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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/01/07


みんなの思い出



オープニング

 街がそろそろクリスマスムードで色づき始めた頃、そんなものとは無関係に黒松 智恵は成績表をつけたり何なりと、忙しい日々を送っていた。
 たまには気分を変えようと、歳の近い友人を誘って飲みに出るが、まさかの『愚痴を聞かされる会』になってしまう。
「こんなちほーじゃ、であいもないしー、あってもしたごころまんさいのがむらがってくるだけだしー……」
 テーブルに顎を乗せ、顔の前でコップを両手で包み込みながら氷をカラカラさせている。その手のコップを取り、替わりにずいぶん薄口の水割りを持たせる。
 大人しく飲む、友人女性。
「ともエッチはー、とししただけどいるからいいよねー」
「今なんか、発音変だった気がするんだけど。それに、別に付き合ってるとか、そういうわけじゃないからね」
 友人に合わせ、薄めのウーロンハイをちびちびとやっている智恵が苦笑いを浮かべるが、酔っ払いには通じない。
「……こどもたちはかわいいけど、さすがにまだそういうめで、みれるねんれいじゃないし。しかもさいきんのこどもたちって、うたとかぜんぜんたのしそうじゃなくって、むだにませてるっていうかー」
「またそれなの、恵那」
 恵那と呼ばれた彼女は、智恵のいる学校から、道路を挟んだ所にある保育所の保育士である。30人足らずを2人で見ている彼女は、だいぶうっぷんが溜まっていても仕方がない。
「おしえかたがわるいのかもしれないけど、つまんないってことばはないよねー……ともエッチのまわりに、だれかじょうずにおしえてくれそうなひといないかなー?」
 いつの間にか空になっていた水割りのコップを手に取り、今度は水だけのコップを持たせる。それから言葉を反芻し、内容を理解するとごく自然に、ある生徒達の顔が思い浮かぶ。
「いる、かもしれないわね」


「矢代さん、ちょっといい?」
 放課後、帰ろうかとしているタイミングの矢代 理子を呼び止めた。トランペットケースを玄関のスノコの上に置くと、トランペット型のチャームが、チャリっと揺れる。
「はい、どうしたんですか黒松先生」
「ちょっと、お話したい事って言うかお願いが……中本君も、ちょっといいかな?」
「ええ、構いませんよ」
 一緒に帰ろうとしていた中本 修平にも声をかけると、2人を連れて寒い廊下を歩く。
 歩きながら、前行く智恵が振り返らずに修平に問いかけた。
「中本君、お兄さんは元気そう?」
「兄ちゃんですか? 全然連絡寄こさないけど、秋田とかに行ってるらしいです。依頼受けてるからには、元気なんじゃないかなぁと」
「そっか――あ、ここがまだ火、点いたままね。ここで話しましょうか」
 学年など関係なしに、教室に入る。凍えるような廊下と違い、ほわっと温かい教室で一息つくと、智恵はきりだした。
「えっと、みんなすぐ近くの保育所出なのかな?」
「ええ、そうですね」
 この学校の生徒のほとんどが、そうである。
 しかもだ。
「りっちゃんなんかは今でも、ごくたまに行くんですよね。将来的に保母さんやってみたいかもってことで」
「修平君……!」
 修平の腕に両手でしがみつき、驚きながら困ったような表情を浮かべた。
 その話は初耳で、そろそろ将来のアンケートとか取らないとななどと、担任らしいことも思い浮かべたが、今はその話をするときではないと、頭を振る。
「じゃあいろいろ面識がありそうで、話が通しやすそうね」
「何のことですか?」
「あそこの若い保育士さん、いるでしょ? あの子と友達なんだけど、子供達がぜんぜん、歌とか音楽を楽しいって感じていないそうなのよ」
 酔っぱらいの愚痴だとは、さすがに教えない。本人の名誉のためにも。
「もちろん、それは個人差とかもあるのかもしれないけど、あの年代の子ですでに楽しくないものと認識するのは、ちょっと将来的にはよろしくないのよね。音楽に限らず、他の分野でも選択肢を自分で狭めてしまうでしょうから」
「……それを僕らに話す意味は、なんですか」
 話している内容はわかるし言いたい事も分かるが、それを何故自分達に話しているのか――それがわからない。
 横の理子も言っている事に賛同しているようだが、何もピンときていない顔である。
「1日だけでもいいから、その子達に音楽の楽しさを教えてあげてほしいの」

