.


マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/07/20


みんなの思い出



オープニング

●五月吉日
 産まれました。
 玉のような『人間』の赤ちゃんがふたり。
 可愛らしい男女の双子で、とても元気なご様子です。


●六月某日
 清浄石駅近くにあるフライドチキン屋の前で、見覚えのある青年が看板人形に会釈をしていた。
「アルカイド……だよね?」
 いつもとは違うカジュアルな服装をしているが、たぶん間違いない。
 振り向いた青年は神代 深紅 (jz0123)の頭からつま先までじっくり眺めて自身の記憶を探る。
 何度か会っていたはずだが、覚えていないのだろうか? そう思った時。
「……スパッツ?」
「かみしろ! みく!」
 その仇名を教え込んだ人物を思い浮かべながら、深紅は速攻で訂正を入れた。
 深呼吸をして心を落ち着かせ、尋問を開始する。
「何でこんな所に居るの? もしかしてナハラに逢いに来たとか? ベネトナシュも一緒? ちょっと待って。今、確認してあげるから」
 その一つひとつに頷いて答えていたアルカイドは、十数秒の間をおいて。
「……良いのですか?」
「大丈夫じゃない? ケンカ売りに行くわけじゃないんだから。それに、ナハラから『いつか絶対押しかけて来るだろうから、問題を起こす前に案内してやってくれ』って頼まれてるし」
 三界同盟が成ったとはいえ、冥魔界に属する者が久遠ヶ原島へ立ち入る事を許されるとは思えない――そう遠慮がちに問うアルカイドに、深紅は軽い口調で答える。
 もちろん万一に備え、発信機の所持や見張りが付く事になるけど。


●懐かしい、新鮮な光景
 学園施設に設けられた寮の一室。
 ふたつ並んだベビーベッドで、赤ん坊達はすやすやと眠っていた。
 その様子を、ヴァニタス・上総は瞳を輝かせて覗き込む。
「目元は貴公と似ているな」
 ベネトナシュ (jz0142) に視線を向けられ、父親であるナハラ(jz0177)は気まずそうに視線を逸らせた。
「皆、同じ事言うんだよね」
 それが照れを隠す時のクセである事を知る母親・睦月は、微笑みながら客人達に飲み物を配る。
「ありがとうございます」
 礼儀正しくお礼を言って、上総は久しぶりに再会した元・主の隣にちょこんと正座した。
「ナハラ様、子供達のお名前は、何というのですか?」
「上総よ。こやつの名付けのセンスなど高が知れている」
 自分が一発で当ててみせよう、と得意げに胸を張るベネトナシュ。
「この国では、子は両親の名を継ぐのだろう? ならば睦月と拓海から一文字ずつ取り『海月(ミツキ)』。もう一人は『海星(ミホシ)と言ったところか』
 びしっと指を突きつけて口にした答えは、意外と(発想は)マトモだった。でも、残念!
「字面は綺麗なんだけど、ね」
 額を抑えるナハラに同調し、深紅が深く息を吐いた。
 二人が揃って思い浮かべたのは、明日同行する依頼の裏事情だ。

 ――ぼくね、かんじでおなまえかけるんだよ!
 入学初日の自己紹介で自慢したお子様は、その数日後、友達と一緒に見たクイズ番組で、名前のもう一つの読みを知った。
 それ以来、お子様は自分の名前を、平仮名で書く事さえ拒絶するようになったという。

