.


マスター:真人
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/06


みんなの思い出



オープニング

●見えぬ糸
 その日。
 惑いの蜂・ナハラ (jz0177)の前に現れた悪魔・ベレクは、相変わらず不遜な態度で告げた。
 撃退士に復讐する、と。
 力を貸して欲しいとか、手伝って下さいという言葉はない。
 まるで従うのが当然だとでも言わんばかりに。
 ナハラの不始末のせいで自分のヴァニタスがケガをした――それがベレクの言い分だった。
 それは一応真実なので、ナハラが言い訳をする事はない。
 なぜそんな事態になったのか?
 許可なくコアに近づいた者は、誰であっても八つ裂きにせよ、というディアボロに課した命令を考えれば、あの頭の悪そうな名前のヴァニタスに非がある事は明白なのだが。
(まぁ良い。こいつを探す手間が省けたんだ。あとは……)
 鋭い敵意をいつもの不機嫌な表情の下に覆い隠して、ナハラはしぶしぶ承諾した振りをした。


●遭遇
 薄暗い山林の中、緑のコケに覆われた小屋がひとつ。
 周囲の風景と同化し、今にも崩れ落ちそうな外見をしている。その周辺では、映像制作会社・XY企画のスタッフ達が忙しなく動き回っていた。
「タケさん、この岩どうでしょうか?」
「んー、良さそうだけど、ちょっと不安定だな。使うなら下を埋める許可を得ないと」
 どこをどう動くのか。危険な箇所はないか。木々や斜面の映像をカメラに収め、地形なども事細かに記録していく。
 それら光景を、神代 深紅 (jz0123)はじっと見つめていた。
 ――今度、秩父でロケハンをする事になった。
 昨春久遠ヶ原学園を辞めた後輩に請われ、同行する事になった。名目は護衛だ。
 とはいえ、事件が起こらない限りはまったくの暇状態。
 撮影現場を見るのは初めてではないが、門外漢である身で手や口を出す訳にもいかず、落ち着かない時間を過ごしていた。
「あれ……飲み物どこ置いた?」
 スタッフの一人が皆に尋ねたのは、そろそろ休憩にしようという時だった。
「ここにあるよ」
「いや、炭酸じゃなく……温かい奴があっただろ」
「車じゃない? たぶん保温庫の中」
「……私が持ってきましょうか?」
 ようやく『できる事』を見つけた深紅。スタッフから車のキーを受け取り、駐車場へと向かう。

「あれ……?」
 木々の向こうに小さな人影を見かけたのは、その途中だった。
 比較的人里に近いとはいえ、子供が気軽に遊びに来られるような場所ではない。
 他のロケで訪れた子役という線も考えたが、自分達の他にロケが入っているという話は、聞かされていない。
 そもそも、三峯神社からは離れた場所とはいえ、今の時勢で秩父をロケ地に選ぶ命知らずはそう多くないはずだ。
 そっと近づいてみる。
(やっぱり。でも、なんで子供がこんな……)
 深紅は息を飲んだ。
 子供の全身に刻まれた醜い傷に。
 その隣に立つ、凍てつくような青銀の髪をした男に。
 深紅は久遠ヶ原学園の報告書を介し、彼らの事を知っていた。
(あれは確かベレクとかいう……なんでこんな所に!?)
 心臓が激しく鼓動し、全身から冷や汗が噴き出す。
(ダメだ。今動いたら見つかっちゃう。)
 脱出の機を窺うため、死角となる土砂止めの陰に身を潜ませた時。
「遅かったじゃねーか」
 間一髪、ベレクが振り返った。