 智恵のお願いを聞き、これは海とも相談しなければと、バスケ部の練習が終わるまで2人は音楽室でこれまで教わった事を、繰り返し練習していた。
 その音を聞きつけ、音楽室に元気よく飛びこんできたのは吾亦紅 澄音だった。
「突発練習!? 混ぜろよ!」
「海ちゃん待ちで、ついでなだけだけどね」
 ふとここ最近の自分の練習方法を思い浮かべ、なんとなく理子や澄音にも試してみたくなった。
「――じゃ、少しアレンジして校歌の速弾きするから、りっちゃんは即興で合わせてみて。澄音も」
「え?」
 理子が聞き返す前に修平のピアノが奏でられると、慌てながら理子がついてくる。慌てすぎて、ずいぶん音が外れるのだが、それすらもかき消すほどの澄音の声が音楽室を震わせる。
(うん、楽しそうにするって点では、澄音のがすごいか)
「なにしてんのー?」
 声を聴きつけたのか海が音楽室に入ってきて、大きな声で問いかけてきた。
 海が来たと分かると、修平は演奏を止める。澄音がかなり不満げな顔をするが、そこはあえて無視し、説明する。智恵の名前に嫌そうな顔をするが、それでも説明を聞き終えた時の海は不思議そうな顔をして小首を傾げた。
「それなら、とりあえずやってみたら? 修君もりっちゃんも、上手くなりたいんだし、よく言う『人に教える事も勉強』ってヤツでやってみればいいじゃん」
「随分あっさりと言うね」
「ちょうど、ぶつければいいんだよ。いつもの招待と。そうしたらさ、万が一間違った教えでも正してくれるだろうし、それこそあの人達なら音楽の楽しさを子供に教えたりもできるんじゃない?」
 直感的にそう言っているのだろうが、海の言葉に修平も理子も「そうか」としか思えなかった。
「あたしも忘れて貰っちゃ困るぜ!」
 ビシッと親指で自分を指し示す澄音は置いといて、海は続ける。
「確かこの時期ってそろそろ、名ばかりのクリスマス会でしょ? それに被せられるように、お願いしてもいいんじゃないかな。澄ちゃんのお母さんに」
「あ、それなら多分聞いてくれるな。かーさん、クリスマス会の前の2時間に何やるか、悩んでたし」
 やっと会話に混ぜて貰えた澄音が嬉々として答えると、海は満足げに頷く。
「じゃほとんど決まりだね。誰かを呼んでの何とか教室ってのはよくあるんだし、わりかしトントンで話は進むと思うな。ということで――!」
「連絡いれておけ、でしょ?」
 海のこういう時の決断力は助かるなと感心しながら携帯を開く、修平。
「わかってるね。あ、でも私から入れておく人もいるや」
「それなら私も……こんな機会でもないと、メール出せないし……」
 それぞれが携帯を開く。
「えっと、内容は――4日後、保育所のクリスマス会に合わせて、音楽教室を開く事になったからよろしく。詳細はあとでまとめてから送るね――こんな感じかな」
 携帯ごと腕を高々と掲げ、海が叫ぶ。
「うりゃ! 届け、電波!」

