幹事の挨拶なんて無かったんや。
開会と共に、集った若き撃退士達は方々に散る。久遠ヶ原学園の敷地を侮るなかれ、今回の会場もいやぁ広い広い。ちょっとした遊園地状態だが、撃退士は皆瞬足なので問題ない。多分。
一斉に出発する参加者。見送る幹事の腕を引っぱる少女が1人。逸宮 焔寿(
ja2900)だ。上目遣いに桐江 零(jz0045)を見つめ、首を傾げ真顔で訊ねる。
「あの、桐江様。画面の嫁って……何ですか?」
「……ん」
困惑しているのか、一拍置いて。
「天然S、かな?」
余計分かんねーよ。
●
そんな焔寿も、桐江に見送られた後は猫型天魔を探す人波に乗っていた。
「猫さん一緒に遊びましょー♪」
年長者と一緒なのが純粋に楽しいのか。無邪気な笑顔で早くも大きなお兄さんを虜にしている。
「猫さん退治が終わったら、皆様でお食事会しませんか?」
「良いよ何でも奢る! 焔寿たんマジ天使!」
鼻血拭け。
同じ初等部生でも、黒百合(
ja0422)の雰囲気は対照的だ。小6にして希代の悪女の風格。その心中も、明らかに天魔狩りに傾いている。周囲に向ける視線は、鼠を狙う猫のように鋭い。
(依頼だしねぇ……勿論、給金程度の役割は果たすわよぉ? だけど猫の方が優先よねぇ)
雪成 藤花(
ja0292)は僅かに後悔中。思わず意中の相手と別の方向へ来てしまったのだ。
(先輩と一緒に行きたかった……)
しかし同時に安堵してもいる。他の女性と睦まやかに話す彼を見るのは、少し怖い。
「あら、雪成さんも弓をお使いになるんですね」
俯きがちに歩く藤花に声を掛けたのは、桜宮 有栖(
ja4490)。手中の武器が気になったらしい。
「はい。でもわたし、実戦は初めてで」
正直に告げる藤花。
「そうなの? なら、色々教えて差し上げるわ」
にこやかに笑う有栖は年長者、そして実戦の先輩として弓術のいろはを語り始めた。
そんな一団を先導するのは、影野 恭弥(
ja0018)。傍目には羨ましい限りだが、本人は色恋には興味がないらしい。まさに仕事人。クールな佇まいを崩すことなく、猫捜索に徹する。
「……いた」
ともすれば聞き逃してしまいそうな声で、恭弥が呟く。多くの者はその言葉でなく、彼が放つ銃声で察したようだ。
「あらあら、可愛げのないにゃんこさんね?」
有栖が弓を引く。足下に狙いを定めると、藤花にも視線で合図を送った。
「逃がしません!」
飛び出していった黒百合を援護するように、矢を放った。
「獲物は大切にぃ……大切にぶち殺さないとねぇ!」
「猫さんゴメンなさい。殴りこ……成敗しますっ!」
対照的な2人は各々の思惑を胸に敵前へ。黒百合はナイフを握りしめ、敵の皮膚を薄く抉る斬撃を繰り返す。執拗な責めから逃れるように横へ飛びすさる天魔。だが甘い。
「……無駄」
恭弥の弾が前脚を撃ち抜く。追い縋る黒百合。もはや逃げ道など存在しない。
戦闘を終えて、藤花が回復の術を展開する。
「藤花様、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる焔寿。場に和やかな空気が戻り始めた。
いつの間にか恭弥は姿を消している。別の天魔を探しに行ったのだろう。
(……さて。嘘が真になる方々は現れるでしょうか?)
和やかな雰囲気に包まれて、有栖は一人、艷やかに微笑んだ。
●
「合コン、か」
呟く憂えた表情の美男。ラグナ・グラウシード(
ja3538)だ。
分かっている、歴とした任務だ。合コンとはいえ出会えるなんて夢。モテない苛立ちは天魔へぶつけよう。負のオーラを纏い会場を歩く。
そんな彼へ近づく影。市川 聡美(
ja0304)だ。橙色の手帳とウーパールーパー柄のペンを手に、明るい笑みで駆け寄る。
「いたいた! ラグナ先輩」
「な、なぜ私の名を」
声をかけられ動揺するラグナ。まさか本当に出会ってしまえるのか? 期待が胸を駆け巡る。
「君の事、前から気になってたんで……付き合ってもらっていいかな?」
遠慮がちに首を傾げ、心なしか恥ずかしそうに聡美が呟く。
(つ……ついに私にも春が!?)
快活そうな少女は、眼鏡の奥の瞳を悲しげに細めた。ダメかな、と眉を下げ顔を俯ける。
口から心臓が飛び出そうになりつつ、ラグナは辛うじて彼女の問いに答えた。
「……話位は聞いてやらんこともない」
(って、何で偉そうなこと言ってるんだ、私は!)