「……出がけに来客があったんでね」
 現れた影は、とても不機嫌そうな声でそう答えた。
 ムカデともゲジゲジともつかないディアボロを引きつれたそのデビルを、やはり深紅は知っていた。
 虫にような複眼を持つデビル――惑いの蜂・ナハラ。
「客だぁ?」
「しばらく顔を見ないから、生存確認だってさ。どうもゲートを捨てて姿を消した奴がいるらしくて」
「別に居なくていいじゃん。あんな弱っちい奴ら。……きっと怖くなって逃げだしたんだろ」
「ケッツァーに付いた直後だから、それはあり得ないらしい」
 茶々を入れたコージに、ナハラの眼が僅かに揺らいだ。
(……ケッツァー!?)
 それは冥魔が作る組織の名だ。
 判明しているのはトップに座するデビルの名前ぐらいで、その実体まだ謎が多い。
 彼らもケッツァーに関係しているとでもいうのだろうか?
 深紅は意識を研ぎ澄ませてデビル達の会話に耳を傾ける。
「最近、周辺で天界の動きが目立つからな……その方面だって噂もある。お前も天使の一匹でも屠っておけば、あの方の覚えもめでたくなるんじゃないか?」
「ハンッ、誰かに振る尻尾はねぇ。俺は俺で好きにやっていくさ」
「……だったら俺を巻き込むなよ」
 押し殺したようなナハラの口調は、明らかに呆れた感じだった。
(仲良しってわけではないみたいだね。どうもナハラが一方的に巻き込まれている感じだけど……)
 カサリ。
 もう少し様子を探ろうと体勢を整えた時、すぐ傍の枝が小さな音を立てて軋んだ。
 風、私はただの風っ! そう心の中で主張しても、当然成りきれるはずもなく。
「誰だ!?」
 ベレクが怒声を上げると同時。ナハラが素早い動きで距離を詰める。
『ギャン!!』
 鉤手甲のような鋭い針が目の前の茂みを薙ぎ――鮮血を飛び散らせたのは、やせ細った老サルだった。
「お前……何を警戒しているんだ?」
 ほんの1メートル先に潜む深紅に気付いた様子はなく、ナハラは意味ありげな笑みを浮かべて振り返った。
 ベレクは忌まわしげに舌を打った。そして。
「俺は撃退士を誘き寄せる餌を捕まえてくる。てめぇは作戦通り罠を張っておけ」
「契約通り、近場では狩るなよ。後々が面倒になる」
 そう吐き捨てたベレクは、返されたナハラの言葉に舌を打つと、黒い翼を広げると空へと舞い上がった。

「なぁ、それ、どうせ死ぬんだろ? だったら俺にちょうだい……」
 主を見送ったコージが残忍な笑みを浮かべて舌なめずりをする。
 新しい玩具をねだるようなコージを一瞥した後、ナハラは無言でサルを地面に横たえた。
 その体が歪に膨らんでいく。
 数秒の後、奇妙なカニのようなディアボロへと生まれ変わったサルは、ムカデ型ディアボロの尾に連結し、ひとつになった。
「気に入らないって顔だな。せっかく手足を多くしてやったんだ。折り放題だぞ」
「なっ」
 冗談めいたセリフに、コージの顔が一瞬で紅潮した。
「……お前らがケンカを売った相手は、決して甘くはない連中だ。洟も引っ掛けられないのを勘違いして図に乗れば、今度失うのは腕程度じゃすまないぞ?」
「うるさい、黙れっ!」
 地団駄を踏んで怒りを露わにするコージ。
「ちょ、待てよ」
「撃退士に復讐するんだろ? こいつの使い方を教えてやるから、自分でやってみろ」
 コージの抗議を気に止める事もなく、ナハラは一度だけ振り向き、そしてディアボロを率いて歩き出した。

「……助かった?」
 デビル達が去った森の中、深紅はほっと胸を撫で下ろした。
 もし見つかっていれば、どうなっていただろう?
 自分は撃退士なのだから、仮に戦いで命を落としても、それは仕方のない事だと思う。
 でも、残されたXY企画の人達は……。
「急がなきゃ」
 デビル達が去ったのが逆方向だったのは幸いだ。
 道なき道を走りながら、深紅はこれから自分が成すべき事を組み立てていた。


