.


マスター:真人
シナリオ形態:イベント
難易度:難しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/11/17


みんなの思い出



オープニング

※この依頼は『AT大規模作戦』より前――『【AT】ライアー・コンゲーム』から数日後の出来事です。
時系列が異なるため、現在の重体ステータスが影響を与える事はなく、本依頼で被った重体も結果反映時点ですでに完治しているものとして扱われます。


●人の想い
「南原君とは姉妹のように育ったの。農園が忙しい時は、私が面倒を見ていたわ。
あの『たっくん』とは別人だとしても……今、私にとって『南原拓海』はあの子だけなの」

「拓海兄ちゃん? 悪い事すると怒るけど、優しいよ。僕に天魔ごっこは危険だって教えてくれた。
 秀一君の事も兄ちゃんに相談したら、すぐにおじさんを呼んでくれたんだよ」

「七〇八号室の南原さん? 若いのに挨拶もしっかりして礼儀正しい子ですよ。
 はい、自治会の活動もできる限り参加してくれていました」

「拓ちゃんは商店街がタヌキに襲われた時、復興を手伝ってくれたんだ。
 若いお客さんが増えたのも、拓ちゃんのアドバイスのお陰さ」

 事情を尋ねた人々はため息を吐いてそう言っていた。
 農園の人々が率先して提供した記憶の中で、『南原拓海』は人間として普通に生活をしていた。
 なのに何故、あんな暴挙に出たのか?
 任務に当たった撃退士達は同胞……カッツェに脅されていたのでは? と推測した。
 しかしそれが真実だとしても、目の前で『ナハラ』としての正体を明かさなければ、何食わぬ顔で元の鞘に戻れたはずなのに。
 彼は『人間』を捨て、『悪魔』へと戻った。

 ◆

「……何を考えている? 拓海」
 けたたましくサイレンが鳴り響く中、現場の撃退士を指揮していた蒲葡 源三郎 (jz0158) は天を仰いだ。
 次々と運び出される遺体。酸に焼かれ、氷に胸を穿たれ、毒に爛れて。
「生存者がいたぞ!」
 その朗報に歓声が沸く。しかし。
 本来そこに居たはずの子供達の姿は……ついに見つかる事はなかった。


●真実
 その市民団体は、以前より『天魔協力組織』としてマークされていた。
 主な活動は天魔事件遺児を一時的に保護し、親族を探し、または然るべき保護施設へ託すというもの。
 活動実績も証明され、近隣住民からも善良な団体として認識されていた。
 表向きは。
「もう何十年も連絡を取り合っていないし、今後も関わるつもりはない」
「それなら断ったはずですが? 自分も闘病中で、遠縁の子供を引き取る余裕なんてありません」
 その後の調査により浮かび上がった認識のズレ。
 元気に暮らしていますという近況報告の裏で、複数の子供が所在不明になっているという事実。
 ナハラ (jz0177) が団体を襲撃したのは、地道な裏付けを重ね、ようやく天魔の尻尾を掴んだ……そんなタイミングだった。

 唯一の生存者である女性は、たまたま施設を訪れていた近隣の住民である事が確認された。
 令状を突きつけ提出させた記憶の中、『職員達』はナハラと対等に戦っていた。
 おそらく天使、もしくは使徒か。その身元は、現在確認中である。


●任務
 複眼の悪魔がボランティア団体の職員を殺害し、子供達を攫った。

 裏にどんな『真実』があったとしても、現在、世間の認識する『事実』はそれだけだ。
 そして、一般市民の日常を脅かす天魔は、討伐しなければならない。
 コンコンコン……。
「失礼、します」
 かなり遠慮がちな断りを入れ、オペレーター・神代 深紅 (jz0123) が入室する。
 その後ろに影に気付き、源三郎はあからさまに渋い顔を見せた。
 三宅睦月。ナハラ……否、南原拓海の恋人だった女性だ。
(おまっ、なんで睦月ちゃんをこんな所に)
(だってあんな顔でお願いされたら、誰だって断れませんよっ)
「蒲葡さん。さっきニュースで、拓海君が人を殺したって……。本当なんですか?」
 数秒の沈黙。
「……あぁ、本当だ。今、討伐に向けての会議をしている所だ」
 がくん、と膝から崩れる睦月。とっさに深紅が支え倒れる事だけは免れたが、見る間に血の気が引いていく。
 無神経な源三郎に避難の視線を向け、深紅は睦月を椅子へ座らせる。
「もう、ちょっとは気を使ってよ。……睦月さん、何かお願いがあるなら、今の内に」

 ――願いはあった。
 でも、それは、ここにいる皆に『死ね』と言うのも同然だった。
 言えるはずがない。
 自分がそれを口にする事を、彼もきっと望まないだろう。だから……。

 睦月は込み上げる吐き気と共に、その想いを飲み込んで。
「皆さん、どうか無事に任務を遂げ、全員で無事に帰ってきてください」
 すっかり血の気を失った唇で、絞り出すように言葉を綴った。

