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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/04


みんなの思い出



オープニング

 北海道の片隅にある田舎の、小中学校。建物こそ昔の名残で大きいが、生徒数がかなり少ないその学校で黒松理恵(jz0209)の姉、黒松智恵は教師をしていた。
 各クラスや学年合同などで劇や歌を練習し、それを親御さんの前で発表する『文化祭』が目前に控えており、慌ただしい生徒達。
 むろん教師である智恵とて例外ではなく、まだ新米の彼女は雑務にずいぶん奔走していた。
 アイスコーヒーを飲みながら、少しの休憩時間を利用して文化祭のプログラム作成をしていると、白髪が目立つ目つきの鋭い男性が新聞片手に、智恵へ声をかけた。
「黒松先生、この子って先生のクラスじゃないかね」
「この子?」
 見せられたのは地方新聞の片隅『1人の小さな偉人』というタイトルの小さな記者コラム。そのさらに小さな写真には墓石の前でトランペットを吹いている少女の姿が。
 白黒で小さい画像だが、確かにそれは智恵のクラスにいる矢代 理子だった。毎年、命日に演奏している事は前から知っていたのでそれはあまり驚かない。
 対比から今の理子よりもやや背が低く、なにより中本 修平(jz0217)の姿が見あたらないので、去年の写真だと智恵は気がつく。
(去年に撮った写真を流用して、ネタがなくなったから今更持ち出した――そんなところかしら)
「ええそうです。それがどうかしましたか、教頭先生」
「それなら今度、この子に午後のプログラムで演奏してもらおうか」
 目を丸くさせ、教頭に目で説明を求めた。
「この記事を見た人がね、この子の演奏を是非とも聴いてみたいと、昨日の懇親会で要望があったのだよ」
 その話には語弊があるのだろう、そう智恵はわかっていた。
 記事を見せながら、うちの生徒だと自慢したに違いない、そういう人だと。
「午後のプログラム、スカスカだからちょうどいいでしょう?」
「確かに中学生学年合同劇しかないですが……」
 午前中のうちにほとんどの出し物が終わり、昼食時間の後、中学生3学年合同の劇が30分ほどしかない。
 どうにか休憩時間の配分を調整して、午前の部のものをいくらか午後に持ってこようかなと思っていたのだから確かにちょうどいいのは確かだ――大人の都合的には。
「矢代さんの承諾もなしには組み込めませんよ」
「いや。もうやると言った手前、やってもらうことになるので黒松先生の方から伝えておいて下さい」
 話はそれで終わりと、智恵が何かを言う前に教頭は席へと戻っていく。あと2分ほどでチャイムが鳴る。いやな役を押しつけられた智恵は、苦虫を噛み潰したような顔で席を立った。

