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マスター:舞傘 真紅染
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/08/31


みんなの思い出



オープニング

 赤ん坊の泣き声がした。
 大きな荷物を背負った男は、思わず足を止めて首をかしげた。こんな山深くにはあまりに不釣合いな声である。
「気のせいか?」
 男はしばし耳を澄ませていたが、何も聞こえない。怪訝に思いながら足を動かそうとし……再び男の動きが止まる。また赤ん坊の声がしたのだ。今度ははっきりと。
 ふと、男の脳裏をとある噂がよぎっていった。
「んな馬鹿なことがあるわけ、ないよな?」
 しかしすぐに首を振って噂をかき消す。いや、かき消そうとした。男の額には隠しようもない汗が浮かび、頬を流れ落ちていく。

 赤ん坊の泣き声がした。
 先ほどよりも近くから。
 赤ん坊の泣き声がした。
 先ほどよりもたくさんの。

 男の足が震える。がちがちと音を立てるのは歯。恐怖に染まった目が見つめるのは、獅子の頭。胴体はなく、代わりに無数の触手が不気味にうごめいている。
 逃げようとした男の足に、腕に、胴体に触手が絡みついた。

 赤ん坊の泣き声がした。
 獅子が開いた口の中から。


●斡旋所
「山の調査?」
 1人の撃退士が問い返すと、斡旋所の職員は無言で頷いた。
「もちろん、ただの調査じゃない。この山での登山客の行方不明者が増えている」
 話を聞いていた撃退士の目が細まる。久遠ヶ原に依頼が来た、ということは行方不明者急増の原因が天魔である可能性がある、ということだろう。

「この山には捨て子山という別名があってな。名前から分かるだろうが、昔、生活に困ったものたちがこの山に子供を捨てていったらしい。
 だからこの山に入ると赤子の声がするだとか、大人を恨んでいて入ってきた大人を山に閉じ込めるだとか、死んだ子供の魂が親を探して放浪しているだとか。
 まあ、そんな怪談じみた話は前からいろいろあったんだが」
「怪談ですまなくなった、と」
「ああ。最近、本当に赤ん坊の声を聞いた、という話がたくさん浮上している。まだ何か不審な影を見た、という目撃証言は無いが、声が聞こえるようになったのと行方不明者が増えたのが同じ頃。
 この声が行方不明者が増えたことに関係しているのは、ほぼ間違いないだろう」
 職員は言いながら撃退士の目を真っ直ぐ見た。

「行方不明増加の原因を調査し、可能であるならばその原因を排除せよ!」


リプレイ本文

●捨て子山
 緑あふれるその山から見下ろす景色は、とても美しかった。登山家に人気というのも分かる。
 しかし澄んでいるはずの空気は、どこか重々しい。
「仮に呪いだとしても逆恨みも良い所だ。そうで無いなら……尚更許せない」
 ぎりっと歯をかみしめるのはドニー・レイド(ja0470)。
「う、うん。そうだね」
 そんなドニーの言葉に、彼の後ろを歩いていたカルラ=空木=クローシェ(ja0471)が渇いた声を上げた。
(足手まといにはならないようにしないと)
 どうも気負い過ぎているようだ。ドニーはそんなカルラに気づき、自分の不安は抑えて声をかける。
「大丈夫だ、頼りになる先輩が沢山いるだろ?」
「ドニー……うん。そうだね。ありがとう」
 ドニーもカルラも、今回が初依頼。緊張してしまうのは仕方ないが、なんとか平静を保てたようだ。
「山奥で赤子の鳴き声か。この国には子供の泣き声にて獲物を誘き寄せて殺す妖怪の伝承があるが……罠、か」
 冷静に呟くのはクライシュ・アラフマン(ja0515)。若菜 白兎(ja2109)が同意した。
「こんな山の中で赤ん坊の泣き声なんてすごく怪しい……泣き声がしたら周囲を探ってみるの」
「行きはよいよーい、帰りは恐いー……ってことかな。あ、七海ちゃん、そこ段差あるから気をつけて」
「えと、その……あっありがとうござ、います」
 城咲千歳(ja9494)が盲目の少女、佐野 七海(ja2637)へそう声をかけた。なるべく自分の力で登りたいという七海の意思を尊重し、あくまでも声をかけるだけだ。
「行方不明者がいて、目撃情報は無し、ですか――無事だと良いのですが」
「もしも天魔が絡んでいるとすれば、生存は絶望かもしれない。だとしても、少ない可能性を最後まで諦めたくは無い」
「……そう、ですね」
 レイル=ティアリー(ja9968)と君田 夢野(ja0561)は行方不明者たちに思いをはせる。
 彼らを探すためにも、まずは脅威を排除しなくてはならない。
「随分と視界が悪い。皆さん、注意してください」
 一行は後衛である七海とカルラを中心に固まりながら、慎重に進んでいく。神埼 煉(ja8082)の言うとおり視界は悪く、足場もある程度は整えられているとはいえ、平地ではない。敵がいるとすれば向こうに地の利がある。油断は禁物だ。
「熊程度ならいいのですが」
 気のせいならそれでいいと思いつつ、煉は天魔の可能性が高いと考えていた。