 ◆

 体調の芳しくない睦月を支え、深紅はミーティングルームを後にする。
「……恋人だと思っていた男が悪魔だったんだ。ショックを受けるのも無理はない、か」
 ため息をつきながらその背を見送って、源三郎は改めて撃退士に向き直った。
「今回の任務……最優先事項は『子供達の救出』だ」
 先の事件の折、目撃情報が多かった事もあり、逃走場所――結界の位置は判明している。ただし場所がかなり特殊なため、『ゲート』に対しアクションを仕掛ける事は難しいだろう。
「次いで拓……悪魔ナハラの対応。うまく捕縛できれば、『ケッツァー』について何か情報を得られるかも知れんが、救助の妨げになるようなら……迷わず殺せ」
 天魔と戦う撃退士として、人々の日常をを守るために。
 全ての情を振り払い、源三郎はそう告げた。


●魔の思惑
 撃退士の到着を待ちながら、ナハラは静かに顔を上げた。
 そして自分の前に立つ、一人の悪魔と二人のヴァニタスの顔を記憶に刻み込むように見渡す。
「アルカイド」
「……はい」
「ディアボロの指揮はお前に託す。人間の子供を傷付ける事だけは避けてくれ」
 黒衣のヴァニタスが静かに頷いたのを確認したナハラは、腰を屈めて視点を落とすと、クマの縫いぐるみを抱きしめる少女に視線を移した。
「上総」
「は、はい!」
「お前はゲート内のディアボロを抑えろ。俺が死んだ後も、絶対に外へ解き放つな」
 ヴァニアスの少女は、溢れかけた涙を必死に堪え、力強く頷いた。
「私は……」
「お前は何もするな」
 期待に満ちた黒鳥の視線を、ナハラはすっぱりと払いのける。
「お前はこの戦いの見届け人だ。無様な俺の姿を、あいつらに面白おかしく伝えるだけでいい。そして今後一切、睦月に関わるな。彼女は……自由になるべきだ」
「覚えておこう」
「貴様の鳥頭など宛てになるか。『約束』するんだ」
「では貴公が無事に死ねたなら、その時は約束を果たすとしよう」
 薄暗い洞窟の中、愉しげな笑い声が反響した。

 ◆

 大丈夫。
 予想通り、久遠ヶ原学園は睦月を保護下に置いた。
 農園の皆も、ゲートから離れた土地でフリー撃退士に守られている。
 人間としての絆は全て断ちきった。
 世間に対する『複眼の悪魔』の印象付けも上手くいった。あとは。
 この命の全てを呪に代えて。

 ――俺自身を撃退士の手で抹消させる事で、睦月に降りかかる災厄の全てを摘み取るだけ。



リプレイ本文

●芽生え
 久遠ヶ原学園保健室。
 薄いカーテンで仕切られたベッドの上で、ひとりの女性が静かに眠っていた。
 ナハラ――南原拓海の恋人、三宅睦月。
 幾分か顔色が良くなっている事に、水無瀬 文歌(jb7507)は胸を撫で下ろす。
「神代先輩、これを預かってもらえますか?」
「ムツキさんに伝えて。『建前はいらないから本心を頂戴』って」
 差し出された光信機とザジテン・カロナール(jc0759)の言葉で、深紅は彼女達の思惑を理解する。
「それは構わないけど……。あいつ意外と意固地な所あるから、素直に話を聞かないかもだよ?」
 むぅと唸る深紅に今度は アンナマリ(jb8814)が歩み寄る。
 耳元で囁かれた言葉に、深紅は一瞬戸惑い、そして観念したように息を吐いた。
「それ、たぶん当たってる。源三郎さんは全く気付かないし、睦月さんも否定しているけど……」
「まぁやっぱり」
 ぱっと顔を綻ばせたアンナマリとは裏腹に、深紅の表情は憂いに満ちていた。


●地の底へ
 ザッザッザッ……ピチャン。
 薄暗い洞窟の中で無数の足音が響く。
 ひんやりとした空気。足元は所々に地下水が溜まっていて滑りやすい。
「やっぱり、響きますね」
 思わず苦笑いを浮かべたのは、先頭を担うエイルズレトラ マステリオ(ja2224)。
「でも、この分だと脱出はしやすそうだね」
 自然が作り出した地形のためお世辞にも足場が良いとは言えないが、極端に移動が困難になるような段差もない。
 脱出時のため地形を記憶に刻み込んでいた浪風 悠人(ja3452)に、浪風 威鈴(ja8371)がこくんと頷いた。
 ひとつ分岐路を通り過ぎる。
 ちらりと視線を向けた支道の奥は闇が濃。
 再び前方へ目を向けた雫(ja1894)。
 薄暗い洞内で、幾重にも重なる石灰華段が白く浮かび上がっている。振り返れば後続の仲間達の姿。移動力の差か、隊列はやや伸び気味だ。
「何か、おかしい……?」
 胸を過ぎった違和感。それは漠然としていて、上手く言葉にならなかったけど。
 違和感を覚えたのはSpica=Virgia=Azlight(ja8786)も同じだった。
 こちらは感覚ではなく、過去の報告書から。記録から推測するナハラの人物像と、行動が一致しない。
「ナハラさん、何やってんのっ」
 邂逅はたったの一度。それでも彼の事を信じたくて、ザジテンは苛立ちを露わにする。
「こうなった以上は慈悲も情けも要らん、そうだろう?」
 個人の願いと撃退士の責務。相反する結末の間で揺れるザジテンとは対照的に、エカテリーナ・コドロワ(jc0366)はきっぱりと言い放つ。
「話し合いで済むなら良いすが」
(相変わらずお人好しだな。今回の依頼は子供の救出。悪魔とお話なんて一銭にもならん。さっさと邪魔物を殺し、子供を連れ帰る……それで終わりだ。)
 争いを好まない黒井 明斗(jb0525)の横で、真逆の価値観を持つ紅香 忍(jb7811)は冷淡な判断を下していた。
(ま、人の事は言えない……けどね)
 悩んで思い詰めて、どうしようもなくなって熱暴走したのだろう。
 そんな思考をする人間を、水無瀬 快晴(jb0745)は痛いほどよく知っていた。
 ちらりと横に視線を向けると、そこにあったのは自分を見つめる紫の瞳。
「生きて帰ろうね。『皆』で」
「そう、だな……」
 愛しき伴侶の言葉に力強く頷いて、快晴は再び前を見据えた。