思わず飛び出た言葉を撤回しようとするラグナ。……だが。
「いやぁ、あの『非モテ騎士』を取材できるとはね。いい記事書けそう!」
「ゑ」
「じゃ、モテない理由の自己分析から聞こうか」
その笑顔の破壊力は半端ない。持ち上げて落とされるのが人間一番堪える訳で。
「わ……わかってたら、こんな所にいるはずなかろうがあああッ!」
天仰ぎ、肩を震わせ絶叫するラグナ。
ぼろぼろ零れ落ちる涙の粒を、聡美は嬉しそうに撮影したのだった。
ちなみに過激な取材を続ける聡美の姿を、後輩の並木坂・マオ(
ja0317)が興味深げに見守っていたとか。
●
「本物のわんこならモフモフするのになぁ、残念!」
緋伝 瀬兎(
ja0009)が呟き、跳んだ。狙うは巨大な魔物の頭。敵よりも高い場所から、アウルの力が乗った手裏剣を振り落とす。
「緋伝、引き受けるぞ……」
怪物じみた四足歩行生物に立ち向かうため、佐倉 哲平(
ja0650)が続く。着地した瀬兎と入れ替わるように接敵すると、手にした大剣で相手の前脚を切りつけた。吹き出す体液は、緑。
「……偽物どころか、犬ですらない気がするが」
ぎょっとした様子で怪物から離れ、剣を構えたまま哲平は溜息を零す。
「戦闘しながらの、合コン自体……凄いけど。全体的に、桐江さんの感性……ちょっと変、かも」
ぼやんとした口調のまま。敵に銃弾を撃ち込みながら、常塚 咲月(
ja0156)が呟いた。
「絶対ちょっとじゃないッ!」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)もスクロールを手に応戦する。確かに合コンと戦闘なんて変わったコラボだとは思ったけれど、これを犬と形容する感性は恐ろしい。
「犬や狼というより、雷獣っぽいかも……」
眼前の天魔は、ガルムやフェンリルといった魔物とは異なる存在感を放っている。――なにせ、舌と尻尾が二股だ。強そうという言葉に偽りはないが……それにしたってどうよ、これ。
犬(?)が吼えた。振り下ろされる前脚、鋭い爪が撃退士達を襲う。土煙に視界が遮られるが、哲平は冷静に背後の少女に呼びかけた。
「……緋伝、無事か?」
「うん、哲平さんも大丈夫そうだね」
「ああ……もう一撃、行くか」
気心知れた仲ゆえ、連携を取って有効な一打を狙う。
(思っていたよりはしぶといな。……まあ、油断しなければ問題ないのは一緒か)
何度も強敵と剣を交えてきた久遠 仁刀(
ja2464)にとっては、この程度の下級天魔など取るに足らず。依頼内容を反芻して、周囲の男に花を持たせてやるべく、あえて敵の急所を狙わずにいた。格好悪い扱いには慣れているし、恋人を探す予定もない。たまには引き立て役に徹するのもいいだろう。
(情けない所を見られて困るような相手も居ないし……って)
周囲を見渡して気づく。敵を挟んで向こう側、咲月の背後に大型犬風のディアボロが現れたのだ。
「――おい、気をつけろ!」
気づいていない様子の咲月に向けて、仁刀は叫び、地を蹴った。敵に近づき、勢いのまま大太刀を振り下ろす。噛み付いてくる敵を振り払い、強烈な一撃。咲月は僅かに驚いた様子を見せ、一瞬の間の後でぺこりと頭を下げた。
「久遠さん……ありがと」
お近づきの印にと、鞄のポケットからお菓子を取り出す。
「仁刀くん、咲月ちゃん! 大丈夫!?」
二階堂 光(
ja3257)が慌てて駆け寄ってくる。不意打ちに注意するつもりが、目の前の敵が予想外に大きかったので、そちらに気を取られたらしい。
「そっちは大丈夫か?」
仁刀の腕の傷を見るや、治癒を試みる光。アウルを行使しつつ状況を説明する。
「うん、哲平くん達の活躍で無事に終わったよ。ソフィアちゃんが怪我したから治療してたんだ」
彼らの背に視線をやれば、ハイタッチを要求する瀬兎と、嫌々ながらも律儀に付き合う哲平の姿。討伐成功に喜ぶあまり薄着のまま飛びつく瀬兎。流石の哲平も、これには僅かに動揺した様子で。
「……かすり傷だったのに。二階堂さん大袈裟なんだよ」
苦笑ぎみに答えるソフィア。
「そんな事ない、女の子の肌に傷が残ったら大変でしょ?」
さらりと飛び出す殺し文句は、さすが元ホスト。周囲の女子から「私も言われたい!」と黄色い声がする。
「ところで、それは?」
ソフィアが犬の死骸を指差して。咲月が答える。
「私の、後ろに。久遠さんが……倒してくれたの」
「動きは鈍かったが、力は強かったな」
血の止まった腕を確認するように振りつつ仁刀が呟く。
「……もしかして、なんだけど」
はっとした表情、のち苦笑い。光が指摘する。
「零くんの言ってた犬型、そっちじゃない?」
なんてこったい!
●
事前の目撃情報を頼りに、謎の粘体生物を追いかける一行もいた。イヤンな展開になると思ったか? 健全だよ! 久遠ヶ原学園は青少年の健やかな育成を応援しています。
だが大人の事情? そんなの関係ねぇ、と言わんばかりに妄想に勤しむ少女もいる。月子(
ja2648)である。前を行くべべドア・バト・ミルマ(
ja4149)の後姿を見つめニヤついていた。勿論、取って食おうとは思っていない。遠くから静かに見守るだけ。それが淑女の嗜みさ!
