●リア充達
目の前に広がる色とりどりのイルミネーション。
見上げる大樹の頂には大きな星が、人々を慈しむように輝いている。
「わぁ、綺麗……」
「カイにぃ、今の! 見たんだよ?」
ふわりと電飾フェニックスが空を舞い、天王寺 伊邪夜(
jb8000)が歓声を上げた。
ワクワクを隠し切れない義妹に目を細める水無瀬 快晴(
jb0745)。その隣には永遠の愛を誓った妻・水無瀬 文歌(
jb7507)の姿もある。
文字通り、両手に花。
一部の人種から浴びせられる羨望の視線をモノともせず、三人は仲良く並んでイベント会場巡りを始めた。
*
黄昏ひりょ(
jb3452)がエスコートするのは、輝くような金の巻き髪の美少女マグノリア=アンヴァー(
jc0740)だ。
すれ違う男達が振り返る――その度にひりょはある種の優越感を感じつつ、人込みの中で逸れないよう、マグノリアを引き寄せた。
「ここの店、評判らしいよ」
地図を頼りに事前チェックしていたブースへと辿り着いた目指すひりょ。
前評判から予想はしていたが、既に行列ができていた。
受け取った『最後尾』のプラカードもすぐに後続へバトンタッチ。
この分ではしばらく待つかも知れない……と思ったが、店員は意外とイベント慣れしているらしく、行列は滞る事無く捌かれていった。
順番が近づくにつれ、ほのかに漂ってくるスパイシーな香り。
「良い香りですわね」
うっとりとしたマグノリアの隣で、ひりょは額に冷たい汗を滲ませた。
(なぜ、なぜアップルパイの店からカレーの匂いが……?)
平静を保ちつつ、ひりょは手元の地図を再確認する。
狙いの屋台ナンバーはB1。そしてここは。
店名が記された看板の色は緑――A9。Lの字状になった配置の、ちょうど対角の位置だ。
……俺、やらかした?
ここぞという時に発揮された特殊能力(ほうこうおんち)に打ちのめされるひりょ。
「まぁ! ハーヴも販売されているのですね。クミン、ディル、フェンネル……。ひりょさん、ご存知です? コリアンダーの実には、異性の心を繋ぎ止める力がありますのよ」
しかしマグノリアは気にする様子はなく。むしろ魔術でも使用できるハーヴの数々に瞳を輝かせていた。
*
カップルが『男女』だけなんて、誰が決めた?
ミニスカサンタ衣装を纏った桜庭愛(
jc1977)とアニーピーチ(
jc2280)は、クリスマスイベントで行う余興(プロレス)の宣伝に勤しんでいた。
さすがに専用のリングを設置する事は叶わなかったが、その気になればカラダひとつで出来ちゃうのがプロレスの売りなのだ。
「美少女プロレスの特別試合ですよー♪」
物珍しげな、そして興味深げな人々に笑顔で答える愛。アニーピーチも持ち前の明るさで人々を引き付ける。
彼女達の他に宣伝をしている出演者は居ないため、かなり注目を集めていた。
「お嬢ちゃん達がプロレス……ねぇ」
「これでも強いんですよー。試しに腕相撲でもしてみます?」
職人気質の男性が半信半疑の視線を向けられ、愛は力こぶを作って見せた。
集客のための挑発は不発。男性は呵々という笑いを残し、去っていく。
その後もしばらく宣伝を続けていた二人。
「さ、寒っ」
不意に足元を撫でた風に、アニーピーチは思わず身を竦ませる。
この時の気温、九度。
サンタ衣装を纏っているとはいえ、その下は試合用コスチューム――水着一枚で過ごすには、少々寒すぎた。
「ね、そろそろ休憩にしようか?」
愛はかじかんだ指に息を吹きかける。吐く息が白い。
