●7時、式場前
プロ嫉妬仮面の朝は早い。
静まり返った式場の前で、現場の確認をする獅子堂虎鉄(
ja1375)がいた。
「……という訳で、今日は宜しく頼むぞ?」
その言葉に頷くのは、知る人ぞ知る――久遠ヶ原有数の嫉妬団体、喪男会会員。
突然の連絡ゆえ全員とはいかなかったが……八名ほど、協力関係にこぎ着けた。
数で不利なら増やせばいい。もとより嫉妬を掲げる我ら、卑怯だと罵られようが知ったことか。
欲しいのは名声ではない。唯、目の前にある幸福の撃墜!
「嫉妬軍!」
「おー!」
ちなみに徹夜明け強行突入。そして繰り返します、朝7時です。
●10時半、既に不穏
式の開始は11時。来たる時に備え、集まった面々はそれぞれの思惑を胸に式場で待つ。
披露宴はともかく、式の参列者は10人に満たない。花婿の母親、花嫁の兄、そして共通の友人が5名程。
身寄りのない人間も多い久遠ヶ原では珍しくないが……少し物悲しい。
しかも中には、祝福ムードではない者も。
誰とは言わない……つもりだったが、言わなかったところでバレている筈なので言っちゃう。
タキシード姿で眼鏡をかけたイアン・J・アルビス(
ja0084)と、スーツ姿の若杉 英斗(
ja4230)。
前科げっふん日頃の行いを知る者が察して警戒するのは残当。
もっともらしい理由を並べて知人を納得させたが、そこで気力を使い果たしソファに腰掛けグッタリ。
「今日は風紀委員だから味方だって言ったのに……」
しかし鞄に謎の爆発物が入っていた以上、仕方ない。あ、勿論没収されました。
「まさか俺まで警戒リストに入れられてるなんて……」
こちらは正直精神的ダメージ大。危険人物と仲良しだから、か? 世知辛いな。
英斗の隣に立つ星杜 焔(
ja5378)、2人を茶化すように笑う。
「もっと明るい顔しなよ〜……元気出ないなら、そこのロッカーにドリアンあるけど〜強制覚醒する?」
「えっ」
何故持ってきた、とか聞くのはやめよう。怖いし。
一方、結婚させたい側の心も快晴とは行かず。
栗原 ひなこ(
ja3001)は、この日のために準備してきた2人のメモリアルDVDを手に、複雑な表情。
淡い藤色のドレス。まとめ髪にドレスと同色の髪飾り。いかにも参列者らしい装いだが――彼女達の目的は、結婚式を予定通り終了させること。
主目的は、彼らの祝福ではない。依頼を受けなければ、知らずにいた2人だ。
それでも。自分達がここにいることで、2人の門出が少しでも盛り上がるのなら、素敵だと思う。
何にも代えがたい、唯一無二の式にしてもらう為。花嫁の迷いを断ち切らせる。誰にも、邪魔はさせない。
「そんなに心配しなくても大丈夫です、ヒナコ」
黒のドレスに身を包んだカタリナ(
ja5119)が、ひなこの肩をぽんと叩く。
「カタリナ様のおっしゃる通りです。出来る対策は講じました」
控えめな白のワンピースを纏った氷雨 静(
ja4221)も、微笑を浮かべて賛同する。
万一の際にはちゃんと動けるように、皆で申し合わせてスカートの下にショーパンも履いてきた。
泣くな男子諸君、お色気は7月が持ってくるからな!