 結界の壁を越え、ここはすでに悪魔の支配領域内。撃退士達は敵の奇襲を警戒しつつ、進軍を続ける。
「これは……?」
 自身の足元に微かな影が生まれている事に気付き、陽波 透次(ja0280)は眉を顰めた。
 何か光源が存在しているのか。そう思った時、不意に空間が拓けた。
「きれい……」
 その光景を前に、雪室 チルル(ja0220)は思わず息を漏らした。
 上空を覆う銀糸の天幕。その下に満々と水を湛える湖が広がっている。
 青い水はどこまでも澄んでいて、まるでそれ自体が発光しているように思えた。
 もっとも存在する物は『きれい』な物ばかりではない。
 湖面に浮かぶ五つの泡に捕らわれた子供達。その上空を巨大なカゲロウが舞っている。
 他にもアメンボとゲンゴロウ――惑いの蜂・ナハラが得意とする虫型が、子供達を囲むように揺蕩っている。
「とっとと片付けちゃおうぜ!」
「これは少々厄介だぞ」
 ヤル気満々で魔具を構える佐藤 としお(ja2489)の横で、鳳 静矢(ja3856)は冷静に状況を見定めた。
 静矢にとってディアボロなど刀の錆にもならない相手だ。
 本来であれば。
 問題は立ち位置だ。空中や水上を自由に動き回るディアボロとは違い、撃退士の多くは地に縛られる。
 地の利は明らかに向こう側にあった。
「まぁ、そんな事は僕に関係ないんですけど」
 エイルズレトラは得意げに微笑むと、まるで階段を昇るかのように、悠然と空中を歩き出した。
 銀の粒子を纏うSpicaの後を追うように、ザジテンと逢見仙也(jc1616)もそれぞれの翼を広げる。
「ナハラはこの上ですね。生命探知に反応がありました。それと……」
 未知の反応は他にもあった。Rehni Nam(ja5283)が視線を向けた時、そこに人影はなく、反応も消えていたが。
 伏兵の存在を警告し、Rehniは天頂を目指す仲間達の後を追う。

 ――撃退士が湖上へ突入するのを待っていたかのように、ディアボロ達が襲い掛かってきた。


●蟲の将
「ナハラさん!」
 式神・鳳凰を従えた文歌が心の底から呼びかける。
 ナハラは彼女に薄い微笑みを向け、徐に右手を差し出した。
 呼び出された無数の羽虫が一瞬煌めき、連鎖するように爆ぜていく。
「きゃっ」
「……くっ」
 陣に捕らえられたのは文歌と快晴、そしてチルル。
 ちりちりと身体を焼く痛みを、快晴は歯を食い縛って耐えた。
 ナハラは左の拳に鉤手甲を生み出した。
「やっぱりバレていましたか?」
 闇渡りでナハラの背後へ回り込んだ袋井 雅人(jb1469)は、彼の意識が仲間達へ向いている隙に、強力な一撃を与えるつもりだった。
 アウルを纏わせたライフルの銃床を軽々と受け止められ、思わず苦笑いを浮かべる。
「振動が伝わったからね」
 魔具を乱暴に引き寄せされ、よろめいた雅人の胸元を鉤手甲が襲う。
「おっと」
 凶刃が胸を穿つ直前、一発の弾丸が足元を掠め、ナハラは雅人を手放した。
「そんな…事…しちゃ…だめだ…ぞっ」
 ライフルを構えた威鈴が鋭い視線を向ける。
 放たれた弾丸はもう一発。ナハラの身体が大きく弾け、酸に冒された肩から血が飛び散った。
「待ってください。ナハラは捕縛が目標のはずです」
 後方から銃を構えるエカテリーナをRehniが制止する。
 ただ殺すだけなら簡単だ。しかし、それでは隠された真実も全て闇に葬ってしまう。
「甘さは身を滅ぼすぞ!」
 鼻を鳴らして一蹴するも、終焉を象徴するマキナ・ベルヴェルク(ja0067)やアスハ・A・R(ja8432)ですら様子見に徹する現状を察し、エカテリーナは追撃をやめた。しかし指は相変わらずトリガーに掛けられている。
「ナハラさん。今、この光信機は学園に繋がっています」
「……それが、何か?」
 怪訝な表情を見せたナハラに、文歌はさらに続けた。
「あなたと、お話をしたい人がいます」

