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マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/08/05


みんなの思い出



オープニング

●葉桜の季節に
 静かだった公園が俄かに騒がしくなった。
 ホームレスのしわがれた悲鳴とそれを取り囲む若者達の嘲笑。容赦なく続く暴力の音。
 破壊されたテントの下、老齢の域に達したホームレスは、抵抗する体力もなくただ蹲っている事しかできない。
「こんな所にゴミ晒しとく方が悪いんぜ」
「俺達キレイ好きだからさぁ」
「汚物は消毒ぅ」
 若者が掲げた指先から小さな火花が散った。手にしているのはライターだ。ホームレスの白髪を鷲掴みにして、ゆらゆらと揺れる炎を近づける。
「許してくれ……許してくれ……」
 若者達はホームレスの怯える様子を笑いながら見下ろしていた。
 ふと。
 暴力の音が不自然に途切れる。数秒の静寂。
 恐る恐る顔を上げたホームレスの視界に写ったのは、白目を剥いて座り込む若者達の姿。
 そして。
「少々毒の利きが強すぎる。もう少し改良させねば……」
 肩に大きなカラスを載せた妙齢の女性。闇の中でも透き通るほど白い肌の――
「あんた、天魔か?」
 掠れた声で問うホームレス。女は答えの代わりに朱の唇を細めて笑うと、指を一つ弾いた。
 ホームレスの身体ががくりと傾いだ。その足元から一匹のサソリが這い出してくる。
「立て」
 女の言葉に従い、男達が立ち上がる。
「共に行け」
 肩のカラスが羽ばたく。男達はその後を追い、ふらふらと歩き出した。
 そうして誰も居なくなった公園で。
「坊、こんな時間に隠れんぼか?」
 ゆっくりと振り向いた視線を受け、仔猫と共に遊具の陰で息を潜めていた男の子は、体を硬直させた。

 ――今、見た事を誰にも話してはいけない。
 もしそれを守れなければ、その時は。『千羽の鴉』がお前を迎えに行く。
 そう言い残し、ベネトナシュと名乗った女悪魔は消えた……。


●雨の季節の終わりに
 サッカーをしてはダメ。泥だらけでみっともない。
 勉強をしなさい。お父さんみたいにならないように。
 あんな子と遊んではいけません。相応しくない。
 ゲームやマンガもダメ。だって何の役にも立たないから。
 ボクはお母さんが選んだ服を着て、お母さんが認めたトモダチとお話しをして、お母さんが決めた塾に通う。
 その塾で知り合った康介君が、夏休みにキャンプをしようと誘ってきた。
 一泊二日。康介君のお父さんが保護者になって、美優ちゃんや健斗くんも参加するって。
 ボクも行きたいと思った。きっとお母さんは許してくれない。だからボクはお父さんに相談した。
『その日はパパの所へ泊まる事にしな。キャンプへはパパも一緒に参加してあげるから』
 お父さんはそう言ってくれた。お母さんには内緒。男同士の約束だって。
 ……健斗くんのお母さんが喋ってバレちゃったけど。
 思った通り、お母さんは怒った。外で寝食するのは不衛生。そんな事をしている暇があったら、将来のためになる勉強をしなさいって。
 お父さんと会う事もできなくなって、塾も辞めさせられた。
 ボクはお母さんが依頼したお兄さんの車に乗って、家と学校を往復するだけになった。

 それは全部ボクのためなんだってお母さんはそう言うけど。
 ボクは純くんや結衣ちゃんと遊びたい。思いっきりケンカもしたい。
 サッカーが好き。猫が好き。お父さが好き。バッタもカブトムシも大好き。
 ボクは自由が欲しかった。だから。
 ……約束を破っちゃって、ごめんなさい。
 


