「ん……その日は空いている、招待に与る」
電話越しにそう応えるアルジェ(
jb3603)は電話を切ると、不思議そうな顔をしていた。
「この前のお詫び……何かあっただろうか」
他、滅多にしないメールで海からのお誘いを受け取り、黒ビキニの前で苦悩している葛葉 椛(
jb5587)の姿もあったとさ。
●見事なほど晴天
「馬鹿の一念、天気も覆す……か」
光平が腕を組みながら、いそいそと機材チェックをしている元凶に聞こえないよう洩らす。理恵が視線に期待して待ってみたが、光平は全く見向きもしない。
顔をそむけ、黄昏る。すでに黒いビキニだというのだが、まるで気にならないらしい。
「それでは海を楽しませていただきますね」
理恵の隣にいた優しげに微笑んだアーレイ・バーグ(
ja0276)が1人先に海へと向かう。
格差を見せつけられていた理恵だが、それよりもまるで意に介さない光平に少しだけ救われる。
「あら、でしたら私も楽しませていただきます。今年の夏は暑いですからね、少し冷たいくらいの海で泳ぎたい気分なのですよ」
ここに来るまでに、学年の縁で仲良くなった満月 美華(
jb6831)も上品に微笑みながら一礼すると、大きなお腹を弾ませ海へと向かう。屈んでいた亮が美華のお腹に押され顔面から焼けた砂浜にという、惨事を繰り広げていた。
「兄ちゃん」
ごく普通の水着姿に着替えた修平。その後ろには海や理子もいつもの水着にシャツを羽織っていた。
「弟さん? 初めまして、黒松理恵です。よろしくね」
「……えっと、中本修平です。よろしくお願いします」
光平と違い明らかに照れている様子に、少し理恵は自信を取り戻す。
会釈した修平が光平に小声で抗議した。
「何なのさ、アノ趣旨。2人にはちょっと撮影されるけど、気にせず遊んでとしか言えないじゃないか。しかも普通の海水浴かと思って、1人呼んじゃったし」
「来たぞ。修平」
オフショルダーにティアードとフリルをふんだんにあしらった黒と白の服のアルジェ。リボンで髪をまとめ、どこからどう見てもゴスロリを着た普通の女の子である。
その姿に修平は息をするのも忘れ、見惚れる――というには、なんだか苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
(最初からその姿なら、男の子と勘違いしなかったのに……!)
そんな修平のやきもきなどつゆ知らず、海達とキャンプの時ぶりと本人の表情は変わることないが、談笑していた。
「おひさしぶりですっ」
「葛葉さん、久しぶり!」
海と理子が手と手を合わせ、今しがた到着した椛へ掌を向けると、椛はおずおずと掌を重ね再開の喜びを分かち合った。
シャツで隠しているが、何とか頑張って黒いビキニを着た甲斐があるというものだ。
カメラを配布している亮の姿が椛の視界に映り、否応なく今日の趣旨を思い出させる。
(えーと、その……よからぬ思惑があるみたいですけど、せっかくなので気にせず楽しみましょう。メールも頂いたわけですし)
「水温が低いらしいので、ビーチバレーでもやりませんか? それと、折角ですから記念撮影なんかもしていただけたら……」
もうそろそろ夏も終わってしまう――だから思い出作りにと、お誘いを受けたわけだ。
「いいな、ビーチバレー。写真は色々撮りましょうか」
「じゃ、けってーい! 修君とアルちゃんもこっちに参加ね!」
拒否する暇なく、むんずとアルジェに腕を掴まれた修平は連れて行かれるのであった。
そこへケージを片手に城里 千里(
jb6410)が入れ替わりで理恵の元に。Tシャツに短パン、サンダルと涼しげな姿ではあるが水着ではない。
「部長、スズが出たがってます」
