(どこもかしこも浮かれたやつらばっかりだ )
カップ麺でも仕入れてくるかと外に出た影野 恭弥(
ja0018)がふと見上げると、空を飛ぶサンタがすいっと横切った。
「メリークリスマーッス!」
サンタ娘の衣装でトナカイヒリュウにぶら下がりながら叫んでいるのは、ゲルダ グリューニング(
jb7318)だった。
目のいい奴なら下から見えるぞとか思ったりもしたが、俺の知った事ではないかと声をかけず、前に向き直ると、2人の子供が駆けて、過ぎ去っていった。
正体を知っているだけに恭弥は足を止め、目を鋭くして周囲に視線を走らせていたが、やがて短い溜め息ひとつ。
「本当に、もう大丈夫そうだな」
「あ、ええっと……影野さん、アニス達とか見ませんでした!?」
息を切らす理恵に、無言でアニスとエニスが走って行った方向を指さすと、「ありがとうございまっす」とすぐに忙しなく走って行くのであった。
自ら手伝う気もなく、手伝ってと言われるのも面倒だ、そんな風に思いながら理恵の背中を見送ると腹が鳴る。
「飯、食っていくか……」
恭弥を見かけた城里 千里(
jb6410)だったが、声をかけようとはしなかった。
別に嫌っているとか、そういうつもりはない。イケメンだなとか、どうしてああ生まれなかった俺とかは思いはしても、嫌ってはいない。好いているわけでもないが。
それに実は恭弥だけでなく、見知った顔がちらほら見えていた。
空飛ぶパンツのゲルダには何も言わなかったし、後姿でも見間違いようの無い巨体の久我 常久(
ja7273)、ウィンドゥの前で立ち止まって目を輝かせている古庄 実月(
jb2989)、1人だというのを全く意に介していない様子で優雅に歩くVertenette Hautecloque(
jb8543)。
買い出しなのかビニール袋を提げている地堂 光(
jb4992)がこちらに手を振ったようだが、気づかないふりをしておく。
(友達としてカテゴライズはされてないだろ。俺に声をかけられても迷惑なだけだろうし、そもそも声をかけてどうしろって話だ)
会話が続かない自信がある。
相手が女子なら、間違いなく続かない。どうしても過去の一件以来、女性に対しては身構えてしまうし、なるべく距離を置いているつもりだ。
――それは、近くで観察していきたいと思ってが中本光平という共通の話題を失った、理恵でさえも。
(……おい、キモイぞ。俺)
どうして「学生たる者、ここは1に勉強、2に勉強ではないだろうか。というわけで、参考書でも買ってこよう」と、クリスマスと全く関係ない健全な用事で出かけたはずの自分が、ここまで自己嫌悪に悩まねばいかんのか。
頭を振り、本屋へと入っていく。
「……あれ、お前ら、一体ここで何やってんの。悪戯?」
アニスの顔を見るなり千里がそう言うと、エニスに向う脛を思いっきり蹴られしゃがみ込んでしまう。
ぷりぷりと怒りながら外へ行ってしまったエニス。その後を追いかける前にアニスが「ごめんなさいです」と頭を下げた。
「いや、妹で慣れてるから構わん――ついでにだ。この前、エニスをそそのかした天使とはあれからどうなった?」
「あれいらい、ぼくらもてんかいにもどってないから、会ってないんです」
「ま、懸命だな。それより、早く追いかけた方が良いんじゃね?」
外を指さす千里にアニスは再び頭を下げ、後にする。
放置していても問題ないかと立ち上がると、参考書のコーナーに足を向ける千里であった。
「いよぉ! どうした、背中が煤けてるぜ。さてはフられたか」
小さくすぼんだ雅の背中を常久が叩くと、あっさり「そんなところさ」と小さく静かな返事が。
再び背中を強く叩いた。
「まっ、どんまい! 叶わないと知っていても、行動出来ただけいいんじゃねぇか」
容易く命を落とす世界、自分の意思を押し付ける形になったとしても、悔いの無いように生きたほうがいい――そう思って焚き付けた甲斐があるというもの。
(こうやってワシも、押しつけているし、な)
「ま、気晴らしだ気晴らし! 相手がワシってのは寂しいかもしれねぇけどよ!」
「そこは気にせんが、チビどもが迷子でな。理恵が捜しているのだし、捜さねばならん――と言っても、少し待て」
おもむろに何通かメールを送信。すぐに返事がやってくる。
「どうやらベルテネットの目の前にいるようだし、後は心配ないな。10時までは面倒見るようだから、その時間辺りに落ち合う事にしよう」
「ならちぃっとばかし、ぶらつこうぜ」
(保護者と言いますか、お姉さんというのはこんな気分なんでしょうかね)
日没が早くなって、もう随分と暗いですねとか思いながらぶらっと散策していたところ、エニスが引き留めようとするアニスの手を振り切って18歳未満お断りというホテルに入ろうとしている場面に出くわし、諭していたちょうどその時、今のメールである。
「ここってなんでねんれいせいげんあるんです?」