「向こうでスープを配ってたよ。それ食べて温まろうよ」
試合前に身体を冷やすわけにはいかない。
道行く人にとびっきりの笑顔でファイティングポーズを魅せ、二人は休憩室へと向かった。
*
もう一組の異色カップルは、人と奇妙なナマモノだった。
逢見仙也(
jc1616)の頭の上で、召喚獣・ヒリュウは煌めくイルミネーションを興味津々に見回す。
「食うか?」
「きゅっ」
差し出されたチキンを一口で頬張るヒリュウ。肉も骨も一緒くたに噛み、ごくんと飲み込んだ。
「かわいー」
「ヒリューンそっくりー」
ヒリュウの姿を見つけたお子様達が集まってくる。
秋から始まったアニメのマスコットキャラに選ばれている事もあり、知名度は抜群だ。
噛まれやしないか、引っ掛かれたりしないか――ママさん達は心配そうに見守るが、お子様達はそんなのお構いなしにヒリュウを抱っこし、撫でまわし、引っ張り合う。
(まぁ……これぐらいならダメージないしな)
限界まで指で広げられた口腔が地味に痛い。
最初は餌をもらってご機嫌のヒリュウだったが、手加減という言葉を知らないお子様を前に、キューンと声を上げて仙也に助けを求めた。
●ラーメンファイト
L字型に並ぶ屋台から離れた一画で、作務衣姿のおっちゃんがラスボスとして君臨していた。
チャレジメニューを提供する勝龍軒の店主だ。
「食べ放題……でも、激辛ですか……」
興味はあるが、雫(
ja1894)は些か警戒心を捨てきれず。しばし様子を見守る事にする。
「……イケると思ったのに」
口元を抑えた青年がよろめきながら立ち上がる。この寒空の下、半袖で汗だくになって。ぐっと恨みを堪え、握りしめてクシャクシャになったチケットを募金箱の中へと放り込む。
「ゴッツァンデス!」
その隣では異国の少女が、旅行中のどこかで教わった片言日本語で勝利を宣言する。
「オトトイキヤガレ!」
負けを認め、売上の中からチケット一枚を募金箱へ投入する店主。新しい日本語を覚えた異国の少女は、満足げに去っていく。
「どうやら……一般人でも耐えられるレベルのようですね」
ならば。
「チャレンジメニューにいつ行く? 今でしょ」
覚悟を決めた雫の背後で、おっとりとした声が上がった。
声の主はユリア・スズノミヤ(
ja9826)。北方の生まれであると一目で推測できる顔立ちの女性だ。
「カイにぃ、今度はアレを食べるんだよ!」
「……俺は遠慮しとくよ。待ってるから、行っておいで」
伊邪夜の誘いをやんわりと辞退した快晴。ちょっぴり残念そうな伊邪夜に文歌が微笑んだ。
「私もどんな味か、ちょっと挑戦してみようかな?」
「じゃあ、競争なんだよ♪」
ぱっと顔を綻ばせ、手を取り合って駆けていく。
生物というものは種族が違ってもやはり女性の方が強いらしい。
もちろん男だって負けてはいられない。
「俺も参挑戦させてもらうぞ」
「おや。あんちゃん、もしかしなくても撃退士さんかい?」
仙也の頭に居座るヒリュウを見たおっちゃんが問う。その声色に、微妙な警戒心があった。
「そうだけど、何か不都……」
「私(あたし)達もなんです(だよ)」
不審に思った仙也が聞き返したのと同時、文歌と伊邪夜が声を揃えて名乗った。
「へぇ、人は見かけによらないねぇ。どうぞどうぞ。大歓迎だよ」
そう言って、おっちゃんは引きつった笑みを浮かべた。
撃退士ファイブVSおっちゃん。
天下分け目の大勝負を聞きつけ、周囲はこれまで以上に多くの見物人が集まっている。
タイマーを十分に合わせ、いざ出陣!