『……拓海くん?』

 流れ出た睦月の声に、ナハラは身体を硬直させた。
『拓海くん、拓海くん、拓海くんっ……』
 何度も何度も名前を呼ぶ。
「何の真似だ?」
 ナハラは表情を殺し、低く問う。それでも光信機から流れる声は、ただその名前だけを呼び続けてた。
 言葉にしたい気持ちはたくさんあっても、胸がいっぱいでそれしか出てこないのだ。
「ナハラさん!」
 見かねた文歌が声を絞り出す。

「睦月さんは、あなたの子を身籠っているんです!」

 その瞬間、ナハラが息を飲んだ。
 目に見えた動揺を確信し、一気に畳みかける。
「月のものが遅れて……相談しようとした矢先、あの事件が起こったそうです」
「その話は本当か?」
 明らかに動揺を孕んだナハラの問いに、睦月は答えない。否定しない事が、逆にそれが真実と事を認めていた。
「……判った。今すぐ行く。待っていろ」
 重い沈黙を破ったナハラに安堵の息を漏らした文歌は――

「その赤子、この手で腹から引きずり出してやる!」

 ――続けて放たれた言葉に衝撃を受け、座り込む。
「やはり所詮は悪魔か!」
「……理由はどうあれ、譲る気はなさそうね?」
 説得はムダ。
 吠えるエカテリーナに続き、仲間達を信じて攻撃を控えていたチルルも、身の丈を越える光剣を顕現させた。


●湖上の戦い
 ヴンッ!
 低く響く音を立て、カゲロウが羽を鳴らす。最初に獲物と定めたのはヒリュウ・ハートだ。
 突進は華麗に避けた。しかし余分に回った尻尾がカゲロウの羽根に軽く触れ、ざわりとした寒気が走った。
「上出来ですよ」
 ――何で? ちゃんと避けたはずなのに痛いの何で?
 不可解な現象に混乱するハートにそう語り掛け、エイルズレトラが間合いを詰める。
 手にしたカードがカゲロウの腹部で爆ぜ、一瞬動きが止まった所を狙い、ザジテンのヒリュウ・クラウディルと仙也が左右から切り込んでいく。
「……っ!?」
 カゲロウが高度を落とした。
 そして急上昇。一気に高所へと昇りつめると、今度は弧を描くように舞い降りる。
 カゲロウの狙いは羽による斬撃だ。
 仙也が振り向いた時、カゲロウはすでに目の前で。仙矢は鉄鎖をビンと張ってダメージを軽減する。
「平気……?」
「カオスレートは中和したからな」
 援護射撃でカゲロウを追いやったSpicaが訝しむ。
 報告書を読む限り、ナハラの創り出すディアボロは状態異常を付与するものが多い。
 仙也が影響を被らなかったのは、彼自身の抵抗力の賜物か、それとも単に能力を持っていないだけなのか、現状では判断する事は難しい。

 ヴォン!
「気を付けて!」
 羽音で突進を察したザジテンの警告が飛ぶ。
 来ると判っていても避けきれず、身体の軽いSpicaは勢いよく撥ね飛ばされてしまった。
 岩壁への激突は、幸いにも巣幕に引っかかって防がれたが。
「困りましたね、ここまで逃げ続けられるとは」
 クラブのAで束縛できたのは僅かの間。羽ばたきでカードを振るい落したカゲロウに、エイルズレトラは肩を竦めてみせる。
「ダメージはそれなりに蓄積しているはずですよ」
 巣幕の舞台に立ち、すべてを見下ろしている明斗が告げる。
 悲鳴を上げず苦痛に顔を歪ませる事もないが、初期に比べて確実にスピードが落ちている。
「あと一、二発、大きなダメージを与えれば、それで終わると思います」
「動き、止めれば……」
「スタンエッジで気絶させてみるか」
「それ、ずっと下まで落ちるんじゃ?」
 ディアボロを掻い潜っての救助活動はまだ続いている。すぐに復帰された場合、彼らが危険に曝されないか?
「だったら、落ちる前に討つ……」
 淡々とした表情で微笑むと、Spicaは魔具を銃から槍へと換装する。
 方針は纏まった。あとは決行するだけだ。
 エイルズレトラとザジテンがそれぞれのヒリュウと共に四方を囲む。
「ハート、もう少し間合いを詰めて」
「今だ、クラウディル!」
 二体のヒリュウが螺旋を描いて飛び掛かる。
 ふわりと浮上し間合いを取ったカゲロウを、頭上で待ち構えていた仙也が黒鎖で絡め取った。
 強い電撃を受け、蜉蝣は二度三度、大きく痙攣する。
「邪魔者は、どいてて……」
 とどめは同族殺しの力を顕現させたSpica。
 意識を刈り取られ頭から落下するカゲロウを、銀色に輝く聖槍が真二つに断ちきった。



