見るからに焦燥感いっぱいで学園を歩く雅の様子に、何かを感じ取ったのか、普段、自分からは声をかけない城里 千里(
jb6410)が部活で少しは慣れたのか、ややぶっきらぼうに雅を呼び止めた。
そして話を聞くうちに、察した千里の顔が曇る。
「……よろしくない状況、か。3人を会わせたくないのなら、協力しますが――貸しですよ」
午前中、一般の生徒としてほどほどに参加していたアルジェ(
jb3603)だったが、担任である智恵から、撃退士として依頼をされていた。
「……ふむ、了解した。今はアルもここの生徒だ、友人に何かあっては気分が悪くなるからな」
「お願いね」
智恵が踵を返したところで、目の前を、言葉では言い表せない四足で走る謎の生物が横切る。
「このもちもちぼでーをとくとごらんあれっ」
その言い表せる事の出来ない『┌(┌ ^o^)┐』から発せられた声は、紛れもなくエルレーン・バルハザード(
ja0889)の声だった。
「はっちのじはっちのじっ」
8の字に走る謎生物エルレーンを、追いかけ続ける小学生達。
フェイントをかけつつ逃げ回っているうちに、小学生がどんどん集まり、そのうちに楽しくなって機嫌もよくなったのか、謎生物エルレーンは小学生を乗せて、どこかへと走り去っていくのだった。
「……今のは、なんなのでしょうかね」
救急セットを手に下げたジーナ・フェライア(
jb8532)が目で追い、たまたま一緒に居たアレキサンダー G.V(
jb7955)(通称アレク)も眼鏡のずれを直しながら、思わず目で追いかけてしまった。
「ひ、人なのかな……? ああ、変化の術か何かだな」
一瞬だけ目を輝かせたが、人だと気が付くと、すぐに残念そうな顔になるアレクであった。
そこへグラウンドの方からサックスの音と、それに混じるタンバリンの音が聞こえ始める。
「さぁさぁ皆の者、アウルの紡ぐステージにようこそ!」
グラウンドでは観客席を前に全身包帯だらけで、サングラスにチロルハット、そしてある少女との思い出のコート姿の君田 夢野(
ja0561)が緩やかなステップを踏む数人の撃退士達を後ろに、両腕を大きく広げていた。
アルジェがサックスを、そして誘われた津崎海(jz0210)がバウロンを感覚的に弾いている。それに混じって、めんどくさそうな溜め息を吐きながら、嶺 光太郎(
jb8405)がタンバリンを叩く。
「アウルの輝きを早く目にしたくもあるでしょう。しかしその前に余興として、神速のアウルビートをお楽しみあれ!」
派手な振り付け、そして統率のとれたステップで華麗に踵を鳴らしながら、流動的に立ち位置を常に変化させる。
魅せ方をよく知っている――そんなタップダンスを披露していた。
終盤に差し掛かり、踊るようにビートを刻む夢野のソロ。
そこでアルジェがサックスのリードから口を離し、海へこそりと耳打ちする。
「夢野のタップ速度は海のバウロンで操れる、どんどん早くし縺れさせてやれ」
そそのかされるがままにバウロンを加速させていくが、夢野のタップはそれよりもさらに早くなっていく。あたかもゆっくりと脚を動かしているかのように見えるほど、目にも留まらぬ速度であった。
「速すぎるってよぉ」
溜め息を吐きながらも、光太郎もしっかりついていく。めんどくさがりのわりに、付き合いのいい事である。
それから徐々にペースダウンし他の撃退士達も順に加わると、乱れ1つなく大音量のタップを、最後まで、見事にそろえきってみせた。
拍手を受けながらも、夢野はチロルハットを手に取り、盛大に空へ高々と放り投げる――それは身じろぎひとつせず、夢野をじっと見ていた矢代理子(jz304)の頭へと被さる。
夢野が理子へと笑いかけるも、理子の口は一文字に閉じられ、なんだか睨まれているようであった。
「凄かったですね」
いつの間にか小学生達と仲良くなって、一緒に観ていたユウ(
jb5639)が柔らかく微笑む。
「わたしも、まけていられんっ」
小学生の下からそんな声が聞こえ、謎生物エルレーンがグラウンドへと走り出すと、ぼちぼち、撃退士達も集まり始める。
理恵が教壇に立ち、手を高々と挙げた。
「宣誓! 我々撃退士一同は……戦う事を誓います!」
「あれ、正々堂々って抜けてるような……」
無料で提供されていた枝豆を口に抛っていた天羽 伊都(
jb2199)が理恵の宣誓にツッコむも、もとより正々堂々の気配を周囲から感じないので、言及する事を止め黒い鉢巻を手にグラウンドへと向かう。
「さぁて、やるからには勝ってうまいラーメン食べたいよね?」
佐藤 としお(
ja2489)が、適当に相手チームである地堂 光(
jb4992)の背中をバンバンと叩く――その背に、少しだけアウルの軌跡が残っていた。
(マーキングは見るんじゃなくて、感じるなんだよね。後は鋭敏聴覚で近づく者を敵味方関係なく避けながら、マーキングした相手に近寄り奪う!)