「さぁ……それは私もわかりませんが、お断りとあるのでしたらダメなのでしょう」
流石はお嬢様育ちである。
それからは3人で歩きまわった。
事情も理解し面倒を見ると言っても2人の意思を尊重し、動くがままにその後をついていくだけで、暗い路地に行こうとすれば危ないからと諭し、お店のカウンターの向こうへ行こうとすればお店の人の邪魔になるからと諭す。
気づけば2人から自然と手をつないできて、あれはこれはと質問攻めにあいながらも、ベルテネットは手の中の小さな温もりに、胸が締め付けられるほどの愛おしさを感じていた。
「あそこにあるの、今のぼくらにそっくりです」
アニスが指を向けた先にはガラスでできた雪の結晶が、3つ、手をつないだようにくっついた形で飾られているペンダント。
「本当ね。それに、どれか一個欠けてもダメって――」
慌てて口を塞ぐエニスだが、耳は赤い。
3人一緒がもう当たり前とかそんな風に思ってくれているのかなと、素直ではないがあからさまな態度がベルテネットには嬉しかった。
(3つセットで3000円ですか――)
それなら大丈夫と、迷う事無くその雪結晶を買い、アニスとエニスの首にかけ、自分の分も首にかけると、しゃがみ込んで掌に結晶を乗せた。
2人ともそれぞれの結晶を並べ、くすぐったさに、ベルテネットの顔がほころんだ。
「いつまでも3人で、1つですからね」
「地堂君、アニエニ見なかった!?」
光が答えようと口を開いた時、理恵の携帯にメールが届き、そのメールを見るなり「見つかったみたい」とあっさり切り替える。
携帯を取り出す際、落ちそうになってポケットに入れ直した雪結晶が、光にはチラリと見えた。
(噂になってるあれか――黒松もいよいよか)
「そういえば城里のやつが本屋に入って行ったぜ。まだいるかわかんねーけどよ」
「ん、そっか。千里君も来てたんだ……」
少しの会話の後、理恵が去っていく。
小さくなる背中に「頑張れよ、黒松理恵!」と呟くようにエールを送るが、一抹の寂しさを感じてしまった。
(何だろうな……仲間を失った――いや、遠くに行っちまうような……そんな気持ちだ)
「っと、買い物買い物」
ずいぶんぼんやりしていたような気もしたが我に返ると、その声が耳に入ってきた。
「ちゃんと好きな人くらいいます!」
荷物を抱えたままウィンドゥにべったりと額を付けて、実月は睨むように眺めていた。
その目の先には様々な加工をされたガラスの雪結晶があり、ウンウン唸っている。
(うう。こんなに色々なのがあったら迷うよ……)
気づけば、閉店時間まであと少し。
もう今日は諦めちゃおうか――
(でも、前回のあの様子を見るに、私の気持ちはまだ気付いてもらえてないっぽいよね。
いや、口にもしてないし当然なんだけど……)
「クリスマスはもう終わっちゃうけど……その、うん、言わないと伝わらないよね!」
額をくっつけたまま、拳をぐっと握ると、その肩に手がポンと置かれた。
「はっきり言葉にするのが作法よ。私もそれで彼女を捕まえたわ――そう母も言ってました」
後ろを振り向くと、2つに割れるタイプのペンダントを突き出された。
そしてサンタ娘はジャンプすると、ヒリュウにつかまって飛んで行ってしまった。
去り際に「恋は維持するのが大変なのよ。私も彼女を捕まえておくのに苦労したわとも言ってましたよ〜」と、言葉を残して去っていったのであった。
その姿を呆然と見送る実月。
「サンタさん、パンツ見えてたよ――じゃなくて、はっきり言葉に、か……ありがとう、サンタさん」
ペンダントを握りしめ、決意新たに踏み出そうとしたところで立ち塞がる、典型的なチャラそうな男。
無視していたのだが「どうせ好きな奴とかも特にいないんでしょ?」という言葉に、カッとなってしまった。
「ちゃんと好きな人くらいいます!」
「古庄、1人で先に行くからそんなことになるんだぜ」
頭に手を置かれ、それから手の荷物をするりと光に持っていかれた。
チャラ男が何か言いたげだったが、命のやり取りをしている者の雰囲気に押され、すごすごと引き下がっていく。
「ったく、危なっかしい奴だな。あいかわらず――好きな奴がいるなら、もっとはっきり断んねぇと」
さっきの言葉まで聞かれてしまったとあっては、もはや怖いものはない。
勇気の第一歩としてご飯に誘ったのだが、生憎、今の実月に味なんてわかるはずもなく、言葉も耳に入っても頭には到達していなかった。
外に出るとちらりちらりと、空から舞い降りる白い粉。
荷物を地面に置いた光がジャンバーを脱ぎ、何をしているのかなと思った矢先、「少し厚着してきたからな」と実月の肩にかけられる。
(こういう恩に着せない優しさが……!)
自然と歩幅は広がり、向かう先は静かな所。ベルテネットがすれ違ったのだが、それすらも気づけていない。
静かな公園、外灯の下で実月は立ち止まる。
振り返って光の顔を見上げるが、星の様な瞬きが眩しく見えて、結局うつむいてしまう。
(サンタさん……!)