 湖面のキャンバスに波紋が描かれる。
 絵筆の代わりに古びた刀を持つのは透次だ。
「ここを片付ければ、それだけ彼らの援けになるはず」
 頭上に広がる白い巣幕の上からはナハラに対する呼びかけが聞こえている。
 かの悪魔について、透次は報告書でしか知らない。
 それでも仲間があれだけ帰還を望むのだから、この世に仇を成す存在であるはずがない。
 そう信じるからこそ、透次は単騎、アメンボを抑え続ける。
 怒濤のように繰り出した斬撃は前脚で受け止められた。
 ナハラが全霊を込めて練り上げただけあり、ディアボロと言えどかなりの頑強さだ。
 アメンボの反撃に備えて透治が身を退いた瞬間、蒼い風がアメンボを切り刻んだ。
「離れていても、油断禁物なのですよぅ☆」
 余波で水面が大きく波立つ中、アメンボは足を踏ん張って衝撃に耐えた。
 しかしさすがに無傷では済まされない。右の前脚が関節の部分で不自然に曲がっている。
「ふふふ。これが『愛』の力なのですよぅ☆」
 一部の単語に力を込め、湖岸に立つ鳳 蒼姫(ja3762)がぎゅっと拳を握り絞める。
「……鳳さん、危ない!」
 これまで湖の中程に浮いていたアメンボが跳ねた。
 前足ひとつを犠牲にし、驚くべき跳躍力で透次の頭上を越えると、一気に湖岸へと接近する。
 狙いは先ほど自らを切り刻んだ――蒼姫。
 半ばから折れた前足が蒼姫の胸を狙う。
 しかしそこはすでに静矢の間合い。
「貴様等に割く時間は無い……悪いが全力で潰させてもらうぞ!」
 流れるように踏み込む出す静矢。
 繰り出した突撃がアメンボの頭を貫いて、その体内で魔を滅ぼす光のアウルが迸った。



 頭上から放たれた流れ弾が湖面に波を生み出す。
「待ってください」
 せっかく捕らえたシャボン玉が手元から離れ、アンナマリは慌てて後を追った。
「まぁ」
 中身が縦に回転し、脱げた垂れ耳帽子の下から鳥の翼のような耳が現れた。
 そういえば子供の中にハーフ天使がいた事を思い出す。
「可愛らしいお耳ですわね」
 アンナマリが微笑むと、慌てて耳を隠した男の子は戸惑った表情を見せた。

「俺達は撃退士だ。君達を助けにきたんだ」
 龍崎海(ja0565)が語り掛けると、シャボン玉の中の子供は力強く頷いた。
(よかった。どこもケガをしていないみたいだ)
 医者としての目で見ても子供達の健康状態は良好だ。資料にあった年齢と比べてやや成長が遅れているようにも思えるが、今は些細な問題だ。
「もう少しの辛抱だからね」
 その時、絶叫のような泣き声が響き、海は後方を振り返った。

 発生源はファーフナー(jb7826)……が保護に向かった子供だ。
 もとより人見知りだった女の子である。見知らぬオトナ、それも裏社会独特の雰囲気を放つコワモテを前にしては無理もない。
 恐怖心を取り除くため、できるだけ穏やかな口調であやしてみるも……どうも逆効果なようで。
「後はこちらで引き受けますから」
 翼を持たないため湖岸で待機していた悠人が見かねて助け船を出した。
 

「やっぱり、おかしい……」
 ふと。雫が言葉を漏らす。
 なぜディアボロは子供達を襲わないのか?
 子供達だけではない。
 近接はほぼ一騎打ち状態のアメンボ、空中のカゲロウは乱戦で、水中のゲンゴロウに至っては完全フリー。
 それらと同じ戦場に立ちながら、救助に携わる撃退士が標的になる事は殆どないのだ。
 不可解な点は他にもある。
 施設の職員を惨殺したにも関わらず、無関係の人間を見逃し手掛かりを残した事。せっかく手に入れた人質を盾にしない事。
「巣の効果も、春先の事件と比べて格段に低い。自分に有利になる手札を棄て過ぎている」
 まるで自分自身を追い込んでいるように思える程に。
 澄んだ水の中。一度湖面に浮き上がったゲンゴロウは、すぐ傍に浮かぶシャボン玉に牙を向ける事なく、再び水の中へと消えていった。

 湖岸に集めたシャボン玉から、次々と子供が解放されていく。
「よく頑張ったね」
 海が施したマインドケアの恩恵で子供達は幾分か落ち着ついていた。
 でも、その効果は万能ではない。周囲は未だ戦いが続いている。ディアボロの存在は、絶えず子供達に恐怖の種を蒔き続ける。
 今は早く子供達を安全圏へ脱出させるべき。ナハラの行動に隠された想いを聞き出すのは、それからでも遅くはない。
「私にお任せください。何かあっても、庇護の翼で守り抜いて見せますわ」
「じゃあ、頼んだよ」
 護衛役を買って出たアンナマリに子供を託し、救助班はそれぞれ加勢が必要と思う場所へと散っていく。
「やだ……」
 ディアボロも怖いけど、洞窟も怖い。女の子の足が竦む。
「怖くなったら歌えばいいと思いますの。さぁ。♪こうかんをー、いーただーく……」
 口ずさんだ久遠ヶ原校歌は馴染みが無かったらしく、子供達はきょとんとした様子でアンナマリを見つめた。
「わたくしに皆さんの好きな歌を教えていただけるかしら?」
 恥ずかしそうに微笑むと、子供達はようやく、心からの笑みを漏らした。