リプレイ本文


 与えられた情報はジグソーパズルのような物。
 一つひとつピースを集め、形を作り、完成図を予想する。

「解せんな。今更こんな地に何の用があるというのだ?」
 エカテリーナ・コドロワ(jc0366)が唸るのも無理はない。
 資料を読み解く限り、現場は三峰に近い以外何の特徴もない、ただの山だ。
「ナハラは……深紅さんの存在に気付いていたのではないでしょうか?」
 御堂・玲獅(ja0388)が投じた疑問は、待機室に集まった撃退士達の間に波紋となって広がっていく。
 では、なぜわざと見逃したのか?
 それによって生る損失をベレクに押し付けるつもりなのか、それとも。
「何を企んでいるのかしら……? 今後のためにも、少しでも情報が欲しいですわね」
「撃退士にコージを倒させるため、か? 埼玉という場所から、ゲートが何か関係しているのかもしれないが」
 考えを巡らせる斉凛(ja6571)に答えるように、ファーフナー(jb7826)が呟く。
 ゲートの存在については龍崎海(ja0565)も同意を示した。
 もっとも、真相はナハラ自身に聞かなければ判らないだろう、と玲獅は思う。
『決めつけちゃうのは危険だよ。敵の敵が味方とは限らないんだから』
 携帯の向こうにいる深紅も、慎重な意見を述べていた。



 森は静かだった。そこに天魔が現れたとは思えない程に。
 しかし、注意深く足元に目を向ければ、地面の一部が湿り気を帯びている。
 そっと伸ばした鈴代 征治(ja1305)の指先が赤黒く染まった。僅かに漂う匂いが錆臭い。
「どうやら間違いなさそうですね」
 海が静かに目を閉じた。深呼吸をして、己が意識を周囲へと広げていく。
 生命豊かな森の中――探知の目が届く範囲内に、デビルと思しき反応は見当たらなかった。
「ここに神代先輩が隠れたとすると、悪魔が向かったのは……」
 海が注意深く観察すると、枯れた下生えの草が不自然に倒れている部分に気が付いた。踏み荒らされたのとは違う、何か大きなモノが這ったような跡だ。
「この方角は三峰の方ですね。急ぎましょう」
 現場は阻霊符の影響下。撃退士の存在はすでに悟られているはず
 戦闘を有利に進めるためには、見つかるより先に敵を補足し、場を整えなければならないのだから。

 目撃現場から数分進んだ先……小高い土手を背にした場所に、デビル達はいた。
 アウルの絵具で森と同化した川澄文歌(jb7507)は、じっくりと周囲を観察する。
 手前は緩やかながらも起伏が続きいている。木々の間隔は過密ではないが、それでも大振りの魔具を振り回すには少々手狭。
 視野を広げれば、奥の方で黒革コート姿のナハラが木に寄りかかって目を閉じている。
 その足元に大きなムカデ型のディアボロが横たわり、コージは倒木に腰を掛け、携帯ゲーム機に夢中になっている。
(むむ……? どの辺りがカニさんなのでしょうか?)
 深紅はカニのようなディアボロがくっ付いたと言っていたが、それらしき個体がいるようには見えなかった。
「同化、それとも寄生か……いずれにせよ、分離攻撃も視野に入れた方が良いだろうな」
 静かに考えを巡らせるファーフナー。
 撃退士達は力強く頷きあうと、悪魔達を挟み込むように位置を取る。
 ――攻撃を開始します。彼らを引き付けたらまたコールしますので、避難を開始してください。
 その場に一人残った玲獅は、ロケ隊を守る深紅に状況を報告して携帯端末を懐にしまうと、白蛇の盾を納めたヒヒイロカネに手を添えた。