怪しげな視線に気づいているのかいないのか、べべドアはマイペースにぬいぐるみ……マルを引きずっている。
「ねェ、合コンってナニ?」
マルを胸に抱きべべドアが問う。内心で確かに高揚を覚えつつも、月子は平静を装い答えた。
「好きになれそうな人を探して仲良くなるお祭り、かな」
「……ワタシ、マルが好き」
マルを抱き締めながら、少女はきっぱりと言い切った。
「! そ、そうだね! マルちゃん可愛いね……!」
拳を握り締め目を輝かせる月子は勿論、疑問が解決したべべドアの方も、何だか非常に満足げ。
「しかし天魔退治で合コン……?」
少し先で、多数が抱いた疑問を呟いたのは鳳 静矢(
ja3856)だ。
「細かいことはいいのです! 希達はイベントを盛り上げればそれで良いのですよ、静矢さん?」
静矢の隣を歩く鳳 優希(
ja3762)は、ぴょこぴょことステップを踏みながら進む。まるでディアボロ討伐のことなど忘れているような明るさだ。
「優希、あまり動き回るなよ? 学園内とはいえ、ディアボロが潜んでいるんだ」
肩を竦める静矢に対し、当の優希はけろっとした表情のまま首を傾げた。
「うにゅ? その時は、静矢さんが守ってくれるから大丈夫なのですよー」
「……あー、まぁ……そう、か?」
見事な新婚モードだ。嫉妬攻撃の憂き目に遭わないか、見ているこちらがハラハラする。
だが甘い空気を醸し出しているのは、決して夫婦だけではない。列の中央付近を行く七海 マナ(
ja3521)と鳥海 月花 (
ja1538)も、負けず劣らずいい雰囲気で。ぱっと見は女同士にしか見えず、周囲の男達も何だか落ち着かない様子だ。
「……このまま、敵に会わない方がいい気もしますね」
「えっ? あ、うん! そうだね」
ぽつりと呟いた月花に、マナがどぎまぎしながら答えた。少年よ、右の手足が同時に出ているぞ。
傍目に見れば焦れったいだけだが、当人は冷静ではいられないのが色恋沙汰の怖い所で楽しい所。故に今はただ、暖かく見守るに留めるとしよう。
しんがりには神妙な顔をした男が2人。梅ヶ枝 寿(
ja2303)とグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)だ。真剣にディアボロ捜索に勤しむグラルスを、横目で眺めつつ寿は真顔で呟く。
「……もしかしてことぶ子さんの出番だった系すか? これ」
なぜそんなことを? 周辺に散らばる他の参加者達が……黒いからだ。女子がいない。
妙齢女子が好き好んで来る訳などなかろうに、あわよくばお色気場面にありつこうという魂胆が見え見えだ。桐江がスライムとか余計なこと言うから。
「いや流石にねーだろ、女装男VSスライムとかマジ誰得だし」
自分の想像に自分で震えてみたり。別の場所は女子率インフレして違う意味で大変だと知ったら、彼はどんな顔をするだろう。
「……寿さん。あれ違うかな?」
「んぁ?」
グラルスが指差す先に、何やら怪しげな影が蠢いていた。目的の敵かまでは分からないが、天魔らしいという事は分かる。
「スライムかどうかは分かんねーけど、……見つけちまったもんは倒すしかねーな」
苦無を握り駆け出す寿。グラルスもスクロールを手に、後を追う。
「スライム居た? よし銃撃戦ならまかせろー」
月子の銃は、何故か留め具がマジックテープ。ばりばりばり。やめてー!
