「あァら、まァ……」
たまたまだが、木の陰から見ていた阿手 嵐澄(
jb8176)がカツラのずれを直し、頭をポリポリと掻くとばつの悪そうな顔をして、その場からゆっくりと離れるのだった。
雨の中、1人残った雅――それを校舎の陰から眺めている巨漢の姿もあったという。
「あの、若林さん。
黒松さん、しっかりしてる人だからそうそう無茶はしないと思うけど……少し事情をお伺いしてもいいでしょうか?」
しっかりしてる、のあたりで城里 千里(
jb6410)が口元を隠し、思わず浮かべてしまった笑みを誤魔化す。
古庄 実月(
jb2989)が、しいクラブの部室まで出向き、依頼主本人に尋ねていた。
「それは……」
「絶交を言い渡されたから、自分で行きたくても望まれていないと思って、任せた――だろう?」
(……ちっ、馬鹿が)
久我 常久(
ja7273)が口を挟む。いつも不敵に笑い、それでいて人の奥を見透かすような眼差しが、今は苛立ちを露わにしていた。
「嫌な予感がする……杞憂であってほしいな」
地堂 光(
jb4992)の同意を求める視線に、千里が肩をすくめる。
「ま、大丈夫だ。仲直りのための何かを探してるんだろ、連絡も忘れて」
「連絡できない状態にある、という可能性もあります。
あまり交流のある方ではありませんでしたが、それでも行方不明とは剣呑ですので」
Vertenette Hautecloque(
jb8543)が頬に手を当てる様に口元を隠し、視線を下げて考え込んでいた。
(情報は共有しておく方がいいかもねェ)
断片の情報に頭を悩ませている実月とベルテネットを見かね、嵐澄が2人を手招きし廊下へと出ると、知ってしまった事を教える。
「黒松さん、失恋したんですね」
嵐澄の後ろから、ゲルダ グリューニング(
jb7318)がひょっこり顔を出す。
「でも気にする事はありません。
『恋は破れるもの、気にする事は無いわ。だから私の彼女への想いは愛なのよ』と母も言ってました」
(それは、行方をくらますほどの事なのでしょうか?)
ベルテネットが小首を傾げ、一拍おいてから口を開く。。
「……やはり、捕らわれたと見るべきが妥当ですよね」
(こんな形でお別れするなんて、悲しすぎる……!)
実月が部室へと戻り、ツカツカと雅の前まで歩み寄ってその肩を掴む。
「必ず、連れ帰りますから!」
「ま、どっちにしても……放っとくのも、寝覚めが悪いねェ」
実月に続き肩をすくめた嵐澄、それと皆が次々と部室を出ていった。
残った雅が深々と頭を下げた所へ、常久が一喝し、その小さく弱々しい背中を思いっきり叩く。
「いいか、優しさは必要かもしれねぇが、不必要な事だってある。本当の事を言えないのは、何にもつながらねぇ――これで仕舞いだ。
前を向け、やる事をやれ、自分から動く事に価値がある」
親指で戸を指し示すと、雅は大きく頷き、しっかりとした足取りで皆の後を追うのだった。
一瞬だけ満足げな顔をした常久だが、表情を引き締め歩き出す。
誰もいなくなった部室のベッド周りのカーテンが開き、やれやれといった顔のアーレイ・バーグ(
ja0276)がゆっくりと動き出すのであった――
「まァ、かわいーことで」
つまらなそうに吐き捨て、行く手を阻むドールだけを撃つ嵐澄。撃ち漏らした分を、千里が撃ちぬく。
2人の後ろを走るゲルダへ、ドールが横から飛びかかる――が、シルバートレイで「なんでやねん」と、はたき落とす。
「結構当たるものですね」
「暗かったり、落ち着いてさえいればどうって事ない敵なんでしょ」
「あそこが警備室ってことかなァ」
千里が何を言いたいか察した嵐澄が、扉の前のドールを撃って排除すると中へと入り、真っ先に照明のスイッチを押した。