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リプレイ本文

 君田 夢野(ja0561)亀山 淳紅(ja2261)江戸川 騎士(jb5439)が一緒の時に、そのメールは届いた。
「へぇ楽しないなぁ。それは随分生意気なクソガ……子供達やね?」
「何をしても楽しい時期だろ、普通。なんかあんじゃねーの」
 2人して眉間にシワを寄せている中、夢野だけは口元に笑みを浮かべていた。
「任せろ、今回も全力でサポートする――と。どうかしたか?」
「いんや、べっつにー。なんでもあらへんよ。
 さって、楽しみやなー! とにかく、楽譜でも作っとくやんな」
 ニヤニヤと歌いながら去っていくと、騎士も「見てくっか」と、すぐどこかへと行ってしまった。
 釈然としないものの、夢野はメールを読み直す。
(楽しみ、か……何気に彼女に会うのは月イチの楽しみだったりする。
 音楽と言う、自分の平和な領域を純粋に共有できる彼女との日々は、自分にとって安らぎの日々だからな……)

 川知 真(jb5501)にケイ・リヒャルト(ja0004)が弾き語りを教えている最中に、メールが届いた。
「修平からね……最近の子供らしい、と言えるのかもしれないわ」
「そうなんですね……少し寂しい気もします」
 悔しそうな、寂しげな表情を浮かべる真。そんな真に、ケイがやわらかな笑みを浮かべた。
「だから、気づかせてあげる。そうでしょう?」
「そう、ですね。そうでした。本日はご教授、ありがとうございました。やる事が出来ましたので、これにて失礼いたします」
 つられて微笑んだ真が楽譜を手に頭を下げると、少しだけ足早に音楽室から出る。
 見送り、1人残ったケイは額に手を当て、軽く頭を振っていた

 メールの受信に気付いたアルジェ(jb3603)が、立ち止まる。
「保育園でのイベントか。この年代での情操教育は、後の人格形成に大きな影響があると聞く……失敗は出来ないな」
 腕を組みむむむと首をひねったところで、再びメール。
「今度はすーみーか……ほう、なるほど。それは実に楽しそうだな」
 一言、乗ったと返して少し楽しげに帰路につくのであった。


「海のメールじゃ、学校のすぐ近くつってたな……アレか」
 目的の保育所を見つけ、騎士がずけずけと上がりこむ。
 すでに子供達は帰った後で、静かな所内。職員室の札がある部屋を覗くと、1人残っていた。
「あんたが恵那?」
 声をかけると驚いた恵那が顔を向け、警戒していた。
 どうぞとも言われていないが、誰も座っていない少し豪華な椅子にどっかと腰を下ろし、机に足を乗せ、口を開く。
「黒松智恵関係の下見に来たって言えば、わかるか?」
 それでわかったのか、恵那の警戒心は少しだけ解けた。それにその西洋人形のような整った容姿に、ずいぶん見惚れている。
「聞いたぜ? チビッ子が音楽嫌いだってな。あの年齢で嫌っていうなら原因は、周りにいる大人だぜ?
 子供は大人の表情に敏感だ。クラス全体が嫌がるなら自覚がないのかもしれないが、保母が嫌な顔してんだぜ?」
 思い当たる節があるのか恵那は黙りこくる。
「大人が嫌がる=嫌われるって思って、音楽から遠のく。んで保母が言うこと聞かないって不機嫌な顔=怒った顔してると、ますますやりたがらん――どうだ? 心当たりねーか?」
「……あり、ます」
 両手を広げ、肩をすくめる。
「自分から音楽を嫌うってのは個人の勝手だからいいんだけどよ、大人の押し付けで嫌われんのは別だろ」
 立ち上がると、オルガンで軽くだが弾いてみせた。ほんの短い時間だが、それでも恵那には十分その腕前がわかる。
「短い期間だけどよ、少し教えるか? それとちょっと大人の遊びもな」
 くいっと飲む仕草――恵那は思わず、ふたつ返事で返していた。