 優先順はディアボロ。次にヴァニタス・コージ。
 ロケ隊の安全を確保するため、少しでも遠く、戦い易い場所へと誘い出す。
 作戦の口火を切ったのは、文歌が放ったワイヤーワークスだった。
「森の所有者さん、ごめんなさいっ。でも討伐依頼は人の命に関わることですから許してくださいね」
 ディアボロとコージを捉えた爆発は、同時に周囲の木々をも飲み込んだ。
 斜線を遮る木々が少しでも減れば、遠距離攻撃が少しでも通りやすくなると踏んでの事だ。しかし。
 倒れるぞー、とお約束の言葉を発する者はここにいない。
 吹き飛ばされた木々が一気に距離を詰める撃退士の行く手を塞ぎ、頭上に迫った影を避けたエイルズレトラ マステリオ(ja2224)の召喚獣・ハートはその場で硬直した。
「障害物が増えただけか……。だが、この程度なら問題はない」
 多少の手違いに動じる事なく、エカテリーナは作戦通りに行動を開始する。
 狙いを定めて放った強酸の弾が、倒木で倒れた木の下から抜け出したムカデを穿った。
 二度三度――与える事が出来たのは、ほんの小さな掠り傷。その傷から、じわりと腐敗が広がっていく。

 仲間達がディアボロを撃破する間、ヴァニタスを抑える役を担うのは征治とエイルズレトラだ。
 凛の心強い援護を受け、徐々に外側へ誘導していく。
「……おや、久しぶりですねぇ」
 征治の言葉に一瞬怪訝な表情を見せたコージ。しかし、すぐにその意味を察したようだ。
「お前、あの時のっ!」
 コージが腕を失った戦いに、征治も派遣されていたのだ。
「前に会った時より腕の数が少ないですね? どっかに忘れてきたんですか? 」 
「その報告書、僕も読みましたよ。せっかく腕が二対あったのに、一対失ったそうですね……だっさ」
 ぷぷぷ、と口元を手で押さえ、笑いを堪える振りをするエイルズレトラ。
 その判りやすい挑発にもコージはすぐに反応を示した。
「バカにするな!」
 脳裏に深く刻まれた屈辱。歪んだプライド。激情に駆られ、殺意を溢れさせて。
 征治の四肢に、濃密な黒い粒子がまとわりついた。

「……さすがに硬いですね」
 ディアボロを相手にする海は尻尾の関節部分に狙いを定めるが、硬い殻に阻まれ、切り離す事は叶わなかった。
 木を中心に螺旋状に舞い上がるファーフナーの軌道をなぞる様に、ムカデはそのまま追いかける。
(かなり体長が長いディアボロだが、周囲の認識は目でしているのだろうか?)
 ファーフナーは頭部を包み込むようにナイトアンセムを行使する。
 あからさまに鈍る動き。
 それを好機と見て近づいた海を、ムカデの反撃が襲った。
「龍崎先輩!」
 まるで巨大な腕に握られたように全身を締め付けられる。鋭い爪は身を包むアウルの鎧を砕き、肉を穿つ。
「このぐらい大丈夫……」
 捕らわれたまま、関節部分を槍で薙ぎ払うと、今度こそムカデの身体は真っ二つになった。
「やりましたね!」
 今度はムカデだけを吹き飛ばした文歌。バラバラに吹き飛んだムカデを見て歓喜の声を上げる。
「いや、まだだ」
 頭部と尾は別――そう考えていたファーフナーも、さすがにそこまでは推測していなかった。
 だからこそ、僅かに反応が遅れた。
 バラバラになったムカデの断片……『Ξ目Ξ』が、それぞれ意思を持つように、一斉に動き出したのだ。
「いけない、このままでは」
 玲獅は蒼海布槍を権限させ、ディアボロを絡めてその動きを封じる。
 文歌やファーフナーもそれぞれ抑えに回るが、手の回らない半数近くが包囲を突破した。
「そちらに二体向かっています」
 生命探知でディアボロの位置を追跡した玲獅が警告を発する。
 直後、エカテリーナを挟み込むように現れたディアボロ。避け切れず切り裂かれた足に、焼けるような痛みが走った。