●そして太陽の季節
 天魔らしいモノが出た――その報告は、サバイバルゲームを行っていた大学生グループから寄せられた。
 早朝のキャンプ場で、大きなカラスの群れが男の子を囲んでいる。
 男児は自身の状況に怯える様子はなく、助けようとした大学生がカラスに襲われても、生気のない表情でじっと眺めていたという。
「……この『子供』がカラスを操っているのかな?」
 使徒かヴァニアタス、それよりも上位の存在か――学園生の呟きに、講師は首を横に振った。
 大学生がカラスを追い払うためにモデルガンを撃った時、流れ弾のひとつが男児の肩を傷つけたという。それが本当なら、男児は人間である可能性が高い。
「少年の身元はすでに判明している。都内在住の小学三年生……加藤秀一という。二日前に小学校から姿を消し、即日捜索願が出されている」
 講師はここで深く息を吐いた。
「これは少々特殊なルートから得られた情報なのだが……」
 秀一は行方不明になる前日、偶然再会した塾友に『悪魔と会った』と言ったらしい。
 決して口外するなと言われた話を、秀一はなぜ二ヶ月も経った今になって話したのか?
 子供故の愚かさで口を滑らせたのか、武勇伝のつもりだったのか。それとも既に時効と思ったのかもしれない。
「愚行の結果連れ去られたのなら、それは自業自得。無論、だからと言って捨て置くわけにもいかん」
 講師は改めて集まった学園生の顔を見渡した。
「そなた達の任務はディアボロの討伐、そして秀一少年の保護」
 ディアボロは駆逐するに越したことはないが、如何せん数が多い。撤退に追い込むだけでも充分な成果である。
 だが、秀一の身体はできるだけ取り戻して欲しい。
 万が一にも再び連れ去られるような事があれば……今度秀一が我々の前に現れる時は、間違いなく『人間』で無くなっているだろう。

 そなた達であれば、必ず良い結果を掴み取ってみせるだろう。
 信じていると視線で告げて――講師はディメンションサークルへ向かう学園生を見送った。


リプレイ本文

●朝靄の地
 キャンプ場を囲む樹々の間を靄が漂い、幻想的な雰囲気を醸し出している。
 そろそろ朝食の時間だというのに漂う匂いはなく、視線をずらせば、フェンスで区切られた向こう、芝生敷きの広場を不気味な黒雲が選挙していた。
「あんだば、もっさすごい数のカラスが群れとってん……どげんしたことかね?」
 山奥の田舎で育った御供 瞳(jb6018)でも、さすがにこれだけの群れを見たことはない。
「……あれが『秀一』ですね」
 鴉に囲まれたジャングルジム。その天辺に腰を下ろす少年は、確かに資料として渡された写真と同じ顔形をしている。服装も、姿を消した――悪魔に攫われた日の朝に母親が着せたのと同じ物だ。
 本当に愚行の結果なのか?
 樒 和紗(jb6970)は静かに考えを巡らせた。
 聞けば秀一の生活は、趣味嗜好から友達まで、殆ど全てを母親に束縛されていたという。
 人の感情に興味を持ち、揺さぶりをかける悪魔・ベネトナシュにとって、抑圧された思いを抱く者は恰好の獲物と成り得るだろう。
 もしかすると今もどこかで様子を窺っているのかも知れない。ファーフナー(jb7826)は注意深く周囲の気配を探る。
「悪魔に連れて行かれたらどうなるか……小学生とはいえ、理解しているはずだろうに」
 約束を破ったのは、もしかすると死のうとしていたのかもしれない。そう呟いた狩野 峰雪(ja0345)に、不知火藤忠(jc2194)は女性のような柳眉を逆立てた。
「一方的なものを『約束』とは言わない。秀一は返してもらうぞ」
 強い意志を秘めた藤忠の宣言に、妹分である不知火あけび(jc1857)が頷いた。
 そのためには……。
「先ずは彼の周囲を取り囲んでいる鴉の檻を薄くしないと」
「えぇ、周辺の雑魚を掃討してさっさと少年を救出しましょうねェ♪」
 身の丈を越える大振りの剣を顕現させた雫(ja1894)の横で、妖狐のアウルを纏った黒百合(ja0422)が愉しげな笑みを浮かべて戦闘モードに切り替わった。
「行くぞ!」
「参りましょう」
「やってやんべ!」
 撃退士達の声が重なった。


●鳥の巣の中で
 多目的広場へ足を踏み入れた途端、鴉達は轟音のような羽音と共に舞い上がった。
「やっぱり、この鳴き声……」
 微かな眩暈を覚え、雫が顔を顰めた。
 聖なる刻印の加護で状態異常は免れても、ハウリングするほどのノイズは変わらずに響き続ける。
 乱舞する羽音。敵の位置がつかめず、雫は地に映る影を頼りに鴉の強襲を避けた。
「まずは鴉から掃除スッペ」
 瞳は単身群れの中へ飛び込むと、自身の周囲に砂嵐を巻き起こした。
 突然視界を奪われパニックを起こしたのか、鴉達は空中で互いにぶつかり合う程に乱舞する。
 それこそが瞳の狙い。逃げ道を塞ぐように描かれた魔法陣が輝いて、少なくない鴉を巻き込んで爆ぜた。
 とは言え全体から見ればごく僅か。その他大勢の鴉達が、瞳を狙い次々と襲い掛かる。