「完璧な作戦……全滅さてやるぞ〜! あはははははー!!」
高笑いをあげながら、目標を見ず敵陣地へ適当にマーキングを撃ちだす――己に訪れる不幸も知らずに。
「……ま、やるからには勝つってのはもっともだ。
へっ、こういう場なら日頃のお返し可能だよな。姉さん、覚悟しな!」
光が、としおと同じ組にいる姉の地堂 灯(
jb5198)へ模擬訓練用の長物を向けると、灯が鼻で笑い、その切っ先を刃を潰した薙刀状の物で弾き上げる。
「光? 私に喧嘩売った事、後悔させてあげる」
熱い気配漂う中でも、光太郎は黒い鉢巻で目を隠し、「……うーわ、見えねぇー」とのんびりしていた。
目を隠す前に生徒席を見ていた雫(
ja1894)が、少し物悲しそうに頭を振る。
(これが、少子化の影響と言うものなのですね……)
「そんな暗い顔して、どうかしましたか」
そんな雫に、ゲルダ グリューニング(
jb7318)が声をかける。どれほど親しいかはともかく、実は同じクラスだったりする。
「いえ、とくには……」
「なら楽しんでいきましょう。母は『行事には参加するべきよ。私も最初はそうして彼女と一緒の機会を増やしたわ』と言ってました。
せっかくですから、いろんな人と触れ合う機会と思いましょう」
その言葉に「そうですね」と表情こそ変えないが、雫は少しだけ明るい気分で頷く。
ただゲルダは、光平と一緒に居る理恵に視線を送りつつも、少しだけ眉根を寄せ渋い顔をした。
「――少し体格差はありますけれども」
「目隠しと言うハンデがあれば、体格差など物の数ではないのデスワ」
同い年だから話しやすいからなのか、桃々(
jb8781)が2人の話に割り込んでくる。
「こうしてお話するのは、初めてですわね。ボクは桃々、ゴミックを愛するゴミックマスターデスワ」
背負いのバック『ゲレゲレさん』から、数冊のゴミ展開をすると言われているコミックを取り出し見せるのであった。
そんな女子小学生3人を、鼻息荒く、食い入るように眺めている雁久良 霧依(
jb0827)。不審者レベルに危ない。
今日は普通の服装だが、これがいつもの服装だったなら、すでに連行されているところである。
(ウフフ……あそこが狙い目ね♪)
別の意味で、文章では表現できないような妄想を膨らませる霧依に、シュッとスプレーが吹きかけられる。
少しだけ面を食らった霧依が後ろを振り返ると、制汗スプレーを手にしたルル(
jb7910)がニッコリ笑う。
「わーい! ウンドーカイっ」
すぐに他の味方であるアレクの元へ駆け出し、同じようにスプレーを吹きかけていき、ルルは次々と匂い付けを施していった。
(ああ、あれはなかなかに有効な手段ですね)
観客席からブラインドサッカーのルールを熟読していた只野黒子(