勇気をさらに振り絞り、ポケットの中からガラスの雪結晶を握りしめて、手を前に突き出した。
「どうしたんだ、古庄」
あと一歩。
伝えるべき言葉と共に一歩前へ。
「――好き! です……」
付き合ってください――最後、その言葉はほとんど聞き取れなかったと思う。
だが、胸に押し付けられた実月の手にぶら下がる雪結晶の欠片と今の言葉で、十分だった。
光はキョトンとした顔をして、うっかり荷物を滑り落してしまったが、それよりもうつむきっぱなしの実月と、付きだされた雪結晶を交互に見比べ、理解していく。
(……そういう事か)
くすぐったさが込み上げてきて、その感覚に耐え切れずそっぽを向いてしまった光だが、いつまでも何も言わないわけにはいかない。
雪結晶を掌ですくいあげる様に受け止め、雪が掌の熱を冷ましてくれるのを自覚しつつ、実月の手を握る。
忘れる事の出来ない煉獄の炎に、幼い日の自分が犯した罪。二度と仲間を失いたくて駆け抜けてきた自分に、少しでも近づこうとする酔狂な奴がいたのなら、そいつをこう呼ぼうと決めていた。
「――よろしくな、実月」
「めりーくりすまーす!」
名前で呼んだ直後、横の茂みからサンタが飛び出してクラッカーを鳴らし、左右に回り込んだエニスとアニスが紙吹雪をばら撒く。
それからゲルダは逃げるよう、高台にある公園の地を蹴りヒリュウの背に乗った。そしてアニスとエニスが追いかけ翼を広げつつもヒリュウの手を掴んで、彩られた街へと逃げていく。
「見つつ祝う、これが私のスタイルです!」
そしてサンタは街に降りていく。トナカイにまたがり、恋の天使を引き連れて。
「折角合流したというのに、またどっか行くのか……落ち着きがないな」
夜景の綺麗な所へ集合ということで、ベルテネットに連れて来てもらったのだが、ゲルダに手を引かれ行ってしまったアニス達に雅はため息が出る。
「なぁに、ガキってのはそういうモンだ」
柵に顎を乗せ、ぼんやりと街を見下ろす雅の頭をぽんぽんと軽く叩き、それから夜景に目もくれず常久は月を仰ぎ見る。
「……月は綺麗だな」
「月が、ではないのだな。目の前の夜景よりも、か?」
「あんなのは一時のまやかしだ。穢れを知らず、本当に綺麗なモンってのは手は届かなくとも変わらず、ずっと近くにあるもんだぜ」
それでも手を伸ばす常久は、月を握りしめようとするのであった――
ファミレスで、通路側に足を伸ばして端に座る千里の正面に、理恵がいた。
ぼっちはとっと帰れと言うかのように、閉店の曲が流れる本屋から結局何も買わずに出たところでばったりと理恵に会い、ここへ誘われた。
だが正面から顔を合わせていられないし、沈黙ばかりが続き、珈琲だけが進む。
傍から見れば気まずい沈黙のようにしか見えないが、千里には何ら痛くもかゆくもない。
だから理恵が雪結晶の欠片をテーブルに置いた時、逆に身構えてしまった。
「千里君」
「……何でしょ」
名前を呼ばれても顔を合わせない。雪結晶の話は何となく知っているが、自分に関係のない話。勘違いするなよ俺と、ずっと言い聞かせている――が、不意に身を乗り出してきた理恵に顔を両手でつかまれ、正面を向けさせられた。
顔がすぐそこにあり、千里の目は泳ぐ。
「もっとちゃんと私を真っ直ぐに、見て」
「いや、無理でしょ。それが俺ですから」
「なら私が、千里君が真っ直ぐ見てくれるようにする。だから今日は――伝えない」
手を離すと席を離れ、そのまま外へと行ってしまった。
出て行った理恵、それからテーブルの上の雪結晶へと視線を移し、伝票に目が留まると口から溜息が。
「……支払い、俺か」
(遅くなってしまいましたね――)
少しひんやり感じる手に寂しさを感じつつも、ベルテネットは少し小走りで帰路についていた。
すると前を歩く後姿に見覚えが。
「影野さん」
返事はないが、間違いはないはずである。速度を落し、後ろを歩く。
「方向が同じならば、ご一緒してもよろしいですか?」
またも返事はないが、恭弥の歩く速度が少しだけ遅くなった。
ちょっとだけ嬉しかったベルテネットは、そんな恭弥の服の裾を握りしめ、感じていた寂しさを紛らわせる。
そしてふと、恭弥の手に提げている袋にカップ麺のソバが混ざっているのに気付いた。
「年越しソバ、というものをインスタントでですか……よろしければ、お作りいたしますか?」
「……あまり、そういうのを男に言わんほうがいい」
「何故です?」
心底意外そうなニュアンスの返事に、説明するのが面倒になった恭弥は何も言わず、ただずっと、ベルテネットに裾を掴まれたまま、ゆっくり前を歩き続けるだけであった――
【恋戦】君と出会えた【結晶】 終