「よくここから狙えるなぁ」
蠢く影に銃撃を撃ち込むよく訓練された女を横目に、静矢が呟き駆け出す。マナが続き駆けていく。それぞれの思惑を胸に、武器を手に。彼らの背を見守り月子は満足げに呟いた。
「簡単さ……動きがのろいからな」
「ミンナ、タタカウ? ワタシも……テキ、コワサないと」
僅かに戸惑う素振りを見せつつ、べべドアも追随する。少女の小さな体には不釣合いな武器。実戦は初めてだが、アウルの力が宿る以上は戦える。不慣れな様子を察したのか、グラルスが少女のフォローへ回った。
「べべドアさん? 無理しないようにね。足下、気をつけて」
敵の影を追い、茂みに踏み入る一行。同じダアトの先輩として手本になることを望んだのか。
「アリガト」
「ちゃんとお礼が言えるんだね。偉いな」
くすっと笑みを浮かべるグラルス。褒められ慣れていないのか、べべドアは自身が背負った棺桶の影にさっと身を隠してしまった。
「うおぉビンゴ、粘体生物! てか月子スゲー!」
寿が叫ぶ。蠢く高粘性の体には、先ほど月子が放った弾がめり込んでいた。
「予想以上にぷるぷるしているな」
「気持ち悪いです……」
月花がわずかに顔をしかめ、マナの背後に隠れた。食べられないゼリー状のものが苦手らしい。これは男を見せるチャンス。そう確信したマナは、はっと剣を握り直し。
「月花さん見てて! 僕が倒してみせるっ」
そのまま先陣を切りディアボロへ斬撃を放つが……ぶにょん、と弾力に剣が跳ね返されてしまう。
「斬れない!?」
なんとなく予想はしていたけれど。
「でも銃弾はヒットしてる。攻撃が効かない訳ではなさそうだよなぁ」
寿の冷静な分析に、静矢がふむ、と頷いた。
「斬れないなら突いたり刺したりはどうだろうか?」
武器を大太刀から手裏剣に持ち替えて、一擲を投じる。
「 」
どす、という鈍い音。粘体がのたうち回る。これは……行ける! にやりと悪い笑みを浮かべる一行であった。哀れ天魔。
そして。
「うぇぇ、なんかくっついた! 月花さんとってー!」
半泣きで月花に駆け寄るマナの髪には、べったりと謎の粘液がこびりついている。トドメをさしたのが悪かった。敵の最後の足掻きがそれだったのだ。
「大丈夫ですかマナさ……、うっ」
細い指先が震える。マナに寄りたい気持ちはあるのだろうが、ぷるぷるを嫌う月花には拷問以外の何物でもない。近づく心の距離。遠ざかる物理的な距離。激しいジレンマが2人の間に生まれる。
「あーもーお前らちょっと待てつーの」
寿がマナの髪に手を伸ばす。状況を察して助け舟を出したのだろう……が。周囲には違って見えたらしい。
「梅さん! そこは『ちょっと待った』って言う所っス!」
「俺もマナちゃん狙いだったのに」
「……マナっち? どうするよ、この状況」
乾いた笑いを浮かべる寿。涙目でマナが叫んだ。
「だから僕、男ですってばー!」
一方、鳳夫妻。
悪ノリ高じて叩き込んだ一撃――必殺オオトリ・シュガー・アタック。周囲の好機の視線を受け、やりすぎた感に苛まれていた。今更ちょっと恥ずかしい。でも……。
「おめでとう」
「おめでとう」
口々に祝福してくれる周囲の人々が、気恥しさを温かさに変えてくれる。
静矢が優希の頭を撫でる。優希がへにゃっと笑う。天魔の脅威さえ、2人の愛の前には霞んでしまうのだ。
●
鳥型天魔の目撃情報を追う者もあり。
「本日はお日柄もよく!」
「合コン日和だな」
目を輝かせて叫ぶ七種 戒(
ja1267)と、平静を装っているが満更でもない様子の御伽 炯々(
ja1693)。曲りなりにも男女ペアなのに、どうしてか羨ましくならない不思議な光景だ。(※褒め言葉)
大上 ことり(
ja0871)は名刺を配りつつ、共に行く仲間へ挨拶。
「学園での目標は、主席卒業なのです。でも魔法少女も目指したくて」
自身の部活動を周知することも忘れない。魔法少女も草の根運動が大事なのだ。
「撃退士と魔法少女って、結構似てると思うのです」
ジョブを変更してバハムートテイマーになってよ! と天の声。魔女化ダメ、ゼッタイ。
「そもそも合コンとは何ですか?」
疑問を呟く雫(
ja1894)に答えるのは武田 美月(
ja4394)だ。
「恋人候補を探すパーティ、かな? 私も正しく理解してるかは微妙かも」
困ったように笑う美月。雫はやはりピンと来ないようで、無表情のまま首を傾げた。
「恋人……モテる事とはそれほど重要なのですか?」
「正直よく解らない。きっと価値観の違いだな」
天風 静流(
ja0373)も興味なさげだ。それより天魔退治、と周囲に注意を向けている。
「私もモテる方ではないが、別に気にならない」
男にしてみれば、美人すぎて近寄り難いだけだが……気づかぬは本人だけか。
「自分、何でここにおるんやろ……」
広場を進む一行の中で亀山 淳紅(
ja2261)は哀愁一杯に呟く。口には出さないが、本当は客側に行きたかった。
視線は遠い空へ。心ここにあらずといった風体だ。愛に物防なんて? 綺麗事だ。時代ゆえか。周囲を見渡しても(物理的な意味で)強そうな女子しかいない現実。世知辛い。
(いざっちゅー時に身体張れるジョブやったら、人生もうちょい違たやんな)
危ない! キャー! で庇った途端に戦闘不能とか笑えない未来だ。他人への同情と同時に自らを顧みて、落涙。出てきてよ魔攻強い天魔!
落ち込む淳紅の様子を察したのか、ことりが少年の肩を優しく叩く。
「淳紅くん? わたしで良かったら、お話聞きますよ」
「ことりさんおおきに、せやけど情けないし女性にはよう言われへん……」
顔を背けて呟く淳紅であった。少年の心は複雑である。
「いたぞ!」
指差す炯々に倣い、皆が視線を向ける。走り去る後ろ姿は事前情報通り駝鳥そのもの。単車かと疑うほどの速度で平地を爆進中だ。
「炯くん……後ろ姿、ほぼダッシュだったな」
戒が呟く。炯々は額に手を当て俯いた。
「言うな戒さん、良心が痛む」
2人の脳裏に浮かぶのは、某遊夜君の飼い駝鳥だ。漂う悲壮感。懐から拳銃を取り出す戒、弓を構える炯々。そして、
「ダッシュごめんなぁぁぁ!」
結局倒すのかよ。
「美月タン、ここは俺にまかせろ!」
飛び出すモダン系ダアト。見覚えのある顔に美月は焦る。以前、暴発した矢が直撃した相手だ。この間はごめんなさい、と謝ろうとするが。ふと気づく。敵がUターンしてきている!