 それが女性の名前と知って美貴をヨシタカと読まないように、人名と認識して敢えてそう読む人は少ない、とナハラは思う。
 だからと言って割り切れば良い……と思うのは、擦れた大人だからだろうか?
「他にどんな子がいるんだっけ?」
 単に土地勘があるからとサポート役を頼まれただけのナハラは、詳細にそれほど興味を持っていなかった。
 そんな事だろうと予測していた深紅は、不精をなじる事なく説明を続けた。
「怖がりな男の子と、食べ物の好き嫌いが激しい女の子」
「……子供はちょっと恐がりなぐらいが丁度良いと思うぞ。上総みたいに好奇心旺盛だと、逆に苦労する」
「親御さんは、せめて夜のトイレだけでも克服して欲しいって」
 怖いから親が一緒でも行けない。我慢して、その結果お布団に地図を描く。梅雨の時期は特に大変だ。
「あとは好き嫌いか。誰だって一つ二つぐらいあるんじゃないか」
「……ナハラ様もイk」
「で、具体的に何がダメなんだ?」
 何か呟いたアルカイドの言葉を封じるように確認する。
「まずお肉全般」
「まず?」
「あとは魚、野菜、果物、ご飯、パン……」
 ちょっと待て。
「その娘は霞でも食べて生きているのか?」
 二の句が継げないナハラ。これには流石にベネトナシュも眉を顰めたようだ。
「ちなみに好きな物は『お菓子』だって」
 アレルギーがある訳でも、身体が拒絶する訳でもない。
 だから両親は、大自然の中で一晩過ごせば少しは改善するかも知れない、と期待しているという。
「……確認するけど、俺は撃退士の連中が上手い事やれるよう、他の子供達の相手をして『サポート』するだけで良いんだよな?」
「うん。だから皆に頼まれたら、ちゃんと『サポート』してあげて」
 しばし考えて、さりげなく面倒事を避けようとしたナハラに、深紅はそう念を押した。
 

 *

 その後、流れるままにガールズトークに突入した女性陣。
 最も盛り上がる話題は共通の知人であるナハラについてだ。特に睦月は自分の知らない夫のもう一つの姿を、とても楽しそうに聞いていた。
 夕食の準備でキッチンに立つナハラは、黒歴史として封印したいアレやソレがいつ暴露されるか気が気ではない。
「お前ら。もう用は済んだんだろ。早く帰れ」
 このまま放っておけばパジャマパーティーになりかねないので、直球な言葉で解散を促す。 
「あ。ごめん、忘れてた。アルカイドも同行する事になったから。だから今日は泊まらせてあげて」
「はぁ!?」
「だって聞けば絵を描くの得意だって言うんだもん。お絵かきの先生がギックリ腰で来られなくなったから、その代わりにと思って」
 いつかは冥魔とか天使とか関係ない時代になっていくだろうし。取りあえず今回はその第一歩?
「あのなぁ」
 悪びれずにそう答える深紅に、ナハラは大きく溜息を吐く。
「こいつに任せておけば、いつの間にかサルが数匹混じっているぞ」
「……サルとヒトの区別ぐらいはできますが」
 すかさず本人から抗議の声が上がる。
 もっとも人間と人形の区別がつかなかったりする辺り、説得力はない……かも知れない。


●明日という未来
 男の子の名前は『航(ワタル)』……どんな荒波をも乗り越えていけるように。
 女の子の名前は『栞(シオリ)』……どんな困難でも迷わず歩んでいけるように。
 そんな願いを込めました。

 これから生まれてくる多くの命は、新たな楽園に生きる世代。
 その楽園を築くのは、一歩先を生きる子供達の役割だ。

 ならば楽園の礎となった旧き時代の大人達は――
 彼らがより多くの選択肢を得られるよう、道を照らす灯りを掲げよう。
 いつか、大人となる子供達のために……。



リプレイ本文

●準備OK?
 転移装置を抜けた先は、緑豊かな大自然の中だった。
「みんなー、こっちこっち」
 聞き覚えのある声に振り向けば、準備のため一足先に現地入りしていた神代 深紅 (jz0123)の姿があった。
 彼女の足元には、テントや食材が詰まった荷物が山と積まれていた。
「着いて早々に悪いけど、これ子供達が来る前に運んじゃって」
 そう言って、この辺に……と案内図を指し示した。