ja0049)が、ルルの一連の行動を冷静に分析するのだった。
スプレーに首をすくめたアレクだったが、気を取り直し、鉢巻を手に意気込んでいた。
「さて、これもつまりは人助け? だね……これ、眼鏡の上から巻けばいいのかな? あれ?」
「眼鏡、取ればいいだろ愚図」
もたもたしているアレクの眼鏡を、荒城 砕月(
jb8356)が取りあげる。
「やあ、ありがとう荒城さん」
「いちいち礼なんて言うなよ――さあて、遊び半分、とはいかないな」
砕月の悪態をまるで意に介さないアレク。クラスが近いだけに、砕月のその言葉に悪意がないことは何となく程度だが、知っていたのだろう。
次々に鉢巻で目を隠していくみんなをぼんやりと、気だるげにエリス・ヴェヴァーチェ(
jb8697)が眺めていた。手にある鉢巻に、目を落す。
「目隠しねぇ……暗闇での戦闘に役に立つかしらぁ……」
とにかくするしかないと、白い鉢巻で目を隠す。
すると、思いのほかいい感じに暗闇である事に気付いた。
「あらあらぁ……」
エリスはそのまましゃがみ、膝を抱えコロンと丸くなって地面に転がると――寝息を立て始めるのであった。
「お手柔らかにな……ふふ……」
「ええ、よろしくお願いします」
雪之丞(
jb9178)と草摩 京(
jb9670)がお互い、その内なる鬼神を隠しつつも、にこやかに握手を交わす。
握手を交わす2人を見て千里も敵陣にいる中本光平へ手を差し出し、それに気づいた光平が手を握り返した。
「中本先輩、部長のお姉さんと付き合っているんですか?」
不意打ちで、確認しておきたかったことを直接尋ねる――それが一番面白いと判断したからだった。
「いや? 別に?」
真偽を見出そうにも光平の態度はまるでかわらず、読めるものではない。
(やはり、一筋縄ではいかないな)
聞けるとは思っていなかった分、落胆する様子は見せない。
が、視線をわずかに逸らし、何かに気付いた顔を作り上げる。それにつられた光平が視線の先を追い――気がついた時には千里の手を離し、小さく震えている子猫の元へ全力で走って行ったのだった。
(これでおそらく、競技中はずっと子猫を抱いたまま。若林の猫アレルギーが、中本センサーになる)
それも織り込み済みかもしれないと思いながらも、雅へと向き直る。
「厄介なのは回収、隙だらけになる。分業しますよ」
「なるほど、な」
手加減された木刀をかわし、肘を容赦なく相手の腹部へ叩き込み転がした雅が、分業の効率性に納得していた。
(1人が倒すことに専念、1人が倒れた相手から回収することに専念……悪くはない手だ。あとは敵味方の区別か)
雅と千里の分業に、黒子も納得しつつ癖で分析していたりする。
不意に雅がクシャミをひとつ。
(来たか……!)