「ラーメンは飲み物アルヨ」
君の国籍はどこだ? と突っ込みたくなるようなセリフと共にスタートダッシュを決めたユリア。
母方の血が本能的に辛さを拒むが……激辛でも美味しければ無問題! ぐいぐいと口の中へと流し込んでいく。
「なんだ、辛いと言ってもこの程度か」
軽く一杯目を平らげ、不敵な笑みを見せる仙也。
素早く二杯目を手にした時、それまで好奇心に満ちた目で見つめていたヒリュウが、碗の中に頭を突っ込んだ。
ちらりと視線を向けると、おっちゃんはユリアの喰いっぷりに度肝を抜かれ、ヒリュウの犯行に気付いた様子はない。
(まぁ良いか。ティアマトとかに食わせてるわけじゃないし、その分余計に食えばルール的に問題はないし)
そう、思う事にした。
「十杯くらい楽勝なんだよ♪」
小柄な身体で伊邪夜は順調に碗を重ねていく。その横で。
「か、辛いよ……(><)」
予想以上の刺激に、文歌は思わず弱音を漏らした。
お冷で口の中を宥めつつ、時間をかけて麺をすする。
「辛みは味覚で無く、痛覚で感じると聞きました」
さらに小柄な体系の雫も、そろそろ限界を感じ始めていた。
辛さで唇が腫れ、まるでアヒルになったかのような錯覚に陥る。
このままでは敗ける。そう考えた雫は密かに闘気を解放。……しかし、それは残念ながら胃袋の防御力を上げてはくれなかった。
たぶんこの場合、もっとも効果的なのは、抵抗力を高める『聖なる刻印』の方。
しかし、それをアドバイスしてくれる者は誰もいない。
「仕方がありません……。こうなったら痛みを感じる前に胃の中に収容するしか手が有りません」
あの異国の少女は、本当にこれを平然と食べていたのか?
そう思いつつも、ぐひぐひとスープごと麺を喉へと流し込んでいく。
(……拓ちゃんの言う通りだった……)
どう対策すべきかアドバイスを受け、密かに辛さを三割増しにしたはずなのに、この有様である。
撃退士の手強さを実感したおっちゃんは、心の中でウサギのように震えていた。
六分経過。すでにユリアと伊邪夜はノルマを達成し、ユリアはその後も快進撃を続けていく。
「上がり!」
「どうにか耐え切りました」
少し遅れて仙也が、続いて雫も勝利を宣言。
残り一分。
「うぅ、やっぱり私には無理……」
未だノルマの半分にも届かず、文歌はついに白旗をあげた。
じわりと痺れるさくらんぼ色の唇。己の修行不足を痛感する文歌に、囲の人々は惜しみのない拍手を送った。
唯一の勝利に拳を握り締めたおっちゃんだったが――
「大将、もー三十杯追加ー☆」
その直後に響いたユリアの一言にノックアウトされつつ、『お一人様最高二十杯まで』という張り紙を指し示した。
「カイにぃ、やったよー♪」
喜色満面でガッツポーズを決める伊邪夜。
戦いを終えた乙女達を迎えた快晴は、優しい手つきで義妹の頭をぽふる。
「よくもまぁ、あんな辛そうなのを伊邪夜は食えるなぁ?」
感心したように呟きつつ、自身は早食いにチャレンジすることなく、文歌と共にチケットを募金箱に入れる。
「ん? 意外と美味しいもんだよ?」
不思議そうに小首を傾げる伊邪夜。
「美味しいけど、辛いよ……」
対称的に文歌はガクリと肩を落とす。
「文歌もお疲れ様」
そんな愛妻の様子に苦笑しつつ、快晴はやはり優しく文歌の頭を撫でてやった。
「……まだ口の中が辛ひです」
何とか時間内に食べきれたのは良いが、まだ口の中が辛い。心なしか、声も枯れているように思える。
早く口直しをしなければ、と雫は甘味処を求めて彷徨い歩く。
かき氷で身体にこもった熱を下げ、ブッシュドノエルを堪能する。
詰め放題でゲットした金平糖を頬張る雫が次に目を付けたのは、温スープの屋台に並ぶお汁粉だ。
(あの子、まだ食べるのか?)