 当日、一足先に夢野が理子の家に来て、玄関ですぐに説明を開始する。
「聞いた話だが息の細さに、悩んでいるらしいね?」
「そうなんですよね……なんて言いますか……」
「ああ。言いたいことはわかるよ。だから『腹式呼吸』を教えたい。
 腹を膨らませるイメージの呼吸で、横隔膜を広げ、豊かな呼吸を出来るようにする呼吸法だ。これができれば解決できるはずだ」
 目を閉じ一生懸命な理子を見ながら、夢野は頭を振っていた。己への反省だ。
(……あぁ、何故俺はもっと早く教えてなかったのか)
「とにかく、これも反復練習に加えてくれ。今までの練習と同じくね――さて、外で待ってるよ」
 踵を返した夢野が裾を引っ張られる感覚に立ち止まり、振り返る。
 見ると理子の左手が、ダッフルコートの裾を掴んでいた。少し顔を俯け、軽く握った右手で口を隠す様にしながら、夢野の顔をのぞき見る。
「あの……私の好みで選んだものを着ていただいて、ありがとうございます」
「ああ。大事に着させてもらっているよ。大事な、証だからね」

「サンタさんですよ〜。今日はいい子達がいると聞いてやってきました。一緒に楽しみましょう♪」
「楽しむでー!」
 真と淳紅がサンタクロースの恰好で、白い袋を肩から掛ぶら下げて登場した。
 そして真が鍵盤ハーモニカを咥え、ジングルベル淳紅アレンジを弾き始める。
 通常よりテンポの変化が激しく、巧みなビブラート。それにぴたりと合わせて淳紅が歌い、時には鍵盤ハーモニカで連弾するなど、見た事は無さそうな芸当を披露する。
 演奏が終わると間髪入れず、タイトなシルエットで重なる2つ衿が印象的な宇治色のコンダクターコートを着た理子と、紅いコンダクターコートの夢野が、トランペットで淳紅アレンジのジングルベルを演奏しながら入ってきた。
 主旋律は理子、伴奏する夢野。
(練習期間は短かったが、すぐにできるか。それに腹式呼吸も教えたばかりなのにできている……元々無意識でできていたが、改めて勉強するうちに出来なくなっていた――そんなところか)
 考えてもみれば、最初聴いた時に気づかないはずもない。
(意識的にできるようになったのなら、大きな前進だな。ま、緊張して音が飛ぶのはご愛嬌か)
 時折、音を飛ばしてしまうが、それがおかしくない様に夢野が音を増やすなど、冷静に目立つことなくひっそり、サポートしていた。
 迫力のある生演奏の後に、サックスを吹きながらアルジェが入ってくる。
 その後ろからテーブルの上に古いタイプライターと、ぶら下げたトライアングル、そして空き缶とビー玉で作った手作りマラカスを備えた騎士が、荷台に乗って演奏しながら登場(海と澄音が荷台を押している)。
 有名なタイプライターを使った曲に、子供達もテレビで聞いた事あるなど、声を弾ませた。
 知っている曲がこんなもので演奏されている――それは、子供達の興味を惹くには十分な効果であった。
 知識も経験も0から始めた、アルジェのサックス。今日のために騎士と練習したのもあるが、基礎力が付いてきた証明であろう。
(見てみぃ、ちゃんと音を楽しんでるやろ?)
 恵那に目配せをした淳紅がしゃがみ、演奏終了と同時にルビも振った『音楽』と書いた紙を掲げ、声を張り上げた。
「音楽はな、音を楽しむって書くねん。せやから、君らがこれまで楽しないって感じてきたなら、それは音楽では無かったってことや」
「今は、楽しい?」
 真が問いかけ、耳に手を当てると楽し―という言葉が次々と飛び交う。
 素直な反応に、真はにっこりと笑う。
「もっと楽しくなる魔法のために、皆さんの力が必要です。一緒に音を出してください」
 淳紅共々、袋をひっくり返す。
 中からはみんなで用意した色紙の切り抜きや、ビーズ、空き缶、空き箱など様々な物が散らばる。
「みんな、ちゃんと工作道具は持ってきたやんなー?」
『あるー!』
 言われてもいないのに掲げ、元気な返事。勢い余って、用意してきたペットボトルを床に落とす子供もいる。
「まずは皆が使う楽器を作ろう」
 ペットボトルマラカスや牛乳パックとつま楊枝のギロで音を出しながら、淳紅が作り方の説明に入る。
