●必殺☆仕掛人、集合
「……ドッキリ番組で犯人を目立たせる、かぁ」
初めての遊園地に瞳を輝かせるRobin redbreast(
jb2203) の隣で、ユウ・ターナー(
jb5471) はたった今聞いた説明を反復した。
「んと、それって、アイドルさん達も巻き込んでドッキリさせなきゃいけない……ってことだよね? むぅ、何だか難しいけど、ユウ、頑張るよっ!! 」
小さな身体に決意を漲らせるユウの姿はとても頼もしい。
「さて。追いかけられる事が如何に怖いか、少々思い知って貰おうか」
「手加減しろ、とは言われてないですしィ?」
徹夜明けの頭痛を堪える戸蔵 悠市(
jb5251) に頷いたのは、相方であるルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)……否、今はルド子と呼ぶべきだろうか?
癖のある金髪は柔らかウェーブの黒髪になり、春を思わせるガーリーな衣装に身を包んだ、完璧な『女性』になっているのだから。
着慣れない故にキマらない悠市に着こなしを指導する姿は、まるでデートを楽しむカップルのように見えた。
「言われていないから良い……ってワケじゃないさねぇ」
リミットは自分が思う八割ぐらいに設定するべき、とアサニエル(
jb5431) が2人の悪巧みに釘を刺す。
(犯罪者なら、捕まえるか、やっつけちゃえばいいのに……。)
「あたし的には、はっきりさせた方がお互いのためだと思うんだけれど。被害者の彗ちゃんがそう望んでいるなら仕方ないわ」
なぜこんな回りくどい方法を取るのか?
Robinが呑みこんだキルマシーン的思考を、タイトルコール(
jc1034) が代弁した。
『スキャンダルをバネにできるほど、彗ちゃんは強い立場じゃないからね』
事件が明るみになれば、晒されるのは間違いなく彼女の方だと平野は断言する。
「まぁ、改心してくれるならそれで良いじゃないですか」
肩に乗せた小鳥の喉を撫でながら、秋嵐 緑(
jc1162) は淡々とした口調で呟いた。
●撮影開始
ショッキングピンクのうさたんは非常に目立つため、遠くからでも確認できた。
3人組アイドルの苺、花梨、柚子は、ソレが事務所の先輩・平野だとは夢にも思わず、遊園地のリポートという(偽の)仕事を前に真剣な面持ちをしていた。
「天塚クン発見♪」
ガーリー娘から放たれた低い声。共に行動する悠市に肘で腰を突かれたルドルフは、裏声でホホホと笑いごまかした。
2人が考えたのは、天塚に対するストーカーを演じるという作戦だ。
悠市が一晩かけて書き上げた恋文を、彼自身が彗に対し行ったように、鞄やポケットに忍ばせる。何度も繰り返して嫌がらせすれば、いずれ自分の過ちを悟り、恐れ慄くに違いない。
そう考えていた。
ロケ隊を先導していたうさたんが、レストランのチラシを配っていたくまたんに声をかける。
『やぁ、くまたん! 久しぶり』
『まぁ、うさたん。ごきげんいかが?』
唐突に再会のダンスを始めるうさたん。紳士的な仕草で誘われたので、くまたんを演じるタイトルコールは、苦笑しつつも応じてやった。
楽しい掛け合いで周囲を和ませた後、くまたんはチラシを渡す。
『ぜひ遊びに来てね』
アイドルも一般人役も隔たりなく、ギュッとハグを交わし、くまたんはロケ隊を見送った。
●脱出ゲーム
メリーゴーラウンドで軽く肩を慣らしたアイドル達は、観覧車から見えたドーム型の建物に興味を持った。
それは新しく導入されたアトラクションだ。
自我を持つコンピューターに支配された宇宙コロニーを舞台に、数十名のプレイヤーが協力し、襲い来るロボットやシステム異常を切り抜け脱出を目指す体感型ゲームである。
