パン、パパンと軽やかな音を立てて花火が夜空に舞い上がる。
湖面に映る華やかな色合い。
華やかな衣装に身を包んだ男女が船上のパーティ会場へと急ぐ。
今夜はハロウィン。
何が起こるかわからない日。
「…と、いうわけで、本日護衛することになった露草 浮雲助(
ja5229)です〜。よろしくお願いします〜」
「フム、怪盗からの予告状か。今年は変わった趣向だな」
竹馬の友と紹介されるだけあって、よくわかっていらっしゃるターゲットの男性・剣さん。
「ならば君はホームズ、というところかね?」
「いいえ、刑事です〜!」
探偵風の衣装を着た浮雲助は愛嬌のある笑みを浮かべた。
「成程。今夜は仮装パーティだからな。では、よろしく頼むぞ。新米刑事くん」
肩をぽんと叩かれると余興であったとしても、やる気が一層湧いてきた。
八剱 隼人(
jb1044)は会場中央にあるステージに向かいながら仮面の下で薄い笑みを浮かべる。
(さて…富豪達の道楽に付き合うとするか)
衣装こそ黒のスーツに白い仮面と控えめだが、きびきびとした隙のない動きには目を見張るものがある。ただ者ではないと思わせる何かが、そこにある。
隼人が軽やかに壇上に上がると予め仕掛けてあった円筒から火花が上がり、同時に会場全体の明かりが落とされスポットライトが彼を照らし出す。何事かと十分に注目が集まったところでヒリュウを召喚し、肩に乗せる。大道芸を超越した、新生物の飛び回る光景に観客は大喜びである。
(みんな、それぞれのポジションについたようだな)
この演物の目的はヒリュウと視覚を共有してパーティ会場の状況と怪盗役の位置を確認することだ。ターゲットのテーブルは会場の四方に位置しており、どうやら他の予告状騒ぎには気付いていないらしい。人の多さと賑やかさが原因のようだが、これはこれで自由が利き、やり甲斐があるというものだ。
拍手喝采を一身に受けながら、彼はステージを下りてターゲットのいるテーブルへと向かったのだった。
●ソード・キング
狼の着ぐるみ姿のアクア・J・アルビス(
jb1455)は『スペードの指輪』を狙いにターゲットの見える位置までやってきた。途中途中、不審に思われないよう子供達にお菓子を配ってみたりもした。
(名前ちゃんと決まって良かったですー。では、張り切ってデビュー決めるですー。最高の怪盗をしてやるですよー!)
やる気満々、気合い十分。
注意すべきはターゲットの側にいる敵役の露草 浮雲助だ。なぜかターゲットのテーブルでパーティを満喫しているが。
自分が怪盗で相手は刑事。何と燃えるシチュエーション。
着ぐるみの腕に巻き付けた時計で時刻を確認し、仕掛けが発動するのを見計らって駆け出した。丁度反対側で派手な炸裂音がし、注目が向くと今度はキラキラと不思議な光が舞う。驚いた男の指からするりと指輪を抜き取るのは簡単なことだった。
ばっと着ぐるみを脱いだ彼女はトンッとテーブルの上に降り立つ。
「闇夜に煌く蒼い稲妻! 怪盗アクアマリン見参!」
星の輝きに照らされて赤いマントと動きやすそうなドレスのシルエットが360度、万華鏡のように広がる。子供達の歓声が沸き上がる中、浮雲助は拳を作って決め台詞をはく。
「出たな、怪盗アクアマリン! 指輪は渡さないぞ〜!」
「可愛い刑事さん。残念ながら指輪はもういただいたのですー♪」
そう言って見せる彼女の手には、確かにスペードの指輪があった。
「い、いつのまに〜」
「怪盗なら、驚かせてなんぼですー」
アクアはマントに仕込んだ水風船を投げる。剣をかばおうと浮雲助が前に出て、直撃し、中に詰まっていた小麦粉を頭からかぶる。子供達は大爆笑だが、その笑いこそ二人の狙いだった。
アイコンタクトでタイミングを見計らってゆっくりと投げ、ぶつかりに行った。
「けほっ けほっ ま、待て〜!」
「待てと言われて待つ怪盗はいないのですー。ではでは、皆さんお元気で!」
ばいばーいと手を振る子供達をよそに怪盗と新米刑事の追いかけっこは続く。ひょいひょいと身軽に逃げていく怪盗を、招待客を庇いながら追いかける刑事の図は中々目に楽しい。
「か、からい〜!」
最終的に七味弾を食らった刑事が狼狽えている隙に怪盗は窓から逃げて行ったのだった。
●ペンタクル・クイーン
(ボク…ちゃんと…できるかな?)