「ねぇカイ、あそこだよね」
 場所はすぐに分かった。南原拓海――ナハラ(jz0177)が居たからだ。その隣には、アルカイドの姿も見える。
「……久しぶり。子供、産まれたって聞いたよ。おめでとう」
「赤ちゃん、双子だって聞いてます。今後のためにも今回の依頼がんばらないと、ですね」
黒猫ティアラを抱いた水無瀬 快晴(jb0745)と水無瀬 文歌(jb7507)が祝いの言葉を述べると、ナハラは少し照れたように微笑み。
「その様子では順調に育っているようだな」
「はい、お陰様で」
 母子の体調を気に掛けるファーフナー(jb7826)には、深々と頭を下げて礼を述べた。

 鴉乃宮 歌音(ja0427)は均等にテントを配置しつつ、周辺の様子を確認する。
 危険要素があれば取り除くつもりだったが、特に心配はなさそうだ。
「テントは先に張っておくのか?」
 アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)の呟きに、小宮 雅春(jc2177)は考えを巡らせた。
「このままで良いと思いますよ」
 子供には重労働かもしれないが、せっかくの機会である。
 できる事は自分達でやる――それがキャンプの醍醐味なのだから。


●キャンプ開始
「では、まず自己紹介をしようね」
 芝生の上に体育座りをした子供達の前で、雅春が微笑んだ。
「僕はコミヤンって言うんだ。よろしくね。そして友達の……」
 得意満面で手を伸ばした場所には、何の影もない。
 おや? と首を傾げ、周囲に視線を向けるコミヤン。
「……出ておいでー、キツネイヌ!」
 そう叫んだ瞬間。
『おいらはコヨーテだっ! キツネイヌって言うなー!』
 ヒヒイロカネから顕現させたパペット・コヨーテの拳がコミヤンの鼻先を襲った。

(えっと、明日花ちゃんは……)
 列の中程にその姿を見つけた瞬間、ばっちりと視線が合った。
 星杜 焔(ja5378)が微笑みを向けると、おませな女の子は、とびっきりの可愛い笑顔を返してきた。
 上手く気を引く事ができたらしい。
「俺は星杜 焔。皆と友達になれたら嬉しいよ。よろしくね」
 その後も順番に学園生の自己紹介が続き、今度は子供達の番。

 すっくと立ち上がり、元気よく名前を言っていく子供達。
「矢野……です」
 その中で、名字だけを告げた男の子がいた。心太だ。
「お名前は言えるかな?」
 優しく問いかける文歌に、男の子は俯いたまま。
「ここたー」
 答えは別の子供から上がった。
「心太くんは自分の名前が嫌いなんです」
「別の意味があるんだっけ?」
「でもそれ言ったら、勇馬だって『未確認動物』だし」
「み、みかくにんどうぶつって何?」
 違う。それは違うけれど。次々と挙げられる例に、怖がりな勇馬は耳を塞いだ。


●モンダイ大作戦
 学園生の手を借りながらテントを張り終えた子供達。
 心地よい達成感が冷めないうちに、自然学習の時間へと突入する。
「まずは明日花ちゃんをこっちに引き込まなきゃね」
 好き嫌いをなくするため、まずは料理の事を知ってもらう。それが学園生の計画だった。
 しかし明日花自身はお絵かきに興味を引かれている様子。
「夕ご飯を作るお手伝いが、もう少し必要なんだ。……一緒に作ろうか?」
 視線の高さを合わせてお願いをする焔。明日花は顎に指を添えて迷っている。
 もうひと押し。
「可愛い女の子が作ってくれたご飯、男の子、喜ぶと思うよ?」
「……うん! 判った」
 アイドルの微笑みと共に囁いた文歌の言葉に、明日花は満面の笑みを浮かべた。