仕掛け人としてアイドル達と同じ組に紛れ込んだ緑は、ちゃっかりと天塚の後ろに付いた。
扉が音を立てて閉まり、薄暗くなった部屋に夕暮れの公園が浮かび上がる。
――第1ミッション。隠された『ワクチン』を探し出せ
クリア条件が示されると同時に、敵ロボットが現れた。
「当たった、当たったよっ」
ロボットの胸元の的が点滅し、天然系アイドル・苺が悦びの声を上げた。クールな柚子はワクチンを探すため、周囲に目を走らせる。
第2、第3とミッションは進み、参加者達はクリアに必要な撃墜ポイントを積み立てていく。
その中で殆どポイントを稼げていない者がいた。
天塚である。
「お兄さん、右手にロボットが」
緑の声に反応し、天塚が銃口を向けた。しかしそこに敵の姿は無く、逆に奇襲を受けた天塚は、数少ないポイントを失ってしまう。
「天塚さん、体を動かすの苦手でした?」
気の毒そうな表情で尋ねる優等生系アイドル・花梨。
緑の妨害が効きすぎているだけで、彼は決してトロいわけではないのだが……違うと即答できなかった天塚は、運動神経が可愛そうなヒトという二つ名を授けられてしまう。
(そろそろですね。)
そう心の中で呟いて、緑は最後の仕掛けに取りかかる。
ラスボスとして名乗りを上げたその雄姿は、アイドル達を含めた全てのプレイヤーに衝撃を与えた。
●ホラーハウス
薄暗い闇の中で交錯する不気味な嘲笑と鋭い悲鳴。
リタイア出口から出てくるマジ泣きの一般客が、恐怖一層引き立たせていた。
「ひゃうっ」
水が滴る音に驚いた苺が硬直した。
宙に浮かぶ血走った眼、前方を過る一輪だけの車椅子――次々と襲い掛かる恐怖の中、健気にハンディカメラを回しリポートする姿は、さすが職業魂というべきか。
――楽しんでいって……ね?
タイミングを見計らい、Robinは『霞声』を天塚に届ける。
3列の中央に居た天塚だけが不意に顔を上げたので、彼の腕にしがみ付いていた苺が顔を引きつらせた。
「今、女の子の声がしませんでした?」
何も聞こえてないし誰も言っていない。アイドル達は耳を塞いで否定する。
してやったり。
反応を確認しつつ、Robinは更にイタズラを重ねていく。
暗闇でのかくれんぼ。
極限まで気配を薄めて忍びよる。
足首を掴まれた天塚は、バランスを崩して転倒してしまう。
「すみません、何かが足に……」
電気コードに躓いたのだろうかのだろうか?
そう思って目を向けた先にあったのは、蹲って自分を見上げている生き人形……。
(あれ? 潜行、解けちゃった?)
しっかりとハンディカメラが自分を捉えている事に気付いたRobin。
場をごまかすためにRobinが見せた『にっこり』を、そこに居た全員は『にやり』と受け止めた。
「もう嫌ぁっ」
柚子の心がついに折れた。
仲間もクールなイメージも捨て去って、リタイア出口へ向かい、一目散に駆け出した。
●忍び寄る者達
アイドル達がお花を摘みにいっている間、天塚は訝しげな表情でうさたんに声を掛けた。
「僕はただ一緒いて、話を合わせるだけ良い……はずですよね?」
そう念を押し、天塚は手紙を差し出した。
――いきなりこんなお手紙ごめんなさい。素敵な貴方を見守っています。
――その女の子たちよりあたしの方が魅力的なのに。そう、きっと貴方は騙されているのね。
ファンシーな便箋にいかにもな丸文字で。2通目は、少々文字が乱れていた。
「お化け屋敷と……たぶん、その前の何処かで持たせられたみたいで。これ、僕から彼女達に渡すべきだったんでしょうか? でも、文面が何か変ですし」
これではアイドルではなく一般人役宛てにしか思えない。
「んー……知らないなぁ」