(ばれない様にすることくらい簡単ですね)
二つの心で呟いた賤間月 祥雲(
ja9403)は、従業員用の紫のタキシードを着てターゲットのテーブルに近づいていた。彼の役割は怪盗だ。
「おや…奥様…素敵なイヤリングですね…」
さりげなく話題を振り、持っていたトレイから血の酒(※普通のワイン)を彼女の前に置く。
「あら、おませな坊やだこと」
ターゲットの女性は魔女に扮しているらしく、派手な赤いドレスを纏っていた。耳につけたイヤリングの色も赤。派手派手しい衣装はちょっと毒々しいが、周囲にいる女性もハロウィンの仮装を楽しんでいるので浮いてはいない。存在感は圧倒的だが。
「あの…菱川様ですよね…? 先程…奥様の…ご友人と名乗られた方から…こんなものを…」
月柄の便箋を差し出され、彼女は受け取る。
「予告状ですって?」
騒ぎが大きくなる前にその場を去ろうとした祥雲のトレイからグラスを取る腕があった。僅かに視線を交わし、そそくさと去っていく祥雲を見送って、隼人はターゲットに近づき予告状を覗き込んだ。
「ご安心を、マダム。怪盗などというふざけた輩、俺が追い払います」
果てしなく芝居がかった台詞で喋っている本人が違和感バリバリだったが、刑事側の人間として信用されなければ役を果たせない。
「貴方は先程の…そう。撃退士なら安心ね」
仮面の下で彼は必死に笑いをかみ殺す。
「あら?」
とたたた、と小走りでやってきた祥雲は、けれど雰囲気が違った。
「菱川様でいらっしゃいますね」
「貴方は…さっきの坊や?」
「いえ、お初にお目にかかります。弟に逢われましたか。ボクは徒雲と申します」
ニッコリと可愛い笑顔に嘘の気配はない。そのくらい印象が違うのだ。
「何かご用?」
「旦那様に、菱川様に贈られたイヤリングを盗むという予告状が届いたんです」
「それなら今し方、貴方の弟くんが届けてくれたわ」
ピッと予告状を見せられた徒雲はターゲットから隼人が離れそうにないのを感じ、思い切って行動に出た。
「旦那様が、怪盗を捕まえるため、ダミーの方を付けて御取りになってくれ。と」
恭しく差し出されたダミーのイヤリングを見て、ターゲットはクスリと微笑んだ。
「とんだ子供騙しね。あの太鼓腹の思いつきそうなことだわ。いらないのに押しつけたと思ったら、人を余興に使うつもりね」
さすが商売敵。相手のことをよくわかっているようで。
「お前が怪盗だな!」
隼人はテーブルに置いてあったフォークやナイフをつかみ取ると目にも止まらぬ早さで徒雲に投げつける。それを徒雲はしっかりとナイフで叩き落とした。
「バレてしまっては仕方がありません」
す、と仮面を付けた彼は微笑みを浮かべたまま優しく呟く。
「今宵も、月夜と共に道化を演じさせてもらいましょう」
その後しばらく撃退士同士の熱戦が繰り広げられたものの、盗むのは無理と悟った怪盗が逃げることで決着がついた。二人の戦いに周囲は釘付けとなり、終了後は惜しみない拍手が贈られた。
●カップ・エース
さてこちらはハートのテーブル。
ターゲットの赤井さんを始めとして、子供が多く集まる一角になっていた。
(クールでスタイリッシュな怪盗に憧れるのは乙女の特権!)