(やっぱり『あの話』は本当だったんだ……)
(どこぞのバイキングを単騎で食い尽くしたっていう?)
ウワサに妙な尾ひれがついているようだが。
「酷い目にあいましたが、御蔭で甘い物が格別に美味しく感じますね」
わんこラーメンでの活躍を目撃していた人々が遠巻きに囁く中、雫は甘いお汁粉に舌鼓を打った。
●再会
源三郎とナハラ(南原拓海)がイベント会場でボランティアをしている。
そんな噂を頼りに会場を巡っていた袋井 雅人(
jb1469)は、ピザ屋台の一つで見覚えのある顔を見つけた。
以前、依頼で関わった事のある女性、三宅睦月――ナハラの恋人だ。
「すいません、マルゲリータ、くださーい!!」
「こんにちはですよ。シーフードひとつ、下さいな♪」
足早に駆け寄った雅人の軽い声に、ザジテン・カロナール(
jc0759)の元気な声が重なった。
そこにおでんの串を咥えたファーフナー(
jb7826)も加わり、ピザ屋は一気に忙しくなる。
「お買い上げ有難うございます」
チケットを睦月へ手渡した後、ザジテンは差し入れのシュトレインを手に、周囲へ視線を走らせる。
「ムツキさん、お久しぶりです! タクミさんとゲンザブロウさんは一緒じゃないんですか?」
「えっ? ……あっ」
睦月は小さく声を上げた。その視線が、遠慮がちに石窯へピザを入れた青年の方へ向けられる。
「えっと、タクミ、さん?」
「……? そうですけど。あ、君は確か撃退士の……」
あんぐりと口を開けるザジテンと雅人。
驚くのは無理もない。彼らの知っているナハラはいつも(▼ー▼)ニヤリ的な感じだった。
しかし目の前で(⌒▽⌒)ニパッと微笑む青年は、あまりにも印象がかけ離れていた。
本当に同一人物なのか?
「あら、ザジはここにいたのね」
湧き上がった疑問は、ラーメンの口直しをするために訪れた水無瀬一家があっさりと解消してくれた。
「ナハラさん、睦月さん、お久しぶり。元気そうで何よりです」
「……トマト娘」
「文歌です! み・な・せ・ふ・み・かっ」
勝手に命名された仇名で呼ばれ、すかさずツッコミを入れる文歌。
猫じゃらしに飛びつく子猫のような愛妻の反応に、快晴が微笑ましげに目を細める。
ふと視線を向けると、屋台の奥にいる睦月が、小さく声を出してナハラを見守っていた。
「……ふぅん? 仲良くやってるみたいで良かった、ねぇ?」
思わせぶりに相槌を打つ快晴。
(カイにぃも文歌さんも、この人達と知り合いなんだよ?)