「止まってください」
 七海が突如声を上げ、全員が足を止めた。目が見えない分、七海の聴覚は優れている。何か聞こえたらしい。
「あっち、から……赤ちゃんの声、に似た、“泣き声”が、聞こえてきます」
 指差した方角は正面。他のメンバーが耳を傾けるが、まだ聞こえない。離れているのだろう。
 白兎、クライシュが気配を探りながら進んでいく。と、白兎とクライシュが同時に叫んだ。
「来る!」「来ます!」
 前方に見えたのは、血走った獣の目。
「ちっ下か」
 地面から何かが素早く飛び出て島津・陸刀(ja0031)の頬をかすめた。伸びゆくそれは、グロデスクな赤紫色をしてうごめく。
「助けてなの〜」
「動きがっ」
 中央の一番前を歩いていた白兎と、右横を歩いていた煉に地面から生えた触手が巻きついていた。手足と胴体を押さえられ、身動きが取れない。
 そんな2人へ獅子の頭が迫る。牙が木漏れ日に反射してきらりと光る。
「そう簡単にはやらせん」
「ぐっ今のうちに2人の拘束を」
 クライシュ、レイルがそれぞれの前に回り込んで代わりに牙を受け止める。腕に肩にと牙が突き刺さるが、食い破られる前に盾で獅子を押し返す。
「七海ちゃん、ごめん」
 さらに七海へと伸ばされた触手。それをいち早く察知した千歳が七海を突き飛ばし、アジュールで触手を絡め取る。
「1本2本3本……全部!」
 伸ばされた5本の触手を切断した。そしてすぐさま謝りながら七海を起こす。
「おーおーガン首揃えて大歓迎だ、なァっ」
 陸刀がクライシュに噛みついた獅子の頭を殴り飛ばし、
「大丈夫? 今助ける」
 カルラが白兎を解放する。触手の切れ端はそのまま地面を潜って本体へと戻っていった。
「仲間を……放せっ」
「大丈夫ですか?」
 夢野がレイルに噛みつく敵へ弓で牽制して口を離させ、ドニーが煉を拘束する触手を断ち切る。
「戦うのは、好きじゃない、けど……やらないと、だから」
 起き上がった七海が意識を研ぎ澄ませ、千歳に飛びかかろうとした獅子へスタンエッジを放つ。見事に命中して獅子は後ろへ下がった。
 なんとかしのぎ切った……思ったところで正面から突如現れた一体の獅子がクライシュへ体当たりをし、ふらついたところへ別の獅子の触手が右肩に突きささる。
「ぐぅあっ」
 白い仮面に赤い血が飛び散る。
「クライシュさん」
「大丈夫だ。陣形を崩すな」
 血が派手に飛び散ったものの、怪我は大したことないらしい。
「どうやら、後衛と前衛に別れているようですね」
 冷静に煉が告げた時、前方から赤子の泣き声が聞こえた。目をやると離れた場所に一体の獅子がいる。泣き声はその口から聞こえたのだった。
「やはり悪魔、人でなしの所業か!」
 ぎりぎりと音を立てるほどに歯をかみしめるドニー。カルラもまた
「赤ちゃんの声で呼び寄せるなんて人の心を何だと思って……っ!」
 敵を睨みつけた。
 左、前、右と囲まれていたが、恐怖は見えない。