(ちっ、殺りづらい)
 物腰柔らかな容貌の裏で、忍は小さく舌を打った。
 巣幕の上に立ち、下層で蠢くディアボロを狙い撃つ。その予定だったのに。
 ゲンゴロウは水中を所狭しと泳ぎ回る。
 透明度が高い故見失う事はないが、流れ弾や誤射を危惧すれば、攻撃のタイミングは難しい。
「……今だっ」
 爬虫類を思わせる金色の瞳が光る。
 見下ろす空間に飛び交う仲間達、湖面に浮かぶシャボン玉、それらの狭間に見えた一点に狙いを定めてトリガーを引いた。
 息継ぎのために浮上した瞬間、背に弾丸を受けたゲンゴロウは湖面を大きく波立たせて再び水中へ。
「せめて装甲だけでも崩せればっ」
 より深く潜られる前に、としおはアシッドショットを叩き込んだ。
 アウルの弾丸は水の抵抗を掻い潜り一直線に突き進む。
「よしっ」
 不自然に身体を硬直させたゲンゴロウの反応でヒットを確信し、としおは渾身のガッツポーズを決める。
 じわりと甲羅にを冒す腐食。どれだけ逃げ回ろうと、逃れる事は不可能。
 あとは時を待つだけだ。
「ゲンゴロウが潜っていられるのは数十秒……次に浮上した時、一斉に攻撃を叩き……
 としおが隣に目を向けた時、そこにあるべきRobin redbreast(jb2203)の姿は、どこにもなかった。

 どうしてゲンゴロウはずっと水の中にいるんだろう? 自分も攻撃できなんじゃ、意味ないのに。
 不可解な行動に疑問を持ったRobinは、伏兵がいるというRehniの言葉を思い出した。
 たぶん、その人がディアボロを操っているのかも。
 ディアボロの動きから位置を探れないだろうか? そう思って周囲を見回した時、岩壁の岩陰に佇む黒づくめを発見したのは、本当に偶然だった。
「ねぇ、何をしているの?」
 物怖じする事なく話しかけると、その青年――アルカイドは戸惑った表情を向けた。
「……ディアボロを指揮しています」
「どうして姿を隠しているの? 自分は戦わないの? ナハラの事は助けないの? どうして?」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に、アルカイドの視線が援けを求めるように泳ぐ。
「あまり困らせるものではない。恐れを知らぬ人形の娘よ」
 背後に現れた新たな気配。艶のある女の声が、Robinの耳朶をくすぐった。
「手を出さぬのは、それが奴の望み故……」
 嘆きの黒鳥・ベネトナシュは、愉悦の笑みを浮かべ、柔らかな白金色の髪に指を這わせた。

「これでお終いです!」
 忍が放った弾丸がゲンゴロウの甲羅を貫く。
 アシッドショットは、確実にその効果を発揮したようだ。
 ならば決着の時は近い。
 今が好機と見たとしおは、己が奥義を解き放つ。
 ヒヒイロカネから次々と現れた銃。そのすべてがゲンゴロウを捕捉し……銃声が鳴り響く。


 ゆらゆらと沈んでいくディアボロ達。
 湖面に描かれていた波紋は全て消え、仮初の静寂が訪れる。
「あとは……ナハラさんを止めるだけ!」
 淡い水色の翼が、弾丸のように天頂を目指した。



●崩れゆく仮面
「最後にもう一回だけ聞く! 何でこんな事をしたの?」
 答えなければ物理で会話する。言いい終わる前にチルルは剣を振るった。
 渾身の突きを、ナハラは後方に跳んで回避する。
 チルルの狙いはその先にあった。
 剣先に生まれた白い輝きが大砲のように解き放たれ、ナハラを飲み込む。
 直撃。しかしナハラは涼しげな表情で。反撃の魔法弾がチルルに襲い掛かった。
「ルインズの防御力を舐めて貰っちゃ困るのよ!」
「鋼鉄のイノシシ……」
 持ち前の頑強さで攻撃に耐えきったチルル。率直なナハラの感想は、彼女自身の雄叫びにかき消された。
 一騎打ちはそう長く続かなかった。
「大事な人…が居る…のに…何で…傷つける…の…」
 ライフルを構えながら、威鈴が叫ぶ。
 友人、恋人――それらを何よりも大切にしている威鈴にとって、ナハラの放った言葉は許しがたい物だった。
 まるで自分の事のように怒り、頭に血を上らせる。
「そんなものは居ない!」
 なおも説得を続ける撃退士に、ナハラは吐き捨てるように断言する。
「うそ…なら…なぜ…そんな…目…するの」
「悪かったな生まれつきだよ!」
 鋭い殺気を込めてナハラが手を翳す。無数の羽虫をまき散らす。
 周囲を岩壁で囲まれた戦場、狙撃手としての位置を維持できず、威鈴は容易く範囲に捉えられる。
「おしゃべりしている暇があるの、か?」
 アスハが忍び寄ったのは、術が放たれる直前だった。
 背後から羽交い締めにして組み敷き、その額に指を添える。
「E、いやF、か?」
「……貴様、今、俺に何をした!?」
 胸元からロケットペンダントを引き出されて事実を悟ったナハラは、渾身の蹴りでアスハの腹を抉る。
「背中が留守ですよ」
 マキナの右腕に纏わせた黒は、防御力を焼き尽くす終焉の焔。
 しかしナハラを狙ったはずの黒焔は、足元で蹲っているアスハを包んだ。
 白虎陰陽陣――攻撃の効果を他者へと移し替えるナハラの能力。
「おい、偽神っ」
 すっ飛んだ意識をRehniの蒼き月で繋ぎ止め、アスハが抗議の声を上げる。
「……偶には立場を入れ替えてみるのも良いですね」
 彼の無差別範囲爆撃に巻き込まれる事が多いマキナは、涼しげな表情で抗議を受け流した。