下妻ユーカリ(
ja0593)、アニメの怪盗モノにはまっているというターゲットの気持ちをしっかり理解している。
「いいなー、ヨコクジョウ。俺も欲しー」
ターゲットは子供の輪の中で既に渦中の人になっていた。予告状を見せびらかして自慢するくらい流行っているらしい。きっとそういうお年頃。
ふっ、と一瞬照明が揺らいだ瞬間、ターゲットの少女が二人に増えていた。
一瞬の間の後、子供達の驚愕の声が響き渡る。
「わ、わたしがもうひとり!?」
「ふふふ、びっくりした?」
しかし決定的に声音が違う。
素直に驚きを露わにした方が本物、ばっと振り向いて後ずさった方が贋物のようだ。贋物がばっと衣装を振り払うとそこには、
「ふふふ。怪盗コアラマスク、今宵も華麗に推参っ!」
コアラなマスクの怪盗が立っていた。彼女は優雅に一礼してみせると、ターゲットを指さした。
「予告通り、そのハート(のネックレス)もらい受けるよ!」
すっと外して、さっと薔薇をさす、早業だった。
しかし、
「甘い」
正体を現した怪盗の背後に、カボチャ頭の着ぐるみの子供が唐突に現れる。
「盗んだ直後、注目を浴びる為に姿を見せると思っていたわ」
同じようにマントを翻して変化の術を解いた月臣 朔羅(
ja0820)は不敵に笑う。
「怪盗は怪盗を知る――そう。怪盗探偵とは、私の事よ! 今日の私は刑事の味方。さぁ、大人しく縛につきなさい?」
黒いタキシードにシルクハット、揺れるマントに憧憬の眼差しが注がれる。
「か、かっこいー」
「すてき」
ぴょんっと飛び上がって天井のシャンデリアに乗ったユーカリを追いかけるように朔羅は壁をまるで地面のように駆け上がる。そしてフック付のロープを駆使して飛び回る怪盗を追いかける。
好奇心旺盛な子供の中には朔羅と一緒になってユーカリを追いかける子もいた。
「みんなで捕まえるんだ!」
色々盛り上がってきた状況を見て、演者二人はアイコンタクトで結末を決める。
空中での立ち回り、朔羅の手がユーカリを捕らえた瞬間、今宵一番の歓声が上がった。
「さあ、盗んだものを返しなさい」
「はぁーい」
ふてぶてしい態度でハートのネックレスをターゲットに返すと、怪盗コアラマスクは突如跳躍した。
「今回は勝ちを譲ってあげる!」
「…やるじゃない。次は、捕まえてみせるわよ?」
次回へ続く。いや、続かないから。
とにかく、子供達には大変好評だったようである。
●ワンド・ナイト
(パーティー…どんな所か、実は凄く楽しみだ)
内心ウキウキと期待を膨らませながらドレス姿で参加した紫鷹(
jb0224)は、飲物を持ってクラブのテーブルへと向かった。仮面をつけているので顔はわからないが、女性であることは隠しようがない。
「華やかだな」
主旨は子供を喜ばせるためのパーティらしいので、派手さは金をかけただけ凄まじいと言える。
見惚れてふらふら歩いているフリをして、ターゲットに接触する。ぱしゃ、と少年の胸に青い液体がかかる。
「あ…」
「すまない。あまり慣れてなくて」
詫びにとハンカチでジュースの染みを拭く。
「悪かった。ところで顔色が優れないようだが、平気か?」
何なら人を呼ぶが、と言われて彼は慌てて首を横に振る。
「大丈夫です。ちょっと考え事を」
「これも何かの縁だ。私でよければ話を聞くが」
新しいジュースを二人分もらい、差し出しながら問いかけると彼は同年代ということで安心したのだろう。照れ混じりの苦笑を浮かべながら、溜息をついた。
「実は、進路のことで親と話が合わなくて」
「なるほど」
十七歳という年齢に相応しい悩みだが、彼の場合はだいぶ深刻なようだ。