「蓋を開ければ醜い獣とはな」
 感情の読みとれない声でそう告げ、クライシュはエネルギーブレードをなぎ払った。
「はーい、みんなデストローイですよー」
 千歳が場違いに明るい声でアジュールを操り、七海はそれらの動きを『見』つつ、考える。
(風の向き……大丈夫そう)
 千歳が攻撃した相手にポイズンミストを使って支援する。しかし敵が毒にかかった様子はない。抵抗力が高いのか。
 それらを見ていた陸刀が息を止めて毒の霧へ突入。しばらくしてから戻って来る。黙って指を立てたので、倒したようだ。
「どうやら耐久力はねぇみたいだな」
 続いて殿をつとめていた夢野が右横から襲ってきた敵へ弓を向ける。が、矢はすべて触手で受け止められた。敵の狙いが夢野へと向かう。
「私を的に、敵の注意を集めます。そこを一気に殺っちゃってください」
 全身にオーラを身にまとったレイルを、周囲の敵が不快そうに見た。そしてその隙にカルラの持つ二丁の拳銃から火が噴き、また別の位置から伸ばされた触手がレイルをしばりあげ、白兎が魔法で開放する。
「この距離なら、外しません」
 体当たりしてきた敵を避け、煉は顔面へ拳をたたき込む。ふらついたところをさらにドニーが太刀を振るった。
 全員ひたすらに耐え続けた。こちらから向かうことはせず迎撃に集中し、徐々に中央をさがらせる。

 カルラが攻撃に集中し、レイルが触手を弾く。その後接近戦へと切り替えた夢野が右の一体を沈黙させる。これで左右の敵を一体ずつ倒せた。残り11。
 まだ数は向こうの方が上。さらに触手が厄介だった。気は抜けない。
「触手が地面に……気をつけろ!」
 と、その時泣き声が木々を震わせた。
「あぎゃああああああああああっ」
 赤子に似た。しかし赤子ではありえない邪気にあふれた声。とたん、今までバラバラに狙いを定めていた敵たちが七海とカルラを狙い始めた。
「きゃああ」
「七海ちゃん」
 地面から正面から上から横から後ろから七海へと巻きつこうとする触手たち。千歳がそれらを切っていくが切っても切っても次から次へと七海を襲う。
「カルラ!」
「うっぐぅっ」
 思い切り締め付けられ、苦しげに顔をゆがめながらもカルラは銃を落とさない。ドニーが助けようとするが、前方より迫った敵で手がふさがる。避けるわけにはいかない。
 そんな身動きの取れない2人に前衛と思われる獅子たちが先を鋭くさせた触手を伸ばす。
「させないなのっ」
 白兎が目の前にいる獅子から伸びる触手を、身体に似合わぬ大きな剣で払い、切り裂く。しかし獅子は悲鳴一つ上げず、触手はすぐに元通りになる。
「それでも、やらせません」
 触手を殴り、時には握りつぶしながら煉はただ仲間を傷つけさせまいと、ひたすら触手をさばき続ける。
「奴が司令塔か……っ」
 届かないと知りつつも、クライシュがダガーを中央奥――泣き声を上げたと思われる敵に投げると、他の獅子が身代わりとなりナイフを受けた。
「かばった?」
 司令塔が分かったものの、まだ距離が離れすぎている。今は耐えて好機をうかがうべきだろう。

 獅子たちは、執拗なまでに後衛の2人を狙い続けた。まるで他の姿が見えていないかのようだ。時には前衛の隙間から突破しようとし、時には高く跳びあがって空から肉を食い破ろうとよだれをたらした。
 その猛攻に対し、反撃はせずひたすらに耐え続け。カルラと七海には数本がかすったものの、戦闘不能者は今だない。
 猛攻がやんだ間に全員で2人を縛る触手を切り裂き、白兎が周囲の怪我を確認する。
(外傷は少なくても2人の消耗が激しいなの)
 締め付けられ続けて呼吸の荒い七海とカルラに向かって、アウルの光を送り込む。段々と呼吸が整い、顔色もよくなってきた。
「すみません」
「ありがとう」
「いえいえなの」
 これで完全回復、とはいかないがまだまだ戦える。そして陣形は……徐々に翼を開こうとしていた。
(そこそこ知能はあるみたいですが、さすがに陣形までは見極められないようですね)
 近寄って来る相手をさばきながら煉は獅子長を見た。顔がゆがみ、どこか悔しげに見える。
「よそ見は禁物! 無念残念また来世!」
 千歳が左前方の敵を切り裂き、陸刀が少し前へ出て敵を中央へと押し込み、クライシュと白兎が受け止める。
「重量武器は得手とは言えませんが――叩き潰して差し上げましょう!」
 レルラもまた、皆の盾となりながら懸命に反撃する。レルラの一撃でひるんだところを夢野やドニー、煉が補佐をしてまた一体を倒す。煉、夢野が一歩前へ。
 閉じられた翼が……ゆっくりと、ゆっくりと開いていく。傷つきながらも、目の前の敵を逃さんとボロボロな翼で覆って行く。