分業していたはずの千里がこちらへ来る気配へ、攻撃を仕掛け、僅かに身を逸らしてカウンターの直撃を回避する。
そしてもう一手! と思った瞬間。
「そこですね!」
ゲルダの声、そして理恵の短い悲鳴の後、光平と千里の2人に向かって倒れかかってくる。
光平は後ろに飛んだものの、身を捻っていて不安定な状態だった千里は地面へと押し倒されてしまった。
「今のは事故です。仕方ないのです」
しっかりと2つの鉢巻を奪い取ったゲルダが起き上がり、颯爽とどこかへと逃げていく。
「あった〜……大丈夫、千里君?」
「ええ……ですから、早くどいてもらえますか」
胸の上の理恵を直視する事無く、千里は努めて冷静にそう告げる。
その2人の前を、としおが全力で通過した。
「マテェェェ! 逃げるなぁぁぁぁ!」
マーキングの気配を頼りに、全力で追いかける。
目を隠している者達からすれば激戦を繰り広げている感じに聞こえるのだが、目を隠していない者の反応は――失笑。
「なにやってんのやろ……」
観客席で見ていた黒神 未来(
jb9907)は、呆れ顔の1人である。
それもそのはず、としおが全力で追いかけているのは――鳥だった。
「空を! 飛ぶとは! 卑怯なり!」
全身に黄金の龍まで纏い、本気で追いかけるとしお。
だが、足元で寝ているエリスに蹴躓き、派手に転がって地面に倒れ伏す。
「……誰かしらァ……?」
覚醒し、ゆらりと立ち上がると、としおに馬乗りになって拳を振り上げる。
「あかん、あれは子供に見せたらあかんやつや……」
拳を何度か振りおろし、動かなくなったところで適当に鉢巻っぽいもの(それ、ネクタイな)を掴んで再び立ち上がる。
このままではおちおち寝ていられないと、鬼軍曹エリスが足音と気配を消し、おぼろげな気配を頼りに突撃するのであった。その隙に死にかけたふりのとしおが起き上がり、「待て―」と鳥をどこまでも追いかけていくのだった。
そんな少しほのぼのする光景に、静かな戦いが繰り広げられる――と観客の誰もが思っていたのだが、意外とそうでもなかった。
光の背後から、突然の強襲。それを受けずに前へ跳び、見えてはいなくともふり返って正面から向き合う。
「姉さん、さっきでバレバレだぜ?」
光が近くにいた杉田亮を捕まえ、正面の殺気に向けて背中を押すと自身は右から回り込み、長物を跳ねあげる。
しかし些細な空気の流れを感知し、灯は光の長物を薙刀で上へとさばき、振り回すよう水平に薙いで亮ごとなぎ倒そうとするも、薙刀はさらに身を低くしていた光の頭の上を通過する。
「光。視界が塞がれててもね、そんな程度であんたの気配間違えると思ってるの?
10年近く一緒に過ごしてきているんだから……すぐわかるわよ?」
そこから、長物と薙刀の撃ちあいの応酬。目を隠していても、互いに相手の打つ所を予測して受けて反撃を繰り返す様は、演武のようでもあり、観客からはため息が漏れる。
演武の拮抗を先に破ったのは、光だった。
アウルを纏わせた長物で弾き返し、一瞬の隙をついて長物を下段へ突き入れ、上へと跳ね上げられた長物から放たれた光の波が灯を上空へと吹き飛ばす。
そして体勢を崩して落ちてくる所に腕を伸ばし、鉢巻をゲット――というつもりだったが、タイミングを誤ったのか、その手には柔らかい感触が伝わる。
着地した灯が肩をわなわなと震わせる。
「あなた……なに……してるのよっ!」
手に生み出された白い光弾を正面に立つ相手の腹に叩き込み、さらに電気攻撃で追い打ち。
痺れているうちに簀巻きにして転がすと、乙女の強烈な一撃を食らわせるのであった。
「あなた、よっぽど痛い目見たいのね?」
腰に手を当て、転がっているであろう弟へ言葉でのしかかる様に、投げかける。
「隙ありよ!」
