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与えられた情報はジグソーパズルのような物。
一つひとつピースを集め、形を作り、完成図を予想する。
「解せんな。今更こんな地に何の用があるというのだ?」
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が唸るのも無理はない。
資料を読み解く限り、現場は三峰に近い以外何の特徴もない、ただの山だ。
「ナハラは……深紅さんの存在に気付いていたのではないでしょうか?」
御堂・玲獅(
ja0388)が投じた疑問は、待機室に集まった撃退士達の間に波紋となって広がっていく。
では、なぜわざと見逃したのか?
それによって生る損失をベレクに押し付けるつもりなのか、それとも。
「何を企んでいるのかしら……? 今後のためにも、少しでも情報が欲しいですわね」
「撃退士にコージを倒させるため、か? 埼玉という場所から、ゲートが何か関係しているのかもしれないが」
考えを巡らせる斉凛(
ja6571)に答えるように、ファーフナー(
jb7826)が呟く。
ゲートの存在については龍崎海(
ja0565)も同意を示した。
もっとも、真相はナハラ自身に聞かなければ判らないだろう、と玲獅は思う。
『決めつけちゃうのは危険だよ。敵の敵が味方とは限らないんだから』
携帯の向こうにいる深紅も、慎重な意見を述べていた。
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森は静かだった。そこに天魔が現れたとは思えない程に。
しかし、注意深く足元に目を向ければ、地面の一部が湿り気を帯びている。
そっと伸ばした鈴代 征治(
ja1305)の指先が赤黒く染まった。僅かに漂う匂いが錆臭い。
「どうやら間違いなさそうですね」
海が静かに目を閉じた。深呼吸をして、己が意識を周囲へと広げていく。
生命豊かな森の中――探知の目が届く範囲内に、デビルと思しき反応は見当たらなかった。
「ここに神代先輩が隠れたとすると、悪魔が向かったのは……」
海が注意深く観察すると、枯れた下生えの草が不自然に倒れている部分に気が付いた。踏み荒らされたのとは違う、何か大きなモノが這ったような跡だ。
「この方角は三峰の方ですね。急ぎましょう」
現場は阻霊符の影響下。撃退士の存在はすでに悟られているはず
戦闘を有利に進めるためには、見つかるより先に敵を補足し、場を整えなければならないのだから。
目撃現場から数分進んだ先……小高い土手を背にした場所に、デビル達はいた。
アウルの絵具で森と同化した川澄文歌(
jb7507)は、じっくりと周囲を観察する。
手前は緩やかながらも起伏が続きいている。木々の間隔は過密ではないが、それでも大振りの魔具を振り回すには少々手狭。
視野を広げれば、奥の方で黒革コート姿のナハラが木に寄りかかって目を閉じている。
その足元に大きなムカデ型のディアボロが横たわり、コージは倒木に腰を掛け、携帯ゲーム機に夢中になっている。
(むむ……? どの辺りがカニさんなのでしょうか?)
深紅はカニのようなディアボロがくっ付いたと言っていたが、それらしき個体がいるようには見えなかった。
「同化、それとも寄生か……いずれにせよ、分離攻撃も視野に入れた方が良いだろうな」
静かに考えを巡らせるファーフナー。
撃退士達は力強く頷きあうと、悪魔達を挟み込むように位置を取る。
――攻撃を開始します。彼らを引き付けたらまたコールしますので、避難を開始してください。
その場に一人残った玲獅は、ロケ隊を守る深紅に状況を報告して携帯端末を懐にしまうと、白蛇の盾を納めたヒヒイロカネに手を添えた。
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優先順はディアボロ。次にヴァニタス・コージ。
ロケ隊の安全を確保するため、少しでも遠く、戦い易い場所へと誘い出す。
作戦の口火を切ったのは、文歌が放ったワイヤーワークスだった。
「森の所有者さん、ごめんなさいっ。でも討伐依頼は人の命に関わることですから許してくださいね」
ディアボロとコージを捉えた爆発は、同時に周囲の木々をも飲み込んだ。
斜線を遮る木々が少しでも減れば、遠距離攻撃が少しでも通りやすくなると踏んでの事だ。しかし。
倒れるぞー、とお約束の言葉を発する者はここにいない。
吹き飛ばされた木々が一気に距離を詰める撃退士の行く手を塞ぎ、頭上に迫った影を避けたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の召喚獣・ハートはその場で硬直した。
「障害物が増えただけか……。だが、この程度なら問題はない」
多少の手違いに動じる事なく、エカテリーナは作戦通りに行動を開始する。
狙いを定めて放った強酸の弾が、倒木で倒れた木の下から抜け出したムカデを穿った。
二度三度――与える事が出来たのは、ほんの小さな掠り傷。その傷から、じわりと腐敗が広がっていく。
仲間達がディアボロを撃破する間、ヴァニタスを抑える役を担うのは征治とエイルズレトラだ。
凛の心強い援護を受け、徐々に外側へ誘導していく。
「……おや、久しぶりですねぇ」
征治の言葉に一瞬怪訝な表情を見せたコージ。しかし、すぐにその意味を察したようだ。
「お前、あの時のっ!」
コージが腕を失った戦いに、征治も派遣されていたのだ。
「前に会った時より腕の数が少ないですね? どっかに忘れてきたんですか? 」
「その報告書、僕も読みましたよ。せっかく腕が二対あったのに、一対失ったそうですね……だっさ」
ぷぷぷ、と口元を手で押さえ、笑いを堪える振りをするエイルズレトラ。
その判りやすい挑発にもコージはすぐに反応を示した。
「バカにするな!」
脳裏に深く刻まれた屈辱。歪んだプライド。激情に駆られ、殺意を溢れさせて。
征治の四肢に、濃密な黒い粒子がまとわりついた。
「……さすがに硬いですね」
ディアボロを相手にする海は尻尾の関節部分に狙いを定めるが、硬い殻に阻まれ、切り離す事は叶わなかった。
木を中心に螺旋状に舞い上がるファーフナーの軌道をなぞる様に、ムカデはそのまま追いかける。
(かなり体長が長いディアボロだが、周囲の認識は目でしているのだろうか?)