「敵の正面に立ったらダメ! 絶対にダメー!」
叫び声虚しく、男は至上のドヤ顔で美月と鳥の間に立ちはだかる。
「美月タンには指一本触れさせn(ry」
強烈な蹴りが鳩尾へ。綺麗に吹っ飛び、男は星になった。
「だ、ダメだって言ったのに……」
ここで押すなよ絶対押すなよが発動するとか、すごいな駝鳥補正。
再び襲い来る瞬足の天魔。レースカーの如き素早さにことりは驚嘆の声をあげる。
「なんかすっごく早いねぇ」
「あかんて! あかん!」
慌てる淳紅。しかし、雫と静流は極めて冷静だった。
「捕まらないなら、足をこうしてやろう――!」
ハルバードを水平に倒し、駆け抜ける駝鳥の脚を横向きに薙ぐ!
「くけー」
謎の鳴き声とともに、宙を舞う天魔。ずべっと地に転がり、動きを止めた所へ……剣を手に雫が一言。
「食べられるでしょうか?」
やめたげてよう!
●
所変わって、だだっ広い砂地。学園の敷地とは思えぬ、採石場や工事現場に近い雰囲気だ。
そこに現れたのは黒い全身タイツの戦闘員。明らかに弱そうだが、24人いる!
現れた敵を前に、特撮モノに浪漫感じる少年少女が。これは合同コンパというより合同コンバットの様相か。近辺で楽しんでいたモダン会の面々も興味ありげに此方を伺っている。
「“喪断”を邪魔する無粋な輩はご退場願おうか」
緑の腕章をつけたネコノミロクン(
ja0229)が、タロットカードを指で挟み戦闘員へ向けた。彼らが実際それを目論んでいるかは不明だが、絵的には様になっている。
「COOLにオシオキ決めちゃうぞっ!」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)は青いスカートにタイツ、どうやら戦隊もののコスプレらしい。
黒タイツへの対抗心か、レナ(
ja5022)は白い全身タイツに身を包んでの登場だ。
「目には目を、タイツにはタイツを! これぞ忍者の鉄則なのだ!」
そしてこの顔である。小学生だから責められないが、そのシルエットは一歩間違えば逆セクハラだ。現に、一人の男が鼻血を吹いて倒れている。地面に残された、ろりきょぬーの血文字が悲しい。
「笑顔がポイント☆くおんぶらーっく!」
と名乗りをあげつつ飛び出してきたのは、飯島 カイリ(
ja3746)。黒いスーツに赤いリボンの出で立ちで、戦闘員に向けばちんとウインク。
「ねぇそこの天魔さん、ボク達と遊ぼ!」
笑顔でリボルバーを向け、BANGと出会い頭に一撃。弾丸は容赦なく戦闘員Aの脳天を撃ち抜いた。色々ぶちまけながら華麗にぶっ倒れるA。泣き喚く戦闘員達。いきなり仲間を殺られ頭に血が昇ったのだろう。5人揃っていない戦隊へ次々に襲いかかる!
「ちょっと待ったぁ!」
ででん!
一斉に振り向く戦闘員。眩しげに目を細める(多分)。現れたのは――犬乃 さんぽ(
ja1272)だ。
「合コンってよく分からないけど、悪い天魔はニンジャの力でやっつけなきゃね!」
太陽を背に、皆に続いてひらり舞い降りる。セーラー服を纏う美少女はさながら戦うヒロイン。だが男だ。
「ゴメンね皆、合コンの作法を調べてたら遅れちゃった。……レナちゃん、ボクもニンジャの力で戦うよ!」
「マジなのだ? レナちゃんも合コンよく分からないのだ。作法とやらを教えてほしいのだ!」
目を輝かせて駆け寄るレナ。さんぽは悪戯っぽくわずかに舌を出し、レナの耳元で囁いた。
「うーんとね、最初は……ごにょごにょ」
「ふむふむ成程、わかったのだ」
苦無を握り直すと、少女は迷わず地を蹴った。
「遠慮なく行くのだ。レナちゃんちぇーっく! なのだ」
苦無から放たれたアウルが戦闘員Bの股間へ吸い込まれていく。アッー!
……さて。緑、青、白、黒、そしてヒロイン(?)と出揃った久遠戦隊だが、肝心の奴がいない。
そう、真のヒーローは遅れてやって来る!
「ちょっと待ったー!」(※2回目)
声だけ登場する最後の一人。姿を探して、戦闘員達が戸惑い視線をさ迷わせ……、いた。戦闘員Cが影を指差す。
異変に気づいたDがたじろぐ。それもその筈、外套を脱ぎ捨てた佐藤 としお(
ja2489)は、赤――ではなく。
「――我が名はス・ハーダ!」
肌色。
『へ、変態だー!』
声なき声で、戦闘員が叫んだ。
「失礼な、全裸だと思ったら大間違いだぞ!」
目を凝らせば確かに、彼の体は厚手の肌色タイツに覆われている。
とはいえ紛らわしい事に変わりなく。実際遠巻きに眺める数名は、事態を把握できず狼狽えていた。だが周囲の視線など気にしない。なぜなら彼は、ヒーローだからだッ!