諸々の経緯を知らない伊邪夜は、きょとんとした表情でそれらの遣り取りを眺めていた。
「はふっ」
「このチーズの蕩け具合、最高ですよ!」
焼きあがったピザをそれぞれ堪能する撃退士達。
それぞれのピースをシェアしあえば、ちょっぴりお得な気分になる。
「体調はどうだ?」
「はい。お陰さまで、順調です」
ファーフナーの労わりの言葉に、睦月は静かに微笑んで自身のお腹に手を添えた。
もともと着やせするタイプのためあまり目立たないが、そこは以前より確実に膨らんでいた。
「南原さんは怪我の具合、どうですか? 私はもう元気でこの通りピンピンしてますよ」
雅人は肩を回し、大袈裟なぐらい己の健康ぶりを見せつける。
「見ての通り、もうすっかり大丈夫。あの時は本当に……」
ナハラの言葉が不自然に途切れた。その直後。
「……ご迷惑をお掛けしましたっ!!」
渾身の土下座。
予想外の行動に、その場にいた誰もが驚いた。
――三ヶ月ほど前の事。
ナハラは悪魔として、文字通り撃退士と殺し合いを『演じた』事があった。
恋人である睦月の安全を確保する根回しとして、自身を撃退士の手で討たせようとしたのだ。
彼が書き上げた一方的な悲劇のシナリオは、これまでのナハラを知り、信じる者達のアドリブにより、ハッピーエンドとして幕を下ろした。
物理的な治療を終えた後、様々な処理手続きのため軟禁状態だった事もあり、ナハラは未だに命の恩人である撃退士達にお礼や謝罪を伝えていなかったのだ。
「タ、タクミさん! 顔を上げてくださいっ」
だからと言って大袈裟すぎではないか? 周囲の目を気にして焦りまくるザジテン。
対称的にファーフナーは眉を顰めた。何か思うところがあるのか、口元を歪ませながら小さく舌を打つ。そして。
「……三宅。ナハラを5分ほど借りるぞ」
ただそれだけを告げると、ナハラの襟首を摘み上げ、有無を言わさず引きずっていく。
両手に薪を抱えた源三郎が帰ってきたのは、その直後だった。
他にもいろいろ仕事を抱えているらしく、ひと息つく暇もなく掛かってきた電話を取り次ぐ。
「俺がいない間にずいぶん繁盛しているな。って、拓海はどこ行ったよ」
「それが、ファーフナーさんに無理矢理さわられて……」
便所か? デリカシーの欠片も何もない源三郎に、ザジテンは大いに混乱した言葉で答えた。
「……あの、良かったらお手伝いしましょうか?」
忙しさを見かね、文歌が申し出る。
「睦月さんも大事な時期ですし」
(……?)
その言葉に伊邪夜が反応を示した。その手の話は、やはり女性の方が敏感だ。
「今、何ヶ月ですか?」
「六ヶ月に入りました。予定日は五月十二日です」
「む……睦月さんってば身重なんだよ?! カイにぃ、あたしも手伝うんだよ!」
いくら本人が大丈夫と言っても、そんな人に無理はさせられない――伊邪夜は素早く髪を束ね、戦闘態勢を整える。
「ん、頑張っておいで」
あっという間にソロになってしまった。
しかし快晴はそれを不満に思うではなく、ホスト側へと回った妻と義妹の様子を微笑ましそうに眺めていた。
「そこの綺麗なお姉さん! 良かったら私と一緒にピザを食べませんか?」
ピザを食べる以外、特にする予定のない雅人は、少しでも店の売り上げに貢献しようと客寄せを始める。
「あ、美味しそう! いいなぁ。でももうチケットないし。十一枚って少なすぎる……」
右手にケバブ、左手にミネストローネを持ったユリアが残念そうに呟いた。
そんなユリアの手にチケットを一枚握らせて、雅人は新たな獲物を掴むため、狙いを定める。
「奥さん、お夜食にいかがです? テイクアウトもできるそうですよ」
雅人が声を掛けるのはもっぱら女性ばかり。
「……マサトさん、大丈夫なんですか?」
「これもラブコメ推進部部長としての務め! さぁ、ザジくんも一緒に布教しましょう!」