学園生の策略と知りつつ、平野は素の声で答えた。
「放っておいて良いんじゃないか?」
身に覚えがあるのでは? なんて冗談は、たとえ口が裂けても言えなかった。
『手紙が怪しまれている。気を付けたほうが良い。』
警告のメールを受けた悠市は、息を吐いて傍らの相方に目を向けた。
「……という訳らしい」
「まだ完全にバレたわけじゃないんだろ。っつーか、気付いて貰えなきゃ意味ないしぃ?」
とは言え、気を付けろと言われた以上、自重するべきだろう。
ルドルフと悠市は、並行して行ってきたカメラへの映り込みをメインにする事にした。
ここで再び平野から連絡が入った。
今度は警告ではなく、アイドル達がレストランへ向かった、という報告だ。
「へぇ」
楽しげな店の中、無表情に立ち続ける女――不気味さを引き立たせるには絶好のシチュエーションではないか。
またひとつ名案を思い付き、ルドルフは笑みを浮かべた。
●呪われたお姫様
『準備はOK?』
うさたんからの連絡で、ユウはついに自分の出番が来たのだと実感する。
血や泥で汚れたドレス。艶のある金髪は纏め、ボサボサのカツラの下に隠して……。
衣装やメイクは『トリック☆スター』の裏方さんが手伝ってくれたので、何処から見ても完璧な仕上がりだ。
「いつでも大丈夫なのっ☆」
元気に答え、ユウは行動を開始した。
「ママ〜……、ママ〜……」
か細い声を上げながら裸足で歩く少女に、周囲の視線が集まる。
もっとも一般客に紛れたスタッフが『ロケ中です』と書かれたボードを見せているので、騒ぐ者はひとりも居ない。
「ママ〜……何処なの〜〜ねぇ、待ってよぉう……」
少女の存在に気付いたアイドル達が顔を見合わせた。
どうするべきか? スタッフへ支持を仰ぐ表情も、カメラは絵として撮っていく。
「ママやパパと逸れちゃったの?」
放っておく事ができず、花梨が声を掛けた。ユウは力無く首を横に振る。
「……パパぁ」
「え?」
ユウに指を差された天塚に視線が集まった。
――自分は一応、仕掛人。
きっとこの子も仕掛人。
だから話を合わせなければ、この子が可哀想。
でも、どうすれば良いんだ?
ユウに手を差し伸べられ、天塚の思考はグルグルと回転し始める。
「パパっ☆」
すっかり硬直してしまった天塚に駆け寄り、ガシっとしがみ付いた。その手はまるで氷のように冷たくて……。
「う……わあぁっ!?」
演技と呼ぶには迫力のある天塚の悲鳴が、園内に響いた。
●くまたんの贈り物
もっとも混み合うだろう時間帯を避け、くまたんご推薦のレストランを訪れたアイドル達を出迎えたのは、盛大なクラッカーの破裂音だった。
『おめでとうございます! 当店通算1万人目のお客様!!』と書かれた横断幕も。
もちろんそれはイタズラ企画の仕込みだが、居合わせた一般客から惜しみない拍手が寄せられた事もあり、アイドル達が疑う様子は微塵も感じられなかった
窓際の、一番目立つ席に案内されたアイドル達の元へ、くまたん(タイトルコール入り)が登場。
ド派手な音楽とパフォーマンスを背負いながら、花束や記念の限定グッズを手渡していく。
充分盛り上がったところで、タイトルコールは『くまたん』の皮を脱ぎ捨て、一般客の中へ紛れ込んだ。
狙っていた写真撮影や握手は、ロケ中である事を理由にアイドル達に断られてしまったが、注目は充分すぎるほどを集める事ができたはずだ。
●ウォーターライド
ロケの最後を飾るのは、この遊園地でも高い人気を誇るジェットコースターだ。
「水しぶき避けにお使いください」
係員に扮したアサニエルが営業スマイルでビニールコート配布していく。
「このコート、水で溶けるタイプだったりしますか?」