「喰らえ必殺、ス・ハーダブレイク!」
「ギー!?」
素肌風の脚が放つ強烈な一撃。敵の黒タイツの上半身部分が弾け飛ぶ。いやーん。胸ないけど。
肌を晒す屈辱に耐え切れなかったか。直撃した戦闘員Cと煽りを食らったDはガクリと膝をついた。
「残り20……! 討ち洩らさないよう行きましょう!」
敵の数を律儀に数えているぞス・ハーダ! やるなス・ハーダ!
一方、戦闘員Eと絶賛交戦中のネコノミロクン。
「脱・非モテを見届けるのが、俺の使命だからね」
不敵に笑みを浮かべ、Eの目の前に大量のカードを散蒔いた。
「ギッ!?」
目眩ましに引っかかり、敵の姿を見失うE。慌てて周囲を見回すが――
「残念、こっちだよ」
背後から姿を現したネコノミロクンは、敵の足下に狙いを定め引金を倒した。
「ギー!」
銃撃を喰らい反動でずっこける戦闘員。前のめりに倒れ込む。太ももを撃たれた痛みからか、情けない声をあげごろごろ地面を転がっている。まるで誰かに助けを求めるように、片腕を伸ばしながら……。
そんな戦闘員Eの前に少女がやって来た。少女? いや、さんぽだ。
(これってもしや……指南書にあった『告白タイム』?)
差し出された戦闘員の右手を見つめ、さんぽは視線をさ迷わせ――
「ごっ……ごめんなさい!」
ざしゅっと一撃、おもむろに剣を振り下ろした。
で。己らの不利を悟ったのだろう、じりじり後ずさる残りの戦闘員達。
だが平和の為、雑魚とて逃しはしない。ブルーになりきったエルレーンが、敵へ剣を突きつける。
「喪男の覚悟を邪魔するとはいい度胸ね。正座なさい!」
クールキャラやで! 動けずにいる黒タイツに、焦れたエルレーンは剣を振りかざした。
「喰らえクオンスラッシュ! お空に帰りなさい、……なのっ!」
エルレーンにあわせ、カイリも銃をぶっ放す。
「聖マルコの弾丸! 死ね天魔♪」
案の定、数分後には蜂の巣である。死屍累々である。倒された戦闘員数、18。
「覚悟!」
涙目で首を振る2人の戦闘員へ向け、5+1人の戦士達は武器を重ね叫ぶ。
「合体ファイブインパクト!」
必殺技ドーン! よっしゃ決まった!
「正義の味方、久遠戦隊ヴェニクラゲンジャー!」
やったねヴェニクラゲンジャー、ありがとうヴェニクラゲンジャー!
……で、レッドどこよ?
●
「賑やかですねぇ」
石田 神楽(
ja4485)は笑顔のまま、離れた場所から派手な戦闘を傍観している。隣にはうっすらと微笑を浮かべるカタリナ(
ja5119)の姿もあった。
「天魔に臆することなく立ち向かう男性、カッコイイ……」
感嘆の声を零しながら、カタリナはきらきらと目を輝かせている。
「ねーねー相楽、あっちで全部倒しちゃうよ? どうするのー?」
と、首を傾げて男の腕を引くのは珠真 緑(
ja2428)。合コンには興味がないらしく、先刻から神楽と同じ方向を見て笑ったり驚いたり忙しそうだ。
腕を引かれた男――相楽 空斗(
ja0104)は、顎に手を当てうむ、と尊大に頷いた。
「珠真君よく見たまえ。彼らは4匹ほど、敵兵を取り逃がしているだろう」
「そうだっけ? んー……あ、ほんとだ。20しか倒してない」
積み重なる屍を指差し数え、緑が言う。その言葉にカタリナがふっと顔をあげた。
「こ、こちらにも来ますか? やだ、私怖いっ」
泣きそうに眉を下げ、自分の体を抱きしめるカタリナ。事情を知らない者には、十分か弱い女性として映っただろう。
「お嬢さん、大丈夫ですか」
すっと手を差し伸べる神楽。潤んだ瞳のカタリナは一瞬ためらい、けれどすぐに、笑顔の青年の手をしっかりと握り締めた。
――と、その時。戦隊から逃げてきた4匹の戦闘員が、2人の前に現れた! カタリナをか弱い一般女性と見たのか、1匹がばっと襲い来る。戦闘員あかんそれ死亡フラグや。
「いやっ!」
普段の彼女を知る者なら別の意味で動揺しそうなほど見事な演技。敵の目を欺くのは容易い。
「相手の力量も見抜けない輩に、負けるなどありえません」
神楽は即座に銃を取り出し、敵Fの胸を撃ち抜いた。
「怖かった……! ありがとうございましたっ」
目を潤ませ、カタリナが神楽に飛びつく。周囲で見守る出歯亀達がおおっと声をあげる。
「私は当然のことをしただけです。……私でなくとも、きっと貴方を助けましたよ」
固唾を呑んで成行きを見守る男達へ向け、自分が特別なのではないと、暗に告げる。その言葉に背を押された男達、慌てて立ち上がりどこかへ走っていった。