「いえ、僕は……サクラでいいです」
節操のない女好きのような行動をしているが、実は雅人には恋人がいる、正真正銘のリア充だ。
でもナンパ目的ではないから問題なし。故に隣に彼氏の姿があってもお構いなし。
「良い度胸じゃねぇか」
当然、ドスの利いた声で睨まれる事になるのだが……。
「いやいやいや、どーです? お二人でピザを食べて、チーズみたいに身も心も蕩けましょうよ!」
「おひとついかがですかー?」
雅人のピンチに、文歌と伊邪夜が声を揃えて営業スマイル。
とたんに態度を変えた彼氏さんの足を、彼女さんのブーツのピンヒールが貫いた……。
*
子猫のように運ばれたナハラは、トイレ裏の芝生でぽいっと解放された。
正座をした状態で見上げたファーフナーの顔は、陰影も相まってとても迫力があった。
これから何をされるのか? ナハラは怯えの色を隠しきれない。
「お前、本当にナハラなんだな?」
姿形だけでなく言葉遣いも反応も明らかに違う。
そう指摘され、ナハラは観念したように瞼を落とした。薄闇の中、次に開かれた眼は、ファーフナーもよく知る特徴的な複眼状のそれ。
下ろした前髪とカジュアルなファッションが、何ともミスマッチではあるが。
「……別に意識している訳じゃないんだけどな」
気まずそうにそっぽを向く仕草は、確かにナハラそのものだった。
「時に、お前、三宅にちゃんと謝罪をしたか?」
ひとしきり納得した後でファーフナーは本題を切り出した。
「それは……」
ナハラの言葉が不自然に途切れる。
「言えて……ない」
ありがとうやご免という言葉を口にした事はある。でもそれは入院中の看病や世話に対してだ。
もちろん、件の暴走に関して悪いと思っていない訳ではない。ただ一緒に過ごす時間が自然すぎて、あえて言葉にしなくても、判り合えるつもりになっていた。
睦月は何も言わず、前と同じように微笑んでくれていたから……。
「そんな事だろうと思った」
案外無頓着な所のあるナハラに、ファーフナーは心底呆れた視線を向けた。
「俺達に対しては別にどうでもいい。だが、三宅に対してそれはダメだ。謝罪は言葉と行動で伝えろ。彼女に対する自分の気持ちも。それが、人間界の流儀だ」
「…………はい」
とは言え、今さらどうやって切り出せば良いのやら。
考え込むナハラに、ファーフナーは無言で一枚の紙を差し出した。
「切っ掛けにはなるだろう」
それはチケットに付属していた、花火大会のメッセージ申込書だった。
●余興
ミニスカサンタ服の愛が舞台上に立つと、観覧席から拍手が上がった。
「イエーイ♪ 美少女レスラー!愛ちゃんだよー」
ばさりとサンタ服を脱ぎ捨てる愛。
その下から現れた、青いチューブトップ水着に、観覧席にどよめきが生まれる。
続いて舞台に登ったのは金髪少女のアニーピーチ。こちらの勝負水着は、可愛らしいピンク色だ。
「これから熱いプロレスで寒さなんか吹き飛ばしちゃうですよー」
声援を送る観客に笑顔で応える二人。
レフリーと実況はノリの良い観客が担当してくれる事になった。
ハンドベルのゴングが鳴り響く。
打撃系で攻める愛と飛び技主体のアニーピーチ。肉体と肉体が激しくぶつかり合い、飛び散る汗がイルミネーションのようにきらきらと輝く。
「……っ」
数多の実戦を積んできた愛の地力は確かなもの。
ヒップアタックをまともに受けたアニーピーチは、衝撃に耐えきれずノックバックされる。
足を踏ん張り、どうにか転倒だけは免れた。
「まだまだーっ」
追撃のキックを避け、アニーピーチが愛の背後に回り込んだ。繰り出した技はバックドロップ。愛は背中から派手に落ちる。
素早く態勢を整えた愛。
アニーピーチを捕らえると舞台の端へと振り、よろめいた所を狙い、背面体当たり――鉄山靠を炸裂させる。
さすがにこれはキいた。アニーピーチはぐらりとよろめき、うつ伏せに倒れ込む。