 仲間の捨て身(自爆ともいう)援護を受け、藤忠とあけびが走り出した。
 二人の思惑を悟ったように鴉達が前方を塞ぐ。壁を築くものと退けるもの。まるで巣を、雛を守るように、撃退士を拒絶する。
「やはり素直に近づかせてはくれないようだな」
 予測された動きならば後手に回る事はない。藤忠は素早く印を組み、呪縛の結界を展開して鴉達の動きを阻害した。
 あけびは彼に掛かる負担を少しでも軽減しようと、残る鴉達に影手裏剣・烈を浴びせた。

 ドゥッ……!
 その衝撃はほぼ同時に二か所から響いた。
 一つは黒百合のアンタレスだ。その爆炎に飲み込まれた鴉は一瞬で焼き鳥を通り越した。もはや形すら残らない、単なる消し炭である。
「あらぁ。火加減が難しいわねぇ」
 ぽっかりと開いた空間に独り佇む黒百合を狙い、鴉達が強襲する。
 群がる鴉達。避けきれない爪がまき散らす紅い花びらの中で黒百合は微笑みを絶やす事はなく。
「きゃははっ、永遠に冬眠させてあげるわぁ」
 凍てつく空気の棺に鴉達を閉じ込めていった。
「地道な行動は嫌いではありませんが……悠長にし過ぎて秀一共々退かれるのも困りますか」
 和紗が放ったコメットも、多くの鴉を捉えていた。
 黒百合のように一撃で落とす事はできないが、生み出した強力な重力で鴉達を捕らえた。

 どれだけ時間が過ぎ、どれだけ敵を減らせただろうか?
 実際には数分と経っていないのだが、どんなに伸ばそうと目指すゴールに手が届く事はなく、地に堕ちた骸が山を成しても、空を飛ぶ鴉が減っているようには思えない。
 初っ端から積極的に範囲攻撃を使い続けていたため、鴉達はその脅威を学習してしまったようだ。今では広く散開し、絶妙なタイミングでヒットアンドアェイを繰り返している。
 聖なる刻印の手札が切れた今、集団で奏でる騒音に悩まされずに済む事は幸いではあるが。
「このままではキリがないですね……」
「纏めれば良いのォ?」
 ため息を漏らした雫に黒百合がにんまりとした笑みを返す。
 黒百合は無骨な槍をヒヒイロカネに戻し、代わりにショットガンを抱え持った。弾幕を自在に操り、鴉の行動範囲を狭め、誘導していく。
(イチ、ニの……サンっ!)
 心の中でタイミングを計り、雫は群れの中へ飛び込んだ。
 弾幕が止み一瞬の静寂。その直後、雫のアウルが爆炎となって迸り、鴉達を包み込んだ。

 錐もみ状態で舞い降りた鴉が峰雪の面を鉤爪でむしり取った。露わになった顔面を狙い、他の鴉が食らいつく。
 間一髪。峰雪の眼球が抉り喰われる前に、ファーフナーが槍を一閃させて、追い払った。
「助かったよ」
 装備を正す峰雪に、礼は無用と言うように槍を構え直すファーフナー。
「どこかに指揮官がいるはずだ。怪しいと思ったモノは優先的に落せ」
 仲間へそう警告を発し、自身は空ではなく地上へ視線を巡らせる。
(……指揮役が『鴉型』とは限らん)
 それは推測だからこそ可能性を己が内に留め、秀一が拾ったという『仔猫』の姿を思い浮かべる。

 藤忠が黒鞘の刀に手をかけた。空へ向かい、アウルを抜き放つ。
 それを合図に、あけびと和紗が共に走り出した。
「援護は任せなさい」
 峰雪のピアスジャベリンが道を切り開いた道を駆け抜ける。
「オラドモに構わんで早よいぎなせ」
 瞳の足元から風が撒き上がり、鴉達を吹き飛ばす。
 一瞬垣間見えた白褌に動じる事なく、更に立ち塞がる群れを雫が残月で薙ぎ払った。
「彼の事をお願いします。私は此処で檻の破壊をしますから」
「うん、任せて」
 ここから先は自らの手で。
 親指を立ててそれに答えたあけび。渾身の雷死蹴。一枚一枚壁に穴を穿ち、突き進む。
 あと少し。
 和紗の持つヒヒイロカネが宙に舞い、解き放たれた弓や銃が鴉達を次々と打ち落とす。
 秀一に近づこうとする藤忠に対する攻撃は執拗だった。
 瞼を鉤爪が切り裂き、鮮血が散る。
「姫叔父!」
「……掠っただけだ」
 視界を赤く染めながらも、駆け寄ろうとしたあけびを手で制して。
 そしてついに届いた救いの手。
 空中に描かれた五芒の星が、秀一から鴉の檻を剥ぎ取った。


