●まずは挨拶から
紅から黄色……まだ青々のした葉がまじるその景色に歓声が上がる。
「まだ少し早いみたいだが、秋らしくなったな」
「ですねぇ。とても綺麗……あ、あそこみたいですね」
神凪 宗(
ja0435)が感心して言うと、秋霜・アイブリンガー(
jb0991)が前方に見えた純和風な建物を指差す。
玄関に着くと、ニコニコと笑っている年配の女性がいた。一太郎に聞いていた厳しい人、とは当てはまらない。
だが宗は最初が肝心、と女性の前に立ち頭を下げる。
「今回、旅館のお手伝いをさせてもらう事になった撃退士です。宜しくお願いします」
「……短い間ですが、よろしくお願いします」
来崎 麻夜(
jb0905)も女将さん、と彼女の後ろに立っている従業員へ挨拶をした。
「いつまでも頭下げてないで、さっさと動く! お客さんが来る前に仕事を覚えてもらうからね」
しばしの沈黙後、女将さんの口から出てきたのは怒声。その後に自分の名前を告げ、背を向けてさっさと行ってしまう。
困ったように立ちすくんでいると、従業員の1人――他の人と歯着物の種類が違う女性がくすくすと笑った。
「ふふ、ごめんなさいね。名前を言ったってことは合格ってことなのよ。母ったら素直じゃなくて」
その柔らかい笑みと言葉にホッとする。
案内された部屋に荷物を置き、手伝ってもらいながら制服へ着替える。
「着物着てバイト、一度してみたかったのネ♪」
くるくる回ってはしゃぐ巫 桜華(
jb1163)。彼女ほどでなくとも、女の子たちはどこか嬉しげだ。
しかしいつまでもはしゃいでいられない。
●バイトです!
「さあ、稼ぐっすよー!」
そう心の中で決意している大谷 知夏(
ja0041)は、いつの間にやら軽くなっていた財布を再び重くするために参加した。ちなみに軽くなった原因は食べ歩きである。
「いらっしゃいませ、お荷物お持ちしますね」
「ああ、それじゃだめよ。お荷物お持ちいたしましょうか? でお願い。中には嫌がられる方もいるから」
「はい! お荷物お持ちいたしましょうか?」
知夏の隣で同じく指導を受けている天道 ひまわり(
ja0480)は、どこかぎこちなく言葉を口にしていた。大阪弁のイントネーションがどうしても抜けないのだ。
「ありがとうございましたっす」
「駄目駄目。頭は下げればいいってものじゃないのよ」
そして知夏は知夏でお辞儀について指摘を受ける。
ただ接客といっても、中々奥が深いものである。
「基本掃除は上からね。調度品は傷つきやすいものが多いから普通の布じゃなく」
「はい……」
こちらは客間。宗が従業員の手本を見ながら掃除を開始していた。一見綺麗な部屋だが、拭いてみるとやはり汚れが付いていた。
宗は黙々と作業をする。お客が来る前に掃除を終わらせなくてはいけないのだ。手早くしなければ。
「そして最後は窓際のふすまをしめて終わり。流れはこんな感じね。まあ基本2人ひと組で動くから、分からないことあったらすぐに聞いて」
「はい」
こちらは順調なようだ。
「じゃあこれの皮むき頼むわ」
積み上げられたじゃがいもと玉ねぎを前に、神妙に頷いたのは麻夜とレグルス・グラウシード(
ja8064)だ。
(よーし、頑張るぞ。今頃ふゆみちゃんも頑張ってるだろうし)
折角だからと今回のバイトに誘った恋人のことを思いながら、レグルスは慣れない手つきで皮むきを開始した。
「……こうして、こうして……こう」
麻夜は麻夜で淡々と皮をむいて行く。麻夜は今回の出張アルバイトが学園に来てから初めて受ける依頼だったが、特に緊張もなく行えているようだ。
「うーん、食べるのはあっという間だけど……作るのには、こんなに手間がかかるんだなあ」
