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マスター:真人
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/27


みんなの思い出



オープニング

●鳥の戯れ
 山の中腹――ゲートに程近い場所に位置する小さな保養施設。
 撃退士という存在を深く知るため、ベネトナシュはそこで鳩羽を生かしたまま飼い、様々なことを試し続けた。
 魔具や魔装の扱い方から、アウルが肉体に与える治癒力の影響まで。
 その中でも彼女が知識を欲したのは、攻撃からサポートまで、幅広い力を発揮するスキルについてだ。
「本当に、見れば見るほど面白い技よ」
 いつものように気まぐれな理由で呼び出し、命令を下す。自分そっくりに“化けて”見せた鳩羽を、頭の天辺から足の爪先まで、舐めるように眺めていた。
「だが、完璧ではないのだろう?」
「見ての通り、身に着けているもの自体は変えられない。声も、基本的には自分のままだ」
 忍の里に生まれ、物心つく前から鍛錬した結果、鳩羽は声色を真似する技術を体得していた。今は後半部分を敢えて素のままで発し、違いを強調した。
「それだけではなかろう」
 弱点を見抜いたことを自慢げに宣言するベネトナシュ。白磁の顔に浮かぶ笑みが、不満の表情に変わった。
「……胸が足りぬわ」
 腰も多い。
 鳩羽は些細な違いと言い繕うが、それはベネトナシュ……否、女と言う生き物にとって、最大の侮辱に他ならない。
「罰を与えねば」
 鳩羽自身にではなく、町に立て籠もる撃退士共に、より厳しい状況を用意してやろう。
 瞬時に顔色を変える鳩羽を見て、ベネトナシュは目を細める。
「ピジョンよ、お前に機会を与えよう。
 今からこの場にアルカイドを呼ぶ。お前は私の振りをし、奴に伽を命じよ。
 “変化”が見破られなければ、ゲームはお前の勝ちだ。人間共に差し向けた眷属を1つ引き戻そう。
 だが、即座に見破られようものなら……逆に、ゲート内に封じている強力な眷属を差し向ける。より深い絶望を与えるために、な」
 鳩羽は唾をごくりと飲み込んだ。
 たとえゲームに勝ったとしても、鳩羽自身には何の得もない。むしろ、待っているのは想像したくない未来だ。
(反応を見て楽しんでいるのか。このひとは。)
 鳩羽は静かに目を閉じた。
 外の世界で、おそらく自分は既に死んだ扱いになっているだろう。
 それでも恥を忍び生き続けているのは、万にひとつ、生きて情報を持ち帰る可能性を信じてのことだ。
 自由、生命、人権――様々なものと引き換えに、それらを差し出してきた鳩羽に、ベネトナシュの提案を拒絶する権利はない。それなのに、わざと選択の自由をちらつかせているのだ。
 ならば、自分が取るべき道はひとつ。
 命懸けで戦っている若者達のチャンスを、我が身可愛さで打ち砕くことだけは、してはならない。
「……引き戻す眷属を俺が選んでも良いなら」
「かまわん。」
 イエスの代わりに条件を付け加えた鳩羽を見て、ベネトナシュは鷹揚に頷いた。


●陰陽のヴァニタス
「アルカイド。ベネトナシュ様がお呼びよ」
 女ヴァニタス・東海林から伝言を受け、黒衣の剣士は無言のまま踵を返した。
「一言ぐらい礼があっても良いんじゃないかしら?」
 すれ違いざま口にした嫌味にもまったく反応を示さない同僚に、東海林は眉を逆立てる。
 喋らない、笑わない。ただ言われたことを黙々とこなすだけの、木偶。
 自分がアルカイドより劣っているとは思えない。
 なのに何故、いつも彼だけが召されるのか? 東海林は理解できなかった。
「私が貴方より役に立つことを証明して見せるわ。
 そうなれば貴方はお払い箱……。私が第一のヴァニタスとなり、より多く力を頂戴することができる」
 歓喜に満ちた声で宣戦布告をする東海林を、アルカイドは深い紫の瞳で見つめた。
「……ショウジ。撃退士を甘くみては……」
「私は貴方のように臆病じゃないの。撃退士が怖いなら、貴方は指を咥えて見物していると良いわ」
 くすくすと笑いながら、東海林はその場を後にした。そして、如何に明日の舞台を整えるか、策を練る。
「そうね。人間も2、3人なら殺してしまって構わないでしょう」
 主は“人間を殺せ”と命じていないが、“ひとりも殺すな”とは言っていない。
 敬愛する主が好むのは、浅ましい人間共の嘆きと絶望。撃退士共の無力さを知れば、彼らを頼る人々は、より深く絶望するに違いない。
 にんまりと笑みを浮かべるその顔は、まさに鬼女の表情そのものだった。


●堅牢たる砦
 生きている限り、朝は必ず訪れる。
 たとえそこが、悪魔に支配された地獄であっても。
 決して爽やかとは言えないディアボロ達の囀りを聞きながら、人々は目を覚ました。
「おはよう。昨夜はよく眠れたの?」
 仲間の少年に問われ、神代 深紅 (jz0123)と西田笑子は遠慮がちに頷いた。
 人々を守るという任務上、決して眠るまいと思っていたが、気が付けばいつの間にか朝になっていた。
 危惧していたディアボロの奇襲は、結局なかった。悪魔達は約束を守ったらしい。
「でも、あたい達を見逃してくれるつもりはないみたいよ?」
 窓の隙間から覗き見れば、グラウンドには無数のディアボロが群れを成していた。
「Oh……。これだけの数、どこに隠れていたのだ?」
 校庭を埋め尽くすほどのディアボロの群れは、支配領域にいる全ての戦力を集めたと思えるほどの量だった。
「むしろこれからが本番だね」
「うん、あと少し、がんばろうね!!」
 守りきれるだろうか? 心を過る不安を振り払い、撃退士達は未来を見据える。
「グラウンドに停めた車は、やはり使えそうにないですね」
「……問題ないさぁね」
 ディアボロの巣と成り果てているバスに、燃料は殆ど残っていない。
 一方で校舎の陰に横付けしたバスとバイクは全て満タン状態だ。こちらは現在無傷だが、あの女ヴァニタスに気付かれている可能性もある。油断は禁物だ。
「お願いします。僕達に、皆さんの力を貸してください」
 作戦の成功は人々の協力なくしてはあり得ない。全員で生きて帰るため、撃退士達は作戦を改めて人々に伝え、理解を求める。
 
「人間の力を、見せつけてやろうぜ」
 突き出した拳に、男達の拳が次々と重なっていく。
「美味しいケーキの店を知っているんだ。今度、皆で食べに行こう。勿論、俺のおごりで」
 どさくさに紛れたナンパは、不安を抱く女性達の心を解きほぐした。

 刻々と時が過ぎる中、校舎を取り巻く絶望――ディアボロは増え続けていく。
 しかし、その絶望を前にしても、希望の灯りが絶えることはない。
 もう、負けない。諦めない。生きて、生き抜いて。自分自身で罪を償うために。
 人々は固唾を呑んで、その瞬間を待つ。


 デビルが支配する煉獄に光が穿たれる瞬間は、間近に迫っていた。



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リプレイ本文

●夜明けの晩
「私では力不足とおっしゃるのですか?」
 出撃を禁じられたヴァニタス・東海林は愕然とした表情を見せた。
 必ず期待に応えて見せる、と必死に食い下がる。
「そういう意味ではない。私はお前を高く買っているのだ」
 嘆きの黒鳥・ベネトナシュ (jz0142)は慈愛の眼差しで東海林の顔に手を伸ばした。火傷の残る半顔に、そっと唇を這わせる。
「お前にはマエバシへ行ってもらいたい。私の名代として、アバドン様のお力になるのだ。あ奴などには任せられん、重要な仕事だ」
「は、はい! お任せください」
 アルカイドではなく、自分に。
 そのひと言は、見事に東海林の歪んだ自尊心をくすぐった。恍惚とした表情で跪く。
 いそいそと出発の準備に向かう東海林の後ろ姿を、ベネトナシュは笑みを浮かべて見送った。
「……これで良いのだろう、ピジョンよ」
 しばしの静寂の後、ベネトナシュは天蓋の向こうに身を潜める男に視線を向けた。


●黎明の刻
 グラウンドを占拠するディアボロ達が俄かに興奮し始めた。
「皆さん、そろそろ準備を」
 外の様子を窺っていたキイ・ローランド(jb5908)の視線に力強く頷き、雪室 チルル(ja0220)と御守 陸(ja6074)が立ち上がった。
 穏やかな旋律を奏でていた九十九(ja1149)も、二胡を禍々しき風神を宿す大弓へと持ち替えて時を待つ。
「あたしは何時でもOKだよ」
 エルフリーデ・クラッセン(jb7185)はウォーミングアップも万全。軽くジャブを決めて、やる気をアピールした。
 午前8時。
『ただいま支配領域内に突入したのです!』
 光信機から流れ出たのは可愛らしい少女の声。ロドルフォ・リウッツィ(jb5648)が両の拳をグッと握り締める。
 こちらの状況を端的に伝えたグレイフィア・フェルネーゼ(jb6027)は、ノイズのように入り混じるディアボロの叫びに気付き、柳眉を顰めた。
 襲撃は後発隊の方へも等しく行われているようだった。


●狂宴の始まり
「変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
 千葉 真一(ja0070)は掛け声と共に光纏を果たすと、開け放たれた扉から身を踊り出した。
 待ちかねていたように無数のディアボロ達が襲いかかる。真一は臆することなく拳を振り上げると、正面に立ち塞がったバンシーを一撃で沈めた。
 後に続いたのはフラッペ・ブルーハワイ(ja0022)だ。蒼い髪を風に靡かせ、リボルバーを構えた。狙いは体育館を強襲する以津真天。
 今度は一撃撃破とはいかなかったが、腹を撃ち抜かれた以津真天は錐もみ状態で地上に落下。扉の前で防衛に当たっていたエルフリーデが止めを刺した。
「後ろはあたい達に任せて!」
 チルルは白き大剣を振るい、体育館を守る。剣先から放たれた衝撃波が細氷となり、数体の鳥達を飲み込んでいく。
「ゴウライソード、ビュートモードっ」
 真一が繰り出した蛇腹剣は、バンシーの爪によって阻まれた。
 直後に耳を劈いた、身の毛もよだつような悲鳴。魂に語り掛ける甘い囁きを、真一は歯を食いしばって振り払った。
 瞳を黄金色に染めた陸は、ライフルを構えて狙いを定める。
 スコープの中で数体のディアボロが重なった瞬間を逃さず、全てを貫け、とばかりに引き金を引いた。
 ディアボロが羽を散らせて地に堕ちる。
「……次っ」
 ほっと息を吐くも、安堵している暇はない。陸は気を緩めることなく、銃を構えた。
 神代 深紅 (jz0123)と緋翠の面々も奮闘を続ける。
「何か、変さねぇ」
 地を這うすねこすりを射止めた九十九は、波状攻撃を繰り返すディアボロに違和感を覚えていた。
 周囲を乱舞する無数のディアボロは、全体から見ればごく一部。グラウンドには、未だ何倍もの数が控えている。
 なぜ総攻撃をしかけず、無駄に戦力を温存しているのだろう? それに個々の地力も、昨日、襲撃を仕掛けてきた群れと比べ、全体的に劣っているように思える。
「そういえば、昨日のあの女性、いないんじゃない?」
 チルルが指摘したのは、ヴァニタス・東海林の存在だ。
 あれだけ悪意を漲らせ宣戦布告をしたのだ。今日は嬉々として一般人を狙うのでは、と危惧していたのだが。
「もしかして、僕達が疲弊するのを待っているのかも」
 陸と九十九は頷き合い、意識を集中した。乱舞するディアボロの中から、人影だけを追い求める。
「見つけたねぃ」
 風が指し示したのは、グランドに捨て置かれたバスの陰だった。
 九十九の警告を受けた撃退士の視線がその場所に向けられる。
「アルカイド……!」
 フラッペの叫びをかき消すように、どこかでクラクションの音が鳴り響いた。

 ◆

 ディアボロの鳴き声と、鍔迫り合いの音。
 見えない分、戦いの様子はより生々しく、人々の妄想を掻き立てる。
 ロドルフォは耳を塞ぐ女性達の肩を抱き、励まし続ける。
「俺達だけじゃどうしても手が足りねえ。頼りにさせて貰うぜ」
 落ち着きのない男性には責任を押しつけ、目の前の不安から気を逸らさせた。
「フェルネーゼ先輩」
 西田笑子が、そっとグレイフィアの肩を突いた。
 視線で差し示した先、校舎側と繋がる渡り廊下にいくつかの影があった。黒いローブに身を包んだバンシーが、3体。
 頷き合って立ち上がった2人は、守りの強化を緋翠メンバーに託し、迎撃に向かう。
 笑子は魔法書を開き応戦する。
「……今しばらく、時を稼がなければいけないのです。故に、これ以上立ち入らせる訳にはいきません」
 グレイフィアは鋭い爪を肩に受けながらも、青い鋼糸で腕を絡め取った。
『イツマデ、イツマデ』
 館内のキャットウォークに立ち、狙撃を続けていた藤咲千尋(ja8564)の耳に響いた奇怪な鳴き声。
 急降下してきた以津真天が窓を突き破り、襲いかかる。
(あっ、弓が……!!)
 鋭い鉤爪が肩に食い込み、諸共に転がった。手から零れ落ちた弓が、足場の向こうに落下した。
 以津真天は勝ち誇ったように一声鳴いて、鋭い嘴で千尋の眉間を狙う。
「イツマデ、イツマデって、いつまででもだよ!!」
 千尋は咄嗟にリボルバー抜き、以津真天の喉元に撃ち放った。


 もう少し。もう少し……。
 ただ“待つ”だけの時間は、ひどくゆっくりと流れていく。
 後発隊は今どのあたりにいるだろう?
 激しい妨害を受けているとはいえ、もうとっくに到着していてもいいはずだ。
 まさか……という思いが過ったその時、光信機が受信を示した。
『到着なのです!』

 ◆

 名前を呼ばれた剣士は静かに顔を上げた。微かに動いた唇が、フラッペの二つ名を呼んだように思えた。
 反射的に駆け出したフラッペに、九十九が言葉を投げかけるが、彼女の耳には届かない。
 牽制の弾丸を剣の腹で弾きアルカイドが距離を詰める。グラウンドに留まっていたディアボロが一斉に動きだした。
 ほぼ同時、激しいエンジン音を響かせて3台のバイクが敷地内に飛び込んでくる。その後ろから、2台のバスも。
 炎と彗星が道を切り開く中、ディアボロの群れを力ずくで押しのけ、突き進む。
「そちらへは行かせないよ」
 後発隊にかかる負荷を少しでも減らすため、キイはタウントを行使した。
 地と空のディアボロ達は、血に飢えた眼差しで、忌まわしき天界の気を放つ者を捉える。
 直後に襲ってきたのは、避ける間もないほどの猛攻――効果はキイが予想した以上に絶大だった。
 背中を合わせて死角を無くしたキイとエルフリーデは、多数のディアボロを相手に奮闘する。
「黒鳥は? 今、何処にいるのだ?」
 フラッペの問いに、アルカイドが応えることはない。間合いを取り直し、感情が見えない氷のような視線を体育館の方へ向けた。
 振りかざした剣が紫の雷を纏う前に、陸が剣を狙い撃つ。

 ◆

 後発隊が持ちこんだ車両の1台は、悪魔達の妨害で崖下に転落死、大破したという。
 しかし慌てる必要はない。こんな時のために、真一が危険を冒して燃料を移し替えておいたのだ。
「B班、済まないが向うへ」
 ロドルフォの迅速な誘導で、人々は迅速にバスへ乗り込んでいく。
「出発の準備が完了しました」
 グレイフィアが漆黒に染まった翼を広げる。
 その言葉を合図に千尋がナパームショットを行使。爆炎によって開かれた僅かな道に身を割り込ませ、バスは走り出した。


●満ちていく光
 人々を乗せたバスが急傾斜の国道を走り抜ける。
 ディアボロは目に見える人間を優先的に攻撃するため、バス自体の損傷は控えめだ。
 その分、周囲を守る撃退士達は、激しい追撃に晒され続けていた。
「あっ……」
 バスの上でディアボロの突撃を受けた緋翠メンバー。チルルが差し伸べた手は空を切り、彼はそのまま落下する。
「無理をするな。早く戻れ!」
 バイクを操るロドルフォの視線の先には、独り空に位置するグレイフィアの姿。多くの飛行ディアボロに囲まれ、満身創痍になりながらも鋼糸を手繰り奮闘している。
 九十九も後部座席から弓で援護をするが、やはり数が多すぎる。
 離脱不能の状態でグレイフィアの背から翼が消えた。態勢を整える間もなく、アスファルトに叩きつけられた。
「ボクが回収してくる。皆は先に行って」
「任せるさねぃ」
「デートの時間に遅れるなよ」
 軽自動車を預かる深紅に離脱者の保護を託し、バスは止まることなく進み続ける。
(怖い……。でも、頑張らなきゃ!!)
 前面を守るフロントガラスが粉々に割れ、運転席は無防備の状態だ。
 負傷したドライバーに代わってハンドルを預かる千尋は、イチイバルを納めたヒヒイロカネを握りしめ、勇気を振り絞る。
「千尋先輩は運転に専念してください」
 陸は運転席の横に立ち、銃を構えた。風が吹き込む中、狙い違わずディアボロを撃ちぬいた。


 前方の、僅かに道幅が広くなった退避スペースに佇む影があった。
「……黒鳥!」
 誰よりも早くそれを認識したフラッペ。撃退士達はバスを守るため、素早く陣を固める。
 ベネトナシュは鮮血を塗ったような赤い唇に妖艶な笑みを浮かべ、右手を差し伸べた。直後、無数の黒い羽が舞い散った。
 狙われたのは――前方を守る撃退士。
「きゃあっ!!」
 バランスを崩したバイクが目の前で転倒し、千尋は慌ててハンドルを切った。間一髪で巻き込みは免れたが、剥き出しの岩肌に車体の側面を叩きつけてしまう。
「後を頼む」
 最後に残った庇護の翼でバスを衝撃から守ったロドルフォは、人々の護りを九十九に託し、空へと舞い上がった。
 フラッペやキイもバスを飛び降り、後に続いた。
「……まだ諦めぬとは」
「俺がこの人たちを護ると決めた。その為に全力を尽くす事に何を迷う必要がある!」
 不退転の意思を持ち、真一が立ち塞がる。
 チルルは進路を確保するため、氷で包まれた大剣を振り抜いた。氷壊アイスマスブレード――その圧倒的な質量で敵を弾き飛ばす大技である。
(軽い連打当てたって倒せない……。だったら、重い一撃を流星の速さで……打ち抜くッ!!)
 チルルの攻撃を避けたことにより、目の前に晒された無防備な背中。
 エルフリーデはその隙を見逃すことなく一気に肉薄し――
「そこを……どけろおおおっ!!!」
 聖なる光を纏った拳を叩き込んだ。しかし。
 エルフリーデ渾身の一撃を、ベネトナシュは眉一つ動かすことなく片手で受け止めた。
「身の程を弁えよ」
「ぎゃん!」
 至近距離で放たれた衝撃波は、レートを正に傾けた身にはとても重く、エルフリーデは崩れるように倒れ込んだ。

 ◆

 力強くハンドルを握った千尋がアクセルを踏み込んだ。一気に加速する。悪魔を抑えてくれている仲間のために、少しでも早く、この場を離れなければ。
 すれ違い際、陸はライフルを構えた。撃ちはしない。それを察しているのか、ベネトナシュは笑みを浮かべたまま、撃退士の前に身を晒している。彼女の足元に倒れたエルフリーデは、ぴくりとも動かない。
 大丈夫だろうか?
 不安を抱きつつも、人々を乗せたバスは次々と走り抜けていく。
 最後尾を守る九十九の目に映るのは、ディアボロから逃れながらも追い上げてくる軽自動車の姿。九十九は狙いを定めて弓を引く。黒い風を纏った矢は、群れの中で最も大きな個体を撃ち抜いた。

 ◆

「剣を納めよ、撃退士共。すでに勝敗は決している。
 愉悦を含んだベネトナシュの声。死の宣告と思いきや、続けられた言葉は意外なものだった。
「最下級とはいえ、数百もの眷属を凌ぎ、“この場”を逃れた。……勝者はお前達の方よ」
 ここまで散々に蹂躙しておいて、さらりと負けを認めるのはなぜか。
 撃退士達はその真意を測りかね、逆に警戒心を露にする。
「黒鳥……キミは何を望んで、こんなことをするのだ?」
「その答えは、すでにあ奴から聞いているのではないか? 蒼き疾風よ」
 リボルバーを構えたまま問い質すフラッペに、ベネトナシュは静かな声で答えた。
「人の心を試すというより、まるでゲームを楽しんでいるみたいだ。東海林の姿がどこにも見えなかったことも、何か意味があるのかな?」
「知りたいか? 小さき騎士よ」
 ベネトナシュは手を差し伸べた。意を決して足を踏み出したキイを胸元に引き寄せ、耳元に唇を寄せる。
 甘い香りと共に紡がれた言葉は、彼女が“ピジョン”と名付けた人間と交した“賭け”について。
 声は押さえていないので、その内容は見守る仲間達の耳にもしっかりと届いているのだが。
「そ、それで、君は満足したのか?」
「するわけが無かろう。人の心は実に興味深い。知れば知るほど、愛しさは深く、欲望は増すばかりよ」
 言葉とは裏腹に、その口調はとても満足げだ。
「愛しいから? だから試すのだ? ボクは……人の迷う顔より! 笑顔を見ていたいのだ!」
 口調が荒くなるのは、理解したいと思うからこそ。
 今にも掴みかかりそうな勢いのフラッペを、ロドルフォが制する。
「ベネトナシュ……あんたが絶望の黒翼なら、俺は希望の白翼になってやる。人の心はそう簡単に折れやしないし、例え折れたって何度でも立ち直るさ」
「面白い。その言葉、心に留めておこう」
 撃退士の周囲を無数の黒羽が渦を巻き、視界を塞ぐ。
 ほんの数秒――旋風が治まった時、あれほど舞い散っていた羽は一片も残さず消え去り、かの黒鳥の姿も、ディアボロ達も、撃退士の前から忽然と姿を消していた。


「あたい達が勝った、ってことなのかな?」
「おそらくな」
 悪魔にとって支配領域内の人間は、糧であり財産でもある。それを奪われることは、屈辱以外の何物でもないはずだ。
 自分達にとって、人々を守りきれないことが敗北であるのと同じように。
 多少の腹ただしさを飲み込んで、真一は光纏を解除する。
「そうと決まれば、長居は無用だ」
 ロドルフォは倒れたままのエルフリーデを抱き上げた。瞼がゆっくりと開くのを見て、安堵の息を漏らす。
 凱旋のため道を歩き始めた時、光信機から嬉しそうな千尋の声が流れてきた。

 105名の一般人は、無事に支配領域を抜けた……!! と。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

蒼き疾風の銃士・
フラッペ・ブルーハワイ(ja0022)

大学部4年37組 女 阿修羅
天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
冷徹に撃ち抜く・
御守 陸(ja6074)

大学部1年132組 男 インフィルトレイター
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
惑う星に導きの翼を・
ロドルフォ・リウッツィ(jb5648)

大学部6年34組 男 ディバインナイト
災禍塞ぐ白銀の騎士・
キイ・ローランド(jb5908)

高等部3年30組 男 ディバインナイト
信に応える翼・
グレイフィア・フェルネーゼ(jb6027)

大学部5年287組 女 アカシックレコーダー:タイプA
オーバーザトップ・
エルフリーデ・クラッセン(jb7185)

大学部3年151組 女 ルインズブレイド