愛はアニーピーチの腿を足で挟み込むと、後方へ倒れこむ。愛の決め技・ロメロスペシャルの態勢だ。
「いいぞ、そのまま決めてやれ!」
「諦めるな、金髪!」
観客の声援を受け、アニーピーチは気力を振り絞る。しかし技を振りほどく事はできず……アニーピーチは愛の攻めに堪らえきれず、ついにギブアップ。
「応援ありがとう!」
「今度はちゃんとしたリングで観て下さいね♪」
観客の惜しみない拍手を背に、二人は舞台を後にした。
*
会場の一画で上がった歓声に引き寄せられたユリア。
人混みをかき分け進むと、舞台上に見えたのはサルの全身着ぐるみを着た人物だった。
どうやら駆け出しの芸人のようで、腰を振ったりバク転をしたり、奇妙な踊りを続けている。
「……いいなぁ。あたしも踊りたい。……うみゅっ、良いの!?」
羨ましそうに眺めるユリアに、スタッフが白い歯を輝かせて親指を立てた。
舞台は皆のもの。イベントを盛り上げるためなら、誰でも自由に使って構わないのだと。
その一言で、ユリアの踊り子魂が燃え上がった。
サルが去り、静かになった舞台上に今度は情熱的な音楽が流れ出す。小気味良いカスタネットの音も。
居合わせたジャズバンドの演奏を背に踊るユリア。
しかしそれは彼女の故郷であるロシア舞踊ではなく、情熱の国スペインの踊り、フラメンコだ。
「さぁ、パルマ(手拍子)に合わせて皆で盛り上がろう!」
華麗なステップ、指先の動き、情熱的な視線――その一つひとつが観客の心を奮わせ魅了する。
盛り上がる雰囲気に触発されたのか、観覧席から一人の女性が飛び出した。共にフラメンコを踊りだす。
「おいで」
踊ってみたい。でも恥ずかしい。そんな様子の少女に、ユリアは手を差し伸べて誘う。
優しい微笑みに後押しされ、少女は舞台へ登った。そして。
「「「Ole!」」」
踊り子達が高く手を掲げると同時、観客の掛け声が舞台を包み込んだ。
●空に咲く花
午後七時四十分――
メインイベントが近づき、会場を訪れる人々も目に見えて増えきた。
花火が打ちあがる前に食べ物を確保しようとする人々が押し寄せ、屋台は一番の書き入れ時になっていた。
「皆さん、ここは大丈夫ですから」
「今はあまり無理をせず、休むことも母親としての務めですよ?」
イベントを楽しんでくるよう勧める睦月をそれとなく諭す文歌。
「人手は充分足りているのだろう? お前達もそろそろ休憩すべきではないのか」
放浪の旅から戻ってきたファーフナーが徐にジャケットを脱いだ。
とん、と背中を押され、ナハラは否応なく窯番としての定位置を奪われてしまう。
*
『これより花火大会を始めます』
柔らかな女性の声が、このイベントに込めたメッセージ――日常の大切さと復興への願いを紡ぐ。
夜空に咲いた大輪の赤牡丹。
『Lさん、僕はいつも君を見つめています』
『D、いつまで待たせるんだ! 私はその一言を待っているんだ!』
その後は観覧客から受け取ったメッセージと共に。男性と女性、それぞれ感情たっぷりに読み上げる。
もちろんメッセージは愛の告白ばかりではなく。
『パパ、ママ。僕、頑張るから、お空から見守っていてください』
『この花火があの子に届きますように』
など、逝ってしまった大切な人への想いも多く寄せられていた。
天へ昇った花火が、二連の輪を描く。
「綺麗ですわね」
マグノリアは天空に描かれた滝に魅入られていた。
(……花火はやっぱり打ち上げられるより、見るに限るな」
思わずぽつりと呟いたひりょ。
マグノリアとの大切な思い出の一つ。あの時の強烈なインパクトは、ひりょの心より身体に深く刻み込まれていた。
はたして彼女は、覚えているだろうか?
ちらりと覗き見た薄闇の中、白い肌と金糸の髪が映える。
ぽぽぽぽ――「花火も綺麗だけど、花火に照らされてるマグさんも凄く綺麗だよ?」ぽぽ――ん!