「――というわけで、矢代さん。文化祭の午後の部で演奏してもらうことが決まったので、よろしくお願いするわ」
「なにそれ! 何で勝手に決めてるの!?」
 叫んだのは理子ではなく、津崎 海(jz0210)だった。海に睨みつけられ、やっぱりねと内心、苦笑していた。
「ごめんなさい。本当に勝手だけど、もうそうなっちゃったの」
「先生は反対しなかったんですか!」
 くってかかる海。これに腹を立てているのも確かだが、智恵の事が気にいらないから、なおのことである。そしてそれは同級生だけでなく、智恵本人も知っていることであった。
(反対はしたんだけどと言っても、納得しないでしょうね)
 不条理ではあるが、しがない新任教師がどうしたところで覆す事はできないのだろうし、かといってそれを子供達相手に愚痴るわけにもいかない。
「ごめんなさい、津崎さん」
「謝っても済みませんよ!」
「もうそれくらいにしてあげようよ、海ちゃん」
 理子がなだめると、さすがの海も本人からそう言われては大人しくするしかない。鼻息は荒々しいままだが。
「それに、私、やってみたい」
 引っ込み思案の理子にしては珍しく、はっきりそう告げた。
 それには海や修平だけでなく、クラス全員が驚く。むろん、担任である知恵も含めて。
「出会えた『あの人達』は、人前でも本当に楽しそうに歌ってたなぁって。私もあんな風に人前で楽しそうにやってみたいなって、思っちゃったんだ」
 理子の言うあの人達が誰の事なのか知っている修平は目を細め、嬉しそうな顔で真っ直ぐな理子を見た。
(予想以上の変化だ――頼んでよかった……)
 だがすぐに不安げな表情を浮かべる。
(でも、チャンスが来るには早すぎだ。まだこれからって言う時に、心無い野次が飛んできたらどうなってしまうのか……)
 それが不安でたまらない。臍を噛む思いの修平の事などつゆ知らず、短いぼさぼさな赤毛をゴムで適当にまとめている少女が手を挙げる。
「理子が1人でやんなら、あたしも歌でやりてーなー」
「吾亦紅さんも? 時間としては十分組み込めるけど……」
(あ、そうか!)
 ガタッと立ち上がった修平も手を挙げる。
「先生、外部から招待しての文化交流祭って感じにはできませんか」
「時間はあるけれども、今から招待する先方に連絡を取るのは――誰を呼ぶかとかもあるし」
「心当たりには僕が連絡しますから、りっちゃん枠として2時間くらい用意してもらえませんか」
 修平のまっすぐな瞳をまっすぐに見返す智恵。
「わかったわ。生徒の自主性とか、色々もっともらしい理由を並べて会議にかけてみるわね。たぶん通るとは思うから、連絡とかお願いするわね中本君」
(きっと教頭先生が食いついてくるでしょうしね)
「了解しました」


 そしてその週、2回目となる撃退士との招待練習日。津崎家の防音ルームに、幼なじみの4人が集まっていた。
「へーマジか。そんな事してたんだなー。しかも何気にハーレム?」
 撃退士達とのいきさつを聞いた赤毛の少女、吾亦紅 澄音がおっさんの様な大笑いに合わせ、ガッタンガッタンと座っている椅子を揺らす。
「……まあね。ハーレムの部分はツッコまないよ」
 理子や海と接する時と違いだいぶ適当でぞんざいな扱いだが、澄音は微塵も気にしていない。
「とにかく今回のことを相談して、場合によっては舞台に立ってもらおうかなと。
 りっちゃんだけでいきなり、ソロ演奏するよりはだいぶやりやすくなるとは思うし」
(それに元が新聞の記事なら演目まではわからないだろうし、今のりっちゃんと練習時間で十分できる曲を考えてもらおう)
「それにしても澄ちゃん、歌そんなに好きだったっけ? 音楽の時間、ぜんぜん歌ってないよね」
 海が首を傾げると「センセのピアノじゃ気分乗らなくてよ」と、不味いものでも口にしたような顔で答える。
「じゃあ、アカペラで歌うのかな」
「いや、そこは専属ピアニストに任せる――というわけで修、いつもみたいによろしくな」
 敬礼するような構えでニヒッと笑う澄音。グリンと海と理子の顔が修平へと向けられ、説明を求めていた。
「休みの時たまに学校で練習するんだけど、そのたびに耳ざとく来るんだよね。何かしらの楽譜持って」
「あんな静かな所で窓開けて弾いてりゃ、教員住宅まで聞こえるっツーの。それとも、あたしに会いたくておびき寄せてんのか? 照れるじゃねーか」
「そんなわけ……あ、もう到着するって」
 メールを確認し内容を告げると、理子は頷き、トランペットを用意するのであった。修平も眼鏡を外し、軽い指慣らしを始める。
 海と澄音はお菓子をかじりつつ、まだかまだかと待つばかりである。
 そして戸が開かれた。
「ご苦労様です、今日もよろしくお願いします」