 子供達は花壇の前で絵を描いていた。
 描き終えた子から順番に次の場所へ移っていき、最後に心太だけが残された。
 ――最後に名前を書く。お絵かきの先生がそう言っていたから、心太の絵はまだ完成していないのだ。
『名前、書かないのか?』
 話しかけたのはコミヤンが操るキツネイヌだ。
 心太は背中を向けたまま、小さな声で恥ずかしいから、と呟いた。
 その様子を見て、キツネイヌは溜息を吐く。
『名前が嫌い、か。由々しき問題だな』
「ゆゆしきって?」
『見過ごす事ができないって事さ』
 もう一度、溜息。
『その気持ち、分かるぜ……。おいらもこんな格好悪い名前嫌なんだ』
 どうすれば良いか皆で考えよう。そう告げるコミヤンに、心太は唇を噛みしめる。
 ――そんなの判ってたら、最初から悩まない。ここたが心太である限り、恥ずかしいままなのだ。
「ふむ……コンプレックスは分かる。が、由来と願いを知ってみてもいいんじゃないか?」
 アルドラは電子辞書を駆使し、『心太』という文字に秘められた意味を探る。
「なるほど。昔は『こもるは』を固めたものを『こころふと』と呼んでいたのか。……つまり『心太』自体が後付けという訳だな」
 ところてんの語源は別として、両親はその文字にどんな願いを込めたのか。
 どんな時でもゆるく、ぷるぷるして欲しい?
 いや、違う。心を太く逞しく。何事にも動じない心の持ち主であれ――そう願ったはずだ。
 アルドラが一通り説明を終えた後、歌音は気にする事はない、と諭すように言った。
「名前を馬鹿にする奴は『ところてんとも読むのだ凄いだろう!』と笑い飛ばしてしまえ。心の太さを見せつけてやるのだ」

 しばし考えて、心太は力なく頷いた。クレヨンを握る手に、ぎゅっと力を込めて。
「……お父さんも先生も、同じこと言ってた」
 そしてスケッチブックを閉じると、絵を完成させる事なく友達の後を追った。
 


 快晴はナハラと共に遊歩道を散策していた。
 子供達を先導し、草や野鳥について丁寧に説明するナハラ。快晴は後方に位置し、遅れがちな勇馬に付きっ切りだ。
「あ、カブトムシ!」
 木の幹に止まる堂々たる姿に、男の子が瞳を輝かせて叫んだ。もぞもぞ動くのがくすぐったく、男の子は妙な笑い声をあげる。
 カブトムシは順番に子供達の手を渡り、勇馬のもとへ。
「……手を出してごらん」
 快晴に誘われ、勇馬はビクリと体を硬直させた。
「怖い?」
「……」
「じゃあ、猫は?」
 快晴はリュックに入った猫をチラ見せさせた。
『なァ』
 懐っこく目を細める猫にも、勇馬は怯えている。
「……大丈夫。引っ掛かない、よ」
 恐る恐る手を伸ばす勇馬。ふさふさの毛玉に触れた瞬間、慌てて手を引っ込めてしまったけれど。

 その後も散策は続き、子供達はセミの抜け殻やワラビなどの宝物をゲットしていく。
 やがて一行は開けた場所に出た。散策路の終点だ。
「……今度は釣りをしてみる、か?」
 階段を下りて駐車場へ回れば、その先は釣り堀だ。先に話は通しているので、すぐに遊ぶ事ができる。
「撃退士先生、あれはなぁに?」
 子供の一人が快晴の手を引き、散策路の突き当りで草に埋もれる石段を指し示す。
「……昔ここにあった村を守っていた祠、だよ。寄ってみる、か?」
 細い石段を登った先はちょっとした広場になっていた。鳥居はなく、苔生した小さな石造りの祠だけが、ひっそりと佇んでいた。



 子供達の手で山盛りの野菜の皮が次々と剥かれていく。
 手元が危なっかしかったりするのは、お手伝い経験の差か。問題の明日花は……お察し下さいレベルだ。
「うーん……。じゃあ、今度は人参を星型にしてくれるかな?」
 ちょっぴり難易度の高い作業を任せて撃沈した文歌は、隠し切れない動揺の中、新たなミッションを告げる。
 今度は型で抜くだけだから、きっと大丈夫、のはず。
「明日花ちゃんはどうして食事が苦手なの?」
 型抜きのコツを教えながら尋ねる焔に、明日花は不思議そうに小首を傾げた。
「明日花、食べるのは好きだよ?」
 肉や野菜は食べたくないだけ。お腹がすけば、スナック菓子を食べるから問題はない。
「……御菓子ばかり食べていると、そのうち太って肌も汚くなるかもしれないな」
 胸を張るお子様相手にファーフナーの容赦がない言葉が飛ぶ。
「そんな事ないもん、明日花、小さくて可愛いもん。おデコのおじいちゃんなんかハゲちゃえ!」
 その分、返ってきた言葉も容赦なかった。