 負傷したアスハはマキナに担がれ、後方へ下がった。
 その間、ナハラを抑えるため、入れ替わるように雅人が前に出た。
 Rehniやチルルが同時に動いている分、振動で位置を悟られる事はないが、白虎陣の効果を考えれば、不用意に強力な一撃を繰り出す事は躊躇われた。
 防御力に乏しい雅人は、容赦なく繰り出される鉤手甲を前に、瞬く間に体力を削られていく。



「まだ動かないで下さい……」
 数少ない回復手である明斗は、ディアボロへの狙撃を中断しアスハの治療に専念する。
 素早い判断でライトヒールを三度。
 絶妙なタイミングで駆け付けた海が施した生命の芽でほぼ全快したアスハは、シンパシーで読み取った記憶を仲間達に伝えた。
「奴の目的は、撃退士に自身を討たせる事、だ」
 自殺でも逃亡でも、責任はムツキが被る事になる。
 だから自分を悪であると印象付けるため。施設を襲い、子供達を攫って。
 無差別爆撃の巻き添えと確認の手間を減らすため、あえて繭ではなく透明な泡へ閉じ込めた事も。
「黒鳥のハニーアタックを突っぱねている、からな。愛情まで捨ててはいない、が」
 説得は容易でないと思う。それで考えを変える程度なら、最初からこんなバカな事はしない。
 ムツキの望みとナハラの目的、どちらを叶えるか――
「そんな事、決まっている」
 今だショックから抜け出せない文歌の肩を抱き、快晴は足を踏み出した。



「ディアボロは全て斃した。残っているのは貴様だけだ!」
 エカテリーナが誇らしげに宣言を下す。
 その言葉を裏付けるように、巣幕の上に次々と撃退士達が飛び込んでくる。
 それらを背に、エカテリーナがトリガーを引いた。
 激しい反動を鍛え上げた身体能力で受け止め、濃密なアウルを凝縮させた弾丸を撃ち放つ。

「……あんたさ、本気にそれでいいの?」

 標的を転換された弾丸に肩を貫かれながら、快晴はナハラに問う。
「俺も、さ。大事な人が居るんだよね」
 巻き込みたくなくて傷つけたくなくて、すぐに別れを考える。それが余計に相手を悲しませて。
 愚かな故に繰り返した過ち。きっとまた何度も繰り返すだろうけど。

「……文歌は言った。周りが何と言おうと俺との事は自分が決める、と。決めるのは俺じゃない。
 だから、ナハラさん。あんただって一緒、だ。別れるもあんたが死ぬも決めるのはあんたじゃない。睦月さん、だ」

「ボクも…大事な人…居るけど…尚更…一緒に…居なきゃ…ダメ…だよ…」

 快晴に同意を示すように、威鈴が言葉を重ねた。
「戯言をっ!」
(判っている。そんな事は。)
 ナハラは声を荒げて否定する。その表情、口調に、いつもの飄々とした印象は微塵もない。
 魂すら握り潰すような凶眼を向けられても、威鈴は目を逸らす事なく、逆にナハラを見据える。

「貴方は、ムツキさんの気持ちを考えた事がありますか? ここで身勝手に死ぬなら、僕は貴方を許さない。
 逃げないで、南原拓海さん。愛しい人達の為に生きて……戦うんだ!」

 ザジテンが叫ぶ。思いを全てぶつけるように、声を荒らげて。
「ナハラ、だ!」
(その名前で俺をを呼ぶな。)
 殺意に満ちた視線は、あの日と同じ悲愴感を湛えているように思えた。
 翳された手が纏う闇は天使であるザジテンにとって致命傷と成り得る負の魔力。
 それでも逃げようとしないザジテンの盾となるように、雅人が立ち塞がる。

「ナハラさん、貴方を倒して、貴方の中の南原拓海さんを返して貰いますよ!!」

(睦月を守る。だからこそ終わらせなきゃダメなんだ。)
 自分という存在その物が、睦月を死に至らしめる前に……。



「……それほど望むのであれば、授けましょう」
 マキナの全身を赤い紋様が迸る。
 諧謔の黒き焔は目の前を塞いだ魔力の盾を打ち砕き、今度こそナハラの身を焼く。
「先刻の礼、だ」
 意識が完全にマキナへ向いた瞬間、死角へ回り込んだアスハがナハラの背へ銃口を突きつける。
「だめ……まだ諦めたくないっ」
 文歌の祈りが光の鎧となってナハラを包む。それでも決して少なくない衝撃がナハラを貫いた。
「貴様の返し技は使い切ったようだな」
 ナハラはすでに二度、白虎陣を行使している。この連撃で繰り出さないという事は、すでに手数は尽きたのか。
「さてね。あと一つぐらい残っているかもな」
 無駄のない動きで腕を引いた静矢。魔を滅ぼす光を宿した刀を繰り出す。
 ナハラはその一撃を……避けなかった。
 としおの回避射撃の中、白虎陣による対象のすげ替えもなく。
 深く深く身体を貫かせ音もなく崩れ落ちる。
「ナハラさんっ!」
 血の海に沈んだナハラに、複数の足音が駆けよった。