誰かの声と共に灯の鉢巻が奪われ、そこで初めて、地面に転がっているのが知らない人間(杉田亮)だということに気付いた。光はその一歩奥にいる。
不運な偶然により、身代わりとなったのが明白である。
「迂闊……それより、誰が奪ったの?」
後ろを振り返ると、多くの者が手さぐりに近い形で相手を探す中、快進撃を続ける御堂 龍太(
jb0849)の姿が。その動きはまるで見えているかのようで、伸ばされた手に反応してはフェイントをかけ翻弄しながら、誰かと奪い合っている人の背後に回り、鉢巻を的確に狙い、奪っている。
そして、その頭上にはヒリュウが。
「あっ、ズルイ!」
「オーッホッホッホ! 卑怯なんて言葉はスポーツにはあっても戦いにはないのよ!」
「その通りだな。ふ……視覚共有を使えば、どうという事はない」
里条 楓奈(
jb4066)もヒリュウを召喚し、ヒリュウの気配を囮に視覚共有で相手の動きを見ながら悠々と奪っていた。
そして3匹目のヒリュウが、空を飛んでいる。
その下では霧依がブリッジしながら頭を動かし、目隠しに生じる僅かな隙間から周囲を観察していた。
(……胸が邪魔ね)
立派過ぎる胸がその視界の妨げにはなるが、それでも狙いを定め、ブリッジしたまま動き回る(その為に手袋とレガースを着用している)。
一瞬、その横を同じくらいの高さで「よんそくほこうではまけん!」とか呟く何かが通過したが、霧依はそんなモノに目もくれず、一直線に獲物のもとへと向かう。
「心眼のようなスキルがあれば助かるのですが……」
雫は腰だめに木刀を構えその場に留まり、人の位置や動きを感知して最小限の動きで攻撃を避け、居合抜きの要領で木刀を抜き放ち、目隠しを引っ掛けて奪い取っていた。
そしてあまりにも低く速いそれに蟹挟みで不意をつかれ、地面に転がる雫。
そんな雫の顔に、大きな胸がのっしと乗っかる。
「ああん、ごめんなさいね♪ 見えないから、ぶつかっちゃったわ♪」
謝る霧依だが、その妖しく蠢く手がさわさわと、雫の身体を超絶技巧で蝕む。
「あかん、あれも別の意味で子供に見せたらあかんやつや……」
思わず未来がまた、言葉を漏らす。
雫は鉢巻が奪われながらも、顔を赤くし何とかもがいて脱出。肩で息をしながら、霧依を冷ややかな眼で見下ろしている――と、雫の周囲から闘気が立ち昇る。
「セクハラ死すべし。慈悲は無い……」
アウルが溢れ出る木刀を振りかざし、霧依めがけて振り下ろすと、黒い光の衝撃波が霧依を包み込むのであった。
「フン」
カエル顔の盾をかざし、観客席に届きそうだった衝撃波をアルジェが受け止める。
そして遅れて飛んできた霧依を、金属バットのフルスイングでコート内に打ち返した。
「……この紅いバットからは逃れられない」
「いえ、今のは打ち返さなくてもいいのですけれど」
救急セットを持ったジーナが霧依に駆け寄り、幸せそうな顔で気絶している霧依に応急手当てを施すのであった。
一通り終わってから、まだ続く戦場に目を向ける。
「本当は必要ないといいけれど、競ってこそという感じもするものね」
(今のは少し危なかったですね)
激しい殺気を感じ取り、闇の翼を広げて上空に逃げていたユウが、ゆっくり地上へと降りてくる。
「ここだ、我が神速の手筋を見よっ」
声に反応し、伸びてくる手に逃げず逆に武器を突き出しながら前へと出て、その勢いに身を任せ声の主から距離を取る。
「すかしたか――次!」
勢いとノリで攻撃している伊都は次へと目指す。見えないから、とにかく闇雲に動き回っていた。
ほっと胸をなでおろしたのも束の間、ユウは人の気配を感じ、武器を向けゆっくりと距離をとっていく。
「てりゃぁ」
戦いが苦手で相手の判別ができないアレクが、果敢にもユウへと攻め入る。
その間を通り抜けようとしてしまった光が反応し、アレクの武器を長物で受け止めた――その次の瞬間。ユウは再び空を飛んでいた。