(材料に苦手意識がある、という訳でもなさそうだな)
 食わず嫌い――仲間達とのやり取りを観察していた歌音の推測を裏付けるように。
「さっき明日花ちゃんが食べてたお菓子、お米とエビだよ?」
「うそだー。あればおせんべいだもん」
「じゃあモンブランは知ってる?」
「うん。大好き」
「あれは栗を使ってるんだよ」
「ケーキだもーん」
 つまり明日花にとって、ケーキ上の栗はケーキで出来ていて、プリンは卵や牛乳と別物という認識なのだ。
 この様子では、単に甘いというだけ料理を食べてくれないだろう。
 歌音は動じる事なく次善策を考える。


●夜が来る前に
 ――ここが武蔵国と呼ばれていた時代、深刻な蝗害が発生した。
 村が人身御供としてひとりの娘を捧げると、山に住まう天狗(山伏と思われる)が蟲の長に扮して蝗を導き、村を飢饉から救ったという。
 祠は、その天狗と娘を奉った物だと伝えられている。

 祠の謂れを簡単に説明した後、肝試しが始まる。
 ルールは子供四人に学園生が二名付き添い、祠でスタンプを受け取ってくるというシンプルなもの。
「僕も行かなきゃダメ?」
 いよいよ最終組。ついに自分の番が来たことを知り、勇馬は今にも消えそうな声で訪ねた。
「……昼間、皆で行った場所だ。その時は恐くなかった、だろ?」
 大丈夫。皆もいる。だから心配は要らない。そう言って、快晴は勇馬を送り出した。

 昼間と同じ場所。でも、今は暗くて怖い。
 そんな階段を、元気な女の子達が先陣を切って駆け上がっていく。
 どうしてそんな事ができるんだろう?
 ファーフナーのスーツを握りしめる勇馬にとって、信じられない光景だ。
 薄暗い街灯の下、ぼんやり浮かび上がる祠。その傍に、黒づくめの人影が佇んでいた。
 先に回った友達は、お花屋のお兄さんだったと言っていたが……。
「きゃあっ」
 女の子が悲鳴を上げた。なぜなら『その人』は、人間とは思えなかったから。
「ほら、こっちへおいで」
 クスクスと笑いながら手を差し伸べるその人の目は、虫のような複眼なのだ。
 悲鳴を上げる子供達。
「あれは伝承の天狗!? 皆、下がれ……人身御供にされるぞ!」
 アルドラは打ち合わせ通り、退路を塞ぐように子供達を広場の隅へ誘導していく。
「何故だ、何故攻撃が通らん……!」
 撃退士が倒せるのは天魔のみ。『伝承』に立ち向かえるのは、純粋な子供の心。そう思い込ませ、勇馬に自ら立ち向かわせる作戦だった。
 ヒーロー志願の子供であれば、上手く乗ってくれただろう。
 しかし、勇馬は極度の恐がりなのだ。撃退士でさえ敵わない相手に、自分が何かできるとは思えない。
「うわあぁん!」
 天狗役のナハラに頭を撫でられ、勇馬の『怖い』が爆発した。
 これはさすがに薬が強すぎたか? ナハラはすかさず人間の姿に戻るが、勇馬のパニックは収まらない。
 落ち着かせようと勇馬を抱き絞めたアルドラの服が、急激に暖かな湿り気を帯びていった……。