ファーフナーは頭部を包み込むようにナイトアンセムを行使する。
あからさまに鈍る動き。
それを好機と見て近づいた海を、ムカデの反撃が襲った。
「龍崎先輩!」
まるで巨大な腕に握られたように全身を締め付けられる。鋭い爪は身を包むアウルの鎧を砕き、肉を穿つ。
「このぐらい大丈夫……」
捕らわれたまま、関節部分を槍で薙ぎ払うと、今度こそムカデの身体は真っ二つになった。
「やりましたね!」
今度はムカデだけを吹き飛ばした文歌。バラバラに吹き飛んだムカデを見て歓喜の声を上げる。
「いや、まだだ」
頭部と尾は別――そう考えていたファーフナーも、さすがにそこまでは推測していなかった。
だからこそ、僅かに反応が遅れた。
バラバラになったムカデの断片……『Ξ目Ξ』が、それぞれ意思を持つように、一斉に動き出したのだ。
「いけない、このままでは」
玲獅は蒼海布槍を権限させ、ディアボロを絡めてその動きを封じる。
文歌やファーフナーもそれぞれ抑えに回るが、手の回らない半数近くが包囲を突破した。
「そちらに二体向かっています」
生命探知でディアボロの位置を追跡した玲獅が警告を発する。
直後、エカテリーナを挟み込むように現れたディアボロ。避け切れず切り裂かれた足に、焼けるような痛みが走った。
コージの指揮を受けるディアボロは、戦場に留まり続けていた。
殺意は全て、撃退士へと。
それは対ヴァニタス班に属する凛の元へも等しく向けられた。
折しも破魔の射手を放った直後。高めたカオスレートが、今度は自身を追い込んでいく。
「良いんですか? よそ見をしても」
征治を磔にしたコージの前に、すかさずエイルズレトラが身を割り込ませた。
お前は邪魔だ――激しい敵意と共にコージが向き直る。
「下手な鉄砲も数うちゃ当たると言いますが、はたして僕に当てられま……っ?」
コージと二体のディアボロを、相棒のハートと息の合った連携で引き続けるエイルズレトラ。
ひらりと空中に身を躍らせた時、奇妙な感覚が四肢に絡みついた。
動きが鈍った瞬間を見逃さず、コージが無数の礫を撃ち放つ。
「マステリオ様!」
「大丈夫……。ちょっと驚いただけですよ」
凛の回避射撃で難を逃れたエイルズレトラは、ちらりと視線を頭上に向けた。
先ほどの違和感は蜘蛛の糸だった。木漏れ日の下で銀色に輝く糸が、いつの間にか張り巡らされていたのだ。
「俺が何をしていないとでも思った?」
くすりと微笑んだのはナハラ。
「罠……でしたか」
そういえばそんな情報もあった事を思い出す。
「お前も見え透いた挑発に乗るんじゃない。バカそのものだぞ」
「くっ……」
(どういう事ですの?)