「……ありがとう、カグラ。芝居に付き合わせて申し訳ありません」
「いえ。カタリナさんこそ、素晴らしい演技お疲れ様です」
周囲に聞こえないよう、ひっそり語り合う2人。
共に案ずるのは、帰還を待ちわびる一人の少年のことだけ、だ。
「あははすごーい、カップル成立! おめでとー」
満面の笑みで手を叩く緑。その横に拳を震わせる赤い影ひとつ。無論、空斗である。目の前で成立する縁。彼の瞳がどんな色をしているかは――ゴーグルで見えない。
「……うおおおッ!」
鬼の形相(多分)で、残された3名の戦闘員を追いかける空斗。ただならぬ殺気に怯え逃げる戦闘員。だが、かたや徒手空拳かたや弓である。ヒヒイロカネを手に。弓矢を手に。男は吼えた。
「ハーッハッハ! 俺は天翔ける真紅の流星、ACTッ!」
逃げ惑う戦闘員の背に矢を撃ち込みながら、空斗――いやACTは、夕日の方角へ駆けてゆく。
「英雄は常に孤独! 俺の愛人は生きとし生ける者全てだッ!」
ゴーグルの隙間から溢れ出す滝のような涙など、我々は見なかったのだ。
●
他にも天魔がいるかも……。幹事の言葉を受け、周辺を探索する者もいた。
「困りましたねぇ。私の母国に合コンなんてものは……」
茂みを分け進むアーレイ・バーグ(
ja0276)。呟き小首を傾げる。
「それに、私には決まった人が」
ため息と共に、首を左右に振るアーレイ。合わせて豊満な胸までも、何かを否定するように揺れる。
「彼女が退院したら結婚するんです」
服の隙間から引っ張り出した写真を見つめ、離れて暮らす恋人を想う。
「ステーキとパインサラダを作ってくれるそうで、凄く楽しみなんですよ」
アーレイの言葉に応えたのは郷田 英雄(
ja0378)だ。
「パインサラダか、悪くない」
いつの時代も、待ち人の存在は大きいのだ。
「……あ、見つけたディアボロは全て倒してしまって構いませんよね?」
「ふむ……こんな所で油を売ってられねェな、さっさと先へ進むか」
大丈夫だ、問題ない。死亡フラグ乱立すると生存フラグに変わるってばっちゃが言ってた。
捜索部隊の中央付近を、とぼとぼ歩く女子も一人。牧野 穂鳥(
ja2029)だが――心なしか顔色が悪い。それもそのはず、彼女の頭は恋人に誤解される不安で一杯だった。
(チラシには、誰にでもできる簡単な仕事って書いてあったのに)
合コンの三文字を見落としていたのだ。悲愴な表情を浮かべる穂鳥の隣にはファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)。苦笑いを浮かべて友の肩を叩く。
「大丈夫、穂鳥さん。あの人はきっと分かってくれますよ」
「だと、いいのですけど……」
「弱気にならないでください。友達としては、元気な穂鳥さんの方が嬉しいです」
「……ありがとう、ございます。ティナさん」
二人の会話は、前を行く英雄とのことを示唆しているように聞こえる。実は彼女達が、不在の人間を噂していると知るのは……実は本人たちだけ、かもしれない。
そんな彼女達の後ろを歩くのは、桐原 雅(
ja1822)。彼女もどこか煮え切らない表情だ。
「ボクだって、先輩の隣が良かったのに……」
小さな呟きは風にかき消される。俯く雅の腕に、腕を絡めようとするのは麦ジュースを手にした雀原 麦子(
ja1553)だ。
「どうしたの雅ちゃん、寂しそうな顔しないでお姉さんと遊びましょ?」
「……あ、う、うん。そうだね」
麦子のスキンシップを甘んじて受けながら、雅は軽く俯いた。蟠るやりきれなさは『設定』か、それとも。
皆を追って、背後から獅子堂虎鉄(
ja1375)がやって来た。可憐な少女の装いで、満面に笑みを浮かべている。曰く、裏人格『てとら』モードらしい。
「えへへ、てとら頑張って皆のお弁当作ってきたんだよっ!」
手には圧倒的な質量を感じさせる黒塗りの重箱。中にはハート型のおにぎりがぎっしり詰まっているとか。指には絆創膏。握り飯でどう怪我したのかは謎だ。
「お腹すいたら皆で食べよ☆」
頬を染めて上目遣い。仕草は可愛い。可愛いが、普段の虎鉄を知る者ほどそのギャップに戦慄しただろう。彼らの近くで雑魚敵と交戦していたモダン会会長もその一人。
「こ、虎鉄氏……」
乙女ちっくに跳ね回る獅子堂の背を見つめ、武器を手にしたまま呆然と立ち尽くす。
(動悸――もしかして、恋……!?)
落ち着いて!