「ん、リードつけて出しちゃってくれる?」
振り返り正面から千里と向き合うと、千里は何かを誤魔化す様にふいっと目を逸らす。
「ん、似合ってないかな?」
「……似合ってないなら笑い飛ばす位には親切です、俺は」
「ほう。私はどうなのかね」
理恵と同じ姿の雅が腰に手を当て尋ねると、ごくごく普通に全身を一瞥し「普通に似合ってますよ」と素直に褒める。ただその言葉にはどことなく、距離感というものを感じさせる。
「お兄様見て見てー、ほらーっ!」
見てと言う言葉に千里が気だるそうに顔を向けると、グラビアポーズで感想待ちしている城里 万里(
jb6411)が。渋い顔をして、千里は理恵達に向き直る。
「あー。せかいいちかわいいよ」
「わー適当ですのー」
兄の完璧なまでな棒読みに、テンションが急下降中の万里は両肩を落す。だが、あの兄がやや親しげに接している姿からピンときたのか、スススと音もなく忍び寄り、にこやかに理恵へ頭を下げた。
「うちの兄がいつもお世話になってますの。部活ではどうですか? 捻くれてて口は達者で愛想なんて微塵もないですけど、根はいい人なんですよー? 仲良くしてあげてくださいねっ♪」
その言葉に、何を察したのか察した千里。兄を薦める妹の肩を掴んで強制的に振り返らせ、ぐいぐいとその背中を押す。
「おい、いらんこと言うのやめろ」
「兄様のためを思っての応援ですの。これ以上、万里は関与いたしませんのでがんばってくださいまし」
手をひらひらとさせ、行ってしまった。帰省ついでに誘ったのは失敗だったかと、口を一文字にして千里はそう後悔していた。
「やあどうも、お久しぶりです。どうにも賑わってるところは苦手でして……なかなか部室に顔を出せない状況です」
黒いウェットスーツにシャツと、完全防備なリオン・H・エアハルト(
jb5611)が会釈し理恵に話しかける。
「あら、エアハルト君。お久しぶり……色々やる気満々だねぇ」
呆れたような理恵へ大きい水鉄砲を片手に、にこやかな笑みを返すのであった。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!」
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
腰に手を当てズバーンッと効果音でも出そうな勢いで砂浜に登場した、アンジェラ・アップルトン(
ja9940)とクリスティーナ アップルトン(
ja9941)。
その姿を発見した点喰 因(
jb4659)はTシャツ短パン姿で小さく会釈し、近づいていった。
「来てたんですねぇ。眼福眼福……そっちの赤林檎色は妹さんですかぁ?」
「ええ、そうですわ。アンジェが赤林檎ならさしずめ、私は青林檎といったところですわね」
クリスティーナの立派な盛り上がりを見せるシャツには、黄緑色のビキニがやや透けて見える。アンジェラの方は赤い色が。生地が薄い上にその部分だけ伸びているせいだろう。
2人のその姿に、いい笑顔でぐっと親指を立てる。
「すけすけとは、いいものですね! さらに濡れすけとは、たいへんいいものですね!!」
「濡れすけ……?」
首を傾げるアンジェラに因が今回の趣旨を熱く説明すると、理解した彼女は肩を震わせた。
「……冷たい海で肉体の鍛錬と聞いてやってきてみれば……なんという破廉恥な」
「せっかくですので、アンジェの姿は撮りたいですわ」
しっかりちゃっかり防水仕様のデジカメを手に、羽目を外す気満々のクリスティーナがニコリと微笑むと、アンジェラはぐぬぬと肩を震わせ拳を握りしめる。その顔は苦悶に満ちていた。
「破廉恥ではあるが、しかし姉様の願いとあらば……これも修行――修行なのだ――!」