 Rehniは盾を投げ捨てナハラの半身を抱き上げた。
(今ならまだ、間に合う。……っ!!)
 他の悪魔の目がない事を確認し、Rehniは腕の中のナハラへ己がアウルを注ぎ込む。
 けれど『生命の芽』が癒したのは、他の誰でもなくRehni自身の傷。
 切り札は、まだ残っていたのだ。
「どうして……」
「当然だ。それが目的なのだから。人間の言葉にもあるだろう。バカは死ななければ治らない、と」
 答えたのは艶のある女性の声だった。
 嘆きの黒鳥・ベネトナシュ。傍らに控えるヴァニタスの腕には、戦いの最中忽然と姿を消したRobinの姿があった。
「この人達、戦う気はないみたいだよ。光信機、湖に落としちゃって連絡できなかったけど」
 あっさりと解放されたRobinは、悪びれる様子もなく告げた。
「……娘よ。ナハラは死んだか?」
 抱きしめた腕の中、鼓動は続いている。命は、まだ尽きていない。
 何かを言いたげに揺らめいたナハラの眼を覆い、ベネトナシュの真意を察したRehniは、表情を殺して言葉を紡いだ。
「ナハラの『遺体』は我々が回収させていただきます。いいですね?」
 その答えにベネトナシュは目を細め、意味ありげな表情で赤い唇を歪めた。
「ただの『骸』に興味はない。好きにするが良い」
 ベネトナシュは踵を返し、アルカイドが一礼をしてその後に続く。
「待て」
 呼び止めたのはファーフナーだった。
「嘆きの黒鳥、お前はナハラと他にどんな『約束』をした……?」
 シンパシーでは想いまで読み取れない。言葉の裏に隠された真実があるはずだ。
「はて?」
 ベネトナシュは紅い唇を歪めて笑う。
「骸は湖に沈めるよう言っていたか。『死を条件』に何か交わした気もするが……私はやはり鳥頭らしい」
「だったら改めて約束しないか? ナハラの関係者を、これ以上傷つけない、と」
 ナハラとではなく、自分達と。
 ファーフナーの言葉にベネトナシュは振り向くことなく。
「約束しよう」
 そう、はっきりと返した。


●夜明け
「……俺は、よほど運が悪いらしいな」
 ファーフナーに担がれながら、ナハラは掠れた声を漏らす。
 独り善がりの自己満足とか責任の放棄とか。懇々と諭された上での恨み言に、Spicaは心底呆れた表情で理解不能……、と呟いた。
「貴方が死んだあと誰が睦月さん達を守るんですか?」
「そうですよ。貴方がいなくなったら、彼女は天魔との子を一人で育てなくちゃいけなかったんです」
 としおと睦月に窘められ、ナハラは不機嫌そうにそっぽを向く。
「素直じゃありませんねぃ☆」
 どこか既視感のある頑固さに、蒼姫は思わず口元に笑みを含む。
 数名の視線が集まって、快晴はやはり気まずそうにそっぽを向いた。
「ナハラさん?」
 どっと沸いた笑いに反応しないナハラに気付き、ザジテンは不安に駆られる。
 ナハラは……眠っていた。
 夢でも見ているのか、時々瞼が動いている。
「睦月……」
 断片的に聞きとれた言葉は砂糖を吐いたような感じで。安心を通り越して逆に怒りがこみ上げてくる。
(一発殴って良いですか?)
 もちろん拳は握るだけにした。
 ありったけの治癒を注ぎ込んで傷は癒したけど、瀕死まで追いやられた容態までは治せない。
 今ならたぶん……軽くトドメになるから。





 薄暗い洞の先、見えてきたのは光溢れる青い空。

 青――アヲ。空の蒼、海の碧、夜と朝を繋ぐ狭間の藍。
 その音が宿す意味は……生(セイ)。
 アヒ。隣り合ふ。
 人も天も魔も。尽きる事のない青の瞬間を、共に生きる時を願おう。
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 撃退士・マキナ・ベルヴェルク(ja0067)
 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 撃退士・鳳 静矢(ja3856)
 前を向いて、未来へ・Rehni Nam(ja5283)
 蒼を継ぐ魔術師・アスハ・A・R(ja8432)
 外交官ママドル・水無瀬 文歌(jb7507)
 されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
 キングオブスタイリスト・アンナマリ(jb8814)
重体: −
面白かった!:10人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
さよなら、またいつか・
Spica=Virgia=Azlight(ja8786)

大学部3年5組 女 阿修羅
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
キングオブスタイリスト・
アンナマリ(jb8814)

大学部5年294組 女 ディバインナイト
負けた方が、害虫だ・
エカテリーナ・コドロワ(jc0366)

大学部6年7組 女 インフィルトレイター
海に惹かれて人界へ・
ザジテン・カロナール(jc0759)

高等部1年1組 男 バハムートテイマー
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト