道路を翔ける撃退士の一団――そこから、3人が別の道へと分かれた。
「今回の敵は一体何がしたいんですか? さっぱりわかりませんが、近くにダムがあるのが気になりますね」
「期待はずれやったらそっちの方がええんやけどね……」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の独り言のような言葉へ、応える様に黒神 未来(
jb9907)がポツリと漏らすと、神谷春樹(
jb7335)が頷く。
「ええ、それが一番ですね。それでもマステリオ君と黒神さんの懸念も、尤もだと思います。
ダムにいる方達に、ダークストーカーが張り付いている可能性もあります。発見次第、黒い物を外してもらい、光を当てて確かめて下さい」
「わかりました。それじゃ、僕は失礼します」
道なりに走っていたエイルズレトラが道を外れ、そのまま切り立った崖へと向かい、重力など無視し身体を水平にして崖を走りダムへと向かった。
春樹と未来は道なりに、少し離れのダムへと急ぐのであった。
――蠢く影が、その後を追っているとも知らずに。
「……どうやら、数人は向かってくれたみたいだな」
橋の前で待ち受ける涼子が、ほんの少しだけ笑みを浮かべ独りごちる。
そして橋の向こうを一瞥すると、元の無表情へと戻った。
「おおっ、美人発見! ……と思ったら、何だ。お邪魔虫共がいらっしゃる?」
遠目ながらにも涼子を見るなり、赤坂白秋(
ja7030)が息巻くも、その視線を遮るように立つダークヴァルキュリア、それから空を飛ぶヤタガラスと蝙蝠猫を見回し、面白くなさそうに首を傾ける。
そんな白秋のすぐ横を掠め、吊り橋が作り上げる地面の影に何かが撃ち込まれ、その影で何かが蠢く。
「ヒットしましたね。あと方位40度、160度のロープが作り上げている影、20度、120度にある支柱の影に反応」
「了解です」
黒井 明斗(
jb0525)が出す指示に従い、スナイパーライフルを構えたヴェス・ペーラ(
jb2743)が次々にマーキングを撃ちこんでいった。
足りない分は液体の詰まった風船を投げつけ、それが影から伸びる黒い錐に刺し貫かれると、色の付いた液体が影に潜んでいたダークストーカーを染め上げる。
阻霊符にアウルを送りこみ、構えを解いたヴェスが闇の翼を広げながらも、他の撃退士達へと顔を向けた。
「恐らくここに集う私達の中で、本命の作戦への脅威となる敵を潰し脱落させる事かと」
「はっ、つまんねえ話だな。この程度で俺が潰れっかよ!」
咥えた煙草に火を点け、ヴェスの肩に手を置こうとして――その前に、空へと飛び立たれる。
「さて行きますわよォ」
「承知しました」
「温泉……は、残したいよね」
陰影の翼を広げた黒百合(
ja0422)、それに続いて夜姫(
jb2550)、一ノ瀬・白夜(
jb9446)が飛びあがり、夜姫は足に雷光を纏うと、雷光が如き速度で蝙蝠猫との距離を縮めた。
白夜は眠たげだが大きな目をヤタガラスに向けたまま、ダムのある側へと回り込むように飛んでいく。
空へ飛ぶ黒百合の姿が、2重にぶれたかと思うと黒百合が2人となり、平行して上昇していった。
上空で2人の黒百合が両手の指を絡ませ、額を合わせると、クスクスと笑う。
『こんにちわァ、私ィ……♪』
そして1人が薄い笑みを浮かべたまま、見あげる騎士型達と涼子を見下ろす。
「可愛い天使の方々が居るわよォ……五臓六腑を喰べちゃおうかァ、私ィ?」
もう1人もゆっくりと、見下ろす。
「そうねェ……想いすら残さずに美味しく喰らってしまいましょォ、私ィ♪」
そのただならぬ殺気がきっかけとなったか、セレナイトヴァルキュリアが前に出る動きを見せ、ルビーヴァルキュリアが空へと狙いを定める。
だが前に動き出したセレナイトの頭部が後ろへと弾かれた。
頭部を覆っていた兜が割れ、意思を感じさせないその表情が血に濡れる。
「思惑はともあれ、まずは自分達も無事にここを乗り切らないとですねー?」
木の陰からセレナイトに銃口を向けていた櫟 諏訪(
ja1215)は撃った後、すぐに顔をひっこめ様子を伺う――と、森浦 萌々佳(
ja0835)がセレナイトへと駆け出す。
「また貴方ですか〜!!」
白い鉄球を振り回す萌々佳の怒声は注目を集め、影が蠢き、ヤタガラス達が一斉に萌々佳を目指す。そして上を向いていたルビーの狙いも、萌々佳へと向いていた。
紅い槍が放たれる直前、萌々佳の正面に銀色の障壁が展開される。
それが紅い槍を受け止め、散らしていく。
「効きませんよ〜」
その後ろから、銀色の柄に手をかけたままミズカ・カゲツ(
jb5543)が飛び出し橋へ一直線に向かう。
吊り橋付近に落ちる影から黒い錐が2本伸びるも、明斗の拳銃から放たれた銃弾が影を1本貫き、ヴェスのライフルがもう1本を貫いた。
橋を護るように居たセレナイトが今は萌々佳を狙い動き、その横を抜けてミズカはルビーに肉薄する。
「っふ!」
鋭い呼気と共に白い鞘から純白色の刀を引き抜き、横一閃。鎧の胸部に食い込み、亀裂を入れた。
そして不意に、橋の踏板の隙間から光がこぼれているのに気付く。
(誰か下でライトを?)
その疑問に答えるかのように、吊り橋の横から白秋が綱を登り、軽やかに橋の上に立つ。
「やっぱりいやがった――ああ? なんだ、俺がイケメン過ぎて見惚れちまってんのかぁ?」
ミズカの横向きの視線とルビーの視線を受け、吊り橋の綱へ背を預け不敵に笑うと、肩をすくめる。
「見惚れんのも仕方ねえけど……よそ見してると危ねえぞ」
忠告した次の瞬間ルビーの腹部が貫かれ、亀裂の入っていた胸部からも血の華を咲かせ、のけぞったところで頭部が撃ち貫かれた。
その場に力なく崩れ落ちる、ルビー。上空で「あらァもう壊れてしまったのォ?」と、クスクスと笑う声が聞こえるのだった。
前に出ていた萌々佳に、セレナイトのフレイルが襲い掛かり、身体から錐を生やしたヤタガラス達も一斉に襲い掛かっていた。
身構える萌々佳の横へ双銃を手にした腕を交差した諏訪が走りこみ、両腕を広げながらありったけの弾を放ち、次々とヤタガラスを撃ち落していく。
振りかぶっていたセレナイトも直撃を受け、怯み、前屈みとなっていた。
その隙を、逃さない。
「またこれで沈んでなさ〜い!」
萌々佳の黄金棘の白い鉄球が振り下ろされ、潰れるような鈍く嫌な音をたてながらセレナイトの頭を地面へと押し潰す。
とてもすっきりした顔の萌々佳が、諏訪へ礼を述べようと口を開く――が、声が出ない。
否、声が届かなかった。
聞こえはしないが、空を飛ぶ蝙蝠猫の馬鹿にしたような笑い声が聞こえるような気がするも、諏訪はこの事態を想定していた。
事前に決めたハンドサインで、自分はここから狙う事を萌々佳に伝え、萌々佳は前に出る事を伝え返すと、2人は動き出す。
(連絡方法、決めとくべきやったな……!)
橋の下で貼りつけられたフラッシュライトを背に、ひっそり飛んでいたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が、白秋がぶら下げたフラッシュライトの光が届ききらない橋の奥側で蠢く大量の黒い影に目を細め、舌打ちするのであった。
一方、シェインエルの待つ表でもすでに戦いは始まっていた。
「対戦車戦用意! ってやつね! あたいが相手だ!」
身体にソーラーランタンをぶら下げた雪室 チルル(
ja0220)の挑発に、砲撃が応えた。
「なろー!」
収束したアウルでできた氷の結晶を纏ったツヴァイハンダーの腹に腕を当て、その衝撃を受け止める。
結晶が砕け散り、腕に赤い痣を作ったものの、チルルは数歩、後ろに押し戻されただけで止めきってみせた。
「また戦車型か。気分のよくねえもん持ってきやがって」
悪態をつくカイン 大澤(
ja8514)が銃を手に、斜めに走りながらチルルの横を通り過ぎていく。カインの後を続く、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)。
「俺が出会った不幸を呪う……じゃなくて俺に出会った不幸を呪え――威鈴、気を付けてな」
「目の前の……敵は……狩る……」
道路の端を走る浪風 悠人(
ja3452)と、さらにその外を回り込みながら浪風 威鈴(
ja8371)がスナイパーライフルを構えたかと思った時には、すでに弾を撃っていた。
炸裂し、弾け飛ぶ装甲――エイブラムスの副砲が、威鈴に向いた、その時。
銃声と甲高い衝突音。
威鈴の狙ったところと寸分変わらぬところを影野 恭弥(
ja0018)が狙い撃ち、エイブラムスの巨体が一瞬浮き上がったかと思うと、ぶるぶると車体を震わせ、白い塊となって崩れ落ちていった。
(近づきすぎるな。射程は理解している、狙えるギリギリを保て)
自分に言い聞かせ、全体の動きにつられて前に出ないよう、狙いを絞らせない様に動き回りながらも、慎重に距離を縮めていく。
(紳士的なのか違うのかよく分からん奴だな)
チルルの横を通り過ぎた君田 夢野(
ja0561)が、シェインエルから目を離さずに戦車隊との距離を縮める。
「俺は案外そういうのは嫌いじゃない、誘いに乗ってやろうか」
「砲身ばかり見てはだめだ、フェイントあるぞ」
忠告しながら並走するアルジェ(
jb3603)が水弾を生み出し、ゲパルトへと飛ばすが、直撃したにもかかわらず、何かに散らされる様に薄く広がり消えていく。
あまり、効果があったようには見えない。
「ゲパルト、魔法攻撃の減衰を確認。魔法攻撃の前に、同一対象へ銃撃を願います」
只野黒子(
ja0049)が警告を発し、自身も拳銃を引き抜き、ゲパルトへと発砲。黒い車体に当たり、その表面から何かが剥がれ落ちる。
そのお返しと、ゲパルトの砲身が黒子へ向く――が。
「させへんで!」
手を叩き、地面を叩いた亀山 淳紅(
ja2261)。その動きに応え、地面から張り出す無数の土の槍が、ゲパルトの砲身を強制的に上へと向けさせ、射線をずらした。
そこへすかさず悠人が正面に立ち、白色の大鎌を振るう。
黒い光の奔流がゲパルトを包み、さらにはその後ろのエイブラムス、ヴィーゼル2をも飲み込んだ。
変形し、歪んでいくゲパルトとヴィーゼル2。エイブラムスの表面は爆発を繰り返す。
「当たってください」
道なき真横から声がすると、全てを飲み込む恐るべき闇の弾丸がエイブラムスの脆くなった装甲を易々と突き破り、突き抜けた。
白い塊となって崩れ落ちるエイブラムスを確認し、胸の前でぐっと拳を握り、やり遂げたという得意げな顔を鑑夜 翠月(
jb0681)は作り、そして再びその存在が薄れ、斜面と森の中へと姿を消すのであった。
ヴィーゼル2が横一列に並び、一斉射撃。
その逃げ場がない制圧射撃に、前へ出ようとしていた者達は腕を、足を掠め、さほどではないにしろ多少の傷をおった。
そこへ放たれる恭弥の1発がヴィーゼル2の砲塔可動部に直撃。急所と呼べるそこを貫かれ、息絶えた事から陣形がほころび始める。
「もうひとつ、落とさせてもらうよ」
悠人の手から伸びるゼルクの赤と白の鋭い糸が、今にも崩れ落ちそうなヴィーゼル2を絡め、そして容易く切り刻む。
さらにはチルルが突き出したエストックのような大剣から白い吹雪の様なエネルギーの奔流が溢れ、それが後続の戦車も巻き込みながら一直線に延びていった。
残っていたヴィーゼル2を、カインの銃が、みずほの拳が、それぞれを屠る。
派手に動く前衛を無視し、エイブラムスの砲身が淳紅へと向くが、その間を蒼色の布地に波の模様が描かれた布を伸ばした黒子が割り込み、待ち構える。
だが先に、そのエイブラムスの砲身に淳紅が投擲した槍状の雷が突き刺さり、さらには横から夢野の音の刃が襲い掛かり、装甲を爆裂させ削っていく。
「亀山様、もう少し前進しましょう。できればあの辺りまで」
「了解や」
淳紅の盾となる位置取りのまま黒子と淳紅は、射線からして集中砲火の浴びにくい位置へと移動する。
ほぼ一方的に戦車が潰されていくにもかかわらず、シェインエルは腰に手を当てたまま悠然と戦況を眺めていた。
「はは、やるものだな。あれだけの人数がいると、攻撃の出所がわかりやすい戦車では、なかなか砲撃する事すらままならんか」
「前だけではない、ぞ」
誰かの声――その次の瞬間、後衛で待ち構えていたヴィーザル2の側面に、淡い光球を浮かべたアスハ・ロットハール(
ja8432)が突如として現れ、黒焔を纏った拳を叩き込み、脆い側面を貫く。
一斉に機銃が向けられるも、アスハの身体を包み込んでいた黒い霧に伴った黒い羽根がその視界を妨げる様に散り、撃たれた時にはすでにその場を移動していて、次を狙う。
鋭い眼差しは、ヴィーゼル2の銃口だけでなく、ゲパルトやエイブラムスの砲身、さらにはシェインエルの腕をも常に捉えていた。
前から迫りくる者達。後ろから襲撃をする者に挟まれたシェインエルは――楽しげに笑う。
「色々と多彩なものだな、撃退士とは――さて、向こうも到着したようだ、私もそろそろ動くとするか」
ゆっくりと、シェインエルは両腕を掲げるのであった――
「さて、到着してみたものの、一見すると平和ですねぇ」
何事もなく稼働しているダム。普通に人々も行き交い、不穏な気配も感じ取れない。
(外れでしたかね)
そう思いながらも、とりあえず身を隠そうかと動き始めたエイルズレトラ。
その胸を、自分の影から飛び出てきた黒い錐が貫く。
しかし貫かれたはずのエイルズレトラはトランプとなり崩れ落ち、貫かれたはずのエイルズレトラは横にいた。追いかける動きを見せるそいつから距離を取り、水の上へ後退する。
するとそいつ――ダークストーカーは、水場にかかる前にエイルズレトラの陰から逃げ出し、近くの影へと移動する。
「おや、水の上までは追ってこれませんか」
アウルでカードを作りだし、逃げるダークストーカーへと距離を詰めると、ダークストーカーに直接カードを刺した。体内に潜りこんだカードが爆発し、ダークストーカーは霧散する。
「みすみす逃がすはずが、ありませんねぇ。
それにしても、もしかして運ばされたんでしょうか。僕の通って来た道ではせいぜい1匹が付着した程度のようですけど、あちらはどうなってますかね」
エイルズレトラの向かったダムとは別のダムに潜りこみ、異常がないか調べていた春樹と、気配を殺し、ダムの周辺をくまなく歩いていた未来。
特に何もないかと2人が合流し、少しだけ気が緩んだところで未来の見えないはずの左目に、自分の影から黒い錐が飛びだしてくる未来が浮かび上がる。
「あかん!」
身をよじり、一瞬後に遅れてやってきた黒い錐をかわしてみせた。
だが、それだけではなかった。
次々と繰り出される黒い錐。
それに春樹が銃弾を当て、なんとか軌道を逸らそうとするも、数が多すぎた。複数の錐が、未来の手と足を貫く。
「……っ! 調子乗ったら、あかんで!」
赤く輝いた左目で睨み付けると、黒い錐を突き出してきたダークストーカーが次々と破裂し、霧散していった。
地面にへたり込む未来へ、春樹が駆け寄る。
「大丈夫ですか、黒神さん」
「なんとかやなぁ……もう大丈夫やと思うけど、ここはうちがおるから、神谷クンは戻ってや」
怪我を負った未来が気がかりではあったが、行かねばならないところがあるからと、春樹は気にかけながらもダムを後にした。
(大丈夫、女性は強いと知っていますから)
そう、自分に言い聞かせ。
1人残った未来は、少しだけと言い聞かせ、その場でごろりと横になって空を見上げながら、堪えていた痛みを吐き出すかのように大きく呼気を吐き出すのだった。
「あんたは……耐えきれる……か?」
戦車の影になる位置から、スナイパーライフルの鋭い一撃をシェインエルの頭部へヒットさせる威鈴。
だが額から少しの血を滴らせ多田家のシェインエルは、威鈴の方に手を向け、指で合図をする。
シェインエルからは見えない位置の威鈴へ向け、威鈴の姿が見えるゲパルトがその砲身を向け――砲撃。
「通すもんかー!」
威鈴の前に立ち、氷粒子を纏ったチルルがその砲撃を受け止める。砕け散る氷粒子が砲撃の弾速を和らげ、チルルの肩に当たったが、痣ができた程度で済んだ。
「よくも威鈴を!」
怒りに任せた悠人の一振りは黒い奔流を生みだし、威鈴を狙ったゲパルトを飲み込んで装甲を破壊していく。そのかわりゲパルトからの反撃をかわせず、なおかつ、周囲の戦車から機銃の一斉砲火を浴びる。
大鎌である程度は受け止めるも、悠人は細かくも多数の傷を追う事となった。
(今、戦車に指示を出したな。それも、見えていないはずの位置へ正確に)
「ならどこかで何かが見ている、と見ていいでしょう」
上空を見上げる黒子。だが、不審な影は見つからない。
(見えていないのか、それとも別の方法か……判別はできないな)
「全員に告ぎます、天使に死角はないものとして扱ってください」
黒子の警告が飛ぶも、傷だらけとなった悠人が今しがた砲撃をしたエイブラムスの横でしゃがみこむ。
(とは言ってもな、回復しないと)
落ち着き、体内の気の流れを制御する――の前に。
「リパルション」
「何!?」
エイブラムスが弾かれる様に真横へ移動し、悠人は押し付けられて強制的に移動させられる。そして押された先にもエイブラムスが。
勢いよく挟み込まれ、呻くような短い悲鳴を上げた悠人。さらに衝突によって装甲が破裂する。
「――ッッ!!」
悲鳴を上げたのかもしれないが、大気を震わせる爆音によって何もかもが飲み込まれていった。
爆炎の中の悠人の姿に、目を大きく見開いた威鈴がシェインエルを睨み付け、銃口を向ける――が、その射線をゲパルトが立ち塞がり、威鈴は後退を余儀なくされる。
そのゲパルトに張りついているであろうダークストーカーへ攻撃しようとしたアルジェの身体が、ふわりと浮いた。そしてシェインエルへの手へと引き寄せられていく。
覚悟を決めたアルジェは、ロザリオをシェインエルに向ける。
「そろそろ遊びに付き合うのも、飽きてきたんだがな」
「まあそう言うな!」
水弾がシェインエルを襲うも、珍しく地べたに這いつくばるようにしてかわし、飛びあがるように起き上がり、飛んできたアルジェへ拳を突き上げる。
それをのけ反ってかわそうとするアルジェ。胸元を裂き、大事な人からお守り代わりに借り受けた羽根の首飾りが露わになる。
「それは、ミアの――!」
一連の動作を止める事が出来なかったシェインエルがアルジェの腹部に拳を押し当てた。
そして羽根を庇おうとアルジェが両腕でしっかり抱き止めた瞬間、かわす事よりも庇う事を優先したアルジェは腹部を突き上げられる感触に襲われる。
空へと打ち上げられゲパルトの一斉砲火を受けたアルジェは、抱きしめた格好のまま、力なく落下してくるのであった。
シェインエルがアルジェの落下地点で待ち構えていたが、音の刃がたたらを踏ませる。
落下するアルジェを夢野が抱き止め、シェインエルを訝しむ眼差しで睨み付けた。
「……ミア、だと?」
「貴様、知っているのか」
シェインエルの手と、2両並んだエイブラムスの砲身が、夢野に向く。
(並んどるし、対空砲も撃った直後や。今なら……!)
淳紅の足に、五線譜が広がる。
身を屈めすさまじい勢いで跳躍、空高くに舞い上がった淳紅の周囲に、オーケストラが浮かび上がった。
「自分の歌声の力、見いや!」
やや低い音程から始まり、一気に高音へと盛り上がりを見せた淳紅の歌声は音の雨となり、悠人を避け、2両のエイブラムスとゲパルト、それにヴィーゼル2が押し潰され、一瞬、白い塊となったが内部から爆発するように、弾け消えていった。
初めてみるその光景に、シェインエルが目を丸くする。
そんなシェインエルへ夢野は、顔を真っ直ぐに向け、告げた。
「俺は、交響撃団団長――いや、美亜の遺した娘の“護り人(センセイ)”君田夢野だ」
告げた瞬間、シェインエルの拳が夢野の頬にめり込み、吹き飛ばされる――が、吹き飛びながらも体勢を整え、アルジェを抱きかかえたまま、後退していくのだった。
「ミアに……娘だと?」
なぐりつけた姿勢のまま、茫然とするシェインエル。
後方で爆音がし、振り返ると冥府の風を纏った翠月が禍々しい形状の刃で最後のヴィーゼル2を排除し、ゲパルトに轢かれぬように立ち回りながらもエイブラムスへ軽量化した対戦車ライフルを、左手1本で向けているアスハの姿が目に映った。
不機嫌を露わにした顔でアスハに手を向け、反応したアスハがその手の先から逃れようと動く。
だが、その手が動き、エイブラムスとゲパルトがアスハの行く先を阻むように動いた。
(誘われた、か)
今度こそ、アスハの身体がシェインエルへと引き付けられる。
引き寄せられながらも、黒焔を纏った拳を突き出して顔に拳をめり込ませるが、引き寄せられた勢いに被せるラリアットがアスハの首を刈る。
「――ッ」
息が止まり、本当に首を刈られてしまいそうな衝撃に、アスハの意識は一瞬にして遠のいていった。
その隙に、カインとみずほがシェインエルとの距離を詰める。
立ち塞がろうとしたゲパルトは、漆黒に染まった恭弥が撃った黒き炎を纏った弾丸で貫かれ、一撃で崩れ落ちていった。
(さて、どうやって呼ぶかな?)
こっちに顔が向いたのを確認したカインが、拳に古びた布を巻き構えを取ると、くいっと手招きをする。
そのあからさまな挑発に、シェインエルが動いた。
(来たか――)
押さえきれぬ殺戮衝動――すっと、瞳が氷のように冷たく尖り、カインも前に出る。
攻撃される前に、先手を取り顔面へ貫手。親指で右目を狙い、それが当たらずとも構わず左足で金的を狙う――ふりをして、閉じられた膝関節を力一杯踏みつけ駆け上がり、喉へ飛び膝蹴りを食らわせる。
そこから落下しながら脳天への肘打ち、頭を掴んで顔面へ頭突きを食らわせた。
だがしかし、シェインエルはその攻撃を受けながら――笑っていた。
「お前とはもう少し遊んでみたいが、そうもいかんのでな」
カインの背中に左手が押し当てられ、右拳に力が籠められる。
「リパルション、アトラクション!」
弾かれる力に背中をのけ反らし、引き寄せられた右拳が伸びきった腹へ貫かんばかりの勢いでめり込んでいった。
胃液と血を吐き出したカインがそれっきり動かなくなり、ずるりと地面に崩れ落ちる。
崩れ落ちるカインの陰から、みずほの左ボディフックが脇腹へ突き刺さった。少しだけ苦悶の表情を浮かべるも、効いた様子がなく、さらにもう1発。
それでも右腕のアッパーを返されると、足を止められないと判断したみずほの右拳が、黄金色に輝く。
そして放たれる、黄金の残像を残す驚異的な速さの右ストレート。
シェインエルの顔面を捉えた。
「シェインエル……あなたとはここでなければ仲良くなれたのかもしれません」
「――かもしれんな。お前らには、馬鹿者達が多くて楽しすぎる」
ぐっと拳を握るシェインエル。
「リパルション!」
みずほのそれに勝るとも劣らない速さの拳が、みずほの鳩尾に潜りこみ、みずほの身体が宙を舞う。だがそれでも地面に足をこすりつけ、前のめりになりながらも倒れず、足を踏み出す。
「まだまだ!」
しかし気概はどうあれ、呼吸が乱れ、足は鉛のように重く、それ以上前に進んでくれない。
みずほに殴られた頬に手を当て、楽しげなシェインエル――の横から、左腕に光りのオーラ、右腕に闇のオーラを纏ったチルルが、エストック型の大剣の切っ先をシェインエルに向け突撃する。
「あたいのターンだ!」
その切っ先がシェインエルの胸部へと突き刺さり、筋肉の鎧を易々と通り抜けて貫通した。
「むぅぅぅっ……!」
初めて苦痛を露わにし、後ろへと飛び退る。切っ先が抜けた胸部から、大量の血が滴り落ちる。
「いかんな、深手を負いすぎたか――まあいい、あっちは失敗したようだが、数名はこれでしばらく動けまい」
唯一生き残っているエイブラムスを盾に退き、追う動きを見せた撃退士達へめがけ、エイブラムスを弾き飛ばす。弾き飛ばされてきたエイブラムスが、爆発四散し、炎上。
チルルは爆風に押され転げ、爆発に阻まれ、黒子の指示もあり追うのを諦めるのだった。
起き上がったチルルが見回し、自分の攻撃でシェインエルがいなくなった事に目を輝かせる。
「やっぱあたいって、かなり凄い!」
呼吸を整えたみずほがシェインエルの去っていった方角に目を細め、そして自分の届いた拳に目を落す。
(殺気はあれども、殺意の全くない拳――もしかして、わたくし達を殺す気はない……?)
交わした拳は少ないが、100の言葉を交わした――そんな気がする、みずほであった。
「逃がしません!」
逃げ出す前に蝙蝠猫の前を陣取った夜姫の烈光丸が閃き、蝙蝠猫を両断。そんな夜姫にヤタガラスが急接近し、そこから伸びる錐が、夜姫を刺す――が、その痛みを堪え、烈光丸で屠る。
そして次を狙って、空を翔ける。
逃げようとする蝙蝠猫に、銀月の如く美しい糸が絡みつき、その動きを鈍らせる。
そこに、再び夜姫が一閃。
ワイヤーを手に戻した白夜の視線が、ダムの方角へ動くヤタガラスを捉え、影の棒手裏剣で貫いた。
「ダムを……決壊させるのが、一番、効率が良い、からね。させない、よ」
夜姫と白夜が空中戦を展開している間、萌々佳が吊り橋を一気に駆けていく。
ヤタガラスがその後を追い、正面ではダークヴァルキュリアが槍を構えていた。
(このまま巻き込んでしまいましょうか〜)
そう思った矢先、足の裏に痛みを感じ、足が止まってしまった。橋の下から、黒い錐が萌々佳の足を縫い止めている。
動きを封じられた萌々佳へ、ダークは槍を振りかぶり――それを振るう前に、胸部装甲が撃ちぬかれ崩れ落ちた。
「いい眺めじゃねぇか!」
萌々佳の後ろから走ってくる白秋が、吸い殻をプッと吐き出し青色の双銃を構え、両腕を目いっぱい広げると身体ごと捻り、橋げたの裏に潜むダークストーカーへ、逃げ場がないほど乱射し、その全てを滅ぼす。
「はっはー! 俺のナンパを邪魔する奴は許さねえぜ! ヘイそこの美人さん! そこの喫茶でお茶しませんか!?」
涼子へ声をかけるが、その前を胸元が露わになったダークが塞ぐ。
「あらァ、はしたないですわよォ♪」
露わになった胸へ黒百合がスナイパーライフルで撃ちぬき、もう1人の黒百合が白銀の槍で刺し貫く。
白い肌が、赤く染まった。
「いい色ですわァ」
クスクス笑う黒百合の胸に、ボウガンの矢が刺さる。だがそれはジャケットを貫いただけだった。前に出たエメラルドヴァルキュリアが目を上空の黒百合に向け、ボウガンでまた狙いをつける。
矢が放たれる前にミズカがその前に現れ、純白の刀身を閃かせた。
切っ先をボウガンで受け止め後退するエメラルドだが、諏訪の一撃が届き、腹部の装甲が砕け落ちる。
「やっぱ狙いは大物でないとな♪」
橋の下からゼロが急上昇し、エメラルドの後ろの涼子、さらにその影に潜むモノを凍てつかせた。だが涼子の反応の方が早く、その夜想曲から逃れる。
「なんの祭りか教えてくれるかって、どうせ聞いても答えてくれへんのやろ? ならめいっぱい遊んでもらおか!」
スナイパーライフルで誰かを狙う先、そして涼子の逃げる先を塞ぐように涼子を狙い続け、涼子に攻撃をさせない。
再びミズカが踏み込むが、エメラルドの方が一歩早く、斬撃軌道から逃れる――はずだった。
白秋の早撃ちがエメラルドの頭部に直撃し、その隙にミズカが割り込んで抜刀。ミズカの腹部に激痛が走るも、ミズカの一閃はエメラルドの首を切り落とすのだった。
(なんやねん、あんな体勢から当てよったか……!)
涼子がミズカを狙っているのを察知し、そうはさせまいと涼子の胴体を狙ったのだが、ほとんど身体を寝かせたような状態で飛び退りながらも、ミズカに1発当てていた。
膝をついたミズカの横に、空から降りてきた夜姫も着地し、うなだれるように地に四肢をつける。打たせて刈るをしていただけあって、身体中、傷だらけである。
「赤坂さんの影!」
明斗の声にヴェスが反応し、スナイパーライフルで赤坂の影を撃つ。
短く口笛を吹き、白秋が涼子と正面から対峙する。
「……あんたらの目論見ってのは、アレの事かい?」
「そんなひっかけは、通じん――が、どちらにせよほぼ失敗のようだな。破壊されては困る場所に向かうだろうとは思っていたが、道中で張りつかせた影共全てダメになるとはな。
おまけで、お前らの評判でも落そうと思ったが、それもダメだったようだ」
指をパチンと鳴らすと、ゼロの身体、その黒い部分から幾重も錐が伸び、刺し貫いていた。
(張りついとったか……!)
口に広がる血の味。ゼロの身体から生えた錐を、ヴェスが次々に撃ち貫いていく。
白秋の銃口が涼子へ向く――が、それより早く涼子は距離を詰め、その唇を柔く噛むように唇で塞ぐ。面食らった白秋が一瞬動きを止め、そして次の瞬間には立っていられないほどのめまいが襲い掛かり、膝をつく。
「やはりお前のようなタイプの虚をつくには、これが一番か――さらばだ」
涼子が勢いをつけ川へ飛び込み――それっきり、浮かぶ事がなかった。
「ご無事でしたか」
戦いが集結するちょっと前に、春樹は旅館に侵入し、仲居達など従業員にライトを当てながら声をかけた。仲居達に張り付いていないのに安堵してライトを消した瞬間、春樹の影から錐が仲居に向けて伸びる。
咄嗟に春樹は自分の左腕を犠牲にして食い止め、右手でリボルバーを抜き影へと発砲。影に潜む影が霧散する。
「こっちの影に逃げ込んだんですかね……? どちらにせよ、僕らの影も後で確認しないと――」
痛む左腕を押さえ、春樹は勝利を収めた仲間達の元へと急ぐのであった――
【神樹】大きな戦いの前哨戦 終