グールドッグなどキーヨの力からすれば取るに足らない強さである。
あの状況で力を存分に発揮すれば、間違いなく疑われてしまうだろう。
だが、キーヨは疑われない程度に力をセーブしながら普通の撃退士として振舞っている。
「これからどうする? そろそろ行動しねぇと逃げられなくなるぜ?」
グールドッグの数は、残り半分をきろうとしている。
撃退士に余裕が出来れば、キーヨがヴァニタスだと気付く者も出てくるだろう。
キーヨには、意図的に段階的にしか力を与えてない。
8人を一度に相手取るのは、まだ力不足だろう。
もし離脱不可能な状況に陥れば、直接出向いて助けてやるつもりなのだが。
「おっ」
そんな事を考えてながら眺めていると、キーヨに動きがみられた。
――そろそろ潮時かな。
周囲を見渡すと、グールドッグの数はかなり減ってきている。
他の撃退士たちは、グールドッグ迎撃のために散開したままだが、今なら高峰を残して離れても平気だろう。
「向こうに人影が見えた。まだ逃げ遅れた人がいるのかも知れないから僕が見てくる」
「え、ちょっと待――」
「僕なら大丈夫。それより、キミは皆のサポートをしてあげて」
キーヨに言われて仲間を見渡す高峰。
状況は優勢だが、皆それなりに負傷している。アストラルヴァンガードとしてこの場にとどまることに意味があるように思えた。
「分かった。タク君も気をつけてね!」
コクリと大きく頷く。
キーヨは頷きかえし、そのまま小路の中へと消えた。
ふたりと付かず離れずの距離を保っていた冬樹は、その様子に気付いた。
キーヨが孤立してしまうことに不安はあったが、今はグールドッグの対応でそれどころではない。
微かに聞こえた会話の内容からは、何も不自然なところは無かったように思えたので自身の戦闘に集中することにした。
スキルを使い切って飛翔できなくなったエリーゼのかわりにベルメイルが上空へ上がる。
空から主戦場を見わたし、残敵数を確認。あと10体といったところか。
離脱を試みるグールドッグは無く、全てがこちらへ接近中だ。
「そこの角から数体が同時に出てきそうだよ」
ベルメイルは小路を指していった。
そして、エリーゼに倣ってカウントダウンをはじめる。
「……3……2……1……今だよ」
カウントダウンに合わせ、夏野と冬樹の範囲攻撃が炸裂する。
「くらえっ!!」
撃ちもらしは蒼唯がダークブロウで片付けた。
その後、凪澤&エリーゼ、田村、長谷川の両ペアも残存したグールドッグの処理を完了させる。
戦闘終了後、ベルメイルは上空から、その他は地上から討ち漏らしのグールドッグが居ないか調査したが、どうやらその心配は無さそうだ。
●
「そういえば……、タク君の姿が見えませんね……」
負傷者の治療を行いながら冬樹。
「あ、そういえば!」
指摘を受けて高峰が声をあげた。
それから手分けしてキーヨの捜索をしてみたが、彼の姿は見当たらなかった。
「学園にはどのように報告する」
凪澤に高峰を攻める気はなく、普段からこういう口調なのだが、キーヨとペアを組んでいた高峰からすれば責められているように感じてしまう。
「……ごめんなさい」
しゅんして俯く高峰。
「分かってる範囲で報告するしかないわね」
田村は高峰の頭にぽんと手を乗せる。
死体がないところを見ると死んではいないのだろう。
「色々と聞きたいことがあったのに」
残念がる夏野。それは冬樹も同じだろう。
「これ以上とどまっていても無意味ですわ。学園へ戻りましょう」
キーヨと友人関係になれなかったのは心残りだったが、長谷川は自分の心に区切りをつけるためそう提案した。
「申し訳ありません」
戻ってくるなり、キーヨは開口一番そういった。
「あ? 何のことだ?」
ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、ヴァナルガンドは振り返らず訊いた。
「マスターから与えられた任務を果たせなかったどころか、同じ冥魔の眷属と刃を交えることになりました」
「その事なら別にいい。俺も面白ぇもん見させてもらったしな。人間の食い物も別の機会でいい」
振り返り、キーヨの頭を無造作になでる。
「それより、よく自力で戻ってこられたな」
ヴァナルガンドに誉められ、胸の奥がこそばゆくなる。
「これは俺からの褒美だ。受け取れ」
そう言うと、ヴァナルガンドは新たに自分の力をキーヨに分け与えた。