そう、誰が何と言おうと人事は尽くしたのだよ。後は天命を待つ、ただそれだけなのだよ。
●前日、久遠ヶ原学園教室
2人の幸せな結婚を願う撃退士が、ひなこの呼びかけに応じ集まり、作業に勤しんでいる。
「編集、終わったぁー!」
「ひなこさんお疲れ様ですよー」
「あとはDVDに焼けばOK〜、みんなホントにお疲れ様!」
いよいよ本番は明日。依頼を受けてからの数日間をフルに使って制作した一つの作品が、今ようやく完成したのだ。
それは、ミキとサトルの辿った軌跡。
招待客のリストを入手し、彼らの友人・知人を片っ端から当たって集めた写真や動画、エピソード。
それらを合わせて作った1本のドキュメンタリー短編――いわばミキ&サトル・愛のメモルィーである。
しかし限りない喜びばかりとはいかないのが難点か。前評判通り、ではあるのだが。
東城 夜刀彦(
ja6047)は、VTRの製作過程を思い出し苦笑する。
「馴れ初めVTRのはずが、途中からアクション映画ですもんね……」
集めた情報自体、似たり寄ったりなものだったから、きっと本人達をよく知る者は納得する内容なのだろうが。
だからといって、あのまま流したのでは披露宴で喧嘩再燃といった事態にもなりかねない。
「喧嘩をするなとは言いませんけど、周りに迷惑をかけるようなのはダメですよー?」
と、苦笑いをして首を傾けたのは櫟 諏訪(
ja1215)。彼もDVD制作に力を注いだうちの1人だった。
「ホントにねー……。ある意味アレも客観的な記録ではあるんだけど……流石に、ちょっと」
「伝わってくる熱量で、なんだかこちらまで殺気立ってしまいそうでしたよね」
改訂版では、あくまで、彼らの喧嘩風景については「反省させる」ことを目的として内容に盛り込んだ。
最終的にはギリギリながら、うまい具合に軌道修正ができたので、一安心といったところだが……。
「正直、間に合わないかと思いました……」
「うう〜ゴメンね……実際メモリアルブックの方は間に合わなかったしダメダメだぁー」
「んー、でも準備期間も短かったですからねぃ。仕方ないのですよ〜」
鳳 優希(
ja3762)がフォローすると、周囲の人間も一様に頷いた。
「映像は用意できたしきっと大丈夫なのです! これを見て、大切な事を想い出してくれるといいですねぃ」
「迷惑かけちゃったけど……、みんなが手伝ってくれたから間に合わせる事ができたんだよ。ありがと!」
ひなこが頭を下げると、
「いいえー? 一時の感情で動いて、後悔してほしくない気持ちは自分も一緒なのですよー」
と、諏訪が返し。
「ですです♪」
同じDVDを記念品として新郎新婦に渡すべく、プレゼント用のケースを作っていた神城 朔耶(
ja5843)も、笑顔で頷く。
「さーてと、希はそろそろ帰るのですよ☆ 静矢さんが首をながーくして待ってるハズなのですっ」
明日の衣装合わせもあるし、と優希が席を立つ。
「えっ、もうそんな時間ですか!?」
「あ〜、それじゃ今日は終わりにしよっか。明日は午前中集合だから、早めに寝て明日に備えよー!」
どれだけ入念に準備をしたって、遅刻してしまえば元も子もない。
全ては明日の本番、その行動次第。不眠不休で戦えればいいけれど、誰しもがそんなに都合良く動けるものでもない。
――それでは、明日の作戦成功を祈りつつ。解散!
●前日同刻、根回しの方法も一つではない
大学部女子寮。式を目前に控えた新婦の部屋には、携帯電話で何者かと通話をするミキの姿。
『依頼を受けたからには、我々も全力で結婚式を爆破します』
「……はい、お願いします」
『ただ……その後、彼ともう一度話し合ってほしい。ミキさん1人で結論を出さないで欲しい』
「それは……」
『俺は羨ましいです。そういう喧嘩したり悩んだりできる相手がいること』
「――わ」
だが、その時。
「失礼します。ミキさん、いらっしゃいますね?」
突然の来客。扉をノックする音が響く。
すまないが明日はよろしく、と。慌てた口調で告げ、通話を一方的に終えるミキ。
ばたばたと駆け寄り扉を開くと、姿を現したのはカタリナだった。どうやら、知人づてに部屋の場所を聞き訪ねてきたらしい。
「どうしても今日中にお話したい事がありまして。お忙しいようでしたら無理にとは言いませんが」
「大丈夫だけど、何……?」
部屋にカタリナを招き入れたミキは、首を傾げながら――
「お話はお聞きしましたけど、……いいんですか」
「えっ」
「付き合いはじめの頃なら分かります。しかし今ですよ。何度も喧嘩して、それでも結婚までこぎつけた相手ですよ?