「そうですね」
感心しているレグルスに麻夜も静かに頷く。
「作ってくれる人たちに感謝しないと」
時折そんな会話を交わし、玉ねぎで目を潤ませたりしつつ、2人が作業をしていると桜華が厨房に顔を出した。
「こっち手伝うよう言われたネ。何するといいですカ?」
「じゃあこれらをむいてくれ。ジャガイモは一口大に切ってこっちのボールに」
今度は3人で黙々と行っていく。だがどうも桜華の顔色が悪い。
「……ちょっとジャガイモの皮厚く剥き過ぎたネ……ご愛嬌ご愛」
「なわけないだろうが! こんなに食べ物を無駄にして!」
「はう、が、頑張って気を付けるネ! スミマセンです〜」
先ほどまでいなかったはずの女将さんが怒鳴った。笑顔の奥の目は笑っていない。
(女将さん目が怖いデショ)
「なんか言ったかい?」
「イイエ」
そして地獄耳だ。
「そんなことより、そろそろ団体様が来られるよ。さっさと手を洗って玄関に向かいな」
桜華は女将さんに怯えつつ、後を2人に任せて厨房を出て行った。
「足の運び方に気をつけてっと」
注意事項を頭に浮かべながら秋霜は配ぜんの仕事についていた。早く運ばなければならないのだが、着物が崩れてもいけないし、何より他の客に走り回っている姿を見せるわけにもいけない。
「それに忙しそうだと質問し辛いでしょ?」
「なるほど」
見えない心遣いに秋霜は感心した。
(私達がただのバイトであることをお客様は知らないはずだから、この二日間で旅館の評価を下げたくはありません。気を引き締めないと)
一応ネットで仕事について調べてきてはいたが、やはりやってみるとなるとまた別物だ。
「揺らさず溢さず走らず、けど素早く……難しいネ」
隣で必死に背筋を伸ばして同じく配ぜん手伝いをしていた桜華が眉を下げる。秋霜は励まそうと口を開き
「――!」
大きな声に目をそちらへ向けた。金髪碧眼の男性と黒髪の女性、宿の従業員が何やら話しているが、2人は日本語と英語で話をしていた。
その時、桜華が彼らに近づいて膳を女性に渡して、代わりに応対を始めた。英語は得意なのだ。
男性はどうやら散策道について教えてほしかったらしい。桜華が必死に覚えた周辺の地図を思い浮かべながら流暢な英語で男性に伝えると、男性は笑顔で礼を言って外へと出て行った。
「すみません。助かりました。今英語が得意な人が他の対応に出ていて」
「いえ、役に立ててよかったヨ」
「ならもっと役に立ってもらおうかね」
「ひぇっ」
ぬっと顔を出したのは女将さんことトメさん。どこにでも現れる人だ。
「他にも外国のお客様がおられるからね。そっちの対応に回ってもらうよ。あんたはそのまま配膳の方に回りな」
先ほどの女性と桜華は役割を交代し、桜華は英語と中国語のスキルを活かすことになった。
「桜華さんは凄いですね。私も負けていられません」
秋霜もまた気合いを入れ直して配膳に臨んだのだった。
「お待ちしておりました、佐藤様。お荷物お持ちいたしましょうか?」
色彩 白黒(
jb1202)の見た目に客人は驚いたようだが、すぐに笑顔になって「じゃあお願いしようかな」と荷物を手渡した。ずっしりと重たいそれをなんなく持ち。叩きこまれた礼儀作法で部屋へと案内する。
「スリッパをどうぞっすよ! ……じゃないっす。どうぞですっすよ」
知夏のどこかおかしい言葉が、なんだか和やかな空気を醸し出す。
「お部屋はこちらになります」
そして精一杯さが感じられる言葉を出すのはひまわり。他の客からも荷物を受け取り、そのまま壁を歩く。
客の、従業員の目が点になる。
「何か?」
分かっていないのは当人のみ。だがそこへ女将さんがやってきて、笑顔を客に向ける。