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リプレイ本文

 誰よりも早く来たアルジェ(jb3603)。
「……遅くなったすまない、すぐに着替える」
 借り物のジャケットを脱ぐと、制服の胸元からお腹までの布地が綺麗に、ない。その瞬間、海が修平の目を覆い、理子が修平とアルジェの間に立ちはだかり振り向かせるとその背中を押し、2人は部屋を後にする
「よう、今回も皆で決めるぜ!」
「失礼いたします――今回もよろしくお願いいたしますね」
 江戸川 騎士(jb5439)、川知 真(jb5501)、ケイ・リヒャルト(ja0004)が次々に来た。
「ところで皆さん、ちょっと問題がありまして……」
「問題……? どうかしたのか」
 ちょうど入って来た君田 夢野(ja0561)が問い、トランペットを組み立て始める。
「りっちゃんが戻ってきてから説明します」
 遅れて「おおきにー……」と、やや元気のない亀山 淳紅(ja2261)がやってくるとすぐに、黒のゴスロリに着替え終わったアルジェと理子が戻ってきた。
「皆さん集まったようなので説明します――」

「……ったく、理子さんの仕上がりまでまだ時間かかるというのに、教頭先生も面倒なコトしたもんだ。
 ま、理子さんがやる気なら是非も無いし、きっと成長の切っ掛けにもなるはずだ。少々キビしくいく事にはなるだろうが、俺も可能な限りのバックアップはするさ」
 それを聞いた理子は全員を見渡し「皆さんのお力を貸してください」と、頭を下げた。
「わかった、微力ながら力を貸す」
「問題は、どうするかという事ね」
「はいはーい、ミュージカルっぽい感じの舞台なんてどうやろか! 歌と楽器を融合させたオリジナルで!」
 淳紅の提案は思った以上に好感触で「オズをベースにしてみますか」と、全員かなり乗り気であった。
「ん……私もなにかしら曲が吹けるようになっておいたほうがいいか。集中的に練習したいからしばらく寝泊まりさせてくれ」
 海がOKサインを出すと「私もよろしいですか」と、真が前に出る。
「本番まで日もありませんからね」
「そうだな――だが今はまず、練習あるのみだ」
「リリースはもうばっちりだぜ! 今回、お披露目の場はないだろうけどよ……」
 夢野の前でビシッとポーズを決め、さっそく真、ケイ、淳紅らと打ち合わせを開始する。
「なら、理子さんとアルジェさんを重点的に教え込めばいいな」
「何とか聞けるレベルまでになるように、指導をよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「まず先に言っておきたいのが、ロングトーンの練習は継続してくれ。特に、音の形を意識してな。これからは練習の始めに30分、毎日だ。良い音を響かせるには、必要不可欠だからな」
 素直に頷くと、2つの音が室内に流れ始める。
(アンブシュアが綺麗になるよう、指導もしなくてはな。それと人に聞こえる環境――野外練習で聴衆の視線に対する耐性もつけて、か)
 ロングトーンでもやはり高音域では途切れたり、不恰好だったりする理子。その様子に、まず何をすべきかを決めた。
「よし、とりあえずそれくらいにしてだ。理子さんは頭声発声の要領で高音の練習をしようか」
「とうせい、ですか?」
「ああ。こんな感じで――」
 夢野が自分のトランペットを吹くと理子のそれとは違い、はっきり頭に響き、力強く伸び伸びとした高音に理子は目を丸くさせ、その口元には自然と笑みが。
 ただ音を出す行為。それだけで自分の音との違いを感じ取り、心を震わせていた。
「こう、頭頂から音をポーンと発するイメージでだ。やってみてくれ」
 促された理子が挑戦すると、実際の音を聞けたのは大きく、先ほどまでとは確実に質の違う音を出していた。
(才能はある、という事か。体力的にまだ不安もあるが)
 理子の徐々に下がってきたトランペットを押し上げ、姿勢を正させる。
「君田。リリースをうまくするには……」
「サックスでのリリースは舌使いが大事だ。前後に動かす感じで、スッと引っ込めるといい」
「そうか、なるほど……」
「配役等が決まりましたので、これから私は夜までに脚本を作ろうかと思います」
 真の声が聞こえ一旦手を止めると、騎士が親指で自分を指し示す。
「編曲は俺に任せろ。ま、君田にチェックしてもらうけどな」
「あたしと淳紅のパートに関しては、あたしたちで創るわ。男女一体の難しい役柄だから、合わせておきたいのよね」
「せやなー。声合わせも、せーへんとならんし」
 そして日が落ち、そろそろ切り上げる時間かと思っていたところに、心なしか青ざめた真が冊子を片手に戻ってきた。
「まだセリフだけですが台本が出来上がりましたので、ご確認ください。演出や曲はこれからすり合わせていきますので」
 アレンジと言っても、数時間でお話をまとめ上げたのはかなり疲れる作業だったのだろう。真の足はややおぼつかない。
「お疲れ様です、川知さん。これから温泉でもご一緒しませんか?」

