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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:シリーズ
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/09/02


みんなの思い出



オープニング

 太陽が照りつけ、蝉が大合唱している森。そこに蝉の声に負けじと、空気を震わせている音が流れていた。
 所々かすれ、音が安定しないやや拙いトランペットの音。それにあわせ、よどむ事の無い綺麗なだけのピアノの音。トランペットとピアノの協奏曲のはずだが、あまり合っているとも言えない。
 そして訪れる静寂――いや、再び蝉の歌声だけが辺りを支配する。
「……ゴメン、りっちゃん」
 磨かれた石の上で電子ピアノに手を置いた中本修平(jz0217)がすまなそうに、トランペットを構えている矢代理子へと顔を向けた。
 マウスピースから口を離し、首を横に振るう。
「謝らなくていいよ、修平君」
 やや身体にはあっていないようにも見えるトランペットを下ろし、理子は微笑んだ。
「1年間も合わせてなかったし、それに修平君のピアノはちゃんとしてたよ。問題は私がまだまだヘタクソってだけだから」
「面目ない、ね」
「だからいいんだって。撃退士になったからもう戻ってこないんだろうなって思ってたくらいなんだから。
 またこうして今年も付き合ってくれたことに感謝してるんだよ?」
 首を傾げる理子に、修平はそれ以上何も言えなかった。むしろ言えば言うだけ気を使わせる、それがわかっていたから。
 正面を向いた理子が1度、深々とお辞儀をして、すっきりとした顔を向けた。
「今年も聞いてくれてありがとう、お母さん。来年の演奏も、楽しみにしてね」
 その言葉に返事はない。けれども理子は気にせず、トランペットの掃除を始めるのであった。
 修平は唇を噛みながら理子の背中に目を向け、それから理子の物言わぬ母へと目を向けた――矢代家の墓石へと。

 矢代理子は律子という名前になるところだった。ピアノをかじっていた父親が、音律の律からとのことで。
 だが、音楽に進むかわからないのに先を決めるような名前はダメと、母親は理子という名前にしたのだという。
 父親に比べると、かなり本格的にトランペットを続けていた理子の母親。必然的に理子もトランペットへ興味が惹かれ、小さい頃に少しずつ習っていた。指が届かない故に吹くまではいたらずとも、それでも母親の演奏は綺麗だと感じていた。
 そんな母親との、別れ。
 理子が5歳の時、あっけなく病気で亡くなったのだ。その頃から理子は独学でトランペットを勉強し、何とか吹けるようになった時から毎年、こうやって命日の日に墓前で演奏している。
 そして理子が使っている楽譜がピアノとの協奏曲だと知ると、ごく自然に修平はピアノを練習していた。やや不器用で完全に独学な理子と違い、器用な修平の上達は早く、1年だけだが久遠ヶ原でもピアノが弾ける人に教えて貰ったりもしたので、技術は同年代からすればかなり高いモノである
 だがそれでも、自分の音は理子に劣っている。そう思っているのであった。
(学園ではよく技術ばっかりで心が足りないなんて言われてたけど、りっちゃんはきっと逆なんだろうな……)
 線香の前で目を閉じている理子の横顔を、ちらりとのぞく。
 誰が聞いても、理子のトランペットは上手くないと言うだろう。それでも誰もが、理子のトランペットに何かを感じるだろう。
 そう修平は思っていた。心に響く音――それが理子の音だと。
 修平が立ち上がっても、まだ理子は目を閉じたままでいた。辺りを見回す修平。
 ぐるりと森に囲まれ、1番近い隣家まで1キロは離れており、墓地の入り口からここまで車では入れないような道。草は伸び放題でたいして管理のされていない墓地。
 他に人が来た様子すらなく、寂しいと言うよりも寂れた感じがする――田舎の墓地はこういうものなんだろうなと、昔からそう思っていた。
 そのおかげというのも変だが、こうして演奏しても誰にも怒られる事がない。
 目を開けた理子も立ち上がると、修平に頭を下げた。
「今年もありがとね、修平君」

「どうにも、もったいないんだよね」
 ピアノの前で椅子に座り、理子の前では言わなかった事を津崎 海(jz0210)の前で漏らす、修平。
 海の家の一室、やれカラオケルームだとかそんな目的で作られた防音がしっかりとした部屋。結局は海のためにピアノが置かれたものの、海も今はほとんど弾いていない。そんなわけでもっぱら、修平が活用しているのであった。
 なぜか少し頬を膨らませ、椅子でくるくると回っている海がぴたりと止まる。
「じゃあ誰か教えてくれる先生、呼べばいいじゃんか」
「教えてくれる先生って言っても、学校の先生はピアノ専門だったし、当たり前なほど近所にはいないし……高校とかなら、吹奏楽部とかちゃんとあるんだろうけどね」
 ピアノに向きあうと、やや長い指が鍵盤の上で踊り出す。そうとう難度の高いはずの練習曲を難なく弾きこなすが、修平の顔は浮かない一方である。
 音に心がないと言われる修平のピアノだが、それでも音楽の素養があまりなかった海には難解に動く指と激しい曲調、それだけでも十分好きであった。
 だからというわけでもないが、このピアノにダメだしをしたもっとすごい人達が気にはなる。
「修君のいた所に、教えられそうな人とかいないの? そんな人達にレッスンしてもらうとかさ」
 演奏が止まる。腕を組んだ修平が、天井の隅に目を向けた。
「久遠ヶ原の人に、か。確かにあそこには色々な人もいるし、音楽素養の高い人も多そうだしね。ちゃんと教えてくれる人だけでなく、りっちゃんと一緒になって練習してくれる初心者も、来てくれるかもしれない――けど」
 顔を海の方へと。
「報酬が発生しちゃうから、りっちゃんがそこらへん気にしそう」
「そこは、私の神様からのお告げによる、いつものワガママってコトでね?」
 目をぱちくりとさせ眼鏡を外し、改めて得意げな笑みを浮かべている海の顔をまじまじと眺めた。
 首を傾げる海。
「どしたの?」
「え、いや。なんでもないよ」
(ワガママなのはわかってたんだな……)
 少しだけ――いや、かなり意外な事と感じていた。神様の声を聞いたと言い始めるよりも前から、ずいぶんとそのワガママに振り回されたものだが、自分の行動がワガママだと言った事はなかった。
 少しは昔より成長しているのかなと、修平は幼馴染の成長に少しだけ嬉しくなる。
「それじゃちょっと、募集はかけてみようかな。来年の命日までおよそ月に1回くらいでも、りっちゃんにトランペット教えてくれたりする人をね」
 そのついでに自分のピアノをもう少しだけ上達させようと、修平は席を立つのであった――


リプレイ本文

 張り紙の前で足を止めたケイ・リヒャルト(ja0004)。
(興味深い話ね。あたしにも少しだけならお手伝い出来るかしら? )
 自分の指を眺める。透明感のある声で歌を専門にしているケイにとって、ピアノは馴染み深いモノである。弾き語りをする時もあるほどだ。
 連絡先に指先を当てツイとなぞると、静かに微笑み、その場を後にした。
 そして他に君田 夢野(ja0561)、亀山 淳紅(ja2261)、江戸川 騎士(jb5439)、川知 真(jb5501)、アルジェ(jb3603)と、次々に興味を抱く。
 その中、アルジェは携帯を取り出した。
「修平か――ああ、そうだ。音楽は人類文化の極みと聞く。折を見て触れて見たかった分野だ……本格的にやらせてもらおう。それと炊事設備についてちょっと、だな……」
 しばらく会話をしたのち電話を切ると、心なしか上機嫌のアルジェは必要な物をそろえに外へと向かうのであった。

 事前に顔合わせと相談を軽く済ませ、そして当日。
 夢野、ケイ、淳紅、真、アルジェが津崎宅へ訪れると、修平が外で出迎えた。
「今日はよろしくお願いします」
 頭を下げる修平。依頼の経緯を伝えると、淳紅が目を輝かせる。
「素敵やな。ぜひぜひ、その演奏に加わりたいですやでー♪」
「むしろ、お願いします。このままでも十分だと、りっちゃんは言うかもしれないけど――でもやっぱり、このままじゃ……」
 どう伝えていいものか修平が言葉を選んでいると、先に夢野が口を開いた。
「技術が無くても、心は伝わると俺は思っている。だけどそういう事じゃなくて、立派な演奏を見せたい……そういう事だな」
「ええ、そういう事です」
「それなら、俺は助力を惜しみはしないさ」
 音楽で夢を取り戻した事のある夢野は、目を閉じ、唇の端を小さく吊り上げる。
 騎士がまだ来ていないが時間なのでと修平が室内へと案内すると、微かにだが、ピアノの音が聞こえる。それもかなり高い技量だ。
「ピアノ協奏曲、35をピアノアレンジ――というところかしら」
 誰がと思い戸を開けると、2台あるピアノのうち1台を弾いていたのは騎士であった。理子と海はその前で耳を傾けていた。
 騎士は演奏を止め、顔を向ける。
「遅いぞ」
「……僕、ご案内してませんよね?」
「遅い方が悪いんだっつーの。そうだろ、海?」
「だよねー?」
 騎士と海が顔を見合わせ、首を傾ける。出会ってからそう経っていないはずだが、2人はすでに打ち解けているようであった。海の種族も分け隔てないその性格が、種族的に糾弾される立場と理解している騎士にとって恩義を感じたのかもしれない。
「さあ、さっさと始めんぞ」

 曲譜を読みながらも、淳紅はビデオカメラを構え歩いていた。
 ケイの前に修平と真が並んで立ち、頭を下げる。
「素人さんですが、よろしくお願いします」
「よろしく、真。修平。まずは2人とも、何でもいいから1曲、弾いてもらえるかしら」
 まずは修平が複雑な曲を速弾きしてみせる。そのすぐ後、真が誰もが聞いた事のありそうな曲をかなりたどたどしく、それでも楽しそうに弾いてみせた。
 2人の演奏を全身で受け止めていたケイが、指摘する。
「そうね……修平。速く巧く弾くだけなら、多くの人が辿り着けるわ。そこに心がないと、それ以上望めないわね。
 それと真。直感的に曲の本質を理解し、表現できているようだけど――技術が、ね」
「ピアノに初めて触れましたからね。耳で覚えただけの曲ですが、なんとか修平さんの音から弾き方を想像してみました」
 タレ目気味に、クスクスと笑う真。
 釣られて笑うケイが「今回はこれでいきましょうか」と童謡の楽譜を取り出すと、2人に向けて差し出す。
「まずはあたしが弾語るわ。情感と心を込めて、一音一音、一言一言を大切に。その後、修平にはまず歌を練習してもらいましょうか」
「歌、ですか?」
「大丈夫。これが後で生きてくるわ。
 真はその間に譜面を読む練習をしましょう?  クレッシェンドやデクレッシェンドなんかの表現技法も忘れずに、ね」
「わかりました」

「さて、今回君に教える君田夢野だ。よろしく……あ、全身ホータイまみれなのは気にしないでくれ。日常茶飯事だからな。英語で言うとチャメシ・インシデント」
 ちょっとした茶目っ気を見せると、人見知りな理子の緊張も少しは解ける。
(独学、という事は相当クセが付いている事が予測されるか。そもそも誰にも習わずに音を出せる事自体が凄いからな)
 吹くには日常ではしないであろう特別な唇の震わせ方が必要なのだ。基本中の基本だが、初心者の騎士とアルジェが練習しなければいけないほど、特殊なのだ。
「ともかく、今回は君がどれくらい出来るかを把握する事がメインだ。
 まずはバズィング。マウスピースを外して、それだけで音を鳴らしてくれ。綺麗な音を出すには、まずこれで安定してブーンと綺麗に鳴らせる必要がある」
 騎士の持ってきたトランペットのマウスピースを外してみせ「とりあえず、1度試してくれ」と促すと、素直に従う。
「騎士君も、そろそろこれで練習してみようか。アルジェさんも唇の動きは大丈夫そうだし、次の段階だな」
 マウスピースを受け取った騎士が吹いてみようとするが、さすがにいきなりは上手くいかない。理子の方は独学といえどこれまで吹いてきただけあって、すぐにコツを掴んでいた。
「なぁなぁ、さくっとコツを教えてくれよ」
 マウスピースを片手に夢野に詰め寄る騎士。ふうと息を吐いた夢野はメトロノームをセットする。
「いきなり長い音を出そうとせず、これで周期的にまず音を出せるようにすることだ。そこで少しでも長く出せるような気配を感じたら、徐々に長く吹いてみてくれ。アルジェさんもこれに合わせて、リズム感を養いつつ音を出す練習をしてくれ」
 コクリと頷くアルジェは、熟読した入門書の事を思い出しながらブツブツと呟いていた。
「アンブッシュア……下の歯を下唇で覆い……上の歯で咥え上唇は被せるだけ……」
 2人とも初心者ではあるが、そこは持ち前のセンスだろう。すぐに安定して音が出せるようになる。そんな2人に理子は羨望の眼差しを向けていた。
「さて、次だな。トランペットにマウスピースを付けて、そのまま音を伸ばしてくれ。これはロングトーンという管楽器の基礎練習で、音を綺麗に持続させる力を養う大事な練習だ。それを君がどれだけ出来るかが知りたい」
「はい」
 マウスピースを装着し、いざ吹こうとしたところで、波打つ音が先に理子の後ろから流れる。振り返った理子の前には不機嫌そうな顔をする騎士の姿が。
「……ロングトーンは、声のロングトーンの方が百倍楽だな」
「どんまい、江戸川さん!」
 海がビシッと親指を立てると、騎士の不機嫌そうな表情も少しだけ和らぐ。
「歌をやっているならわかるだろうが、とにかく一定にすることが大事だ。少し気張りすぎなんだろう、もう少し肩の力を抜く事だな」
「メトロノームで、正しい拍数を感じつつロングトーンをすると良いとあったが、正しいか?」
 先ほどのメトロノームを片手にアルジェが夢野に尋ねると「ああ」と短く答える。
「最初は2拍吹いて2拍休んでを繰り返し、慣れたら次は3拍1拍、そして4拍と段階的に続けてみるといい。どうせなら3人ともこれに合わせてやってみようか」
 夢野の指導で3人がロングトーンの練習を開始する。3人の音が混ざり合いながらも、音を聞き分けていた夢野は理子のクセに気がつく。
(一番最初の出だしがやや安定しないのと、休符の後にやや強く吹く傾向があるか……なるほど。他の2人はソツなくこなせるな)
 理子のところでもカメラを回していた淳紅が、ふと時計に目を向け、音に負けじと声を張り上げる。
「昼やでー! 休憩しよかー!」


「気分転換は、大事だぜ」
 真の持ってきた重箱から、唐揚げを指でつまんで口に運び舌鼓を打つ騎士。その手は止まらない。
 アルジェがさり気に全員分の皿と箸、それに自前で持ちこんだ急須で各自の好みに合わせ煎茶か玄米茶を淹れてまわしていた。
 少し腹が膨れてきた頃合いに、淳紅は指についた米粒を舐めとり、置いてあったピアノとトランペットの協奏曲の楽譜を理子と修平に見せる。
「譜面ちゅーのはな、小説なんかと同じなんや。その作曲者がどんな気持ちで何を想って作られたか――壮大な物語がそこには描かれていて、理解すればするほどに楽しくなる、エンターテインメントなんやで! この楽譜で言うとやな……」
 聴く人が退屈にならぬようにと、身振り手振りで大きな動作に時折笑いも混ぜつつ解説する淳紅。その話にあわせて、夢野とケイが即興で演出的なピアノを織り交ぜる。
(そうなんですね。想いを込めてそれを表現する――それは歌も楽器も一緒だという事ですね)
 ケイに言われ譜面を読んでいた真は、淳紅のオモシロ講座から更なる感銘を受けていた。これまで耳で覚えてしまうため譜面を見る事がなかったのだが、今改めて向き合ってみると、さらに理解を深める事が出来た。


 練習が再開すると、修平と真を2台のピアノの前に座らせる。
「それじゃ修平にも真にも、お題の動揺を弾いてもらうわ。
 良い? 修平はさっき歌っていたのを思い出しながら、歌うように弾いてみてね」
「はい」
「そして真はさっき覚えた運指や記号、音符をゆっくりでいいから正確に、ね」
「わかりました」
 2人ともがピアノを弾き始めると、すぐに指がまわらずに演奏が止まる真。クスッと上品に笑いながらもケイに顔を向ける。
「いきなり引っ掛かってしまいました」
「焦らず、ゆっくりとね。まだ始めたばかりなのだもの――修平、音に抑揚が足りないわ。歌っていた時の事をよく思い出して」
 指摘を受けてもなかなか変わらなかったが、やがて音に弾みが出始めるとケイは優しく微笑み、頷くのであった。

「さて本日のお題の最後は、ドレミファソラシドを四分音符で順番に鳴らしてくれ。音の出だしのタンギングが出来ているか、音の高さは安定しているか、音の終わりが綺麗に閉じているか、その辺りを把握するのが目的だ」
 基本は基本だが、少し難度が上がるとさすがに騎士とアルジェは苦戦していた。理子に関しては曲を吹いているだけあって音そのものは出せる。
(だが高音で息切れの傾向、口が疲れるのかリップスラー気味で高さも安定しない、か。リリースがうまくいっているからには、ノータンギングの練習もありかもしれないな)
 休み休みを繰り返す理子を傍観しつつ、初心者2人の音にも耳を傾けると、休みなく練習している成果とセンスゆえか、もう基本的な形は様になっている。ただ、音の終わりがぶつ切れでリリースに関してはまだまだのようだ。
「よし、少し休憩しようか」


 ケイお手製のシュークリームにスコーン、マフィンが皆に振る舞われる。ここでもアルジェの執事スキルが発動。
「スコーンか……ならば紅茶かな……」
 紅茶ポットとカップを温め、電気ケトルに2種類の水をブレンドして電源を入れる。あいにく成人が誰もいないので、香りつけのブランデーの出番はなさそうである。
 マフィンを咥えながら淳紅はビデオカメラをテレビに接続し、練習している姿を再生してみせる。
「自分の演奏、って、客観的に見たり聴いたことあんま無いやろ? 自分が奏でる音の本当の姿は自分じゃわからんもんや。見稽古聴稽古ってやっちゃね、直す部分もわかりやすくなるかなーってね」
「ああくそ、音がブレてる。吹くのに必死で、立ち姿もまだ美しくないのな……もっといろんなトコ意識しねーと。理子もだぜ。背中もっと真っ直ぐにしねーとよ」
 案外ストイックで、自分にも他人にも厳しい騎士である。
 練習風景を見ながらの優雅なティータイムでは好きなジャンルなど、互いの音楽への想いを語っていた。そんな中、微妙に1人だけが浮いているというか混ざれないでいると、真が声をかける。
「どうかしましたか、修平さん」
「ああいえ……こうしてみるとみなさん、りっちゃんだけでなく海ちゃんも含めて、音楽が好きなんだなと。でも僕はりっちゃんのために始めたせいか、そこまでの愛がないと言いますか……」
「大丈夫、と言ったでしょう?」
 修平の独白が聞こえたのか、ケイがたしなめる様にな言葉を投げかけ、紅茶を一口。
「音楽を愛させる自信が、あたし達にはあるからね」


 その後の練習は理子の体力を考えたうえで、反省を含めてのおさらい程度の軽いものにしていると、何時の間にやら薄暗くなっていた。
「そろそろ今日はお終いにして、うちの温泉はいってったらいいんじゃないかと提案!」
「それでしたら是非とも皆さん、温泉に入りましょうか」
 海の提案に便乗し、真も提案――反対意見もなく、片づけが終わると全員で温泉へと向かう。
 ただしケイだけは「ごめんなさい、温泉よりかはぶらっと歩きたい気分なの」と辞退して、薄暗い中、どこかへと行ってしまった。 真としては少し残念な気もしたが、それでも気を取り直し、理子、海、アルジェの4人で温泉に浸かるのであった――そして大体において、理子は軽いショックを受けるのである。主に体型で。
 男性陣ももちろん、男湯で全員が浸かっていた。
「修平君、ピアノ巧いやねー」
「でも僕なんて、まだまだですよ」
「それでもピアノに関して、修平君の方が自分より上よ……ほれ」
 手を掴んで掌を重ね合わせる淳紅。淳紅のがやや小さく、指の長さも短い。
「自分のが、大分小さいやろ? ピアノは技術を極めようとすればするほど、手の大きさは避けられへん重要ポイントになってくる」
 自分の手を見つめ、そして修平に憧憬の眼差しを向ける。
「ピアノに愛される手やな、修平君」
(ホンマは、トランペットも手にあったサイズにしたほうが、ええんやろうけど……
 ま! それを言うんは無粋ってもんやな。使い易いより、使いたいが大事な時もいっぱいあるわ)
 1人で納得していると、激しい川音よりもはるかに強く、それでいてしっとりとした歌声が耳に届く。
「ケイさんの声、ですね」
 間仕切り越しの真の言葉に淳紅が頷き、仕切りの開けている方へと足を向けると、川縁に立って歌っているケイの姿が見えた。
 孤高ながらも気高く咲いている一輪の華のような歌姫は、己の魂の欠片を紡いでいた。
 すると、女湯からも白く澄んだ歌声が。真の声だ。理子と海の声もそこに混ざると、さっきまでのんびりしていたはずの騎士も立ち上がり、2人の歌声に重ねるように歌いだす。
 淳紅がニッと笑うと、今日1日の想いが溢れ出る様に歌いだすであった。
 夢野は傷に響くのか大きな声で歌いはしないが、それでも自然と口は動いている。
 素晴らしき歌声が作り出す力に、呆然としていた修平。アルジェが仕切り越しに声をかけた。
「これからもがんばっていこう。修平」


拙いなれどその音律は心に 終


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
白翼の歌姫・
川知 真(jb5501)

卒業 女 アストラルヴァンガード