今もし爆破してしまって、それからどうなさるんです? 20代後半、ですよね……?
ああいえ、まだ全然若いと思います! でも、その……あまり……猶予は……っ、
といいますかSランク指輪くれる相手ですよ!? ここで捕まえておかなきゃ後悔します、絶対逃がしちゃだめです!」
「 」
新婦涙目。
夢だけではなく、わずかながら現実も見えはじめた、そんな年頃の女。さすが言う事が違う。説得力ぱねぇ。
「……それに相性も良さそうですしね」
「え?」
「私はなんだかんだ、お2人の掛け合い、好きですよ」
微笑むカタリナであった。上手く言いくるめた感もあるが、はてさて、彼女の説得は新婦の心に届いたのか……?
そしてもう一人――夜の闇に乗じて暗躍する者あり。
ぐらりと倒れる人影。どさりと崩れ落ちた男。
鼻で笑い、軒下から拝借してきた物干し竿を振り抜くのは……そう、ルーネ(
ja3012)である。
話し合いで解決しないなら、強行突破しかない。
「……ハッ、恨むなら、素直に譲らねぇ自分自身を恨むんだな」
背後からの奇襲を受け、気絶した金髪の大学生を麻縄で柱に縛り付ける。
そのまま部屋を物色し、目当てのものを見つけると、リュックサックへ手早く詰め込んだ。
男は放置し、自身は軽やかに窓枠へと足を掛け。にやりと満足げに笑みを浮かべた少女は、再び深い闇の底へと消えた。
●11時、神父登場だ、誓え!
さてはて、そんな訳で。
色々と問題を抱えた結婚式が、満を持して幕を開ける。
きらびやかな光に包まれた西洋風の式場。ステンドグラス越しに感じる初夏の日差し。夏の空を先取りしたような、遠く青い快晴の下。
チャペルの荘厳な鐘の音が11時を告げ、いよいよ新婦が姿を現す。
バージンロードに現れた花嫁のドレスは、オフホワイトのきわめてシンプルなデザイン。
細めのマーメイドラインで、スタイルの良さが際立って見える衣装になっている。
あくまで、主役は花嫁。ドレスは脇役。そんな主張さえ感じさせる。
まるで人魚の尾のように長く伸びたトレーン――裾を持って花嫁を助ける、静の姿もそこに。
式は簡略化して行う予定でベールガールは付けないのだと聞き、花嫁の傍で動けるようにと立候補していたのだ。
一緒に裾を持つ、もう一人のベールガールとして福島 千紗(
ja4110)がついている。
同時に、花嫁達を先導するフラワーガール役には、朔耶と丁嵐 桜(
ja6549)が。
大切な指輪を運ぶリングボーイ役には、夜刀彦が名乗りをあげていた。
本来なら小学生くらいの子供が担当するのが一般的だが、今回は新郎の護衛を兼ねている関係もあって、そうも言っていられない。
花婿はごく一般的な白のモーニングに身を包み、静かに彼女の到着を待ちわびていた。
会場スタッフに扮し、新郎の隣で待つ桜木 真里(
ja5827)と諏訪も、やはりどこか落ち着かない様子だ。
「……いよいよ、か」
感慨深げに呟く新郎。
彼はきっと知らないのだ。これから起こる事。そして突然増えた、見知らぬ参列者達の事。何一つとして。
発端の喧嘩は些細なものだった。いつもと同じような喧嘩。いつもと同じような意地の張り合い。
だからこそ、彼は気づいていない。
彼女の怒りは蓄積していたのだということ。そんな些細な切っ掛けで爆発してしまうほど不安定な心を、ずっと抱えていたこと。
どちらを責めることもできない。彼と彼女は別の人間だ。怒り方も違えば、落とし前のつけ方も違う。
そんな二人が一生を誓い合うこと。それが結婚。
だからこそ――二人はもっときちんと話し合うべきなのに。
全て、花嫁ただ一人の思惑に流されて。
式は今、始まろうとしている。
朔耶と桜が、紙で作った花吹雪を散らせながらバージンロードを歩みゆく。
その後ろをゆっくりと、ゆっくりと。兄に手を引かれ、花嫁が姿を現した。
表情は、やはりどこか浮かない色を孕んでいる。後悔しているようにも見えた。何を?