 脚だけ浸かりながら台本のページをめくる夢野が、騎士を手招きをする。
「ここに理子さんが高音をかき鳴らすような曲目にしてみてくれ。できれば俺がスイッチできる曲であるとありがたいが」
「オッケーだぜ」
「亀山さん、何で泊まらなか――
 言葉を続けようとした修平だが、隣から筒抜けの笑い声で止まってしまった。
「ンだ? 修平。隣が気になるか?」
「ええ、まあ……澄音の存在が不安で」
 その不安は残念なほど、的中。修平はきっとヘソ出しが好きだぜと自信ありげに話す澄音節は夜、お休み前のガールズトークでも炸裂していた。
「修平情報その3。眼鏡女子が好み」
「そうなんですね」
 真正直に受け取る真がいるので、澄音の真偽定かでない暴露は止まる所を知らない。
「その4。奴はすでに風呂入った後でも、寝る前に必ず入る」
「ふむ、それは興味深い……詳しく聞かせてくれ」
「おお、いいぜ――ところでそのヌイグルミどうするんだ?」
 身を乗り出したアルジェの腕に抱かれているヌイグルミの頭を小突くと、護るように強く抱きしめ澄音から離す。
「このぬいぐるみは大きさ、形、肌触りがちょうど良い。抱いて寝るとなんとも楽すぎる。これを抱いて寝るのと抱かずに寝るのでは快眠度合いに大きな差が出る」
「マジか」
 そんな会話が、夜遅くまで続いていたという――

 次の日ケイと淳紅は練習をひたすら続け、アルジェも練習を繰り返している。
 そして昼休みに学校の玄関前で、夢野は理子に高音域のロングトーンを吹かせていた。
「君田。プロ野球選手がチームメイトから野次受けてメントレすんの知ってる? 俺は口が悪いからな、理子に近い面子辺りにやってもらうか?」
「いや、それはやめておこう――言う方も辛そうだからな」
 さっきから先輩後輩関係なく、通る人はそろいもそろってがんばれりっちゃんなど、屈託のない笑みで応援してくれている。その様子に「そうだな」と頷き、2人は一生懸命な理子に目を細めるのだった。
 それから数日が過ぎ、いよいよ明日に控えているという前夜、皆が寝静まる時間に修平が1人で温泉に浸かっていた。
「とうとう明日――大丈夫かな」
「入るぞ、修平」
 返事も待たずに戸が開かれ、アルジェが入ってきた。
「なんで!?」
「世話になっている礼に、背中でも流してやろうと思ってな……ちゃんとタオルは巻いているから安心しろ」
 こうなったからには慌てず、素直に従って被害は最小限に。それが今までで得た教訓である。
「なにやら色々考え込んでいる様に見えたからな」
 湯船に入ってくるアルジェに背を向けた修平の後ろに座り、背中をあわせる。
「考え込んでいるように、見えたかな」
「ああ。巻き込まれ体質は悪い事ではないが、修平はなにやら色々抱え込む癖があるようなのでここで少し、吐き出してみたらどうかと思ってな。近しい人間には話し難い事とか、アルに話してみるといい……もっとも助言は期待するな、アルも勉強中だ」
 何時も振り回されている彼女からの、心遣い。修平が笑みを作る。
「ありがとう、アルジェさん。でも、今はその言葉だけで大丈夫。
 でも今後、何かあったら話すよ。僕にとって一番身近な撃退士ってコトで、相談させてもらうかな」
「任せろ」
 背中越しで顔は見えないが、なんとなく喜んでいる気がした。
 夜は静かにふけ、そして朝が来る。