明るくなる室内。そこにいたドールが嵐澄へ襲い掛かるが、夜目で気づいていた千里がそれを撃ち落し、さらにヒリュウのタックルで一掃する。
「こうゆうシチュで電気が生きてるとか、貴重だよォ……というより、『使えるよう、生かしておいた』ってことじゃないかなァ?」
ずいぶん狭いその部屋の一面に、全てではないがある程度の部屋が映し出されているモニターがあった。
「少なくとも、カメラに理恵ちゃんの姿はないねェ。今映ってるお人形さんのいる部屋は後にして、他を優先的に調べようかァ。
まーそうなると、図書館とか事務所、あとはよく見えない大ホールくらいしかないんだけどねェ」
「……目撃がどこでなのか知りませんが、子どもが2人、ドールと踊ってたってのが気になりますね。
――とにかくそういう事なんで、そっちは任せましたよ」
千里の言葉を携帯で聞いていた実月、そのまま伝える。
「という事は、やっぱ図書館と事務所を先に行く必要があるか」
確認の為に開いたエレベーターから溢れてきたドールを、光が寝かせた槍で叩くように押し返してエレベーターを閉じた。
「図書館の奥に事務所ですから、ちょうどいいですね」
孤立しない程度に後ろをついて歩くベルテネットが、上を見上げた。
「なら急ごうじゃねぇか。外で雅ちゃんが心配のし過ぎで、ぶっ倒れる前によ〜!」
「ですね。急ぎましょう」
壁に背をつけ、先を伺いながら慎重に実月が進む。
その横に光が並び、「前と違って慎重じゃねぇか」と何気なく呟いた。
「その――蜂の件については、言わないでください……ちゃんと学習してますので……!」
「ま、ポカしたらフォローはしてやるさ」
遭遇したドールは連携とフォローのしあいで排除し、3階へと急ぐ4人。その間に、ベルテネットは思考を巡らせていた。
(攻撃能力の著しく低いサーバントに、違和感を感じますね。まるでヒトを捕まえるためのもの、のような……
黒松さんが捕らわれたとすれば、何のため? 一般人であれば感情吸収のためなのでしょうけれど……)
光のチタンワイヤーで、通路の片側に寄せられたドールへ猫の幻影を飛ばしつつも、さらに巡らせる。
(黒松さんがもし殺されていないようなら、何らかの意図があっての誘拐? のはずです。その意図を聞きだし、場合によっては協力を申し出る事で、もしかしたら……)
「ここが図書館か――スイッチは奥にあるっぽいな」
光の声にハッとして、ベルテネットは思考するのを中断して足を止めた。
フラッシュライトを点けた光が、図書館へと踏み込む。
「こっちにきやがれ!」
吠えて走り抜け、電気のスイッチを入れると、寄ってきたドールから距離を取りながらも通路へと戻って行く。そして光が出てきた入口に実月が立ちはだかり、輝く薙刀を突き出す。
一直線に伸びた黒い奔流がドール達を次々に飲み込み、消し去っていくのだった。
「どうですか!」
腰に手を当て、得意げな顔で振り返る実月であった。
安全を確認し、大ホールを映すモニターを事務所で見つけたベルテネットが、目を細めた。
「踊っている子どもが居らっしゃるように、見えますね」
手元の機器をじっくり眺め、それから時折思い出すような仕草をしながら、たどたどしい手つきで操作を試す。
映像を早戻し、理恵が依頼に出た日の映像を確認すると、そこには舞台の上でドール相手に槍を振り回す理恵の姿と、その後ろに2人の子どもが一緒に写っている映像を発見した。
2人が何かを語りかけ、振り返った理恵が槍を向ける映像。そんな理恵にドールが後ろから押し寄せ、抵抗する間もなく奈落へと落ちていった。
その様子に息を呑んだベルテネットが、慌てて皆を呼びにいくのだった――