結婚をか。それとも、破談を演出しようとした自分自身の行動か。
真意は本人にしかわかるまい。それならば、今は粛々と、自分たちに出来る事をするだけ。
新婦の後ろ姿を見つめた後、静はおもむろに目を伏せる。
(厳しいこの世界で……貴女だけを見つめてくれる存在は、得難いもののはず。……今回は、元鞘という訳には参りませんよ)
どうか、考え直して欲しい。この広い世界で、折角出逢えた大切な人なのだから。
やがて神父の待つ壇上へ、新郎と新婦が歩調を揃え登っていく。
二人を待つのは宗教関係に多少覚えのある大学部の何とかさん……の筈だったが。今壇上にあるのは、お察しの通りルーネの姿。
カツラを被り、衣装を纏ったまま二人の前に立って、――彼女はゆっくり口を開いた。
「健やかなる時も病める時も――とか、本来なら聞くところだが。それより聞きてぇことがある」
ざわめく参列者。
まさか神父が爆破側の人間と摩り替わったか? と、警戒の色を強める防衛側の生徒。
しかし――続くルーネの言葉は、攻撃的な口調とは対照的に、彼らを気遣う意図を持った言葉で。
「犬も食わねぇ喧嘩で周りに被害出してんじゃねーよ。あんた等はよく知ってるダロ。
撃退士は、今日喧嘩できても明日死んでる職業だ。今この瞬間を後悔しねぇ覚悟はあるのか?」
「えっ……」
「まあいい。覚悟決めてんなら勝手に誓え。……ま、式はただじゃ終わらんだろーがな」
呆気にとられる新郎、そして参列者達を置いて、ルーネは足早に式場から飛び出していく。
その背に向けて、何かが切れたらしい新郎が大声で叫んだ。
「何だか知らねぇけど、いいさ誓ってやるよ! 後悔なんざ死んでもしねぇ! 男にはなぁ、曲げられない信念があんだよ!」
これが誓い……? なんというか、あの嫁にしてこの婿あり、である。
「え〜まさかのサプライズ演出でしたが、続いて指輪の交換――」
なんとかその場を取り繕い、式を続けさせようとする防衛組。
だが、一瞬生まれたその動揺を契機とばかりに、何者かの声が、聖堂へ響き渡る。
――想像してたのと色々違っていようと、走り出した暴走特急は止まれない。
「ダウト!」
ゆらりと立ち上がったのは――英斗。眼鏡を中指でくいっと上げ、小さなカードを新郎の足下へ投げつける。
それは挑戦状か、或いは怪盗が犯行予告を叩きつけるような仕草。即ち――
「彼女は俺が貰うッ!」
高らかに宣言し、スーツ姿の男は高く飛んだ。
接近する。花嫁に。メッセージカードを受け取り、目を見開いた新郎になど、目もくれぬ様相で。
やはり来たか、とばかりに、防衛側の生徒達も動き始める。式の円滑な進行の為。邪魔者を排除する為。
……ところが。
「ちょっと待ったぁー!」
更に増える乱入者。バァンと会場脇の扉を開き、つかつかと歩み寄るは白いスーツの鐘田将太郎(
ja0114)で。
「花嫁は、俺が貰う!」
お前もかよ。
なんだか鬼気迫る表情の将太郎。思うところがあるのだろうか。
「いや俺、俺が貰うんだって!」
ここで新郎が入ってドウゾドウゾの流れに発展したら普通にコントなのだが、流石にそんな余裕は無く。
結婚式に男が乱入してくるだけでも映画なのに、それが2人も……?