●抱く想い
「迎えに来たぞ。もう大丈夫だ」
 力強く抱きしめた藤忠に、秀一は何の反応も示さなかった。
 泣きつく事も、拒絶する事もない。まるで魂の抜け殻のように、周囲で繰り広げられる死闘を、何の感慨もなく眺め続けてていた。
 遅かったのだろうか? 藤忠は血が滲む程に唇を噛みしめる。
 でも、まだ諦める訳にはいかない。例えて遅れであっても、『体』だけでも家族の元へ返してやらなければ。
 結界が途切れる。
 その一瞬の隙を突き、鴉達が押し寄せる。
「姫叔父、今のうちに結果を」
 秀一と藤忠を守るため、和紗は二人の傍らに控え、バレットストームで援護を続ける。

 ――貴方の望みはキャンプ『場』へ来る事ですか?
 曲がった事を良しとしない和紗は、淡々とした口調で秀一に語り掛ける。
 同時に聖なる刻印を施し悪魔の呪縛を砕こうとするが、彼の心は未だ闇の中に捕らわれたままだ。

 ――自由になりたかったのだろう。例え悪魔の約束を破った事で、魂を奪われるになったとしても。
 罰を受けるにはまだ早すぎる。幼い事は、決して罪ではないのだから。
 そんな思いを胸に、峰雪は鴉に向かい引き金を引く。

 ――貴方も人形には成りたくなかったんですね。
 抗ったその方法は、決して利口とはいえないけれども。
 秀一の状況は、記憶を失い人形のように生きるだけだった自身と重なる……と雫は思う。
 だからこそ助けたいと思う。悪魔の人形にしてはいけない。

 ――なぜ助けを求めなかった? 救いの手を差し伸べてくれる者は、居るはずなのに。
 ――どんげ理由があっだとしても、こんわらすばけでやるわげにいがね。旦那様ぁ、力さ貸してけれ。
 信じるべきモノを見失った時の絶望を、ファーフナーは知っている。
 世界の全てを憎んでいた自分のような思いを、この少年にさせるわけにはいかないと思う。
 瞳は持ち前のひたむきささで己に発破をかけ、身一つで襲いくる鴉を迎え撃つ。

 ――約束を破ったから。迎えに来たんだよね?
 楽しみにしていたキャンプも塾も取り上げられて。悲しかったよね。……何もかも嫌になっちゃったのかな?
 乱舞する鴉を見つめ、あけびは込み上げる感情を飲み込んだ。
 この乱戦状態にあっても、鴉達が秀一を傷付ける事はない。逆に守っているようにさえ見える。
 それでも――委ねる訳にはいなかい。
 あけびは静かに目を細めると、全ての迷いを焼き払うように、火蛇を解き放った。

 ようやくこの腕に捉えたというのに、まだ心は遠く。硬い卵の中に閉じこもったまま。
 それでも藤忠は諦める事なく語り掛けていた。
 敵意ある者を拒絶する結界がついに途切れ、鴉達が一斉に襲い掛かる。
 万事休す。
 せめてこの子だけでも守り抜こうと、藤忠はより強く秀一を抱きしめる。
 ふと感じた違和感。もぞもぞと動く小さな感触。
 秀一の服を剥いだ藤忠の目に入ったのは、一匹の小さな蠍だった。
「こいつか……っ」
 咄嗟に素手で掴み取った。その瞬間、秀一はビクリと体を硬直させた。
 高く、蠍を宙に放る。
 その虫が再び地に落ちる前に、太陽の光を浴びた薙刀が龍のような軌跡を描き……真っ二つに断ち斬った。


●ひな鳥の想い
 蠍が滅ぶと同時、秀一の瞳は光を取り戻した。
 自分の置かれた状況を理解できていないのだろう。秀一は撃退士を拒絶する事も、鴉に怯える様子もなく立ち尽くし、大丈夫かと尋ねられ、小さく頷いた。
 その後も暴れ続けていた鴉達は、黒百合が放った最後の封砲を受けた直後、けたたましく泣き始めたかと思うと、一斉にどこかへと飛び去っていった。
 結局鴉達は最後まで、秀一に危害を加える事はなかった。