文化会館の外では、雅が待っていた。
その横に、何ともつまらなそうな顔をしているアーレイの姿が。
(ドールが出てこないかの見張り、なのだろうな……)
ぼんやりと考える雅の横で、アーレイは深い溜め息を吐く。
(子供の理想って、かなり厄介なのですが――子どもの天使達が何をしたのか想像はつきませんが、相当な極論を持ち出したのでしょうね)
頭を振り、理恵の顔と、皆の顔を思い浮かべては皮肉げに嘲笑する。
(この依頼……いえ、あえて考えないようにしましょうか)
大ホールの扉の前でしゃがみ床に目を凝らす嵐澄だが、足跡がろくに見えず、すぐに諦める。
そして常久が、扉を一気に開けるとぼんやりと明るいステージに、見知った顔がいた。
「アニスちゃんどうした、ここは危ないぜ?」
踊っていたアニスとエニスが止まり、慌てて奈落へ飛びこんでいく。
「……俺、行きます」
駆け出す千里。ライトで照らし、光がその後を追かける。
(無事でいてくれ、頼む――お前が作ったあの部、結構居心地良かったぜ? あそこと、大事な仲間を失うのはもう、ゴメンだ)
ゲルダとベルテネットも、千里と光を追いかけ奈落へと向かった。嵐澄と実月、そして常久が4人の邪魔はさせないようにドール達を相手取るのだった。
「お前ら、今度は何して遊んでんの?」
千里は警戒していないように見せながらごく自然に接する。いつでも割って入れる距離を光が保っていた。
「そういえば、あの人形――趣味が良いな」
「本当? アニスは怖いって言ってたのに」
(2つの意味がある言葉って、便利だな)
内心舌を出すが、表情には出さない。
「俺ら、ちょっと部長――黒松を捜してるんだけど、知らないか?」
「あの煩いのなら――」
「エーニースッ」
アニスがジト目で咎めると、エニスは自分の口を塞ぐのであった。
「黒松がお前らに感情渡すとか、そんな奴じゃないだろ。言ったらバカにすんなって怒られるぞ?」
「あら、よく怒られたの知ってるわね」
塞いでいたはずの口から、ペロッと言葉が漏れる。アニスが苦笑とも取れるような微妙な表情を作り、観念したような溜め息を吐き出す。
「うん、おこられた。きょうりょくもするもんかって、言われた。
だからおとなしくさせようと思ったんだけど、ぼくらの力じゃお姉ちゃんからはすい取れないんだね」
(そんな事も知らない程度に、子供なんだな)
言葉の一つ一つから、慎重に情報を探る千里。千里とアニスの間に、胸の前で手を組んだベルテネットが割って入る。
「協力なら私がしますので――だから、黒松さんを返して下さい」
(内容も聞かずにか……とはいえ、内容については漏らしそうにないから、妥当なタイミングか)
ベルテネットの懇願に、千里も「俺も手伝ってやるよ」と申し出た。
「ついでにあの人形達も引き連れて、ここから帰ってもらえるとありがたいんだが」
「いいわよ! 手伝ってくれるっていうなら――ねえ、アニス?」
とても分かりやすいエニスと違い、渋い顔のアニスだが、やがて首を小さく縦に振る。
「うーん、まあいいかな。ここにいても、他にだれも来てくれないし……こんど、海に行くからおてがみしますね」
「それでは、私の住所をお教えしますね! お近づきの印にダンスつながりで、ヒリュウダンスをお見せします」
ゲルダが2人に突進し住所を渡すと、ヒリュウを呼び出し躍らせる。
「求愛は踊りでもできるわと、母も言ってました」
「やっぱり、おどりでアイとかコイってつながるんです?」
珍しくアニスの方が、言ってしまってからしまったという顔をして口を手で塞ぐと、エニスの手を引き小さな翼を広げて飛んで行くのだった。
(今のは目的とやらに関連が……?)