「ええか、飾りまで気ぃ抜くなー。世界で自分だけの楽器や、一番かっこかわええのにせんと!」
 力説する様子を、隅の方で椅子に座り、ケイが静かに眺めていた。
「大丈夫ですか、ケイさん」
「ええ、大丈夫よ修平……ごめんなさいね、今日は体調がすぐれなくてピアノを見てあげられそうにないわ」
「それでも来ていただけただけ、ありがたいです」
 キャップを開け、水を渡していると、後ろから袖を引っ張られる。
「修平、実演に少し付き合ってもらいたい」
「ん、いいよ――じゃ、無理はしないで下さいね?」
「ええ。いってらっしゃい」
 手を振り見送るケイ。
「こんな遊びもある――修平、合わてくれ。クラップ……クラップ……クラックラッヒップヒップ」
 リズムに合わせ手を叩き、ポンポンポンと修平のお尻にタッチする。
 さすがに触れないなと、タッチするふりで留める修平の手に手を重ね「ちゃんとタッチしないとダメだろう」と、自分のお尻に手を押しつけた。
 至近距離で抱き合う形に、修平は視線を上にあげて耐えるしかなかった。手の感触はこの際、無視して。
 視界の隅、大笑いの澄音がアルジェに親指を立てているのを見て、奴の仕業かなどとも思ったり。
「次はクラップ……クラップ……クラックラッタッチタッチタッチ」
 修平の胸に手をタッチする。つまりは修平にも同じ事を求めているわけで――
「さすがにそこは無理……!」
 修平がさっと両手を後ろに回して防御態勢に入ると「仕方ないな」と、リズムを刻み直して自分の胸をタッチして終わらせる。
 そこに転がってきた瓶の王冠。
 拾おうと前屈みになったアルジェに狙いすまして、子供がばっとアルジェのスカートをめくり上げた。
 不意にまっすぐ飛んできた、ビーズみっちりのペットボトルが修平の額に直撃。
 倒れはしなかったが、床に転げまわって笑っている澄音と、鬼の形相の海が目に映る。
「どうかしたか、修平」
 まるで意に介していない本人に「いや、何でもない」と返事をすると、ピアノの前に座り、大人しくおもちゃとタイトルにつく曲の演奏を始める。
「理子ー、象」
 ツリーに飾りつけをしていた騎士が、いきなりフリを出す。
 何の事かわからなかった理子の代わりに夢野がトランペットで象の鳴き真似を披露する。こういう部分の柔軟性はまだまだ夢野のが上のようである。
「じゃあ、みんなで演奏してみましょうか」
 真が上手く作れなかった子供に作ってきた楽器を渡し、淳紅が作った楽譜を配布。自由練習中、淳紅が上手くできず泣きそうな子に、実演しながら笑いかける。
「そら、最初からできへんよ。できへんから楽しくない、当たり前や。
 けど――できたらごっつ楽しいで。サンタが保障したる」
 とびっきりの笑顔を向けると、泣いていた子供も笑い返し、飛びつくように抱きついてくるのだった。
 楽器の練習よりも修平のピアノに興味を持った子供がピアノの周辺に集まり、子供でもできるような演奏を教えだす。
 すると理子の方にも随分懐いている子供達から、トランペットを教えてと頼まれる。一度夢野を見た理子だが、夢野が頷くと子供達に音の出し方から、教え始める。
(うん、大丈夫だ。4ヶ月の教えをちゃんと復習して、理解しているようだな。
 ……さすがに難しい事は教えない様子だから、一石三鳥とまではいきそうにないが)
 そしてちらっと、理子のトランペットケースについているトランペット型チャームに目を向け、少し頬を緩ませていた。
 誰もが楽しい時間は、あっという間に過ぎ去る。
 子供と一緒に歌ったり踊っていた真が手を叩く。
「帰ってお父さんやお母さんにも見せてあげてくださいね。さてサンタさんはプレゼント配りに戻ります。さようなら〜」
 手を振ると、子供達が残念そうな声を上げまたねと言いつつ、手を振りかえしてくれる。
 真に続き、退室するみんな――最後に出た淳紅が戸を閉めると、ガラス越しに不恰好だがピカピカした楽器に目を細めた。
(今わからんでも、いつかの未来、大きくなってからでも今日作った下手くそな楽器見つけて振った時、楽しかったんやなってわかることもあるから――)
「じゃな、チビッ子オーケストラ」
 今なお溢れてやまない音に微笑み、後にした――


