●
「わぁーい、お肉っすー!」
大谷 知夏(
ja0041)が叫べば。
「奢り……てぇ言ったよなぁッ……!?」
革帯 暴食(
ja7850)も叫び。
俄然テンションの上がる周囲を尻目に、焼かなくても食べられる物へ既に手をつけている天藍(
ja7383)。
「球技大会だか何だか知らねーけど、我を差し置いて焼肉だなんて百万年早えーアルよ」
なぜ打ち上げだけ参加しているか? 愚問だな。肉の匂いがしたからさ。
「てめーら大人しくするアル、喋る前に焼かねーと食えるもん無くなるネ」
しかしお前こそ焼けよ、とツッコミを入れる人間さえこの場にはおらず。
この卓で唯一の良心かと思われたアフロのナイスガイ田中 匡弘(
ja6801)は、恍惚の表情でひたすら肉を眺めていた。
「肉肉野菜肉野菜肉……っ」
普段の貧しい食生活を思い起こせば涙を禁じえない。しかし、嘆いている場合ではない!
溢れそうな涙をぐっと堪え、目を輝かせたまま肉を焼き始める。
「鷄はまぁ食べられるし、ここは良い牛肉を焼いて……ああ、でも馬肉もいいですねぇ!」
「遠慮なんかしてられないっす、高級和牛とかバンバン頼むっすよー!」
「和牛もあるんですか、素晴らしい!」
「好吃、好吃。うめーもん食える幸せあるー」
「牛だろうが馬だろうが喰っていいなら喰わにゃあ損……喰って喰って喰い潰すッ! ひたすらにッ!」
「ぬぉおおおお!? 焼けるのを待つのがもどかしいっすよ! もう、生焼けでも良い気がして来たっす!」
皿の上の肉を豪快に網の上へと放り込みつつ、上がり続けるテンション。
まさに天井知らずである。主に2名……いや、3名。
元々ノリのいい知夏や食べることに異常なほど執着する暴食は、まあ、予想の範囲だが。
匡弘のテンションの高さは――そう、まるで人が変わったような、激しい上昇っぷり。おにくの魔力はんぱないね。
「う……うまい……! うますぎる!」
心無しか、アフロマンの目の端にうっすら涙が見える気が……。
「牛豚鶏羊馬鴨魚野菜ッ! 関係ねぇッ! 全部だッ! 全部持って来いッ! 店にある喰いモン全部ッ!」
「魚系もあるって事はホタテやカニ、エビもあるっすかね!?」
「こんなにお肉が食べられるだけでも幸せなのに! もっと幸せになれるなんて……っ!」
感極まった匡弘、喜びのあまり上着をばさっと脱ぎ捨て――両手を天へ向け突き出した。
黄金色に光り輝くその姿は、さながら熾烈な争いを戦い抜いた名も無きボクサーの如く。
「エイドリアァァァァーン!」
……駆け寄る女性の姿は、ないけれど。
――えーっと、これ焼肉パーティだよね? などという疑問を抱いても不思議ではない、驚異の皿回転率。
「ケラケラケラッ! 食物連鎖の王を嘗めんなよぉッ!?」
「いい食べっぷり……だけど知夏も負けないっす! 例え、先生方の給料が、無くなろうと、知夏は食べる事を止めないっすよぉ!」
大体あの辺のせいだなぁ、と生ぬるく見守るしか無いけれども。
めでたくわんこそば状態となった卓の周りを駆け回る風鳥 暦(
ja1672)、休む暇なく肉を運んでいる。
「今度は豚ですか! はい、追加です! ……他には何か足りないものありますか?」
なぜこんなに食べる人ばかり1つのテーブルに集めてしまったのか、甚だ疑問であるが。
文句を言おうにも幹事は倒れたままである。
それに、折角の打ち上げだ。ねぎらいの意味も込めて、みんなにはガッツリ楽しんで欲しい。
(みんな楽しんでるようだし……いいか! うじうじ考えるのは、なんか私らしくないしね〜)
球技大会に参加してない奴が何人も紛れ込んでることには、どうか、気づきませんように……。
「両陣営が疲弊してる今こそ、最大の好機……この日のために空かせておいたお腹が、唸りを上げるのですー」
不届き者()、楠 侑紗(
ja3231)は割り箸を通信機に見立て、真剣な表情で一人芝居。
徘徊。そう、徘徊という言葉が相応しい。
「こちら、クスノーキ。会場への潜入に成功しました。大佐さん、聞こえるでしょうかー」
焼けている肉をひっそりと奪いつつ。ひっそりと、焼肉を楽しんで。
●
お肉の気配につられてやってきた部外者(?)は、ここにもいた。
「私がここにいてもいいのかなぁ」
ほんの少し申し訳なさそうに言うのは、タイミングは逃してしまったものの、気持ちだけは大会に参加した四宝院 恵理須(
ja0923)。
しかし彼女を連れてきた張本人――シルバー・ジョーンスタイン(
ja0102)は、そんなの関係ねぇとばかりに肉を食べまくっていた。
「ふっふっふ……おひふといふおひふはほほわはしはひははくー!」
もごもご口を動かしながらドヤ顔。何言ってるかよく分からないが、とにかく喰らい尽くすつもりなのはよく分かった。
そんなシルバーを見ていると、些細なことで悩んでいた自分がバカらしくなったり。
「……まあいいか。私も今日は食べよう」
来てしまった以上は、それが正しい楽しみ方。
怒涛の勢いで食べるシルバー……しかし、その手がおもむろに止まる。目の前の網から肉が消えた。
無理もない。肉ばかり選んで食べていたのだから。
……野菜、かぁ。しばし逡巡。かと思えば、今度は真顔のまま、恵理須の皿へ野菜を盛り。
「こらお銀ちゃん、何やってんの……やめなさい。野菜も食べなさいっ」
不正は恵理須がびしっと正す。見事な連携プレー、流石だ。
「お〜肉、お肉ぅ〜♪」
先生の奢りと聞いて、上機嫌に鼻歌を歌う栗原 ひなこ(
ja3001)。
しかしどうやら、肉争奪戦を甘く見ていたと――早々に気づかされることになる。