「本当に進みたい道へ行くのを、止める人が居るなら…とことんぶつかって、道を切り開いた方がいいと思う、ぞ。でないと、一生『あの時こうすれば』って、悩み続ける事になる。やりたい事なら苦は苦にならない、と思う」
紫鷹なりの精一杯の言葉に、彼は小さく頷く。
沈黙が続いていると、給仕係がやってきた。
「森田様、このようなものが届いておりますが」
「ありがとう。…今宵、貴方の春を頂に参ります? 怪盗アクイラ?」
「怪盗? 予告状というやつか」
ちなみにこの予告状は紫鷹が出したものである。
巫 聖羅(
ja3916)は考え抜いた末にシャーロックホームズ風の衣装でパーティに参加していた。何食わぬ顔で聞き耳を立てていた。
(紫鷹さんも森田さんをターゲットにしている様だし…)
と様子見をしていたが、予告状が届いたのでと凛々しい姿でスッ少年の前に立った。
「私は探偵の巫 聖羅。怪盗の魔の手から貴方を護り抜いてみせるわ」
「えっ?」
「実はパーティ開催前にも予告状が届いていたの」
それから少し首を傾げて、
「あ。ネクタイ、曲がってる」
自然な素振りで聖羅は彼のネクタイを直す。
「とにかく。落ち着いて話ができる場所へ行こう。あなたも来る?」
「行く」
あっという間に話をまとめられ、森田くんは甲板へと連行された。
外は少し風が強く、肌寒いくらいだった。
「ここなら邪魔は入らないわ」
人気はまったくなく、照明も殆ど落とされ薄暗い。空には膨らんだ月が顔を覗かせている。
「あの、何が一体」
どうなっているのかと問いかけた彼の目の前で、聖羅は銀色に光るものを手の中で遊ばせた。
「と、言っても既に仕事は済んでいるのだけど…ふふッ。実は怪盗はもう一人、居るのよ?」
しかし、紫鷹が唇の端を歪める。
「残念。私の方が早かったようだ」
二人ともタイピンのダミーを用意してターゲットに気付かれないようすり替えたのである。先にすり替えたのだから紫鷹の方が本物かと思いきや、
「えっと、もしかしておじさんにもらったやつ? だったらこっちに」
ポケットから小箱を取り出す少年。まさかの三段オチ。
「……」
何とも言えない沈黙を、風がひううと撫でていく。
「そ、それをこっちに渡してもらうわ!」
「お、おじさんからもらったものだし、あげられないよ!」
ぴうーと逃げる少年の足は意外に早い。二人は慌てて追いかけた。
「ところで、あの! 聞いても、いいですか!?」
船内を逃げながら森田くんは問う。薄々気付いていたことを。そして追いかける二人が気付き始めたことを。
「お二人は撃退士、久遠ヶ原学園の方ですか!?」
追いつかないように気をつけながら走るのではなく、全速力で追いかけても捕まえられない。普通ならありえないことだ。
「ストップ! 盗まないから止まって話をして!」
「は、はい!」
ぜーはーとひと息ついたところで、改めて尋ねる。
「森田君て、アウル能力者なの?」
聖羅の問いに彼はおずおずと頷く。
「って言っても、一年くらい前なんですけど。僕は久遠ヶ原に行きたかったんです。でも、家族が認めてくれなくて」
何もお前が危険を冒す必要はないという親の心配もわからなくはない。
「危険とはわかってますけど、僕は撃退士になりたいんです」
家族を説得するのにもう少し時間はかかるかもしれないけれど。
そう言って照れくさそうに笑う姿を目の当たりにしては、怪盗ごっこを続ける理由もなくなってしまった。しかしどこか吹っ切れた表情は二人を満足させるのに十分なものだった。
こうして、ハロウィンパーティーは大盛況の内に幕を閉じた。