「驚かせてしまいまして申し訳ございません。実はこの子、久遠ヶ原から職業体験でやってこられた学生なんですよ」
「ああ、どおりで」
そうしてごまかした女将さんはその客人を部屋に案内した後、ひまわりを呼んで叱った。
「何やってんだい、あんた!」
「ご、ごめんなさい」
しゅんとうな垂れるひまわりに、女将さんは次々に言葉をぶつけていき、最後に
「まったく……怪我はないね」
小さくそう言ってから少し気崩れたひまわりの着物を直した。少しだけ触れたその手とその言葉に優しさを感じて、ひまわりは怒られていたというのに嬉しげに笑った。
まるでお婆ちゃんに怒られているかのような、そんな優しい心地になったのだ。
「ニヤニヤしてないでさっさと仕事に戻りな! 遊びじゃないんだよ」
「はい!」
「あ、汚れ発見っす……どこかに雑巾は」
知夏は移動中、窓の汚れに気がついた。きょろきょろと見回すと、少し離れた位置で床の掃除をしている宗に気づき、話しかける。
「すみませんっす。雑巾借りてもいいっすか?」
「……かまわないが、どうしたんだ?」
「窓が汚れてたっす」
「なら雑巾じゃなくてこれだな」
宗はTのような形をした道具を渡す。
「あそこの窓は傷つきやすいから、気をつけてな」
「了解っす」
その後2人は風呂掃除の手伝いに呼ばれたのだが、光纏した気合い十分な知夏と黙々とこなす宗のおかげであっという間に終わったのだった。
●散策
「あ、2人ともお疲れ様。ちょうどよかった。これを持って行きな」
休憩時間になったため昼食をとりにきた秋霜とひまわりが厨房へ顔を出すと、料理長が2人に四角い箱――重箱を差し出した。
「あの、これは?」
「お弁当だよ。みんなで食べておいで」
困惑する2人に、料理長は片目をつむって顔を寄せ、
「実は女将さんからね『外で景色を見ながら食べられるようにお弁当を作ってやってくれ』って頼まれたんだよ」
話を聞いた2人は顔を見合わせ、嬉しげに笑ってお弁当を受け取った。
「だーりん★お疲れさまっ!」
「わわっふ、ふゆみちゃん」
待ちわびた休憩時間に恋人のレグルスに抱きついたのは新崎 ふゆみ(
ja8965)だ。仕事の厳しさも、レグルスに会えたことでどこかへ吹き飛んでしまった。
「みんなお疲れ様なのぜ」
軽やかな口調でねぎらうのは麻生 遊夜(
ja1838)。後輩である麻夜から話を聞いて『デート資金を稼ぐため』に参加したが、想像以上にこき使われてしまった。
「……麻生先輩もお疲れ、さま」
互いに苦労したことなどを話しながら、宗や麻夜が従業員に聞いてくれた情報を元に歩いて行き、涼やかな水音に足を止めた。
彼らの手には釣り道具がある。
「ここが良い釣り場らしい」
「……でもあっちの方は立ち入り禁止だそうです」
「お、釣れそうなのさ。2人ともありがとうなのぜ」
「大きいのが釣れるといいですね」
それから皆でお弁当を食べてから、釣りをする者は釣り糸を垂らしたりと休憩を楽しむ。
「皆と一緒に食べれるくらい釣れるといいねぇ……って、お?」
早速かかった魚に遊夜が笑顔になる。隣でじっと釣竿を眺めていた麻夜の竿にも当たりがくる。
「……えっと、こう?」
「そうそう。上手であるな」
釣りあげた鮎を手にいつもと同じ表情な麻夜だったが、実は密かに褒められて若干テンションが上がっていたりする。
「ダーリン、頑張って」
嬉しそうに釣り糸を垂らしているレグルスにふゆみの声がかかる。
そんな愛情あふれた応援のおかげか、レグルスの竿にもHIT。無事に釣りあげ、喜んだふゆみに再び抱きつかれて慌てるレグルスの姿があった。
「栗は見つからなかったすので、釣りをがんばるっす」