「って、みんな早っ!? あ、あたしのかるびぃー!」
「焼肉は食わねと負けアルよ、兎に角食うアル。皿に物入れてぼーっとしてたら横から取られても文句いえないネ」
どこからか現れた天藍は、もごもご口を動かしながら、それだけ言って早々に引き上げようとする。
おそらく本人はアドバイスのつもり……だろうが、言われた方は凹むしかないだろうこれ。
「自分の食うもんから目ぇ放すのやつが悪いアル、我なんも悪くねアルよ」
残っていたフランクフルトと鳥つくねを軒並みかっ攫い、台風のように天藍は去っていった。
気づいた時にはカルビは勿論、鶏肉やソーセージさえ消えていて。残されたのは野菜ばかりなり。
おいお前らこういうふうにハブられるピーマンの気持ち考えたことあんのかよ! と叫びたいレベルだ。
程よい香ばしさの焼きとうもろこしを手に、かぶりついてはみるものの。
(わ、おいしいっ――けど、やっぱお肉……うぅっ、こうなったら確保した人に分けてもらうしか……っ)
知人はいないかと周囲を見回す。……と。
「あれ、ひなこちゃんも来てたのか」
生肉が乗った大皿を手に、桐生 直哉(
ja3043)が颯爽と現れる。あなたが神か。
「き、桐生くん〜! ふぇぇぇん、お肉わけてー!」
「……ああ、争奪戦に負けたのか。本当、人の肉を取る奴は血も涙もないよな」
「ほんとだよね〜も〜……あたしのかるび……」
「あれ、カルビ狙い? これ食っていいよ」
「えっほんとに良いの!?」
「丁度いっぱい焼いてるから、食っとけ食っとけ」
言いつつ食べ頃のカルビを、トングでひなこの皿に乗せてやり。
「やったぁ、桐生くんありがとー! えへへ」
いつもの笑顔に戻った彼女を見て、ほっと一息。直哉は再び肉を焼き始める。
もちろん今度は、自分で食べる分。
網の上に隙間なく肉を敷き詰め、乗せた順番そのままの流れで裏返す。全く隙のない焼き方……。
「うわっ!? 桐生くん……もしかしてお肉奉行……!?」
「そんな大層なものじゃないって。一杯食べるには速く焼くしかないだろ」
そして満足いくまで一杯食べる、もうひとつの秘訣は。
「後は、いい感じに焼けたと思ったら……とにかく死守する。それが一番」
忘れてはいけない。ここは戦場なのだ。(多分)
這い寄る脅威には、断固として立ち向かわねばならない。(多分)
「おい、そこのあんた」
やはりと言おうか。今か今かと隙を狙っていた略奪者の影へ向け、直哉は真剣な表情で告げるのだ。
大切なものを、死守するために――。
「……悪いけど、こいつは奪わせない」
あ、肉の話です。
(ヤキニク……父さんやその部下の人たちとよくやったBBQを思い出しますね)
フェリーナ・シーグラム(
ja6845)は懐かしい思い出に浸る。
叶わないのは分かっているが……できるなら、もう一度父に会いたい。
そんな想いを抱えつつ、一人、のんびりと大会の余韻を味わっていた。
ずっと保健室にいたから大会自体に思い出がないとか、そういう本質にツッコむのはやめよう。お姉さんとの約束だぞ。
「ふふ、上手に焼けましたっ♪」
食は選り好みはしない主義ゆえ、鮭を初めとする魚類を中心に、時折鶏肉にも手を伸ばし。
同じ卓についた二上 春彦(
ja1805)は、好き嫌いせず何でも食べる彼女に好感を持ったか。
「鶏ですか? でしたらこっちの肉が焼けていますよ」
「わ、ありがとうございます! いただきますねっ」
「同じ肉ばかりでは飽きてしまいますよね。折角なのでひと手間かけて別の料理も作ってみましょうか」
「本当ですか、楽しみですっ!」
いつの間にか打ち解けて、和気あいあいと食卓を囲む。
しかし。平穏は突然瓦解するもの。
「では、生ダコのマリネでも用意しましょうか」
デデーン。
春彦が取り出したのは、よりによって生ダコだった……。
硬直するフェリーナ。彼女の脳裏に、あの忌まわしい記憶が蘇る。
「ふ……ふえぇぇぇぇー!?」
「!? だ、大丈夫ですか……どなたか、癒し手の方……」
オロオロと、手にタコを掴んだままフェリーナに近づく春彦。
「で、でろでろいやぁぁぁあー!」
逃げ惑うフェリーナはやがて、倒れ伏した猛者達の屍に躓いて――ばたんと倒れ。
その後再び保健室送りになったとか、なんとか。
「残念ですね。少しグロいぐらいの方が、食べたとき美味しいんですが」
タコと睨めっこしつつ、首を傾げる春彦の前に、ふと通りがかるシルバー。何やら混ぜて遊んでいる。
「やはりコーラにコーヒー、いや塩……」
「……食べ物を、粗末にしてはいけないと教わりませんでしたか?」
やばい、一番見つかっちゃいけない相手に見つかった。逃げろ!
●
「ポラリスちゃん……私はこの学園に来たこと、後悔してはいないわ」
「あら奇遇ね、楓ちゃん……私もよ?」
言葉だけならば、彼女らの会話は――素晴らしき友情と出会いに乾杯、とかそういう話っぽいのだが。
実態は違った。2人の乙女の視線は、盛り上がりお祭り騒ぎに興じるイケメン達の方へ向けられている。
「こういう打ち上げ的なのってさ、ハイになって壊れる人絶対いるよねー」
嵯峨野 楓(
ja8257)の弁に、ポラリス(
ja8467)はくすくすと笑い声をもらして。
「楓ちゃんは何を期待しているのかしらねぇ? そんなことより、やぁね。さっきからカルビばっかり取って」
「いいのよ、普段こういう美味しいカルビ食べられないんだからっ」
「だめよ、野菜も食べなきゃ。お肉ばっかりがっついてると太るわよぉ?」
言いながら、勝手に楓の皿へ野菜を盛るポラリス。
女子力高い女子によるお節介、と思いきや……ニヤニヤ笑ってやがる……!
尤もなのだが、しかし楓も黙って従う女ではない。
野菜が食べられない訳じゃない。挑発的な笑みを浮かべた相手の言葉に従うのが癪なのだ。
「……わかったわよ、野菜食べればいいのね。きのこも野菜よね?」
「きのこはきのこだと思うけど……お肉ばっかりよりは良いんじゃない?」
「よし。椎茸を焼いてバター醤油で食べる」
「ちょっと楓ちゃん、バターつけたらお肉と変わらないでしょぉ!?」
抗議は華麗に無視して椎茸を焼き始める楓。
ぐぬぬ、と言ったかどうかは分からないが、面白くないのは確かだ。
ここで一泡吹かせてやらねばと、温めていた作戦を実行に移す。
「ねぇ楓ちゃん……そろそろ口の中脂っこくならない?」
あれだけカルビとバターを摂取していれば、そろそろ飽きが来るはず。そこに付け込む作戦だ。
無理言ったお詫びに、と前置きして差し出すのは、恐らくはレモン風味の炭酸飲料か。限りなく透明に近いイエロー。
「さっぱりするわよ」
悪意など微塵もなさそうな笑みで勧めるポラリス。そこまで言うのならと、楓は受け取り、ぐいっと飲み干し――
「ブフッ! す、すっぺぇぇぇぇえ!?」
――きれなかった。咽せた。その中身、生搾りレモン汁100%だししかたないね! っておい。
酸味もここまで来るとえげつない兵器である。此処にマジックフルーツがあれば或いは……いや普通ねぇよ。
ゲホゲホ咽せ続け涙目の楓を見やり、勝ち誇った笑みを浮かべるポラリス。
「お野菜を食べないから罰が当たったのよぉ」
余裕綽々の態度で、優雅にニンジンを口へ運ぶ――が。
「げぇっ、何このタレ……っ!」
悶絶。
楓のことだから何かしてくると踏んで、警戒は怠らなかった、つもりだったのだが。
甘かった。ニンジンよりタレより甘かった……。
いつの間にかすり替えられていたタレ。工場の煙の匂いがするゲロ甘のタレ。天才的なマズさのそれは、何を隠そう楓のお手製。
――因果応報とは、このこと……なのだろう。多分。
網を鉄板へと交換するカーディス=キャットフィールド(
ja7927)。
「よし、セッティング完了ですよ〜」
ひと仕事終え汗を拭った彼のところへ、紙皿と箸を手に木ノ宮 幸穂(
ja4004)が駆け寄ってきた。
よく見れば清良 奈緒(
ja7916)も幸穂に手を引かれ、一緒に向かってくる。
「カーディスのお兄ちゃん、一緒に遊ぼー!」
「カーディス先輩、よかったら一緒に食べましょうー?」
微笑ましいその姿に、カーディスもにこりと笑顔を浮かべて。
「もちろん大歓迎ですよ〜あ、食材3人分確保してきますね〜」
「わぁーい! バーベキュー♪ 楽しくいっぱい食べるのだぁ〜」
同じ頃、隣の卓では。
「球技大会お疲れ様でした。最後までカオスでしたよね!」
くすくすと笑い声を漏らしながら、東城 夜刀彦(
ja6047)は網へと箸を伸ばし。
「お疲れ様でした、さすが久遠ヶ原というか……本当に混沌としてましたね」
苦笑いで応えるマキナ(
ja7016)も、疲れを滲ませる表情ながら、休むことなく箸を動かしている。
同じ網を囲んで肉を取り分けるのは、神楽坂 紫苑(
ja0526)。
「2人とも良く食べるな……あ、これ焼けたぞ」
もともと少食ゆえに少し食べただけで満腹になってしまったらしく、今は焼く側に徹している。
「わぁ、ありがとうございます神楽坂先輩っ」
「サンチュで巻いて食べると、タレ味でもさっぱり食べられておいしいですよね」
「そうそう。肉だけじゃダメだぞ、野菜も食わないと」
網の上で焼き目のついたウィンナーソーセージを転がしつつ、紫苑が笑う。
「そう言う先輩はちゃんと食べてますかー? お肉美味しいですよ、よかったら代わりますけど」
「あ……じゃあ、腕が疲れたら交代頼む」
「はい、いつでも言ってくださいね!」
鉄板を前に、コテを器用に扱って。カーディスの調理が始まっていた。
「さ〜お二人ともいっぱい食べて下さいね〜」
焼きたてのサイコロステーキや、適度に味付けされた野菜を前に、奈緒はきらきらと目を輝かせている。
妹のような少女の愛らしい一挙一動に、思わずくすくす笑う幸穂。飲み物を彼女に渡しながら、少しだけ首を傾げて聞いてみる。
「奈緒ちゃん、おいしい?」
「うん……このお野菜、すっごく甘いよ! カーディスのお兄ちゃんすごい!」
苦いものや辛いものはやっぱり苦手で、ついつい甘いお菓子ばかり食べてしまうけれど。
人参に玉ねぎ、トウモロコシ、かぼちゃにさつま芋。
カーディスの焼いた野菜は、どれも驚くほど甘く美味しく感じて。
「こうやって食べると野菜もいいものでしょ〜?」
「えへへ、ありがとっ」
「よかったね奈緒ちゃん……あ。カーディス先輩もちゃんと食べてくださいねー?」
「お気遣いありがとうございます〜それじゃ最後に、これだけ焼いて休憩にしますね〜」
そう宣言すると、カーディスはおもむろに卵と牛乳を取り出して。
「わぁ……先輩、すごいっ」
みるみる形成されていく。可愛いシルエットのパンケーキ。
「かわいい! タヌキさんだぁー!」
「はい、完成です〜皆さんお待ちかねのデザートなのですよ〜」
最後にチョコレートで目鼻を書き入れて、バニラアイスを添えれば出来上がり。
差し出された皿を見つめ、一層嬉しそうに笑う奈緒の姿に、幸穂もカーディスも、つられて笑い。
「本当においしそーですね、ありがとうございます」
「幸穂姉ちゃんも早く食べようよ! すっごくおいしい〜っ♪」
「カーディスさん、ちゃんと食べてますかー?」
2人の笑顔を満足げに見守るカーディスのところへ、夜刀彦がやってきて。
「これ焼いたらすごく美味しかったのでおすそ分けです♪」
「ほーほー、オススメとあらば食べない訳にはいきませんね〜。いただきます!」
日本の牛肉は本当に柔らかくて美味しい、と、感慨深げに食べるカーディス……だったが。
「喉が渇きましたね〜飲み物は……と」
「あっ、お持ちしましょうか?」
「いえ大丈夫ですよ〜このオレンジジュース、誰のか分かりませんが口つけてなさそうですし頂いちゃいますね〜」
と、夜刀彦の申し出を断り彼が手にとったのは。まさか。
「あ、先輩それ……!」
幸穂が制止するも、ほんの少し遅く。橙色をした忌むべき魔の飲料は、カーディスの喉に吸い込まれていき……。
「あー……」
一瞬の後、突然ばたーんと倒れる。
「は、犯人は……がくり」
「カーディスのお兄ちゃーん!?」
大慌てで駆け寄りフォローにまわる幸穂と奈緒であった。
一部始終を見守っていたマキナが、静かに動く。夜刀彦は焦った様子で引きとめようとする、が。
「……男にはね、引けない時があるんですよ」
無駄に格好よく背中で語り、マキナは向かっていく。橙色の名状しがたきジュースのようなものへ……。
「おぉ、マキナさんやっぱ挑戦する?」
待っていたのは月居 愁也(
ja6837)。既に右手に例のブツが注がれたコップを持ち、準備万端。
「そのつもりですが、撃退士を潰すほどのドリンク……大丈夫ですかね?」
「万一の時は頼れるアスヴァンもいるし大丈夫じゃね?」
ちらりと送る視線の先には、……大方今日も付き合わされているのだろう、完全に保護者ポジションの夜来野 遥久(
ja6843)。
愁也がニっと笑えば、諦めの色が全面に出た表情のまま、好きにしろとばかりに顔を背ける。
「なら、大丈夫ですね。勝負はより多く消費できた人の勝ち、ということで」
そんなわけで。
男同士、謎のプライドを掛けた(超くだらない)大一番が始まろうとしていた……。
「……なんだか殺気を感じるんだが、争奪戦か何か起こったのか?」
不穏な空気に首を傾げる紫苑。諦めて戻ってきた夜刀彦は、苦笑いで。
「漢の生き様、見せていただけるようですよ……?」
――それは時間にして僅か数秒の戦いであった。用意された橙色の兵器は、瞬く間に猛者達を駆逐してゆく。
「あっ、トイレの女神様だ!」
おもむろに立ち上がり、どこかへ歩いていきそうになる愁也をピコハン(※魔法攻撃)で殴りつつ、遥久は言う。
「もうリタイアか? 回復は活性化してあるんだ、存分に飲め」
いや……存分にと言われましても。
「冒涜的な味……酸味があるのにまろやかで、口当たりがよくするする飲めるのに、何故か笑えるほどマズい……!」
「なんかこれ食品じゃn……ぐふっ、もう一杯!」
無茶というか無謀な挑戦に情熱を燃やした2人の男が、がくり、と膝をつく。
崩れ落ちるマキナに無言で手を合わせる遥久。その肩をべしべし叩く愁也も、もはや。
「遥久聞いて聞いてー、川の向こうで女神がトイレブラシ振って俺のこと呼んでた〜」
「……限界だな」
遠い目せざるをえない感じに。
●
「試合に勝っていたらもっと美味しかったと思うと、ちょっと悔しいのですよ……」
アイリス・L・橋場(
ja1078)は、応援していたアリスの敗北に唇を尖らせ。
悔しさをぶつけるように、お肉をぱくぱく口に運んでいた。
食べる仕草は可愛い少女のものに相違ないけれど、その勢いはまるで掃除機のようで。
ヤケになって食べ過ぎていないかと、隣に座る橋場 アトリアーナ(
ja1403)は箸を止め、少し心配げに首をひねる。
「ボクは、どれだけ食べても全然変わらないけど……ルナは、大丈夫なの?」
「この位問題ないのです、リアさんと一緒にいっぱい、いーっぱい食べるのですっ!」
世間ではそれをヤケ食いと言う訳だが、まあいい。
「折角だし……いつも食べられないお肉を食べることにするの……あと甘いものがあったら、それも……」
「賛成なのですっ、とりあえずは馬刺しですかねー? 鴨ローストも捨てがたいですがっ」
「ん……今日は誰に遠慮する必要もないの。心ゆくまで馬刺し、食べるといいの」
「はいっ! 馬刺し、遠慮なくいっただっきまーす♪」
馬うめぇよ馬。
常塚 咲月(
ja0156)と月岡 朱華(
ja5309)は、並んでもくもくと食事を続けていた。
「……色んなお肉……食べれるって良いよね……」
「うん……肉……美味い……」
2人とも表情にはあまり出ないけれど、美味しいものを食べられて幸せ気分だということは伝わってくる。
ふと互いに目を向ければ、相手の食べているお肉が目に入り。
隣の芝生は青いというか。人が食べているものというのは、必要以上に美味しそうに見えるもので。
「……それ……食べたい……」
朱華があ、と口を開けて要求すれば。
咲月はほんの、ほんの僅か、微笑を浮かべてそれに応える。
ただ自分ばかり要求されるのも癪なので、
「朱華……私もそれ……食べたい」
代わりに自分もお願いしてみたり。
「ん……美味しい、ね……」
「ん……。美味しいね……」
本人たちにしか分からないほど、小さな振れ幅だけれど。
微笑み合う。喜びを共有できたこの機会に、感謝の気持ちを抱きながら。
「口直し……これも……焼く……」
朱華の取り出したマシュマロに、咲月が持参した串を刺して。
「おやつ……やっぱり甘いものは必須……だね……」
程よく溶けたマシュマロをビスケットに挟むのも。焼きとうもろこしを作るのも。
2人で楽しめば、きっと2倍楽しい。
「は、はむぁ……調子に乗って食べ過ぎたのです……飲み物……」
「ルナ、さすがにボクもフォローできないの……」
飲み物を探して彷徨うアイリス。ある意味予想通りの展開に、アトリアーナも流石に苦笑いを隠せない。
しかしパーティも終盤戦となれば、手付かずの飲み物はかなり減っていて。
「ぁ、このジュースもらっていいですか……?」
ようやく見つけたそれを手に取り、一気に飲み干すアイリス――だが。
一瞬の後、徐々に顔色が、青くなっていく。
「ふぐっ……!? こ、これは、なんなの、で……すっ……がくり」
「これは……無茶しやがって、と言うべきところ……?」
かくりと首を傾げつつ、倒れた大切な妹を、愛しげに介抱してやるアトリアーナだった。
唐沢 完子(
ja8347)は、黒峰夏紀 (jz0101)に大会のトンデモ具合を愚痴りつつ。
「たかがお菓子の恨みの為に、アタシらは血まで流したんかとね……」
「全くであります……が、こうして慰労会が開かれたのですから。水に流してもいいのでは?」
「どーせ説教したところで……と思っちゃうあたり、アタシも久遠ヶ原の空気に毒されつつあるのかしらね……」
今は反省した様子を見せていても、どうせまた、何かやらかすのだ。あの教師たちは。
苦笑いのままそう言って、完子はお肉を頬張る。
「唐沢撃退士、飲み物が必要でしたら自分に言って下さいね!」
「あら、悪いわね夏紀。いただくわ。……そうなのよ、アタシの身長だとなかなか思うように欲しい物が取れなくてね……」
これだから不便なのよ、と己の身長を嘆きつつ、取ってもらったオレンジジュース()を受け取って。
「それじゃ改めてお疲れ様の乾杯、と!」
「はい、お疲れ様でありますッ」
そして、楽園への扉が開かれる。
●
同じ頃カタリナ(
ja5119)は、ソーセージを肴にビールを傾けていた。
「このヴルスト……存外、悪くないですね」
元気に肉を奪い合う後輩たちを微笑ましげに見守りながら、一人静かに、舌鼓を打つ。
「おぉ、いたいた、カタリナ!」
手を振りながら駆け寄ってくる美女――ザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)の姿を見とめ、カタリナはすっと手を上げ。
「お疲れ様、楽しんでる?」
「ははは、本番はこれからじゃて。……時にカタリナよ、その脚の下にあるモノは何じゃ?」
「え? ……あっ」
指摘されて足下に目をやると、知らぬ間に踏みつけていた男の屍。
当然、そこに転がされていたのは彼である。謎のドリンクの第一犠牲者となった桐江である。
「ごめんなさい、あまりにも自然に倒れていたものだから……大丈夫でしょうか」
「よくわからんが、こやつ幸せそうな顔で伸びてるし大丈夫じゃろう」
意識がなくてよかった。(普通とは違う意味で)
「そうじゃそうじゃ、忘れかけておった。カタリナよ、こいつを一緒に飲もうぞ」
「お酒なら歓迎ですが――え? 何ですかその飲み物は」
「何でも『さつじんどりんく』らしいぞ? 大袈裟じゃがな」
「あー……ソレが原因でしたか」
先程から何か向こうが騒がしいと思っていたのだ。同時に倒れていた桐江の顔を思いだす。おそらくは彼も……。
思い当たり思わず頭を抱えるカタリナに、ザラームはにやりと笑ってけしかける。
「どうした、怖気づいたか? 撃退士が飲み物一つに臆するなど言語道断じゃぞ」
「わ、わかりましたから」
倒れたのは、きっと当たり所が悪かったのだ。そう言い聞かせ、自分を無理やり納得させて、橙色のドリンクを手に。
念のため保険はかけておこう。精神集中――そして。
「乾杯じゃ!」
「か、かんぱい……」
(焼肉、か。悪くはないが今日は堪えそうだな)
下妻笹緒(
ja0544)はグッタリお疲れモード。まるで納期明けのサラリーマンの如き見事な燃え尽き具合である。
人より分厚い戦闘着のせいか。はたまた冷房慣れした現代パンダの弊害なのか。
栄養補給はありがたい……のだが、いかんせん夏バテ気味で胃が弱ってしまっている。
「何か食欲がなくても食べられそうなものは……」
ゼリーとかフルーツとか、胃に優しく流し込めるようなものがいい。そんな思惑で歩き回っていると、ふと、周囲の声が耳に。
「中山寧々美が置いていった栄養ドリンクだってー」
実は割と地獄耳なパンダちゃん。記者たるもの取材力は高くなければいかんのだ。(多分)
遠くから聞こえた声を頼りに、噂の栄養ドリンクとやらを探し回る。
(液体ならば食欲なくてもゴキュっといける。なるほど、なかなか気が利くな中山寧々美)
心の内で密かに好敵手を認めつつ、件のジュースを見つけると、即座に、ぐいっと。
白黒ボディにみるみる吸い込まれていくオレンジ色の憎いあんちくしょう――
直後。笹緒の脳裏を、数々の思い出たちが駆け巡りはじめた。
ひとつ。仲睦まじい両親の姿。
足取りもおぼつかない、本当に幼い頃。両親はいつもお揃いの着ぐるみを着て笹緒を公園へ連れて行ってくれた。
ふたつ。小学校の思い出。
今でこそカチッと着こなすことの出来るパンダスーツだが、やはり子供の頃は嫌だった。
自分に似合うかもわからず、親の用意したものを言われるままに着て……ぶかぶかで……。
みっつ。そんな親の方針に、初めて反抗心を覚えた15歳の夜。
親から貰った大切な着ぐるみに、自分の手、自分の意思で傷をつけた。改造着ぐるみ。忘れられない。
こんなクソみてぇな世界ぶっこわしてやる。本気でそう思っていた……やんちゃな中学時代。
(ふむ……これが、いわゆる走馬灯というやつ、か……)
巨体が、崩れ落ちる。そこに転がっていた桐江の体の、上に……。
「ちょっ……おい、部長!」
慌てて駆け寄る小田切ルビィ(
ja0841)は、どうやら部活の関係で笹緒を探していたらしい、が。
(誰よりも人目を引くはずなのに、なぜか見つからなかった)部長の姿、ようやく見つけたと思えば、
「……馬鹿野郎。無茶しやがって……!」
ちょうど、ガシャンと大きな音を立てて倒れこむところで。
思わず向けてしまう。同情と心配が入り混じった、妙に切ない視線を……っていや待て、死んでない死んでない。
パンダ部長・試験MVP特集! が、追悼特集になっては困るのである。部も立ち行かない。
「うわ、しかもよく見たら人を下敷きにしてやがる……ご愁傷様……じゃねェェ!? ンな事よりまずは介抱――!」
混乱しつつも、とりあえず笹緒の体を桐江の上からどけるルビィであった。
強羅 龍仁(
ja8161)は既知の友人、月見里 叶(jz0078)と待ち合わせ、乾杯。
「お疲れ様だ。遅かったな」
「龍仁さんお待たせ……! ごめん、少し片付けに手間取って……」
先生達が人使い荒いんだよ、と苦笑する叶に、龍仁もつられて苦笑して。
「ま、気にすんな。そんなことより食べよう、叶の分も肉確保しておいたぞ」
「わ、ありがとう龍仁さん! ……やっぱお母さんみたいだな」
「……いや、別になんと呼ばれようと俺は構わないんだがな」
やっぱりその形容ばかりは、どうしたものかとため息が零れるわけで。
「……ポートボール以降、俺を母さん呼びするのが増えてきたんだが……」
「あーうん。龍仁さん世話焼きだし可愛いから仕方ないね」
「おい、どうしてそうなる!?」
がたっと立ち上がる龍仁。その耳に、ふと、近くの声が飛び込んだ。
また倒れたぞ! 何人目だ!? ……当然、犠牲者続出のアレである。
「……仕方ない、少し手伝ってくる。誰も彼も、無礼講だからと羽目を外しすぎだ……」
ぽりぽり顎を掻きながら病人の方へ向かう龍仁の背を見送り、叶は再びくすくすと笑い。
「だから、そういうとこがお母さんなんだって」
死屍累々――そう、まさにソレ。
伏した暦は眠っているかと思いきや。あの暴食さえ倒れている。カオス耐性さえ弾き飛ばす。魔物やでぇ。
「全く、ヒドい目に遭ったわ……」
「はむぁ……まだ頭がぐらぐら……」
完子とアイリスの嘆きも致し方なく。
「ちいさいギメルが頭の上を飛んでおる……にゃはは」
倒れたザラームの脳内で何が起きているかは不可解だ。カタリナもまだ幾分顔色が悪い。自己回復できてなかたらと思うと恐ろしい。
ででんと寝かされた笹緒は、倒れてなお圧倒的存在感。ルビィが乗せたのだろうか、額にはおしぼり。それはそこで意味あるのか? などと詮索するなかれ。
焼肉とは名ばかり。義姉を探すためにやって来た明星 秋斗(
ja8232)も、寧々美汁の犠牲に。
義姉がこの会場にいないと分かった瞬間「大好きな義姉さんいないんですかぁ!」と謎の叫び声を残して楽園へ旅立っていた。
まったく……どいつもこいつも無茶しやがって。
屍と化した彼らを、御堂・玲獅(
ja0388)は手厚く看病して回る。挑戦者は存外多い、きっとまだまだ病人は運ばれてくる。
忙しくなりそうだ、と苦笑に近い微笑を浮かべ、玲獅はぽつり呟いた。
「……皆さん、どんな夢を見てらっしゃるんでしょうね」
その内容を知る術はないけれど、きっと面白い夢を見ているに違いない。
●
「桐江さん、桐江さーん」
若杉 英斗(
ja4230)の箸には、焼きたての肉が挟まれていた。
「お肉ですよ。起きてくださ〜い」
なるほど、倒れた桐江の鼻先で肉をピロピロさせることで、彼の意識を呼び戻そうとしているらしい。
たれのたっぷりついたカルビの香りは、もうそれだけでお腹を空かせた食べ盛りの青少年にとって毒なのだが――
なにせ、内側からやられた後に思いっきり踏まれ蹴られ、果てにパンダ()の下敷きになっている。
いくら物理防御が高かろうが、気絶している状態でどーんと乗られてしまえば、再起不能(※比喩)になっても仕方ない。
「起きませんね」
「だめか〜……これはもう口に突っ込むか、頬に乗せるぐらいしないといけないようだねぇ」
恐ろしいことを口走りつつ、星杜 焔(
ja5378)は手にした銀色のトングで、網上の肉を鷲掴みにする。
カリッカリになった正真正銘の焼きたてアツアツ。そのうえ肉のチョイスは分厚くて脂の乗った豚トロだ。
そこから滴る肉汁の温度? お察し下さい。
「さすが星杜さん、やることが違う」
鬼。どえす。きちく。ひとでなし。様々な言葉が脳裏を駆け抜けていくが……口に出すのはやめておこう。
「わ、わん……」
こっちはこっちで何の夢を見ているやら、怪しい寝言を発する桐江。
そこへ、まるで天誅とでも言うかのように――焔は網焼きした豚トロを、桐江の唇の上へ盛り付けた。
焔の隣で成行きを見守っていた雪成 藤花(
ja0292)は、止めるべきか否かと、オロオロ周囲を見回している。
「せ、せ、先輩、流石にやりすぎじゃ……っ」
「あはは〜やだなぁ食べさせてあげてるだけだよ〜?」
うん、まあ、食べてませんけどね!
「桐江さん――流石に起きないと、星杜さんがエスカレート……」
見かねた英斗が、うなされはじめた桐江の頬をぺしぺし叩く、と。
豚トロが落ち。
真っ赤になった唇が、動いた。
「(※大人の情事によりお伝えできません)」
固まる英斗。
殺気を感じ振り向けば、真っ赤な顔でぷるぷる震える藤花と――笑顔を張り付けたまま黒いオーラを発する焔の姿。
よくわからないが、ここにいると巻き込まれる気がする……。本能で危険を察知し、大盛りライスを手に、英斗はさっさと移動する。
「ラグナさん、楽しんでますか?」
次に声をかけた相手は、ラグナ・グラウシード(
ja3538)。リア充さえいなければ紳士的なはずの彼だが、今日はどことなく仏頂面。
理由はひとつ。師匠の仇、憎きエルレーン・バルハザード(
ja0889)が、何故か同じ卓にいるから。
「ふ……どうせ自分の懐が痛まんのだ、ともかく思いっきり喰おう」
人はそれをやけ食いと言う。
「折角の機会なんだし、今日だけでも仲直りすればいいのに」
いい具合に焼けたロース肉をタレにくぐらせ、ごはんの上に乗せながら英斗が言うと、ラグナは再度血相を変えて熱弁する。
「冗談はよしてくれ若杉殿。今すぐこの剣の錆にしてやりたい気持ちを、私はこれでも必死に抑えているのだ……ッ!」
わなわなと手を震わせるラグナ。
鋭い視線を向けられたエルレーンは、網を挟んだ反対側で、相変わらずびくびくと様子を伺っている。
「何をジロジロ見ている。私の苦しむ姿がそんなに愉快か!? よくもぬけぬけと私の前に……」
「はぅぅ!?」
一触即発。あわや大惨事。けれどそこは、双方と面識のある焔の機転で事なきを得る。
「エルレーンちゃんもお疲れ〜お肉食べてる?」
「ほ……焔ちゃんっ」
ひと仕事終えた表情の焔が、エルレーンの隣に腰を下ろし。それを見たラグナは表情を強ばらせ、ガタっと立ち上がる。
「星杜殿! その女に加担する気かッ」
「俺はただ皆においしいお肉を食べてもらいたいだけ……」
ラグナの苛立ちを察していないのか。いや、察していてわざとだ。程よく焦げ目のついた牛肉をエルレーンに差し出し、焔は笑顔のまま。
「はい、あーん」
「星杜殿……!?」
「はぅ……はふはふ、おいひいよ焔ひゃん!」
「よかった、球技大会よく頑張ったしご褒美〜焼くのは任せてどんどん食べな〜」
「えへ、ありがとなの!」
仲睦まじげに笑い合う2人。
「……あ、若杉さんロースだけじゃなくてほかの肉とか野菜も食べようよ〜」
「嫌ですよ、まだロース食べたい! ロース!」
「先輩大変ですっ、焼いてないお肉がもうカルビと鶏しかありません……!」
取り巻く仲間達も、ただ純粋にこの場を楽しもうとしていて。面白くないのはただ一人――そう、ラグナだけ。
「ぐ、ぐぬぬ……」
はて。自分は今、楽しそうに笑うエルレーンに腹が立っているのか。
それとも……彼女をごく自然に受け入れようとする、周囲の人間に腹が立っているのか。
ラグナには判断がつかないのだ。
(くそ、くそ、何なのだこの不可解な苛立ちは……っ)
まるで行き場のない衝動をぶつけるように。心を無にして網へ向かう。
「焼けたよ、綺羅ちゃん沙羅ちゃんめしあがれ〜」
折角の機会だし、と。
網をじっと見つめていた荻嶺 沙羅(jz0082)と荻嶺 綺羅(jz0083)へ、野菜を食べさせる心算で。
「ほむら、これはなに?」
「サンチュというのだ……これでお肉を巻くとすごくおいしいよ」
緑の野菜でお肉をくるくる。はい、と差し出せば、素直な少女達はぱくりと口をあけて。
「おいしい!」
「いいなぁ綺羅ちゃん。わたしもー!」
そんな一幕を微笑ましげに見つめながら、藤花はくすっと笑うけれど。
「はい、藤花ちゃんもあ〜ん」
「先輩っ!? ……えと、はい。あーん」
いつの間にか巻き込まれて、頬を染める。
「わたし、かぼちゃが食べたいので追加のお野菜頼みますけど……若杉先輩は?」
「今メニュー見てたんですが、エリンギもおいしいですよね、おっきいのをスライスしたのを焼くのがいいんです!」
「きのこ良いですね! 頼みますっ」
「お願いします。あっ、あとロースも追加で! 鴨とネギがあればそれも」
「若杉さんのロース推しはんぱないな……」
突っ込むところはそこではない気がするが、まあいいや。
「はい、噂に違わず面白……じゃなかった、素敵な方です」
噛み合わないようで噛み合っている、なんとも不思議な一幕。
楽しむ面々を眺め、エルレーンは自然と笑顔を浮かべていた。
(すてきなおともだちが出来てよかったねぇ、ラグナ)
大丈夫。彼の周りは、こんなにも賑やかで――暖かい。
「エルレーン先輩は、ラグナ先輩と仲がいいんですか?」
おもむろに問う藤花に、エルレーンは苦笑して。
「なかよくしたいねぇ、だけど……ラグナはおばかさんだから」
「? よくわかりませんけど……大丈夫。想い続ければ、きっといつか伝わりますよ」
確信めいた声色で言い、藤花はエルレーンの手を取る。励ますように。応援するように。
「……えへへ、やさしいねぇ」
「それよりゴハンっ、冷めないうちに食べましょう?」
そうだね、と返事をして自分の皿に目を落とすエルレーン、……だったが。
「う、うあぁ!?」
目を離した一瞬の隙に――そこには堆く積まれた大量のピーマンがっ!
「あぅ……おやさいきらい、ぴーまん……きらいぃ!」
くそ、くそ!
誰だ。いや、こんな子供の嫌がらせみたいな事する馬鹿は一人しかいない。
エルレーンは涙目のまま、きっとラグナを睨みつける。
「……ふん! いい年して好き嫌いなぞするから育たんのだッ!」
「う、うああああああああ! ラグナのくせに、ラグナのくせにぃぃい!」
兄弟子の視線の向いた先、その言葉に込められた意味を察して、エルレーンは猛烈な勢いで立ち上がった。
●
「……キミはもう、食べ頃だね」
妖しげに微笑みを浮かべ、意味深に呟く七種 戒(
ja1267)がいた。しかし今、彼女の前にあるのは、紛れもない……肉、である。
「あぁ、愛しいお肉ちゃん! キミ達の為ならいつだって、どこへだって駆けつけるさ……!」
つまりお肉が食べたいってことですよね、わかります。
迷える子羊に愛を囁く伊達男の如く。好みの子を見つける視野の広さは、まさに鷹の目の如く。
本気だ。戒は本気で狩りに来ている……。(肉を)
「……よし、とりあえずこの位確保すればいいか」
何やら企み顔であるが、はて、どうなる。
「りゅーかーっ♪」
猫なで声でリュカ・アンティゼリ(
ja6460)の名を呼ぶ。
見た目(は)美人ゆえ、普通なら特段気に留めるべき事ではないはずだが……日頃の行いが日頃の行いゆえ、警戒されても仕方ない。
「もぉ〜お前が肉取りに行くの嫌だっていうから2人分しっかり確保してきたんだぞっ☆」
「あぁ、悪ィな」
「だから……その……な? 食べて、くれるよな……?」
もじもじと恥じらう乙女のような仕草を見せつつ、肉が山のように盛られた皿を、差し出す。
「……日本のBBQは、随分と赤いンだな」
リュカが笑いそうになるのも当然。乗せられた肉は驚くほど赤い。どう見ても唐辛子です本当に(ry
「お、お前が日本食イヤだっていうから、岩塩とパプリカパウダーで西欧風演出したんだぜ!? 日頃の感謝をこめて!」
「感謝、ねぇ」
にやり、とリュカが笑う。だが、まずいと思った時にはもう遅いのだ。
「お前が膝の上に座るなら、食べてやらなくもないが」
「……お、おう!? まかせろ!」
その位で罰ゲームを執行できるならば喜んで一肌脱ごうではないかと、戒は勇み、椅子に腰掛けたリュカの膝に腰を下ろす。
「こ、これでいいか?」
「折角この距離に来たンだ、あーんでたべさせてくれンだろ?」
「お、……おう」
増えていく要求。嫌な予感を覚えつつも、まだ、まだ大丈夫だと箸を手に取る。
「はいリュカ、あーん……」
「どうせなら口移しで食わせてくれよ。旨い肉がもっと旨くなる。名案だろ?」
迫り来る、魔の手。
おもむろに箸を持った戒の手を掴むと、リュカはじわじわと、距離を、縮めて――
「……ええい貴様食う気ないだろ!?」
がたーん。
「何してんの、戒さん」
ぷくく、と笑いを堪えつつ姿を現した愁也に、戒はわざとらしく大きなため息を吐いて、縋ってみせた。
「しゅーやぁぁーん、リュカひでーんだよー! 私の肉が食べられないって!」
「その赤いヤツじゃなくて普通の肉なら食ってやるよ」
「赤? ……ってうわ! マジ赤ぇ!」
「もはや人間の食べ物とは思えませんね」
遅れて姿を現した遥久に、戒は笑顔で肉を勧め。
「食べてもいいのよ?」
「丁重にお断りします」
「……ですよねー」
食べさせるのを諦めたところで、今度は愁也の手にあるオレンジの物体が気になり始める戒。触れていいものか悩みつつ、恐る恐る問い……
「ところでしゅーやん、それは……」
「あぁ忘れるとこだった。これ、リュカにプレゼント! 旨い酒よりもイイ夢、見られるぜ☆」
「うわぁナニソレちょー美味しそうだね☆」
――間違っては、いない。見た目はオレンジジュースだし、夢も見られるだろう。
けれど語弊があるのも確かで。その寸分の揺らぎを、敏いリュカが見逃してくれるはずもなく。
「愁也が口移ししてくれンなら飲んでやってもいいぜ」
「……えっ、マジで?」
真顔で無茶ぶりするリュカに、真顔で返事する愁也。
見かねた遥久が手にしたピコハンで相方の後頭部にぺこっと打撃(※魔法攻撃)を入れ。
「えっ、しない……よ?」
「そもそも悩むな」
その安定感、熟年夫婦の如し。流石の連携プレーである。
体よく難を逃れたリュカは、首を傾げつつ一言。
「奢りなんだよな?」
「らしいぞー? とりあえず高そうな肉あったから確保してやったぜっ」
「けど祝杯にはアレがねぇとかありえねェだろ。奢りなら安心したわ、ちと高級シャンパンあるか聞いてくる」
「お? いてらー」
席を離れるリュカの背中を見送りつつ。
「戒さん、この肉ほんとうまいねー」
「だろー? もう一枚確保してくるか。で、リュカ戻ってきたら記念写真撮ろう。そうしよう」
「……その赤い肉の処理方法も考えて下さい」
くすくすと笑い合いながら。
楽しい時間は、ゆるやかに、加速して。
●
騒動慣れしている事と、動じない事は別である。
「アリス先生、太珀先生」
千葉 真一(
ja0070)の言葉により、2人は正座させられていた。
どっちが教師でどっちが生徒なのか若干怪しい構図だが。素直に従うのは、爆発だの反省文だの被って流石に反省したゆえ。
「太珀先生はアリス先生に言うべき事がありますよね?」
ぎくりと肩を揺らす太珀。ふっと鼻で笑うアリスにも、牽制するように真一は声をかけた。
「アリス先生? 先生の気持ちも判らなくはないですが……今後引きずらないよう、ちゃんと仲直りして下さい」
「そうです、二人ともいい歳なのですから教職者の自覚を持って下さい」
同じテーブルについた雫(
ja1894)もまた、少し不機嫌そうな声色でそう告げる。
レバ刺しが食べられない事がそんなに不服……って、違うか。
「この馬刺しと鹿刺しでも食べて、冷静になって下さい」
初等部生とは思えぬウィットに富んだ皮肉に、ぐぬぬと黙らざるをえなくなる両教師。ばーかばーか。
しかし教え子にこうまで言われては、流石のアリスも眉を下げて。
「うぅ……すまぬ、大人気なかったのぢゃ……」
「……いや、元はといえばこちらが」
「よし! じゃあ仲直りのご褒美に、これ」
にかっと笑い、真一が2人の前に差し出したのは――
「「プリン!」」
卵をふんだんに使った、優しい香りのする素朴なプリン。
「見た目はイマイチだが、味は保証するぜ?」
「ちょ、ちょっと待った! プリンなら私の作ったプリンを食べてください!」
後手に回ってたまるかと男が駆け寄ってくる。
「私は高等部3年、北斗 哲也(
ja9903)です。アリス先生に食べてもらおうとプリンを作ってきました」
ずいと差し出されたのは生クリームのたっぷり乗った豪華なプリン。2つの黄色い塊を見比べて、アリスはおお……と嘆息する。
「腕に依りをかけてかけて作りました。是非、是非、あーんで食べさせて差し上げたい……!」
謎の情熱に押され、反射的に頷くアリス。哲也はしめたとばかりに彼女の手を優しく握り、空いた方の手でスプーンを持ち。
「先生……あーん」
「あー」
「ちょっと待ったぁ〜〜!! 先生にあーんするのは、あ・た・し・だぁ〜!」
阻止に走るのは、自他ともに認める魔女萌えニストこと森浦 萌々佳(
ja0835)。
「ごめんなさい先生、力になれず本当に申し訳なくて、あたしぃぃ」
「い、いいのぢゃよももか……せっかくの打ち上げ、過ぎたことは水に流そうではないか」
「ふぇぇぇんアリス先生〜〜! ありすせんせぇ〜〜〜!」
同性特権発動。がばぁっと遠慮なくアリスに抱きつく萌々佳。
抱きしめられぐるぐる振り回される魔女教師が、どことなく苦しそうなのは気のせいだろう。
「先生はなんでそんなに可愛いんですかぁ〜! プリンぐらいあたしが幾らでも作ってあげますよぉぉ〜!?」
「わ、私だって……! 陰陽師たる先生の弟子にして頂けたら、毎日だってプリンぐらい!」
「……お前らそのぐらいにしておけ、そのまま振り回していたらその魔女、プリンどころか何も食えなくなるぞ」
遠巻きに惨状を眺めつつ、太珀はふっと笑った。しかし――決して他人事ではないのである。
「太珀センセはどぉこだー!」
びくっと肩を揺らす悪魔に、怖気づくことなく駆け寄る南條 真水(
ja2199)。
「あっいたいた太珀センセ! うへへ、なんじょーさんのお膝でプリン食べるといいじぇ……!!」
きらーん。と、目を光らせにじり寄る真水。彼女が発する気迫には、怖いものなど無いはずのはぐれ悪魔さえも黙らせる、謎の力が備わっている。
背後は壁。迫り来る真水の魔の手(?)から逃れる術は――おそらく、無い。
万事休す……そう思った瞬間、膠着した場に颯爽と紳士がッ!
「おい、太珀を独り占めしようったってそうはいかねぇぜ。分けろ、俺にも分けろ」
……訂正。自称紳士、アラン・カートライト(
ja8773)である。手には透明の液体がなみなみ注がれた中ジョッキ。明らかに酔っ払い。
「ふっ、分けても構わんが……なんじょーさんが先だじぇ?」
「仕方ねぇな。紳士的にはレディに先を譲らない訳にはいかねぇ。ただし後で交代しろよ」
「話のわかる男で助かるねえ」
「おう。紳士だろ?」
「……貴様ら、僕の意思を確認しようとは思わn」
「ぬあー、センセほんとめんこいじぇーめんこいじぇー」
「こら、話を聞け! あと離せ! 撫でるな! 僕は大人だ……!」
「太珀センセ薄情だねぇ、なんじょーさんとて白組の為に頑張ったというに……用済みになったらポイ、か。世知辛い世だじぇ」
「うっ」
「俺もだ。お前の為に球技大会頑張ったんだから褒美寄越せよ」
太珀だって素直じゃないだけで、反省はしている訳で。
生徒にそんな事を言われてしまえば、黙るしかないのである。
「……す、好きにしろ」
こうして、女子に抱っこされる両先生――という謎の構図が完成した。
「とりあえず肉焼くか。レディの意見を尊重するが何食いたい?」
トングを手に取り肉を焼き始めるアラン。片手で太珀の頭を撫で回しつつ、器用に肉を裏返していく。
「はい、レバーとタンをお願いします」
雫が真っ先に名乗りをあげれば、負けじと萌々佳も。
「あたし野菜〜! アリスせんせぇにあーんってカボチャ食べてもらうんだ〜!」
「か、かぼちゃぢゃと……!?」
暫し歓談――。
楽しげな卓の傍で一人静かにペンを走らせるアーレイ・バーグ(
ja0276)の姿があった。
「私が死んだら、火葬にして遺骨をステイツの両親の元に送り届けて下さい。葬式は結構です……、と」
したためているのは……え、遺書?
署名した便箋を折り、胸ポケットに入れて。何か決心したような表情でアーレイは魔女へ近寄る。
「先生! 先日の試験の回答を伺いたく」
「何ぢゃ? 先生に分かる問題なら答えるゾ」
「はい。先生の実年齢です」
空気が、凍る。
出題者が学園長室に呼ばれたと噂の問題……答えは未だ非公表、真実は本人のみが知る難問。まさか真っ向から挑む者がいるとは。
「出来れば運転免許証など提示して頂けると有り難いのですが」
その上、さらに追討ちをかける要求。どんだけ死にたいんだ。
「あーれい……お主ちと疲れた顔をしておるのぉ。この栄養ドリンクを飲むといいゾ☆」
差し出される橙色の液体。しかしアーレイはやはり大物だ。桐江が倒れる所を見ていたはずなのに。
「お気遣い痛み入ります、頂きます!」
大ジョッキ一杯に注がれたそれを、躊躇せず飲み干し――
「先生方、お疲れ様でした」
「玲獅もお疲れなのぢゃよっ」
「先程から倒れた生徒を看てくれていたな。感心したぞ」
「やるべきことを為しただけです……ところで、片付け中の方々はこの後いらっしゃるのですか?」
訊ねる玲獅に、アリスは笑い。
「実はのぉ、この後2次会があるのぢゃよ。実行委員が今準備しておる、このまま皆で流れるとしようゾ☆」
「それは名案ですね。では、倒れた方たちが一緒に行けるよう、回復のお手伝いに戻ります」
「スマンの、頼りにしてるゾ!」
「――あ、アリス先生こちらでしたか。お疲れ様でした……って、ええ!?」
アリスの姿を見つけて移動してきたイアン・J・アルビス(
ja0084)が、倒れ伏すアーレイの屍を見て驚きの声をあげる。
「おぉイアン……奴は犠牲になったのぢゃよ、寧々美汁の犠牲に……」
「よく分かりませんが、先生が犯人だということは理解しました」
起こった出来事まるっと無視したまま未だにアリスを撫で回している萌々佳といい、この周囲カオス耐性の高さが半端ない。
「それより大丈夫でしたか? 先生爆発してましたよね」
幾らアリスとはいえ、流石にちょっと心配になって様子を見に来たのだとイアンは言うけれど。
「うむ……ぢゃがイアン、しちょーから聞いておるゾ、お主もえらく大変な目n」
「その話はやめてください、本当やめてください、肉焼きますね。肉食べましょう」
「……傷は深そうぢゃな」
多くの人間を巻き込んだはちゃめちゃな球技大会は――
皆が共有できる楽しい思い出と、ちょっとの思い出したくない黒歴史を生み出したりして。
「いい思い出にも……な、なりました、よ」
それでも総じて評すれば、きっと楽しい1日だったと言えるはず。
「だけど良いんですか? ……負けてしまったのに、おごってもらうのは……」
肉を頬張りながら、僅かにすまなそうな表情を見せたイアンに、アリスはにかっと笑顔を向ける。
「いいのぢゃよ」
満腹なのだろう。周囲に苺ミルクのパックを転がしたまま、満足げな表情で眠る猫谷 海生(
ja9149)の姿を見つめ、アリスは言った。
「生徒の笑顔が見られれば……どれだけ懐が痛もうが満足なのぢゃ」
ちなみにアリスが自らの言葉を後悔するのは、もう少し、夜が更けてからのこと。