耳ざとい千里が新しく得た情報を関連付けていると、目の前に巨漢が降り立つ。
「話はついたみてーだな」
常久と実月が奈落へと降り立つとほぼ同時に、奈落の暗い奥から衣擦れの音。
そしてかなり疲れ果てた顔の理恵が、姿を見せる。
「みんなが、助けてくれたの……?」
「そうだ、この大馬鹿部長」
光のハリセンが一閃。理恵の頭を叩き反撃に備えるも、一向に来る気配がない。そんな元気もないのかとも思ったが、涙を落す理恵の顔を見て、そうではないと気付く。
「ほんとうに、大馬鹿だよね……雅にも……っ」
「わかってんじゃねぇか、大馬鹿。自分のクソみたいな言葉をよ。雅ちゃんが何故言わなかったかくらい、わかってたんだろ?」
険しい表情の常久が続けた。
「臆病? 馬鹿か、自分が傷ついたら誰かに当たってもいいのか?
ふざけんじゃねぇ。どんな時でも八つ当たりなんて、恥と思えってんだ」
何も言い返さない理恵の背中を力強く叩き「外で、心配して待ってんぞ」と一声かけ、ひらりと跳んで奈落を出ていった。
ベルテネット、ゲルダと続き、そして顔をあげた理恵も、跳んで駆け出す。雅の待つ外へと。
「どうやら、大丈夫みてぇだ……な……――」
がくりとうなだれ、実月にもたれかかる光。
「地堂君!?」
実月が慌てた声をあげるも、光の寝息に呆気を取られる。
「……心配してしばらくろくに寝てないみたいなんで、寝かせておいてやってください」
それだけを言い残し、千里も外へと急ぐのだった。
「無事だったみたいだよォ――」
冷ややかにつまらなそうな顔をしたアーレイは踵を返し、去っていった。
何のために居たのか嵐澄はどことなく察し、ちろっと一瞬だけアーレイを見たが、腰を曲げ、雅にそっと耳打ちした。
「……なんかさ、随分難しいかもだけど……できりゃあ、理恵ちゃんのそばにいてあげなよォ。
本当に辛い時は、さ。1人でいると、どんどんダメになってくもんだからさァ」
肩をポンと叩き、そして嵐澄もまた、その場を後にする。
「シャカイジンやってたおにーさんのアドバイス、そう捨てたもんでもないと思うよォ」
去っていく嵐澄の後姿を目で追いかけていた雅に、聞きたかった声がかけられた。
「雅!」
「理恵――」
顔を合わせた2人は――どちらも「ゴメン」と頭を下げる。2人の間を隔てていた氷が融けた瞬間であった。
「よかったですね」
(まったくだ……)
ベルテネットが2人に微笑み、少し気が抜けた千里の後ろで、ゲルダの目が怪しく光る。
「ああ、疲れて足が!」
千里を全力で突き飛ばし、突き飛ばされた千里が理恵も巻き込み、押し倒すような形で倒れ込んだ。
「……すみません、今どけます」
努めて平静に立ち上がろうとする千里だが、その前に理恵が千里の胸板に顔を押しつけ、強く抱きしめる。
「ゴメン。ちょっと、顔隠させて」
震える声と肩でそう言われては、すごく背中に視線を感じていても、黙ってそのままでいるしかなかった。
ただ1つだけ、言っておきたかった。
「一緒に暮らしてようが好き合ってようが、お互いの完璧な理解なんて無理なんだ……俺は、諦めた」
そして理恵の頭を撫でそうになった自分にはたと気づき、ギシリと音でも出そうなほど無理に動きを止め、その代わり自分の顔を覆うのであった――
「ああ、仲直りできたような気がするけど――みんなヒドイ!」
寝こけている光を背負ったまま(足は引きずっている)、実月は息を切らしながら奈落の階段を上っているのであったとさ。
【恋戦】曇天が激しく 終