自分の置かれた状況が今一つ飲み込めないのか、先程の威勢は消え失せ、オロオロしてしまっている。
「いや俺だ! むしろ俺じゃなくてもいい、とにかく結婚式なんか無くなればそれでいいんだ!」
口論が激しくなるにつれ、ポロポロ本音がこぼれ始める青少年。他人の不幸は蜜の味! という心の叫びが聞こえる気がする。
「じゃ、新郎は私が貰っていきますね♪」
どこからか、ぬっと現れた帝神 緋色(
ja0640)が、更に油を注ぐ。
「えっ」
「なん……だと……」
清楚なウエディングドレスに身を包んだ、ばっちりメイクの偽花嫁登場に、参列者がどよめく。
まさか2人ともに別の相手がいるなんて!
冷静に考えてみれば、そんな事ありえない。百歩譲って式の前か後に奇襲かけるだろう。
それでも納得してしまった理由は割と明快。ぶっちゃけ新郎新婦より、乱入した3人の方が美形だった。
特に花嫁衣装に身を包んだ緋色は、文句なしに可愛い。だが男だ。
「災難だったね〜、でももう大丈夫。これからは私がずっと一緒だよ♪」
ブーケを両手で持ち新郎へ上目遣い。だがよく見ろ、手を前に置くのは平らな胸を隠すたm……おっと、だれか来た。
「私は彼を愛しているわ。貴女が結婚しないなら、私が彼とそうするだけよ」
当の新郎がおいてけぼりの、これぞまさしく爆弾発言。ていうかいや、そもそも結婚できないから! (日本の)法的な意味で!
●11時15分、指輪を交換せよ
「想像はしてたが、カオスだなぁ」
式場の惨状を外から見つめ、呆然と呟く声の主は、言わずもがな突入タイミングを図っていた虎鉄だ。
「……まあいい。オイラ達も引っ掻き回すぞ!」
嫉妬の炎に燃える八人の精鋭を引き連れ、今だと強行突入を試みる。
「ENVY――Assault!」
声は虎鉄そのまま。だが、ゴーグルにマスクを着用し、黒い武装に身を包んでいるため、一目で彼とは分からない。
嫉妬仮面を引き連れ、バージンロードを踏み荒らし突入。投げ込まれる発煙筒。
「ヒャッハー! 蜂の巣にしてやるよッ!」
待機していた諏訪の髪が、何かを察知したように揺れる。刹那、黒の集団へ向け、彼はいち早く武器を取った。
「させませんよー?」
その後ろに、桜が続く。嫉妬軍の後方から魔法を放とうとしている術の姿をみとめ、猛進する。
「羨ましいのはあたしも一緒です! でも邪魔をするのは許しません!」
土俵に立つ2人の邪魔は絶対にさせたくないが、取組気分だと歯止めがきかない。ならばここは。
「ぶつかり稽古、受けて立ちますよ!」
手にした白い花びらを、塩のように振り撒いた。
同時に、鳳 静矢(
ja3856)と優希も、敵戦力へ抵抗。
(希達も喧嘩ばっかりですが、やっぱりお互い必要な存在だったですよ。お二人にもお互いの事をちゃんと見つめ直して欲しいのです)
結婚の甘さ苦さ、そこに至るまでの苦難。全て知った既婚者だからこそ。
(お互いに意地を張ってすれ違っているだけだろう。相手を想い、互いに少しだけ譲り合う強さを持てば、いくらでも修復できる)
「結婚式を爆破しないでなの!」
青いドレスを纏い、踊るようなステップを踏んで。
白いタキシードを纏い、猛禽の如きアウルの光を煌めかせて。
「「シズ&ユッキー、参る!」」
最初のうちは威勢のいい声をあげていた嫉妬軍――しかし彼らには致命的な弱点があった。近接攻撃に弱いのだ。
時間の経過につれ徐々に傾く戦況。不利を察し、先導する虎鉄が大声をあげた。
「我々は花嫁からの正式な依頼により、この地に馳せ参じた所存! 余興じゃねぇぞ!」
取り出したる一枚の紙片。そこには、虎の子――花嫁からの依頼メールが印刷されている!
しかし防衛側もただ見ているだけではない。
「結婚式は無事に終わらせてみせるよ。幸せになってほしいから、ね」
真里は不敵に笑みを浮かべたまま紙吹雪を散らせ、煙玉を次々と発動させていく。『あくまで余興』と参列者に印象付ける狙いだ。
「この人達は俺に任せて、式を続けてください!」
喜劇でも演じているような大袈裟な口調で告げ、待機していた仲間へ、指輪を運ぶよう合図を送る。
大切な指輪の盗難を危惧し、会場の隅に潜んでいた夜刀彦が、リングピローを手に壇上へ登る――その瞬間。
ボン、と白煙に包まれる祭壇。虎鉄達と別の方向から、何者かが発煙筒を投じていた。
「ハハハハッ! 眼鏡も突き詰めれば一つの仮面、怪盗ダークフーキーン推参!」
やっぱり爆破する気満々じゃないですかー! ていうかいつの間に仮面つけたの!
ブーイングを受けつつも、知った事かとイアン――もとい怪盗ダークフーキーン爆走。
「甘いな諸君! そして、終わりだ!」
攻撃を躱しながら突き進み、夜刀彦の手中から指輪を奪取、口に放り込む。怪盗のお家芸、手品だ。
夜刀彦もただで盗られてなるものかとばかりに反撃を試みるが、怪盗はそのままアウルの翼で舞い上がる。
そして高笑いを残し、窓から逃走していった。
「はぅ、やられたです〜」
怪盗の背を見逃しながら、朔耶が悔しそうに呟く。
「まさか発煙筒まで用意されていたとは。失策でしたね……東城様、大丈夫ですか?」
問いかける静に、夜刀彦は目一杯の笑顔で答えた。
「大丈夫です。ちょっとおイタがすぎるので一矢報いましたし、指輪もこの通り無事ですよ」
彼は、静かに激怒していた。
嫉妬に心を傾ける時間だけ、良い事を見つめる努力をして欲しい。だからこの依頼を成功させる訳にはいかない。
同時に、ただ結婚式を挙げさせるだけでは駄目なのだ。彼らの後々の生活の為、新郎新婦の間に溝を作らせない為に。
この妨害劇を喜劇に変える、使命がある。
「ご安心ください、怪盗が奪い去った指輪はダミーです! 改めて指輪の交換に移ります!」
嫉妬軍、最早後がない。出し惜しみしている場合ではないと、虎鉄は最後の武器を取った。
「これでも喰らえェェッ!」
恋人と会えない寂しさを紛らわせる為(?)、袋から取り出したるは風船爆弾。
中には高粘度の液体、着弾すると自動的に全員ヌルヌル相撲泥仕合と化す魔の兵器。らめぇ、中学生もいっぱいいるのにぃ!
だが殺伐とした式場に救世主が!
「結婚させる、何が何でも結婚させる! 爆発なんてさせないぞー!」
突撃兵・月子(
ja2648)である。たゆんどころかぶるんな勢いで虎鉄へ向かい疾走。
「ハッピーな結婚を邪魔する人はどーんするよ! おっぱいでどーん! するよ!」
怒涛の勢いで駆け抜けてゆく。動線上に存在する、風船爆弾の大量に詰まった袋を拾い上げ、担ぎ上げ、そのままゴーアウェイ!
彼女が外へ続く長い階段を駆け下りた直後――大空に音が散る。
まるでそう、何発ものロケット花火が次々と打ち上げられたかのように……。
「……無茶、しやがって」
敬礼。
尚、ヌルヌルまみれ月子のその後は【禁則事項です】。
「往生際が悪いぞ!」
圧倒的不利に置かれて尚諦めない不屈の根性。何が彼らを掻き立てるか。今の僕には理解できない。
両者不退転。恥も外聞もかなぐり捨てた泥仕合となり果て、喧嘩は続く。
「……あのさ」
流石に見ていられなくなったか。これまで壁の花に徹し、式の進行を静かに見守っていた影野 恭弥(
ja0018)が動いた。
「いいかげん諦めなよ」
ジャケットのポケットに隠し持っていた小型拳銃を嫉妬軍へ向け――彼らが振り向くより前に、撃ち抜く。範囲爆撃。
ついでに(まだ揉めてた)3人の新郎も爆破。喧嘩両成敗と言わんばかりに。
「依頼内容は要するに結婚式の爆破。これで爆破は成功、だよね?」
しれっと言い、何事もなかったかの如く銃をしまい込む。唖然とする一同をよそに、恭弥はリングピローの上で燦然と輝く、例の指輪を指差して。
「で、結局どうすんの? 要らないならあの指輪俺がもらっちゃうよ?」
挑発的な言葉に、慌てて新郎が体勢を立て直す。そして指輪と花嫁を護るように立ちはだかり、宣言した。
「盗れるもんなら盗ってみろ。但し、俺を倒してからだ!」
●11時半、死のシャワー
守りきった。新郎新婦が、手を取り合って式場の外へ向かう。
片付けどうするの、とか、伸びてる喪男会員は、とか。課題は山積みだが。
段取りとしてはそれよりライスシャワーとブーケトスだ。旅立つ2人の門出を、誠意を持って見届ける義務がある。
ラッピング済の米菓子を両手一杯に、少女達は外へ。
新郎新婦へ子孫繁栄の願いと祝福の想いを込め、それらを投げる為。再び2人が姿を現すのを、待ちわびる。
――だが。
これまで嫉妬軍の制圧に尽力していた道明寺 詩愛(
ja3388)が、ここで突然牙を剥いた。
「奥義! 血の雨地獄!」
階段の上から、下へ向け投げつけられる、例の赤黒いソースが詰まった水風船の無差別爆撃。
白い絨毯が瞬く間に紅に染まる。逃げ惑う人々。圧倒的カプサイシンパワーに、為すすべなく崩れ落ちる。
「詩愛ちゃん、どうして!?」
困惑するひなこ達を前に、詩愛は険しい表情のまま叫ぶ。
「私の真の目的は、他の参加者を一人でも多く排除する事です」
「え……?」
「爆破は勿論、周りが押し付けた結婚も、本当の解決にはなりません!」
辛うじて爆撃を逃れた者達の手によって、詩愛は捕らえられる。
けれど彼女が最後に発した一言は、その場にいた多くの人間の心に、届いたはずだ。
なぜなら。二人で話し合って結論を出してほしい……それは、彼らの幸せを願う者の、総意。
同刻、チャペルの裏手では犬乃 さんぽ(
ja1272)が新郎の説得を試みていた。
本当は前日、あるいは朝に言っておきたかったのだが、式の直前にまとまった時間を取るのは難しかった。
花嫁は準備に時間がかかる為、朝早くから会場に入っていたようだが、女性専用と書かれた扉を越える勇気はなく。
――さんぽが入った所で誰も変に思いはしない筈だが、それと本人の意思は別問題だ。
「このまま式を終えたら後で後悔すると思うんだ。なんだか妨害するような人も来てたみたいだし……ボク、先輩が心配で」
喧嘩するほど仲がいい、なんて言葉も存在する。どこかの猫と鼠だって、いつも仲良く喧嘩している。
「行こ、先輩。花嫁先輩とちゃんと話をしてみて欲しいんだ」
さんぽは新郎の手を引き、ミキの方へ駆け出す。
小高い丘の上で、赤髪を風になびかせファング・クラウド(
ja7828)が問う。
「貴女は、どうして直接嫌と言わなかったんですか。本当に彼と別れたいのですか?」
対峙するミキは苦笑い。
「朝、千紗ちゃんって子にも同じこと聞かれた」
「……それで、貴女は何と答えたのです?」
「2人だけで解決しようと思わなかったのは、自我に自信が持てなかったから」