「はううーっ! もえーっ! もえーっ!!」
エルレーンの怪しげなボイスに乗って、無数の謎生物がアレクと光を飲み込んでいく。
長物を地面に突き立てそれを何とかやり過ごした光だが、アレクは見事に飲み込まれ、謎生物達が通り過ぎ去った後には昏倒しているその姿があった。
「今のは……よろしいんでしょうかね?」
「分身ですから、問題ないですっ」
ユウが地上に降りる前に、謎生物エルレーンは次の目標を探し走り出すが、横からがっぷりと気配を殺していたエリスが組みつき、あれよあれよという間にあられもない姿も気にせず、鉢巻とブレザーを奪い取る。
「さァ……次は誰かしらァ……?」
「くそう、おぼえていたまエーン」
泣きながら去っていく謎生物エルレーンを見送ったエリスが、再び動き出すかと思いきや、その場に座り込み、やはり丸くなって眠りに落ちるのであった。
アレクが気絶したのを感じ取った光は自分の鉢巻をユウに渡し「安全な所まで運ばねぇと」と、アレクを連れて戦域を離脱。
たたずむユウの側、上空からふわりとした布の気配。
「この香りは、味方よな」
匂いで判別しているルルは味方とわかるなり、すぐに上空へと戻って行く。
敵味方の区別する者もいるとわかると少しだけ気が楽になり、ユウはまた、じりじりと騒音を聞き分けながら前進するも、遠い距離から一瞬にして間を詰められ、後退する前に目隠しを奪われてしまった。
「頂かせていただきました」
京が誘吸と立ち去り、残されたユウは「負けてしまいましたか、残念」と、少しだけ悔しそうにするも、すがすがしい気分で応援席へと向かうのであった。
「今だ! 我が高速の手さばきが唸る!」
「取らせてたまるか!」
伊都の手を砕月は後ろにのけ反ってかわし、2本の木刀で十字に切り払う。
が、そのどちらともが伊都の大剣によって阻まれ、反撃の大剣を木刀で受け止めるも、威力に押され吹き飛ばされた。地を滑る足に力を込め、なんとか踏み止まる。
「まだまだ勝負はわからないぜ」
双剣と大剣で打ち合いながら横へと移動。その移動先は、たまたまだが誰からも距離を取って逃げ回っていた光太郎を追い詰めていく。
「飛んで漁夫の火にいる夏の利デスワ!」
戦っている2人と光太郎から奪おうと、桃々が高々とジャンプ――する前に、畳によって阻止された。
その畳を蹴り、目にも留まらぬ速さで駆け抜けていく光太郎。その手には桃々の鉢巻が。
「敵か味方か知らねーけど、見えないんだからしょうがねえだろ」
その顔に、布が。
「敵の可能性、大!」
上から降りてきたルルが、一瞬にして光太郎の鉢巻を奪い上昇するも、一歩遅く、神速で伸びてきた伊都の手がルルの鉢巻を奪う。
「おや、負けてしまったね」
(私の分もがんばってくれ)
慌ただしく、砕月の双剣を受けている伊都のほっぺにちゅっ祝福をして、ふよふよと観客席へ退場していく。
祝福に呆気にとられたのか、手の止まった伊都だが、背後の気配に向けて大剣を振り回した。
「私だ、黒チームの黒松だ」
「なんだ、同じチームの人……?」
伊都が手を止めたその瞬間を狙い、理恵だと嘘をついた雪之丞がさっと伊都の鉢巻を奪い取った。
「まあ悪く思うな」
そこへ遠方にあった気配が一瞬にして距離を縮め、抜刀。強烈な一撃が。
かろうじて防いだが、京の縦横無尽に飛びまわる陽気な剣は、それだけでは止まらない。
不意にサイドステップで砕月の前に立つと、呼吸音から推測して頭部を狙い、鉢巻を奪い取る。
さらには背後から手を伸ばしてきた龍太と楓奈の動きを空気の流れからイメージし、京は横へと静かにスライドするように舞いながら、2人の鉢巻を奪い取る。
「さあ、舞いましょう。思うがままに、己が剣気をほどばしらせて♪」