 コージの指揮を受けるディアボロは、戦場に留まり続けていた。
 殺意は全て、撃退士へと。
 それは対ヴァニタス班に属する凛の元へも等しく向けられた。
 折しも破魔の射手を放った直後。高めたカオスレートが、今度は自身を追い込んでいく。
「良いんですか? よそ見をしても」
 征治を磔にしたコージの前に、すかさずエイルズレトラが身を割り込ませた。
 お前は邪魔だ――激しい敵意と共にコージが向き直る。
「下手な鉄砲も数うちゃ当たると言いますが、はたして僕に当てられま……っ?」
 コージと二体のディアボロを、相棒のハートと息の合った連携で引き続けるエイルズレトラ。
 ひらりと空中に身を躍らせた時、奇妙な感覚が四肢に絡みついた。
 動きが鈍った瞬間を見逃さず、コージが無数の礫を撃ち放つ。
「マステリオ様!」
「大丈夫……。ちょっと驚いただけですよ」
 凛の回避射撃で難を逃れたエイルズレトラは、ちらりと視線を頭上に向けた。
 先ほどの違和感は蜘蛛の糸だった。木漏れ日の下で銀色に輝く糸が、いつの間にか張り巡らされていたのだ。
「俺が何をしていないとでも思った?」
 くすりと微笑んだのはナハラ。
「罠……でしたか」
 そういえばそんな情報もあった事を思い出す。
「お前も見え透いた挑発に乗るんじゃない。バカそのものだぞ」
「くっ……」
(どういう事ですの?)
 彼らは仲が悪いはずではなかったのか。怒りに我を忘れるコージを窘めたナハラの行動を、凛は訝しんだ。

「ナハラさん……?」
 参戦を許せば圧倒的に不利になる。
 そんな思いで呼びかけた文歌に、ナハラは複眼状の眼を向けた。
「こんな人気のない場所で何をしていたんです? このあたりに何かあるんですか? それとも……」
「じゃあ、君達はなぜここにいる? もしかして守るべき物が存在するのかな?」
 返されたのは意味ありげな笑み。
 質問に質問で返され、文歌は思わず口を噤んだ。あれでは『何かある』と言っているも同然ではないか。
「そういえばお前達、何でここが判って……!」
 いきなり撃退士が駆け付けた不自然さに、コージもようやく気が付いた。
「調査だ。ここ最近、天界の動きが激しいからな。俺達にとっては僥倖。まぁ、お前達にしてみれば奇禍だろうが」
「……だとさ」
 ファーフナーの誤魔化しに、ナハラはわざとらしく肩を竦めた。
「ここで闘っても魂を食らう事もできず、わたくし達に手傷を負わされるだけで利はないでしょう。早々に退却なさるのが懸命ですわ」
 すでにディアボロの数は半減。戦局はこちらに傾いている、と凛が畳みかける。
 幼い自分の外見でどれだけ説得力を持たせる事ができるかは、はっきり言って賭けだったが。
「獅皇子(こおじ)」
 人間だった時の名で呼ばれ、コージはぎろりとナハラを睨んだ。
「そういう事らしいが、お前どうする?」
「ざけんじゃねー」
 撤退を匂わせるナハラに対し、コージあくまでも殺し合いの続行を宣言した。
 自分はまだ戦える。ディアボロだってまだ半分も残っている。臆病な誰かとは違うのだ、と
「そうか。なら頑張るんだな。……でも、危なくなる前に逃げろよ?」
 ナハラが放った蛍のような光がコージを包み、体に刻まれた傷を徐々に塞いでいく。
 手向けの『再生』を与えた後、ナハラは呆気なくその場を後にした。