 恐怖。

 そんな感情が獅子にあったのか。それは定かではないが、自分独り安全な場所にいた獅子が逃げ出した。まだ仲間である他の獅子が戦っているというのに、だ。
「逃げる気か? アンコールは今からだッ!」
 瞬時に弓へ切り替えた夢野が行く手を阻む矢を地面に突き刺し、ひるんだ一瞬に陸刀が脚部へアウルを集中させて山を駆け抜けた。
「敵前逃亡はだらしがねぇな」
「みんなデストローイ、って言ったでしょ」
「さて、そろそろ……真似ではなく本物の鳴き声を聞かせてくれ」
 獅子の長を左翼の3人が抑え込む。
 残りの残党たちは、というとバラバラに行動し始めた。どうやら指揮をとれる距離があるらしい。逃げだそうとする個体もあった。
「申し訳ありませんが、ここは通行止めです」
「戦意を失くしたとはいえ、人に仇なすもの。生かしてはおけません」
 逃がすわけがない。煉とレイルが瞬時に回り込む。夢野もまた大剣へ持ち替えて囲む。
「もうどこにも逃げ場はないの」
「に、逃がしません」
「人の心をこんな風に利用するなんて」
「絶対に許さない」
 白兎、七海、カルラ、ドニー……。無傷な物などだれ1人いなかったが、目には強い輝きがあった。

 獅子の頭を持つ化け物は、鳥から逃げることはできなかったのだ。



 ディアボロ13体を倒した一行は、その後も慎重に気配を探りつつ山を歩き回った。どこかに、生存者がいないだろうかという期待を抱いて。
「現実は、いつも酷い事ばかり、です。そう、いつも……」
 七海が小さく呟いた。
 見下ろしているのは、何かの骨。ところどころに血が染み付き、布切れがついている。
「うっ……ごめん、なさい」
 悔しさと悲しさで頬を涙で濡らし、硬くこぶしを握り締めたカルラ。そんな彼女の肩に、ドニーがそっと手を乗せた。想いは同じだった。
 見つけることができただけ僥倖。そう言えるかもしれないが、もっと早く来ていれば助けられたかもしれない。そんなもしもが、頭から離れない。
「……ゆっくりは眠れねェかもしれねェが、もう少し我慢してくんな」
 線香をともし、略式で冥福を祈った陸刀に続き、白兎、煉、千歳、レイルも目をつむった。クライシュは――仮面をつけているため分からないが。
「死者を弔うのは3度目‥‥か」
 山の中で響くのは夢野の奏でるレクイエム。みな、その音に耳を傾けた。
 死に近い撃退士。それでも出来る限り多くの命を救ってみせる。
 そんな決意が、山の空気に溶けていく。

 その日山の頂上から見えた景色を、彼らはきっと忘れないだろう。
 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 獅子焔拳・島津・陸刀(ja0031)
 祈りの煌めき・若菜 白兎(ja2109)
 騎士の刻印・レイル=ティアリー(ja9968)
重体: −
面白かった!:5人

獅子焔拳・
島津・陸刀(ja0031)

卒業 男 阿修羅
二人の距離、変わった答え・
ドニー・レイド(ja0470)

大学部4年4組 男 ルインズブレイド
二人の距離、変わった答え・
カルラ=レイド=クローシェ(ja0471)

大学部4年6組 女 インフィルトレイター
アトラクトシールド・
クライシュ・アラフマン(ja0515)

大学部6年202組 男 ディバインナイト
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
包帯の下は美少女・
佐野 七海(ja2637)

高等部3年7組 女 ダアト
重城剛壁・
神埼 煉(ja8082)

卒業 男 ディバインナイト
逢魔に咲く・
城咲千歳(ja9494)

大学部7年164組 女 鬼道忍軍
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト