●お着替えなう
寧々美による突然の誘いから数日後。
集合場所に指定されていた商店街の、某ファッションセンター。
その更衣室をお借りして、満を持してのお着替えタイム……なの、だが。
「ちょ、ちょっと寧々美! これはどういう事ですの〜っ!」
カーテンの向こうで、桜井・L・瑞穂(
ja0027)が絶叫する。
「あ、着替え終わった? 失礼しまーす!」
声を聞きつけ駆け寄ってきた寧々美。瑞穂の答えを待たず、遠慮なくカーテンを開け放った。
哀れ、衆目にさらされる瑞穂の艷やかなボディライン。
「えっ、待ってちょうだ……いやぁぁああー!?」
むしろ大声をあげたが故に視線を集めてしまったのだが、本人にはそんな意識など無い。
好奇の視線にさらされ、瑞穂は耳まで真っ赤になって狼狽える。心なしか瞳にはうっすら涙も。
「い、衣装チェンジを要求しますわ!」
「皆もう着替え終わって待ってるよ?」
「う……で、でも此の衣装は……」
淡いサックスブルーの生地に豪華な刺繍が施された、清楚なドレス――に、見えたのだ。着るまでは。
(確かに派手な衣装だけれど、わたくしが求めていた派手さとは違いますわ! は、恥ずかしさで死んでしま……っ)
生地が薄いのである。どこの海外セレブかと問いたい規格外の透け感。
刺繍さんの絶妙に良い仕事で、辛うじて下着は見えないが……自然、誰しも釘付けになる。たまらん谷間けしからん太腿。
いやこれは実に、――攻めすぎ。
「ほら行こ! 瑞穂ちゃんスタイル最高、綺麗、セレブ!」
狼狽する瑞穂の腕を引き、笑顔で更衣室から引っ張り出そうとする寧々美。
「と、当然ですわ。わたくし常に自分を磨いておりますもの!」
「こういう大胆なのを着こなせる人って貴重なのよね〜」
実にあざとい。まさに外道、否マスコミ魂。
しかしそこは自尊心の強い瑞穂。やぶさかではないとばかりに、ころっと態度を変え。
「……そ、そうですわよね! 此のわたくしにお任せなさいな! おーっほっほっほ♪」
そして恙無く撮影へ移行するのであった。平和的解決。
●謎の2ショット一杯
しかし流行とは――ファッションとは何だったのか。
TrendというよりMode、コンサバではなくアバンギャルド。前衛的かつ芸術的。むしろキッチュの域。
ドン中山、なんて称号が脳裏をよぎ……否いや実に哲学的な疑問である。迷宮入りだな多分。
集まった学生達は、皆それぞれ違う方向にぶっ飛んだ衣装で、最後に合流した瑞穂と寧々美を迎える。
望んで着た訳じゃない。彼らは着る事を……強いられているんだ!
だが、そんな中でも一際異彩を放っている人物がいた。
説明する必要もないだろう。パンダイズムの伝道師、下妻笹緒(
ja0544)である。
ジャイアントパンダの着ぐるみの上に儀礼服だの中間服だのジャージだのを着こなす普段の姿自体、
このマンモス校久遠ヶ原においても、ナンバーワンかつオンリーワンの男なのだが……
加えて今日は寧々美セレクトの衣装だ。元々の存在感と相まって、半端ない大物オーラを醸し出している。
白い五分丈のドレスシャツに黒ベスト、黒×グレーのチェック柄が可愛い七分丈のサルエルパンツ。
どこまでが柄でどこまでが服なのか一瞬迷う、なんとも奇妙なマッチぶりだ。
しかしその立ち姿を更に特徴的にしているのは、やはり靴。
パッと見は何の変哲もないカジュアルテイストの革靴。しかしよく見ると底が分厚い。
メンズハイヒールだ。成程、見下すのは難しくなるかもしれない。物理的に。
そんな姿のパンダが、銀髪美男と背中を合わせて腕組みドヤ顔。このパンダ、スーパースター気取りか。
笹緒の存在は有名だが……もし事情を知らない者が通りかかったら、二度見、いや三度見ぐらいするだろう。
「しっかし、まさか部長も参加してるとはな」
笹緒とは部活で縁のある小田切ルビィ(
ja0841)も、フラッシュがやむと意外な表情を浮かべ。
あくまで学園生向けの特集、読モも様々な体型の人間がいるべきという理屈は分かるが……
ていうか、衣装のサイズあったのか、と。
「……ああ。小田切も知っての通り、中山寧々美には借りがあるのでな」
「へぇ、義理堅いんだな?」
「それに我々も近くファッション特集を組む、丁度いい機会だ」
被写体の気持ちになる機会はそう多くない。
こちらの特集の際には逆に寧々美に協力してもらうのも一つの手だしな、と笹緒は言う。
「戦地以外でも共同作戦、か……悪かぁねぇな」
「そういう小田切も、何か思惑あって来たのだろう?」
「ああ。俺も服の流行とかにゃ詳しく無いが――記者たる者、常に多方面に対してアンテナを張り巡らせとく必要はある、だろ?」
「……ふむ、一理ある」
パンダと戯れる美男という何とも奇怪な光景を眺めつつ。真顔で語る男女――いや女2人。
「しかし、ルビィさんの格好はどこまで突っ込んでいいのか悩むな……」
「あ〜……戒きゅんも〜?」
半分ほど撮影を終え、休憩中の七種 戒(
ja1267)と森浦 萌々佳(
ja0835)だ。
「今日だけ私の事はヒーローと呼んでくれと言ってるだろ――っつかアレ、ホストだよな」
と、シルエット細めの白ランに下駄・赤マフラーという斬新、もといStylish&Heroicな次世代番長ルックの戒が言えば。
「休日のホストって感じだね〜。それか芸能人……?」
白いセーラー服を風にはためかせながら、なぜか釘バットを手に、萌々佳が笑顔のまま首をひねる。
「服が変わるだけであそこまで遊んでそうな印象になるもんなのな……」
「あ〜」
槍玉にあがっているルビィの衣装は、白いジャケットに青いドレスシャツ、今年流行のクラシックテイストな膝丈パンツ。
ネクタイはせずにシルク地のショールを首に巻いている。端正な外見と相まってどう見ても一般人には見えない。マジ伊達ワル。
というか外野から見れば、むしろ彼女達の姿の方がツッコミどころ満載なのだが。
それを口に出したら撲殺ガール☆萌々佳様の釘バットが火を噴きそうなので口を慎もう。
「次はそっちか? 中山、カメラ代わるぜ」
「いいの? ありがと小田切くんっ!」
「ま、こっちが本職だしな? ……しかし今更だが、野郎の足なんか載せていいのか」
どうやら、自身のハーフパンツ姿に大きな違和感があるらしい。
第一印象・夜の帝王なのは間違いない。ある意味では想像通り。だが少し方向が違ったというか、その、ね。
でも大丈夫ですよものすごい数の女子に需要ありますよ。あれなんか天の声が聞こえた。
「小田切くんモデル体型だし、すごく格好いいと思う!」
弟に似たような格好をさせたら、身長が平均並みなせいで中学生にしか見えなかったと寧々美談。
「……っつーか中山、弟にも着せてんのか」
呆れたようにルビィが呟く。
「うん、この夏の流行だからねー」
流行モノは得てして『数年後に見ると超恥ずかしい』。今日の写真が数年後、彼らの黒歴史にならない事を切に願いたい。
●商店街でお友達と
「ナイスパンダ! ――流石は部長だぜ。本物にしか見えねぇ」
膝をついてアオリ視点からぱしゃりと一枚。
カメラマンの本領発揮といったところか、順調に撮影を進めていくルビィ。
「空だけではなく店の看板も入れた方が、色味が増えてモノトーンが引き立ちますわよ?」
「成程、差し色以外は見事に白黒だもんな……」
デジカメで撮った写真のプレビューを見ながら、瑞穂が色彩の観点からアドバイスをしたり。
そんな撮影風景を満足げに見守りながら、寧々美はポケットから手帳を取り出して、浮かんだアイディアを書き留めて。
撮影は、きわめて順調に進んでいく。
「男性もメイクする時代……って言っても、さすがにパンダさんにお化粧は必要ない〜?」
どうせ、頑張ってもパンダ目だし。それならばお化粧に疎そうな女子を弄った方が楽しいはず!
などと結論づけ、萌々佳は控えるモデル達の方へ歩み寄っていった。
「フルちゃん〜お姉さんがお化粧してあげる〜!」
にこにこと、いつもの笑みを浮かべたまま。
萌々佳はフル・ニート(
ja7080)の背後へ忍び寄ると、慣れない衣装を纏ってもだもだする少女の腕をはしっと掴んだ。
「ひゃっ……森浦!? 離せ、離すのじゃー!」
「だって、お化粧も仕事のうちだよ〜?」
魔女っ娘コスプレならもっと可愛かったのにー、などと意味不明なことを呟きながらメイクセットを手に迫り来る先輩。
ただでさえ、また振袖が着られると喜んでやって来たのに、期待とは少し外れた忍者衣装なのである。
それも忍んでいない忍者だ。パステルピンクの忍装束。いやほんと忍べよ、マジで。
「大体この衣装は丈が短すぎるのじゃー! 脚がスースーするのじゃ……っ」
撫子? なるほど、わからん。
それもそのはず、いわゆるホットパンツ丈である。普段は完全に隠れている細く白い脚が、……えっと、はい。
フルは改めて思う。こんなの聞いてないよ……と。
「大丈夫、今年は絶対これが流行る!」
おっとここで諸悪の根源が現れた。謎の自信を持って胸を張る寧々美。
なぜかは分からないが、無駄に説得力がある。幼女の一人や二人、勢いで説き伏せられそうな勢いだ。
「えっと……流行するかはともかく、似合ってるよ〜……?」
萌々佳のフォロー、やはり至極尤も。だが。
「むっ!? 幼女を泣かせたのは誰だッ!?」
カランコロン、と……ああこれ足音だけで誰だか分かりますね超便利(棒)
「戒きゅん〜!?」
騒ぎを聞きつけ――と言うには、あまりにも静かだった訳で。
一体どうやってこの空気を察したのかと問われ、番長はふっと微笑を浮かべる。
「そりゃ……ヒーローだからな!」
キメポーズ。シャキーン。キラーン。
なびく赤マフラーの合間で歯が光った。やったね戒ちゃん、昨夜いつもの三倍時間かけて歯磨きした甲斐があったよ!
「む? 騒がしいな」
笹緒がふと、戒達へ視線を向ける。
「其れよりも撮影を終わらせてしまいましょう、後は……」
くるりと見回し。
「フル――は、最後ですわね。アトリ、先に撮って貰いなさいな。後、折角ですし北斗も一緒に写っては?」
「ん……、わかったなの」
猫耳カチューシャにしっぽ、肉球ブーツ。一通りの猫装備を身につけたアトリアーナ(
ja1403)が、相川北斗(
ja7774)の手を引く。
ちなみにアトリの首元には鈴が光る。衣装はミニスカメイド服、ワンポイントの肉球マークつきニーソ。
これぞ……これぞ、黄金比率の絶対領域!(※各自お好みでご想像下さい)
大きなお友達の拍手が聞こえる。
どの辺りが最先端? 愚問。これは今後久遠ヶ原で流行する魔装!(多分)
「相川、行くの……、にゃ」
そしてこの、あざとい語尾である。
「……アトリ」
ジト目で何かを訴える瑞穂に気づき、アトリははっと表情を変え。
「瑞穂、今のやっぱり無し。ボクは何も言ってないの。行ってくるの……っ」
逃亡を図るのであった。
そして一緒に画面に入る北斗の衣装は――そう、まさしく、子供服であった。
(た、確かに! 私は全てにおいてちっちゃいから……着られるよ? 着られた、けどっ)
撮影が進行する以上、表面上はにこやかに。
けれど内心、ものすごく落ち込んでしまう北斗。
お姉ちゃんだって年相応にキレイな格好できるんだからね、とか言って、弟の鼻をあかすつもりだったのに。