「あとは連絡帳に保育士さんが、色々と書いてくれることでしょう」
「なあ理子、母親ん前でどんな曲やりてーんだ?」
 さらっと切り替えた騎士が尋ねるが、不意の質問に理子が戸惑う。
「理子さんは、思い出の曲なんかは無いのだろうか? 或いは、この間の本棚の中に何か『これは』という曲はあった?
 あるのならばそれを吹けるように努力すればいい、無ければまた改めて考え直そう」
「理子と修平の気持ちを表すようなものが、よさそうだがな」
「この前は私達と一緒に演奏する曲と申しましたが、その場での主役はお母様と理子さん達ですからね」
 次々と話を振られる中、意を決した理子が前に出ると、真っ直ぐ顔を向けた。
「無理なお願いかもしれません。皆さんも主役ですから、皆さんのパートがありつつ、最後に私と修平君をメインにしながらも全員で終われる曲を、作っていただけませんか?」

「あんなお願いするりっちゃんは、珍しいな」
「そうなんですね」
 夕暮れ時。
 ちょっと一緒に歩きませんかと真は修平を誘い、歩いていた。
「私は理子さんのお母様を存じ上げませんが、故人を悼む気持ちは大切だと思うのです。技術よりもずっと。修平さんはどう思われますか?」
 それは、墓前で演奏する時の技術面と心の持ちようの話――そういう事なのだなと、察した。
 だから正直に答える事に。天を仰ぎ、白い息を吐きながら。
「僕も正直、全然覚えてはいないんです。だからそれほど慎むって感じでもなかったし、りっちゃんの為にただ何となくで続けていました。
 でも今は――音楽に正面から向き合いたい、そう思っています」
「でしたら――」
「だから、2つの道を1つにしようと思うんです」
 真の言葉を遮り、続ける。
「聴かせる相手へ自分の想いが大事な時は、技術に心を乗せた心のピアノを。誰かを主役にする時は仲間の感情に合わせた、感情を表現する技術のピアノを――贅沢ですかね」
 聴衆か仲間か。想いを向ける相手が違うだけで、常に心があるピアノを目指す――そういう事だ。
「……頑張ってください」
 ニコリと、真は心からのエールと笑顔を修平に贈る。
 陰から聞いていた淳紅が自分の手を眺めながらほんの少しの嫉妬を覚えもしたが、明るく2人の前に姿を現した。
「はろはろー……修平君。技術と心、どっちが大事?」
「どちらも大事です」
 そう答えるだろうと思っていた。
 ――両方がんばると、知っているから。
 満足げにはにかみ、淳紅は優しい教え子の頭を撫でるのであった――



拙いなれど音律は心に5章   終


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: Blue Sphere Ballad・君田 夢野(ja0561)
 RockなツンデレDevil・江戸川 騎士(jb5439)
重体: −
面白かった!:5人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
白翼の歌姫・
川知 真(jb5501)

卒業 女 アストラルヴァンガード