彼らは仲が悪いはずではなかったのか。怒りに我を忘れるコージを窘めたナハラの行動を、凛は訝しんだ。
「ナハラさん……?」
参戦を許せば圧倒的に不利になる。
そんな思いで呼びかけた文歌に、ナハラは複眼状の眼を向けた。
「こんな人気のない場所で何をしていたんです? このあたりに何かあるんですか? それとも……」
「じゃあ、君達はなぜここにいる? もしかして守るべき物が存在するのかな?」
返されたのは意味ありげな笑み。
質問に質問で返され、文歌は思わず口を噤んだ。あれでは『何かある』と言っているも同然ではないか。
「そういえばお前達、何でここが判って……!」
いきなり撃退士が駆け付けた不自然さに、コージもようやく気が付いた。
「調査だ。ここ最近、天界の動きが激しいからな。俺達にとっては僥倖。まぁ、お前達にしてみれば奇禍だろうが」
「……だとさ」
ファーフナーの誤魔化しに、ナハラはわざとらしく肩を竦めた。
「ここで闘っても魂を食らう事もできず、わたくし達に手傷を負わされるだけで利はないでしょう。早々に退却なさるのが懸命ですわ」
すでにディアボロの数は半減。戦局はこちらに傾いている、と凛が畳みかける。
幼い自分の外見でどれだけ説得力を持たせる事ができるかは、はっきり言って賭けだったが。
「獅皇子(こおじ)」
人間だった時の名で呼ばれ、コージはぎろりとナハラを睨んだ。
「そういう事らしいが、お前どうする?」
「ざけんじゃねー」
撤退を匂わせるナハラに対し、コージあくまでも殺し合いの続行を宣言した。
自分はまだ戦える。ディアボロだってまだ半分も残っている。臆病な誰かとは違うのだ、と
「そうか。なら頑張るんだな。……でも、危なくなる前に逃げろよ?」
ナハラが放った蛍のような光がコージを包み、体に刻まれた傷を徐々に塞いでいく。
手向けの『再生』を与えた後、ナハラは呆気なくその場を後にした。
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度重なる攻撃を受け、殻を串刺しにされたディアボロが動きを止めた。
撃退士の猛攻を前にコージは冷静さを失い、指揮の薄れたディアボロは、瞬く間に数を減らしていった。
「殺す、殺す、お前達全員、殺してやる……っ!」
読みの甘さも経験の差も全て誰かのせいにして、癇癪を起す。
それでも逃げようとしないのは、奇跡を信じるというより、単に自分が負けるという事実を認めたくないだけだろう。
「僕のカード捌きも見てください」
「こっちを忘れてもらっちゃ困るなあ!!」
エイルズレトラが素早くカードを切る。
征治が放った闇と光が入り混じった一撃は、盾を命じた最後のディアボロごとコージを打ち据えた。
すでにコージは満身創痍。しかし、その傷を癒す術を彼は持たない。
「目障りだ、死に損ないはさっさと消えろ!」
エカテリーナが罵倒と共に放った弾丸が炸裂し、コージの胸を砕く。
吹き飛ばされて立つことすらできなくなったコージは、地に爪を食い込ませ野獣のような眼で撃退士達を睨んだ。
「チェックメイト……ですわ」
死闘の最中、玲獅の端末が振動した。
『避難完了しました。こちらはもう安全です』
届いたメールは、もう一通あった。
『ベレクがそっちに行ったよ。すぐに撤退して』
ハッとして空を見上げれば、枝葉の上を黒い影が過る。
「皆さん……!」
与えられたのは刹那の時間。
それをコージへの止めに費やすか、確実な撤退か。
もしベレクに自分達の存在を悟られれば、第二ラウンドは避けられないだろう。
「仕方ありませんですわね」
命尽きるのも時間の問題だと判断した凛は、構えた銃を下ろすと、仲間達と共に現場を離脱した。
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「皆さん、ご無事で……!」
山を下りた撃退士達を出迎えたのは、ロケ隊のメンバーだった。
避難の際に藪を抜けたのだろう。所々衣服が破れて頬に血が滲んでいる。それも擦り傷程度で、身を寄せた家の住民によって手当を施されていた。
「任務完了、ですね」
ディアボロを全て倒し、一般人を無事に避難させた。ヴァニタスの首級こそ確認できたかったが、充分な成果を上げたといえるだろう。
「……ところで、神代さんはどこに?」
今回の事件について、敵の思惑や背後関係を話し合おうとした征治は、深紅の姿が見当たらない事に気が付いた。
「皆さんとご一緒じゃないんですか?」
行方を尋ねると、返ってきたのはそんな答えだった。
どういう事か? 顔を見合わせる撃退士達の様子を見て、元学園生徒のロケ隊員も首を傾げ。
「避難している時、一人こっちに来てくれたじゃないですか。彼が森の中に誘導してくれなかったら、間違いなくあの悪魔に見つかっていたと思います。
それから先輩は僕に『攫われた人を助けてくるから、後は頼んだ』と言って……」
「その人の名前は?」
「判りません。でも、神代先輩の知り合いみたいでしたよ? 中肉中背で大学生ぐらいの男性です。黒い革のコートにサングラスの」
間違いない。ナハラだ。彼は特徴的すぎる眼を隠すため、よくサングラスを利用する。
撤退したと見せかけ、密かに行動していたというのだろうか。
『現状を報告してください』
玲獅が送ったメールに反応はない。音声による呼び出しにも答える事はなく。
「どうして何も相談してくれなかったのかな」
「知らん。だが、神代なりに考えがあっての事だろう」
不安げに胸元で手を結んだ文歌に、エカテリーナが冷徹に言い放つ。
「まずは学園に戻り、報告を済ませる。住民の避難を要請し……神代の事は、それからだ」
話を聞く限り、深紅は自らの意志でナハラに同行したのだから。
「神代さんを信じましょう」
誰ともなく仰ぎ見た山は、普段通りの静けさを纏い、何事もなかったように座していた。