心を空にし、構えも守りも捨て、無心でただひたすら、全方位の気配を読む事だけに全神経を注いで、戦場を目で見る以上にイメージしきっている京を前に、目を隠している雪之丞は圧倒的に不利だった。
そして戦姫が舞い、決着がつくのであった――
「ああっ疲れで足が縺れた。これは不可抗力っ」
ゲルダが理子の前を通る時に倒れ込み、理子は受け止めるものの、勢いに負けて2人して地面に倒れ込んだ。
ゲルダの伸ばした手が、シャツの中を通りずりあげ、白い物がちらっと見えるかという所で何とか止まる。
「大丈夫?」
「ああ、はい、大丈夫でっす」
大いなる意思など知らずにニコリと、ゲルダに笑いかける理子だが、顔を全力でそむけている夢野に気付き、服の乱れを直しずばっと立ち上がる。
この間にゲルダは、コソコソと逃げる。
「センセイッ」
「ハイッ」
何を言われるかと背筋を伸ばした夢野。その胸に理子が手を当てる。
「怪我、してますね? 見てれば、いつもと違う事くらいわかります」
お見通しか――夢野は内心、舌を巻いて結局、頭を下げる事に替わりはなかったという。
目隠し乱戦が終わると、伊都は「競技より飯だ!」と、地域会が振る舞っているじゃがバタやらなんやらを片っ端から挑んでいた。
「よっしゃ、やっとうちの出番や!」
待ってましたと未来がグラウンドに立つと、黒子、雫、アルジェ、楓奈、光、光太郎、桃々、雪之丞、それに包帯を巻いた亮がやってくる。
「皆さん、がんばってください」
「怪我だけはしないようにね」
ユウとジーナの声援が飛ぶ。
「ホンマはコーラーというチームの一員が声で指示を出すんやけど、これを観客の小中学生にやってもらうで! やりたい人、ゴール裏に集合な!」
未来の言葉で、途端にゴール裏で押し合いへし合い、集まる小中学生達。ブラインドとつくが、サッカーという馴染みやすい競技に興味津々なのだ。
黒チームに雫、アルジェ、光太郎、桃々、GKの黒子、白チームに未来、楓奈、光、雪之丞、GKの亮とそれぞれ分かれる。
「ところで、ルールは把握していますか?」
ゴール前で黒子が、アルジェと光太郎に問いかける。
光太郎は肩をすくめるのだが、アルジェは自信満々に胸を張った。
「大丈夫、昨夜映像資料で勉強した、炎を纏ったボールもカンフーシュートも、全部蹴り返せばよいのだろう?」
目は前髪で隠れているものの、黒子がその時どんな気持ちだったのかは想像するに難くない。とても端的にわかりやすく説明しているうちに、ホイッスルが鳴る。
「いっくでー!」
左サイドから未来が駆け上がってくる。
「ボイ!」
桃々がその小さい体を活かして潜りこむと、ボールではなく明らかに泣き所を狙って蹴り飛ばし、未来が怯んだ隙に翼を広げ、高く飛び上がると空中で一回転し、ボールを未来に叩きつけた。
「モガカ!」
倒してからボールを奪い、小学生の声に従い桃々はゴールを目指す。
しかし、そこに割って入った雪之丞が無駄のない動きであっさりとボールを奪いとった。
「動きに無駄が多いな……」
「センタリング!」
楓奈の声に反応し、高々とボールを蹴り上げる。
「出てこい、ティア! いくぞ、見よう見まねのスカイラ――」
「ああ、それは里条様以外の力を借りて高く飛ぶという認識から、反則になりますね」
ティアマットに打ち上げてもらおうとしていた楓奈へ、黒子が冷静に指摘する。
指摘され飛ぶタイミングを潰された楓奈がバランスを崩し、光を巻き込んで倒れたのだが、「うひゃぅ!?」と顔を赤くしてすぐに起き上がった。
「貴様……どこを触っとるかぁ!」
「スマン!」
やや理不尽な怒られ方にも速攻で謝るが、結局、しばらく楓奈の往復ビンタを食らう事となるのであった。