聞けば、彼女の亡き母は厳格な人間で。幼い頃の彼女は、全てを母親に決められ生きてきた。
兄は父に似て無口。故に両親が死んでからは、標となる人間を欠いたまま。
誰の言葉も胸に響かず、彼女を動かせなかった。……ただ1人、彼を除いては。
「イエスかノーで答える事は出来るけど、選択肢を自分で作るのは苦手。だから強引に決めてくれる彼が良かった」
それなのに。結婚する以上もっとお前の考えが知りたい――そんな風に言われ、道を見失った気がして。
「それで、第三者の判断を?」
「ええ。でも――」
これからは、自分で選んでいかなければ。
『周りが押し付けた結婚も、本当の解決にはなりません!』
チャペルを挟んで向かい――正面側から、詩愛の絶叫が聞こえる。目を細めるミキ。ファングは仄かに笑った。
「……何にせよ、貴女は正しい選択をする。何故か? 貴女の出した答えだけが、貴女の正解だからです」
与えられた結末に価値なんてない。それを悟らされた今、彼女に迷う理由はない。
今日。彼女は初めて、自らの意思で。
「ミキ!」
「花嫁先輩っ!」
彼を、選ぶ。
●12時、涙と笑いの披露宴
ランチを兼ねた披露宴会場に、青ざめ俯くフレイヤ(
ja0715)の姿があった。
「飯食ってる場合じゃ……マジこれイミフなんですけどママ助けてよしこ心折れそう……」
ブツブツと独り言を呟き、携帯電話と睨めっこする彼女の膝には、何故かてるてる坊主が鎮座。
婚活戦争(と書いてラグナロクと読む)を制する! と息巻いて、本気出して結婚式を防衛。
次々湧いてくる競合相手をちぎっては投げ、フレイムシュートしてやったんだぜぇ。ワイルド魔女!
それなのに。
肝心のブーケトス。掴んだ、やった、よしこマジよしこ! と思ったのも束の間、手の中を見れば、何故か其処に収まる布坊主。
そりゃ絶望したくなるってもんよ。
「晴れ空より彼氏ください神様ェ……」
梅雨らしい見事な雨模様の模様です。
「そういえば、爆破だなんだで誓いのキスしてないよね〜」
ふと、思い出したように焔が言う。
確かにそんな気もする。良し、馴れ初めDVDの上映も無事終わった事だし、ここで一つ! とまあ、そんな流れになりまして。
ピュウ、と口笛が鳴る中、新郎新婦は改めて誓いのキスを――
「……!!?」
どよめく会場。騒然とする花嫁周辺。慌てた表情のミキ。唇を寄せたサトルが、突然鼻を摘み後ずさったのだ。
「披露宴爆破……?」
「爆破は駄目、結婚だって言ってるのに!」
何これ。何これ。花嫁の口臭で破談? これだけイイハナシダナーの流れだったのに!
まさか、ドリアンか? そう――あのドリアンだ。
「あはは、愛が試されるね〜。愛のない鯖的なアレに比べたら全然……、……うん」
火種を作った焔は何やら遠い目。どうやらトラウマを思い出してしまったらしい。花嫁に色々言われる前に自主的に退場。
泥沼化する会場。
だが其処へ、鶴の、いやパンダの一声が!
「落ち着け諸君。特に新郎、この程度で狼狽えていてどうする? 結婚生活、先は長いぞ」
ここへ来てこの悠然とした振る舞い、さすが下妻笹緒(
ja0544)は違う。
「白だけならそれは白熊、黒だけなら黒熊。白と黒どちらも備えているからこそパンダなのだ。
間を取る事も時に重要となる。そう、例えば……『爆婚』。即ち『いつ爆発しちゃうか分からない結婚生活』なんてどうだ。
再び痴話喧嘩が最大限にまで盛り上がった時は、呼べばいい。
空港、新居。何処でもいい。今回のように判定員を呼んで、白黒つければいい。
結婚記念日、只の月曜日。いつだって、我々は必要とされる時に現れる!」
聴衆の注目を一身に集め、笹緒は力強く告げる。
「さて……そんな訳で。早速だが我々のジャッジは必要か?」
その問いに、一瞬きょとんとした2人だが――やがて笑い合い、言う。
「大丈夫、暫く必要ありません」
サトルの胸ポケットには、あのとき英斗が投じたメッセージカードが残っている。
そこにある文字は、彼の胸にしっかりと刻まれたらしい。
――ミキを、守れ。