慌てて足を引っ張らないためにも、仕掛けに対する心構えをしておきたい――そう天塚に尋ねられ、アサニエルは一瞬言葉に詰まった。
まさかターゲットの方から接触してくるとは予想していなかったからだ。
「いいえ、当施設で常備している物です」
動揺を隠しつつ、アサニエルは笑顔で真実を伝えた。
車体にしっかりカメラが固定された事を確認した後、ジェットコースターが走り出す。
回転、回転、スクリュー……3分間の絶叫の末、最後は一気に水上へ急降下。車体を包み込むように盛大な水しぶきが上がった。
「水が凄かったぁ」
「はい。コートがなければ、ビショビショになっていたかも知れません」
「ま、アタシはちゃんと対策していたけどね」
それぞれ感想を口にしながら、アイドル達がコートを脱いだ時。
「お客様、水しぶきにご注意ください」
アサニエルの声と共に頭上から『バケツをひっくり返した水』が降ってきた。
水の大半は狙い通り天塚に降り注いだが、煽りを食らったアイドル達も、それなりにびしょ濡れ状態だ。
「きゃ、痛っ」
水を被った拍子に柚子のコンタクトがずれた。バランスを崩し、手すりを掴もうと伸ばした手が空を切る。
危ない! と誰かが叫ぶのと、柚子を支えようとした天塚が諸共にコケるのは、殆ど同時だった。
『皆、お疲れ様だったねぇ☆』
ここで番組名物のネタ晴らし看板を持った平野が登場。
着ぐるみはすでに脱いでいたが、声と口調はうさたんのままなので、事情はバレバレだ。
「ひょーっ!?」
「平野さん、ひどいです……っ」
騙された芸能人が口々に抗議をする姿も、この番組の恒例行事だ。
「おや、それはこの夏の新作かな? お洒落さんだね」
平野の言葉で、柚子はシャツのボタンが千切れ飛んでいる事に気付が付いた。
露わになっていたのは水濡れ対策のビキニだったが、頭が真っ白になった柚子はもうパニック状態で。
「き、きゃあっ?!」
折重なるように倒れていた天塚の頬に、強烈な平手が叩き込まれた。
●事の顛末
いつものように得意先を回り、弁当を配達して回る。いつもと同じ日常のはずなのに。
「へぇ……彼がねぇ」
囁く声が聞こえ、天塚は俯いたままスタジオを後にした。
しかしそれは次のロケ現場でも同じで。
――とにかくスゴイ事を成し遂げた奴がいる。
オチこそ箝口令が敷かれているが、イタズラ企画のラストを飾った『笑劇』は、瞬く間に伝説として広まっていた。
「いやぁ、君が芸人志望とは知らなかったよ」
「今度チャレンジ企画に出ない?」
先々で掛けられる善意のスカウトを避け、ロケ現場を見学する事なく帰るようになった。
もっとも、人の噂は何とやら。
やがて業界の興味も新しい噂へと移り、一月過ぎる頃には天塚を弄る者も減っていた。
天塚見たさで一時的に増えていた注文も元に戻り、勤務先の店長は残念がっていたが……天塚はようやく戻った平穏な日々を噛みしめていた。
しかし、天塚は大切な事を忘れていた。撮影された企画が、全国枠で放送されるという事実を。
「テレビ見たわよ。オバちゃん応援しているからね」
「くうぅ、あいつが柚子ちゃんの胸をっ!」
束の間の平穏は終わり、今度は近所のスーパーや電車の中で、様々な人の視線を浴びるようになった。
再び注文は増え、勤務先の店長は喜んでいたが、天塚にとっては…………。
一方、相良彗は……。
あのロケの後、私生活を監視されるような事はなくなった。
頃合いを見てマンションを引っ越したが、自称『天使』は特に反応を示さなかった。
ファンレターはその後も続いていたが、頻度は格段に減り、内容も初期のような感想や励ましに留まっているという。
つまり彗はファンを失う事なく、ストーカー被害からも無事に解放されたのだ。