●楽しむ時間
 合同劇が終わり真の指示で大がかりな舞台変更を始まる。その空いた時間も観客に楽しんでもらおうと、騎士が使用する楽器の絵を希望者の顔に描いていた。
 その間に真が作った衣装に着替えた理子達が、舞台袖へと。
 オフショルダーに切れっ放しの姫袖の漆黒ロングワンピース、深緑色の裏地のマントを羽織るっていて、チョーカーにとんがりブーツ、そしてその表情から神秘的で、この世では無い者の雰囲気を纏ったケイが待っていた。
 それの男性バージョン姿の淳紅も、今か今かとそわそわしている。
「せっかくの機会や。人前で演奏して貰う拍手の快感、一緒に味わうで! 理子ちゃん!」
「音を楽しむと書いて音楽。少々失敗しても大丈夫だ、さぁ皆で一緒に……楽しもう」
 ゴスロリ案山子のアルジェも理子に声をかけると、理子は笑みを作りながら力強く頷いた。
 開始のブザーが鳴る。
「理子……行くわよ! 女の度胸、見せてやろうじゃないの」
 背中を押してクスッと笑ってくれるケイに「はい!」と元気な返事を返し、舞台へと。
 役柄的に声を出せない理子の状況を伝えるべく、騎士がナレーションをしていた。それから客席の方で眺めていた海へ近づくと、台本とストップウォッチを手渡す。
「タイムキーパーを頼みたい。台本に時間書いたから、袖から舞台を見てストップウォッチで計ってくれ」
(時々意思疎通で聞くから何秒ズレたか教えて欲しい)
 最後、直接頭に語りかけると海の顔が一瞬だけ強張り、唇をきゅっと噛みしめ――騎士に笑顔で「いいよ」と答えると、舞台袖へと向かっていった。
 一瞬の強張りに首を捻るが、すぐに袖からのコーラスがあるのでその事はあまり気に留めずにいた。
 トトと名乗った夢野から託されたトランペットで言葉の代わりを表現するドロシー理子が、言葉を取り戻すべく音楽と言葉を司る謎の魔法使いの元へと向かう。
 その道中で「どうしたら上手に吹けるのだろうか」と上手く演奏の出来ない案山子アルジェ、演奏に心が入れられないブリキ修平、恥ずかしさが先に立つライオン澄音と出会い、理子がソロでトランペットの言葉を紡ぎ、音を交え仲良くなっていった。
 澄音とのシーンでは夢野を交えここ一週間、ずっと練習に練習を重ねた高音域が続く曲に挑戦していた――しかし本番ではやはり勝手が違うのか、徐々に息苦しそうになっていくのに気付いた夢野が、目配せの合図で理子のパートにスイッチし、上手くフォローする。
 幸い野次は飛んでないが、フォローされた理子は少しだけ悔しそうだった。だがそんな事よりも間近で感じる夢野の音、指、息遣い全てを、見逃さまいとしていた。
 仲良くなったみんなでのセッションと、真と騎士のコーラスで楽しげに旅は続き、暗転。見えない主役とも言える真の的確な指示と同じく陰の主役である騎士によって統率のとれた生徒達で、スムーズに舞台が変更される。
 そしていよいよ、ケイと淳紅の登場。スポットライトを浴びたケイの「ごきげんよう、皆さん」という言葉の直後、くるりと真後ろの淳紅と位置を入れ替える。
「ようこそお客人! 歓迎しよう。さぁどうぞ、私達の城の中へ」
 再び、入れ替え。
「さぁ……此方へ。何も恐れることなど、無いわ」
「歌を辿っておいで!」
 ただの言葉のはずだがそれはある種の歌の様にも聞こえ、2人の声からは神秘的な調和を感じさせる。
 流れる歌声に刺激を受け、澄音が歌うと理子とアルジェと修平の伴奏が流れる。それが終わると、アルジェがケイに身体ごと向き直った。
「これが、僕たちの音楽」
「皆がそれぞれを補い合い……成長していく……素晴らしいわね」
「案山子は皆に負けまいと、一生懸命指を踊らせていた。君の音は素晴らしかったよ、気づいていたかい?
 ブリキ君は、まだ少し拙い案山子やドロシーを支えるよう、演奏していた。それもまた心だ、気づいていたかい?」
 囁くような、クラシカルながらも高低差の激しい疾走感あふれる曲が流れ始め、まずはケイから。
「心に耳を傾けてご覧、その音はどんな風にキミに聴こえる?」
 そして淳紅へと。
「音の波に身を委ねてご覧、その波はどんな心地よさで応えてくれる?」
「じっと耳を澄ますんだ」
「キミの、キミ自身の音に」
 徐々に2人の声量が上がっていくと、淳紅を中心とした部分から紙吹雪が舞いあがる。
『そうしたら……ほら! 新しい世界が』
 2人の声が重なり始めた。
『さぁ、歩き出そう さぁ、奏でよう。キミ達はもう1人じゃない』
 男女の声が混ざり合い、お互いがお互いの声を高め合う――そしてまた囁くような声。
『イかしたキミは分かってない。此処がどんな世界なのかを』
「そんなキミをどうしようか」
「そんなキミをどうしようか」
『元に戻りたい、因果応報』
 曲が一瞬だけ止まったかと思うと、一気に高音で激しい曲へと変化し声も再び混ざりきる。
『キミは求め過ぎた』
 途端に音が小さく、ベース音のみとなると、囁くようなケイの声。
「だけど。今日のことを忘れないならば」
『そう…開けよ、扉。本当のキミへと還れ』
 跳ね上がった音の後に、また小さなベース音に、今度は淳紅。
「だけど。今日のことどうか忘れないで」
 再び曲が、これまでにないほど激しく速いものへと変化し、淳紅から吹き出る風が紙吹雪と共に理子達を舞台袖へと吹き飛ばす。
『そう……閉じろ、扉! 本当のキミへと還れ!』