 静けさを取り戻した公園の一画で、撃退士達は秀一の様子を確認する。
「事情は聞いているわァ」
「何故悪魔との約束なんてしたのかな?」
 黒百合がやんわりとした口調で語りかける。
 秀一は黙って俯いている。峰雪が問い質すと、僅かに秀一の唇が動いた。声は出ない。口にするべき言葉に迷っているように見えた。
「このまま人形でいるつもりですか?」
 雫の口調は少々辛辣だった。秀一はびくりと身体を竦める。
「逃げたいからと言って、他人に連れ出してもらってどうする。一生母親を気にして生きるのか」
「おめはナンも悪ぐね。かかさおっかねかったら、オラアも一緒に言ってやっから。な?」
「だめだよ。それじゃあ……」
 あけびは思わず仲間達を制した。
 大きな人達に諭され、秀一はすっかり萎縮してしまっている。
 それに、例えそれが自分の本当の思いでも、誰かに促されるまま言うのでは、顔色を窺う相手が代わるだけ。
 あけびは地面に膝をつくと、サラサラした秀一の髪を優しく撫でてやった。
「秀一君は、猫のために一晩外で過ごした事があるんだよね? すごく優しくて勇気があるよ。そんな君がお母さんは大好きで、幸せになって欲しいんだと思う。……でも、言いたいことは言っても良いんだよ」
「……僕……」
 しばらく俯いていた秀一が、初めて言葉を紡いだ。
「何度も言ったよ。でも、ダメだった」
 それからは堰を切ったように……
 先生に相談すれば、それは必ず母親の耳に入る。
 学校帰りにアイスを食べた事も、友達のスマホで撃退士GOを遊ばせて貰った事も、ママ友達同士の世間話で、すぐに母親の知る所となる。
 二か月前。マンションでペットは飼えないと言われた秀一は、仲良くなった仔猫を捨てられず、だからと言って家に連れて帰る事もできず、どうして良いのか判らなくなってしまった。
 ベネトナシュと会ったのはそんな時だった。
 事情を知ったベネトナシュは、今聞いた事は誰にも言わない。だから今見た事も言ってはいけない。そう『指きり』をして別れたという。
「悪魔には、悩みや願いを話したのか?」
 ファーフナーの問いに、秀一はこくんと頷いた。
「おばちゃんは黙って僕の話を聞いてくれたんだ。だから、もう一度会いたかったの。約束を破っちゃってごめんなさいって言ったら、許してくれたよ」
 ……撃退士の前で、秀一はずっと心に溜め込んでいた思いを吐き出した。


●いつか羽ばたく日のために
 撃退士達は秀一が落ち着くのを待ち、両親が待つ麓の警察署へ送り届けた。
 母親に対して言いたい事もたくさんあったが、撃退士達がそれを口にする事はなかった。
 すっぴんの顔はやつれ、首の後ろで纏めただけの髪には白いものが数本混じっている。講師から聞いていた才色兼備たる印象は微塵も残っていない。
 他人には歪んでいるように見えても、彼女は彼女なりに秀一を愛していた。
 この二日間、帰らない息子を夜も眠らず案じ続けていたのだろう。悪魔に捕らわれていると聞かされた時には、どれだけ絶望した事か。
 彼女はもう充分過ぎるほど罰を受けている。
 もしかすると、ベネトナシュの狙いは最初から母親の方だったかも知れないと思える程に……。

「ほら」
 撃退士達に促され、秀一は遠慮がちに両親の前へ歩み出た。
「大丈夫。貴方が好きなお母さんです。少しの我儘で嫌いになったりはしません」
 もじもじと俯いていた秀一は、目の前いっぱいに広がった和紗の優しい微笑みに後押しされる。
 その唇が、小さな声で、しかしハッキリと言葉を紡ぐ。

 ――ただいま、と。





 鳥籠から逃げた小鳥は死ぬ。それでも純粋に外の空に憧れる……。
 そう呟き、ファーフナーは自嘲するような笑みを浮かべた。
 秀一は鳥ではない。歴とした人間なのだ。
 今は弱く誰かの庇護が必要だとしても、いずれ広い社会へ羽ばたいていく日が必ずくる。
 その時までには、きっと。
 今は心も身体も弱い少年は、どんな困難にも立ち向かえる強さを手にしている事だろう。
 母と父に付き添われ、振り切れんばかりに手を振る秀一を見て、撃退士達はそう確信していた。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
 明ける陽の花・不知火あけび(jc1857)
 藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・不知火藤忠(jc2194)
重体: −
面白かった!:4人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
モーレツ大旋風・
御供 瞳(jb6018)

高等部3年25組 女 アカシックレコーダー:タイプA
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師