ダッシュする妹を追いかけ、クリスティーナもダッシュするのであった。
放置されるように残された因。
しかし薄い黄色味をおびた白のチューブトップタンキニ水着に、見えそうで見えない股下ギリギリの長さという絶妙なやや大きめの白無地Tシャツでキョロキョロしているフィノシュトラ(
jb2752)を発見すると、実に愉しそうな笑みを浮かべ駆け出す。
「どうしたんですか?」
「皆で水着着て遊ぶって聞いたのだよ!」
「あー半分正解ですねぇ。カメラの事は聞いてる?」
「カメラ? 記念写真になるのかな? 」
因の目がきらりと光る。そしてデジカメのレンズをキュッキュと拭きながら、実ににこやかな顔を作った。
「なるなる、なりますよぉ。あたしが綺麗に撮ってあげますねー」
フィノシュトラの背を押して、海へと向かっていった。見事な手際であったとさ。
ちょろちょろっと撮る側、撮られる側が集まってきた頃合いを見計らい、亮はどんどんカメラを貸し出していく。
その中、受け取ったはいいが「おー?」とユラン(
jb5346)は首を傾げ、ウロウロと。そして不機嫌そうな顔をしているブリギッタ・アルブランシェ(
jb1393)を見つけると、とっとこと近づいていった。
(さて、と……誘ってた相手は急用で来られなくなったし、どうしようかしら)
白Tシャツの裾を腰の辺りで結んでいてはた目からわかりにくいが、中にはティアードのビキニを着ていた。本格的に遊ぶつもりだったのだろうが、肩をすかされてしまったのだ。
「いっそ帰っても良いんだけど」
「ぶりぎったー。このかめら? というやつの使い方をおしえてくれなのだー」
「はぁ? カメラの使い方?」
もうほとんど帰る気だったブリギッタは足を止め、たいして気乗りではないが仕方なくユランにカメラの使い方を教える。もっともそれほど詳しいわけでもなく、基本的な事のみだが。
そしてぶらり、海の家へと向かう。
使い方もなんとなくわかったので、さっそくと1歩、2歩、3歩。
「ええとー……これをー……?」
こめかみを両手の人差し指で押さえながらムムムと必死に思い出そうとするが、どんどん頭が傾いていく。
「使い方でお困りですか、おぜうさん」
ホース片手に声をかけた亮。
「使いかたを忘れてしまってー、もっと厳しくおしえてほしいのだ!」
「よかろう。俺の教えは厳しいぞ? ついて来れるか!?」
「さー、いえす、さー! なのだ!」
びしっと敬礼するユランへ向けて大仰に頷くと、亮はすぐ後ろの大きめなワイシャツをきっちり着ている夕虹つくよ(
jb6678)へと向き直った。
先ほどのホースは彼女から「気が済むまで水をかけてね」と、にっこり微笑まれながら渡された物だったりする。
「操作よりもまず、俺の熱き情熱を見て、感じ取れ! 話はそれからだ!」
まずは濡れる前のつくよを様々な角度からバッシャバッシャ撮っていく。
「希望があれば、ポーズもとるわよ」
「是非に。こう胸を隠しつつ、左手ではおへそのあたりを――そう、それ! 水、入ります。ひょー!」
ポーズをとらせた後にホースを上に向け、雨を降らせるようにつくよを濡らした亮の動きが、加速する。
(まあ、年相応の欲求よねえ。モデル料が出るのだから、いいけども)
年上の余裕を見せつけ、しゃなりしゃなり海へと向かう。
つくよは太ももくらいまで浸かると、ワイシャツのボタンをゆっくり外していく。透ける様な肌で綺麗な背中に、真っ白いビキニのライン。途中まで脱ぐと半身で振り返り、妖艶な笑みを浮かべる。
これには亮以外にも参加していた名も無き同級生達が、色めき立っていた。亮はもちろん言わずもがな。