 度重なる攻撃を受け、殻を串刺しにされたディアボロが動きを止めた。
 撃退士の猛攻を前にコージは冷静さを失い、指揮の薄れたディアボロは、瞬く間に数を減らしていった。
「殺す、殺す、お前達全員、殺してやる……っ!」
 読みの甘さも経験の差も全て誰かのせいにして、癇癪を起す。
 それでも逃げようとしないのは、奇跡を信じるというより、単に自分が負けるという事実を認めたくないだけだろう。
「僕のカード捌きも見てください」
「こっちを忘れてもらっちゃ困るなあ!!」
 エイルズレトラが素早くカードを切る。
 征治が放った闇と光が入り混じった一撃は、盾を命じた最後のディアボロごとコージを打ち据えた。
 すでにコージは満身創痍。しかし、その傷を癒す術を彼は持たない。
「目障りだ、死に損ないはさっさと消えろ!」
 エカテリーナが罵倒と共に放った弾丸が炸裂し、コージの胸を砕く。
 吹き飛ばされて立つことすらできなくなったコージは、地に爪を食い込ませ野獣のような眼で撃退士達を睨んだ。
「チェックメイト……ですわ」

 死闘の最中、玲獅の端末が振動した。
『避難完了しました。こちらはもう安全です』
 届いたメールは、もう一通あった。
『ベレクがそっちに行ったよ。すぐに撤退して』
 ハッとして空を見上げれば、枝葉の上を黒い影が過る。
「皆さん……!」
 与えられたのは刹那の時間。
 それをコージへの止めに費やすか、確実な撤退か。
 もしベレクに自分達の存在を悟られれば、第二ラウンドは避けられないだろう。
「仕方ありませんですわね」
 命尽きるのも時間の問題だと判断した凛は、構えた銃を下ろすと、仲間達と共に現場を離脱した。



「皆さん、ご無事で……!」
 山を下りた撃退士達を出迎えたのは、ロケ隊のメンバーだった。
 避難の際に藪を抜けたのだろう。所々衣服が破れて頬に血が滲んでいる。それも擦り傷程度で、身を寄せた家の住民によって手当を施されていた。
「任務完了、ですね」
 ディアボロを全て倒し、一般人を無事に避難させた。ヴァニタスの首級こそ確認できたかったが、充分な成果を上げたといえるだろう。
「……ところで、神代さんはどこに?」
 今回の事件について、敵の思惑や背後関係を話し合おうとした征治は、深紅の姿が見当たらない事に気が付いた。
「皆さんとご一緒じゃないんですか?」
 行方を尋ねると、返ってきたのはそんな答えだった。
 どういう事か? 顔を見合わせる撃退士達の様子を見て、元学園生徒のロケ隊員も首を傾げ。
「避難している時、一人こっちに来てくれたじゃないですか。彼が森の中に誘導してくれなかったら、間違いなくあの悪魔に見つかっていたと思います。
 それから先輩は僕に『攫われた人を助けてくるから、後は頼んだ』と言って……」
「その人の名前は?」
「判りません。でも、神代先輩の知り合いみたいでしたよ? 中肉中背で大学生ぐらいの男性です。黒い革のコートにサングラスの」
 間違いない。ナハラだ。彼は特徴的すぎる眼を隠すため、よくサングラスを利用する。
 撤退したと見せかけ、密かに行動していたというのだろうか。
『現状を報告してください』
 玲獅が送ったメールに反応はない。音声による呼び出しにも答える事はなく。
「どうして何も相談してくれなかったのかな」
「知らん。だが、神代なりに考えがあっての事だろう」
 不安げに胸元で手を結んだ文歌に、エカテリーナが冷徹に言い放つ。
「まずは学園に戻り、報告を済ませる。住民の避難を要請し……神代の事は、それからだ」
 話を聞く限り、深紅は自らの意志でナハラに同行したのだから。
「神代さんを信じましょう」
 誰ともなく仰ぎ見た山は、普段通りの静けさを纏い、何事もなかったように座していた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
重体: −
面白かった!:4人

サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
負けた方が、害虫だ・
エカテリーナ・コドロワ(jc0366)

大学部6年7組 女 インフィルトレイター