いや、可愛い。可愛いんだよ。イマドキの子供服は、大人のブランド衣類をそのまま小さくしたようなものも少なくない。
現に今北斗が着ている洋服は、上着こそジュニア向けだがインナーとボトムスは大人用のSサイズ。
けれど、その上着にジュニア服のブランドロゴがばっちり入っていたんじゃ、説得力も無くなるというもの。
落ち込んでいる北斗の様子に気づいたか、首を傾げるアトリ。ちりんという鈴音と一緒に、発した言葉は……
「ボクのと、交換する……?」
「……えっと……、このままでいい、かも」
思わず零れる苦笑。猫メイドマジあざとい。
●公園デート気分
友達っぽいものは大方撮り終え、残す予定はデート風のショット数枚。
男装の戒と萌々佳の(なんか少し不穏な)ツーショットや。
ルビィと瑞穂の、ほんのり色香漂うシチュエーションのショット。
そこに猫耳メイドが参戦してまさかの3ショットに発展したりもして。
ついでに笹緒の耳や手を思う存分モフモフする、無邪気なフルの姿や。
それを眺めていたら、いつの間にか一緒になってはしゃいでしまっている北斗の姿。
笑い合う乙女達に気づいた戒が、妙な笑みを浮かべながら近づいて。
さらにその背後に、笑顔で謎の威圧感を放つ萌々佳が現れる。
次々に生まれる新しい一瞬。輝くそれらを逃すまいと、寧々美は笑顔でシャッターを切り続けた。
スナップ撮影は、こうして太陽が西に傾きはじめるまで続けられ……
「お疲れ様〜! 皆本当にありがと、これで特集もばっちりだわ!」
ほくほく顔の寧々美を前に、一同は顔を見合わせ微笑み合う。
「それじゃ、クレープ食べて帰ろっか!」
公園にたどり着いた時から目をつけていたのか。寧々美が指す先にはクレープの移動販売車。
「よし分かった。私の奢りだ、好きなのを頼めっ……但し女子限定な」
「戒きゅん男前〜ごちそうさまです!」
「はっはっは! 今日の私はヒーローだからな!」
出た、謎の理論。
「戒ねーさまが良いって言うなら遠慮しないの。ボクも一杯とっぴんぐお願い、なの」
「お……おう、まかせろ……?」
「む、成程。外で食べるのじゃな」
「晴れてるから、いつもより絶対おいしいよ? あ、ハニー&カスタード私のー!」
今日はとても暖かかった。季節は初夏。もう、夏物の衣類で過ごせる陽気になりつつある。
たっぷり生クリームやアイスも食べたいけれど、きっとすぐに溶け落ちてしまう。
特に、女の子同士で話をしながら食べるスイーツは要注意だ。すぐに時間を忘れてしまうから。
「小田切はどうする?」
「あー、野郎が潜り込むのも無粋だろ? 俺は戻って、早速写真編集に取り掛かるとするぜ」
「ならば私も戻ろう。今日はいい刺激になったな」
静かに踵を返す男達の姿に気づいたフル、小さな体を大きく振り彼らの背を見送る。
「シモシモ、また我と遊んでくれよのー!」
「うむ。我が部はいつでも君達を歓迎するぞ」
余談だが……その後、打ち上げテンションのままヒーローごっこを続けた戒。
フルとアトリを巻き込み、池の足漕ぎボートに乗船したはいいが……
池へ転落したフルを格好よく助けようとして、うっかり自分まで溺れるという失態を犯したとか。
抜け目のないアトリが、こっそり撮影した友人達の写真を部活でばら撒いていたとか。残念女子が全力で殴られたとか。
様々な憶測が飛び交っているが、その真相は定かではない。
ひとつ確かなのは――後に発行された件の特集号は、それなりに良い評判を得たという事実。