「ふお! ふお! いいですねー! 黒でないのは俺的に残念だけど、実にいい!」
個人の嗜好をダダ洩らしにしながら、次々とシャッターを切る。
(男の浪漫って黒より白の水着だと思うんだけど……)
「時代は変わったのかしらね」
1人、ぼやく――と、すぐ横の海からゆっくりと姿を現したココ・チェシャ(
jb4530)。肩紐のない黒のバンドゥービキニにグラムレイヤーショーツと、かなり扇情的な水着が、ヘソが見える位置で前結びされたシャツにぺったりと張り付いて自己主張をしている。
濡れた髪をたくし上げ、波打ち際でしな垂れる様に座り込むと周囲のシャッター音がさらに激しさを増す。
(お風呂で練習した成果がいまここで役に立ったわー)
「ボなんとかガールの如き仕草……見事なり! 付いてきているか、野郎ども!」
「さー、いえす、さー! なのだ!」
男ではないが応えるユランに、色気むんむんな歩き方でココが近寄っていった。
「一緒に撮ってもらおー? タダでシャシン撮ってくれる会なんだし、せっかくだからねー」
趣旨は理解していないようだが、趣旨以上のサービスは振りまいた気がするココ。その背後からつくよが肩に手を置いた。
「あら、いいわね。私とも一緒に記念写真でも撮る?」
「お、おー?」
どうしたらいいかと上官殿に目で訴えかけると、亮はビシッと親指を立てる。
「撮られる経験も、大事だ! そしてそろそろ俺の技も伝授しよう! 至近距離で撮っても許されるのは、君だけだからな!」」
巧い事言って、3人まとめて写真を撮り続けながらも、ユランに魂を伝えていくのであった。
「いやぁ目の保養じゃわい……ええもんじゃなぁ」
ぴっちぴちのTシャツに黒の六尺褌で温かく見守るどころか、隠しもせずにガン見のツッパリリーゼント・一文字 紅蓮(
jb6616)が悪びれず親指を立てる。
「ないすばでぃじゃ!」
その視線の先には3人の他にも色々といる。
「ほら、アンジェ。波打ち際で無邪気にはしゃぐところを激写! ですわ」
「こ、こうですか……!」
希望通り無邪気にはしゃげば、もちろんシャツは水を吸い張りつき、身体のラインを露わにし、水着が透けてくる。クリスティーナとて同じ事である。
そしてその様子を誰よりも早く察知し、スナイパーの如き動きで激写する影――亮の魂を継承したユランであった。次の獲物を察知し、駆け出す。
「全容なんて見えたら野暮ったいもんだよねぇ。やはりこう、見えそうで見え切らない所に浪漫が……」
熱く語りながらもさすがは元美大生、きっちり構図を押さえながら撮影する。そんな彼女を純粋な眼差しでフィノシュトラが、頷いていた。意味などわかってはいないだろうが。
ただ熱く語る因をパシャリと1枚。
「え、いやあのね? 私なんか撮っても……」
「因お姉さも美人さんだし、水着姿もきれいだから記念に写真撮っておきたいのだよ!」
自分の外見なんて平凡である――そんな認識でいたのだが、悪い気はしない。何よりも相手が世辞などうまいタイプではないとわかっているだけに。
撮りあいが始まると、そこをスナイパーが1枚。後は雪崩式で部隊が因とフィノシュトラを撮りまくるのであった。
「泳げないのは残念だけど、やっぱり海で遊ぶのって楽しいよねっ!」
海にとりあえず飛びこんでみた黒のサーフパンツに白いシャツでいる佐藤 学(
jb6262)が爽やかな笑顔を、似たような格好の鏑木鉄丸(
jb4187)に向ける。
「ですね。まあ今回は撮影会みたいですけど……」
(実は女の子苦手なんだよね。かと言って男が好きって訳じゃないけどっ)
姉を思いだし、ぶるりと身を震わせたのは海の冷たさのせいではない。とりあえず、学を一枚パシャリと。
「写真の撮りあいっこする会、なんだよね?」
「概ね間違いではないですね、はい」
「じゃあ僕は鉄丸くんの写真撮ろうかな。誰かに頼んでツーショットも撮れたら、良い思い出になりそうだし」
そう申し出て、濡れて張りつくシャツを脱いだ学。その姿をカメラに収めてから思わず、呟いてしまう。
「あれ、佐藤さん結構脱いだら凄い方? 上腕とか引き締まってて、いい身体してんなあ」
「い、いい身体って……そんなことないと思うけど……」
「……って俺何言ってんの!? ウホなのっ!?」
ごまかしというより自爆くさい事を叫んでいた。
「鉄丸くんこそ、よく見るとしっかりした体つきしてるよね。普段ほっそりして見えるから、ちゃんとご飯食べてるのか心配だったけど、これなら大丈夫そうだね」
妙な空気にも気づかず、学。突如、かくっと首を傾げる。
「ところで、ウホって何だろう……?」
「部長、スズ抱いて。中本先輩、スズを撮影」
任せろと言いきった光平が理恵の腕で抱かれているスズを中心に、ずいぶん至近距離から撮っていた。理恵のふくらみなどまるで意にも介さない。
ケージの中から出ようとしないもう1匹をあやし、千里はやはりといった表情で、かなり黄昏ている理恵を眺めていた。腰を上げ、近くにいる女生徒へ声をかけた。
普段の彼では絶対にしない行動ではあるが、あまりにも理恵が不憫と思ったのだろう。
「すみません。あの猫抱いて写真撮られてくれませんか。たぶん猫が中心になるとは思うんですが」
「かまわないよ」
気落ちしている理恵の腕からスズをひょいともちあげ、大きめのTシャツでほとんど水着が隠れている蘇芳 更紗(
ja8374)へと渡す。
「ほら、中本先輩。部長は少々休みますんで、あちらへどうぞ」
頷いた光平は理恵から離れ更紗の前へと移動するが、やはり理恵の時同様、スズを中心に撮り続けまったくぶれる様子がない。
その姿にちょっとだけ、理恵は救われるのであった。
「さて、それでは……撮影開始と行きましょうか?」
「そうだな。依頼はきっちりこなさねば」
「……あーい」
リオンと雅がずんずんと海へ向けて歩き出すと、とぼとぼと理恵は後をついていく――が、千里の横で立ち止まり、力なくではあるが微笑んだ。
「なんか変に気を使ってくれてありがと、城さ……千里君。んじゃちょっと頑張ってくるから」
千里はいつもの不機嫌そうな表情のまま、海へと向かう理恵の背中を見送る。
ただなんだか妹属性という叫びが聞こえ、視界の隅にあざといポーズで写真を撮らせている妹の姿が見えた気がしたが、無視を決め込む事にした。
その足元にボールが
「すいませーん」
無言のままボールを拾い上げ放り投げると、受け取った修平は頭を下げた。
そして猫を片手に色々なポーズをとっている更紗に目もくれず、ただひたすらに猫を撮り続けている光平の姿に口を半開きにして肩を落としていた。
「かわんないなぁ、兄ちゃんは……」
その呟きに千里は思わず「どーなってんだお前の兄ちゃん」と、口にしてしまった。光平のブレなさぶりに少しだけ辟易っしたのかもしれない。
「女性に興味がないわけじゃないんですけどね。部屋から兄ちゃんのメットの他に、女性向けのメットありましたし」
「へぇ……ん?」
言葉を残し去っていった修平。今の言葉を少し反芻しながら、更紗からスズを受け取った。
「ありがとうございました。それと、すみませんでした。猫中心で撮られて、不快でしたよね。ご自分の写真は他の方に撮ってもらってください」
「いや、気にはしていないよ。しかし、男であるわたくしを撮るものが、居るかどうかが疑問点だな」
「俺に任せろばりばり! 海でポーズ撮ってください!」
隙をうかがっていたのか亮が間髪入れずに攻め込む。
要求されたかにはと、海に膝まで浸かり手を前で組み、やや前屈みでさながらボディービルダーのようなポーズを意識する。
だが実際は無意識的に、ただ胸を寄せ強調するだけのポーズにしかなっていない。
熱狂する亮と、いつの間にか群がっていたハイエナ達。さらに波打ち際で座ってみてくださいと言う要求に、横向きに腕で支えながらも足を崩し、要求以上の扇情的なポーズをごく自然にとってくれる。
しかもシャツが濡れ始め、ホルターネックの黒い超・ハイレグワンピースで脇カット背中ワイドオープン、胸の所はかなり深いVネックに編み込みされているという、ビキニとはまた違った女性らしさをこれでもかと強調させる、露出の高いモノであった。
加えて更紗は自身を男だと思っているため、注目される照れは多少あるものの好奇の目に対する羞恥心はあまりなく、それでいて身体は自然と可愛く、魅力的な仕草をしてしまう。その絶妙なバランスは実においしい。
そこへ誰かが上手く誘い出したのか、その下は何もつけていないのではと疑いたくなるほど、キワドイ丈の無地Tシャツな菊開 すみれ(
ja6392)が。
ハイエナ達が嬉々として水をかけると、シャツが透け、水色でサイドは紐で結ぶ手の下着っぽいデザインがなされたビキニが見えるので、つけていないわけではないようだ。
シャツが張りつき身体のラインが丸わかりになると、ずいぶん豊かなバストがより一層強調される。そんな彼女はあどけない笑顔を浮かべながら、胸の下で腕を組んで露骨なほど胸を強調させる。
「こんな感じで良いですか?」
本人としてはただ友人から教わったポーズをとっているだけなのだが、周りからすれば悩殺してきているようにしか見えない。中には撮影を忘れ、じっと凝視してしまう者もいるほどである。
「そんな目で見ないで下さいーっ!」
強烈な視線に耐えかね思わず水着部分を腕で隠すのだが、その仕草に「いいよ、最高だよ!」と撮影者は次々にシャッターを切っていく。
「そ、そうですかぁ……?」
褒められれば、悪い気はしない。いつしか撮られる快感の虜になったすみれは、要求せずとも様々なポーズをとり、近しい身長の更紗とも背中合わせで撮影されるのであった。
「あ、お誘いありがとなのだよ! みんなで海で遊ぶの楽しみだったのだよ?」
亮の姿を発見したフィノシュトラが因を引っ張りつつも駆け寄り、純粋な目で亮にお礼を言う。
そしてフィノシュトラが皮切りとなり、女の子4人で水のかけあいという実にいい構図が出来上がった。
「ギア、なんにも見てない、見てないんだからなっ!」
そこにまた趣旨を全く理解していない蒸姫 ギア(
jb4049)が真っ赤になって俯く。いきなり照れを見せる彼に注目が集まった。
自分に注目が集まったのに気付くと、黒パンツにTシャツを堂々と見せつける様にふんぞり返る。
「これが人界の正しい海水浴スタイルって、ギア、当然知ってるんだからな!」
思いっきり騙されている。そこへとばっちりで、水をかけられた。
突然の暴挙に憤慨、唇をツンとさせる。
「ただの水なんか……えっ、これ、なんかシャツが張り付いて……って、別に恥ずかしくなんかっ」
頬を染めさらに唇を尖らせたギアは、先ほどかすみが見せた仕草とそっくりである。妙に艶めかしく、何人かはギアすらも撮影しているのであった。
そこに浮き輪を腰に、腕には包帯を巻いているがピンクのパーカーと黒いトランクス型の水着を履いたルルディ(
jb4008)が、ヒリュウとともにひょっこり顔を出した。なにかしら興味が惹かれたらしい。
さすがに水着では女装できないからとそんな姿なのだが、それでも女の子と見まごう如きだ。彼にカメラが向けられると、ニッコリとヒリュウを両腕でしっかり抱きしめる。
「フィロ君も一緒にね! ラブラブなんだよ!」
そんなカオスになりつつグループをパチリと麦わら帽子の鴉乃宮 歌音(
ja0427)が何枚か撮ると、早々に海の家へと引き上げるのであった。
「広島焼きぃ? そがぁーな食いモンは無ぁ!」
腹ごしらえにやってきた紅蓮がお品書きに文句言っている、海の家。ふて腐れているブリギッタがテーブルに突っ伏しながら、融けかけの氷を口に含みコロコロと転がし、暇そうにしている。
隅の席で融けつつあるかき氷を前に、歌音はスケッチブックを広げていた。
カメラでいくつか構図を確認。
(胸を強調するか、尻を強調するか……それと如何に個人の特性を出しつつ、よりエロティックなポーズにするかだ)
クールな顔で割とえぐい事を考えている。
鉛筆でラフを描き、そこからしっかりと描き出していくあられもないポーズの彼女達。いや、ギアも含まれているので分け隔ては無いようだ。
濡れ表現はもちろん忘れる事無く全体を水彩で着色すると、写真ほど鮮明ではないが、そこには色鮮やかにあんなポーズやこんなポーズをとらされている彼・彼女達がしっかりと描かれていた。
「こう暑いと、一息つきたいですわね」
「そうですね、姉様。カレーとかき氷2つずつ」
だいぶ堪能して来たのか、アップルトン姉妹が一息。申し分のない味に頷いているアンジェラが一向に客の増える気配がない店内を見回し、腰を上げた。
「味は悪くないが盛況ではないようだ。ここは毒林檎姉妹の腕の見せ所ですよ、姉様」
「それは悪くない話ですわね、アンジェ――店長、エプロンを。客引きはお任せくださいな」
困惑する店長の言葉など耳も貸さずに、ほとんど乗っ取る勢いで毒林檎姉妹が動き始める。まだ透けたままのシャツにエプロンをつけ、客寄せを開始するとあっという間に超満員。
店長は嬉しいながらも悲鳴を上げるが、そこはさすがの毒林檎姉妹。
「店長、どれだけ来てもご心配なさらず。私の華麗な客捌きに酔いしれなさい」
自信に満ち溢れるクリスティーナを横目で見ながら、歌音が『濡れ透け女神光臨中なう』とどこかに、後姿だけだが画像付きでアップしていたりする。
「さ、帰――ユラン、なんであたしを撮ってるの?」
「しらないおねーさんに頼まれたのだー!」
「……まぁ、少し位なら良いわ」
浮かせた腰を戻して、かき氷を注文する。これだけ繁盛しているにもかかわらず、あっという間にてきたそれを手に持つと、目を閉じユランのシャッター音に身を預ける――と、複数のシャッター音が聞こえた。
「勝手に撮った奴、殺す!」
クワっと目を開け、迂闊な男子生徒へ飛び膝蹴りをいれるのであった。
危険を察知したユランは一足お先に、空へと逃げていた。ちゃっかり、ブリギッタのかき氷を持って。
「また周りから、疑惑の目向けられるのかな」
デジカメを再生し、ちょっと途方に暮れていた鉄丸。
「おう鉄丸! なんじゃ、写真撮っとるけぇ。よすけんさい!」
紅蓮が鉄丸に声をかけられ、びくっと肩をすくめる。
その隙に手からカメラを奪い取った紅蓮は「返して下さいよ!」と抗議する鉄丸の頭を、左腕一本で押さえながら笑っていた。
「たわんけぇ……なんじゃ、男ばかりじゃの――つまりこういう事じゃけぇ!」
カメラを投げ返しポージングを決めると、躍動する筋肉にシャツが弾け、肉体美を披露する。
「さぁさぁ儂を思う存分、撮るがいいけぇの!」
鉄丸がふいと目を逸らすと、頭を鷲づかみにし、目を覗き込む。
「なんじゃ、被写体としちゃ色気が足らんかいのぅ。待っときぃ!」
鉄丸を解放すると海へと沈んでいく紅蓮――そして華麗に飛びだして鉄丸の前に着地すると、再びポージング!
「これならどうじゃい!」
「……誰?」
自慢のリーゼントが弾け、誰おま状態の紅蓮であったとさ。
椛達のビーチバレーは大きく揺れる2人(海と椛)と結構揺れる1人(アルジェ)を前に心が折れた理子の懇願から、水遊びへと変更になった。
「どちらが多く水を掛けられるか勝負だ」
薄手の白いパーカーに白と翠の縞パンツ(あくまでもビキニ)のアルジェが、3人を写真に収めたカメラを椛に渡している修平へビシッと指を突きつけた。
「まあいいけど……なんか人が多くなってきたから、あっちの離れの方でね」
海の家の繁盛効果で、撮影会に飛び入りで参加する一般人も増えてきたのだ。やや離れを指さすと、細々とリオンと他数名から写真を撮られている理恵と雅が目に入る。
「こう、もっと胸を強調する感じでお互い押しつけて……あ、指は絡ませながらお願いします」
ずいぶんな注文だが生きる屍状態の理恵相手に、ノリノリで雅が応えていく。胸と胸を押しつけ、指を絡ませている所にリオンの水鉄砲攻撃――いや、水ではなくローションのようだ。
「うん、いい絵ですね……っ」
その近くの砂浜では大きいワイシャツを着たアーニャ・デューン(
jb3749)が、遊んでいる姿をちょろちょろっと撮影されていた。
一向に脱ぐ気配もないし、海に入る気配もないからとむしろ撮影されるのを楽しんでいる美華へ、人が流れているのだ。
「ほらどうした修平。お手手がお留守だぞ」
修平が手を止めたのは、シャツほど薄くはないのではっきりと透けはしないパーカーだが、何か違和感を感じたのだ。
「きゃっ」
アーニャの短い悲鳴――そして派手な水しぶき。
「貝に足を取られてしまいました」
無邪気に照れ笑いを浮かべるアーニャ。
撮影者達が途端にざわつき始める。濡れて透けたワイシャツには、肌色一色しか映し出されていないからだ。
自身の胸元に目を向け、慌てて腕で隠す『ふり』をしながら、撮影者たちの様子を観察していた。
熱気ムンムンで崇める様に拝みながら集まってくる、教信者さながらの男達。馬鹿の集まりである。
(『透けるのがいい』とか、変わってますね。裸よりいいんでしょうか? 人間さんの心理は奥深いです)
一通り様子を楽しんだのち、がばっとワイシャツを脱ぎ捨てる。更なるざわめきが起こり――落胆の声が。
「残念でしたね、ちゃんと水着でした」
肌色水着を着用済みと、誰がどう考えてもワザとの所業。流石は悪魔。周囲の殺気にも似た気配を察して、翼を広げ飛んで逃げだしたのであった。
その一連の出来事を眺め思い至ったのか、ぐるりとアルジェに向き直った修平はあっと声を漏らして顔をそむけてしまった。
「なんだ、種がばれてしまったな」
うっすらとだけ透けるパーカーには肌色だけでなく、胸元にツンとしたものが2つ。それに気がついてしまったのだ。
修平の不審な動きに眉をひそめた海と理子も、何に気がついたのか気がついた。
そこへ余計なひと言。
「修平は先日、裸を見たんだし、気にする事でもない」
その瞬間、海と理子の視線が修平に突き刺さり――修平は脱兎の如く逃げるのであった。
●そろそろお開き
「今日は1日、なんだか悪かったな。黒松」
ぐったりしていた理恵だが、光平に声をかけられると途端に復活。笑顔を振りまく。
「いいっていいって。なんだかんだでコー平と遊びに来れたわけだしね」
「そっか……なあ、今度映画見に行かないか? ペアチケット、買ってあるんだ」
その言葉に理恵は開きかけた唇を一旦噛みしめ、それから「いいよ」と静かに震える声で伝えた。心の中では大絶叫中だ。
そんな2人のやりとりに拳を握って歯ぎしりしている雅であったとさ――
【流星】透ける服撮影会 終