「わわっ、積極的だなぁ」
猛然と英雄に迫る女装子を遠巻きに眺めつつ、氷月 はくあ(
ja0811)は呟いた。異性交遊に興味がない訳ではないが、やっぱりまだ恋に恋する年頃だ。胸のドキドキも、特定の人間に対するときめきではなく、未知の世界への憧れに近い。
旅団の後輩であるクラリス・エリオット(
ja3471)も、似たような心境で。
「郷田先輩かっこいいのじゃ!」
周囲でイベントを楽しむ上級生を眺め、時に煽ってみたりと何だかご機嫌の様子だ。
「今日の事、今後の参考に……できたら、嬉しいのぅ」
「そうだよね。わたしたちも、いつかあんな風に……」
ロマンスにはまだ早いけれど。身近な人々の恋愛模様を眺めて楽しむのも、また一興。まだ見ぬ未来の恋人へ思いを巡らせながら、はくあとクラリスも盛り上げ役に徹した。
しかし紛う事なきハーレムである。巨乳美女に姉属性、ツンデレ、イインチョ、気弱娘に可愛い後輩と妹、そして男の娘。口には力押しでぶち込まれた獅子堂印のハートおにぎり。愛が重い。重いし痛い。
仕方なく嚥下し、すっかり主人公属性が板についた英雄。しかし余裕だ。成程、鈍感系だな。
今にもNiceBoatされそうな英雄のモテっぷりを目の当たりにした男達、周囲でソワソワし始める。
「俺もああなりたい……」
「ジョブチェンジして阿修羅王に俺もなるッ!」
「経験値ゼロのままじゃ、ジョブチェンジできねぇだろうなぁJK」
「よっしゃ明日から本気出す」
突っ込みどころも多いが、目論見は概ね当たりの様相か。以前なら奇襲を仕掛けてきてもおかしくない場面だが――彼らも少しずつ、変わり始めているのだ。
遠目に見守る女性陣も、やったねと笑顔で頷き合う。
だがあれだけ死亡フラグ乱立して、ただで終われる訳もなし。否。満を持して、と言ったほうが良いか。――天魔様のご登場である。
「む……何だ、まァ丁度いい腹ごなしになるな」
口一杯の米を飲み下し、英雄が剣を抜く。ぬっと現れる黒い影。黒い毛達磨の中心で、ぎらぎらした瞳が英雄をカッと睨みつける。
『このリア充どもめ!』
期待を裏切らないな。
「……さと、さっさと倒しましょう!」
ディアボロの姿を発見した途端、穂鳥が目の色を変え立ち上がった。どれ程早く帰りたいのか、マジで目が笑ってないぞ。
「穂鳥さん落ち着いて下さい、あまり急いては仕損じますよ?」
友人をいなすファティナだが、内容は正直、穂鳥と大差ない。
「ボクも丁度モヤモヤしてたんだよね」
にっこり笑顔で雅が言う。けれど声色がなんだか平坦だ。早く蹴りたくて仕方ないんですねわかります。
最後にてとらが、無敵の笑顔でバッサリ。
「正義執行だねっ☆」
かくして一時、目玉撲殺パーリィの開催と相成った会場であった。殺意高すぎる女子会。
●
血の池地獄(ハーレム)から少し離れた所に、麻生 遊夜(
ja1838)がいた。
普段の表情。依頼の際に見せる表情。今日はそれとはまた、別の一面を見せている。
「ひ……沙耶さん。そこ足下、滑るから気をつけてな?」
「有難うございます。あそ……、遊夜さん」
応えるのは樋渡・沙耶(
ja0770)。親交の深い2人だが、今は妙にぎこちない。
それもそのはず、依頼を成功させる為に芝居中なのだ。演じるのは恋人同士。自然なカップルを演出すべく、普段より距離を縮める。
けれど周囲の視線が気になって。大丈夫か、わざとらしくないか、と不安を感じている。
もどかしさに唇を噛む。沙耶は思い切って賭けに出た。足を滑らせたふり。不意を装って、遊夜の胸へ手を伸ばす。
「――っ、と!」
反射的に遊夜は、彼女の体を抱きとめる。図らずもぎゅっと抱きしめる形になって、心臓が跳ねた。
慌てて身体を離してみても、確かに感じた互いの体温、今更ごまかすことはできない。
手を繋ぐ位はしようと打ち合わせてはいたのだが。さすがにこれは、予想外で。僅かに動揺した様子で、沙耶が目をそらした。
「さ、沙耶さん! あの」
心臓が、飛び出してしまいそうなほど強く脈打つ。
どうしたらいい? いや、どうしようもない。
戦に身を投じる者同士。『次』なんて保証される未来は、存在し得ない以上。溢れ出してしまいそうな想いを、抑え込む意味など――きっとどこにもない。
「好き、です」
頬が熱い。胸が苦しい。指先に心臓ができたみたいに、血液の流れを鮮明に感じる。その言葉が演技なんかじゃない事は、素直じゃない少女にも伝わったはずだが。
「――遊夜、先輩」
「沙耶さんが好きです……これからも、ずっと」
彼女の胸に、その言葉は届いただろうか?
●
閉会後。
「もち、大人な2次会もあるんでしょ?」
麦子が腕を引くと、桐江はにやりと笑う。
「当然」
「さすが零ちゃん♪ よし皆、行くわよー!」
ご機嫌な表情で周囲の成人に声をかけ始める麦子。上戸が集えば至極当然の流れか。
今夜の宴は、長くなるぞ。