照れながら囁いた言葉は、連続で放たれた数十発の花火に紛れてしまったが。
(次だ……)
ひりょはゴクリと唾を飲み込んだ。マグノリアの背に掛かる手に力が籠る。
夜空に咲いたのは白い花。ちょうど木蓮を思わせる、そんな形の。
『Mさん、甘え下手な俺を甘えさせてくれてありがとう。こんな俺だけどこれからも末永くよろしくね!』
添えられたメッセージは、ゆったりと落ち着いた、囁くような雰囲気で。
「ひりょさん、……わたくしのために?」
静かに頷いたひりょ。
はたしてマグノリアの返事は――
言葉を待つ必要はない。彼女が浮かべた満面の微笑み。
それは、ひりょにとって最高の答えとなった。
*
紅い翼が空に広がった。
『いつでも貴方の心の一番でありますように』
やがて時間差で銀の翼が重なり、共に消えていく。
ユリアが花火に込めた想いは、己が片翼へのメッセージだ。
たとえ今、この場に居なくても。空は何処までも繋がっているから。
あの人もきっと、同じ空を見上げている。
そう信じているから。
*
ベンチに一人腰かけるナハラを見かけたザジテンは、遠慮がちに近づいた。
「ムツキさんと一緒じゃなかったんですか?」
「睦月なら今、花を摘みに行っているよ」
そう言ってナハラは少し身体をずらし、右側にスペースを空けた。
邪魔にならないだろうか? 少し迷った後、どうしても伝えておきたい事があったザジテンは、素直に腰を下ろす。
「ナハラさん、あの時は感情的になってごめんなさい。ナハラさんのやり方が悲しかったから……つい」
そして自分には親兄弟がいない事。学園で出会った義姉や義兄を大切に思っている事情を告げる。
「今はナハラさんも、僕にとって大切な存在です。こうして一緒にイベントを楽しめて嬉しいし、今後も力になりたい……って思います」
真っ直ぐなスミレ色の瞳で訴えるザジテン。
迷惑だろうか?
しかしナハラは静かに目を細め、ありがとうと微笑んだ。
ザジテンも思わず照れた笑いを返す。
*
花火大会が始まり、客足が落ち着いた屋台で――
「……お疲れ様、だね」
激戦を切り抜けた乙女達に、快晴はスープとケーキを手渡した。
「ありがとう、カイ」
にっこりと微笑む文歌の笑顔を見れば、絶えず付きまとう余命への不安も影を潜める。
スープの温もりを感じつつ、三人で天を仰ぎ見た。
夜空を彩る花々。刹那で消える煌めきに込められた、人々の儚き想いに心を奪われる。
『独りじゃない。二人だけでもない。皆に支えられていた。だからM、幸せになろう。そして皆に笑顔を贈ろう』
「今のって、もしかして……」
「……だよねぇ」
優しく、それでいて力強い決意を秘めたメッセージ。それが誰のものであるかは、すぐに想像できた。
「睦月さんとナハラさん、元気な赤ちゃんが産まれるといいんだよ」
そう遠くない未来。その子供は、きっと周囲の人々から惜しみのない愛情を注がれて育つだろう。
「私たちもそろそろ子どもが欲しくなるね」
ぽて、と胸にもたれ掛かった文歌の囁きに、快晴は思わず言葉を詰まらせた。
――心を入れ替えてくれた様で安心しました。睦月さんの事、ちゃんと幸せにしてあげてくださいね。
――それは自信がない。でも、間違った時は……その時はまたぶん殴ってくれるんだろ?
文歌とナハラの会話が脳裏を過ぎる。
(俺も、大勢の人に支えらえている。何度間違えても、見守ってくれる『家族』に……)
自分達の幸せが、彼らの幸福に繋がるのなら。
「……そうだね」
迷った分だけ覚悟を決めて、快晴は文歌を抱き締めた。
●輝く星の下
聖なる夜の夢が終わる。
夢が夢のままで消えないよう、願いを込めて。
男女の声が一つの言葉を紡ぎ、無数の花が天を埋め尽くす。
――この世界に、星の数だけ幸せが舞い降りますように……。