●初めて跳び箱を飛んだ日
 ひとつ、またひとつとランタンの灯りが落とされ、キャンブ場に夜が近づいてくる。
 満天の星空の下、ちょっとだけ涼しい風が木陰の洗濯物を揺らす。
「……俺、やりすぎた」
 いろいろな意味で限界を突破した勇馬を思い出し、直接の原因であるナハラは頭を抱えた。
「ナハラの所為ではない。計画したのは私だからな」
「私は問題ないと思うけど。ただ、勇馬くんの反応が予想の斜め上過ぎただけ。現に他の子は大丈夫だったでしょ?」
 今日は本当に御苦労様。深紅は心から学園生の健闘を称える。

「……明日花の件は上手くやれたようだ、な」
「ごはん、食べてくれたからね」
 快晴の労いに、文歌は嬉しそうに微笑んだ。
 さすがに完食とまではいかなかったが。自分で作ったという事実が、食わず嫌いを改善させた事は間違いないだろう。
 そして食べ物についての認識も。
 焔のパンケーキと歌音のキャラメリゼ。
 それが『カレーと同じ人参から作られている』と認識した驚きの表情は、今でも忘れられない。

 一方、心太は言うと……。
 心太は結局、最後まで絵に名前を書く事ができなかった。
 頭で理解はできても、心は納得できないと言った所か。
「もう少し、心太くんの気持ちを考えるべきだったでしょうか」
 笑い飛ばすのも答え。願うのであれば、名前を変える事も良しと雅春は思っていた。
 価値観を押し付けないよう注意していたつもりでも、気付かぬ内にそうなっていなかったか?

 悩みは例えるなら跳び箱のような物だ。
 他人は一跨ぎで越えられそうに見えても、当事者にとっては見上げる程高く感じられる。
 明日花は難なく飛び越えた。勇馬はちょっと躓いてしまった。
 そして、心太は……。
 いつの間にか忘れていた、初めて跳んだ心の跳び箱の高さ。
 はたして自分達は、心太の目に映るのと同じ『跳び箱』を見る事ができていたのだろうか。

 かさりと音がして、テントの幕が揺れた。
 顔を出したのは勇馬だ。何かを警戒するように、何度も周囲を見渡している。
「どうした?」
「ひゃっ」
 一瞬だけびっくりした勇馬は、それが歌音と知ってホッとする。
「……あの、トイレ、ついてきてください」
 もじもじと足踏みをしながら口にした言葉は、親御さんが『せめてこれだけは』と望んでいたもの。
 お友達の前で盛大に躓いた子は、恥ずかしさをバネに再び走り始めた。
「では、俺が連れて行ってあげよう」
 繋いだ手は森でフクロウが鳴くたび力が籠るけど、これからはきっと大丈夫。

 ミーティングが一時中断され、雑談が始まった。話題はもっぱらナハラの子供の件だ。
「本当、可愛いですね」
 知り合いにも見せたい、と双子の写真を自分のスマホに移しながら、文歌は傍らに座る快晴に視線を向ける。
「私たちも早く子供が欲しいなぁ」
「……子供、ねぇ」
 愛妻が口にした願いにどう応えるべきか、快晴が考えを巡らせた時。
「お兄ちゃん達、赤ちゃん生まれるの?」
 もう一人、寝付けずにいたお子様が、唇を噛みしめて立っていた。
「いつか、ね」
「名前」
「……名前?」
「ここたと同じ名前だけは、付けないで!」
 それだけを叫んで、心太は自分のテントに向かって走り出す。
「これは、どう判断するべきだと思う?」
 声色に楽しさを含ませて、アルドラが感想を求める。
 アルドラの目には、彼も自分なりに前へ歩き始めているように見えた。

 明日、また心太と話をしてみよう。
 そうすればきっと、彼が心の奥に閉じ込めた本当の想いを、受け取る事ができると思うから。




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
天使を堕とす救いの魔・
アルドラ=ヴァルキリー(jb7894)

卒業 女 ナイトウォーカー
愛しのジェニー・
小宮 雅春(jc2177)

卒業 男 アーティスト