●楽しい時が終わり
「うう、熱いよー、痛いよー」
 拍手と共に幕が下ろされたその直後、淳紅が倒れ海の家に運ばれた。
「重体だったからな。傷は治っているかもしれんが、安静にしていなかった分、一気に来たんだろう」
「それにしても吾亦紅さんの声、凄かったですね」
「そうね、あの歳であの声量はそういないでしょうね」
 勇気を手に入れたライオン1人による校歌斉唱。体育館の窓という窓、全てを震わせるほどだった。
 当の本人は何かとアルジェに後ろから抱きついては「どうせならうちの学校に来いよー」と従事の邪魔をする。だがアルジェも悪い気はしないのか「そうだな、転校して来るのも面白そうだ」と返事をし、修平はそれを聞かなかった事にして淳紅の額のおしぼりを交換していた。
 この場に居ない騎士はなんだか機嫌が微妙に悪い海を、何となく自分が悪いのではとなだめすかしていた。
 そして理子は――淳紅の足元で満足げな顔をしながら寝息を立てている。その表情が、今回の結果である。
「楽しかった、なー♪ ヘヘ……げほっ」


拙いなれどその音律は心に2章 終


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: RockなツンデレDevil・江戸川 騎士(jb5439)
 白翼の歌姫・川知 真(jb5501)
重体: −
面白かった!:6人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
白翼の歌姫・
川知 真(jb5501)

卒業 女 アストラルヴァンガード