センタリングはそのまま黒子の手に収まり、ボールはチリンチリンと音を立てながら前線へと送り出され、雫がそれに闘気を解放したうえで、子供達の声に従い痛烈なシュートを放つ。
怪我人亮はその痛烈なシュートを受け、ボールごと突き抜けんばかりにネットを揺らすのであった。
「……悲鳴が聞こえた気がしましたが、気のせいでしょうか?」
雫が首を傾げるも、歓声ばかりが聞こえる。
「まだ始まったばっかやで! こっからゴール量産や!」
再び未来が左サイドからボールを持ってあがり、足を狙ってくる桃々の攻撃をエラシコで絶妙にかわし、光太郎を前に後ろへターンしてパスと見せかけ、パスカットに来た光太郎をマルセイユターンで置き去りにして抜き去る。
この超技巧には子供達が激しく喜び、気分をよくした未来はアルジェを抜きざま、わざわざラボーナでシュート。
だがシュートコースを巧みに誘導されたらしく、黒子の正面だった。
(行動の嗜好性は理解した――友軍の特性、疲労度合い把握、ゴールまでの最短ルート、選定完了)
「……方針、決定」
未来の後ろ、ガラ空きとなった所に桃々を送りこみそこへボールを投げ、雪之丞がそっちへと動いたのを確認してから、逆サイドの雫にボールを渡させて、情け容赦なしのシュートで決める。
未来の前へ1人で運ぼうとする嗜好性、無駄な動きが少ないとはいえ1人しかいないDFの穴を突き、そしてトドメ。見事な勝利の方程式である。
「負けっぱなしっつーのも、な!」
開始早々、光が銀色の焔を纏ったボールでシュートするも、そこは勉強済みのアルジェが蹴り返す。
そしてそのこぼれ球の気配を察知し、光太郎がセンタリングを上げると桃々の必殺(相手を殺す意味での)シュートが炸裂し、亮の悲鳴が再び聞こえるのであった。
攻めているのは未来のいる白チームの方が圧倒的に多いのだが、的確なカウンターで的確に点を取られ、ゲームメークは始終、黒子の手の内にあるまま、ゲームは終了するのだった。
終了のホイッスルに、汗をぬぐう未来は悔しそうだが、それでもどこか楽しそうに、沸き立っている小学生達に目を向ける。
「ま、子供達にブラインドサッカーを知ってもらえたらええねんや」
「そう、だな」
並び立つ楓奈も子供達に目を向け、2人は笑うのであった。
そこによれよれの亮が目の前で力尽き、倒れる――その拍子に、手が2人の胸にタッチする。
「なにしとんねん!」
「貴様ぁぁぁ!」
未来のバックドロップ、そこへ楓奈が顔面へエルボードロップ。ついでに雪之丞が、亮の尻へ容赦なく踵を落す。
女3人、スポーツを通した友情コンボの出来上がりであった――
「これで――フィニッシュ!」
鳥をまだ追いかけていたとしおの脚からアウルが吹き出し、一気に距離を縮める!
と思ったのだが、その先に地面がない。
襲い来る浮遊感――が、次の瞬間、下から激しい衝撃に突き上げられ、天高く昇っていく。
運動会の終了を告げる花火と悲鳴が大気を震わせ、壇上で何故か理恵が閉会宣言をしていた。
それを黙って見ていた雅に、光が「これ片づけてくれとさ」と、三角コーンを渡しながら千里へと目配せする。
(ま、聞いておくか)
雅が用具室に向かうのを千里が付いて行き、少し静かそこではっきりと尋ねた。
「中本先輩と、部長のお姉さんは――」
「付き合ってはいない」
千里には気づいていたのか雅は驚きもせず答え、三角コーンを室内へと置く。それから曲げていた腰を伸ばすと、続けた。
「だが、見ればわかる通り相思相愛だ。基本的にヘタレだしな」
「見れば、か」
壇上の理恵に目を向けた千里と雅が、その視線の先を追い、顔をしかめる。
2人の間に少しの距離はあれど、雅の言葉通りに見ればわかってしまう、智恵と光平の姿を見てしまったからだ。
(しくじった……!)
自分の目的を達成する事が出来ず、千里と雅は臍を噛むのであった――
目隠し乱戦・運動会 終