「海釣りの経験はあるが湖や川での経験はないから、少々手こずるかもしれんな」
「2人とも頑張ってください」
釣りをする知夏と宗に向かって、着物が崩れないよう気をつけながら応援する秋霜。
しばらくして2人も無事に魚を釣り上げた。
夜のまかないに出された魚には皆が大満足したのだった。
●
「あ、女将さん。お疲れさんです。お背中流しますよ」
そしてひまわりは女将さんの背中を嬉々として流していた。すっかり懐いてしまったようだ。
「お背中、流しマショか?」
「ありがとう。じゃあ流し合いっこしよう」
桜華とふゆみは互いの背中を流し合う。
「はぁ、ええお湯やな〜」
女将さんの横で、ひまわりが幸せそうに足を延ばして湯につかる。
「ええほんとに……それに景色も素晴らしくて」
風に揺られて落ちてくる色づいた葉と露天風呂。秋霜がそんな風情ある景色に感動しながら、大の字になれる幸福を味わう。
「ねぇねぇだーりん! そっちの景色はどお?」
ふゆみは大胆にも隣にいるだろう恋人へと声をかけた。
「……す、すごくきれいだよ」
男風呂では、レグルスが顔を真っ赤にさせていた。
「ふぅ。でも本当に良いお湯です」
白黒はそんな様子を微笑ましく見つめながら、紅葉が降り注ぐ露天風呂を満喫した。
風呂を満喫した後は、夜の散策に皆で出かける。夜の紅葉は昼とは違う美しさを持っていた。
「秋もいいよねぇ、食べ物もおいしいし☆」
「うん、でもどんな季節でも楽しいよ……ふゆみちゃんと一緒にいるから」
レグルスが笑ってふゆみの頬にキスをする。
「ダ、ダーリン」
大変だ。ここ一体が砂糖で埋まりそうだ!
「ん、良い夜。融けていけそうなくらいに」
「うむ、綺麗であるな……足元は気をつけるのぜ」
本当に融けてしまいそうな麻夜に苦笑しつつ、遊夜は周囲を見回してはぐれた者がいないか確認する。麻夜もすぐ戻ってきたので大丈夫そうだ。
「カメラ持ってきたらよかったですね」
どこか悔しげなのはスマホで紅葉を撮影している秋霜だ。
「夜、灯りに浮かぶ紅葉も綺麗ネ……」
「そうだな……ああ、そうだ。後で裏庭にいかないか?」
宗の言葉に皆が首をかしげつつも景色を楽しんでから裏庭に着くと、そこには落ち葉が一カ所に集められてあり、何をするのかピンとくる。
「焼き芋っすか!」
「ああ。女将さんたちには許可をとってある」
「ありがとうございます」
喜びの声を上げる知夏と白黒。
用意していた芋は従業員と自分たちの半分。1つの芋を2人で分け合って食べる。
素晴らしい景色の中、大勢で食べる焼き芋は、とても甘くておいしかった。
●
「とても貴重な体験ができました。ありがとうございました。次はお客として必ずまた来ます」
「お仕事大変、でも来て良かった、思うヨ」
「ふん。次に来る時はもう少し成長しとくんだね」
女将さんの厳しい声も、去るとなると少し寂しい気もする。
「紅葉背景に、皆で記念にお写真撮ろう? いいですカ?」
桜華の提案に嫌そうな顔をしたのは女将さんだけ。みんなで笑ってピースサイン。女将さんだけ渋い顔はご愛嬌。
別れを惜しみつつ手を振って旅館を後にし、紅葉を見上げながら近くの土産店に寄る。
「先輩? 指折って、どうかしたんですか」
「……まだデート資金には足りないのさ」
「この陶器のお茶碗素敵ネ……それにしても温泉には良く饅頭置いてある、何故カ?」
「そういえば……何故っすかねー?」
「でもこの饅頭でいいかな、兄さん甘いもの好きだし」
「ダーリン、あっちにもあるみたい」
「自分はどうするか」
「悩みますね」
「ええ、民芸品も素敵ですし」
「うちは煎餅にしようかな」
そんな一秋の思い出。